比翼の鳥

風慎

第11話:心の壁

 俺の絶叫に、シレッとした顔で、レイリさんは「どうぞこちらへ…」と、空いている布団を進めて来る。

 いやいや、何当たり前の様に勧めてるんですか…色々突っ込みどころがあり過ぎて、どれから突っ込んでいいかわからないよ!?
 ちなみに、俺はまだ知覚を強化しているため、暗いながらも皆の様子が手に取るようにわかる。
 そして、レイリさんの方をみると、目が金色に光っていた…。何それ!?ちょっとカッコいいけど、この場面だと俺、食われそうで怖いよ!?
 俺はそんな思考を押しとどめて、とりあえず、レイリさんに問いただそうと、声を発した。

「あの…レイリさん…これはどういうことでしょうかね?」

 そんな俺の疲れた声に、レイリさんは「何がでしょうか?」と、小首を傾け答える。
 何がと言われたら、そりゃこの状況全部だよ!?なんで、全員集合してるのかな!?しかも、なんでぴったりとくっつけてるんですかね!?

 そんな俺の心の叫びなど聞こえる訳も無く、レイリさんは「はて?」と、なおも考えるようにつぶやく。
 いや、絶対、それ確信犯だから。もう、俺がどういう行動するか分かったうえでやってるっしょ!?
 そんな俺達のやり取りを、ルナは不思議そうに見つめていた。うん、そりゃ君は俺と寝れればそれでいいんだろうからね!?俺の精神力は確実に削れるが!!
 俺は、ここで負けたら後が無い…と思い返し、レイリさんに声をかける。

「とりあえず、突っ込みどころが多すぎてどうにもならないのですが、何故、皆で集まっているのか…という事と、何故にそこまで密着しているのかと言う点をお聞きしたいですかね…。」

 それに対して、レイリさんは、「あらあら…」と、微笑むと

「それはツバサ様。私達家族がいつも寝ているのと同じようにしているからですわ♪」

 などと、実に楽しそうに、うそぶきやがった!!
 絶対に違うっしょ!?部屋分かれてましたよね!?

 更に、レイリさんは、続けて

「それに、ツバサ様?先程の契約の件。ツバサ様は私たち家族と同じ様に扱ってほしいと、申されました。なので、このようにした次第でございます。家族が一緒に寝るのは当然ではないですか。」

 確かにそう言いましたけどね!?ええ、楽しく、健全に、家族としてお願いしたかったんですけどね!?どこに見ず知らずのおっさんと未亡人を同じ布団に迎える家族がいるんだよ!?誰も、布団の中まで同じにしろとか言わないから!? 
 っていうか、その執念が凄いや!もうどうやっても俺と同衾させたくて仕方がないらしい。
 俺は心の中で絶叫しながらも、息も絶え絶えに言葉を発する。

「いや…勿論分かった上での、この所業だと思うんですけど…私も男ですよ?今まではルナだけだからどうにか我慢できた部分もあるんですが…こう綺麗所に囲まれてしまっては、私は理性を持たせる自信が無いんですけど…」

 なんとも情けない話だが、俺は超人でもなんでもない。しかも、経験無しの三十路男だ。こんな状況に追い込まれたら間違いを起こしかねない。
 そんな情けない俺の言葉に、レイリさんは「フフフ…」と、まるでかかった!とでも言いたげな笑みを浮かべると、

「そんな…ツバサ様。先程私はお願いしたではないですか…。伽だろうと、ご奉仕だろうと何なりとお申し付け下さいませと。お辛いのでしたら我慢する必要は御座いません。どうぞ、このようなみずぼらしい体で宜しければ、存分にお使いください。」

 そう言って、レイリさんは、着物の前を少しはだけ、綺麗な形をした御胸を…って、見てどうするよ!?つか、サラシどうしたんですか!?サラシは!!
 俺は、視線を強引に反らすが、自己主張された素晴らしい光景が目に焼き付いていて、なかなか顔のほてりが取れなかった。
 くっ…まんまとやられた!と俺は、自分の発言を後悔した。正に、そんな俺の言葉を待っていたのだ。
 やっぱりレイリさんは、お礼の件を諦めていなかったんだ…。何たる執念。

 そこに、俺達の会話を聞いていたルナが、更に追い討ちをかける

「ツバサ、苦しいの?何か我慢してるの?ルナもご奉仕?しようか?」

 と、最大級の爆弾を投げつけてきやがった。
 俺は、ゴフッと、小さく咳き込むと、ガックリと膝を付く。
 それは、駄目なんだよルナさん。知らないでも、大きいお友達からすれば正に、恐ろしい破壊力をもった言葉なんだよ。
 そんなあどけない様子のルナにさえ、今の言葉で一瞬劣情を抱いてしまう俺が確かにいる。駄目ジャン!?

 そんなルナの言葉に、レイリさんは嬉しそうに便乗すると、

「そうねー、一緒にツバサ様にご奉仕しましょう!」と、それはもう嬉しそうに言っている。

 あんた何も知らない子に何させる気だよ!?マジで勘弁してくださいよ!?
 それは絶対に駄目だってば!!あんた、良識ある大人だろうが!!
 あんたのその行動は大人すぎて、3週くらい回って確実に駄目な人になってるよ!?
 しかも、さっきは味方に見えたけど、蓋を開けて見たら全然味方じゃなかったよ!ある意味ラスボスだよ!?
 と、ともかく、ここで寝たら俺の精神力は確実に負の領域に突入する。よし、とりあえず離脱しよう。

「い、いや、ルナ?俺は大丈夫だからそれだけはやめておこうな?な? レイリさん、俺は今日は囲炉裏の横で寝ますから。ええ、断固、そうさせて頂く決意なので!」

 俺が、シュタ!と、音がしそうなほど手を上げて、そう言い切ると、レイリさんが、

「あらあら、そんな特殊な場所でお望みですか?ふふ、ツバサ様ったら、結構大胆ですね♪」

 と、恥ずかしそうに微笑み、ついで「ツバサがそっちで寝るならルナもそこで寝るよ!」と、布団から出てこようとする。
 もう!!何なのこの人たち!?俺は静かに平穏に寝たいだけなんだってば!!
 そんな俺の様子を見て、レイリさんは少し不思議そうに

「ツバサ様。本当に私どもの事はお気になさらず、使って頂いて結構なのですよ?むしろ、少しでも私たちの事を女性として見て頂けるのであれば、逆にそこまでお拒みになる理由を是非、知りとうございます。やはり、獣人族の女性とは寝所を共に出来ないというのであれば、私は残念ではありますが、従います。」

 そう、少し悲しさの混じった声で話しかけてきた。
 そんな言葉を受けて、俺は傍と、なんでここまで頑なに、皆と寝る事を拒むんだろうと、冷めた考えがわき上がる。

 恥ずかしい。うん、恥ずかしい。何でかって言えば、そりゃこんな綺麗どころの女性の方々と隣り合って寝ること自体俺には恐れ多いことだ。

 手を出してしまいそうで、嫌だ?んー、手を出すこと自体はレイリさん限定ではあるが、問題はないとご自分で仰っている。
 それでも、そういう関係の持ち方は嫌だと言う自分がいることにも気がつく。
 じゃあ、手を出さなければ良いじゃないと思うも、そこは自分の理性を信じられない自分がいる。
 やはり、人並みに欲望はあるのだ。しかも、綺麗どころがわんさか。これで心が動かなければ男ではないと思う。
 おれ自身の貞操?そんなもの別にどうとも思っていない。むしろ、無くす機会が来ればいいと思っていた。

 もし、失敗したらどうしようか?手を出して下手くそで嫌われたら?

 なるほど、なんてことは無かった。俺は自分で自分の事を信じてないだけだ。
 もっと簡単に言えば自信が無い事を言い訳にしているだけだ。
 そして、そんな事でこの関係を崩してしまいたくないと本気で思っている俺もいた。
 そう、それは、嫌われる事を嫌がっている俺の心。そして、彼女たちを信じきれない俺の心。
 けど、それは俺の自信の無さから来る、恐れだ。
 そうか…俺は知らず知らずのうちに、自分を守るために体を重ねることを忌避するようになっていたんだな。

 それに、どうも、この世界の人たちの貞操観念は俺の持ってるそれとは少し違うように思う。
 ディーネちゃんも、レイリさんも、まぁ、彼女達が特殊なだけかもしれないが、体を許すことに関して寛容な気がする。
 それは、勿論俺に対する好意とか、それに類する気持ちがあるのかもしれないけど、それにしたって文字通り性急過ぎる。
 やはり、いつ死ぬかわからないという命の危険が付きまとう世界だからだろうか?女性は特に子供を宿せる期間は短いしな。より、そういったことに寛大な風習なのかもしれない。

 今の俺では、やはり彼女たちに手を出すことは出来ない。俺の心が行為についていかない気がする。
 けど、必要以上に避けるのも、お互いにとって良くないことか。悶々とするのも恥ずかしいのもやはり慣れなのだろうか?
 それに、少しづつ慣らしていけば、相手の事を知っていけば、いつか簡単に壁を越えられる日が来るかもしれない。

 よし、これは練習だと思うようにしよう。まずはチャレンジしなければ何も始まらない。

 俺は、腹を決めると、思案に沈む俺を、少し不安げに見つめるレイリさんに目線を合わせるために正座した
 そして、俺はレイリさんに向き合うと、俺の気持ちを吐き出す。

「レイリさん、不安にさせちゃってすいません。私…いや、もう敬語もなるべくやめます。自分で言ったことだし。えーっと、とりあえず、レイリさんがそこまで俺をなんというか…あー、上手く言葉に出来ないな。まぁ、体を許してくれるくらいまで信用してくれていることがまず、嬉しいので、それに対してありがとうございます。」

 そう言って俺は頭を下げる。そんないきなり雰囲気の変わった俺を見て、驚いた顔をしていたが、すぐに満面の笑みへと変わり、「やっと本当のツバサ様を見ることができました。」と、嬉しそうに言ってくれた。
 そんな俺は、自分でも無意識に作っていた壁があった事を改めて感じると、

「すいません…さっきのレイリさんの一言でやっと気づけました。俺、思った以上に余裕が無かったんですね。ですから、どうしても壁を作ってしまって、自分の心に誰も入れないようにしてたみたいです。それは、ルナにもそうなってしまっていたようで…ごめんな、ルナ。」

 そんな俺の様子に、今まで成り行きを見守っていたルナは、首を振ると

「ツバサが苦しんでいたのわかっていたから。何かはわからないけど、ルナのせいかもしれなかったから…。」

 そう言って、少しうつむいた後、ちょっと寂しそうな悔しそうな顔で、「ごめんね…ツバサ」と、言ってきた。
 今にして思えば、あの過剰なスキンシップは、俺の変化に対する戸惑いや焦りの表れだったのかもしれない。つまんない意地張って、俺は知らず知らずのうちに、ルナを傷つけていたんだな…と改めて思い知らされる。

 俺は、黙ってルナの前へ移動すると、何も言わず正面からルナを抱きしめた。
 そんな俺の行動に、ルナはビックリしたようだったが、暫くすると、ルナも俺の腰に手を回してきた。そして、「えへへーーー」と肩越しから、それはもう本当に幸せそうに笑う雰囲気が伝わってきた。

 考えて見たら、俺はここ最近、自分からルナを抱きしめてあげたことが無い事に思い当たったのだ。常にルナのほうから抱きついてきていた。
 馬鹿か俺は。自分の愚かさに自分自身に怒りを覚える。こんな事くらい幾らでもして上げられたじゃないか。そりゃ、恥ずかしさとか、気まずさはあったにせよ、それは俺が過剰に意識しすぎたからだ。結局、意識しすぎてルナを傷つけるとか本末転倒過ぎて笑えない。
 最初は恥ずかしいかもしれないけれど、少しづつ慣れて行こう。ルナならもう少し気安くスキンシップできそうだしな。

 などと、考えているといつの間にか、ルナの体から力が抜けていることに気がついた。
「ルナ?」と、声をかけると、可愛い寝息で応えてくる。どうやら眠ってしまったようだ。今日は本当に色々あったしな。
 俺は、ルナを布団に横たえると、レイリさんと向き合う。

 そんな俺とルナの様子をレイリさんは優しい微笑を浮かべて見守ってくれていたのだった。

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