絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第四十八話 号砲

 崇人のその一日は、一発の号砲から始まった。
 その号砲から少し遅れて、コロシアムから響めきが起こる。

「な、なんだ!?」

 崇人は起き上がり、部屋を飛び出る。ほかの人間も同じ態勢をとっていた。

「崇人、大丈夫か!」

 声をかけたのはアーデルハイトだった。
 崇人はアーデルハイトに問いかける。
 アーデルハイトの言い分はこんな感じだった。

「何でも、『赤い翼』が突然コロシアムの中心に現れ、リリーファー装備用のコイルガンを撃ち放ちやがった! おかげで電源も切れちまって今は非常電源を使っている感じだ」

 アーデルハイトの言葉からは、こんな状況であっても焦りは感じられなかった。

「それじゃ……どうする? あいつらをどうにかするしかないだろうが……」
『諸君、ごきげんよう』

 天井にあるスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。

「確かこいつは『赤い翼』の……!」

 崇人のその発言を聞いたかどうかは解らないが、スピーカーの声は続く。

『私は「赤い翼」のリーダーである。名前ならば、聞いたこともあるだろう。そして我々は今から何をするのか……ここに高らかに宣言しよう』

 そして、
 その発言は、後に世界の歴史に刻まれることとなった。

『今、ここに「赤い翼」は――ティパモールを独立させることを高らかに宣言する』
「とうとう言いやがった……!」

 アーデルハイトはそれを聞いて廊下を駆け出していく。
 崇人も同様に、それを追いかけようとした。
 しかし、

「おい、タカト! どういうことだ、これは!?」

 ヴィエンスに手首を掴まれてしまい、その場に仰け反る。

「ヴィエンス、これにはちょっと事情が……」
「なんだ、言えよ」
「えーと……その……あっ!」

 崇人が右手で天井を指差すと、「なんだよ……」と釣られてヴィエンスもそちらを見た。

「隙有りぃ!」
「あっ、タカト! おい!」

 崇人はその隙を狙って、アーデルハイトの走った方へと走っていった。
 ヴィエンスはそれを一瞬遅れて、捕まえようとしたが、彼の指は空を切った。
 崇人は追いかけて、廊下を走っていく。
 廊下を見ると、電話をかける人、テレビで様子を確認する人、マネージャーらしき人に問い詰める人などたくさんの人間がいたが、そのどれもに共通して言えることは、皆動揺しているということだろう。
 ここに居る人間は、所詮戦争経験豊富な人間から見れば、素人だ。
 だから、このような非常事態に対応出来る人間など、この中にはそう居ない。
 だが、今回の大会に限ってはすぐそばにマーズ率いるリリーファー『アレス』、アーデルハイトが起動従士の『アルテミス』、さらにヴァリエイブル軍が周辺に居た。にもかかわらず、彼らは今コロシアムの中央にいた。

「どういうことなんだよ……! 軍隊も、二機のリリーファーも居て……!」

 崇人が呟くも、その言葉は誰にも届くことはなかった。
 今は、急いでこの廊下を駆けて、アーデルハイトに追いつこうとするだけだった。


 その頃、アーデルハイトはコロシアムの地下倉庫を抜け、『アルテミス』へと搭乗していた。
 アルテミスは何とか『赤い翼』に監視されておらず、それがアーデルハイトにとっては唯一の救いだった。

「一先ず、どうする?」

 アーデルハイトはコックピットの通信機に問いかける。通信の相手は他でもないマーズだった。

『一応、軍からのお達しは、「赤い翼を殲滅せよ」ってことだけね。その点に関して、犠牲も厭わないとのことだ』
「犠牲も厭わない!? それが国のお達しだっていうのか! ヴァリエイブルはどこまで腐ったんだ!!」
『私だって必死に抗議したさ……。だが、駄目だった。戦争がいつ起きてもおかしくない状態において、そんな戯言を言っている問題ではない、とのことだ』

 マーズが告げた言葉は、非常に冷たい言葉であった。
 しかし、その言葉は、非常に真理を突いていた。

「……だからといって、犠牲を伴うような正義など……私は……!」
『軍法会議にかけられるぞ、アーデルハイト』
「マーズ、君はそこまでしても、何も痛まないというのか。悲しまないというのか。だとすればそいつは相当に頭がイカレタ人間だ。いや、もしかしたら、私たちは人間じゃなくて、最早『怪物』と呼べる存在にいるのかもしれないな……」

 アーデルハイトの言葉は、あまりにも難解だったためか、マーズには解らなかった。

『難解だな。そして、難儀だな。解らない。君は学生に扮し続けたせいで頭がおかしくなったんじゃないか?』
「はは、それはそれで面白いね。だが、私はまったくもって正常な思考だ」

 アーデルハイトとマーズはそうして談話を終了した。
 ここで、平和な会話は終了する。
 これからは、『仕事』の始まりだ。


 崇人は通路を走っている。しかし、まだアーデルハイトに追いつく気配などなかった。

「こんなに長かったか?」

 崇人はそれを疑問に思ったのは、疲れてしまったために小休止をとった時のことだった。
 さっきと比べれば、人が全く居ない。
 そして、異様と思える通路の長さ。
 この不気味にも思える空間に、崇人は違和感を感じていた。

「……なんだ、これは」
「流石は気が付くかしら。まあ、凡人にも気がつくレベルにはしてあるっちゃしてあるのだけれど」

 今まで壁だと思っていた空間が、真っ二つに割れた。
 そして、そこから、一人の人間が姿を現した。
 黒い服を着ているのだが、その服は恐ろしい程に肌を隠していなかった。豊満な胸が殆ど露わになっていたし、黒い鍔の広いとんがり帽子(所謂、一般的な『魔女』が被っているような帽子のことだ)を被っていた。背中も恐らく殆ど見えているのだろうが、黒いマントでそれは見ることができない。

「『スナーク狩りスナーク・ハント』のファルゴットという。まあ、どうにでもなって欲しいっちゃなって欲しいんだけど、なんでも『シリーズ』さんがあんたを欲しがっているんだよねえ」
「シリーズ……アリス・シリーズのことか」

 崇人が呟くとファルゴットは小さく微笑む。

「自分の価値を知らない人間ってのは、なんとも愚かだと思うよ、私は。世界広しといえども、自分の価値を知る存在ってのは恐ろしい程に少ないのだけれど」
「スナークってのは、なんだ?」
「質問か。答える義理はないし、あんたはここで私に捕まるんだ」

 そう言うと。
 ファルゴットは小さく呟く。

「――雷の力を、われに与えよ」

 刹那。
 ファルゴットの目の前に落雷が起き、それによって地面に亀裂が走った。
 地面の亀裂は、深かった。崇人は急いで、亀裂を避ける。

「……『魔法』って奴か」
「そう、魔法さ。この世界にある、学問の一つ。そして、道を切り開く手段の一つでもある」

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