絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第六話 Peace begins with a smile.(後編)
「ああ、そろそろ帰らなくちゃ……」
話が盛り上がってきて、ふと崇人が柱時計を見ると時間はもう五時を回っていた。
「もう帰るの?」
「いやー、保護者がすっごい煩くて……」
「それは仕方ないね……。送っていこうか。何処だい?」
「あ、いやいいです」
「そんなこと言わないで、さあ!」
リノーサはえらいハイテンションで崇人を圧倒した。
ちょうどその時だった。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
「はーい、どちら様ですかー」
バタバタと足音を立ててリノーサは玄関へと向かっていく。
気付けば、リビングにはエスティと崇人の二人が残された。
「……………………」
「……………………」
二人の会話は途切れて、お互いに何も声を発することはなかった。
エスティも、崇人も、この状況を打開したいとは思っていたが、それに対する策はこれしか浮かんでいなかった。
(とりあえずどっちか喋ってくれないかな……)
二人の沈黙は、リノーサが帰ってくるまで続いた。
リノーサは誰かを連れてきたようだった。
「悪い悪い。なんかお客さんが来たようで……。しかもすっごい人間だぞおい」
「申し訳ないねー、うちのタカトが」
「ぶぼっ!? なんで来ているんだよ!!」
リノーサが連れてきたのは他でもない、マーズだった。マーズは先程の襲撃の時のようににやりと笑みを零していた。それを見て崇人は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、エスティは何がなんだか解らなくなっていて、崇人とマーズの顔を交互に見ていた。
「……う、うちの……タカト……って? どういうこと?」
「あー、もしかして説明とかしてないのか」
マーズが面倒臭そうに頭を掻いて、話を続けた。
「ちょっと諸事情があってな、今はこいつと一緒に暮らしている。出来ればでいいんだが……ちょっとこれはオフレコにしてもらってもいいかな?」
マーズの言葉にエスティは頷く。
マーズはそれを見て、大きく頷いた。
「うむ。それじゃ、帰るぞー」
そう言って崇人の襟首を掴み、強引に玄関まで引っ張っていった。
外に出て、待ち構えていたのは黒いリムジンだった。それも、とても長い。一人乗せるだけでこれだけの長さのリムジンが必要なのかと崇人が疑うほどだった。
「……これに乗ってきたのか?」
「そうよ、わるい?」
「いや……さっきのオフレコ云々を明確に守るなら、こんなくそ長いリムジン乗ってこないほうがよかったんじゃないかと思ってだな……」
「ああ……それもそうだったな」
どうやらマーズはそこまで深く考えていなかったらしく、頭を掻いた。
「時々あんたがほんとうに『女神』とか呼ばれているのに反吐が出るよ」
「そいつはどうも」
崇人とマーズはそれぞれそう言ってリムジンへと乗り込んだ。
マーズ家に帰るまでにそう時間は要さなかった。
「なんとか七時までには帰って来れたかな……」
「七時、」
崇人が時計を見ると、六時五十二分で、確かにまだ七時を回っていなかった。
「七時に何かこだわりでもあるのか?」
「……べ、別に」
崇人はマーズの違和感に特になにも思わなかった。そして、マーズが先に家へと入り、リビングへと向かった。マーズは何か急いでいるようだった。
「やあ、マーズちゃん、待っていたよっ!」
リビングに入ったマーズはその声を聞いてすぐ後戻りした。なぜならば、リビングにいたのはラグストリアル・リグレー――ヴァリス王国の国王だった。
「ま、マーズちゃん! 帰ってきてくれたんだね! 僕のためにっ!」
「うるさいうるさい離れろぉ!」
そうも言うが、王はマーズの腰にしがみついて離れようとしない。それを見て崇人は呆れ顔でため息をついた。
なんというか、ここにいる人間は変わり者だらけだと崇人は思った。
「マーズちゃん! ああ、いい香りだよぉ……。本当にいい香りだぁ……!」
「ほんとうに死んでくれませんかねえ……」
そう言ってマーズは膝蹴りを繰り返す。勿論その攻撃はすべて王に当たっているのだが、王自体は至極ご満悦の様子であるから、崇人も気付けば近くにいるボディーガードもそのままにしておいた。
「……閣下、今回の目的はそれではないのでは」
呆れたボディーガードが王に耳打ちした。それを聞いて、王は何かを思い出したようだった。
「ああ、そうだった! マーズちゃんに出会えるのを楽しみですっかり忘れていたよっ!」
「マジで代替わりしてくれない?」
マーズがため息をつくと、王はようやくマーズから離れた。そのときは勿論重力の効果を受けるため、
「ぐへっ」
顔面から床に叩きつけられるしかないのであった。
しかし、そんなことをものともせずに王は立ち上がった。
「へへーん、マーズちゃんのためならこんなことは関係ないのだ! 例え溶岩をくぐり抜けようとも、君への愛は変わらないっ!」
「よーし、それじゃ溶岩風呂で二時間くらい浸かってきてくれないかな」
「死んでしまうぞ、いいのか……?」
さすがに心配になってしまったので、崇人はマーズに言った。
「いいのよ。真性のドMで変態だから」
「そういう問題かっ!?」
崇人とマーズの会話を他所に、王はもう一度ソファーに座り直した。
「さてと……本題に入るとするか」
もうそこにいたのは、さきほどまでの変態ではなかった。
ヴァリス王国の主――ひいては、ヴァリエイブル帝国の主であった。
「実は、最近戦争が多くなってきている。それは君も知っているね?」
そう言って崇人の方を見る。崇人はそれに従うように小さく頷いた。
「ヴァリエイブルは見てのとおり、隣国との戦争で常にリリーファーを戦わせている。不意打ちとかがないだけマシではあるが、現在戦力が圧倒的に乏しい状況にあるのは変わりない」
王は一旦話を区切った。
「……私が言いたいことはこれだけだ。タカト・オーノ、君は学生生活を満喫しているようだが……何かあったら≪インフィニティ≫を操作し戦場へと出向いてもらうということを忘れないでもらいたい」
「閣下、お言葉ですがタカト起動従士はまだリリーファーに関する知識をまだ充分に備えておらず、また仮にリリーファーが停止したあとの『マニュアル』も身に付けておりません」
王の言葉に、マーズは苦言を呈した。
それに、王は笑って返す。
「マーズちゃ……いや、マーズ起動従士。それはそういう問題で片付けられるものか? ≪インフィニティ≫は音声で操作できると聞いた。ならばそれによって直感的に操作することも可能ではないだろうか?」
「それは……っ!」
王の言った言葉は、確かに正論だった。
しかし、崇人には実戦が少なすぎた。彼はまだ戦場を一回しか経験していないのだ。
経験不足は、時に失敗を招く。
逆に、そのような経験が少ない者こそ斬新なアイデアでその場を切り抜ける――そうとも言える。
この矛盾は、間違っているものではない。しかしながら、これをどちらも実行しようと思えばそれは失敗に終わる。
つまりこれはどちらかしか出来ないし、後者に至っては運次第ということになる。ならば、前者を選択するしか、今のマーズには考えられなかった。
「……考えておいてくれ。君も『起動従士』であるということを」
そう言って王は立ち上がり、ゆっくりと玄関へと向かっていく。
その間、崇人は何も言うことはできなかった。
◇
「――考えておいてくれ、君も起動従士であるということを」
その頃、どこかの部屋。
ある一室では机の上に幾つかの機械が置かれていた。そして、その機械からはマーズの家で行われていた会話が聞こえていた。
その言葉を聞いて、そこに居た人間は機械のスイッチをオフにした。
人間は、呟く。
「ふーん、そんな秘密を持っていたのか」
その人間は――
「こりゃ、面白いことになって来ちゃったね……」
――ケイス・アキュラだった。
そして、ケイスは何かを考え出したのか、ニヤリと笑った。
話が盛り上がってきて、ふと崇人が柱時計を見ると時間はもう五時を回っていた。
「もう帰るの?」
「いやー、保護者がすっごい煩くて……」
「それは仕方ないね……。送っていこうか。何処だい?」
「あ、いやいいです」
「そんなこと言わないで、さあ!」
リノーサはえらいハイテンションで崇人を圧倒した。
ちょうどその時だった。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
「はーい、どちら様ですかー」
バタバタと足音を立ててリノーサは玄関へと向かっていく。
気付けば、リビングにはエスティと崇人の二人が残された。
「……………………」
「……………………」
二人の会話は途切れて、お互いに何も声を発することはなかった。
エスティも、崇人も、この状況を打開したいとは思っていたが、それに対する策はこれしか浮かんでいなかった。
(とりあえずどっちか喋ってくれないかな……)
二人の沈黙は、リノーサが帰ってくるまで続いた。
リノーサは誰かを連れてきたようだった。
「悪い悪い。なんかお客さんが来たようで……。しかもすっごい人間だぞおい」
「申し訳ないねー、うちのタカトが」
「ぶぼっ!? なんで来ているんだよ!!」
リノーサが連れてきたのは他でもない、マーズだった。マーズは先程の襲撃の時のようににやりと笑みを零していた。それを見て崇人は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、エスティは何がなんだか解らなくなっていて、崇人とマーズの顔を交互に見ていた。
「……う、うちの……タカト……って? どういうこと?」
「あー、もしかして説明とかしてないのか」
マーズが面倒臭そうに頭を掻いて、話を続けた。
「ちょっと諸事情があってな、今はこいつと一緒に暮らしている。出来ればでいいんだが……ちょっとこれはオフレコにしてもらってもいいかな?」
マーズの言葉にエスティは頷く。
マーズはそれを見て、大きく頷いた。
「うむ。それじゃ、帰るぞー」
そう言って崇人の襟首を掴み、強引に玄関まで引っ張っていった。
外に出て、待ち構えていたのは黒いリムジンだった。それも、とても長い。一人乗せるだけでこれだけの長さのリムジンが必要なのかと崇人が疑うほどだった。
「……これに乗ってきたのか?」
「そうよ、わるい?」
「いや……さっきのオフレコ云々を明確に守るなら、こんなくそ長いリムジン乗ってこないほうがよかったんじゃないかと思ってだな……」
「ああ……それもそうだったな」
どうやらマーズはそこまで深く考えていなかったらしく、頭を掻いた。
「時々あんたがほんとうに『女神』とか呼ばれているのに反吐が出るよ」
「そいつはどうも」
崇人とマーズはそれぞれそう言ってリムジンへと乗り込んだ。
マーズ家に帰るまでにそう時間は要さなかった。
「なんとか七時までには帰って来れたかな……」
「七時、」
崇人が時計を見ると、六時五十二分で、確かにまだ七時を回っていなかった。
「七時に何かこだわりでもあるのか?」
「……べ、別に」
崇人はマーズの違和感に特になにも思わなかった。そして、マーズが先に家へと入り、リビングへと向かった。マーズは何か急いでいるようだった。
「やあ、マーズちゃん、待っていたよっ!」
リビングに入ったマーズはその声を聞いてすぐ後戻りした。なぜならば、リビングにいたのはラグストリアル・リグレー――ヴァリス王国の国王だった。
「ま、マーズちゃん! 帰ってきてくれたんだね! 僕のためにっ!」
「うるさいうるさい離れろぉ!」
そうも言うが、王はマーズの腰にしがみついて離れようとしない。それを見て崇人は呆れ顔でため息をついた。
なんというか、ここにいる人間は変わり者だらけだと崇人は思った。
「マーズちゃん! ああ、いい香りだよぉ……。本当にいい香りだぁ……!」
「ほんとうに死んでくれませんかねえ……」
そう言ってマーズは膝蹴りを繰り返す。勿論その攻撃はすべて王に当たっているのだが、王自体は至極ご満悦の様子であるから、崇人も気付けば近くにいるボディーガードもそのままにしておいた。
「……閣下、今回の目的はそれではないのでは」
呆れたボディーガードが王に耳打ちした。それを聞いて、王は何かを思い出したようだった。
「ああ、そうだった! マーズちゃんに出会えるのを楽しみですっかり忘れていたよっ!」
「マジで代替わりしてくれない?」
マーズがため息をつくと、王はようやくマーズから離れた。そのときは勿論重力の効果を受けるため、
「ぐへっ」
顔面から床に叩きつけられるしかないのであった。
しかし、そんなことをものともせずに王は立ち上がった。
「へへーん、マーズちゃんのためならこんなことは関係ないのだ! 例え溶岩をくぐり抜けようとも、君への愛は変わらないっ!」
「よーし、それじゃ溶岩風呂で二時間くらい浸かってきてくれないかな」
「死んでしまうぞ、いいのか……?」
さすがに心配になってしまったので、崇人はマーズに言った。
「いいのよ。真性のドMで変態だから」
「そういう問題かっ!?」
崇人とマーズの会話を他所に、王はもう一度ソファーに座り直した。
「さてと……本題に入るとするか」
もうそこにいたのは、さきほどまでの変態ではなかった。
ヴァリス王国の主――ひいては、ヴァリエイブル帝国の主であった。
「実は、最近戦争が多くなってきている。それは君も知っているね?」
そう言って崇人の方を見る。崇人はそれに従うように小さく頷いた。
「ヴァリエイブルは見てのとおり、隣国との戦争で常にリリーファーを戦わせている。不意打ちとかがないだけマシではあるが、現在戦力が圧倒的に乏しい状況にあるのは変わりない」
王は一旦話を区切った。
「……私が言いたいことはこれだけだ。タカト・オーノ、君は学生生活を満喫しているようだが……何かあったら≪インフィニティ≫を操作し戦場へと出向いてもらうということを忘れないでもらいたい」
「閣下、お言葉ですがタカト起動従士はまだリリーファーに関する知識をまだ充分に備えておらず、また仮にリリーファーが停止したあとの『マニュアル』も身に付けておりません」
王の言葉に、マーズは苦言を呈した。
それに、王は笑って返す。
「マーズちゃ……いや、マーズ起動従士。それはそういう問題で片付けられるものか? ≪インフィニティ≫は音声で操作できると聞いた。ならばそれによって直感的に操作することも可能ではないだろうか?」
「それは……っ!」
王の言った言葉は、確かに正論だった。
しかし、崇人には実戦が少なすぎた。彼はまだ戦場を一回しか経験していないのだ。
経験不足は、時に失敗を招く。
逆に、そのような経験が少ない者こそ斬新なアイデアでその場を切り抜ける――そうとも言える。
この矛盾は、間違っているものではない。しかしながら、これをどちらも実行しようと思えばそれは失敗に終わる。
つまりこれはどちらかしか出来ないし、後者に至っては運次第ということになる。ならば、前者を選択するしか、今のマーズには考えられなかった。
「……考えておいてくれ。君も『起動従士』であるということを」
そう言って王は立ち上がり、ゆっくりと玄関へと向かっていく。
その間、崇人は何も言うことはできなかった。
◇
「――考えておいてくれ、君も起動従士であるということを」
その頃、どこかの部屋。
ある一室では机の上に幾つかの機械が置かれていた。そして、その機械からはマーズの家で行われていた会話が聞こえていた。
その言葉を聞いて、そこに居た人間は機械のスイッチをオフにした。
人間は、呟く。
「ふーん、そんな秘密を持っていたのか」
その人間は――
「こりゃ、面白いことになって来ちゃったね……」
――ケイス・アキュラだった。
そして、ケイスは何かを考え出したのか、ニヤリと笑った。
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