絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三十七話 作戦

 ヴィーエックは既にそれを決めたのだから、もう後悔することなどないと思っていた。
 だが、その球体をヴィーエックの身体に捻りこまれて、彼は想像を絶する苦痛に襲われた。
 それは地獄の業火に焼かれているような苦痛だった。
 それは全身を串刺しにされているような苦痛だった。

「うっ…………ぐあぁ……!」

 ヴィーエックの苦痛に歪む表情を、ただ少年はニヒルな笑みを浮かべて見ていた。
 そして、ヴィーエックに襲われた苦痛は――唐突に止まった。

「……成功のようだね。目を覚ませよ」

 少年の声に素直に従って、彼は目を覚ます。
 どうやら彼は横たわっていたらしい。ゆっくりと起き上がり、あたりを眺める素振りをした。

「……分かるか? 僕がどんな奴か?」
「――『シリーズ』のうちのどなたかということは理解出来ます」

 彼は今までとは違い堅苦しい口調で言う。

「そうだ。僕は『シリーズ』のチェシャ猫というよ。ほかのメンバーは追々紹介しておくとして……君は自分が誰だか、言えるか?」
「自分は……『シリーズ』に属する『ハートの女王』と言います」
「そうだ。歓迎するよ、『ハートの女王』」

 そう言って、シニカルにチェシャ猫は微笑んだ。


 ◇◇◇


 その頃、大会会場のアーデルハイトとマーズは、軍のメンバーと併せて会議をしていた。
 会議の内容はティパモール殲滅についてのことだった。
 もはやティパモールは、ヴァリエイブルにとって害悪な存在だった。その存在を殲滅することで、国内のテロリストを一網打尽にすることが狙いだ。

「一先ず、ティパモール中心に空爆を落とすことで、それを作戦の開始と見なす。それからは各自作戦へ突入する。一人たりとも生かしてはならない! いいか、一人たりとも、だ!」

 指揮官を務めるグレッグ・パーキンソンはそう言って激昂した。

「なんだ、あの作戦は……。まるでティパモールの人間はヒトじゃないとでも言いたいのかあいつは」
「あれでも一応上司ですから、それが聞かれたら即斬首刑ですよ、マーズさん」

 マーズとアーデルハイトはそんなことを誰にも聞こえない程度の小さな声でひそひそと会話をしていた。
 だとしても、彼女たちは彼の命令が気に入らなかった。
 確かに、ティパモールは治安がべらぼうに悪い場所としては世界的にも有名である。だから、ヴァリエイブルも忘れたい、もしくは切り捨てたい場所であるのは理解できる。
 しかし、だからといってそこに住む人間凡てを殺すというのは間違いではないだろうか? とマーズは考えていた。
 しかし、マーズには断ることが出来なかった。
 彼女たち――起動従士は、別名こうも呼ばれている。


 ――人間兵器


 決して、彼女たちが直接攻撃できる存在でもなく、普通の人間だと同じというのに、彼女たちは『兵器』として扱われる。
 それが、彼女たちにとってどれだけ苦痛なことか、計り知れない。

「……それじゃ、解散!」

 その言葉を聞いて、マーズは考えをやめる。そして、立ち上がりアーデルハイトとともに命令された通りの場所へと向かった。
 そこは一昨日アーデルハイトたちがリリーファーを見るために来た倉庫だった。

「ここにどうして……?」
「ここに、リリーファーを保管しておいたのよ。地上に『アレス』を置くわけにもいかないしね」
「私のリリーファーもあるんですか」
「勿論。ペイパスからきちんと許可も貰ったわ。にしても、ペイパスのリリーファーはやっぱりヴァリエイブルとは違うのねー。……名前は『アルテミス』だったかしら」

 マーズの言葉にアーデルハイトは頷く。
 アーデルハイトは、目の前にあるリリーファーと漸く対面を果たした。
 全てが黒で塗られた躯体に、一本白のラインが走るリリーファー。
 名前を、アルテミスという。

「……久しぶりね、これに乗るのも」

 そう言って、アーデルハイトはアルテミスの躯体に触れる。

「いつ頃から乗っていないのだっけ?」
「四月に訓練学校に入ってから……となるから二ヶ月くらいですかね。平和な日々を送らせてもらいましたよ。元々、そんな平和な人生を送れるだなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったんですけれどね」

 アーデルハイトの自嘲じみた発言に、マーズは鼻で笑う。
 マーズもアーデルハイトも、それを望んだ時から自分の人生が苦難の連続になることなど、承知の上でこの世界に入った。
 そんなものが障害になるなど、今更思うわけもない。例えば、幼少期から戦争の苦痛を知らない人間ならば、そんな職を選ぶこともないし、選んだとしても夢と希望に満ちあふれたものとなっていることだろう。
 だがしかし、そんなものはこの世界において、ただくだらないものとなっていた。
 正直なところ、起動従士に夢も希望もあったものではない。
 だが、起動従士としてはそういうことで諦めてはいけなかった。諦めてしまえば、国民の凡てが苦しむこととなる。即ち、起動従士の命は、国民の最後の希望ということでもあるのだった。

「……さてと、私たちはやることをやらなくちゃね」
「そうですね」

 そう言って、それぞれリリーファーに乗り込んだ。


 ◇◇◇


 その頃、崇人。

「……お前がタカト・オーノか。変わった名前をしているが、変わった顔立ちでもあるな」

 崇人の目の前に、音もなく現れたのは精悍な顔立ちをした男だった。黒い髪は真ん中で分けられており、整った髪型に仕上がっていた。服装はほかのメンバーと同じだったが、どことなくそのメンバーとは違うというのが感じられた。

「……お前は、なにものだ」
「私は、この『赤い翼』のリーダーでね、名前は事情で言えないが、リーダーと呼んでくれ」
「リーダー、急にどうしたんで?」

 ずっと崇人の監視をしていた男が、小さくお辞儀をして、畏まった口調で訊ねた。

「ちょっと予定が狂ってな。……少し聞きたいことがあるんだよ、タカト・オーノ」

 そう言って、リーダーは崇人に訊ねた。

「お前……この世界以外の別世界の存在を、信じるか?」
「……何を言っているんだ?」
「質問に答えろ。信じるか、信じていないか。答えは二択だ。サルでもできる問題だろう?」

 リーダーはシニカルに微笑む。
 崇人は小さく、首を横に振った。

「……つまり、それは『否定』。別世界など信じていない、という答えでいいね?」

 崇人は答えない。リーダーはそれを見て、そんなことなど関係ないとでも言いたげな顔をして話を続ける。

「我々は、いや、特に私は、この世界で居ても意味はないという結論にたどり着いてね。我々が長年住んでいた土地を離れることは充分辛いことだが……しかし、殆どこの世界に近い世界があれば、特に問題もないのではないか。そうも思うようになってね。探していたのだよ。『別世界』というものを」
「……それで? 実際に見つかったのか。その、『別世界』ってやつは」
「話を急かすんじゃない。……まあ、結論から言えば見つかった。しかも、そこは魔法もない、リリーファーもいない、まったく別の概念がある世界だった」

 崇人はただ頷く。

「そこで我々はどうするか……ここでひとつの結論を考えついた」

 そう言って、リーダーは人差し指を立てると、その先から小さい火がついた。

「このように魔法というのは、五大元素のおかげで成立する。即ち、それさえあれば魔法が行使出来るわけだ。そして、その世界には魔法が存在しない。イコール、魔法を使える人間がいない……これが意味していること、解るね?」
「……その別世界とやらに魔法で戦争をぶつけるってわけか」

 崇人の言葉に、リーダーは大きく頷いた。その顔は笑っていた。

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