絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第七十七話 中央地区Ⅱ

 サイクロンの躯体に乗り込んだエスティと崇人の表情は、まさに天国と地獄と言える程の差が現れていた。
 エスティはローラーコースターが大好きなのか、まさに天使のような晴れやかな笑顔を浮かべていた。
 対して崇人はため息をついたり外をぼうっと眺めたりしていて、それをどう見ても『晴れ晴れとした表情』などとは言えないものだった。

「どうしたのタカト! 楽しもうよ!」

 そんな崇人の表情を見て、エスティは肩を叩く。しかし崇人はまったくそれに反応しなかった。強いて言うなら、肩を叩かれてもため息をついているだけだった。

「大丈夫だよタカト、ね? だから……そうだ! 手をつなげば少しは楽になるかもよ?」

 楽になってはいけないのだが――という野暮なツッコミがいつもなら入っている発言だったが、崇人が落ち込んでいるので、そんなツッコミはなかった。
 そんなツッコミを期待していたエスティだったが、崇人からのツッコミは全くなかったので、恥ずかしくなってしまって、その気持ちをどうにかこうにか吐き出そうとしたが、その段階として、結論として、崇人の手を改めて強く握ることとした。
 それは彼に安心感を与えるものだった。
 それは彼を少しでも安心感を与えようとする、エスティの心意気だった。

「……ありがと」

 崇人はそれに小さく答えた。
 ただ、それだけだった。
 だが、優しさを見せてもサイクロンに乗ることを取り止めはしない。昔から決まっていたことではないが、まるでそうではないかと思わせてしまう。
 そして。
 発車を報せる電子音が鳴り響き――ゆっくりとサイクロンの躯体が動き始めた。


 ◇◇◇


 サイクロンを出た崇人の表情は、見るも無残なものだった。

「……大丈夫だよ。ね、ごめんね?」

 崇人は泣いてこそいないが、それに近い表情を浮かべている。至極情けないようにも見えるのだが、彼はもはやそんなことはどうでもいいらしい。

「ごめんね? ……あの、ほんと、お詫びにさ、何でもするからさ……」
「ちょっと……休みたい……。このままだと吐きそう……」

 崇人がそう言うので、近くにあるベンチに崇人を座らせ、エスティは小さく息を吐いた。
 エスティは光景を見ながら、崇人の回復を待った。
 崇人は朧げな意識を保ったまま、うとうととしていた。サイクロンに乗り込んだせいで、想像以上に自分の体が疲れているようだった。
 そして彼は――微睡みに沈んでいった。
 だから、彼は気付かなかった。
 その後に起きた、小さな悲劇を。


「何をしているのよ、こんなところで」

 崇人が次に目を覚ましたときは、頭上から声がかかった時だった。

「コルネリア……か?」
「そうよ」

 頭を上げて、立ち上がる。少し眠ったからか、気分も晴れていた。

「ところで、エスティはどうした?」

 そこで彼は、異変に気がついた。
 隣に座っていたはずの、エスティがいないことに。

「……エスティ!? たしかにここにいたはずなのに……!」
「こいつは厄介なことになったようだね」

 そう言ってコルネリアは舌打ちする。辺りを見渡すも既にその痕跡は残っていなかった。
 コルネリアは一先ず崇人を立たせ、スマートフォンを手に取る。
 連絡先は、マーズだ。

「もしもし、コルネリアです。ええ、マーズさん。実はちょっと由々しき事態が発生しまして……」

 マーズとの通話は直ぐに終了した。
 その間崇人はじっとコルネリアの姿を見ていた。
 コルネリアは崇人の方を見て、また一つため息をついた。

「マーズさんからの伝言」

 そう言って――コルネリアは崇人の右頬を叩いた。
 そのことは予測できていたが、しかし崇人ははじめ何が起きているのか解らなかった。

「お前がきちんと見ていないでどうする。このアホ」

 その言葉はおちゃらけた様子にも聞こえたし、凡てを包み込んでくれるようなそんな優しい様子にも聞こえた。
 だから、崇人は。
 改めてコルネリアに頭を下げる。
 済まなかった、という誠意の気持ちを込めて。
 対して、コルネリアは小さく微笑む。

「今謝っても意味はない。……彼女を救うことだけを、考えなくてはならないね」
「ああ、そうだな」

 そして、崇人は前を向いた。後ろを向くでもない。その気持ちを延々と引きずるわけでもない。ただ、彼は前を向いて――進んだ。


 ◇◇◇


 マーズとヴィエンス、エルフィーとマグラスがハイテックへとやって来たのはそれから三十分後の事だった。
 マーズは改めて崇人とコルネリアから状況を聞き、小さくため息をつく。

「……全く、どうしてタカトが居たのに攫われてしまったんだ……。というか、どうしてお前らは探索もせずジェットコースターで遊んでいたんだ!?」
「それについては、本当に言い訳が出来ない」

 崇人は項垂れた様子で言うと、ヴィエンスが崇人の胸ぐらを掴んだ。

「おい、タカト。お前やる気があるんだろうな? 騎士団長という役目も出来ないんなら、今回の任務はお荷物に過ぎないと思うんだが」
「それまでにしておけ、ヴィエンス」

 マーズの言葉を聞いて、ヴィエンスは舌打ちをして手を離す。
 マーズは咳払いをして、話を始める。

「……予想外の事態が起きてしまったことには変わりない。ここで、もうひとつの作戦を考える。機械都市カーネルの攻略に次いで、エスティ・パロング団員の救出作戦を、現時刻を持って開始する」

 その口調は静かで、重々しいものだった。
 そして、その一言は、騎士団の意識を高めるものでもあった。
 マーズのスマートフォンが通知音を鳴らしたのはその時だった。

「……ルミナスからか」

 そう言って、マーズは通話に応じる。

「もしもし、こちらマーズ」
『マーズ? ルミナスだけど』

 ルミナスの口調は、どことなく緊張しているようだった。

「そいつはスマートフォンの画面表示で嫌というほど解る。用件を手短に頼むよ。こちとら一つ大事な作戦が追加されてしまったからな」
『そうかい。だったら、悪い知らせになってしまうね。残念ながら』
「……おい、どういうことだ」

 その発言に耳をそばだてるマーズ。
 騎士団の面々は、マーズの一挙動一挙動を見てそわそわしていた。その内容によっては、彼らに課せられる任務の重量が増したり減ったりするからだ。

『悪い知らせといい知らせが一個ずつある。どちらから聞きたい?』
「どっちでもいいが、悪い知らせを先に聞いたほうがいいだろうな。気持ちの問題だが」
『わかった。それなら、悪い知らせから話そう。つい先程、カーネル側からヴァリエイブルへ通告がきた。通告というよりかは勧告に近いかもしれないな。内容はどんなもんだと思う?』
「まあ、大方予想はつくな。ラトロのことだ。インフィニティのことに関してだろう?」

 それを聞いて、崇人がマーズの方を見る。
 そのあとも、マーズは電話を続ける。

『そうだ。カーネルは「インフィニティの分析・研究を認めるならば、今回の戦争を終えても良い」と言い出してきた。当然ヴァリエイブルは反発したさ。そんなことをされては戦争の切り札が奪われることになるからね。我々としてもまだ解析が済んでいない「番外世代アウタージェネレーション」のインフィニティをおめおめとラトロに奪われたくはないしな』
「だったら、どうするんだ? カーネルもそう簡単には引かないだろう?」
『ああ、その通りだ。だから、カーネルはだというのなら、戦争をしようと持ちかけた。「よろしい、ならば戦争だ」と言いたげにな』
「ほう……」

 マーズはゆっくりと、しかしその事態を楽しむかのように、にやりと口が綻んでいく。

「面白いことになっていくようだな、今回の戦争も」
『戦争を楽しんでいるのは君くらいだよ、まったく』

 そう言ってルミナスは小さくため息をつく。

「そういえば、もうひとつのほうは?」
『ああ。それがね――』

 その時、崇人は背後から近づく足音に気がついた。
 そして、彼はゆっくりと振り返った。
 そこに居たのは――。

「……アーデルハイト?」
『今作戦においてペイパスとヴァリエイブルが休戦条約を締結。なおかつ、協力としてアーデルハイト・ヴェンバック少尉が参加するようだよ』

 アーデルハイトの和やかな笑顔が、崇人の目に写りこんだ。

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