終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビを操ってクラスメイト達に復讐する―

触手マスター佐堂@美少女

第15話 暴行


 その光景を見て、トバリは目を見開いていた。

 安藤の足元には、女の人が一人横になっている。
 若くてきれいな女性だ。

 それ以外の女性の姿はない。
 ユリの母親の姿も。

 机と椅子はバリケードのために使われており、教室の中には一つたりとも残ってはいない。
 教室の後ろのほうは棚になっているが、そこに人間を隠せるほどのスペースなどない。
 つまり、

「お前ら、他の女の人たちを全員殺したのか……?」
「夜月……? お前、なんでこんなところにいるんだよ?」
「っ――!!」

 安藤は、トバリの話すらまともに聞いていなかった。
 そんな安藤の態度が、トバリの苛立ちを加速させる。

「僕の質問に答えろよ。ここにお前とその人以外の生存者はいるのか?」
「あ? お前こそ誰に向かって口きいてんだ? いつから夜月くんは俺にそんな口をきけるようになったんでちゅか?」

 安藤はおどけるように、そしてトバリのことをあおるように、まともに質問に答えようとはしない。

「……もう、いいよ。はやく殺そう」

 ふざけた安藤の様子を見て、ユリが不快げに眉を寄せる。
 そしてそれは、安藤のほうも同じだった。

「それに、クソガキ……? お前、やっぱりまだ死んでなかったのか」
「…………」
「ダンマリかよ。まあいいや。ここで会ったのも何かの縁だ。今度こそ確実にぶっ殺してやるよ」

 そう言うと、安藤は懐からサバイバルナイフを取り出した。
 窓から入る光を反射して、それは鈍く銀色に輝いている。

 その姿を見て、トバリの中の違和感がいよいよ看過できないレベルになった。

「……安藤。一つお前に聞きたいことがある」
「あ? さっきからなんなんだお前。いい加減に――」



「ひょっとしてお前、ゾンビに襲われないのか?」



「…………」

 トバリがそう尋ねると、安藤はギョッとした表情を浮かべて、その口を閉ざした。

「やっぱり、そうか」

 おかしいとは思っていた。

 教室の様子からして、先ほどまであれほど大騒ぎをしていたのに、安藤は一人でここから脱出するための荷造りをしていたようだ。
 焦ることも、取り乱すこともなく、淡々と。

 そもそも、教室の前にあれほど大量のゾンビたちが群がっていると知れば、なんとかして教室から脱出する方法を考えるはずだ。
 安藤の性格からして、味方に動けない女の人がいるからといって、一人で教室から脱出するのを躊躇ためらうなどあり得ない。

 つまり、安藤からはゾンビへの恐怖心が全く感じられないのだ。

 そして、この極限状態の中で人間がそんな風になる条件を、トバリはよく知っている。

「やっぱり……夜月も、か?」

 安藤のその問いかけに対して、トバリは何も答えなかった。
 しかし、その沈黙を肯定と受け取ったらしい安藤は笑って、

「そうか……なるほど。いや、お前にしては鋭いじゃねえか。その通りだよ。俺にとって、ゾンビなんてもんは脅威にはならないのさ」

 手を広げて、自分の能力を確認するかのように再び手を握りしめる安藤。
 そんな彼を見て、トバリは密かに驚愕していた。



 ――トバリにとって初めてとなる、自分以外のゾンビから襲われない人間との接触だ。



 しかも相手は、ゾンビの餌にしてやろうと思っていた人間のうちの一人。
 冷静に考えるとあまりいい状況とは言えないが、トバリの頭の中では、ある一つの疑問が湧いていた。

 トバリのゾンビを操る能力と、安藤のゾンビから襲われない能力、どちらのほうが強いのか、ということだ。

 トバリがゾンビたちに「僕の目の前にいる男を襲え」と命令すれば、果たしてゾンビたちは安藤を襲うのだろうか。

「……試してみるか」

 ならば、これを試さない手はない。
 トバリは安藤から距離を取り、小声でゾンビたちに命令した。

「僕の目の前にいる男を襲え」
「あ?」

 トバリの声を聞き取れなかったらしい安藤が、顔をしかめる。
 ……それだけだった。
 その様子を見て、トバリは自分の期待が裏切られたことを悟った。

 教室の外にいるゾンビたちは、驚くほど静かだった。
 まるで、トバリの言葉に全く反応していないかのように。

「……っ」

 唯一、ユリだけはある程度トバリの言葉に反応しているようだ。
 殺意をたぎらせ、右手に金属バットを持って、安藤を睨みつけている。

「待て」

 今度は、ユリだけに向かって命令した。

「……なんで」
「こいつとは、僕が決着をつけなくちゃいけないからだ」

 安藤とは、トバリが決着をつけなければならない。
 必ず、そうしなければならない。

 ゾンビたちが動く気配がないのも、ちょうどいい。
 あいつらが使えないから、なんだというのか。
 安藤ごとき、トバリ一人だけで十分だ。

「……わかった」

 ユリは渋々といった様子で、トバリの後ろに下がった。
 その視線は、相変わらず安藤を射すくめていたが。

「しかし、わからねえな」
「……なにがだ?」

 安藤が突然発した声にトバリが眉をひそめるが、安藤はそれを無視して言葉を続ける。

「夜月は、なんでここに来たんだ? お前も『資格』を持っているのなら、不用意に外を立ち歩く危険性は理解しているんじゃないのか?」
「……『資格』?」

 安藤の口から聞き慣れない言葉が飛び出したのを、トバリは聞き逃さなかった。
 そんなトバリの姿を見て、安藤はいぶかしげに眉を寄せる。

「あ? ……ああ、そうか。お前はまだ、あの男・・・には会っていないのか。なるほどな」
「おい待てよ。なに一人で納得してるんだ。僕にも説明しろ」
「は? お前に懇切丁寧に説明して、いったい俺に何の得があるんだ? だいたい、お前はもうすぐ死ぬんだから、知っていようが知らなかろうが大して差はないだ、ろ!」

 トバリの言葉を切り捨てながら前に踏み込むと、安藤はサバイバルナイフを横ぎにした。

「おっと……舐めるなよ!」
「っ!?」

 トバリはそれを慌てて後ろに跳んで回避し、金属バットで安藤を迎撃する。
 何の躊躇ためらいもなく振るわれた金属バットに、安藤の反応が一瞬遅れた。
 そしてその一瞬の遅れが、この戦いの明暗の分かれ目となった。

「が……っ」

 頭部を金属バットで強打された安藤は、地面に倒れ伏した。
 反撃されないように、地面に落ちたサバイバルナイフは教室の隅のほうへ蹴り飛ばしておく。

「く……そ……」

 思いのほか重い一撃だったらしく、安藤が立ち上がる気配はない。
 それならば、今のうちに足を潰してしまったほうがいい。

「ま、待って……」

 そう判断したトバリが金属バットを大きく振りかぶると、安藤が何事か呟いているのが耳に入った。

「ま、待って……あ゛あ゛あぁああああああっ!!」

 呟きはすぐに絶叫に変わった。
 安藤は、自らの足が焼けていると錯覚するほどの激痛に身悶えする。

「安心しろって。すぐには殺さねえよ。ちゃんと苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しみ抜いてもらって、もう死にたいって言い出しても殺さない。それから、やっぱり死ぬのが怖くなった頃にしっかり苦しめて殺してやる」

 トバリのそんな言葉を耳にした安藤は、強烈な憎しみをその瞳に宿し、トバリを睨みつける。

「なん、で……この俺が……お前、みたいな……ザコに……」
「なんで、って……ああ。お前ら、僕をいじめてる時は最低五人はいたからな。一対一の勝負なら、お前みたいなゴミカス野郎に負ける気しないわ」
「ざけん……なぁっ!? あ゛ぁぁぁあああああああッ!!」

 金属バットの先端で骨が砕けている部分をつついてやると、安藤は面白いほどの反応を見せる。
 それまでトバリのことを睨みつけていた瞳は弱々しい光を灯し、少しでも痛みから逃れようと身をよじらせている。

 そしてしばらくして、痛みが少し引いた安藤がよだれをこぼしながら再び口を開いた。

「お、俺は特別な存在なんだ! ゾンビに襲われないんだぞ!? この終わった世界で、これから先もずっと好き勝手できるんだよ!!」
「……お前みたいなのがいるから、この世界はダメなんだよ」

 もし神様なんてものがいるとしたら、どうしてこいつに、こんな特殊な力を与えたのか、トバリは疑問に思えてならなかった。
 あまりにも無能すぎて、あまりにも有害すぎて、存在価値など無いに等しい。

 そこでトバリは、しゃがんでいるユリが、横になっている女の人を見つめているのに気がついた。

「ユリ?」
「……この人は、もうダメ。もうすぐ、起き上がるよ」
「そう、か」

 どうやら、間に合わなかったらしい。
 トバリは女の人から視線を外し、今もなお無様な姿を晒している安藤に向き直った。

「な、なんだよ……」

 安藤は足の痛みに耐えながらも、トバリのことを呪い殺せそうなほど強烈な目つきで睨みつけている。

「お前、まだ全然元気だな」
「は?」
「この様子なら、もうちょい痛めつけても全然大丈夫だよな」

 トバリがそう言うと、安藤の様子が豹変ひょうへんした。

「ま、待てよ。わ、わかった。俺が悪かったよ。だから見逃してくれ」
「今さらそんな痛みから逃れたいだけの謝罪を、僕が受け入れるとでも思っているのか?」

 そんな発言が口から飛び出すこと自体が、こいつが反省していない何よりの証拠だ。
 そう判断したトバリは、金属バットを思いきり振り上げ、安藤の腕に振り下ろした。

「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁあああああ!!」

 今日何度目かもわからない、安藤の絶叫が教室の中に響き渡った。
 いい加減静かにしてほしい。

「あとは左腕だけだな」
「はーっ、はーっ、はーっ」

 安藤は息も荒くなりながら、必死にトバリから逃れようとする。
 だが、まだ亀のほうが速いのではないかと思うほどの移動速度で、トバリから逃れられるはずもなかった。

 骨折したところを金属バットで殴られ、悲鳴を上げればまた殴られる。
 安藤の精神は疲弊しきっていた。

「た、頼む。なんでも、なんでもするから助けてくれ……」
「…………」

 安藤のそんな言葉を耳にした瞬間、トバリの表情が変わった。

 ――痛みに弱すぎる。
 だが、それもまたトバリにとっては好都合だった。

 安藤に、まるで虫けらを見ているような視線を送っているトバリは、口元を歪めて、

「助かりたいなら、お前が知ってることを全部話せ」

 無様に転がっている安藤に向かって、そう言ったのだった。

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