終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第43話 決着


 おそらく、これが『知恵コクマー』の切り札なのだろう。
 これさえ突破できれば、奴を倒せるはずだ。

「でも相当キツイぞこれ……っ!」

 迫ってくる触手をサバイバルナイフで切断しながら、トバリは悪態をついた。

 際限なく湧き出てくる触手たちは、容赦なくトバリたちの体力を奪っていく。
 速さはそれほどでもないため、なんとか対処できているものの、このままでは非常にマズイ。

「くっ!」

 ユリも使い慣れないナイフを振り回しているが、その表情には焦りの色が見て取れる。
 対処自体はできるものの、それに終わりが見えないのが問題だった。

「どうする……?」

 うねる触手を切断しつつ、トバリは熟考する。
 光明が見えない。
 膨大な数の触手たちを突破する方法が、トバリには思いつかない。

 こうしている間にも、時間は過ぎていく。
 身体の寒気は一層強くなり、周りに切断された触手が積もっていく。

「はぁ……はぁ……っ!」

 遠目に見ても、『知恵コクマー』は相当に体力を消耗しているようだった。
 やはり、あの解放状態には何らかのデメリットがあるのだろう。

 だが、『知恵コクマー』のスタミナが切れるのを待つのは、あまりにも分が悪い賭けと言わざるを得ない。
 それよりも先に、トバリのほうがゾンビウイルスに耐えきれなくなって倒れるのがオチだ。

 絶対に『知恵コクマー』を逃がしてはならない。
 あいつはここで殺さなければならない。
 トバリ自身のためにも、トバリ以外の、この世界で生きている人間のためにも。



 ――そして、このこう着状態は突然破られることになる。



「夜月っ!」

 トバリの耳に、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
 その声の主を思い返して、トバリは驚愕する。

「……城谷?」

 後ろをチラリと見ると、城谷と辻がこちらへ走って来ていた。
 その手には、金属バットが握られている。

「あいつら……! まさか三田さんを待って待機してたのか!?」

 想定外の事態に、トバリも困惑の表情を隠せない。
 おそらくトバリたちの戦闘音を聞きつけて駆けつけたのだろうが、逆に足手まといだ。

「いや、待てよ……?」

 突然、トバリの頭に、この状況を打ち破るためのひとつの打開策が浮かんだ。
 ……もう、これしかない。

 相手の触手は、こちらが処理できる物量をはるかに超えている。
 それならば、物量には物量を、だ。

「城谷! 辻! 三田さんを連れて行ってくれ!」
「っ! わかった!」
「わかったよ!」

 城谷と辻は、トバリとユリの後ろに横たわる三田を抱きかかえて逃走する。
 瀕死の三田を見た城谷たちはギョッとした顔をしていたが、すぐに動いてくれたのはありがたい。

「チィッ……!」

 『知恵コクマー』が城谷たちのほうにも触手を伸ばすが、少し遅かった。
 触手は城谷たちに届くことなく、虚しく虚空を切る。

 城谷たちが後方から脱出したのを見届けて、トバリはユリに声をかけた。

「ユリ! ここから脱出する! 僕について来てくれ!」
「えっ? でも……!」
「いいから!」

 トバリはユリの手を掴み、全速力で逃走を開始した。
 当然、そんなトバリたちを『知恵コクマー』が逃すはずもない。

「無駄です。わたしから逃げられると思っているのですか? わたしがあなたたちを逃がすと思っているのですか? あなたたちはここで死ぬのですよ……!」

 顔面に狂笑を貼り付ける『知恵コクマー』は、トバリたちを逃すまいと触手を伸ばしてきた。
 迫ってくるそれを切断しながら、トバリとユリは後退していく。

「トバリ……」
「大丈夫だ。奴は必ず、僕たちを追ってくる」

 それは半分賭けとも言えるものだったが、トバリには確信があった。
 『知恵コクマー』は、三田を連れて退避した城谷たちではなく、いまだセフィラを持っているユリを追ってくるはずだと。

「うぉっ!?」

 迫ってきた触手を紙一重で回避する。
 階段を上りながらも、『知恵コクマー』の攻撃の手が緩むことはなかった。

「ほら、どうした? 僕たちを食うんじゃなかったのか触手野郎?」
「――っ!!」

 トバリのわかりやすいあおりに激昂する『知恵コクマー』には、すでに城谷たちのことは見えていない。
 迫り来る触手たちを切断し、振り払いながら、トバリはスーパーの外に向かって進んでいく。

 そしてようやく、トバリとユリはスーパーの外へと出た。
 あれだけ照っていた日は陰り、空は黒い雲に覆われている。
 一雨来そうな気配だった。

 うだるような暑さが、トバリとユリの体力を奪っている。
 それは『知恵コクマー』も同じはずだったが、奴が夏の暑さにバテるような気配はない。

 しかし、トバリの予想通り、『知恵コクマー』はこちらへやって来ている。
 ここからが正念場だ。

「どこまで逃げるつもりですか? いいえ、どこまで逃げようとしても無駄です。絶対に逃がしませんよ。外にはわたしのかわいいしもべたちが待機しているのですからねぇ」

 後ろを振り返ると、余裕の表情を浮かべた『知恵コクマー』の姿があった。
 じわじわと獲物をなぶり殺す狩猟者のような、陰惨な笑みを顔面に貼り付けている。

 だが、『知恵コクマー』は理解していない。
 ここは彼の狩場ではなく、トバリの狩場なのだということを。



「――お前ら全員、僕の命令を聞け」



 トバリの言葉が、重く、静かに辺りに響き渡る。
 その瞬間、場の空気が明らかに変わった。

「……は? いったい、なにを……何をする、つもりなのですか」

 先ほどまで余裕の表情を浮かべていた『知恵コクマー』も、空気の変化をはっきりと感じ取ったようだ。
 その表情からは、余裕の色が消えている。

「さて……」

 トバリは、周りにいるゾンビたちを意識の中に入れた。
 数え切れないほどのゾンビたちが、トバリの次の言葉を待っている。

 トバリは、巨大なゾンビを意識の中に置いて、命令する。



「『知恵コクマー』に向かって、ゾンビを投げろ」



 しかし、巨大なゾンビは動かない。
 まるで意味のわからない命令をされたかのように、動き始める気配がなかった。

「――っ!」

 それと同時に、トバリの頭に強烈な痛みが襲いかかる。
 先ほど、これとは違う巨大なゾンビに命令したときに感じたものを、そのまま大きくしたような痛みだ。
 それはおそらく、自分には過ぎた力を行使している証なのだろう。

 だが、

「それでも、今はこの力が必要なんだよ……!」

 トバリは、必要ならばその醜悪な化け物の力を借りることをいとわない。
 奴にもゾンビに襲われないという性質がある以上、その命令を実行させるのは容易なことではないのはわかっている。

 でも、それでもやらなければ、トバリに未来はないのだから。

「動きやがれぇぇえええええ!!」

 一匹だけでいい。
 あの巨大なゾンビさえ動かすことができれば、それで事足りる。

 無理な命令を実行させようとしているためか、トバリの頭の痛みは増していく一方だ。
 頭が割れてしまうのではないかと錯覚するほどの激痛に、歯を食いしばりながらトバリは耐える。
 その先にあるはずの、あまりにも細い糸を掴むために。

 そして、トバリの決死の覚悟は届いた。

「なに!?」

 『知恵コクマー』の法衣の一部がまばゆい光を発する。
 それは紛れもなく、そこにあるものがトバリの意思を受け取ったという証。

「馬鹿な!? わたしのしもべの所有権が奪われるなど――!?」

 『知恵コクマー』が、驚愕の表情を浮かべる。
 それは文字通り、理解が及ばない現実に直面した衝撃によるものだ。

「よし――っ!」

 巨大なゾンビと、深いところで繋がった感覚があった。
 トバリは躊躇ためらうことなく、その命令を実行させる。

「オラァ! 思いっきり振りかぶってぶん投げろぉぉおおお!!」

 トバリの命令を遂行するため、巨大なゾンビが、手に持ったゾンビを投擲とうてきする。
 狙うのはもちろん、『知恵コクマー』だ。

「くっ――!?」

 肉と肉が破裂する。
 身の毛のよだつような音が辺りに響き渡り、血と肉片が辺りに飛散した。

 『知恵コクマー』は、大量の触手を伸ばしてゾンビの直撃を防いでいた。
 ゾンビと触手はお互いに破裂し合い、『知恵コクマー』の法衣には直視できないほどの汚れが付着する。

 そしてその攻撃は、一回では終わらない。
 すぐに次のゾンビが投擲とうてきされ、『知恵コクマー』の身体を消し飛ばしにくる。
 その一つひとつが、必殺の威力を持つ弾丸であることを、誰よりも『知恵コクマー』自身がよく知っていた。

「こんな、ことがぁ……!」

 迫り来るゾンビに対して、『知恵コクマー』は有効な打開策を考えることができない。
 彼にできたのは、ありったけの触手を伸ばし、ゾンビの直撃を防ぐことだけだった。

 しかし、それは根本的な問題の解決にはならない。
 『知恵コクマー』の背から生え出ている触手は、どんどんその数を減らしていく。

「……わたしが、このわたしが! こんな無様な姿を晒すなど――っ!!」

 数回に渡る攻撃の末に、『知恵コクマー』の触手は、その全てが破壊されていた。
 もう、胸に埋め込まれているセフィラも光らない。
 全ての力を使い果たしたようだった。

 だが、

「――ぁ」

 トバリにも、限界が訪れていた。

 目の前が赤い。
 これまでに経験したことのないほどの苦しみに、トバリはついに膝をついた。

 頭の中で、何かが切れたような感覚があった。
 鼻と口から血が溢れ、地面にぽたぽたと零れ落ちていく。

「トバリっ!」

 そんなボロボロなトバリを見かねたユリが、泣きそうな顔になりながらトバリの身体を抱き寄せる。
 ユリの身体も、恐ろしいほどに冷たい。
 理由はわからないが、トバリが無理をしたことで、ユリの身体にも負担をかけているようだった。

「……ユリ。だい、じょうぶ、だから……」

 声を出すことすら億劫おっくうだ。
 身体の寒気と倦怠感も尋常ではない。
 すぐにでもこの身を投げ出して、楽になってしまいたい。

 そんな甘美な誘惑を断ち切るように、トバリはふらふらと立ち上がる。

「馬鹿な!? ありえない! なぜまだ動けるのですか!?」

 すべての触手を失った『知恵コクマー』が、トバリのその行動を前に驚愕する。

 この怪物にはわかるまい。
 トバリがここまでボロボロになってまで、なお動く理由など。

 狂乱する『知恵コクマー』を前に見据え、トバリはゆっくりと歩き出した。
 その足取りはゆっくりとしたものだったが、確実に『知恵コクマー』へと近づいている。

 この男に殺されていった人間たちの無念を晴らすためにも。
 そして、トバリの持っていたセフィラを、奪い返すためにも。
 この男は、ここで殺されなければならないのだ。

「く、来るなぁ! クソっ、こんな、こんなことが許されていいのですか!? わたしはこれまで与えられた神の意思のままに行動し、尽くしてきたというのに!! だというのに神は、神はわたしを見捨てたのですか!?」
「知ら、ねぇよ……」

 『知恵コクマー』が後ずさりしようとするが、彼の背後に控えている大量のゾンビたちがそれを許さない。
 この場にいるゾンビたちの支配権は、完全にトバリが握っていた。

 そしてトバリは『知恵コクマー』のところまで到達すると、

「返して、もらうぞ。僕の、セフィラを」
「や、やめなさい!」

 そんな声を無視し、問答無用でその光り輝く法衣を奪い取った。
 抵抗を見せる『知恵コクマー』だったが、その腕の力は想像していたほど強いものではない。

 法衣の中をまさぐると、無色透明の球体を発見した。
 淡い光を放っているそれは、間違いなくトバリの持っていたセフィラだ。
 トバリはそれを、ポケットの中にしまい込む。

 セフィラを取り戻すと、少しだけ身体の倦怠感が緩和した。
 その効果に感謝しながら、トバリはポケットから拳銃を取り出す。

「この距離なら外さねえ」
「待――」

 銃声が鳴り、放たれた銃弾が『知恵コクマー』の胸部に食い込む。
 予想はしていたが、貫通するには至らない。

「ぐ……ぁあ……」

 『知恵コクマー』はうめき声を漏らしながらも、その瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、

「……この、蛆虫うじむしがぁあぁあああああ!!」

 使い物にならないと思われていた右手を触手に変形させると、トバリの腹部にそれを突き刺した。

「ぐ……っ……!!」

 強烈な痛みと共に、身体の内側をまさぐられる耐えがたい感覚に襲われる。
 吐き気と悪寒が身体中を駆け巡り、身体の許容範囲を超えた傷を与えられたことを実感した。

 ここままでは、トバリが先に力尽きるだろう。
 しかし、トバリはいま一人で戦っているわけではない。

「はぁあっ!!」

 トバリの後ろから現れたユリが『知恵コクマー』に襲いかかり、サバイバルナイフでトバリの腹部に突き刺していた触手を切断する。
 切断された触手が宙を舞い、やがて地面に落ちた。

「チィッ!!」
「ぐっ……」

 『知恵コクマー』が彼女の腹部に返しの一撃を打ち込むと、ユリは地面に転がった。
 腹部に強烈な一撃を入れられたユリは、地面に転がって苦しみにあえいでいる。
 そんな状態になってまで援護してくれたユリに感謝しながら、トバリは決着をつけるためにサバイバルナイフをしっかりと握りしめる。

「お……ら」

 もはや、声を出すことすらままならない。
 トバリはサバイバルナイフを『知恵コクマー』の胸部に突き刺して穴を広げ、そこに思いきり左腕を突っ込んだ。

 狙うのはもちろん、

「貴様……! わたしの、セフィラを……!」

 怖気が立つような肉の感触を掻き分け、目的のものを探す。
 そして、それはすぐに見つかった。

「これで……終わり……だ……!」

 トバリは腕を引き抜く。
 その手の中には、淡い灰色の光を放つ球体が握られている。
 それは紛れもなく、『知恵コクマー』のセフィラだった。

「か、返せぇ……わた、わたしの……セフィラ……ぁ……」
「誰が返すかよ。お前はそこで死ね」

 いまだ弱々しい抵抗を見せる『知恵コクマー』を蹴り飛ばし、トバリは彼に憐憫れんびんの視線を送る。

「……まだ死ねないのか、お前」

 視線の先で、いまだにもぞもぞとうごめいているものを見て、トバリは長い息を吐く。
 身体中のいたるところに傷を負い、胸部に大きな穴を開けていても、『知恵コクマー』が動きを止める気配はなかった。

 セフィラを持っている人間の生命力は、常軌を逸している。
 無様に生に執着しようとするその姿を見ていると、いっそ憐れにすら思えてくる。

 トバリは、銃口をそれに向けた。
 その意味するところを理解した『知恵コクマー』は、たどたどしい言葉を発し始める。

「こんな……こと……が、こんな……ことが、本気で……許される、と……思って、いるの……です、か……?」

 そういえば、人間を殺すのは初めてだ。
 結局、安藤のときも直接手を下したのはユリだった。

 だから、今回はトバリがやらなければならない。

 トバリは、這いつくばる『知恵コクマー』の頭に標準を合わせ、

「じゃあな」

 銃声が鳴り響いた。
 二度三度、周囲に大きな音が響き渡り、『知恵コクマー』が今度こそその動きを止めた。

「……ふぅー」

 トバリは瞳を閉じて、息を吐く。
 長く長く、その内にあった感情を、すべて吐き出すかのように。



 『セフィロトの樹』の脅威、『知恵コクマー』は、ここに討ち取られた。


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