絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第四十三話 孤独
「アーデルハイト、今後の作戦についてもう一度確認しておこうか」
マーズの言葉で、アーデルハイトは指を右にスライドさせる。今度は、目の前に電子データ化された本が現れた。黒塗りの革の表紙だった。タイトルはなかった。
表紙をスライドさせ、開く。中には今回の作戦について事細かに書かれていた。
「やはり、言葉で言われるより文字で見た方が早いし、理解もしやすいですよね。特にあんな権力を振り翳したような上司とも言えないクズの話なんぞ聞きたくもなかったですよ。耳が腐りますよ、あんなん聞いたら」
「……一応、そのコックピットにはマイクがあることを伝えておくわ」
「私の管轄はペイパスです。だから、ペイパスの管理部に届くので、まったく問題ありません」
アーデルハイトがはっきりとそう言ったので、とりあえずここでその問題について話すのはやめることにした。
「……一先ず、作戦はもう一度あの場所へ向かうこと。ティパモールを完全に殲滅させること。それが目的」
「まあ、そうなんですけど。過程って特に問わない?」
「ええ。結果として、殲滅すれば問題なし」
「そう……だったら、少しやってみたいことがあるの。流石に、ティパモールの市民全員を殺すのは気が引けるとは思わない?」
「世界全体が戦争をしているというこの世の中で? それは甘えじゃないかしら」
マーズの言葉に、アーデルハイトはため息をつく。
「……そろそろ、変革が求められる時期なのではないかしら」
「変革?」
「ええ。武力だけで、人を従える政治が、こう長く続いたのは最早奇跡よ。これからも続くだなんて、そんなことは有り得ない。何れ崩壊するわ」
「崩壊する……ねえ。それで?」
「だから、歩み寄って行かなくてはならない。私はそう思うのよ。今のままでは亀裂が広がるだけ。だから、歩み寄って……例えば、こちらが軍縮していき、いずれは軍を撤廃するほどやっていかねばならない」
「……この戦争の時代で、そんなことができると思うの」
「可能よ」
アーデルハイトは、唖然とするマーズに結論を突きつける。
「ただ、それをやろうとしないだけで、人々は楽な方向へ、楽な方向へと行くだけ。まるでそれは流れる水のように。だが、違う。人間には力がある。その力は、強い」
アーデルハイトの言葉は至極そのとおりであった。
しかし、それを実行するには、やはりいろいろなものが足りなかった。
例えば、人材。
アーデルハイトだけでは、そんなことをやることは当然できない。最高の人材がいても、それを生かす場所がなければ問題外だ。たとえばの話、世界一泳ぐのが早い人間がいても、そこに水がなければ、問題外になる。それと同じことだ。
次に、スポンサー。
スポンサーは通常的に考えて、大事だ。特に、国以外の個人・団体が活動するには、より大きいスポンサーと手を組んだほうがのちのちにいいのである。
「……解った。解ったが、それを実行するにはとてつもない時間、金、人が必要になるぞ。それも、道は険しい。それでも、か?」
「それを覚悟していなかったら、それを話すことはないよ」
アーデルハイトは小さく微笑む。マーズもその通りだ、と口を緩めた。
◇◇◇
その頃、崇人。
崇人はこれからの予定について考えていた。主に、明後日の『団体戦』について、だ。
団体戦は勿論、全員で戦う。アーデルハイトが大会前に言っていたことによれば、ひとつのステージで戦うことになるということだ。ひとつのステージが窮屈に感じることにもなろうし、体制も大事になる。
「……ふうむ」
崇人はそれについて考えていた。
ポジションはどうするか。
そもそも、ポジションを決めることを考えているのだろうか。
――あのヴィエンスに考えられるとは、到底思えない。
崇人はそんなことを考えて、シニカルに微笑む。
そんな時だった。崇人の部屋の玄関が、トントンとノックされた。
「開いてるよ」
とだけいい、崇人は再びベッドへ寝転がる。
入ってきたのは、エスティだった。
「エスティか」
崇人は起き上がり、どうしたの? と訊ねる。エスティは呟く。
「眠れなくて」
ああ、と崇人は呟く。既に時刻は八時を回っていて、食事も終了していた。面々は明日の練習等に体力を使いたいので、この時間ではあるが、消灯している人間が殆どだったのだ。
エスティは崇人の隣に座り込んだ。崇人の鼓動が少しだけ跳ね上がったような気もしたが、エスティはそんなことには気付くこともない。
「……何をやっていたの?」
エスティが訊ねると、崇人はベッドに置いてある紙を見せる。
「ポジショニングだよ。やはり、団体戦においてポジショニングは重要だからね。どういう風にするのか、くらいは決めておかないと」
「へえ……こんなにパターンがあるんだ」
エスティは崇人の書いた紙を見て、独りごちる。
「パターンは無限に存在するからね。問題は敵と被らないかなぁ……という感じだよ。敵とかぶったら、そいつはもう最悪だから」
崇人の言葉に、エスティは微笑む。
ポジショニングで重要なのは、如何に相手のチームのポジションを正確に予想するか、そして、如何に自分のチームのポジションを、相手のチームに予想されないようにポジショニングするかである。
前者も後者も勿論重要だし、必要なことだ。そうしなければ、先ず相手に一歩先を取られた形でのスタートとなる。出来ることならば、否、確実にそれは避けたいものであった。
「ところで……眠れない、ってのはやっぱりヴィーエックとかのことかい?」
崇人の言葉に、エスティは頷く。
「そうか……」
崇人はため息をつき、紙束を仕舞い始める。
「僕もそろそろ眠ることにするよ。……ベッド、半分開けておくから、好きに使っていいよ」
恥ずかしい気分を抑えながらも(崇人は今現在、最高にハイな気分だった)、崇人は呟き、紙束を窓際にあるテーブルの上において、ベッドに寝転がった。エスティもそれに倣って横になる。
電気も消え、しばらくすると崇人の寝息が聞こえてきた。裏を返せば、今、この部屋には、それしか聞こえていない。
エスティは正直なところ、怖かった。
崇人がどこか、遠くに行ってしまったのではないかという気持ちでいっぱいだった。
そして、心の片隅では、もしかしたら崇人は自分たちの住む世界の住人ではないのではないかとすら思っていたが、そんなことは有り得ないとその理論を展開するのをやめていた。
――行かないで。
そう強く思って、エスティは崇人の腰に手を回した。ちょうど後ろから抱きついたような感じだった。エスティは「自分が何をしているのだろう」というひどい恥ずかしさを覚えたが、逆に今しかないとも思っていた。
――怖かった。
崇人が思っている以上に、エスティ・パロングという人間はちっぽけだった。ちっぽけで、貪欲で、お淑やかで――そして、涙もろかった。
エスティは涙を流す。それは、悲しいからではない。嬉しかったからだ。崇人が自分のことを心配してくれていた、そのことに、彼女は嬉しかったのだ。
「タカト……おやすみ」
そう言って、さらに強く彼を抱き寄せ、エスティは目を閉じた――。
マーズの言葉で、アーデルハイトは指を右にスライドさせる。今度は、目の前に電子データ化された本が現れた。黒塗りの革の表紙だった。タイトルはなかった。
表紙をスライドさせ、開く。中には今回の作戦について事細かに書かれていた。
「やはり、言葉で言われるより文字で見た方が早いし、理解もしやすいですよね。特にあんな権力を振り翳したような上司とも言えないクズの話なんぞ聞きたくもなかったですよ。耳が腐りますよ、あんなん聞いたら」
「……一応、そのコックピットにはマイクがあることを伝えておくわ」
「私の管轄はペイパスです。だから、ペイパスの管理部に届くので、まったく問題ありません」
アーデルハイトがはっきりとそう言ったので、とりあえずここでその問題について話すのはやめることにした。
「……一先ず、作戦はもう一度あの場所へ向かうこと。ティパモールを完全に殲滅させること。それが目的」
「まあ、そうなんですけど。過程って特に問わない?」
「ええ。結果として、殲滅すれば問題なし」
「そう……だったら、少しやってみたいことがあるの。流石に、ティパモールの市民全員を殺すのは気が引けるとは思わない?」
「世界全体が戦争をしているというこの世の中で? それは甘えじゃないかしら」
マーズの言葉に、アーデルハイトはため息をつく。
「……そろそろ、変革が求められる時期なのではないかしら」
「変革?」
「ええ。武力だけで、人を従える政治が、こう長く続いたのは最早奇跡よ。これからも続くだなんて、そんなことは有り得ない。何れ崩壊するわ」
「崩壊する……ねえ。それで?」
「だから、歩み寄って行かなくてはならない。私はそう思うのよ。今のままでは亀裂が広がるだけ。だから、歩み寄って……例えば、こちらが軍縮していき、いずれは軍を撤廃するほどやっていかねばならない」
「……この戦争の時代で、そんなことができると思うの」
「可能よ」
アーデルハイトは、唖然とするマーズに結論を突きつける。
「ただ、それをやろうとしないだけで、人々は楽な方向へ、楽な方向へと行くだけ。まるでそれは流れる水のように。だが、違う。人間には力がある。その力は、強い」
アーデルハイトの言葉は至極そのとおりであった。
しかし、それを実行するには、やはりいろいろなものが足りなかった。
例えば、人材。
アーデルハイトだけでは、そんなことをやることは当然できない。最高の人材がいても、それを生かす場所がなければ問題外だ。たとえばの話、世界一泳ぐのが早い人間がいても、そこに水がなければ、問題外になる。それと同じことだ。
次に、スポンサー。
スポンサーは通常的に考えて、大事だ。特に、国以外の個人・団体が活動するには、より大きいスポンサーと手を組んだほうがのちのちにいいのである。
「……解った。解ったが、それを実行するにはとてつもない時間、金、人が必要になるぞ。それも、道は険しい。それでも、か?」
「それを覚悟していなかったら、それを話すことはないよ」
アーデルハイトは小さく微笑む。マーズもその通りだ、と口を緩めた。
◇◇◇
その頃、崇人。
崇人はこれからの予定について考えていた。主に、明後日の『団体戦』について、だ。
団体戦は勿論、全員で戦う。アーデルハイトが大会前に言っていたことによれば、ひとつのステージで戦うことになるということだ。ひとつのステージが窮屈に感じることにもなろうし、体制も大事になる。
「……ふうむ」
崇人はそれについて考えていた。
ポジションはどうするか。
そもそも、ポジションを決めることを考えているのだろうか。
――あのヴィエンスに考えられるとは、到底思えない。
崇人はそんなことを考えて、シニカルに微笑む。
そんな時だった。崇人の部屋の玄関が、トントンとノックされた。
「開いてるよ」
とだけいい、崇人は再びベッドへ寝転がる。
入ってきたのは、エスティだった。
「エスティか」
崇人は起き上がり、どうしたの? と訊ねる。エスティは呟く。
「眠れなくて」
ああ、と崇人は呟く。既に時刻は八時を回っていて、食事も終了していた。面々は明日の練習等に体力を使いたいので、この時間ではあるが、消灯している人間が殆どだったのだ。
エスティは崇人の隣に座り込んだ。崇人の鼓動が少しだけ跳ね上がったような気もしたが、エスティはそんなことには気付くこともない。
「……何をやっていたの?」
エスティが訊ねると、崇人はベッドに置いてある紙を見せる。
「ポジショニングだよ。やはり、団体戦においてポジショニングは重要だからね。どういう風にするのか、くらいは決めておかないと」
「へえ……こんなにパターンがあるんだ」
エスティは崇人の書いた紙を見て、独りごちる。
「パターンは無限に存在するからね。問題は敵と被らないかなぁ……という感じだよ。敵とかぶったら、そいつはもう最悪だから」
崇人の言葉に、エスティは微笑む。
ポジショニングで重要なのは、如何に相手のチームのポジションを正確に予想するか、そして、如何に自分のチームのポジションを、相手のチームに予想されないようにポジショニングするかである。
前者も後者も勿論重要だし、必要なことだ。そうしなければ、先ず相手に一歩先を取られた形でのスタートとなる。出来ることならば、否、確実にそれは避けたいものであった。
「ところで……眠れない、ってのはやっぱりヴィーエックとかのことかい?」
崇人の言葉に、エスティは頷く。
「そうか……」
崇人はため息をつき、紙束を仕舞い始める。
「僕もそろそろ眠ることにするよ。……ベッド、半分開けておくから、好きに使っていいよ」
恥ずかしい気分を抑えながらも(崇人は今現在、最高にハイな気分だった)、崇人は呟き、紙束を窓際にあるテーブルの上において、ベッドに寝転がった。エスティもそれに倣って横になる。
電気も消え、しばらくすると崇人の寝息が聞こえてきた。裏を返せば、今、この部屋には、それしか聞こえていない。
エスティは正直なところ、怖かった。
崇人がどこか、遠くに行ってしまったのではないかという気持ちでいっぱいだった。
そして、心の片隅では、もしかしたら崇人は自分たちの住む世界の住人ではないのではないかとすら思っていたが、そんなことは有り得ないとその理論を展開するのをやめていた。
――行かないで。
そう強く思って、エスティは崇人の腰に手を回した。ちょうど後ろから抱きついたような感じだった。エスティは「自分が何をしているのだろう」というひどい恥ずかしさを覚えたが、逆に今しかないとも思っていた。
――怖かった。
崇人が思っている以上に、エスティ・パロングという人間はちっぽけだった。ちっぽけで、貪欲で、お淑やかで――そして、涙もろかった。
エスティは涙を流す。それは、悲しいからではない。嬉しかったからだ。崇人が自分のことを心配してくれていた、そのことに、彼女は嬉しかったのだ。
「タカト……おやすみ」
そう言って、さらに強く彼を抱き寄せ、エスティは目を閉じた――。
コメント