終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第45話 選択


 トバリの言葉を聞いた城谷と辻は、何を言われたのかわかっていない様子だった。
 しかし、それも一瞬のこと。

「……本当に? いや、でもどうやって……」

 トバリは黙って、ポケットから『知恵コクマー』のセフィラを取り出した。
 それは相変わらず、鈍い灰色の光を放ち続けている。

「これを、三田さんの身体の中に埋め込む。そうすれば、もしかしたら三田さんは助かるかもしれない」

 セフィラが人体に与える影響については未だに謎な部分が多いが、これまでの例から見ても、人体の自然治癒能力を大幅に高める効果があるのは明らかだ。
 懸念があるとすれば、三田がもうすでに死亡していると言っても過言ではない状態であることだが、こればかりはもう賭けだった。
 それに、他にも問題はある。

「でもセフィラを埋め込むってことは、僕たちのような、人間の肉を喰らう化け物の仲間入りをするってことでもある」

 そう。
 三田にセフィラを埋め込んで助けたとしても、半分化け物のような存在に変貌させたことで、感謝されるどころか激昂される可能性も十分にあるのだ。

「夜月、ユリちゃん。お前らは化け物なんかじゃねえよ」
「――――」

 だが、トバリのそんな懸念を、城谷の言葉がさえぎった。

「人間の肉を食べるからどうしたってんだ。お前らはおれたちを助けてくれた。散々ひどいことをされて、憎いはずのおれたちを、だ。そんな奴を、おれは化け物だなんて認めねえよ」
「そうだよ。ぼくたちを見捨てることだってできたのに、夜月くんはそれをしなかった。そんなの、誰にでもできることじゃないんだよ……」

 トバリは別に、城谷や辻を助けようと思ったわけではない。
 結果的に彼らを助けることになっただけだ。

「……ああ。ありがとう」

 それでも、ここは大人しくその言葉を受け取っておくべきだろう。
 自分から話をかき回す必要はない。

「それじゃあ、いくぞ」

 トバリは、三田の前にしゃがみ込んだ。
 その抉れた腹部に、『知恵コクマー』のセフィラを入れる。

 ……しかし、しばらく待ってもセフィラは何の反応も示さない。
 ただそうあるのが当然であるかのように、沈黙を保ち続けるだけだ。

 もちろん、三田が息を吹き返すような気配はない。
 城谷と辻の表情にも、諦めの色が浮かぶ。

「……なんでだ。何がダメなんだ……?」

 やはり、セフィラは死んでしまった人間には効果がないのか。
 それは考えられない可能性ではなかったが、何かが違うような気がする。

 そのとき、ある可能性が脳裏に浮かんだ。

「……ああ。そうか」

 何が足りないのか、おぼろげながら察する。
 それに必要なものを、トバリが持っていることも。

 トバリはサバイバルナイフを取り出し、それを使って自身の左手を軽く切りつけた。

「ちょ、なにしてるのトバリ!?」
「いいから」

 驚くユリを制止し、トバリは左手から滲み出たその血を『知恵コクマー』のセフィラの上に垂らす。
 すると、セフィラの発する光が、目に見えて強くなった。

 だが、まだ足りない。
 トバリがさらに刃を手のひらに食い込ませると、手のひらから血が溢れた。

 ぽたぽたと垂れていく血を歓迎するかのように、セフィラが発する光は弱くなったり強くなったりを繰り返している。
 やがて明滅が収まると、セフィラは大量の血液に覆われて見えなくなった。

 物理を無視した動きで、三田の腹部で血液が波打っている。
 そんな光景を見て、トバリは己の策の成功を悟った。

「……し、信じられない。弱々しいけど、心臓がまた動き始めたよ!」

 辻が興奮しながら、三田の状態を報告した。
 どうやら、セフィラは三田を生かすのに一役買ってくれたらしい。

 そのことに安堵しながら、トバリはゆっくりと息を吐いたのだった。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ――それは、ひどく不快な感覚だった。



 自分の中に、何か得体の知れないものが入り込んでくるような、そんな感覚。
 自分だったものが、何か別の存在に作り替えられるような、そんな感覚。

 そんな違和感の中で、三田はふと気付いた。

 暗闇の中から、法衣の男がこちらを見ている。
 その瞳の中にある感情を、どう形容すればいいのだろうか。
 少なくとも、そこにあるのがあまりいいものではないことだけは確かだった。

「――『知恵コクマー』」

 なお暗い闇の中で、法衣の男がそう呟く。
 それは三田にとって聞き覚えのない言葉だったが、なぜか本能的にそれを理解できた。

 法衣の男の身体が、闇に溶けていく。
 三田は、そんな光景をただじっと見つめていた。



「――――っ!?」



 そこで、三田は目を覚ました。

 吹き付ける強風が、三田の顔を撫でている。
 それは、三田にとっては既に親しみのあるものだった。

「ここは……」

 軽トラックの荷台の上に、寝かされている。
 それがどこに向かっているのかはわからないが、少なくともどこかに向けて走行していることは確かだ。
 直前の状況を思い出そうとするが、頭が回らない。

「ッ!!」

 身体を起こそうとすると、腹部に激痛が走った。
 見ると、自分の腹部に大きな血の塊のようなものが付着している。
 あまりにも不自然なそれに、三田は本能的な不快感を覚えた。

「あ、三田さん!」
「……夜月?」

 近くに夜月がいた。
 その隣には、ユリの姿も見える。

 夜月は焦った様子で三田へと駆け寄ると、その腹部の傷口を確かめていた。

「まだ動かないでください。傷が……」
「ああ。そうみたいだな……」

 そんな会話の中、三田はおぼろげながら思い出した。
 自分が、法衣の男によって致命傷を与えられたことを。

 決して助かるような傷ではなかった。
 腹部から内臓が飛び出て、おびただしい量の出血の末、三田は意識を失ったのだ。
 だが、それにもかかわらず三田は生きている。

「三田さん、その……」

 夜月は、なぜか言葉を詰まらせている。
 それは、何か言い出しにくいことがあるときの人間の挙動のように思われた。

 そのあと、三田は夜月から全てを聞いた。

 三田が法衣の男――『知恵コクマー』との交戦で治療不可能なほどの深手を負ったこと。
 その後駆けつけた夜月とユリによって、『知恵コクマー』が討伐されたこと。

 『知恵コクマー』から、セフィラと呼ばれる球体を奪い取ったこと。
 その球体を持っているとゾンビに襲われなくなったり、自然治癒能力が向上したりすること。
 その代償として、人肉を食らう半ゾンビのような状態になってしまうこと。

 そして、その球体が三田の腹部の傷口に埋め込まれていること。

「……なるほど、な」

 その全てを聞いた三田は、夜月に感謝していた。
 どんな形にせよ、自分を生かす選択をしてくれたのはありがたい。

 それに、ゾンビに襲われなくなったり、自然治癒能力が向上するのは純粋な利点だ。
 これで多少の無茶も効くようになる。

 ――それに。

 このセフィラとかいう球体をもう一つ手に入れることができれば、もしかしたら……。

「このトラックは、大学病院に向かっているのか?」
「そうですね。先に避難した人たちもそこにいるはずです」
「そう、か」

 その言葉を聞いて、三田は目を細める。
 泣き出しそうな空が、三田の視界いっぱいに広がっていた。

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