比翼の鳥

風慎

第7話:家族

 俺に、リリーを娶ってほしい…だと?娶る=妻にする=結婚という構図が一瞬浮かぶものの、現実味が無い。
 正にベタベタではあるが、盛大に茶を噴出した俺は、内心、混乱しながらもレイリさんに真意を正すべく、問い掛けた。

「ゴホ…。し、失礼。いきなり、どういう事でしょうか?思ってもいない急展開で、正直私がついていけてないのですが…。」

 そんな俺の様子がおかしかったのか、レイリさんは微笑むと、「難しいお話では御座いません…」と、前置きした後

「私の今の蓄えでは…いえ、どんなに蓄えがあったとしても、ツバサ様にご恩をお返しするに足るものが御座いません。最初、私はツバサ様を…恥ずかしながら普通の人族と同じ様に考えておりました。しかし、お話を聞いて考えが変わったのです。あなた様は、我等獣人族の女性に、人族の女性と変わらない普通の女性像を当てはめて下さっております。それはつまり、女としての幸せをあなた様の元でなら、つかめる事を意味しております。」

 レイリさんは一気にそこまで話すと、いったん言葉を止める。そして、また、話し始める。

「人族の価値観の元では、獣人族の女性は幸せにはなれません…。しかし、しっかりと一人の女性をして愛して頂けるのでしたら、娘もその役目を果たす事が出来るでしょう。」

「私の自慢の娘ですからね。」と、少し得意そうに続ける。

「ですので、ツバサ様さえ宜しければ、不肖の娘ではございますが、貰ってやって下さい。」

 そんな風に、レイリさんは裏の畑で採れた野菜でも渡す感覚で言って来る。

 いやいや、そりゃあなた、あんな可愛い獣っ子、くれると言うなら喜んで貰いたい気持ちはありますけどね!?
 そう、ポンポン渡していいものじゃないでしょうに…。
 しかも、見れば母子家庭でしょ!?駄目でしょ!この子が出て行ったらレイリさんどうするんですか!?一人でこの家に住むとか寂しすぎるでしょ。
 まぁ、それ以前に、ルナで手いっぱいで、むしろ手を借りたいくらいなのに、また一人養うとか…無理過ぎ。

 俺は、心を鎮めるべく、茶をすする。はぁ、茶は良い。心が落ち着いていくのを感じる。
 そんな俺の複雑な心境を察したのか、レイリさんが心配そうに問い掛けて来た。

「やはり…娘では不足でしょうか…?…お恥ずかしい話ではありますが、もしお許しいただければ私も娘と共に精一杯ご奉仕いたします。このくたびれた体ではあまり喜んでいただけないと思いますが…伽なりなんなりお申し付けください。」

 ぶふぅーーーーーーーーーーーーー!?
 またも盛大に茶を噴出す俺。

 全然察して無かった!?むしろ悪化した!?
 親子丼とか何その幸せな状況!?俺の脳裏に浮かぶ2人の獣人。それはまさに金の野原…理想郷…ああ、埋もれたい…。
 ご奉仕!?今、ご奉仕とか言った!?ヤバい。ご奉仕されたい!!メイド服とか絶対に似合うだろ!2人のメイド服姿に、「おかえりなさいませご主人様♪」と、言われる姿に俺は心で悶絶する。 
 最期に伽とかもう、駄目だろ!?描写したら完全にアウトだ!って、駄目だ…駄目なんだ…押さえろ俺。消えろ桃色空間!!
 そんな俺の様子を、少し残念そうに、シュンとした顔で見るレイリさん。しかし、俺はそれに萌えるほど心にも肉体的にもゆとりが無かった。
 今日2回目の茶を噴出した俺は、むせつつも必死に平静を装い、なんとか声を出す。

「ゴホゴホ…。ちょ、ちょっと…、レイリさん。ゴホ…ご自分の体はもう少し大切になされた方が…。ああ、ありがとうございます。」

 そんな様子を見たレイリさんは、俺の隣にススッと近寄ると、優しく背中をさすってくれる。
 ふう…と、俺は一息つくと、横に座るレイリさんに、

「娘さんの事もそうです。何より、娘さんの気持ちも聞いてないじゃないですか。幾ら娘さんの幸せを願ってのこととはいえ、親の理想を押し付けてしまっては、娘さんが可哀相ですよ。」

「それに…」と、俺は更に続ける。

「もし、娘さんが私と一緒についてきてしまったら、レイリさんはどうするんですか。ここで…お一人で暮らすおつもりですか?私は旅人なのでいずれ、ここを去るかもしれません。そうなった時に、貴方を一人で残していくなど、私にはできませんよ…。」

 そんな俺の言葉に、レイリさんは嬉しそうに、しかし申し訳なさそうに、「ツバサ様…」と、泣きそうな顔をした。

「私は、2人の暖かな雰囲気がとても好きですよ。だからこそ、しばらくの間、その中に少しだけ混ぜて頂ければと思っています。そして、それは、ルナの為になるはずなのです。これは私では出来ない事なのです。」

 俺は、そこで言葉を区切ると、レイリさんの目を見つめ

「ですから、宜しければ、貴方たちの家族の末席に、少しの間だけ私達を置かせてください。そのお礼と言うのもおこがましいですが…レイリさんのその病状については何とか致しますから。」

 と、訴えかけた。
「ああ、ちなみに…」と俺は続ける。

「レイリさんはそんなにも綺麗なんですから、もう少し自信を持った方が良いですよ。今は病気のせいで少し疲れてしまっていますが、ちゃんと元気になったら、男なら誰でも放ってはおけない位、お綺麗なのは私が保証しますよ。」

 そんな風に俺がちょっとニヤリとしながら、言うと
 レイリさんはそれはもう、見事に俺の思惑通りに、真っ赤になって耳と尻尾だけワタワタしてくれた。
 その後で、レイリさんが「ツバサ様…意地悪です…。」と、ちょっと顔を赤くしながらも拗ねた表情に俺がノックアウトされたので、今回は引き分けだろう。

 その後、レイリさんには俺の出した条件で治療を行う事に同意して貰った。
 レイリさんは「取り敢えずの所、それでお願いします。」と、含みを持たせる言い方をしていたが、まぁ良しとしよう。

 そして、改めて落ち着いた雰囲気で、話し始める。
 と、そこでやっとリリーが目を冷ました。最初、自分がどうして囲炉裏の傍に寝ているのか理解できない様だったが、徐々に覚醒すると、微笑ましく見守っていた俺と、レイリさんの視線に気が付いた。

 リリーは慌てて涎をぬぐい、ドカンと音が鳴りそうなほど真っ赤になると「イヤァァアアアア!!」と悲鳴を上げながらそのまま他の部屋の奥へと一目散に逃げて行った。
 うん、まぁ、年頃の娘が、お客の前で泣きつかれた挙句、涎垂らして爆睡しているところ見られたら、そりゃ恥かしいよね。
 今頃、自分の部屋で布団被って悶えているのかと思うと、微笑ましさにも磨きがかかる。

「騒がしい娘ですいません…。」と、ちょっと苦笑しながら俺に声をかけるレイリさん。
「いやいや、可愛いじゃないですか。」と、俺。そして、俺の膝元に目を向ける。
 相変わらず気持ちよさそうに、スピ―と爆睡するルナ。
 こやつはまだ、ああいう羞恥心とは無縁の存在だからなぁと、ちょっと残念な気分になる。
 そんな俺は、レイリさんに

「これに比べれば遥かに女の子ですよ。」

 と、ルナを指さして苦笑するしかなかった。

 そうだ、ついでだから先に、ルナの事頼もうかな。
 俺は、レイリさんに、ルナに合う服が無いか、聞いてみる事にした。
 話をしていて分かったのだが、リリーの来ているあのエプロンドレスは、レイリさん作だったようだ。
 素晴らしい!こんな所に、裁縫師がいた!!
 どうやら、リリーの為に作りかけのものがあるらしいので、それを仕立て直してくれることになった。
 リリーには申し訳ないが、こっちは火急の要件だ。後で埋め合わせする事にしよう。

 レイリさんは早速その作業に取り掛かるらしい。ありがたい。
 ほぼ完成しているのではないかと思われるエプロンドレスと、ソーイングセットとおぼしき物を持って戻ってきた。
 何か手伝えることは無いかと聞いたのだが、特になさそうだった。

 ついでなので、下着についても聞いてみた。
 どうやらブラジャーに相当するものは少なくともこの村ではないとの事。基本はサラシのようなものを巻いているようだ。
 それは俺では、教えられないので、後でルナに教えてやってほしいと頼み込んだ。ええ、土下座する勢いで。
 そんな様子が面白かったのか、レイリさんは笑いながら承諾してくれた。

 俺は、ゆったりと進む時間の中で、どうやってレイリさんの治療を行うか考えていた。
 要するに、魔力欠乏が原因だから魔力を増やせば解決なのだが…そう簡単にいかないのだ。

 まず、レイリさん自身の魔力を増やす方法なのだが、これは正直確証が無いので試したくない。
 俺のやっていた、魔素分布をいじるやり方なら、多分全体的な魔力生成量は増える筈だ。ただし、どんな弊害があるか全くわからない。
 俺がたまたま、大した影響も無く増えただけで、獣人族ではまた違った変化が起こるかもしれないのだ。
 正直、いきなりやるには怖すぎる。
 イメージ的に、いきなり魔素を増やすと正気を無くしたり、バーサーカー化したりとかしそうだしな…。
 そんなレイリさん、絶対に見たくないし。

 そうなると、魔力を別の所から補う必要が出て来るわけだが…
 そのやり方にも色々あって、そこを絞り込む事に難航している。

 一つは、魔法をこめた道具を作成する方法。本来はこれがベストだ。作成に必要な材料と作成方法がわかれば、すぐにでも取り掛かれる。既に大気から魔力を生成する方法は、我が子達のやっていることを見て、開発できている。
 若干効率は落ちるものの、常に起動し続けられるので、問題は無いだろう。

 もう一つは、リリーやレイリさんに魔法を教えて、その魔法を使って他人から供給する方法。
 これは、村の人の協力によっては、少ない負担でレイリさんの回復が行えるのだが、逆に村人の反感を買った時が恐い。
 協力者がいなくなれば、共倒れの可能性が高いからだ。
 先程出て来た、大気から魔力を生成する魔法は、術式が複雑なため、魔法陣でないと厳しい。事実、ルナでさえも使用できないのだ。まぁ、ルナの場合は理解が足りていないというのが大きいのだが。
 うーん、やっぱり魔法陣をこめた道具を作るしかないかなーと、腕組みしながら唸る。

 窓から差し込む光が弱くなってきた頃、ようやく恥ずかしそうにリリーが現れた。
 耳はへにょんと垂れ下がり、ちょっと視線が下向きだったが、

「お恥ずかしい所をお見せして、すいませんでした…。」

 と、消え入りそうな声で言ってきた。
 俺は、「気にしないで」とだけ、言う。
 こういうのは下手に何かフォローしようとすると、本人の負担になるからあえて突っ込まない方が良いと俺は知っていた。
 そこで、俺は思い出したように「そうだ…」と言うと、暫くここでお世話になる事を伝えた。

 リリーはびっくりしていたが、俺が更に

「同じ女の子同士、分かる事も多いだろうから相談に乗って上げてくれ。ルナを宜しくお願いします。」

 と、頭を下げると、「いえ!?そんな!?こちらこそ!?」と、ワタワタしながらペコペコとお辞儀をしてきた。
 揺れ動く耳と尻尾を愛でつつ、うん、やはりこの子は和むなぁ。と、ほっこりする。

 そのペースで、俺は、リリーの服になる予定だったものを、ルナに1着分けて貰う事や、ルナは上の下着を付けてないので、暇なときに着け方を教えて欲しい事、などをお願いした。

 下着云々の話では、顔から湯気を出しそうな勢いで真っ赤な顔になっていたが、まぁ、俺相手じゃなければ大丈夫だろう。
 逆に、エプロンドレスについては、「やった!お揃いですね!!」と、とても嬉しそうにしていた。ほんと、良い子だなぁ。

 俺は、この家族を助けられて、本当に良かったと思いつつ、この家族との団らんを楽しんだのだった。

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