比翼の鳥

風慎

第56話:ティガの秘め事

 宇迦之さんを家族に迎え入れる事にした俺達は、宇迦之さんを囲んで、色々と話し合っていた。

 俺がされて嫌な事や、嬉しい事。皆が気にしている事。
 そう言った事を、みんなでワイワイと騒ぎながら、話していった。
 俺が意外に、尻尾が好きだと言う情報に、宇迦之さんは顔を赤らめながら、「見かけによらず…大胆じゃのぉ…。」とか、言っていたが、俺はそれを黙殺した。

 暫くの間、そうして皆で盛り上がっていたようだが、俺は、先ほど、ティガが何かを悩むようにしていた事を思い出し、ティガへと視線を向ける。
 ティガはやはり、何かを考え込むようにしつつ、こちらをボンヤリと眺めていた。
 しかし、俺の視線に気がついたのだろう、俺の様子を窺うように視線を合わせてくる。
 ティガは、俺の瞳を除き込むように、じっと視線を交わしていたが、何か吹っ切れたのだろう。
 俺だけでは無く、皆に「着いてこい。」とでも言うように一声かけると、ゆっくりと外へ出ていく。

 突然のティガの奇行に、それまで和気藹々と話をしていた皆に戸惑いが広がる。
「ティガさん?」「ティガ殿?」と、我が子達もその様子に、違和感を覚えているようだ。

 俺は、ティガが答えを出したがっていると感じ、真っ先に後を追う。
 戸をくぐる前に俺は、居間を振り返ると、皆に向かって口を開く。

「ティガが俺達に話があるようだ。皆、後を追おう。」

 突然、そんな事を口にする俺に、不思議そうにするも、俺に続くように、皆、ゾロゾロと外へ出て来る。

 ティガは少し離れた位置から、俺達が出てくるのを待っていたようだが、その姿を認めると、南門に向かって歩き出した。
 その足取りは、俺達を気遣う…というよりも、何か吹っ切れない物に、引きずられているような重い足取りだった。

 俺は少し急ぎ足でティガに追い付き横に並ぶと、ティガを見下ろしつつ、言葉をかける。

「ティガ。お前が何かに悩んでるのはわかった。それが何かまではわからないが、俺はお前を否定しないよ。」

 いきなりの、俺の言葉に、ティガは吃驚して、その足を止める。
 そんなティガの人間臭い様子を見て、俺は歩くように促すと、更に言葉を続ける。

「きっと、今、このタイミングでそれを知らせようと言うのは、誠実でありたいと言う心の現れだろう?」

 俺の問いを、ティガは横で並び歩いて聞くと、甲高い声で鳴いた。
 その声には、悩みながらも発した肯定の意思が込められていた。
 そんなティガの様子を俺は、微笑みながら見ると、

「だったら大丈夫だ。まぁ、大抵の事なら受け止めてやる。俺だけでダメなら、家族の皆で受け止めてやる。だから、迷わなくて良い。見せてくれ、お前の悩みを。」

 そう、声をかけた。
 そんなティガは戸惑った様に俺を見つめながら歩いていたが、何か吹っ切れたのか、「わかった。」と、甲高く鳴いたのだった。

 まるで人間のように会話する、俺たちの様子を見ていた宇迦之さんが、

「ツバサ殿はティガにすら真摯に接するのか。とんでもない男じゃのぉ。」

 と、呟きくと、リリーが

「いつもツバサさんは、真っ直ぐですよ!」

 と、嬉しそうに表する。
 そんな声を受けて、レイリさんが、

「もう少し、夜の方も積極的になって下さると、言うこと無いのですが…。」

 と、とんでもないことをサラリと言いう。

「お、お母さん!?」

「あら、リリー。貴方だって、尻尾撫でられて喜んでいたじゃないの。」

「は、はぅ!?そ、それは、ううぅー…。」

「ツバサ様って、撫でるのが本当にお上手で…。フフフ…。夜が待ち遠しいですわね。」

 などと、近所の方に聞かれたら、非常に困る話を繰り広げていた。
 そんな会話を聞いていた宇迦之さんが、

「な、なんと…。そ、それは…。」

 と言いつつ、生唾を飲み込み、期待のこもった様子で2本の尻尾を器用にワサワサと振り乱していたのだった。

 君たち…折角、俺が感動的な事言っているんだから、少しは自重してくださいよ。
 そんな感じで、ぶち壊しな雰囲気のまま、町外れまで歩く俺たちだった。


 ティガに先導され、町を出て、森へと分け入った俺たちは、5分ほどでちょっと開けた場所へと出た。

 ティガはそこで立ち止まり、俺たちの方へと振り返ると、一声鳴く。

「えっと…『これから大きな声を出しますので、皆様耳を塞いでください。』…とのことです。」

 咲耶が、そう訳してくれたので、俺たちは思い思いに耳を塞ぐ。

 俺と我が子達とルナは横で耳を塞ぎ、あとの獣人族達は、頭を抱えるように獣耳を押さえていた。

 なんか可愛いな…。などと、俺が間の抜けた感想を抱いたとき、ティガが吼えた。
 いつもの優しい吠え方ではなく、腹に衝撃が伝わってくるほど、大音量の吠え方だった。

 あ、ヤバイな。これは町で大騒ぎになる…と、危惧した俺は、魔力で身体能力を増強し、更に風を圧縮、爆発させ一気に真上へと飛ぶ。
 村の中心にそびえ立つ半鐘を視認すると、風弾を一発だけ打ち込んだ。

 澄んだ音を1回だけ大音量で響かせるのを確認すると、俺は悠々と元の場所へと重力に逆らわず降り立つ。
 地面につく瞬間、フワッと体が浮かび上がる感覚を得て、着地用に展開してる魔法陣が効果を発揮したことを知り、満足する。

 そんな俺の一連の行動が、余程、奇抜に映ったのだろう。
 宇迦之さんは、口をパクパクさせつつ、「お、お、お主…な、なんじゃそのデタラメさは!?」
 と、唖然とした様子で訴えかけてきた。

「と、言われましても…。」

 と、俺は困ったように頬をかく。
 そんな俺達の様子に、レイリさんは、楽しそうに、

「ツバサ様の前でこの程度の事、日常茶飯事ですわ。」

 と、さも当たり前のように言いきり、

「この程度で驚くようでは、この先やっていけませんわよ?婚約…やめておきますか?」

 と、意地悪な笑みを向けて宇迦之さんを挑発していた。

「こ、この程度。大したこと無いわぃ!!ちょ、ちょーっとだけ、ビックリしただけじゃ!」

 と、相変わらず、ぶれ無い宇迦之さんの返答に、俺は苦笑した。

 ティガは黙って俺らのやり取りを見守っていたが、しばらくして、ピクリと耳を震わせると、ある方向に向き直る。

 俺も、そのティガの様子を見て、探知をそちらに集中した。

 そして、そこに、2つのやや大きな反応を捕らえる。
 その反応自体はさして、大きなものではなく、熊より少し大きい程度なのだが…。

 その移動速度がおかしかった。

 今、俺の探知は指向性を持たせて、その方向に特化しているため、普段より探知距離も精度も増している状態だ。
 普段の全方位型の探知では、半径20km圏内を見るのにとどまるのだが、指向性型では400kmはカバーできる。

 探知で捕らえてから、この20秒ほどで3kmは移動している。このうっそうとした森の中を秒速150mで移動している計算だ。
 何その化け物じみた速さは…。
 なんて思っている間に、もうあと6km位のところに来ている。
 何となく、遠くから空気を切り裂く轟音が聞こえる気がする。
 あと40秒程でこちらに到着か。
 俺は、一瞬、防護壁を張ろうかと思ったが、ティガを信じやめることにする。

 そして、その轟音は徐々に近くなり、ついにその姿を表した。

 風と共に、2頭の獣がティガの横に飛び込んでくる。
 その際の余波で、砂ぼこりと突風が俺達を襲い、思わず皆、腕で顔を庇う。

 俺は、障壁で身を守られていたので、その様子をつぶさに観察することができた。

 その2頭はまっしぐらにティガへと向かい、ティガに甘えていた。

 その光景を見て、納得した。なぜ、ティガが悩んでいたのか。
 どうして、今まで俺にこの事を言わなかったのか。なるほど、この2頭は…。

 黒い毛並みに所々混じる金の毛。
 体長1mにも満たない小さな体。そして、ティガに甘えるその様子からも、生まれてまだ、間もないのは見てとれる。
 そして、小さいながらも、その体はすでに、ティガと同じような貫禄をにじませている。

 ようやく、視界が落ち着き、皆がその光景を目にする。
 そして、皆、一様にその光景を驚きをもって迎えていた。

「ティガさん…の…お子さん?……ですか?」

「く、黒い…ティガ…じゃと…?なんじゃそれは…。」

「ティガ様…お子様がいらしたのですね…。」

「ツバサ!可愛いよ!あの子達ちっちゃいよ!!」


 皆の視線が、自分達に集中しているのがわかったのだろう。
 可愛らしい小さな黒いティガ達をあやしていたティガは…ええぃ!ややこしいわ!!
 小さいティガは子ティガとしよう。うん。

 ティガは子ティガ2頭をあやし終わると、俺らの方を見て、そして、俺に視線を向ける。
 ああ、わかってしまったよ。なるほどね。そりゃ言えないよな。
 俺は、今までティガが人知れず、苦悩していたことを察し、その意図を汲んだ上で黙って頷く。

 そんな俺の姿が、最後の一押しになったのだろう。
 ティガは、重い口を開く。まぁ、ひと鳴きしただけなのだが、その鳴き声に込められた思いは深い。

「『今まで、言い出すことができませんでしたが…。この子達は私達の子供です。我らの種族は、森の獣の中でも特に知性が高く、生まれた瞬間から自分で行動し、親離れすることが可能です。本来ならそれでも、ある程度親元で過ごした後に、独り立ちさせるのですが、色々な不幸が重なり、この子達は早い段階から親離れさせておりました。』…とのことです。」

 咲耶がスラスラと翻訳する。
 そんな事を言うティガに、2頭の子ティガはよりそっている。
 かまって欲しそうに、子ティガ達はティガの近くでゴロゴロ転がったり、体をすり寄せたりとちょこまか動き回っていた。
 その姿はどこからどう見ても、子供のそれで、本当に親離れしていたのか疑いたくなるほどの甘えっぷりだった。
 やはり寂しかったのだろう。幾ら生きていく力があると言っても、それとこれとは別問題なのだと改めて感じる。
 ティガはそんな子供達の様子を優しく見守りつつ、言葉を選んでいるかのように少し瞑目すると、更にひと鳴きする。

「『我が子達は、生まれたときより既に力が強く、それで安心していた部分もありました。この子達は立派に生きていけると確信もしておりました。だから、最初の1週間をすごした後は、親離れさせておりました。しかし、ツバサ様の元で過ごしている内に、日に日にこの子達の事を思う時間が増えてまいりました。』…と、おっしゃっておりますわ。」

 此花が淡々と、その言葉を俺達に聞かせてくれる。
 そうか…。生れ落ちた時から、あまり親子として、過ごせなかったのか。
 だからこその、この甘えっぷりなのだろう。
 俺は、そんなティガと子ティガの心情を想像し、そして、言いようの無い罪悪感を覚える。
 結果として、俺はこの親子を引き離す選択をしてしまったのか。
 勿論、ティガ自身の意思と言う点もあるのだろうが、もう少し早く、色々と聞いてやっていればあるいは…。
 そこまで、考えを巡らせ、それは意味がないと気付く。
 もう、起こってしまった事をグダグダ言っても仕方ない。今は目の前のことを黙って受け止めよう。

 ティガはそんな俺の様子をジッと見ていたが、俺は首を振り、大丈夫と言う意思を示す。
 俺は、気付けなかった後悔を埋め合わせるように、2頭の子ティガに、声をかける。

「ほら、おいで。ティガはちょっと大事な話があるんだってさ。」

 そんな俺の言葉に、一瞬戸惑ったように、ティガの顔を覗き込む2頭の子ティガであったが、ティガがひと声鳴くと、子ティガ達は、おずおずと俺の元へと歩いてくる。
 その様子は、まるで子猫のようで、目には期待と不安と、好奇心が入り混じっているのが良くわかった。
 俺は、優しく2頭の頭を撫で、ついで体や顎をウリウリと撫で回す。
 そんな俺の撫でにすっかりと骨抜きになった子ティガ達は、腹を見せ、「もっと!!」と、甘えるように鳴いていた。

 その様子を見て、ティガは目を細めると落ち着いたように、更に話を進める。

「『皆様の狩りに付き添うついでに、時折、この子達の様子を見ておりました。私がいなくてもこの子達は、獣人族に害を加えることも無く、すくすくと成長していたようで安心はしておりました。しかし、日に日にこの子達を立派に、ツバサ様の元で育てたいという欲求は強くなりました。そして、先ほどの、宇迦之様の発言を聞き、私も全てをお話しする決意をしたのです。』……とのことです。」

 そんなティガの言葉に、宇迦之さんは不思議そうに、「わらわの…言葉じゃと?」と、首を傾げる。
 宇迦之さんの言葉を受けて、ティガは甲高くひと声鳴くと、更に話を進めていく。

「『はい。宇迦之様は、「もう自分を偽りたくない」と仰っておりました。その言葉を聞いて、私もその気持ちを持っていると気がついたのです。自分を偽り、ツバサ様に接するのはもう嫌だと思いました。そして、ツバサ様や皆様に隠し事をして過ごす日々は私の望むものではないと、気付かされたのです。』……とのことですわ。」

 そんなティガの言葉を聞いて、皆納得したようだった。
 そして、皆、一様に、

「ツバサ様。若干、うちの父が何か言うかもしれませんが、特に問題は無いかと思います。親子で過ごせない辛さは同じ親として見過ごせないものがございますわ。是非、うちで一緒に過ごせるようにしましょう。」

「私もお母さんに賛成です。こんなに小さいのに、親と離れて過ごすなんて可愛そうですよ。食べ物も私達で狩って来れるますし、一緒に過ごさせてあげましょう?」

「今まで抱えた秘密を話すというのは相当の覚悟が必要じゃ。わらわもそんなティガ殿の覚悟を尊重してやりたいのぉ。」

「ルナも皆一緒の方が良いと思うな!此花ちゃんや咲耶ちゃんと同じでしょ?やっぱり一緒に居た方が良いと思う!」

 そんな風に、レイリさん、リリー、宇迦之さん、ルナが肯定的な意見を返してくれた。
 我が子達は元より反対する気が無いのだろう。特に発言しないものの、俺に視線を向けてきたので、俺は微笑みながら頷いて答えておいた。
 そんな我が子達の顔に笑みが浮かぶものの、俺はまだ、ティガが伝えていないことがあるのを分かっていたので、それを話すべく口を開く。

「みんなの優しい気持ちは、凄く嬉しい。ただ、まだティガの話には続きがあって…。」

 そう言う俺の言葉を遮るように、ティガが少し大きめの声で鳴く。
 そうか…。自分で言うのか。
 俺も責任があるから、俺から言っても良いんだが…と思うが、ティガの目にこもる覚悟は強く、俺はその意思を尊重する。

「分かった…。ティガ。任せるよ。」そう言い、俺はティガの発言を待つ。
 そんな俺達のやり取りに、皆不思議そうに俺達を見る。
 ルナは何か分かっているようで、少しだけその眼差しが違っていた。

 そして、ティガはひと声鳴く。

「『今、ツバサ様が仰ったように、まだ話していないことがあります。』……えっと…、お父様?ティガ様?本当によろしいですの?」

 此花はティガの発した声を訳すのを一瞬ためらう。
 その気使いに俺は心の中でそっと感謝をする。
 そして、言いよどむ気持ちも分からんでもないが、事実は変えられない。
 俺とティガは同時に、黙って頷く。
 そんな俺達の様子を訝しがりながらも、皆は黙ってその先を待つ。
 そして、此花は、続きを話し始める。

「『その2頭のティガは…ツバサ様と私の間に出来た子です。』と、仰っておりましたわ。」

 その言葉を聞いた瞬間、レイリさん、リリー、宇迦之さんは何を言われたのが分からないとでも言うように、俺とティガの顔を交互に見たあと、俺の傍らで、じゃれ付いている黒い2頭の子ティガを見て…最後に俺へと視線を戻す。
 俺は、そんな3人の様子に苦笑しながらも、「恐らく間違いないよ。残念ながら心当たりがある。」と、言った。

「「「ええええぇぇえええええええええええぇぇえ!?」」」

 3人の絶叫が森に響き渡ったのだった。

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