絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百七話 暗闇

 暗闇の中をマーズは歩いていた。
 一寸先は闇――とはまさにこのことである。いけどもいけども何も見えてこないこの現状に対して、マーズは少し焦りを感じ始めていた。

「まずは崇人が何処に居るのか探さねば……!」

 この世界がどんな世界であるかも解らないのに、なぜかマーズは崇人のことを探し始めた。
 その思考は偶然ではなく、必然なのかもしれない。


 暫く歩くと、何かが見えてきた。

「これは……扉? でも何でこんなところに……」

 その扉はスチールドアの開き戸だった。窓もついていたが、半透明だったためそこから中を覗くことは出来ない。
 彼女はこの中に何があるのかは解らない。しかし、どことなく嫌な予感がしていた。
 だが、彼女が迷っている暇などなかった。
 彼女はドアノブを握って、扉を開けた。
 扉の奥では、パソコンが何台も一列に並んでいた。それが何列もあった。その何列が凡て隙間なく並べられているのではなく、二列ごとに隙間が開けられている――そんな形だ。
 そのパソコンは凡て電源が落とされていた。
 たった一つを除いて。
 それに向かってずっと何かを打ち込んでいる人間がいた。
 マーズはそれが誰だか忘れるはずもなかった。

「タカト……!」

 そこにいたのは崇人だった。
 しかしその姿は今とは違い、三十五歳の姿であった。
 それを見て、マーズは今更ながらに悟った。この世界が、タカトの心の中の世界だということに。

「それが解ったからといって、私はいったいどうすればいいのよ」

 マーズは自問自答する。
 たしかに、彼女は起動従士の心の中に入る『精神混濁』という方法を知っていた。しかしながら、それは実際に出来るものとは到底思っておらず、『最後の手段』としか考えていなかった。
 しかし、実際にそれが出来てしまえば話は別だ。
 彼女がここで何ができるかを、きちんと考えねばならなかった。

「……私はここで、」


 ――タカトを救う。


 だけど、どうやって?
 どうやって崇人を救い出す?

「彼の心を、外面に向けさせる」

 マーズは呟く。


 ――だけど、それが出来るのか?


 マーズは自問自答する。
 今崇人はパソコンの画面に向かってずっと何かを打ち込んでいる。今話しかけたとしても彼が反応することもないだろう。
 ならば、それ以外の方法を使うべきだ。
 とはいえ、それが直ぐに考えつく訳もなかった。

「じゃあ、どうすればいいのか?」

 考えるまでもなかった。
 考えつくまでもなかった。
 パソコンの画面を齧り付くように見る崇人の身体を、強引にパソコンから引き剥がす。パソコンから引き剥がされた崇人は狼狽えていたが、マーズは話を続ける。

「自分の世界に閉じ篭っているんじゃあないぞ、タカト・オーノ」

 マーズの言葉を聞いてもなお、崇人はパソコンに手を伸ばしていた。

「パソコン、ああ……これはお前の元の世界の幻影ということか。元の世界の幻影でここまで齧り付いていられるというのか。羨ましいねえ」

 崇人は怯えているが、さらにマーズは続ける。
 もう彼女を止める者などいなかった。

「それでいいのかタカト・オーノ! お前はこんなあまっちょろい幻影で満足するのか! お前はそんな人間だったのか! インフィニティを使って、エル・ポーネの区々を破壊したお前が! こんな殻に閉じ篭って、元の世界の幻影を作り出して、満足していたのか!」
「ち……違う」

 崇人はそこで漸く反論した。

「ほう、ならば言ってみろ。何が違うんだ? 私はただ客観的に事実を述べたまでだ。間違っていない。寧ろ正しいことだと思うぞ」
「違う! 違う違う違う違う、違うんだ!」

 崇人の叫びとともに――世界に亀裂が生じる。

「お前が苛まれるわけでもないし妬まれるわけでもない。悲しむ気持ちは解るが、エスティを殺した奴は……もうこの世にはいない」
「違う! エスティを殺したのは」
「自分……だと言いたいのか?」

 崇人はその言葉に、何も言い返すことは出来なかった。

「お前が、タカトが、エスティを殺したとでも言いたいのか? それは違う。エスティを殺したのはテルミー・ヴァイデアックス。ペイパス王国の貴族サマだよ。お前ではない、お前ではないんだよ」
「違う、俺が殺した……俺が殺したんだ……」

 そこまで話して、マーズは舌打ちする。
 このままでは埒があかない。マーズがそう思った、その時だった。
 唐突に、天井に光が差し込んだ。

「あれは……!」

 マーズと崇人が天井を見上げた。
 しかしその光源は何か確認することはできない。

「体が……」

 崇人の呟きを聞いて、彼女は掌を見た。
 すると、彼女の身体は透けていた。
 彼女が知る由もないが、『精神混濁』を行った場合、他人の精神世界に入り込んだその精神はある時間によって拘束される。即ち、その時間を超えてしまったら、マーズは強制的に崇人の精神世界から弾き出されてしまう――ということだ。

「もうタカトの精神世界に居られない……ということね」

 しかし、彼女は凡てを察していた。
 そして、崇人の肩をつかみ、

「いい、あなたは決して生きることを諦めてはいけない。凡てやりきるの。例え時間がかかったとしても……私たち『ハリー騎士団』はあなたが帰ってくるのを待っているから」

 その言葉を最後に、マーズの意識は途絶えた。


 ◇◇◇


 次にマーズが目を覚ましたのは小さなベッドだった。

「……ここは?」
「気が付いたようね」

 マーズが呟くと、ベッドの傍にある椅子に腰掛けていたメリアが声をかけた。
 メリアは立ち上がると、テレビのリモコンを使って電源をつけた。
 テレビはニュース番組を映し出していた。

『――というわけで、繰り返しお伝えします。本日、カーネル自治政府がヴァリエイブルの軍事介入を容認することを発表し、内閣総辞職しました。それによりかつて置かれていたカーネル自治政府は撤廃され、ヴァリエイブル連合王国の手によって直接管轄されるものと見られています』

 ニュースキャスターは慌てずにそう原稿を読み上げる。
 マーズはそのニュースを見て事態を漸く理解した。

「終わったのね」

 それを聞いて、メリアはため息をつく。

「ああ、インフィニティが放ったあの荷電粒子砲によって『ムラサメ』に載っていた魔法剣士団は一機を除いて凡て『消失』した。軍事介入して漁夫の利を狙おうとしていたペイパス王国もペルセポネの消失によってこの件から手を引くとのことだ。まあ、それが賢明な判断だろうな」
「それが事の顛末……ってことね。まあ、あっさりしすぎじゃあないの?」
「しょうがないでしょ。だって世界最強のリリーファーとして謳われる『インフィニティ』が暴走を起こして、一つの街を破壊した。それが報じられてからの世界の影響はどれほどのものか、あなたは知っているのかしら?」

 それを聞いて、マーズは思い返す。あの暴走したインフィニティが齎したことを。
 そして、この戦争が何を齎し、何を失ったのか――その凡てを知る者は、今ここにはいない。

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