絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十話 交戦Ⅱ


 時間と空間は変わり。
 ガルタス基地からバルタザール騎士団の面々が出動した。
 目標はこちらへと向かってくる『聖騎士』合わせて三十機。
 対してこちらはバルタザール騎士団のみのリリーファーで、合計十機。
 どれほどお世辞を言っても、勝てる戦いとはいえない。戦術を考えるのならば、第一に逃亡するべきだろう。
 だが、彼女は『勝てる』と思った。
 彼女はこの圧倒的大差の状況にもかかわらず、勝てると思っていた。
 なんで? どうして?
 そんな疑問が浮かぶことだろう。しかし彼女はそんな疑問をものともしない、ある作戦を立てていたのだ。

「……そんな作戦、ないわよ」
『……リーダー。今リーダーが何を言ったのか、まったく聞き取れなかったんだが』
「そう? それじゃあもう一度言うわ。作戦なんて無い。私はあなたたちのポテンシャルを信じるわ」

 よく言えばそれほどまでに仲間を信頼しているのだろうが、悪く言えばただの無鉄砲……そんな発言だった。
 たしかに起動従士になるほどの人間なのだから、ポテンシャルは一般兵士よりも幾らか高い(その『高い』部分の殆どがリリーファーとのマッチングである)。だからある程度大きな枠組みは決めておいて、それ以外は個人の裁量に任せる……という作戦はよくある。
 しかしこれほどまでに大雑把で無鉄砲な作戦(もはや作戦と呼べるのかも怪しい)は無い。
 だがこれはフレイヤがほかの騎士団以上に個を大事にしている……ということの象徴でもあるのだった。

『とりあえず、「いつも通り」ということか』

 そう言ってバルタザール騎士団の一人は騎士団から別れた。
 要はいつものことなのだ。彼女は常に個を尊重する。だからこそほかの騎士団には出来ない大胆な行動に出ることが可能なのだという。
 しかし。
 裏を返せば、それは『チームとしての行動についてはまだまだ未熟』だということを意味している。
 だから究極にチームにこだわった敵と戦うときは非常に不利なのだ。
 尤も、それに出会うのは――今回が初めてのことになるのだが――。


 ◇◇◇


 対して、聖騎士サイドでは今回の作戦のリーダーを務めるバルダッサーレ・リガリティアは恍惚とした表情でバルタザール騎士団の方を眺めていた。

『リーダー、敵はどうやら団体行動という単語を知らないようです。個々でそれぞれ活動する模様』
「……だとすれば我々には絶対に勝てない、な」

 バルダッサーレは呟く。
 聖騎士は何機かで『騎士団』を結成する。しかしヴァリエイブルのそれとは異なり徹底的な団体行動を取るのがこれの特徴だ。
 徹底的、というのはどこまでを指すのだろうか。……それは簡単なことだ。騎士団一ユニットにつき六機――即ち今回の攻撃は五つの騎士団が協力しているのに等しい――で行動するが、まるで中の起動従士が皆同じ人間なのか、そう思えるくらい一糸乱れぬ行動を取る。その行動の正確さに、戦いの最中であるにもかかわらず、惚れ惚れする人間も居る程である。

「我々には団体行動で敵うはずがない。しかし個での行動は団体行動には適わない。……この意味が解るか、ドヴァー」
『徹底的な団体行動を持つ、我々に彼らは適わない……ということですね』

 ドヴァー、と言われた声は答える。対してバルダッサーレは声にならない笑みを溢した。
 バルダッサーレの心は愉悦に満ちていた。この聖騎士と戦うリリーファーが、どんな性能のリリーファーなのか。
 だが――その思考に割り入るように、通話を受信した。
 忌々しげにため息をついて、バルダッサーレはそれに応答する。

「こちら、バルダッサーレ」
『私だ』

 バルダッサーレは、その声を忘れたなどとは思わない。いや、寧ろこの声を、少なくとも法王庁に居る人間は忘れる人間などいるはずがなかった。
 嗄れた中にも奥ゆかしい深みを持ったその声を、バルダッサーレは知っていた。
 だから、彼は。
 その名前を呟く。

「げ、猊下……! 法王猊下ではありませんか……!」

 そう。
 バルダッサーレも相当の地位を持つ人間ではあるが、彼はそれ以上の地位を持つ――一言で言えば、法王庁のトップに君臨している人間だった。
 法王。
 それは絶対にして、不可侵なる存在だ。
 法王庁の人間が法王のいかなる権限を侵してはならない。そうであると決められているのだから。
 そもそも『法王』とはカミの生まれ変わりであると教えられている。カミが死に、同時に法王が生誕した。法王庁では新たな法王が生まれることを『聖誕』と呼ぶのも、法王がそうであると法王庁の人間に信じ込んでいるからなのである。

『バルダッサーレ、お前に聖騎士団を五つも渡した真の意味……理解しているだろうな?』
「滅相も御座いません。きちんと理解し、その上で行動しております」
『ならば……さっさとその力、異教徒に見せつけよ』
「ははっ……」

 そして、通信は切れた。
 バルダッサーレは通信が切れてから暫く考えることが出来なかった。
 なぜ法王自らがそのような命令を下すのか、そもそもそんな命令は下されていたか?
 あくまでも今回の目的は戦争をなるべく被害を少なくして終わらせるための前段階、であった。
 だからあくまでも脅かし程度だ――そういう方向で行くと合致していたはずだった。
 しかしこれはあまりにもちぐはぐ過ぎる。『脅かし』で済ませる割には語気が強すぎるのだ。

「……総員、全戦力を用意。バルタザール騎士団を殲滅する」

 だが。
 彼はそれに逆らうことは出来ない。否、逆らえないのだ。
 逆らったら最後、彼は不敬罪で処罰されてしまうからだ。
 だから、彼はその命令をそのまま、渡す。ただ、それだけだ。

「発射ァァッ!!」

 そして。
 出動したばかりの――いうならば丸腰の――バルタザール騎士団目掛けてバルダッサーレ率いる聖騎士団の一斉射撃が開始された――。


 ◇◇◇


「上々だよ、法王猊下。いやぁ、見事だね? 法王を引退したら俳優にでもなってはみないかい?」

 法王庁自治領首都、自由都市ユースティティア。
 その中央に位置するクリスタルタワーが、法王庁の中心である。そしてその二十七階に法王の部屋はある。
 その部屋には二人の『人間』が居た。一人は白い円柱型の帽子をかぶった老人、そしてもう一人は――。

「のう、帽子屋」

 法王はそのもう一人の名前を――法王の聖騎士団への命令を聞いて手を叩いて笑っていた――誰かに言った。

「ん、どうかしたかい?」
「お主が入ってくるということは計画にズレが生じているか、計画に遅れが見つかっているかの何れかだ。……どちらだ?」
「んー、まぁたぶん後者かな。少しばかり計画を早送りしないと予定の時間に間に合わない。なぁに、ハッピーエンドを迎えるまでの辛抱だ」

 帽子屋の言葉を聞いて、法王はため息をついた。

「ハッピーエンド、か……。お主がここにやってきて、お主の目的を話した時点で、私はその『ハッピーエンド』は人類にとってのそれではないことに気付かされたよ」
「いい線ついてるね。確かにこのハッピーエンドは君たち人類にとってのハッピーエンドでもない。かといって僕たち『シリーズ』にとってのハッピーエンドでもないんだ。……まぁ今それをここで話したところで、君たち人類がそれを理解出来るとは思わないけどね。もしかしたら暴動を起こして計画に支障が出るかもしれないし。そんなことをされたらたまったもんじゃないからね」

 帽子屋の言葉は暗にそれが誰のためのハッピーエンドなのか、言いたくないのだということを指していた。
 それがひとつのカテゴリーか、特定の団体か特定の人間かは解らない。何しろ、特定するのに必要なヒントがあまりにも少なすぎるからだ。

「……そんな卑下することではない。その『ハッピーエンド』が起きるとき、君たち人類はきっと何かに立ち向かっていて、その『ハッピーエンド』が誰のものなのかを考えることもない。……人類なんて愚かな存在だ。自分自身以外のことを考える人間なんて、そういないのだから」
「……帽子屋、ひとつ質問しても構わないか?」

 法王の言葉に帽子屋は頷く。
 法王は帽子屋と何回か対面し、対話したことがある。しかし、それでも解らないことが多すぎた。
 だから、彼は、思い切ってそれを言った。

「――帽子屋、お前は昔何者だったんだ?」


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