比翼の鳥
第46話:虚しい戦い
リリーは一直線にティガに向かって飛び掛る。
レイリさんは、ティガの出方を窺いながら、大回りにティガの背後を取ろうと移動し始めた。
「ティガ様。今のリリー様は、魔力によって身体能力が上がっておりますわ。お気をつけ下さいませ。」
「レイリ殿の攻撃は、我らが抑えますゆえ、ティガ様は、リリー姉上との決闘に集中下され。」
我が子達はそうティガに言うと、2人の動向を追いつつ、ティガの上で待機する。
ティガはそんな我が子達に一吼えして、感謝を伝えると、迫り来るリリーに視線を合わせ、その挙動を見つめる。
「やぁ!!」と言う掛け声と共に、ティガへと迫ったリリーは拳を突き出す。
ティガは、リリーの一撃を紙一重でかわすと、翻り、そのまま体当たりをかます。
「あう!」という、悲鳴と共に、リリーは吹っ飛び、地面を転がった。
それを見て、俺は改めて気がついた。
そうか、ティガの牙と爪を封じて、対策したつもりだったが、体全身を使えばいくらでも、やりようがあるのか。
これは盲点だった。
ティガは村人にそんなことはしないだろうが、村人の方は怖がるかもしれない。
俺は抜けていたから、こんなことにも気がつかなかったが、桜花さんや、カスードさん達、族長達が気がつかないものだろうか?
そこまで考えて、そんな馬鹿な話があるわけ無いと、気づく。
わかっていたんだ。それでも、俺を信じてあえて何も言わなかったんだ。
俺は改めて、桜花さんだけでなく、族長達に見守られていたんだと感じた。
地面を転がるリリーを見て、レイリさんは「リリー!」と、叫ぶと仇とばかりに、猛然とティガに襲い掛かる。
ティガはちらりとその姿を見るも、すぐにリリーに視線を戻す。
まるで、「お前の相手など、していられるか。」と言っているようだった。
そして、その様子から、我が子達の言葉に信頼を寄せていることが窺えた。
「馬鹿にして!!」と叫びながら襲い掛かるレイリさんの一撃を、此花と咲耶が障壁を張って受け止める。
「お引きくださいな。」「我々には、その程度の攻撃では通用しませぬ。」
淡々とそう語る我が子達。レイリさんに向けるその視線は冷たい。
リリーは、立ち上がるとすぐさまティガを睨み、突貫する。
つか、リリーさんよ…。その素直な直線運動はどうなんだろうか…。
応援するわけではないが、それはちょっと酷いんで無いかね?
そんなわかりやすい動きだから、ティガは全く慌てていない。
冷静に攻撃を見切ると、最小限の動きでかわし、ボディアタックと言う名の肉体言語で、リリーに応酬する。
レイリさんも、我が子達に良いようにあしらわれて、その攻撃をティガに届かせることはできていなかった。
なんでこうなっちまったんだろうな…。
俺は、そんな無意味とも言える戦いを見守りながら、栓も無いことを考える。
自分としては、誠意を持って接しているつもりだった。
しかし、実際のところ、やはり、異世界と言う独自環境における価値観の違い…というものはそんなに甘いものではなかったのか。
いや、違うかな…。
結局のところ、俺がもっと皆に自分の想いをちゃんと伝えてなかったのがいけなかったんだろうな。
価値観が違うのはわかっていた話だ。
俺の思い込みもあるだろうが、そのギャップを払拭し理解してもらう努力を怠ったのがこの結果なのだろう。
皆と一緒に居たい。
虫のいい話かもしれないけど、俺の周りに居る皆とも、それぞれが仲良くして欲しい。
俺はそう思っているが、リリーとレイリさんが俺のその気持ちを知っていたかはまた、別の話なんだよな。
普通に考えて、みんなで仲良くしたい。
それが当たり前じゃないか…そう思う自分も居るが、それが誰に対しての当たり前か…。
俺が俺として認識している当たり前であって、それがリリーやレイリさんに当てはまるか、考慮しなかったんだな。
全く、どうにも俺は詰めが甘い。
もっと膝を突き合わせてお互いを理解するように、話をするべきだった。
俺は、頭を振る。
そして、隣にいるルナの様子を見る。
その表情は不安と、どうして?と言う深い疑問に彩られていた。
俺はそんなルナを見て、思わず頭を撫でる。
ルナは、突然俺に撫でられたのでビックリしたようだったが、撫でられる感触が気持ちよいのか、少しの間目を細める。
そんなルナを見て俺は少し救われる。
「ルナ…。なんでこうなっちゃったんだか、想像つくかい?」
そんな俺の問いかけに、ルナは眉をぐーっと寄せて、一生懸命考えているようだったが、
「わからないの…。なんでみんなで仲良く出来ないんだろう…。」
と、悲しそうに言う。
「リリーちゃんも、レイリさんも、ティガちゃんも、此花ちゃんも、咲耶ちゃんも、みんな、凄く良い人なんだよ?みんなルナには無い良い所が一杯あって…。なのに…それじゃ駄目なの?」
ルナは、本当に、純粋でそして、俺が困っているときにいつも、ごく自然にポンと…俺に必要な言葉をくれる。
ちびっ子の状態から今まで、本当にちょっとした時間でしかないけれど、この子に貰ったものは本当に大きい。
この子は、俺が時々羨ましくなるくらい真っ白で、そして真っ直ぐで、眩しい心を持つ子だった。
そんな子をある意味、俺の我が侭で、俺の思う通りに染め上げているという罪悪感が一瞬湧き上がるものの、それ以上に、俺の思う理想を理解し、そして無意識なのだろうが、それを実行してくれていることに、俺は改めて感謝する。
「ルナ…。ありがとうな。」
俺は、一瞬ではあるが、ルナをグッと抱きしめる。
すぐに体を離すが、ルナは突然の俺の抱擁に驚いているようだった。
そんな俺を戸惑ったように見るルナに、俺は話しかける。
「ルナ。俺もルナの言うように、みんなで仲良くして欲しい。けど、みんなはそう言う俺の気持ちを知らないんだと思う。いや、なんとなくはわかっているんだろうけど…。」
俺は、未だに争い続けるみんなのようすを一瞬見て、そして、ルナに視線を戻す。
「みんな…自分の気持ちを優先してしまって、本当の意味で俺の気持ちにまで至っていないんだよ。俺は…あんな風にみんなが争う姿は見たくないし、見ていると辛い…。こうなる前に、話し合いで解決して欲しかったよ。」
俺はため息をつき、言葉を区切る。そんな俺の様子を見て「ツバサ…。」と、ルナは呟く。
「けどね、これは俺のせいでもあるんだよ。俺はちゃんとみんなに自分の気持ちを話していなかった。何をされたら嫌で、何をされたら嬉しくて…そんなこと一緒に住んでいればわかるだろうって…そんな風に勝手に思って言葉にするのを怠ったんだよ。」
俺のそんな言葉に、
ルナも思うところがあったのか、俺の目を見て、納得のいったような顔をする。
そんな聡いルナを見て、俺は微笑むと、もう一度ルナの頭を撫でる。
「俺は、争いが大嫌いだ。好きな人同士で争ってなんて欲しくない。けど、どうしても譲れない事もあるだろうし、どうしても納得のいかないことも一杯あると思う。けど、限界まで言葉を尽くして欲しい。甘い考えだと思うけど…俺はそうして欲しいと思っているんだよ。」
そんな俺の言葉を、ルナは聞きながらしっかりと頷いた。
俺はそんなルナの様子を見て、思いの丈を吐き出す。
「けど、俺が絶対なわけではない。俺は間違っていることもあると思う。その時は、ちゃんと言って欲しいし、止めてほしい。俺が望むのは…俺の言うことを何でも素直に聞く奴隷やペットじゃないんだ…。一緒に悩んで歩いていけるパートナーなんだよ。」
そこで、俺は言葉を切りルナの目を覗き込むように語りかける。
「ルナ、だから、知っておいて欲しい。そして、考えることをやめないで欲しい。俺の言葉が絶対とかそんな事は思わないでくれ。俺は人間なんだ。人間である以上、間違える。絶対にだ。」
そんな俺の心を込めた言葉に、何かを感じたのだろう。
俺の目を覗き込みながら、その意味を自分の中に取り入れていくように考え込む。
そして、理解が及んだようにニコリと素敵に微笑むと、
「うん!わかったよ、ツバサ!けど、ルナ一杯知らないことあるから、色々教えてね?」
そう、嬉しそうに答えてきた。
そんな可愛らしいルナを直視できず、照れ隠しにポンポンと短く頭を撫でると、俺は未だ戦い続けるみんなに視線を戻したのだった。
膠着していた戦闘に、レイリさんとリリーは業を煮やしたように、魔力を放出し始めた。
それに伴い、2人の目の色が金色へと変化する。
それは駄目だろう…。
この状態になると、2人はまだ、自分の感情を完全にはコントロールできないでいるのだ。
ちょっとした弾みで暴走しかねない。
それがわかっているからこそ、今までその領域まで踏み込んでいなかったのだろうが…たがが外れたようだ。
それは、ティガを殺める可能性が出てきたということを意味し、それでも仕方がないと割り切った2人の気持ちがあるという表れでもあった。
悲しかった。俺は、本当に、ただただ…悲しかった。
そんな俺の表情を見て、ルナは辛そうな顔をした。
俺は、無理やりに微笑むと、決着のときに備えて魔法陣を呼び出す。
一歩間違えれば、最悪の結果を生む。ここからは、俺も気が抜けなかった。
能力を大幅に開放したリリーとレイリさんは、微笑を表情に貼り付けながらティガへと踊りかかる。
「私は…絶対に…貴方を…倒す!!ツバサ様のために!!」そう叫ぶリリー。その目には、力を振るうことしか見えない。
いつも浮かべている、暖かい春の日差しのような笑顔は無かった。
その事実に、胸が軋んだ。
痛みより、その圧力が苦しさが…そして、俺を言い訳にしたその心が…俺には辛かった。
リリーが飛び掛るその速さは、今までの比ではなく、ティガも初動が遅れ、リリーの爪がその身をかする。
獣化した2人の爪は、魔力によりある程度長さを変えられるようになる。
今までそれをしてこなかったが、そのままでは我が子達の障壁を抜けないと思ったのだろう。
能力開放と同時に爪を使って攻撃するようになった。
障壁を抜いた後、その爪がティガや我が子達の命までも奪いかねないという事実を見ないように、当たり前にその選択をしたのだった。
レイリさんはやはり、リリーより魔力の扱いが慣れているせいか、爪に魔力を込め全力で打ち込んでくる。
それを受け止める我が子達の表情にも焦りが見える。
「こ…これは、こんな力で打ち込むのは洒落になっていませんわ!!」「く…レイリ殿、リリー姉上。修羅道に堕ちるおつもりか!!」
しかし、舞い踊る2人の獣人はその声に耳を貸さない。
それは正に舞いだった。2人の獣人はまるで、その獲物を包み込むように、クルクルと回りながら、すれ違い、その都度攻撃を加えていく。
走る一閃。黄金のそれは、何度も何度も重なりその空間を自分の色へと染めていく。
そうして、徐々にその攻撃の手を強め、障壁を削っていく。
ティガも必死に避けているものの、速さの次元が違った。
徐々に追い込まれ、障壁を抜けた攻撃に、その身を晒し傷を増やしていく。
そして、苛烈な攻撃に晒された我が子達の障壁もついに限界を迎える。
「きゃぁ!?」「ぬぅ!?」という我が子達の悲鳴と共に、障壁が砕け散った。
それを確認したリリーは、躊躇も無く、ティガへとその爪を向ける。
「これでぇえええ!!!」と叫ぶその目に、慈悲は無い。
俺は、ルナを見ながら言う。
「ルナ、すまないけど…全力で防御結界頼むね。上側は空けておきなよ?逃げ場がないと簡単に壊れるからね。」
ルナは声をかける俺の顔を見て、辛そうにその表情をゆがめ、涙を流しながらも黙って頷いた。
加速され引き伸ばされた思考の中、俺は一人思案する。
全く…怒るのは好きじゃないんだけどな…。
けど、俺が怒らないと誰が怒るんだよ…。
俺は、一瞬、塾での過ちを脳裏によぎらせ、その決意を確かなものにする。
塾では滅多に怒らなかった。
怒りたくなかったし、何より大事なお子さんを預かっているんだ。そんな簡単に怒れるはずもない。
だが、中には舐めてかかってくる子供も大勢いた。
特に俺は、怒鳴りもしないし、諭して言い聞かせることも多いので舐められる事は多かった。
しかし、勉強に支障が出なく、俺をちょっとからかう位なら俺は黙って許容した。
だが、やはり中には調子に乗る奴もいるのだ。
それは、先生として俺を見ずに、俺の前で勉強をしなくなったり、俺だけでなく周りを舐めきって見たり…明らかに悪い意味で甘えている子が出るのだ。
そして、その比率は決して高くも無かったが、低くも無かった。
どうしても、子供は…いや、違うな。人間は調子に乗るのだ。
だから、俺はそういう時は怒った。
時に静かに、時に激しく…。驕った全ての子供を泣かしてきた。
決して手を上げなかったが、裏で俺も泣きながら、すまんと思いながらも、それでも泣かしてきた。
それでよかったと思う。大抵の子はそれで、ちゃんと俺の言葉を聞いてくれるようになった。
きっと、今の子は、本気で怒られる事が、家以外では少ないんだと思う。
だが…一人だけ…俺の声がどうしても届かなかった子がいた。
いくら言葉を尽くしても、どうしてもその心は受け取ってもらえなかった。
俺はついに、最後までその子に手を上げることができなかった。
その子は俺に一目置いていてくれたのは感じていたが、それでも止めることはできなかった。
塾をやめたその子は、後に喧嘩で友人を重体に追い込み、少年院へと送られたと聞いた。
今でも俺は後悔している。
あの時、もし殴っていれば…嫌でも拳を使ってでも言うことを聞かせていれば…それで例え塾を俺がやめることになったとしても…その子の人生はそんなことにはならなかったのかもしれない…。
「もう…あんな思いは…ごめんだ…。」そう呟き…
俺は初めて、リミッターを外し、魔力を全開放した。
その日、世界が震えた…。
レイリさんは、ティガの出方を窺いながら、大回りにティガの背後を取ろうと移動し始めた。
「ティガ様。今のリリー様は、魔力によって身体能力が上がっておりますわ。お気をつけ下さいませ。」
「レイリ殿の攻撃は、我らが抑えますゆえ、ティガ様は、リリー姉上との決闘に集中下され。」
我が子達はそうティガに言うと、2人の動向を追いつつ、ティガの上で待機する。
ティガはそんな我が子達に一吼えして、感謝を伝えると、迫り来るリリーに視線を合わせ、その挙動を見つめる。
「やぁ!!」と言う掛け声と共に、ティガへと迫ったリリーは拳を突き出す。
ティガは、リリーの一撃を紙一重でかわすと、翻り、そのまま体当たりをかます。
「あう!」という、悲鳴と共に、リリーは吹っ飛び、地面を転がった。
それを見て、俺は改めて気がついた。
そうか、ティガの牙と爪を封じて、対策したつもりだったが、体全身を使えばいくらでも、やりようがあるのか。
これは盲点だった。
ティガは村人にそんなことはしないだろうが、村人の方は怖がるかもしれない。
俺は抜けていたから、こんなことにも気がつかなかったが、桜花さんや、カスードさん達、族長達が気がつかないものだろうか?
そこまで考えて、そんな馬鹿な話があるわけ無いと、気づく。
わかっていたんだ。それでも、俺を信じてあえて何も言わなかったんだ。
俺は改めて、桜花さんだけでなく、族長達に見守られていたんだと感じた。
地面を転がるリリーを見て、レイリさんは「リリー!」と、叫ぶと仇とばかりに、猛然とティガに襲い掛かる。
ティガはちらりとその姿を見るも、すぐにリリーに視線を戻す。
まるで、「お前の相手など、していられるか。」と言っているようだった。
そして、その様子から、我が子達の言葉に信頼を寄せていることが窺えた。
「馬鹿にして!!」と叫びながら襲い掛かるレイリさんの一撃を、此花と咲耶が障壁を張って受け止める。
「お引きくださいな。」「我々には、その程度の攻撃では通用しませぬ。」
淡々とそう語る我が子達。レイリさんに向けるその視線は冷たい。
リリーは、立ち上がるとすぐさまティガを睨み、突貫する。
つか、リリーさんよ…。その素直な直線運動はどうなんだろうか…。
応援するわけではないが、それはちょっと酷いんで無いかね?
そんなわかりやすい動きだから、ティガは全く慌てていない。
冷静に攻撃を見切ると、最小限の動きでかわし、ボディアタックと言う名の肉体言語で、リリーに応酬する。
レイリさんも、我が子達に良いようにあしらわれて、その攻撃をティガに届かせることはできていなかった。
なんでこうなっちまったんだろうな…。
俺は、そんな無意味とも言える戦いを見守りながら、栓も無いことを考える。
自分としては、誠意を持って接しているつもりだった。
しかし、実際のところ、やはり、異世界と言う独自環境における価値観の違い…というものはそんなに甘いものではなかったのか。
いや、違うかな…。
結局のところ、俺がもっと皆に自分の想いをちゃんと伝えてなかったのがいけなかったんだろうな。
価値観が違うのはわかっていた話だ。
俺の思い込みもあるだろうが、そのギャップを払拭し理解してもらう努力を怠ったのがこの結果なのだろう。
皆と一緒に居たい。
虫のいい話かもしれないけど、俺の周りに居る皆とも、それぞれが仲良くして欲しい。
俺はそう思っているが、リリーとレイリさんが俺のその気持ちを知っていたかはまた、別の話なんだよな。
普通に考えて、みんなで仲良くしたい。
それが当たり前じゃないか…そう思う自分も居るが、それが誰に対しての当たり前か…。
俺が俺として認識している当たり前であって、それがリリーやレイリさんに当てはまるか、考慮しなかったんだな。
全く、どうにも俺は詰めが甘い。
もっと膝を突き合わせてお互いを理解するように、話をするべきだった。
俺は、頭を振る。
そして、隣にいるルナの様子を見る。
その表情は不安と、どうして?と言う深い疑問に彩られていた。
俺はそんなルナを見て、思わず頭を撫でる。
ルナは、突然俺に撫でられたのでビックリしたようだったが、撫でられる感触が気持ちよいのか、少しの間目を細める。
そんなルナを見て俺は少し救われる。
「ルナ…。なんでこうなっちゃったんだか、想像つくかい?」
そんな俺の問いかけに、ルナは眉をぐーっと寄せて、一生懸命考えているようだったが、
「わからないの…。なんでみんなで仲良く出来ないんだろう…。」
と、悲しそうに言う。
「リリーちゃんも、レイリさんも、ティガちゃんも、此花ちゃんも、咲耶ちゃんも、みんな、凄く良い人なんだよ?みんなルナには無い良い所が一杯あって…。なのに…それじゃ駄目なの?」
ルナは、本当に、純粋でそして、俺が困っているときにいつも、ごく自然にポンと…俺に必要な言葉をくれる。
ちびっ子の状態から今まで、本当にちょっとした時間でしかないけれど、この子に貰ったものは本当に大きい。
この子は、俺が時々羨ましくなるくらい真っ白で、そして真っ直ぐで、眩しい心を持つ子だった。
そんな子をある意味、俺の我が侭で、俺の思う通りに染め上げているという罪悪感が一瞬湧き上がるものの、それ以上に、俺の思う理想を理解し、そして無意識なのだろうが、それを実行してくれていることに、俺は改めて感謝する。
「ルナ…。ありがとうな。」
俺は、一瞬ではあるが、ルナをグッと抱きしめる。
すぐに体を離すが、ルナは突然の俺の抱擁に驚いているようだった。
そんな俺を戸惑ったように見るルナに、俺は話しかける。
「ルナ。俺もルナの言うように、みんなで仲良くして欲しい。けど、みんなはそう言う俺の気持ちを知らないんだと思う。いや、なんとなくはわかっているんだろうけど…。」
俺は、未だに争い続けるみんなのようすを一瞬見て、そして、ルナに視線を戻す。
「みんな…自分の気持ちを優先してしまって、本当の意味で俺の気持ちにまで至っていないんだよ。俺は…あんな風にみんなが争う姿は見たくないし、見ていると辛い…。こうなる前に、話し合いで解決して欲しかったよ。」
俺はため息をつき、言葉を区切る。そんな俺の様子を見て「ツバサ…。」と、ルナは呟く。
「けどね、これは俺のせいでもあるんだよ。俺はちゃんとみんなに自分の気持ちを話していなかった。何をされたら嫌で、何をされたら嬉しくて…そんなこと一緒に住んでいればわかるだろうって…そんな風に勝手に思って言葉にするのを怠ったんだよ。」
俺のそんな言葉に、
ルナも思うところがあったのか、俺の目を見て、納得のいったような顔をする。
そんな聡いルナを見て、俺は微笑むと、もう一度ルナの頭を撫でる。
「俺は、争いが大嫌いだ。好きな人同士で争ってなんて欲しくない。けど、どうしても譲れない事もあるだろうし、どうしても納得のいかないことも一杯あると思う。けど、限界まで言葉を尽くして欲しい。甘い考えだと思うけど…俺はそうして欲しいと思っているんだよ。」
そんな俺の言葉を、ルナは聞きながらしっかりと頷いた。
俺はそんなルナの様子を見て、思いの丈を吐き出す。
「けど、俺が絶対なわけではない。俺は間違っていることもあると思う。その時は、ちゃんと言って欲しいし、止めてほしい。俺が望むのは…俺の言うことを何でも素直に聞く奴隷やペットじゃないんだ…。一緒に悩んで歩いていけるパートナーなんだよ。」
そこで、俺は言葉を切りルナの目を覗き込むように語りかける。
「ルナ、だから、知っておいて欲しい。そして、考えることをやめないで欲しい。俺の言葉が絶対とかそんな事は思わないでくれ。俺は人間なんだ。人間である以上、間違える。絶対にだ。」
そんな俺の心を込めた言葉に、何かを感じたのだろう。
俺の目を覗き込みながら、その意味を自分の中に取り入れていくように考え込む。
そして、理解が及んだようにニコリと素敵に微笑むと、
「うん!わかったよ、ツバサ!けど、ルナ一杯知らないことあるから、色々教えてね?」
そう、嬉しそうに答えてきた。
そんな可愛らしいルナを直視できず、照れ隠しにポンポンと短く頭を撫でると、俺は未だ戦い続けるみんなに視線を戻したのだった。
膠着していた戦闘に、レイリさんとリリーは業を煮やしたように、魔力を放出し始めた。
それに伴い、2人の目の色が金色へと変化する。
それは駄目だろう…。
この状態になると、2人はまだ、自分の感情を完全にはコントロールできないでいるのだ。
ちょっとした弾みで暴走しかねない。
それがわかっているからこそ、今までその領域まで踏み込んでいなかったのだろうが…たがが外れたようだ。
それは、ティガを殺める可能性が出てきたということを意味し、それでも仕方がないと割り切った2人の気持ちがあるという表れでもあった。
悲しかった。俺は、本当に、ただただ…悲しかった。
そんな俺の表情を見て、ルナは辛そうな顔をした。
俺は、無理やりに微笑むと、決着のときに備えて魔法陣を呼び出す。
一歩間違えれば、最悪の結果を生む。ここからは、俺も気が抜けなかった。
能力を大幅に開放したリリーとレイリさんは、微笑を表情に貼り付けながらティガへと踊りかかる。
「私は…絶対に…貴方を…倒す!!ツバサ様のために!!」そう叫ぶリリー。その目には、力を振るうことしか見えない。
いつも浮かべている、暖かい春の日差しのような笑顔は無かった。
その事実に、胸が軋んだ。
痛みより、その圧力が苦しさが…そして、俺を言い訳にしたその心が…俺には辛かった。
リリーが飛び掛るその速さは、今までの比ではなく、ティガも初動が遅れ、リリーの爪がその身をかする。
獣化した2人の爪は、魔力によりある程度長さを変えられるようになる。
今までそれをしてこなかったが、そのままでは我が子達の障壁を抜けないと思ったのだろう。
能力開放と同時に爪を使って攻撃するようになった。
障壁を抜いた後、その爪がティガや我が子達の命までも奪いかねないという事実を見ないように、当たり前にその選択をしたのだった。
レイリさんはやはり、リリーより魔力の扱いが慣れているせいか、爪に魔力を込め全力で打ち込んでくる。
それを受け止める我が子達の表情にも焦りが見える。
「こ…これは、こんな力で打ち込むのは洒落になっていませんわ!!」「く…レイリ殿、リリー姉上。修羅道に堕ちるおつもりか!!」
しかし、舞い踊る2人の獣人はその声に耳を貸さない。
それは正に舞いだった。2人の獣人はまるで、その獲物を包み込むように、クルクルと回りながら、すれ違い、その都度攻撃を加えていく。
走る一閃。黄金のそれは、何度も何度も重なりその空間を自分の色へと染めていく。
そうして、徐々にその攻撃の手を強め、障壁を削っていく。
ティガも必死に避けているものの、速さの次元が違った。
徐々に追い込まれ、障壁を抜けた攻撃に、その身を晒し傷を増やしていく。
そして、苛烈な攻撃に晒された我が子達の障壁もついに限界を迎える。
「きゃぁ!?」「ぬぅ!?」という我が子達の悲鳴と共に、障壁が砕け散った。
それを確認したリリーは、躊躇も無く、ティガへとその爪を向ける。
「これでぇえええ!!!」と叫ぶその目に、慈悲は無い。
俺は、ルナを見ながら言う。
「ルナ、すまないけど…全力で防御結界頼むね。上側は空けておきなよ?逃げ場がないと簡単に壊れるからね。」
ルナは声をかける俺の顔を見て、辛そうにその表情をゆがめ、涙を流しながらも黙って頷いた。
加速され引き伸ばされた思考の中、俺は一人思案する。
全く…怒るのは好きじゃないんだけどな…。
けど、俺が怒らないと誰が怒るんだよ…。
俺は、一瞬、塾での過ちを脳裏によぎらせ、その決意を確かなものにする。
塾では滅多に怒らなかった。
怒りたくなかったし、何より大事なお子さんを預かっているんだ。そんな簡単に怒れるはずもない。
だが、中には舐めてかかってくる子供も大勢いた。
特に俺は、怒鳴りもしないし、諭して言い聞かせることも多いので舐められる事は多かった。
しかし、勉強に支障が出なく、俺をちょっとからかう位なら俺は黙って許容した。
だが、やはり中には調子に乗る奴もいるのだ。
それは、先生として俺を見ずに、俺の前で勉強をしなくなったり、俺だけでなく周りを舐めきって見たり…明らかに悪い意味で甘えている子が出るのだ。
そして、その比率は決して高くも無かったが、低くも無かった。
どうしても、子供は…いや、違うな。人間は調子に乗るのだ。
だから、俺はそういう時は怒った。
時に静かに、時に激しく…。驕った全ての子供を泣かしてきた。
決して手を上げなかったが、裏で俺も泣きながら、すまんと思いながらも、それでも泣かしてきた。
それでよかったと思う。大抵の子はそれで、ちゃんと俺の言葉を聞いてくれるようになった。
きっと、今の子は、本気で怒られる事が、家以外では少ないんだと思う。
だが…一人だけ…俺の声がどうしても届かなかった子がいた。
いくら言葉を尽くしても、どうしてもその心は受け取ってもらえなかった。
俺はついに、最後までその子に手を上げることができなかった。
その子は俺に一目置いていてくれたのは感じていたが、それでも止めることはできなかった。
塾をやめたその子は、後に喧嘩で友人を重体に追い込み、少年院へと送られたと聞いた。
今でも俺は後悔している。
あの時、もし殴っていれば…嫌でも拳を使ってでも言うことを聞かせていれば…それで例え塾を俺がやめることになったとしても…その子の人生はそんなことにはならなかったのかもしれない…。
「もう…あんな思いは…ごめんだ…。」そう呟き…
俺は初めて、リミッターを外し、魔力を全開放した。
その日、世界が震えた…。
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