絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第八十六話 第五世代(後編)

「それはつまり、どういうことだ?」

 マーズはさらに訊ねる。
 コルネリアは俯いて、それに答えた。

「平和というのは誰が定義することによって変わってしまう、ということですよ。例えば、常に戦争が起きている国から見れば『平和』は戦争が起きなくなったことを差すでしょう。しかし、戦争がまったく起きていない国に居た私にとって、『戦争が起きている』今こそが平和なのです」
「……何を言っている?」
「私の発言が、あなた方からすればおかしいことは重々承知しています。ですが、単なる認識の違いということですよ。それでいいじゃあないですか」
「認識の違い? それで済む問題だというのか?」
「寧ろすまないのですか?」

 マーズとコルネリアは気がつけば顔を合わせていた。彼女たちの表情を見ると、マーズの表情は厳しいのに対しコルネリアの表情は先程とまったく変わっていない。
 マーズは厳しい戦場を生き抜いてきたから、コルネリアの言っている言葉が戯言にしか聞こえないのだった。戦場を生き抜いた人間にそのような言葉を浴びせれば、間違いなく逆鱗に触れるものだ。コルネリアはそれを解っていた。解っていたにもかかわらず、彼女はそう言ったのだ。
 なぜか?
 彼女はチームメンバー全員が凡てをさらけ出すことで初めてチームとして存在できると思っていたからである。
 メンバーの中で秘密を共有することで、それは秘密を隠し合う存在へとなりうる。それが漸く『チーム』としてなるのだ。
 コルネリアにはそのような信条があった。だから、マーズに自分の信条を告げたのだ。

「……まあ、今はそれについてどうこう言う場合ではない」

 マーズはそう言うと、監視役がこちらを向いてない隙を狙ってそちらを指差す。

「コルネリア、お前にはあるのか。あれを倒す方法を」
「一応一つくらいは考えつきましたね」

 それを聞いて、マーズの顔に微笑みが浮かんだ。


 ◇◇◇


 監視役を務めるレヴィエント・サーファイヴは暇だった。
 どうして自分が監視役などしなくてはいけないのか――そう考えると虚しくなってしまった。

「……ねえ」
「ん?」

 そこで声が聞こえて、レヴィエントはそちらを見た。
 そこではコルネリアが鉄格子を持っていた。彼女は悲しげな表情を浮かべていた。

「どうした」

 レヴィエントは低い声を立てる。
 対して、コルネリアはしくしくと涙を流して、言った。

「……怖いのよ」
「怖い? お前たちがした行為に対する行為だ。決しておかしな話ではない」
「怖いの。何かに襲われているような……」

 そこで、彼は。
 彼女が発している言葉の意味を、漸く理解した。
 彼女が怖がっているのは、捕まったという状況ではない。
 それ以外の――何かがいるのだ。

「何だ」

 興味に駆られて、レヴィエントは訊ねた。

「何に、怖がっているんだ。恐れているんだ」
「それは……」

 そう言って。
 コルネリアが顔を上げた――その時だった。
 レヴィエントは頭に強烈な痛みを感じた。
 それは殴られたからだということは、薄れる意識の中漸く彼が気づいたのだった。

「案外騙されたわね」

 マーズが鍵をレヴィエントのポケットから取り出し、鉄格子の鍵を開けて言った。
 マーズとしても、正直ここまでいくとは思わなかった。失敗した時にどうなるかも心得ていた。なのに、こう簡単にうまくいくとは思わなかった。

(こいつはコルネリアに感謝するしかないわね……まあ、一先ずはここを脱出してからの話なのだけれど)

「一先ず、ここを脱出しましょう……と言っても、ここはいったいどこなのかしら?」
「一応、北はこっちです」

 マグラスがそう言ったのでマーズはその通りに指差す。

「それじゃあ、北へ向かいましょう。もうどうなってもいいわ。もし、リリーファーでもあればいいのだけれど」

 そして、ハリー騎士団は行動を開始した。


 ◇◇◇


「……お前が……シリーズ……だと?」

 その頃、崇人とエスティは帽子屋と邂逅していた。帽子屋はニヒルに微笑むと、さらに一歩踏み込む。

「そうだよ。僕はシリーズ、その中でも参謀役を勤めている。『帽子屋』と言うよ。よろしくね、君とは長い付き合いになるはずだから」
「どういうことだ」
「まあ、僕が言うより実際に体感する方がいいのだろうけれど……これだけは言わせてもらうよ」

 帽子屋はそう言って、堆くある書物の山に腰掛ける。

「この戦争も、今までに君があったことも、凡て。それどころか、この世界が始まってから凡て、人類だけではない、僕たちによって動かされてきた……ということをね、知っておいて欲しいんだよ。自覚して欲しい……と言った方が正しいかな」
「なぜ、俺たちに言ったんだ」
「だから言っただろう?」

 帽子屋は首を傾げる。

「君たちには知っておいて欲しい、自覚して欲しい、ってね」
「自覚、ね」

 崇人はそれを聞いて、鼻で笑った。
 おかしかったからだ。

「果たして、それを聞いて俺たちが信じるとでも?」
「信じるか信じないか、ではない。そういうふうに動くのだよ。時代はすでに決められていて、君たちは結末まで動かされるマリオネットだということを、自覚してもらいたい……僕はそう言いたいわけだ」
「信じないわ、そんなこと」

 それを言いだしたのは、エスティだった。エスティは一歩踏み出し、ちょうど帽子屋を見下ろす位置に立った。

「信じようが信じないが知らないと言っただろう」
「だから、そんな事実変えてみせるって言っているのよ」

 それを聞いて、帽子屋は鼻で笑う。
 立ち上がって、エスティを睨みつけた。

「いいかい、君は知らないんだ。これから起きることを。だから、教えてあげようじゃあないか。これから起きることを少しだけね」

 そう言って帽子屋は「うーんと」と言って右上を指差す。
 崇人とエスティには何をしているのかまったく解らなかった。
 そして、帽子屋は一言言葉を紡いだ。

「これから起きる戦争は解決する。しかし、タカト・オーノ、君は大いなる悲しみが降りかかることだろう。それを乗り越えることが出来るかは……君次第だけれどね」
「どういうことよそれ……」

 エスティがそれに反論したそのとき、彼女は急に咳き込み始めた。咳はあまりにも激しく、見ていた崇人が背中を何度も激しく摩る程だった。
 それを見て帽子屋は失笑した。

「まあ……その子が大切なら、大切にしておくべきだよ。大切なら、ね」

 そして、帽子屋はその場から姿を消した。

「あいつ、シリーズって言ってたよね」

 エスティが言った言葉に、崇人は頷く。

「シリーズ……本当にどのような存在なんだ……」

 崇人は、帽子屋が言っていた言葉をリフレインする。


 ――タカト・オーノ、君は大いなる悲しみが降りかかることだろう。それを乗り越えることが出来るかは……君次第だけれどね。


「あいつは……いったい何を知っているんだ……!」
「タカト」

 エスティがそう言ったので、崇人は振り返る。
 エスティはじっと崇人の目を見ていた。
 怖い気持ちもあっただろう。恐ろしい気持ちもあっただろう。
 それでも彼女は――前を見ていた。

「……行こう、マーズさんのところへ。そして、私たちが手に入れた情報を教えるの」

 それを聞いて、崇人は大きく頷いた。

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