絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第四十五話 模擬戦(後編)

 リリーファーに乗り込んだ彼らはまずコックピットを確認した。コックピットはベスパとは若干配置が異なっていたが、性能だけは同じだった。それだけが彼らにとっては、唯一の救いとでもいえよう。
 リリーファーは三体、対してADLも同様に三体いた。模擬戦を行うには充分だった。

「……よし、それじゃ、ルミナスさん指示願いますか」

 ルミナスに崇人はリリーファーの外部メガホンで伝える。ルミナスは腕で丸を作り、首にかけている笛を大きく吹いた。
 刹那、彼らとADLは行動を開始した。
 崇人側は崇人を先頭にして、左後方にエスティ、右後方にヴィエンスを置いた三角形の態勢をとった。対して、ADLは横一直線に並び、それぞれ同様に動き出した。
 崇人たちはそれを見て、まず崇人が先行して行動を開始した。真ん中にいるADL目掛けて走り出した――ということだった。それを見て、エスティとヴィエンスも行動を開始する。エスティは左、ヴィエンスは右にいるADL目掛けて走り出す。ADLは崇人たちと同様の行動を取るわけではなく、彼らを待ち構えるように態勢を整えた。
 崇人は真ん中のADLの右腕を両腕で縛り上げ、そのまま背中に載せる――所謂背負い投げの態勢をとった。ADLは逆らっていたが、そんなことは崇人が知ることもなく、そのままADLの躯体を地面に叩きつけた。

「……まずは、一体!」

 崇人が独りごちっていた向こうでは、エスティとヴィエンスもそれぞれADLと組合っていた。ADLとエスティは啀み合っていたが、それでもエスティの乗るリリーファーの方が地力は強かった。エスティはADLを押し倒し、乗り上げた。
 それを見てヴィエンスは、舌打ちをして、ADLを練習闘技室の壁に叩きつけた。

「そこまで!」

 その言葉とともに、ルミナスは笛を吹く。それを聞いて、崇人たちは模擬戦が終了したことを漸く理解した。

「……一先ず、模擬戦が終わったね。いやあ、さすがはヴァリエイブルだ。強いね!」

 ルミナスが褒め称えると、ヴィエンスは苦い表情を見せた。

「いいや、あれは団体戦じゃない。個人戦だ。……考えてもみれば解る。結局、倒したのは個々人であって、団体で倒せたわけじゃない。もう少し作戦を吟味しなくてはならない」
「真面目だねえ。もうちょっと息を抜いてもいいんじゃないかなぁ」

 ルミナスが微笑むが、ヴィエンスの苦い表情は変わらなかった。

「まあ……まだまだ疑問な点はあるっちゃあるな。改善点も充分に存在するし。一先ず、またミーティングルームで会議することにしよう」

 崇人の言葉に、二人は小さく頷いた。


 ミーティングルームに向かうと、先ずヴィエンスから言葉が飛んできた。

「あれは模擬戦とは言えない」
「……それはまた随分と強気に出たな。どうしてか、聞かせてもらおうか」
「あれは、『団体戦の』模擬戦ではないということではなくて?」

 エスティが『団体戦の』の部分を強めて言った。崇人も恐らくはヴィエンスはそう言いたかったのだろうと考えていたのだが、

「いいや、違う。あれは模擬戦じゃない。ただのお遊戯だ」
「……お遊戯、ねえ」
「だって、考えても見ろ? 俺たちは作戦を考えてはいない。だから、ああバラバラになってしまった。最初のフォーメーションがバラバラじゃなかっただけマシだ。いや、寧ろ作戦も考えずにあそこまでやったのが奇跡と思えるくらいだ」
「ああ。それは確かにそうだ。だが、作戦だけを考えても無駄だぞ。作戦をきちんと理解した上で何度もリハーサル……いや、模擬戦と言った方がいいかな。それをやった上でないと、ダメじゃないか?」
「そうだが、時間もない。なんできちんと考えなかったのか……」
「色々あったからな」

 そう言って崇人は今までのことを思い返す。
 思えば、彼らが集まったミーティングにおいて、作戦というものを考えていなかった。なぜかといえば、全員が集まることなど数少なかったからである。アーデルハイトはちょくちょく軍関連の仕事があるから(正直にそうも言えないので、実際には『用事があるから』と言っていた)で半分近くのミーティングは休んでいる。ヴィーエックもそこそこ休んでいたし、なんだかんだでミーティングの皆勤賞は崇人、エスティ、ヴィエンスの三人しか居なかった。だから、作戦を決めようにも決められなかったのだった。

「……だから、しょうがないといえばしょうがない。休むと言った奴らを何とか止めるとか、時間をずらすとかそういうことを一切しなかったのだからな」

 そう弁解したのはヴィエンスだった。ヴィエンスとしても悔しい思いがあったのだろう。ヴィエンスは未だに崇人をリリーファーに乗っていた人間だと思い込んでいて(正解ではあるのだが)、崇人と同じ立場にいち早く立ちたいと思う気持ちが強かったのだろう。
 彼にも何か、事情があるらしかったが、今の崇人には聞くことも出来なかった。

「……一先ず、作戦を練ることにしよう。そうでないと、明日の団体戦、本当にグチャグチャに終わってしまうぞ」
「全員が戻ってくれば、の話だがな」

 ヴィエンスは崇人の言葉にシニカルに微笑む。
 ミーティングルームでの討論は一時間にも及んだが、結局具体的な作戦案はまとまることはなかった。

「仕方ない。……一先ずこういうことにしよう。全員、三角形のフォーメーションをとって、各自倒していく。倒せなかった場合は、既に倒した人間が手伝う……シンプルだが、これが一番手っ取り早い。これでどうだ?」

 結局、崇人が出した譲歩案が可決され、彼らは解散することとなった。
 解散して、崇人は自分の部屋へ戻った。
 自分の部屋に戻り、テレビを着け、冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを取り出し一口すする。テレビは昨日行われた大会の決勝戦を放送していた。ヴィエンスと西ペイパスのファルネーゼとの決戦の行方は、崇人が見てもどうして決着が着いたのか解らなかった。
 解説も実況も、恐らく観客も、ファルネーゼが何をしたのかさっぱり解らなかった。
 映像を見終えて、キャスターは言う。

「いやー、西ペイパスのファルネーゼ選手。怒涛の攻撃でした。まさに目にも止まらぬ早業でしたね」
「そうですねえ」

 隣にいた老齢の評論家は応える。
 評論家は咳払いをしたあと、「失礼」と短く告げ、話を続ける。

「恐らく、リリーファーの性能によるものではないでしょう。彼女は恐ろしい程の動体視力を持っていて、ヴィエンス選手の猛攻に対処したのだと思われます。その冷静さ、他の選手も見習うべきかもしれませんね。人は時に、冷静を欠いてとんでもない失敗をしてしまうことだって、あり得るのですから」

 崇人はそう鼻を鳴らして言う評論家を横目に、ゴミ箱に飲み終わった紙くずを放り捨てる。
 無機質な電子音が鳴ったのは、ちょうどその時だった。音の発生源は、崇人がズボンの右ポケットに仕舞っているスマートフォンからだった。

「……誰だ、いったい?」

 崇人が画面を見ると、メールを受信したようだった。メールを見ると、相手はアーデルハイトだった。

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