終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第42話 『知恵(コクマー)』VSトバリ&ユリ


「三田さん! 三田さんっ!」

 トバリの腕の中で、三田が意識を失った。
 その手は力なく垂れ下がり、顔は真っ青だ。

 腹部からはおびただしい量の血が溢れ出し、腸らしきものか漏れ出ている。
 このまま放っておけば、間違いなく三田は死ぬ。

 ……しかし、どうすればいいのか。
 このスーパーはもちろん、こんなことになってしまった世界でこんな大怪我を治療できる場所などあるはずもない。
 そもそも治療できる場所があったとしても、助かるかどうか微妙なほどの大怪我だ。

「もしや、彼を助けようなどと考えているのですかね?」

 そんな声を受けて、トバリは顔を上げる。
 顔面を自身の血で汚した『知恵コクマー』は、必死に三田に呼びかけるトバリを左目で眺めながら狂笑を浮かべていた。

「無駄です。彼はもう助かりませんよ。セフィラが覚醒した我々の体内には、ゾンビウイルスが溢れかえっています。そんな身体が、生身の人間に傷をつければどうなるか……あなたならわかるでしょう?」
「――っ!」

 つまりそれは、『知恵コクマー』の触手に、他のゾンビたちと同じように、傷をつけられただけで致命傷になるゾンビウイルスが含まれているということだ。
 たしかに、アレが『知恵コクマー』の一部であるのなら、その主張にも納得がいく。

 このままでは、三田は出血多量で命を落とすだろう。
 そして、なんとかして三田を助けることができたとしても、三田の身体はゾンビウイルスに耐えられない。
 どちらにせよ、三田は死に、その死体は動き始める。

「トバリ」
「……わかってる。大丈夫だ、ユリ」

 三田はもう助からない。
 その現実を受け入れて、『知恵コクマー』を倒すことに全力を尽くすべきだ。

 自分の心を落ち着かせる。
 三田は優秀なリーダーだった。
 できることなら助けてやりたかったが、こうなってしまっては仕方がない。

「もしや、悲しんでいたのですか? それなら心配ありませんよ。あなたたちもすぐに、彼と同じ場所へ旅立つことになるのですから」

 『知恵コクマー』が微笑みながらそんなことを言うと同時に、その法衣の下から大量の触手を伸ばしてきた。
 それらは驚異的なスピードで、トバリたちへと迫る。

「…………」

 トバリとユリは無言で迫り来る触手を避け、その中の数本を切り落とした。
 そのスピードは、先ほど『知恵コクマー』と対峙したときの比ではない。
 人肉を食べたことで、二人の身体能力は大幅に強化されていた。

「もうお前の攻撃は当たらない。その気持ち悪い触手を根こそぎ切り尽くして丸裸にしてやるよ、『知恵コクマー』」
「っ……! やれるものなら、やってみなさい――!」

 激昂した『知恵コクマー』が無造作に触手を振り回すが、それらがトバリとユリに当たることはない。
 その光景を目にした『知恵コクマー』は、困惑の表情を浮かべる。

「なんです……なんなんです!? どうしてわたしの攻撃が当たらないのですか!? いったいどんな手を――!?」
「別に特別なことは何もしてねえよ。ただ、お前と同じ土俵に上がっただけさ」

 『知恵コクマー』とまともに戦えているのは、トバリとユリが人肉を摂取したことによって身体能力が向上しているからだ。
 いや、正確に言えばそれだけではない。

 三田が『知恵コクマー』の右目を潰してくれたおかげで、距離を把握する感覚が鈍っているように感じる。
 先ほどから何度も、当てられるはずの触手を変な方向に伸ばしているのが、その証拠だ。

「まさか、人の肉を喰らったのですか……? いや、あなたは既にセフィラを持っていないはず……それにもかかわらず我々と同じように人の肉を喰らい、ゾンビウイルスにも発症していない……。そんなことが可能なのは……」

 『知恵コクマー』が何やらブツブツと呟いているが、そんなのはトバリの知ったことではない。
 触手を伸ばす本体に肉薄し、その本体に傷をつけるべく、サバイバルナイフを振るおうと、

「トバリ!」
「っと!」

 ものすごい勢いで迫ってきた触手を避けたせいで、狙いが逸れてしまった。
 しかし、刃の勢いは止まらない。
 サバイバルナイフは、いまだ思考中の『知恵コクマー』の首を切りつけた。

「ぁああああああああ!! やめろこのクソ虫がぁぁあああ!!」

 自らの思考を掻き乱された『知恵コクマー』は絶叫を上げ、法衣の下から大量の触手を伸ばしてきた。
 赤紫色をしたそれは、トバリたちを貫かんと縦横無尽に動き回る。

 だが、当たらない。
 今のトバリたちにとって、その触手を避けるのは大して難しいことではなかった。

 触手から距離を取り、トバリとユリは『知恵コクマー』の攻略方法を話し合う。

「やっぱり、胸か頭じゃないとダメか」
「そう、だね」

 その他の部位では、自然治癒力が働いて大した痛手にはならない。
 胸からセフィラを奪い取ればいずれゾンビウイルスに身体を侵されて死ぬし、頭を壊せば奴は即死する。
 狙うとしたらその辺りだろう。

「でも、どうやら奴の頭は相当に硬いらしい」

 『知恵コクマー』の右目には、銃弾が突き刺さっていた。
 状況から見て、三田が奴の目に撃ち込んだものと見て間違いない。

 おそらく奴は、身体能力の強化の応用か何かで、頭蓋骨の強度を大幅に上げているのだろう。
 いまだに右目が再生を始めていないのは、自然治癒力の限界なのか、異物が突き刺さったままだからなのか、そこまではわからないが。

 このまま押すことができれば、いずれは『知恵コクマー』を倒すことができるはずだ。
 奴は集中力を欠いている。
 突ける隙は決して少なくない。

「……っ」

 だが、トバリはこの状況がいつまでも続くものではないとわかっていた。

「ユリ、頼む」
「うん」

 トバリはユリの肩に食らいつき、その血を吸う。
 ユリの血が体内に入ってくると、トバリの身体をむしばんでいたものが少しだけ和らぐのを感じた。

「そうか、血で……なるほど。まさかとは思いましたが、やはりお前たちは『王冠ケテル』と『王国マルクト』だったのですね……」

 『知恵コクマー』が何事か呟いているが、知ったことではない。
 それよりも、もっと重要なことがあった。

「やっぱり、気のせいじゃないな……」

 目を覚ましてから三回ほどユリの血を飲ませてもらっているが、既に身体の寒気は無視できないレベルに達している。
 それは紛れもなく、ゾンビウイルスの症状が進行している証だ。

 セフィラが生み出すのはゾンビウイルスの特効薬などではなく、文字通りその発症を抑える程度のものでしかないのだろう。
 そしてそのセフィラを持たないトバリが人肉を喰らい、無理な身体能力の強化を図ったのだから、今のトバリの状態も当然と言える。

 やはりセフィラがなければ、トバリ自身が生き残ることすら難しい。
 なんとしても、『知恵コクマー』からセフィラを奪い返す必要があった。

 あまり悠長なことはしていられない。
 トバリ自身、いつ身体の限界が来るかわからないのだ。

「さっさと、ケリをつけないとな……」

 ふと、いまだに浅い呼吸を繰り返している三田のほうを見た。
 その手には、血にまみれた拳銃が握られている。

 トバリはその拳銃を取った。
 ずっしりと重く、それが人の命を容易に奪えるものなのだということを実感させる。

「このわたしが、貴様らのような蛆虫うじむしに傷をつけられるなど、あってはならないこと……。お前たちはわたしが必ずひき肉にして食べて差し上げましょう……」

 トバリはそれをポケットにしまい、いまだ怒り狂っている『知恵コクマー』と対峙する。
 冷静に眺めると、『知恵コクマー』も相当にボロボロだ。
 右目は弾け飛び、後頭部は血まみれで、首には深い切り傷が刻まれ、触手も何本も切断されている。

 しかし、それほどの深手を負っていながらも、『知恵コクマー』は平然と動き続けている。
 同じ人間とは思えないほどの強度だった。

「やれるもんならやってみろよ、触手野郎」

 そう言うや否や、トバリは『知恵コクマー』に向かって駆け出す。

「……仕方がありませんね。これはあまりやりたくなかったのですが」

 『知恵コクマー』は、深くため息を吐くと、自身の胸に左手を置いた。
 そして、その一点が灰色の光を放ち始める。

「……まさか、あれがセフィラか?」

 トバリのそんな疑問に答えることなく、『知恵コクマー』の胸の発光は収まった。

「……う」

 次いで、『知恵コクマー』の喉から奇妙な声が漏れる。
 そして、それをトバリが認識した瞬間、事態は予想を超える方向に進行し始めた。

「……おい。嘘だろ」

 肉が裂ける音が断続的に辺りに響き渡り、裂けた『知恵コクマー』の背中から大量の触手が姿を現した。
 その量と長さは、先ほどまでのものの比ではない。
 『知恵コクマー』が立っている後ろを全て覆い尽くすほどの、圧倒的な質量を前にして、トバリは戦慄する。

「……さあ、始めましょうか」
「くっ――!?」

 大きく手数を増やした『知恵コクマー』は陰惨に笑う。
 それは他でもない、死神からトバリとユリへの死刑宣告に他ならない。



 そして、大量の触手たちがトバリたちに襲いかかった。

「終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ホラー」の人気作品

コメント

コメントを書く