比翼の鳥

風慎

翼の章 第一章 第1話:ルカール村

 リリーに先導された俺たちは、程なくしてルカール村の入り口へとたどり着いた。初めて見る異世界の村は、失礼だが、文明レベルがかなり低いことが伺える。
 村の周りは木から削りだして作ったと思われる柵で囲われていた。俺たちのたどり着いた入り口は裏手の方にあるらしく、門番などは立っていなかった。
 いや、まぁ、イメージ的になんとなく、屈強な狼男さんが立っている光景を想像していたから、ちょっと拍子抜けだ。もちろん、門とかあるわけも無く通ろうと思えばすぐにでも入ることができる。
 リリーは村の入り口の横に立つと、こちらに向きなおる。

「ようこそ。ルカール村へ。何も無いところではありますが、一村民として心より歓迎いたします。」

 にこやかにそう言うと、とても綺麗にお辞儀をしてくれた。
 その頭に輝く獣耳はピンとはりたち、お辞儀にあわせるように金色の稲穂を思わせる尻尾がふさりと揺れた。
 良い…!実に良い!!俺はそんな夢のような光景に少しテンションを上げつつも、その礼に応えるべく、声を発する。ルナは横で、俺の様子を伺いつつ、リリーに頷いた。

「とてものどかで、平和そうな村だね。お邪魔します。」

 そうして、俺たちは記念すべき異世界で初入村となるルカール村に入ったのだ。

 村の印象は質素ながらも平和。それにつきた。

 家は、木造平屋建て。かなりしっかりと作られており、昔の日本家屋に近い形状をしている。あ、屋根は藁っぽいものを使ってるなぁ。形状が特に日本農家の家に近いかな。何か懐かしさと暖かさを感じさせる、独特の雰囲気持っていた。
 道は土がむき出しのままで、踏み均されているものの舗装されているとは言えない状態だ。あまり雨は降らないにせよ、これでは、土ぼこりが舞ったり、雨の日はドロドロになったりと、不便だろう。
 もちろん、上水道も下水道も無いことが伺える。水源は井戸すら無さそうだ。どこにあるんだろうか…。

 思いのほか村の規模は大きかった。村の中心には広場があるが、公園一つが余裕で入るほどの広さだった。家も想像したよりは多く、30戸位はありそうだった。1戸4人家族とすれば単純計算で120人ほどの集落になる。もし、多産な種族なら、もっと居ることになりそうだが…。

 実際、俺らがリリーに連れられて歩いていると、あちらこちらで村人を見かけることが出来た。正にパラダイス!!
 一言に犬耳と言ってもその種類は多種多様!!ピンと天に向かって起立する三角形の耳もあれば、ちょっと丸っこい形の耳もあり、中には垂れ下がっている耳もある。どれもそれぞれの味があっていい!!
 尻尾もフサフサなものから細いものまで千差万別。毛並みも艶々《つやつや》からモフモフまでより取り見取り。もう、飛びついてむしゃぶりつきたい気分を抑えるのが大変だ。しかし、そんな俺の好意(?)のこもったその視線と村人が俺たちに向ける視線には明らかな温度差があった。
 村人から向けられる視線には様々な感情が見え隠れしていたのだ。興味津々な目を向ける子供も多かったが、大人から感じられるものは不安、困惑、中にはあからさまな侮蔑。
 最初は珍しいものばかりで目を輝かせていたルナも、その視線にさらされ、困惑したように萎縮してしまった。
 俺も、村に入って当初はその視線に困惑したものの、その理由に思い当たると不思議と気にならなくなった。

 ようは村に新参者が来て不安がっているのだ。
 それはなぜかといえば、恐らくここが隠れ里だからなのではないだろうか。
 そもそも、おかしいのだ。一応広い道はあるものの、それは大勢の人が移動できるものではない。そして、皆、判を押したように同じような服装が日常のものばかり。つまりは、外から来たと思われる人が俺たち以外にいないのである。
 と言う事は、ここの村がとても閉鎖的である可能性が高い。そして、何故かといえば、それはこの村が人からは忌避されている亜人の村だからだ。仲間を守るために、こんな森の奥に引きこもってひっそりと生活しているのではないだろうか?
 そして、そうなら人間とおぼしき2人の客人に、警戒をするのは当然の反応だ。

 ルナは依然として、視線に込められ向けられる様々な感情に困惑しているようだった。
 そんな様子を見て俺は、不安そうにゆれていたその手を取り、しっかりと握る。一瞬、手を取られたルナはビックリしたように俺を見たが、手をキュッと握り返すと、とたんに締まらない顔になった。
 そんなルナを俺は微笑ましく思うと、前を歩くリリーに声をかける。

「しかし、思ったより人が多いね。見た感じ、あまり外には開かれている感じがしないけど…やっぱりそれは、色々苦労しているからなんだろうね?」

 俺のそんな言葉を聞いたリリーは、少し振り返ると、歩きながらその歩調を落とし、俺の右側に並んだ。
 そして、俺の方を見上げる、少し獣耳をぺたんとさせながら

「はい…。おっしゃるとおり、村では一族以外にはあまり心を開かない人が多いのです。ここに住んでいる人の多くは、元々、この集落に来る前に外で迫害を受けていたばかりですから…。本当は皆さんとても気の良い方達ばかりなんですが…。無遠慮な視線も多いとは思いますが、お許しください…。」

 そう、少し申し訳無さそうな、悲しそうな表情で言った。
 むぅ、こんな素敵な耳や尻尾を持つ人たちを虐げるとか、全く理解できない。
 この素晴らしい獣耳をみて気持ち悪い?ありえないだろう…。今も日の光を受けて鈍く輝く獣耳はとても綺麗で、そしてフサフサしたその毛並みはとってもさわり心地がよさそうだ。ちょっと落ち込んでしまっているためにぺたんと伏せてしまっているその形もまた触りやすそうで…触りやすそう…触りたい…!!
 俺の思いが暴発し、リリーが悲しそうに目を伏せていたこともあって、思わずその耳に手を伸ばし撫でてしまう。
 あ、しまった…思わず手をのばしちゃった…。しかし、この肌触り…この質感…このモフモフ具合…モフモフ…モフモフ!!最高だ!!

 突然頭と耳を撫でられたリリーは、ビックリしたように俺を見上げてきたが、頭をなでられる感触が気持ちよいのか、うっとりと目を細め、撫でられるままになっていた。尻尾が気持ちよさそうに、ゆさりゆさりと左右に揺れている。

 そんな至高の感触を味わっていると、俺は突然、左側から手を思いっきり引かれ、我に返る。
 俺がその先を見ると、ルナが正に「ぷー!」と言ったむくれた顔で俺を睨み上げていたのだった。
 しまった…やっちまった…。俺はそう、我に帰ると、ハハハ…とルナに気まずく愛想笑いをすると

「あー…、いきなりすまんかった…。ちょっとあまりに触り心地が良さそうなのでつい…我慢できずに触ってしまった…。申し訳ない。」

 俺はそう、きまりが悪そうに、2人に言い訳をした。
 ポーっとどこかに旅立っていたリリーだが、俺のその声を聞いて、ハッと我に返ると

「い、いえいえ。ちょっとビックリしましたが、お気になさらず。けど、いきなり触ると皆さんビックリしちゃいますから、ちゃんと聞いてからにして下さいね!」

 と、ちょっと慌てながら言ってきた。
 俺はそれに、「そりゃそうだよね。ごめんね。」と謝ると、リリーはニッコリとした顔を見せてくれ、また先頭を歩き出した。
 よかった…実は獣人にとってはセクハラでしたとかだったら、言い訳できないところだった、
 気まずさから頬をかく俺に、強化された知覚をもってしても、かろうじて聞こえる程の小さな声で

「あんなに耳をやさしく触ってくれるなんて…不思議な人…ふふ♪」

 と聞こえた。それを、俺は聞かなかったことにすると、そのままリリーの後に続いた。心持ちリリーの尻尾の揺れの勢いがよかったのは気のせいではないのかもしれない。
 その後リリーの家につくまで、およそ3分間、ずーっとルナの頭をナデナデすることで、ようやくルナの機嫌が直ったのだった…。自業自得とはいえ、村人の視線に侮蔑以外の奇異の感情が加わったのは言うまでも無いだろう。


 リリーの家は、村の東のはずれにあった。俺達が入った入り口は西側だったので、丁度村を横断した形になる。その家は、周りの家と変わらず日本家屋風の木造建築だった。しっかりとした造りだ。職人のこだわりが見える。うん、良いたたずまいだな。
 リリーは、引き戸である表戸をガラガラと音を立てながら開くと、

「ただいまー。お母さん。お客様を連れてきたよー。」

 と、奥に向かって声を上げる。
 その後、「すいません、ここで少しお待ちくださいね。」と言って、リリーは家の中へと姿を消した。
 扉の外で待つこと数分。リリーが開けっ放しの表戸から姿を現し、「お待たせしました。どうぞ。」
 と言って、俺達を家の中へ招き入れてくれた。

 入った場所は土間で、そのまま段を上がると居間となる場所だ。お、囲炉裏っぽいものもある。良いねぇ。風情があるねぇ。
 ルナはしきりに周りを見回して、目をキラキラと輝かせている。好奇心を刺激する光景だろうしなぁ。
 土間と居間の間の段差の前に、水の入った木桶とタオルと思われる布が置いてあった。
 俺らはリリーに伴われそこに近づくと、

「はい。ツバサ様は、ここで履物を脱いでくださいね。ルナ様は、その水桶で足を洗いますので、そこに腰掛けてくださいね。」

 そう言って、ルナを座らせる。
 その後、ルナはリリーに、足を洗ってもらっていた。
「うわー。裸足なのに綺麗な足!」とリリーはルナの異常なまでに綺麗な足に感動していたようだ。ルナはそんなリリーの様子を声も無く見ていたが、足を洗われるとどうやらくすぐったいらしく、しきりに身をよじっていた。

 俺も革靴を脱ぐと、二人の視線が外れている事を確認し、靴下と靴に滅菌の魔法をかける。これは俺が独自に開発した魔法だった。あれだ、俗に言う消臭剤とか、殺菌剤の代わりだ。便利なんだよね…これ。洗った後にこの魔法かけておくと臭わないんだよ。トイレには行かなくてもいいし、汗もほぼかかないから気にしなくていいと思ってたんだけど、やっぱ地面は湿ってるところもあって、臭ってしまう事もあるんだよね。
 俺が居間へと上がると、ルナも足を拭いてもらって俺の後に続く。

 リリーが、後から居間へと上がってきて、「どうぞそちらにお座りください。」と囲炉裏っぽいものの前を勧めてくれた。居間は囲炉裏を中心に木張りの床で出来ており、囲炉裏の前には丁度、掘りごたつのように腰掛けられるように段差ができていた。俺は、ルナと並んでそこに腰掛けると、リリーの様子を伺う。

 リリーは、俺たちの座った場所から、左手の方の木戸の前に跪くと、木戸の奥に声をかける。

「お母さん。お客様をお招きしたよ。開けても大丈夫?」

 それを受けて、木戸の奥より

「ええ、リリー。ありがとう。開けて頂戴。」

 と、声が聞こえた。
 リリーはその声を聞くと、木戸を横にスライドさせ、その扉に隠れた部屋の中を俺たちの前に露わにした。
 部屋の中には、正に元の世界でずっとお世話になっていた寝具である布団に横たわる、妙齢の女性が横になっていた。
 リリーは、そっとその女性を抱き起こすと、その女性は、布団に座ったままで、こちらに深々と頭を下げながら

「このような格好で失礼いたします。リリーをお助けいただいたそうで…。本当にありがとうございます。私は、この子の母でレイリと申します。」

 そう名乗ったのだった。
 髪はリリーと同じ金色だが、こちらは少し白いものが混じっている。髪に艶は無く、肌は白い。その姿に生気は乏しく、体調に深刻な問題を抱えていることは一目瞭然だった。
 しかし、そんな病状をおして、俺らの前にその姿を現すだけでなく、礼まで自分で言ってくれる。そんな様子に俺は親子共々、なんと礼儀正しいんだ…と感心しつつ

「無理をさせてしまったようですいません。丁寧なご挨拶ありがとうございます。私は佐藤翼。こちらは、相棒のルナです。旅をしていますが森で迷っていたところをリリーさんに助けられました。こちらこそ助かりました。改めてありがとうございます。」

 そう言って、座りながら腰を折った。
 そんな様子に、リリーは何故か戸惑うも、レイリさんは慣れた様子で、「ふふ。ご謙遜を。しかし、お気遣いありがとうございます。」と、顔を綻ばせた。

 うん、大人だ。こういう大人がいっぱい居てくれれば、世界も平和だろうなとふと、そんな詮無せんない事を考えたのだった。

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