比翼の鳥
第25話:快晴
久々に、本当に深く、ゆっくりと寝ることができた。
そして、徐々に浮上するようなまどろみを感じつつ、ゆっくりと意識を覚醒させていく。
浮上した意識が感じたのは、四方八方から襲い来る柔らかさと暖かさだった。
は?と、思うも、目を開けても、そもそも視界が真っ暗だったのでどうにもならない。心地よい弾力とぬくもりに包まれていて、幸せなのだが同時にわけがわからなくて焦る。
腕を動かそうとしたが、これまた弾力のあるものに挟まれ、動けない。右腕は、完全に埋没しており至福の感覚を伝えてくる。左腕は右腕ほど重量感はないものの、申し訳なさそうに挟みこむ感じが、逆に新鮮で気持ちが良い。
右足と左端はそれぞれ、腕とは違ったぬくもりに包まれていた。時々、足に息が当たるのがわかる…って息!?
そこまで思考が到達して、やっと意識が完全に覚醒する。
俺は、右手と左手の手先を使って、何が俺の腕に巻きついているか探る。
右手にも左手にも、何故かフサフサな感覚が…。これは、尻尾か?
俺は、その尻尾の感覚を丁寧に探るように、撫で回す。
「やん♪」とか、「ぅん!」とか、色っぽい声が聞こえて、レイリさんとリリーの存在を確信する…。
ちなみに、俺の息子は辛うじて、自己主張するのを止めていてくれていた。
排泄の必要のない世界でよかったと、今にして初めて思う。もし普段だったら、それはもう、朝の日課のごとく俺の意思に反して自己主張していたはずなのだから…。
両足の付着物は大きさ的に、此花と咲耶ではないかと思われる。レイリ・リリー親子のような、そのけしからん主張物が無いので。
幼子特有の柔らかさがそれはそれで気持ちがいいのだが。
って、んなことはどうでも良い。ということは、この視界を遮る暖かで柔らかい素敵な感触はルナのものかと、思い至る。
俺は頭をルナに抱えられているのか…だからなんも見えないのね…。良く見れば若干何かが上下している感覚を得られる。ルナの呼吸に合わせて胸だか腹だかが動いていると判った。
しかし…、寝る前に結界を張ったはずなんだが、どうやって中に入ったんだ?
今回はかなり本気で張ったから、そう簡単に破けるはず無いんだが…。
俺は意識を結界に向けるが、結界はもう発動していないようだった。
どんだけ凄い攻撃を加えたんだろうか…下手な攻撃の仕方をすれば家ごと吹っ飛ぶと思うんだが…。
一瞬、更地の中で皆に抱きつかれて寝ている自分を想像し、背中を寒気が襲う。
いや、そんな馬鹿なことがあってたまるか…。そんなアホな理由で村が無くなるとか冗談じゃないですよ!?
俺が、変な妄想に取りつかれてガクガクしていると、そんな様子に気が付いたのか、ルナが目を覚まし、俺の視界からモゾモゾと、移動していく。
おう、女の子の体に頭を蹂躙される感覚とか、新しすぎて表現できない。
色々柔らかかったとだけ言って置く。
そして、ルナが俺から離れると、上から眩しい日の光が降り注いでくるのが分かった。
もう朝と言うより昼なのか…。
眩しそうに眼を細める俺を覗きこむ様に、ルナは上から「おはよう。ツバサ!」と、明るく言ってきた。
盛大に照りつける日の光を、ルナの髪は反射し、それはそれは綺麗にキラキラと輝いていた。
ルナの表情は逆光になり見えないが、きっと良い笑顔を浮かべているのだろうと言う事は見なくてもわかった。
「おはよう。ルナ。今日も良い天気の様だな。」と、俺も笑顔で返す。
ふと、周りをみると、右腕にレイリさんが、左腕にリリーが、絶対にはなすもんか!という勢いでがっちりと巻き付いていた。
部屋には布団が人数分敷かれているにも関わらず誰も使っておらず、何故か全員俺の布団に集合して丸くなって寝ていた。
居間へと続く戸は何故か開け放たれていた。昨日、あの後何が起こったんだ…。
ちなみに、わが子達は掛布団の中に隠れていて見えないのだが、感触的に足に絡まっていると思われた。
2つの山が規則正しく微かに上下しているようにも見える。
俺は、もう一度視線を獣人の親子にそれぞれ向ける。その顔はとても満足している様子だ。
そして、2人とも、その艶やかで金色の髪を日の光で輝かせ、神々しいまでの光を放っていた。
そこまで考えて、俺は強烈な違和感を感じる。ん?なんか変だ。何が変なんだ?
数秒程俺は考え込むと、ハッ!?とその違和感の原因に行き当たる。
俺は、天井のあるべき場所を見つめる。
そこには、抜ける様な青い空と、燦々と降り注ぐ光があった。
「ちょ!?ばっ!おま!?ルナさん!何やったんですかぁぁあああ!!!」
そんな俺の絶叫が、屋根の無い家を抜け、ルカール村に響きわたったのだった。
俺の絶叫で目が覚めた皆は、とりあえず挨拶もそこそこに、ご飯の準備に取り掛かった。
俺も手伝おうかと思ったのだが、「お気になさらず、居間でお待ちください。」とのレイリさんやリリーの言葉に甘えて、居間でお茶をすすっていた。
畳に囲炉裏のある部屋に、燦々と日が降り注ぎ、そこでお茶をすする。
そんな良く分からない経験をしつつ、俺は皆が食事を和気あいあいと作る風景をホッコリとした気持ちで眺める。
今回は、此花と咲耶も料理に参加しているようだ。
此花が真剣な顔で、菜っ葉のような物を水で洗っている。水道も無いのにどうやって…って思ったら手から無尽蔵に水が出ていた。
此花は洗い終わった野菜っぽい何かを後ろも見ずに空中へと放り投げる。
それを、ルナと咲耶が、笑いながら切り刻んでいた。
恐らく、風と水の魔法なんだろうな…。
包丁の音とか全く聞こえない。高周波と切断音がひっきりなしに聞こえるだけである。
なんだろう、この残念な気持ちは…。
やはり日本人の調理イメージである包丁の音とみそ汁のにおいが無いからなのだろうか?
俺は、元の世界の平和な料理風景に望郷の念を抱きつつ、食事が出て来るのをのんびりと待ったのだった。
そんな感じで、食事も美味しくいただき、ゆったりとしたひと時となったので、俺は天井が忽然と消えた訳を皆に問いただす事にした。
「それは…そうですね…。そろそろ天井を変えようと思いまして。ねぇ?リリー?」と、レイリさんが何故かリリーに振る。
どういう理由だよ!?まだ、竜巻が突然来て壊れましたって言った方が信憑性があるよ!?
リリーは突然自分にお鉢が回って来るとは思ってなかったのだろう。急に挙動不審になりながら、
「え、えと、そ、そそそ、そうですよ!!ちょっと、夜空がみたいなー…なんて…思いまして…。」と、どもりながら、どんどん声が小さくなっていくリリー。
流石に、リリー自身でもその理由は無いだろうなーとか思っているのがありありと分かる態度だった。
そんな2人の必死のフォローが分かったのか、ルナは「違うの…ルナがやり過ぎちゃったの。」と、自分から予想通りの回答を呟く。
やっぱりかー。しかし、ちょっと自信あったんだけど結界が破られるとは…。ルナ侮りがたし…。
きっと、皆で煽ったんだろうと言うのは想像に難くない。今回はルナだけでなく、俺も含めて皆で調子に乗ったせいだなぁ。
そんな事を俺が考えていると、
「ごめんなさい。レイリさん、リリーちゃん。壊しちゃった所直します。」
と、ルナがしっかりと謝っていた。俺はそんなルナを見てちょっと感動していた。
ちゃんと、自分で考えて自分で許して貰おうと行動している。ルナの成長が垣間見えて嬉しかった。
「そんな!ルナちゃん!!元はと言えば、お母さんが、渋るルナちゃんにやっちゃって良いって言ったのが悪いんだし!」
「そうですよ、ルナさん。私がお願いしたのですから気にする必要はありませんよ?」
リリーとレイリさんは、親身になってルナのフォローをしてくれていた。愛されているなと、実感できるね。
つか、屋根がぶっ壊れても良いからやってしまえって…どんだけ俺と同衾したいんだよ!!と、俺は飽きれる。
「レイリさん、リリー。今回はすいません。元はと言えば、俺がちょっと過剰に結界を張った事も原因でしたので、俺とルナで直します。」
と、俺はルナを援護する意味も込めて頭を下げる。
そんな俺の様子に、レイリさんとリリーも、「いえ!そんな!」と逆に恐縮してしまう。
俺の申し出を聞いたルナも少し申し訳なさそうに…しかし、それ以上に嬉しそうにしていた。そりゃ、不安だったろうなぁ。一人で直すとか無理があり過ぎるだろう。
ともあれ、親しいとは言っても、ケジメはしっかりとつけるべきだろう。
ただ、2人とも何か変な負い目を感じてしまっているようなので、俺もそれを解消すべく動く。
「ただ、すいません…。俺は屋根どころかモノ作りに携わった事が無いので、申し訳ないのですが、職人さんを紹介してくれませんか?」
そんな俺の言葉に、レイリさんは頷いてくれた。何かこちらに便宜を図ってくれれば、それはそれで気がまぎれると言う物だ。
早速、その職人さんの所に行く事になった。今回はリリーが案内してくれるらしい。
そして、レイリさんとわが子達がお留守番だ。
何故か総出で盛大に見送りしてくれた。なんでやねん。
てか、此花と咲耶は他の人に見られると色々面倒だから早く家に入れ!とか思っていたのだが…。
そんな俺の想いを無視して、「お父様ぁぁあ!!早く帰って来てね!!」とか、「父上ぇえ!!この咲耶、何時までもお待ち申し上げております!!」とか、凄い大げさに声をかけてきやがった。
絶対ワザとだ…。流石、俺とディーネちゃんの子。変なところでひねくれている。
まぁ、けど、最近なんかドタバタして構ってあげられてないから許そうと思い至る。
時間があれば、わが子達ともマッタリ過ごそうと思った。
俺の左腕をルナががっちりとホールドし、俺の右手をリリーがおずおずと言う感じで握っていた。
ルナは本当に楽しそうに、ニコニコしながら俺の手を両手で抱いている。
この腕に当たる柔らかさにいつか、気恥ずかしさを覚えなくなる日が来るのだろうか?絶対に無理だと思うんだが…。
対してリリーは、本当に申し訳なさそうに、軽く俺の手に手を添えるだけだった。それがまた、男心をくすぐる訳だが。
柔らかく、手に力を込めるとリリーは一瞬、ピクッと獣耳と尻尾を立てるのだが、その後、手を握り返して来て、耳と尻尾がへにょへにょと動くのだ。
しかし、何この両手に花状態。さっきから、男どもの視線が突き刺さって痛いんだが…。
どうやら、特にリリーにしては積極的ともいえるこの行動が、群衆に動揺を広げているらしく、常にざわついた雰囲気の中を歩いていくこととなった。
職人さんの家に着くと、流石に2人とも俺から離れた。
リリーを先頭に、職人さんの家へとお邪魔する。
「カスードさん!いらっしゃいますかー?」
そんなリリーの声に、奥からのっそりと黒い毛並みの獣人が現れる。
その男性の獣人は、黒い耳に黒い尻尾。髪も黒ければ、胸毛も黒い…てか、今まであった獣人の中で一番毛深かった。
髭こそ無いものの、やはりその毛深さから、少しワイルドで男らしい印象を受ける。
顔の彫りも深く、表情が硬く見えてしまう。これで威圧されたら、子供が泣きそうだ。
カスードさんと呼ばれた獣人は、俺達の事を値踏みするように見ると、
「なんでぇ。リリー嬢ちゃん。ついに気でも触れて人族と番になるのか?」
と、ちょっとニヤニヤしながら小ばかにするように言ってきた。
そんな言葉に、ルナはちょっとムッとした顔をするも…、なんとか耐えたようだったのだが…。
意外なことに何故かリリーが激昂した。
「ツバサ様は、私の大切な婚約者です!いくらカスードさんでも馬鹿にすることは許しません!」
そんな言葉を、レイリさんも顔負けの迫力で言い放った。
よっぽど意外だったのだろう。カスードさんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をするが、しばらくして我に返ると、「ガハハハハ!」と、大笑いしつつ、俺とリリーの肩をバシバシと乱暴に叩く。
そして、俺に向き合うと、
「ツバサとか言ったか?やるじゃねぇか…。どうやったか知らねえが、期待していいんだな?」
と、俺に凄みのある視線をぶつけて来る。うわー。普通の人ならこれだけで、失禁ものだな。
しかし、俺はそんな視線を悠々と受け止めると、
「何に期待を寄せられるかにもよりますが…、リリーを幸せにできるように精一杯頑張りますよ。」
と、微笑みながらも誠心誠意答える。
そんな俺の態度が余程楽しかったのか、カスードさんは笑いながら俺の背中をバン!と勢いよく叩くと、「頼むぜ?色男!」と、ご機嫌な顔でそう呟いたのだった。
そして、徐々に浮上するようなまどろみを感じつつ、ゆっくりと意識を覚醒させていく。
浮上した意識が感じたのは、四方八方から襲い来る柔らかさと暖かさだった。
は?と、思うも、目を開けても、そもそも視界が真っ暗だったのでどうにもならない。心地よい弾力とぬくもりに包まれていて、幸せなのだが同時にわけがわからなくて焦る。
腕を動かそうとしたが、これまた弾力のあるものに挟まれ、動けない。右腕は、完全に埋没しており至福の感覚を伝えてくる。左腕は右腕ほど重量感はないものの、申し訳なさそうに挟みこむ感じが、逆に新鮮で気持ちが良い。
右足と左端はそれぞれ、腕とは違ったぬくもりに包まれていた。時々、足に息が当たるのがわかる…って息!?
そこまで思考が到達して、やっと意識が完全に覚醒する。
俺は、右手と左手の手先を使って、何が俺の腕に巻きついているか探る。
右手にも左手にも、何故かフサフサな感覚が…。これは、尻尾か?
俺は、その尻尾の感覚を丁寧に探るように、撫で回す。
「やん♪」とか、「ぅん!」とか、色っぽい声が聞こえて、レイリさんとリリーの存在を確信する…。
ちなみに、俺の息子は辛うじて、自己主張するのを止めていてくれていた。
排泄の必要のない世界でよかったと、今にして初めて思う。もし普段だったら、それはもう、朝の日課のごとく俺の意思に反して自己主張していたはずなのだから…。
両足の付着物は大きさ的に、此花と咲耶ではないかと思われる。レイリ・リリー親子のような、そのけしからん主張物が無いので。
幼子特有の柔らかさがそれはそれで気持ちがいいのだが。
って、んなことはどうでも良い。ということは、この視界を遮る暖かで柔らかい素敵な感触はルナのものかと、思い至る。
俺は頭をルナに抱えられているのか…だからなんも見えないのね…。良く見れば若干何かが上下している感覚を得られる。ルナの呼吸に合わせて胸だか腹だかが動いていると判った。
しかし…、寝る前に結界を張ったはずなんだが、どうやって中に入ったんだ?
今回はかなり本気で張ったから、そう簡単に破けるはず無いんだが…。
俺は意識を結界に向けるが、結界はもう発動していないようだった。
どんだけ凄い攻撃を加えたんだろうか…下手な攻撃の仕方をすれば家ごと吹っ飛ぶと思うんだが…。
一瞬、更地の中で皆に抱きつかれて寝ている自分を想像し、背中を寒気が襲う。
いや、そんな馬鹿なことがあってたまるか…。そんなアホな理由で村が無くなるとか冗談じゃないですよ!?
俺が、変な妄想に取りつかれてガクガクしていると、そんな様子に気が付いたのか、ルナが目を覚まし、俺の視界からモゾモゾと、移動していく。
おう、女の子の体に頭を蹂躙される感覚とか、新しすぎて表現できない。
色々柔らかかったとだけ言って置く。
そして、ルナが俺から離れると、上から眩しい日の光が降り注いでくるのが分かった。
もう朝と言うより昼なのか…。
眩しそうに眼を細める俺を覗きこむ様に、ルナは上から「おはよう。ツバサ!」と、明るく言ってきた。
盛大に照りつける日の光を、ルナの髪は反射し、それはそれは綺麗にキラキラと輝いていた。
ルナの表情は逆光になり見えないが、きっと良い笑顔を浮かべているのだろうと言う事は見なくてもわかった。
「おはよう。ルナ。今日も良い天気の様だな。」と、俺も笑顔で返す。
ふと、周りをみると、右腕にレイリさんが、左腕にリリーが、絶対にはなすもんか!という勢いでがっちりと巻き付いていた。
部屋には布団が人数分敷かれているにも関わらず誰も使っておらず、何故か全員俺の布団に集合して丸くなって寝ていた。
居間へと続く戸は何故か開け放たれていた。昨日、あの後何が起こったんだ…。
ちなみに、わが子達は掛布団の中に隠れていて見えないのだが、感触的に足に絡まっていると思われた。
2つの山が規則正しく微かに上下しているようにも見える。
俺は、もう一度視線を獣人の親子にそれぞれ向ける。その顔はとても満足している様子だ。
そして、2人とも、その艶やかで金色の髪を日の光で輝かせ、神々しいまでの光を放っていた。
そこまで考えて、俺は強烈な違和感を感じる。ん?なんか変だ。何が変なんだ?
数秒程俺は考え込むと、ハッ!?とその違和感の原因に行き当たる。
俺は、天井のあるべき場所を見つめる。
そこには、抜ける様な青い空と、燦々と降り注ぐ光があった。
「ちょ!?ばっ!おま!?ルナさん!何やったんですかぁぁあああ!!!」
そんな俺の絶叫が、屋根の無い家を抜け、ルカール村に響きわたったのだった。
俺の絶叫で目が覚めた皆は、とりあえず挨拶もそこそこに、ご飯の準備に取り掛かった。
俺も手伝おうかと思ったのだが、「お気になさらず、居間でお待ちください。」とのレイリさんやリリーの言葉に甘えて、居間でお茶をすすっていた。
畳に囲炉裏のある部屋に、燦々と日が降り注ぎ、そこでお茶をすする。
そんな良く分からない経験をしつつ、俺は皆が食事を和気あいあいと作る風景をホッコリとした気持ちで眺める。
今回は、此花と咲耶も料理に参加しているようだ。
此花が真剣な顔で、菜っ葉のような物を水で洗っている。水道も無いのにどうやって…って思ったら手から無尽蔵に水が出ていた。
此花は洗い終わった野菜っぽい何かを後ろも見ずに空中へと放り投げる。
それを、ルナと咲耶が、笑いながら切り刻んでいた。
恐らく、風と水の魔法なんだろうな…。
包丁の音とか全く聞こえない。高周波と切断音がひっきりなしに聞こえるだけである。
なんだろう、この残念な気持ちは…。
やはり日本人の調理イメージである包丁の音とみそ汁のにおいが無いからなのだろうか?
俺は、元の世界の平和な料理風景に望郷の念を抱きつつ、食事が出て来るのをのんびりと待ったのだった。
そんな感じで、食事も美味しくいただき、ゆったりとしたひと時となったので、俺は天井が忽然と消えた訳を皆に問いただす事にした。
「それは…そうですね…。そろそろ天井を変えようと思いまして。ねぇ?リリー?」と、レイリさんが何故かリリーに振る。
どういう理由だよ!?まだ、竜巻が突然来て壊れましたって言った方が信憑性があるよ!?
リリーは突然自分にお鉢が回って来るとは思ってなかったのだろう。急に挙動不審になりながら、
「え、えと、そ、そそそ、そうですよ!!ちょっと、夜空がみたいなー…なんて…思いまして…。」と、どもりながら、どんどん声が小さくなっていくリリー。
流石に、リリー自身でもその理由は無いだろうなーとか思っているのがありありと分かる態度だった。
そんな2人の必死のフォローが分かったのか、ルナは「違うの…ルナがやり過ぎちゃったの。」と、自分から予想通りの回答を呟く。
やっぱりかー。しかし、ちょっと自信あったんだけど結界が破られるとは…。ルナ侮りがたし…。
きっと、皆で煽ったんだろうと言うのは想像に難くない。今回はルナだけでなく、俺も含めて皆で調子に乗ったせいだなぁ。
そんな事を俺が考えていると、
「ごめんなさい。レイリさん、リリーちゃん。壊しちゃった所直します。」
と、ルナがしっかりと謝っていた。俺はそんなルナを見てちょっと感動していた。
ちゃんと、自分で考えて自分で許して貰おうと行動している。ルナの成長が垣間見えて嬉しかった。
「そんな!ルナちゃん!!元はと言えば、お母さんが、渋るルナちゃんにやっちゃって良いって言ったのが悪いんだし!」
「そうですよ、ルナさん。私がお願いしたのですから気にする必要はありませんよ?」
リリーとレイリさんは、親身になってルナのフォローをしてくれていた。愛されているなと、実感できるね。
つか、屋根がぶっ壊れても良いからやってしまえって…どんだけ俺と同衾したいんだよ!!と、俺は飽きれる。
「レイリさん、リリー。今回はすいません。元はと言えば、俺がちょっと過剰に結界を張った事も原因でしたので、俺とルナで直します。」
と、俺はルナを援護する意味も込めて頭を下げる。
そんな俺の様子に、レイリさんとリリーも、「いえ!そんな!」と逆に恐縮してしまう。
俺の申し出を聞いたルナも少し申し訳なさそうに…しかし、それ以上に嬉しそうにしていた。そりゃ、不安だったろうなぁ。一人で直すとか無理があり過ぎるだろう。
ともあれ、親しいとは言っても、ケジメはしっかりとつけるべきだろう。
ただ、2人とも何か変な負い目を感じてしまっているようなので、俺もそれを解消すべく動く。
「ただ、すいません…。俺は屋根どころかモノ作りに携わった事が無いので、申し訳ないのですが、職人さんを紹介してくれませんか?」
そんな俺の言葉に、レイリさんは頷いてくれた。何かこちらに便宜を図ってくれれば、それはそれで気がまぎれると言う物だ。
早速、その職人さんの所に行く事になった。今回はリリーが案内してくれるらしい。
そして、レイリさんとわが子達がお留守番だ。
何故か総出で盛大に見送りしてくれた。なんでやねん。
てか、此花と咲耶は他の人に見られると色々面倒だから早く家に入れ!とか思っていたのだが…。
そんな俺の想いを無視して、「お父様ぁぁあ!!早く帰って来てね!!」とか、「父上ぇえ!!この咲耶、何時までもお待ち申し上げております!!」とか、凄い大げさに声をかけてきやがった。
絶対ワザとだ…。流石、俺とディーネちゃんの子。変なところでひねくれている。
まぁ、けど、最近なんかドタバタして構ってあげられてないから許そうと思い至る。
時間があれば、わが子達ともマッタリ過ごそうと思った。
俺の左腕をルナががっちりとホールドし、俺の右手をリリーがおずおずと言う感じで握っていた。
ルナは本当に楽しそうに、ニコニコしながら俺の手を両手で抱いている。
この腕に当たる柔らかさにいつか、気恥ずかしさを覚えなくなる日が来るのだろうか?絶対に無理だと思うんだが…。
対してリリーは、本当に申し訳なさそうに、軽く俺の手に手を添えるだけだった。それがまた、男心をくすぐる訳だが。
柔らかく、手に力を込めるとリリーは一瞬、ピクッと獣耳と尻尾を立てるのだが、その後、手を握り返して来て、耳と尻尾がへにょへにょと動くのだ。
しかし、何この両手に花状態。さっきから、男どもの視線が突き刺さって痛いんだが…。
どうやら、特にリリーにしては積極的ともいえるこの行動が、群衆に動揺を広げているらしく、常にざわついた雰囲気の中を歩いていくこととなった。
職人さんの家に着くと、流石に2人とも俺から離れた。
リリーを先頭に、職人さんの家へとお邪魔する。
「カスードさん!いらっしゃいますかー?」
そんなリリーの声に、奥からのっそりと黒い毛並みの獣人が現れる。
その男性の獣人は、黒い耳に黒い尻尾。髪も黒ければ、胸毛も黒い…てか、今まであった獣人の中で一番毛深かった。
髭こそ無いものの、やはりその毛深さから、少しワイルドで男らしい印象を受ける。
顔の彫りも深く、表情が硬く見えてしまう。これで威圧されたら、子供が泣きそうだ。
カスードさんと呼ばれた獣人は、俺達の事を値踏みするように見ると、
「なんでぇ。リリー嬢ちゃん。ついに気でも触れて人族と番になるのか?」
と、ちょっとニヤニヤしながら小ばかにするように言ってきた。
そんな言葉に、ルナはちょっとムッとした顔をするも…、なんとか耐えたようだったのだが…。
意外なことに何故かリリーが激昂した。
「ツバサ様は、私の大切な婚約者です!いくらカスードさんでも馬鹿にすることは許しません!」
そんな言葉を、レイリさんも顔負けの迫力で言い放った。
よっぽど意外だったのだろう。カスードさんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をするが、しばらくして我に返ると、「ガハハハハ!」と、大笑いしつつ、俺とリリーの肩をバシバシと乱暴に叩く。
そして、俺に向き合うと、
「ツバサとか言ったか?やるじゃねぇか…。どうやったか知らねえが、期待していいんだな?」
と、俺に凄みのある視線をぶつけて来る。うわー。普通の人ならこれだけで、失禁ものだな。
しかし、俺はそんな視線を悠々と受け止めると、
「何に期待を寄せられるかにもよりますが…、リリーを幸せにできるように精一杯頑張りますよ。」
と、微笑みながらも誠心誠意答える。
そんな俺の態度が余程楽しかったのか、カスードさんは笑いながら俺の背中をバン!と勢いよく叩くと、「頼むぜ?色男!」と、ご機嫌な顔でそう呟いたのだった。
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