比翼の鳥

風慎

第34話 マチェット王国動乱(3)

「さぁ! 観念するんだな、悪党!」

 高い場所より降ってきた声を受け、俺はなんとか平常な思考を取り戻す。
 まぁ、冷静に考えれば、異邦人……つまり、俺と同じ世界の住人が多くこちらに来ている事は、想像に難くないし、事実、揚羽もそう言っていた。
 彼女の弁を聞くに、多くの者達は、何らかの形で揚羽に隔離、もしくは送還されていると思うのだが、全員がそうとも限らないだろう。
 そんな中、まだこちらの世界に留まっている異邦人……つまり、こちらの世界で言う勇者達の中に、偶々、ヒーローの真似事をする者がいても、別段不思議ではない。そう、不思議ではない……という事にしておこう。
 そんな赤いヒーローを視界に収めつつ、俺は自分に言い聞かせるように、そう結論付けた。

「な、何を、根拠に……そうだ! 俺が何をしたと言うんだ!!」

 そんな俺の思考を遮るかのように、先程の泥棒と思しき男が、上を見上げそう叫ぶ。
 確かに、そう言われてしまえば、彼の言うとおりだ、明確な証拠がある訳ではない。俺も、動きを追っていたから、その不自然さに気が付いただけで、この男が泥棒をしている所を確認した訳でも無いしな。
 だが、そんな言葉を意に介さない様に、赤いヒーローは、ハッキリと、答える。

「お前が犯した罪……それは、窃盗だ!! しかも、お前が奪ったのは、ただの品物ではないぞ! 今日取れたばかりで、市場にも出回っていない新鮮なリンゴ……じゃなくて、アプルをお前は、無慈悲にも奪ったのだ! 俺が買おうと、楽しみにしていたのに!!」

 何か激しく私情が混ざっているようだが、かなり具体的な指摘を受け、泥棒と思しき男は一瞬、息を飲み、そして隠す様に腰へと身に着けていた袋に視線を寄越す。
 その動作を俺だけでなく、周りの者、そして、高所より見下ろしていたヒーローが、無言で見ていた。
 一瞬、音を失くす場の雰囲気を感じ取り、泥棒と思しき……いや、もう確定で泥棒な男は、周りを見渡し……自分の不手際に気付く。

「く、くそ!? こうなったら仕方ねぇ!?」

 追い詰められた男は、焦ったように叫ぶと、脇に隠し持っていたであろう短剣を抜き放つ。
 鈍いながら光を反射し、存在を示すその凶器は、見る物に畏怖をもたらすには十分だった。
 その光を見た聴衆は、流石に身の危険を察したのか、誰ともなく叫び声をあげると、一斉に泥棒から距離を離そうと我先にと駆けだす。
 そんな泥棒の様子を見て、ヒーローもまた、動いた。

「窃盗だけでなく、殺傷まで……させないぞ! 麒麟が……じゃなくて、スカイウォーク!!」

 ヒーローは建屋の屋上より、身を投げる様に飛び出すと、そのまま、宙を落ちながら何もない空間を蹴って、その速度を一気に上げる。
 弾丸の様に振って来たヒーローを見上げ、次の瞬間……泥棒は吹っ飛んでいた。

「くらえ!! レッドハリケーン!」

 綺麗に回し蹴りを食らわせたヒーローは、泥棒を真横に盛大に吹っ飛ばした後、そう叫ぶ。

 いや、それは、攻撃する前に言おうよ。
 って言うかそんなことしたら……。

 完全に不意打ちの様に見えたが、まぁ、どの道倒されるのであるから、どうでも良いかと思うも、哀れな泥棒に少し同情しつつ、顔で地面に線を描いた哀れな末路を見る。
 大地に完全に突っ伏して痙攣する泥棒を見るに、死んではいないようで、人知れずホッと息を吐くと同時に、何処からともなく沸き起こる歓声。
 そして、それに答えるかのように、右手を天に突き出し、「悪は潰えた!」と、叫ぶヒーロー。
 周りの群集は、その姿を見て、歓声を上げつつ、ヒーローコールをしていた。
 ざっと見ても、ここに居る全ての人が、熱狂しそして、彼を讃えていた。

 そんな様子を傍から見て、俺は改めて、この状況の異常さを認識する。
 何と言うか、俺も森で感じていたあまりにも出来過ぎた感が、この場を薄っすらと支配しているのだ。
 そもそも、全ての人が彼の事を讃えているというこの状況がおかしい。俺の知っている世界であれば、数人であれ、反発する者は出るのが普通だ。どんなに共感を呼ぶことをしても、一定の割合で、それを受け入れない者は確かにいる。
 それが、俺の知っている世界と言う物だった。
 だが、それは傍から見ればこそ感じ取れる位の、些細な違和感なのだろう。
 実際、俺も揚羽にハッキリと指摘されるまでは、何となくそう感じる位でしかなかったからな。

 ふと見ると、リリーは能面の様な表情で、今の一連の出来事を見ていた。
 そして、俺の視線に気が付くと、少し困った様な笑みを浮べる。

 その様子に違和感を覚えた俺は、リリーに視線を送り続ける。
 そんな風に、数秒見つめ合った後……不自然なまでに不意に視線を逸らしたその様子を見て、リリーとヒーローに何かしらの因縁があると、確信した。

 なるほど。あの時、馬車を止めたのも、不用意に巻き込まれるのを防ぐだけでは無かったという事かな。
 まぁ、良いだろう。ちょっと気にはなるけど。

 何かしらの関係はあるにせよ、彼女が話したくないのなら、無理に聞き出す必要も無い。
 もしそれが本当に大切な事なら、その内、彼女の方から話してくれるだろうし。

 ただ、このままスルーすると、彼女の心に変なしこりを残しそうな雰囲気でもあるので、俺は、一応、布石だけを打っておく。

 《 リリー、話したくなったら、いつでも聞くから。気にしないで良いからね 》

 彼女の腕を2回叩いた後、文字を通してそんな風に彼女に伝える。
 その言葉を受け取った彼女は、一瞬耳を萎れさせると、大きく頷く。

 別に彼女を責めたい訳でも無いんだが、一応分かっているという事は伝えて置きたかった。
 そんな俺の気持ちを察してくれたのかは分からないが、リリーは表情を引き締めると、口を開く。

「では、行きましょう。あのお調子者が、こちらに気付かない内に」

 そうして、リリーは、何故かそのまま彫像の様に微動だにしないまま、気配を消しにかかる。
 うーん、どうやらヒーローと彼女は、面倒な関係の様だな。
 彼女が、あからさまにここまで、人を避けると言うのも珍しいと思う。
 一体、彼女と彼の間に何があったのやら。興味は尽きないが、それは取りあえず、心に留めておくだけにする。

 そんな事を考えていると、ゆっくりと車が動き出した。
 しかし、熱狂した観衆はその事に気付かない。

「ああああぁあ!? 俺のリンゴがぁ!?」

 彼の悲鳴が遠くから聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。
 そりゃあんな派手にふっ飛ばせば、腰の袋に入れた果実など木っ端微塵だろうに。
 そうして、俺達の存在を掻き消すかのように響く歓声の間をぬうように、そっとその場を後にしたのだった。


 王都の中心へと車が進むにつれ、ますます人の気配が薄くなる。
 事実、サーチによる反応も、一気にまばらな物へと変わる。

 そして、その中心部へと近い場所に、その建屋はあった。
 石造りで頑丈そうな高い塀と深い堀に囲まれ、まるで周りの世界を拒絶するかのようにそびえるその姿は、見る物を威圧する。
 その高い塀に阻まれ、中の様子を知る事は叶わない。
 そんな建屋への唯一の入り口となる門には、屈強そうな男達が、金属の鎧を全身に纏い、佇んでいた。
 その視線は鋭く、全ての存在が門へと近づく事を拒絶しているかのように見える。

 なんじゃ、こりゃ。
 なんで、こんなに厳戒態勢なんだ? こんな所に、あのお姫様は住んでいるのだろうか?
 これでは城と言うより……。

 ハッキリ言ってその姿は異様の一言である。中世の様な石造りや木造の建造物の中にあって、窓すら無い無骨な姿は、違和感を伴って視界に飛び込んでくる。

 その建物の背は決して高くないのだが、飾りっ気の欠片も無い無機質な景観と相まって、周りの全ての物を拒絶している様にすら感じられる。
 そして、そんな壁に小さく空いた穴へと車は吸い込まれる様に入って行く。
 横に立つ門番は、一瞬、こちらに視線を向けたものの、すぐにそれを正面へと戻す。

 そんな門番を横目にみつつ、そのまま車は暫く進み、唐突にその歩みを止めた。
 窓から外の様子を伺うも、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる石造りの通路しか見えない。
 そして、サーチをしてみれば、この場は、建屋の丁度真ん中に位置していた。

 ここが、王城?? いや、ここは入り口で、まだ通路という事も?

 開かれた蜥蜴車の扉から外にリリーに背負われる形で、建物に降り立った俺の目に飛び込んで来たのは、四方八方が石造りの壁に覆われた、ちょっとした広場程の寒々しく薄暗い空間だった。

 何だここは? 本当に王城なのか? エントランスにしても寂しすぎるだろ。

 そうした俺の疑問を他所に、リリーは迷うことなく、歩を進める。

 そう言えば、彼女は先程から一言も発していない。
 その事に違和感を覚えるも、彼女が放つ雰囲気から、何となくその理由を察する。

 恐らく、お仕事モードなんだろうな。

 そして、彼女が今迄どういう立場で、今、この場所に立っているのかも、遠からず分かる事になるだろう。
 とりあえず、差し迫っての危険は無いと思うが……急に呼び出された事を考えれば、面倒事である可能性は極めて高い。

 そんな事を考えていると、何時の間にか寒々しい空間を抜け、リリーは扉へと手を掛けていた。
 開いた扉の先に下へと続く螺旋階段が見える。

 なるほど。建屋の本体は、地下か。

 石造りの螺旋階段を彼女は俺を揺らすこともなく、一定の速度で下って行く。
 しかし、流石はリリーと言うべきなのか、全く音が響かない。静かに、淡々と、滑る様にその姿が一定のリズムで下へと降りていく。
 そして、かなりの段数を降りたはずにも関わらず、一分もかからずに底へと到達した。
 ふと見上げてみたが、天上は遥か彼方で、視覚をかなり強化しないと見えそうもない。

 そうして、リリーが目の前の扉に手を掛け……その隙間から光が溢れ出す。
 すぐに魔法で疑似的に遮光をする。
 そうしてリリーの肩越しに広がるのは、先程とは一転して、煌びやかな空間であった。

 今までとは打って変わって、まさに絢爛を地で行く細長い空間。
 壁には無駄なんじゃないかと思えるほど、等間隔に多くの燭台と、絵画、調度品、等が交互に並ぶ。
 その隙間には、嫌味にならない程度に彫刻を彫り込まれたドアが、整然と並んでいた。
 足元には金糸で刺繍を施された柔らかそうなカーペットが、はるか遠くに見える突き当りまで、途切れること無く敷き詰められている。
 それらが、見事に調和しており、これだけ目に眩しい状態であるにも関わらず、下品に映らないバランスを保っているのが驚きである。
 ここを管理し、装飾している人は、類まれなる美的センスを持っていることが、この通路からも見て取れた。

 リリーはそんな通路を進む。
 そして、進行方向に目をやれば、ふと遠くのドアの横にさり気なく佇む女性が一人。
 俺と目が合うと音もなく、かと言って過剰にならない程度に、小さく礼をする。
 思わず俺も目礼で返してしまうほど、それは自然なものだった。

 しかし、リリーは、そんな女性の礼を当たり前のように受け流すと、そのドアの前へと足を運ぶ。
 まるで示し合わせたようなタイミングで横に佇んだ女性は音もなくドアを開け、リリーも自然な動作で、そのまま部屋へと足を踏み入れた。

 部屋は思った以上に広く、広さにして60平米はあるだろうか?
 やはり、部屋全体のセンスが通路の物と告示しており、華やかさの中にもどこか落ち着いた印象を抱かせる。
 さっと、視線を巡らせた感じ、ドアもあるので、まだ続きの部屋もありそうだ。
 部屋の隅にはこれまた高そうな光沢を放つ、石造りのテーブルと、鈍い光を放つ柔らかそうな革張りの椅子がさり気なく設置されている。
 窓こそ無い物の、風景画と落ち着いた壁紙が、この部屋の場所を忘れさせてくれる。

 そんな部屋の真ん中に、静かな笑みを浮かべ佇む人影。

「良く来てくれました。リリー」

 落ち着いた印象を受けるも、力強い何かを秘めている事を伺わせるその声は、小さいながらもはっきりと俺の耳に届く。
 しかし、俺はその声を聴き、目の前に佇む人物を見て、どうしても、首を傾げざるを得なかった。

 白いドレスを身にまとうその姿は、幼い容姿ながらもどこか威厳をまとったものに見える。
 その顔に張り付く柔らかな笑顔は、一見すれば、大人しげな印象を見る者に与え、心を解すだろう。
 そして部屋の照明を受けて、尚、眩く輝く金色の髪。

 お姫様。

 正しく物語の中から抜け出たような、その出で立ちと佇まいは、理想を体現していた。
 何より、特徴的なドリルのようなその巻き毛。有り得ない。そう有り得ない筈なのだ。

「さぁ、リリー、こちらへ」

 彼女に背負われながら驚く俺へは一切視線を向けず、お姫様はリリーへと声をかける。
 そうそれは、どう考えても同一人物とは思えない声色であったが、まごうこと無く、あの残念なリザと呼ばれるお姫様だったのだ。

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