絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第八十三話 潜入
マーズたちはカーネル中央部にあるリリーファー起動従士訓練学校、その校門前に来ていた。
真ん中には高い尖塔が立っており、その重々しさは見るもの凡てを圧倒させた。
尖塔の頂点を見ながら、マーズは舌打ちする。
「まるで悪魔が住んでいそうなくらい、物々しいわね」
「ヴァリエイブルは……これほど迄に大きな建物は建てませんものね」
「飛行機を飛ばすためにはどうしてもそうせざるを得ないのよ。それがどうしても無理な場合は合図を送って回避を促す。それくらいはしなくては大惨事になりかねない」
ヴァリエイブルでは航空法というものが定められている。軍事に重きを置いているから――というわけではない。寧ろその逆の発想で、商業用の飛行機についての法律だ。
その法律は建物の高さについても言及しており、一部の建物を除いて建物の高さは十五メートルまでという風に規制されている。
それについては王国の許可を得て航空灯を頂点につければ問題はないのだが、そう簡単にはうまくいかない。また、うまくいってもある建物の高さを超える建物を建築するのは難しい。
それは、城である。
王国にとって城は権力の象徴である。そんな場所の高さを超すような建物をそう簡単に国が認める訳もなく、結果として殆どの建物が城より低い建物となっている。
しかし、ここは違う。
王政が敷かれていない、別の国と化した機械都市カーネルという場所。
その場所では、ヴァリエイブルのようなことが通用する訳もなく、カーネル独自のシステムが構築されている。そのシステムはあまりにも未来志向だった。
「ここの政府機能を持つのって、何処だったかな。確かカーネルには支所があったはずなんだけれど、まぁこれよりは高くはない」
マーズが歌うように言うと、後ろにいたマグラス――ではなくリボンを付けていたからエルフィーだ――が続けた。
「高い建物を造って権力を高く見せたいのでしょうか……?」
「まぁ、お偉いさんの考えはよく解らないよね。たまに私だって『あれ』の考えていることが解らなくなるからね……」
マーズの言う『あれ』とはヴァリエイブル連合王国の国王、ラグストリアル・リグレーの事だが、彼女がそれには気付かなかった。
改めてマーズは、天に突き刺すように建つ尖塔を見上げる。そのおどろおどろしさに思わず身を竦めてしまいそうになったが、周りにはハリー騎士団の部下がいる。そう簡単に弱みを見せてなどいけない――彼女はそう思うと、一歩前に踏み出した。
作戦の概要としては、非常に簡単だ。裏門から潜入し、クラスに居る学生を尽く殺していく。
容赦はいらない。情けなどいらない。
そんなものをかければ、やられるのはマーズたちだからだ。
生きるため、勝つための最善の選択肢――それこそが『未来の可能性を潰すこと』、それ以外に他ならない。
「……改めて作戦の概要を説明していくわね。ハリー騎士団はこれから裏口から潜入する。そして速やかに教室を占拠。学生を有無を言わさず射殺していく。銃弾のストックは充分にあるな? そうでないと作戦は実施出来ないぞ」
マーズがハリー騎士団の面々に告げる。彼らは一瞬腰に携えてある拳銃を一目見て小さく頷いた。
それを見て、全員が頷いたのを確認してマーズも大きく頷いた。
裏口には鍵がかかっていなかった。はじめマーズは罠かと思ったが――直ぐにその可能性を否定し、団員達に入るよう指示した。
裏口から入るとその恐ろしい程の静けさにマーズは目を疑った。どうしてこれほどまでに静かなのか、それを呟いたが誰もそれについて知る由もなく、ただその声だけが廊下に虚しく響いた。
一階、二階、三階、四階……その何れもの教室を巡ったが誰も居なかった。
「まさか、私たちの行動が誰かにバレていたなんてことは?」
「そんなことは有り得ないわ。……たぶん」
否定したくても、現実は容赦なく彼女たちに突き付けられる。
もしかしたら、敵に筒抜けだったのだろうか? マーズはふとそんなことを考えたがその迷いを振り切ってまた歩を進める。
そして、ついに彼女たちは最後の部屋に到達した。
リリーファー保管庫。そう書かれた場所には多数のリリーファーが保管されている……らしい。断定的な言い方となっていない訳はそれが変わってしまっている可能性を考慮に入れていないためである。
カーネルが『独立』を宣言してそう時間は経っていないが、幾らなんでもその行動がノープランによるものとは考えにくい。ともなれば、随分と前から作戦を組み立てていたはずである。
「開けるぞ」
呟き、マーズはドアノブに手を伸ばす。その手には汗をかいていた。緊張していたのだ。
このカーネルにある訓練学校が、幾ら新しく出来た場所だからとはいえ、つい昨日にでも突如として完成した訳ではない。
この学校、ひいてはこの校舎が完成したのは今から十五年前になる。尤も、そのうち十三年間(即ち、二年前まで)はヴァリエイブル連合王国の訓練学校の分校という立ち位置であったのだが。
マーズは起動従士になってから、一度この学校に訪れたことがある。
だからこそ、この学校の仕組みについてはこの中では一番知っていた。
この中にはリリーファーがある。それも、分校とは思えぬほど大量に。
はじめは『カーネルで開発した不良品』ということで大量にあるのだという学校の人間の言葉を鵜呑みにしていたが、今思えばこのためだったのではないかとマーズは考え、舌打ちする。
そして――マーズはゆっくりと扉を開けた。
その光景に思わず彼女たちは息を飲んだ。
そこに広がっていたのは、大量のリリーファーが一列に並べられている光景だった。
そのリリーファーは、どれも同じリリーファーだった。そのリリーファーの名前はムラサメというのだが、今の彼女たちがそれを知る由もない。
「カーネルめ……とんでもないのを作っていたようね」
「あら? とんでもないとはどう言う意味かしら」
そんな声が聞こえて、マーズはその声がした方を向いた。
そこにはひとりの少女が立っていた。
黒と白のチェック柄のスカートに、ブラウンのブレザー。その間からは白いワイシャツを覗かせる。これだけ見れば、とても起動従士とは思えない。
しかし、そんなマーズたちの想像を見透かしているように、少女はニヒルな笑みを浮かべた。
「ようこそ、ヴァリエイブルの人間たちよ。カーネルのリリーファーを見た感想はいかがかな?」
「まったく、性格の悪い都市だこと」
マーズが呟くと、少女はその場で消えた。
「!?」
彼女たちは、それにより、結果としてほんの一瞬隙を生み出してしまった。
そして。
気がつけば彼女たちは何者かに取り囲まれていた。
それにマーズたちは気づくことが出来なかった。
そして、その人間はよく見れば先程の少女と同じ格好だった。
まるで、人造人間のようだった。
まるで、鏡写しのようだった。
その中のひとりが、呟く。
「……おかしい。確かハリー騎士団には≪インフィニティ≫の起動従士が居たはずだ」
そう言って、マーズの胸ぐらを掴んだ。
マーズはそうされてもなお何も言わなかった。
「何処にいる」
「はて。なんのことかな?」
マーズはどこ吹く風という感じで返したが、少女はそれを見てマーズの頬を叩く。
「……マーズ・リッペンバー。君は『女神』として戦場を駆け抜けた起動従士だったな。それが蹂躙される気持ちを味あわせてやろうか?」
「それもいいねえ……と言いたいところだが、お断りさせてもらうよ」
マーズが言うと、少女はきつい目つきでマーズの方を見て、舌打ちする。
「こいつらを連れていけ」
どうやら彼女はリーダー的存在であるらしく、彼女たちはその言葉に従って、マーズたちを捕らえた。
真ん中には高い尖塔が立っており、その重々しさは見るもの凡てを圧倒させた。
尖塔の頂点を見ながら、マーズは舌打ちする。
「まるで悪魔が住んでいそうなくらい、物々しいわね」
「ヴァリエイブルは……これほど迄に大きな建物は建てませんものね」
「飛行機を飛ばすためにはどうしてもそうせざるを得ないのよ。それがどうしても無理な場合は合図を送って回避を促す。それくらいはしなくては大惨事になりかねない」
ヴァリエイブルでは航空法というものが定められている。軍事に重きを置いているから――というわけではない。寧ろその逆の発想で、商業用の飛行機についての法律だ。
その法律は建物の高さについても言及しており、一部の建物を除いて建物の高さは十五メートルまでという風に規制されている。
それについては王国の許可を得て航空灯を頂点につければ問題はないのだが、そう簡単にはうまくいかない。また、うまくいってもある建物の高さを超える建物を建築するのは難しい。
それは、城である。
王国にとって城は権力の象徴である。そんな場所の高さを超すような建物をそう簡単に国が認める訳もなく、結果として殆どの建物が城より低い建物となっている。
しかし、ここは違う。
王政が敷かれていない、別の国と化した機械都市カーネルという場所。
その場所では、ヴァリエイブルのようなことが通用する訳もなく、カーネル独自のシステムが構築されている。そのシステムはあまりにも未来志向だった。
「ここの政府機能を持つのって、何処だったかな。確かカーネルには支所があったはずなんだけれど、まぁこれよりは高くはない」
マーズが歌うように言うと、後ろにいたマグラス――ではなくリボンを付けていたからエルフィーだ――が続けた。
「高い建物を造って権力を高く見せたいのでしょうか……?」
「まぁ、お偉いさんの考えはよく解らないよね。たまに私だって『あれ』の考えていることが解らなくなるからね……」
マーズの言う『あれ』とはヴァリエイブル連合王国の国王、ラグストリアル・リグレーの事だが、彼女がそれには気付かなかった。
改めてマーズは、天に突き刺すように建つ尖塔を見上げる。そのおどろおどろしさに思わず身を竦めてしまいそうになったが、周りにはハリー騎士団の部下がいる。そう簡単に弱みを見せてなどいけない――彼女はそう思うと、一歩前に踏み出した。
作戦の概要としては、非常に簡単だ。裏門から潜入し、クラスに居る学生を尽く殺していく。
容赦はいらない。情けなどいらない。
そんなものをかければ、やられるのはマーズたちだからだ。
生きるため、勝つための最善の選択肢――それこそが『未来の可能性を潰すこと』、それ以外に他ならない。
「……改めて作戦の概要を説明していくわね。ハリー騎士団はこれから裏口から潜入する。そして速やかに教室を占拠。学生を有無を言わさず射殺していく。銃弾のストックは充分にあるな? そうでないと作戦は実施出来ないぞ」
マーズがハリー騎士団の面々に告げる。彼らは一瞬腰に携えてある拳銃を一目見て小さく頷いた。
それを見て、全員が頷いたのを確認してマーズも大きく頷いた。
裏口には鍵がかかっていなかった。はじめマーズは罠かと思ったが――直ぐにその可能性を否定し、団員達に入るよう指示した。
裏口から入るとその恐ろしい程の静けさにマーズは目を疑った。どうしてこれほどまでに静かなのか、それを呟いたが誰もそれについて知る由もなく、ただその声だけが廊下に虚しく響いた。
一階、二階、三階、四階……その何れもの教室を巡ったが誰も居なかった。
「まさか、私たちの行動が誰かにバレていたなんてことは?」
「そんなことは有り得ないわ。……たぶん」
否定したくても、現実は容赦なく彼女たちに突き付けられる。
もしかしたら、敵に筒抜けだったのだろうか? マーズはふとそんなことを考えたがその迷いを振り切ってまた歩を進める。
そして、ついに彼女たちは最後の部屋に到達した。
リリーファー保管庫。そう書かれた場所には多数のリリーファーが保管されている……らしい。断定的な言い方となっていない訳はそれが変わってしまっている可能性を考慮に入れていないためである。
カーネルが『独立』を宣言してそう時間は経っていないが、幾らなんでもその行動がノープランによるものとは考えにくい。ともなれば、随分と前から作戦を組み立てていたはずである。
「開けるぞ」
呟き、マーズはドアノブに手を伸ばす。その手には汗をかいていた。緊張していたのだ。
このカーネルにある訓練学校が、幾ら新しく出来た場所だからとはいえ、つい昨日にでも突如として完成した訳ではない。
この学校、ひいてはこの校舎が完成したのは今から十五年前になる。尤も、そのうち十三年間(即ち、二年前まで)はヴァリエイブル連合王国の訓練学校の分校という立ち位置であったのだが。
マーズは起動従士になってから、一度この学校に訪れたことがある。
だからこそ、この学校の仕組みについてはこの中では一番知っていた。
この中にはリリーファーがある。それも、分校とは思えぬほど大量に。
はじめは『カーネルで開発した不良品』ということで大量にあるのだという学校の人間の言葉を鵜呑みにしていたが、今思えばこのためだったのではないかとマーズは考え、舌打ちする。
そして――マーズはゆっくりと扉を開けた。
その光景に思わず彼女たちは息を飲んだ。
そこに広がっていたのは、大量のリリーファーが一列に並べられている光景だった。
そのリリーファーは、どれも同じリリーファーだった。そのリリーファーの名前はムラサメというのだが、今の彼女たちがそれを知る由もない。
「カーネルめ……とんでもないのを作っていたようね」
「あら? とんでもないとはどう言う意味かしら」
そんな声が聞こえて、マーズはその声がした方を向いた。
そこにはひとりの少女が立っていた。
黒と白のチェック柄のスカートに、ブラウンのブレザー。その間からは白いワイシャツを覗かせる。これだけ見れば、とても起動従士とは思えない。
しかし、そんなマーズたちの想像を見透かしているように、少女はニヒルな笑みを浮かべた。
「ようこそ、ヴァリエイブルの人間たちよ。カーネルのリリーファーを見た感想はいかがかな?」
「まったく、性格の悪い都市だこと」
マーズが呟くと、少女はその場で消えた。
「!?」
彼女たちは、それにより、結果としてほんの一瞬隙を生み出してしまった。
そして。
気がつけば彼女たちは何者かに取り囲まれていた。
それにマーズたちは気づくことが出来なかった。
そして、その人間はよく見れば先程の少女と同じ格好だった。
まるで、人造人間のようだった。
まるで、鏡写しのようだった。
その中のひとりが、呟く。
「……おかしい。確かハリー騎士団には≪インフィニティ≫の起動従士が居たはずだ」
そう言って、マーズの胸ぐらを掴んだ。
マーズはそうされてもなお何も言わなかった。
「何処にいる」
「はて。なんのことかな?」
マーズはどこ吹く風という感じで返したが、少女はそれを見てマーズの頬を叩く。
「……マーズ・リッペンバー。君は『女神』として戦場を駆け抜けた起動従士だったな。それが蹂躙される気持ちを味あわせてやろうか?」
「それもいいねえ……と言いたいところだが、お断りさせてもらうよ」
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