比翼の鳥

風慎

第26話:感謝

 その後の一週間は正に、瞬く間に過ぎた。

 今日で、俺が異世界に来てから、一ヶ月経ったことになる。ちょっと感慨深いものがある。
 食事も、排せつの必要も無く、魔法の恩恵も受けているため、イージーモードではあるが…
 1カ月も見知らぬ土地で生き残れたのは、ひとえにルナと、ディーネちゃんとの出会い。そして、我が子たちの支えがあってこそである。
 是非、ささやかではあるがお礼がしたい。

 という訳で、俺は今、ルナたちと共に、新スポットである花畑へと来ていた。
 この花畑には、それはもう色とりどりの花が咲き乱れていた。ちなみに、この場所は俺が初めてこの地に降り立った…と思われる大樹の更に先だった。

 そこで俺は、昔、妹に半ば強引に覚えさせられた…というか、強制労働の果てに培われた技術を駆使して、花冠を作っていた。
 ありがとう、我が妹よ!絶対に役に立たないと思われたこんなスキルが、今役にたってるよ!!1週間連続で花冠を作らされ続け、近隣の花を殆どむしり取った挙句に、親にしこたま怒られたけど、今になっては何とか乗り越えられるトラウマの一つだよ!
 あれ?俺の子供時代って思ったより不幸?
 なんとなく、気付いてはいけないことに気づいてしまった気もするが、まぁ、良しとしよう。

 俺は、バランスよく、しかし、赤い色を中心に編んだ花冠を作成していく。ルナもそれを見ながら、時々、俺に質問しつつ、ゆっくりと編んでいった。
 今日も天気が良く、春の様な暖かく心地よい風が吹き抜けて行く。俺達は、暖かな日差しの中、なんとなく幸せな雰囲気に包まれて、花冠をのんびりと作っていった。
 日差しも少し陰りを見せたころ、俺の花冠が完成した。その数4。一つは、赤い花をベースにルナの頭の大きさに合わせて、大きめに作った物。2つはかなり小ぶりで腕輪より直径が小さいが、深みのある青い花で丁寧に編んだ。最後の一つはまっ白い花で少し大きめに、編んでいる。
 ほつれなど無いか、確認すると、俺はまずはルナに向き合って、

「じゃあ、はい、これはルナに。最初に会ったのがルナで本当に良かったよ。ルナがいなかったら俺はここには居なかったかもしれない。どこかでのたれ死んでいたかもしれない。こんなもので申し訳ないけど、これは感謝の気持ち。よかったらどうぞ。」

 そう言って、赤い花冠を頭に被せる。その赤は、陽光を照り返すルナの白い髪に良く映えていた。

「ツバサ…。ありがとう。…これ、ルナに似合ってるかな?」

 ルナはそう微笑むと、花冠が今の自分に似合っているかを気にした様子だった。
 ルナはそもそも、この花冠を頭に乗せるという発想が無かったらしく、しきりに、自分の頭上を気にしている。
 それを見た俺は、水魔法を使って、即席の鏡を作成した。作っておいてなんだが、宙に浮く水鏡とか便利すぎるだろ…と思ったのは内緒である。
 俺はルナに水鏡を向けながら…

「ほら、ルナ。ルナの綺麗な白い髪に、赤い花がとっても似合ってるよ。」

 そうやって声をかける。そんな俺の言葉に気を良くしたのか、ルナは鏡に映った自分の姿を色々な角度で映している。その顔には、はち切れんばかりの嬉しさが張り付いていた。

 そんな笑顔のまま、ルナは俺に、自分が作っていた花冠を手渡して来る。

「はい!これツバサに!いつも一緒に居てくれてありがとう!色々教えてくれてありがとう!んとんと…とにかく色々ありがとう!」

 俺は、そんなルナの言葉にちょっと感動しつつも、礼を言いながらちょっと不恰好な花冠を受け取り頭に乗せた。
 ルナは微笑むと、「ツバサ、似合ってるよ!」とはにかむ様な笑顔を見せる。

 そんなルナに俺は笑顔で頷きながら、我が子である此花と咲耶に声をかける。

「此花、咲耶。君たちにも花冠を作ったんだ。まだ、外には出て来れないだろうけど、いつも俺達の事を見守ってくれていることは肌で良く感じている。駄目駄目な奴だけど、見捨てずにこれからも仲良くしてほしい。」

 そう言って、俺は、ペンダントのチェーン部分の左右に、一つづつ、作った小さな花冠を通して、「会えるのを楽しみにしているからな」と声をかけながら括りつけた。
 我が子達は、それはもう大はしゃぎと言って良いくらい、明滅していた。その光からは嬉しさと、感謝の念が感じられる。そんな様子を見ていたルナも、

「此花ちゃん、咲耶ちゃん。いつも見守ってくれてありがとう。これからもしっかりとお姉ちゃん出来るように頑張るね!」

 そう言って、我が子達を優しくなでる。
 ルナからも言葉を貰えると思っていなかったのだろう。うちの子達はしきりに、嬉しがったり、恐縮したり、感謝したりと目まぐるしくその感情をクルクルと変えながら、明滅を繰り返していた。

 そんな子供たちの姿を、俺は微笑ましく見ると、最後に、残った白い花冠を取り出す。
 ルナは、その花冠を見て、周りを見渡し…首を傾げる。
 そんなルナは、誰に送る花冠なのかピンと来なかったのだろう。逆に我が子達には分かったらしい。しきりに喜びの念が伝わってくる。

「さて、最後のこの花冠は、此花と咲耶のお母さんである、ディーネちゃんへのプレゼントだ。けど、ディーネちゃんは今眠りについているから多分、出て来れないと思う。まぁ、届けられないのは残念だが、気持ちだけでも届けばなーって思ってね。」

 心の中で、我が子達に、サポートできそうなら頼むよ?と声をかける。我が子達は嬉しそうに頷いた気がした。
 そして、俺はルナに声をかける。

「ルナ、ルナは覚えてないかもしれないけど、魔力っていうのは精霊のごちそうなんだよ。だからね…ちょっと工夫すると…こういう使い方も出来る!」

 俺は、そう説明しながら、ありったけの魔力にありったけの感情を込めると、花冠へと注ぎ込みつつ、宙に放り投げる。

 魔力を注ぎ込まれ、中空へと放り投げられた花冠は、物理法則に抗える限界点…つまり放物線の頂上へとたどり着くと、その場で停滞。輝きながら、周囲に思いの籠った魔力を放出し始める。

 その感情は正に『感謝』であった。

 その魔力に感応したように、徐々に周りに変化が起こる。
 光の球のような微精霊たちが、一つ、また一つと、中空に出現し始めたのだ。
 ルナはそんな様子を瞬きもせず、その輝いた瞳で見つめている。

 微精霊たちの数が、数えきれ無くなった時…その様子に変化が起こった。

 花冠を中心に、微精霊たちが渦を巻くように回転し始めたのである。まさに、俺がディーネちゃんと出会った時の再現であった。
 ただし、俺は今回ディーネちゃんに会いたくてこんなことをしたわけでは無い。

 一つは、ディーネちゃんに会った時の精霊たちにお礼をしたかったという事。
 まぁ、もしかしたらその微精霊たちもまだ、顕現できない状態なのかもしれないが、それなら精霊たち全体に感謝という事で良いかなと思っている。
 そして、あわよくば、その感謝がディーネちゃんに伝わりますように…。
 そんな思いを込めているだけであった。

 光の竜巻を見ながら、俺は、改めて光の渦に向かって声をあげる。

「ディーネちゃん!俺にこんな素敵な子供たちをありがとう!!また、そのうち会おうな!!」

 それを見ていたルナが、何か思う所があったのか俺に続いて声をあげる。

「ディーネさん!!此花ちゃんと、咲耶ちゃんを連れて来てくれてありがとう!私、ツバサと此花ちゃんと、咲耶ちゃんと…一緒に過ごせるのがとても楽しいの!!そんな時間をくれてありがとう!!」

 おそらく、我が子達も何かを訴えたのだろう。激しく明滅しているのが見て取れた。

 暫く、光の竜巻は渦を巻いていたが、すぐに勢いを無くしていった。
 そして、完全に止まると、微精霊たちも含めすべてが光の粒子となって、俺達に降り注いでくる。
 そんな幻想的な、ちょっと物悲しい風景を視界に収めつつ、

『ツバサちゃん…ありがとう。こゆーい魔力ごちそう様♪』

 なんて、ちょっとくすぐったい声を聞いたような気がした。
 俺はそれを感じ、声が届いたことを確信すると、

「ルナ。俺達の声届いたよ。」

 そんな呟きにも似た言葉をルナにかけた。
 それを聞いたルナは、ちょっとビックリした顔をした後、少しほころんで、「うん…」と嬉しそうに笑みを浮かべたのだった。

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