比翼の鳥

風慎

第8話:男衆

 とりあえず、いつまでも起きないルナをいい加減起こさないと不味い…。

 俺は、ルナを優しくゆする。と、「ほれー、そろそろ起きなさい。ルナさんや。」と声をかける。
 実は、このパターンは前から結構多い。この子は一度寝ると、なかなか起きないのだ。
 試しに起こさなかったら次の日まで起きなかった事もある。
 ルナは、「んうー」と、よく分からない声を不満げに出していたが、根気強くゆすっていると、ムクリと起きた。

「おはよう…ございます…。」

 と、眠そうな目をこすりながらフラリフラリと、頭を揺らし起き上がるルナ。
 そんな様子を見て、レイリさんとリリーは、微笑みを浮かべる。

 レイリさんが仕立ててくれていた服は、完成していた。結局、ほぼできていたとはいえ、3時間くらいで作ってしまった事になる。凄い人だ。基本の色は白で、丁度ルナの色にマッチしている。まさにおあつらえ向きというやつだ。
 この布とかどこから仕入れているんだろうなぁ。
 俺も少し習って裁縫とか出来るようにならないと…。俺の服もいつまで持つかわからないしな。

 リリーがルナに声をかけて、先ほどリリーが消えていった部屋の奥へと連れて行った。一瞬ルナは俺の方を見たが、俺が笑顔で送り出すと、素直にリリーに着いて行った。どうやら早速着替えるらしい。
 レイリさんも一緒になって付いていったので、俺は囲炉裏の傍で座ってのんびりとお茶をすすりながら待つことにする。
 さてさて、どんな感じになるかな?リリーの着ていたエプロンドレスはかなり凝ったつくりだ。もう少し落ち着いた感じにすれば簡易メイド服といっても良い。うん、ルナにも良く似合いそうだった。
 奥からは、女性たちの「キャー」とか「綺麗!」とか、なんとも気になる発言が聞こえてくる。

 俺は気晴らしに、何気なく掛けっぱなしの感知魔法に目を向ける。
 そうそう、魔法陣って一回発動すると俺が意識的に切らない限り、永続するものもある。特に強化型や探知型はそれに当てはまるのだ。俺の体には常に防護魔法はかけてあるので、不意の攻撃にも対応できる。ティガと戦ったときも、これがあったから怖くなかったしね。まぁ、あまりにも強力な攻撃は難しいが。とりあえず、ルナの本気の攻撃も辛うじて防げるから、大抵の攻撃は大丈夫だろう。
 さて、そんなわけで、俺の身体強化も、感知魔法もティガと戦ったときのまま、発動し続けていたわけだが…。
 その感知魔法に今、変な動きが引っかかっている。広場とおぼしき場所に、15人くらいの獣人たちと思われる反応が終結しているのだ。単に何かのパフォーマンスとかならいいのだが、先ほどの住人の視線を考えるに、あまり良い想像は出来なさそうだ。
 俺は奥の様子を窺うが…まだ、なんかキャーキャーやってる。楽しそうだなぁ。この雰囲気に水を差すのは、野暮って物でしょう。
 俺は、こちらに向かって動き出した多数の反応を見て、ため息をつく。はぁ、これはちょっと面倒なことになりそうだなぁ。
 このまま座して待つのも良いが、そうすると向こうで楽しげにしている女性達の水をさすことになるかな?まぁ、どうにもならなくなったら声をかけることにして、とりあえず俺が対応して見るか。

 俺は、よっこいしょと、立ち上がると、革靴を履き、表へと出る。
 表へ出ると、表戸を閉め、俺は家の壁によりかかり空を見上げつつ、集団が来るのを待った。
 徐々に夜のそれへと移って行く空。それは燃えるように赤く、浮かぶ雲もその色へと染め上げられ、見事なコントラストを描いている。
 木々の間からは、真っ青な月がその姿を昇らせようとしていた。この絶妙な色具合が幻想的な雰囲気を更に深めている。
 そんな哀愁誘う光景を何となしに見ていると、視界の端にご一行様が見えた。
 俺は、その視線が集まるのを確認すると、今気がついたとでもいうように、少し表情を作り、その集団に向かって姿勢を正す。

「こんばんは。今日も月が綺麗ですね。」

 俺は、そんな風に月を見上げつつ、集団に向かって声をかける。
 その集団は全員男で、しかも結構血の気の多そうな顔をしていた。服は、着ざらしとでも言っていいのか…ぶっちゃけ思い思いの服装だが、殆どが自分の肉体を誇示する格好…体よく言えば上半身裸に近いものが多い。そのお陰で、彼らのたくましい肉体が見て取れるわけだが、腕や胸に傷のあるものもおり、いかにも荒事が大好きですと言うオーラを全身から発している。
 うーん、やはり獣人さんは強さをアピールしないともてないんだろうなぁ。なんか、どっかの世紀末を思い起こされるわー。

 そんな俺のひょうひょうとした態度が、あまりお気に召さなかったのだろうか。それとも、単なる地か…たぶん後者なんだろうな。獣人の一人が、苛立つように声を上げる。

「貴様か?この里に入り込んだ人族は。リリーお嬢さんに何をした?」

 完全にしょっぱなから敵対モード全開だなぁ。まぁ、イメージどおりだけど。
 俺は自分の想像通り過ぎて逆に面食らいつつ、

「リリーさんが森の奥でティガ…でしたっけ?あれに囲まれていたのでお助けしたんですよ。あ、私は佐藤翼と…」
「ふざけるな!貴様らひ弱な人族が、そんな事できるはずがないだろう!!貴様!リリーお嬢様を怪しげな魔法でたぶらかしたな!?でなければ、お嬢様が…そのお耳をなでさせるなど…ぐあああああ!貴様!許さん!!!!」

 俺は、丁寧に説明し、自己紹介しようとしたのだが、勝手にヒートアップし勝手に暴走し始めた…。
 え?何この脳筋馬鹿。しかも、昼間のあれか…リリーの頭を撫でてたのを見てたか知ったか…それで逆上って…。
 つまりこの集団はあれかな?リリーの親衛隊とかファンクラブ的なやつか?
 俺が頬をかきながら困惑していると、他のやつらも、「許さん!!」とか、「御嬢の耳!!俺も撫でてぇ!!」とか、「むしろ尻尾を!!」と血の涙を流すかのごとく怨嗟を放つ。ああ、なんだろう、ちょっとこの光景に何となく変なシンパシーを感じる俺がいる。俺も基本そっち側だしなぁ。
 困った。何となく俺の中で良くわからない仲間意識が芽生えてしまった。
 本当は叩きのめしてお帰り願おうかと一瞬考えたんだが、それもかわいそうに思える。

「あー。ちょい落ち着け…。気持ちは凄く納得でき…って、あぶね!?」

 そんな俺の憐憫の情など知らないリーダーと思われる獣人君が、吼えながら俺に飛び掛ってきた。
 こら!?それは駄目だろう!二撃目も俺はとっさに、体をひねってかわす。
 駄目なんだって、俺にヒットさせたら拳割れちゃうから!!と、焦りつつも次々にリーダー(仮)の攻撃をヒョイヒョイと回避する。

 あー、けど、あれだな。改めて実感したけど、魔法を避ける練習すると、拳とか止まってるようにしか見えないな。
 ルナの射出する氷の槍や、風弾に比べれば全然…。あれは凶悪なスピードと破壊力だった…。風弾に至っては見えないし。強化した知覚でも捕らえられないから、完全に感覚でかわすしかないもんな…。流石に、俺の周囲が弾で埋め尽くされたときは死ぬかと思った

 そんなどうでも良い事を考えつつ攻撃を避けていたが、しばらくすると、リーダー(仮)の動きが鈍ってきた。そりゃあんだけ攻撃してれば疲れるよなぁ。
 しきりに、「くそ!ちょこまかと!」とか、「貴様!卑怯だぞ!当たりやがれ!!」とか、無茶なことばかり言ってくる。
 もう、典型的なやられキャラのイメージを確立したリーダー(仮)に俺は同情しつつ、しかし避ける。いや、当たったらマジで拳砕けるからね?結界張ってますからね?え?結界消さないのって?消さないよ?怖いもん。

 ちなみに、他のやつらは完全に応援モードである。あんたら助けてやれよ。
 もう、リーダー(仮)は、完全に息が上がっている。まったくこの程度で情けない…。さて、止めといくか。
 俺は、ゆっくりとなったストレートパンチを体をひねりながら肩口でかすらせる様に避けると同時に、左手で手首を取り、右手ひじ裏挟んで脇付近をロックする。
 そのまま俺の背中を相手の胸に合わせつつ、腰を若干落とす。
 相手のパンチしてきた勢いのままに、腕を引き落としながら俺は前に倒れこみつつ、伸び上がる。これで相手は俺の背中から空中へと飛び出していく。
 まぁ、ただの一本背負いだね。綺麗に半円を描いて地面へと背中から打ち付けられるリーダー(仮)。地面に当たる瞬間、腕を引いて勢いを殺してるからあまり痛くは無いはずだ。受身を取れば…だが。

 一瞬にして辺りはシーンと静まり返る。ゼィゼィと、リーダー(仮)の息だけがまわりに響いていた。
 俺は、未だに呆然とするリーダー(仮)に、

「少しは落ち着けって。いきなり殴りかかっちゃ駄目だろう。もし俺があんたの言う、卑怯な人族なら、とっくにこいつら全員ミンチだぞ?」

 俺は、周りにもけん制のつもりで、ギロっと視線を飛ばしながら、そうたしなめる。
 リーダー(仮)は、少しは俺との力の差を感じたのか、耳をぺたんと伏せながら、俺の方を見ていた。
 やべぇ、こんな脳筋野郎の耳でも、和むのは俺がおかしいのか、獣耳が素晴らしいからなのか…。
 俺は少し、そんな自分の考えに失笑しながら、

「ちょっと待ってなよ。今、リリーを呼んでくるから。」

 そう言って俺は、彼女を呼ぶべく家の中へと入る。
 後ろで、リーダー(仮)を助け起こす気配が感じられるものの、こちらに襲い掛かってこようとはしていなかった。
 うむ、聞き分けが良くて良い事だ。

 俺が家の中に戻ると、丁度奥の部屋から、リリーが出てきた。
 レイリさんは、ルナの服の細かいところを修正しているらしい。なんだ?細かいところって。

 どうも、3人とも外での騒ぎに気がついたらしい。それで様子を見に来たらしいのだ。
 おあつらえ向きなので、そのままちょっと付いてきてもらうことにする。
 表戸を開けながら、なんかリリーの様子を心配して友人達がきてるよ?と説明しておいた。

 リリーは外に出て、大人数の男衆が勢ぞろいしている状況を見て、目を丸くしていた。
 逆に男衆はリリーの姿を見て、皆一様に、安堵の表情をみせる。まぁ、良いやつらなんだよね。方向性間違ってるけど。
 そのうちの一人が、「リリーお嬢さん、お怪我は無いですか?」と話しかけてきて、リリーは、「は、はい?」と、怪訝な顔で応えていた。

 俺は、家の外壁にもたれかかり、腕を組んでその様子を見守っていた。
 騒動の元凶である俺がいると、男衆も本音を出せないだろうし、リリーに危害を加える様子が無いこともわかっていたからだ。
 こういう事は言える内に吐き出してしまったほうがすっきりするって物だ。まぁ、俺の事はぼろ糞に言われるだろうが、それ位は気にしない。自分にかかる火の粉ならどうとでもなる。ルナがいたら暴発する可能性があるから危険だが、今は家の中だから大丈夫だろう。

 俺はこの場にルナがいないことに心底安心しつつ、この話がどういう方向に転がっていくのか、興味深く見守るのだった。

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