比翼の鳥
第57話:お仕置き
ティガが呼び出した子供達が俺の子だとわかった瞬間、レイリさん、リリー、宇迦之さんは、完全に取り乱していた。
特にレイリさんが顕著で、
「な、なんと言うこと……。ティガに先を越されて……フフフ。」
と、虚空を見つめて、完全にどこかに飛んでいっていた。
リリーは、「つ、ツバサさんは、私よりティガの方が好み……? 私も獣化できれば!! 」
と、間違った方向に闘志を燃やしていた。
宇迦之さんは、「わらわを認めてくれたから特殊じゃとは思っていたが……ここまでとは……。」
と、かなりの困惑模様だった。
俺は大声で否定して回りたい所ではあったが、ティガが何か言いたそうだったので、様子を見ることにした。
それに、この子ティガが俺の子であるのは事実なわけだし。
その毛並みもそうだが、魔力が全てを物語っていた。
体長1mを越えないその体で、この森の熊以上の魔力を有しているのだ。
異常と言って良い。
既に、親であるティガの魔力を優に越えている。
また、これは此花、咲耶と比較して気がついた事なのだが、精霊であれ獣であれ、我が子達の魔力の色や流れ方が、似かよっているのだ。
黒に何かを混ぜたような色。そして、身体中をくまなく巡る魔力の流れ。
これは、どうやら、俺の魔力の特徴のようだ。
ティガは、そんな三者三様の姿を見つめていたが、突然、大きく一声鳴く。
「「「!?」」」と、こちらに戻って来る獣人3人。
それを認めると、ティガは更に一声鳴いた。
「『皆様、勘違いしないで欲しいのですが、私はツバサ様に許可を取らずに、子を生しました。獣の身である私に、許可をとると言う考えはありませんでしたし、その必要性も思い浮かびませんでした。』……だそうですわ。」
そう言ったティガの顔は俺に向いている。その顔には懐かしさがにじみ出ていた。
俺と出会った時の事を思い返しているのかもしれない。
一方的に押さえつけただけなのだが……あんな出会い方でもティガには思う所があったのだろうか?
俺は、そんなティガと俺の感覚の違いに戸惑いつつ、口を開く。
「ちなみに、補足すると……。俺は単純にティガに俺の強さを思い知らせるためだけに、思いつきで魔力をティガに注いだんだ。あの時はリリーの前で、魔力を開放する訳に行かなかったからね。まさか、それで子供が出来るとは夢にも思わなかったよ。けど、言い訳はしないよ。その出自がなんであれ、俺の子供には違いないんだ。精一杯愛情を注いでやりたいとは思っているよ。」
俺は、腹を見せ、気持ちよさそうに甘えて来る、2頭の黒い子ティガを撫でつつ、みんなに本心を伝える。
そんな俺の言葉を聞いたティガは、何か眩しいものでも見るかのように俺に視線を向けると、ひと声発する。
「『初めてツバサ様とお会いした時、魔力を注ぎ込まれ、格の違いを魔力にて思い知らされました。その際、偶然にも強大な魔力を得て、子を生す機会を得たため、試したに過ぎません。この森には至る所に、精霊樹がございます。その内の一つで、私は子を生せるか試したのです。結果として、この子達を授かりました。』……と、言われております。」
なるほどな。
獣が人と子をなすことも驚きだったが、それをしようって獣が思うって言う所も、俺の発想からは完全に抜け落ちていた。
しかし、強者が生き残る世界。そんなところでは、より強い存在を産み出すために、獣ならではの価値観で動いているんだな。
そんなティガの言葉を聞いて宇迦之さんが、「な、何故じゃ……。」と、打ちひしがれた様に呟く。
「なぜ、同じ条件であったのに、わらわとツバサ殿には子ができず、お主とは子ができたのじゃ!?わらわの思いがお主に負けたのか!!」
そんな風に、激昂する宇迦之さん。
確かに、そう言われてみれば気になる点ではある。
もし、想いの強さで負けたと言うのであれば、宇迦之さんの絶望は計り知れない。
勿論、試しにやったという点を差し引いても、宇迦之さんは一族の為も考え、覚悟を決めて子を望んだはずだ。
「試しにやったら出来ちゃいました♪」とか、言われた日には、文句の一つも言いたくなるだろう。
そんな宇迦之さんの想いに、ティガがひと鳴きして答える。
「『推測ではありますが……存在の高さが違ったためと思います。ただの獣である我らと、狐族である宇迦之様とでは、子をなす際の複雑さが違うのでしょう。現に、ツバサ様の魔力を存分に継承しているにも関わらず、私の子達は獣です。もし、ツバサ様の魔力の影響が強いのであれば、人族であってもおかしくありません。』……と、仰っておりますわ。」
なるほど。それは何となくわかる話だ。
人と獣なら、その在り方として、獣の方により傾きやすいのだろう。
もしかしたら、魂の在り方とか……そういった格付けがあるのかもしれない。
でなければ、竜やら精霊やらドンドン生まれて溢れかえってもおかしくないだろう。
いや、それとも、獣と人では根本的に何かが違うのかもしれない……。
或いは、精霊樹にも、子を生す際に何か制限があるのかもしれないな。
そもそも、俺の想いが乗っていないにも関わらず、子は生まれた。
先程ティガの言っていた、格の違いは関係ありそうだ。
これは一度、調べてみる必要があるかもしれない。
そんなティガの言葉を聞き、宇迦之さんは、落ち着きを取り戻すと、
「ティガ殿、失礼な発言じゃった……。すまぬ。」
と、頭を下げる。
しかし、本当にティガは、獣とは思えないほど賢いなぁ……。中に人でも入っているんじゃないのか?
と、思わず訳のわからない事を考えてしまう俺だった。
そして、突然、魔力の高まりを感じた俺は、視線を向ける。
その先には、地の底から響くように、何かを呟きながら、「フフフ……。」と、全然楽しくなさそうに笑うレイリさんの姿があった。
予想通りの状況とは言え、流石に、逃げ出したくなる位、ホラーな感じなのだが。
金色の魔力は粒子となりレイリさんの周りを渦を巻くように回っている。
「私も……獣になれば……クスクス……。」と、完全に路線がずれて大暴走しているレイリさん。
なんか、リリーと発想が同じってところに安堵を覚えるのはなんでだろうか。
ともあれ、このまま放置すると、大参事は確定なので、俺はレイリさんに歩み寄り、その前に立つ。
俺に撫でられていた子ティガ達は、少し名残惜しそうに、俺を振り返りながら、ティガの元へと歩いて行く。
ティガは、そんな子ティガ達をあやしつつ、俺とレイリさんの様子をジッと見ていた。
ルナはリリーと宇迦之さんの近くに、此花と咲耶は、ティガの傍で待機している。
最悪の事態になっても、皆を守れるようにと、思っての事だろう。
本当に、良く気が付く良い子達である。
「レイリさん? 暴走しちゃダメですよ? まずはちゃんと話を聞いて下さいよ。」
そんな俺の言葉に、レイリさんは反応し、俺の目を見ると、
「もう少し待って下さいね。今、ツバサ様の好みの体になりますので……。」
と、悲しそうな顔で言って来る。
あぁー! もう!! レイリさん、変なところで純粋すぎる!!
流石、親子! ぶっ壊れるベクトルが似すぎです!!
「だーかーらぁー! レイリさん。ストップ! まずは、話を聞いて下さいってば! 」
しかし、そんな俺の言葉が届いてないのか、聞きたくないのか、レイリさんは魔力を高め続ける。
時々、レイリさんって聞き分けないんだよね。
なおもレイリさんに話しかけるが、レイリさんは完全に聞く耳を持たない。
魔力も良い感じに高まって来ていて、危険域に差し掛かろうとしている。
これはもう、あれでしょ? お仕置きしていいよね?
流石にリリーの時は、村人の目があって、ちょっとやり辛かったけど、ここは森の中……。
突然、俺が変な笑みを浮かべ始めた事に、リリーと宇迦之さんが不思議そうに首を傾げる。
「つ、ツバサさん? 突然どうしたんですか?」
「いや……レイリさん話聞いてくれそうもないから、少しお仕置きが必要かなーって。」
「お仕置き……。レイリ殿が何かやらかしそうじゃし、止めるのは分かるのじゃが……何故、お主はそんなに楽しそうな笑みを浮かべておるのじゃ? 」
「いやぁ……それはもう、趣味と実益を兼ねたお仕置きをしようかと。本当に胸が張り裂けそうなほど辛いんだ。けど、仕方ないよね!! 」
満面の笑みでそう言う俺を見て、リリーと宇迦之さんはとても微妙な表情を向けて来る。
俺は、レイリさんの目を覗き込むも、その目は何処を向いているか分からない程、焦点が定まっていない。
一応、最後に俺はレイリさんに問い掛ける。
「最後通牒です。レイリさんー。今すぐ魔力を高めるのはやめて下さい。やめてくれないとお仕置きしちゃいますよー。」
しかし、反応は無い。
完全にトランスしております。これは話しかけるだけ無駄だと結論付ける。
俺は、はやる気持ちを抑えつつ……ではなく、言葉の届かない事に打ちひしがれつつ、レイリさんの背後に回る。
そして、魔力を漲らせ、その金の稲穂のように天に向かってそそり立つ尻尾にしがみ付いた。
「はぅ!?」
何が起こったのか分からないと言う様に、声を上げるレイリさん。
しかし、俺はせっかくこの手に掴んだ尻尾を離すなど、馬鹿げたことをする筈は無い。
尻尾にしがみ付きながら、その柔らかさ、フカフカな感触、その甘い匂い、全てを体全体で堪能する。
魔力が漲っているからだろう。静電気でそれぞれの毛が離れるかのように、1本1本が細かく分岐していた。
俺はそれを、手と体を使って寄せ集め、その手に残る感触を存分に楽しむ。
うーむ、なんという感触。何と言うぷにもふ。やわらけー。あったけー。最高だ!!
「あぅ……。ああぁ……。」
と、なんか凄い艶めかしい声が聞こえて来るが俺は無視。
集中が切れたからだろう。魔力は霧散し、尻尾に漲っていた魔力も消えてなくなる。
そうする事で、尻尾にはしっとりとした感触が戻って来ていた。
「全く……。なんでこんな素敵な尻尾があると言うのに、わざわざ獣化しようとするんですかね。」
俺は執拗とも言えるくらい、丹念に毛やその奥にある、プニプニとしたお肉の感触を堪能する。
「やぁ!? だって……つ、ツバサ様。こ、こども……やん!? 」
うーむ。なんかだんだんいけない事しているような気分に……。
いやいや、これはお仕置きお仕置き……。
俺は手を休めることなく、更に尻尾を堪能しつつ、レイリさんに声をかける。
レイリさんは、立っていられなくなったのだろう。
ペタンと前のめりにお尻を俺に突き出す様に、膝を付いてしまう。
まぁ、俺が尻尾を握ってるから、座れないよね……。
「レイリさんが俺との子供を望んでくれるのは気持ちとしては嬉しいですよ?けど、まだ時期尚早なんですよ。俺も、いずれは皆さんとの家庭を持って、子供も欲しいと願っていますが、今はまだ駄目です。俺の気持ちの問題もありますが、それ以上に情勢が悪いんですよ。俺は、子供に笑っていてほしいです。そういう環境を作れるように頑張っているつもりです。それがまだできていないんですよ。」
「じゃ、じゃぁ……ん!?……いつか……ちゃんと、こ、こども……!? つ、つくって……。」
「はい。それは、お約束しますよ。俺は子供を、ちゃんと育てたいですし、そういう環境を作れたら、しっかりと……って、あら……? 」
レイリさんは俺の言葉を聞くことなく、完全に地面に横になって、痙攣していた。
その顔はとても幸せそうなので、特に心配はいらないだろう。うん。
俺は名残惜しく、最後の一撫でをして、尻尾を離しレイリさんを楽な姿勢にしてあげると、視線を上げる。
そこには、顔を真っ赤にした、リリーと宇迦之さんが、何かを期待するように尻尾を揺らして立っていたのだった。
「お母さん……良いなぁ……。」
「まさか……これほどまでとは……。」
2人とも、揃って獣の目で俺を見ている。
いやいや、お仕置きですから。お仕置き。
それでも、全く収まりそうもない2人に、ここで倒れられても困ると、もっともらしく言う。
更に、ちゃんと良い子にしてたら、夜にでも触って上げるからと、言ったら、2人して喜んでいた。
発言だけ聞けば、完璧にアウトである。
なんか、だんだん駄目な方向に行っている気がする。
ふと、ティガを見ると、ティガまで熱い視線を投げかけてきやがった。
いや、まぁ、ティガはティガで良い毛並みだから良いんだけどさ!!
そんな皆の様子を見ていたルナは、物欲しそうに、
「ルナも尻尾と耳欲しいなぁ……。」
と、呟く。そして、それを聞いた、リリー、宇迦之さん、何故かティガまで、全員で
「「「絶対ダメ!」」」
と、反対されていた。
ティガにいたっては、言葉が聞こえた気になる位、強い念だった。
まぁ、ルナのあの破壊力は反則だからなぁ。
気持は分からんでもない。
とりあえず、皆に反対され残念がるルナを宥めつつ、俺はレイリさんを背負う。
皆の意見を聞き、一旦、ティガ達を引き連れて、家へと戻る事に決めた。
子ティガ達も村へと入れる事になるが、まぁ、大丈夫だろう。
そうして、家へと帰ると、桜花さんとカスードさんが、居間で当たり前のように寛いでいた。
理由を聞くと、俺が鐘楼を鳴らしたので、その原因を聞きに来たとの事だった。
ああ、すっかり忘れてたよ……。
なんか色々あったから、頭からぶっ飛んでました。はい。
俺の失礼な感想など知らない2人は、背中に背負われたレイリさんを見て、慌てたように事情を聞いてきた。
俺は、そんな焦る2人を宥めつつ、先ずはレイリさんを寝室で寝かせ、桜花さんとカスードさんに、ティガが俺の子を生していたことを説明した。
「お、おめぇ……ついに獣人だけでなく、獣にも手を出したのかよ……。」
「貴様!? うちのリリーとレイリを娶っておいてその所業!? 今日こそ許さんわ!! 叩き切ってくれるわぃ!! 」
と、珍しく言葉も無く驚くカスードさんと、懐に忍ばせてあった短刀を徐に抜き放つ桜花さん。
そこに、リリーが参戦し、
「おじいちゃん!? ツバサさんに、酷い事したら、もう口きいてあげないから!! 」
と、一発で桜花さんを沈める始末。
涙を浮かべながら俺を睨む桜花さん。気持ちは分かるけど俺にはどうにも出来ん……。
なんか色々と理不尽だ……と、俺は他人事のように思っていたが、口には出さない。
結局、思ったよりあっさりと、子ティガの村での滞在許可がおりた。
もっとも、ティガと同じ様に、弱体化が必須となり、更に1週間の様子見の期間は設けられたが。
俺は、ティガの時に信じてくれたことに対して改めてお礼を述べ、子ティガに関しては、弾力性のある防護膜で覆う措置を講じる事を説明した。
これは、勿論、村人に危害を与えないようにする事も狙っているが、同様に、子ティガに危害が及ばないようにする意味も込められていた。
この防護膜を張っている間は、ティガに直接触れる事は出来ない。
弾力性のある薄い膜に覆われているので、子ティガがぶつかっても、痛くもなんともないだろう。
凄いスピードで動ける、子ティガへの対策であった。
そうして、また2頭、村の住人が増えたのだった。
特にレイリさんが顕著で、
「な、なんと言うこと……。ティガに先を越されて……フフフ。」
と、虚空を見つめて、完全にどこかに飛んでいっていた。
リリーは、「つ、ツバサさんは、私よりティガの方が好み……? 私も獣化できれば!! 」
と、間違った方向に闘志を燃やしていた。
宇迦之さんは、「わらわを認めてくれたから特殊じゃとは思っていたが……ここまでとは……。」
と、かなりの困惑模様だった。
俺は大声で否定して回りたい所ではあったが、ティガが何か言いたそうだったので、様子を見ることにした。
それに、この子ティガが俺の子であるのは事実なわけだし。
その毛並みもそうだが、魔力が全てを物語っていた。
体長1mを越えないその体で、この森の熊以上の魔力を有しているのだ。
異常と言って良い。
既に、親であるティガの魔力を優に越えている。
また、これは此花、咲耶と比較して気がついた事なのだが、精霊であれ獣であれ、我が子達の魔力の色や流れ方が、似かよっているのだ。
黒に何かを混ぜたような色。そして、身体中をくまなく巡る魔力の流れ。
これは、どうやら、俺の魔力の特徴のようだ。
ティガは、そんな三者三様の姿を見つめていたが、突然、大きく一声鳴く。
「「「!?」」」と、こちらに戻って来る獣人3人。
それを認めると、ティガは更に一声鳴いた。
「『皆様、勘違いしないで欲しいのですが、私はツバサ様に許可を取らずに、子を生しました。獣の身である私に、許可をとると言う考えはありませんでしたし、その必要性も思い浮かびませんでした。』……だそうですわ。」
そう言ったティガの顔は俺に向いている。その顔には懐かしさがにじみ出ていた。
俺と出会った時の事を思い返しているのかもしれない。
一方的に押さえつけただけなのだが……あんな出会い方でもティガには思う所があったのだろうか?
俺は、そんなティガと俺の感覚の違いに戸惑いつつ、口を開く。
「ちなみに、補足すると……。俺は単純にティガに俺の強さを思い知らせるためだけに、思いつきで魔力をティガに注いだんだ。あの時はリリーの前で、魔力を開放する訳に行かなかったからね。まさか、それで子供が出来るとは夢にも思わなかったよ。けど、言い訳はしないよ。その出自がなんであれ、俺の子供には違いないんだ。精一杯愛情を注いでやりたいとは思っているよ。」
俺は、腹を見せ、気持ちよさそうに甘えて来る、2頭の黒い子ティガを撫でつつ、みんなに本心を伝える。
そんな俺の言葉を聞いたティガは、何か眩しいものでも見るかのように俺に視線を向けると、ひと声発する。
「『初めてツバサ様とお会いした時、魔力を注ぎ込まれ、格の違いを魔力にて思い知らされました。その際、偶然にも強大な魔力を得て、子を生す機会を得たため、試したに過ぎません。この森には至る所に、精霊樹がございます。その内の一つで、私は子を生せるか試したのです。結果として、この子達を授かりました。』……と、言われております。」
なるほどな。
獣が人と子をなすことも驚きだったが、それをしようって獣が思うって言う所も、俺の発想からは完全に抜け落ちていた。
しかし、強者が生き残る世界。そんなところでは、より強い存在を産み出すために、獣ならではの価値観で動いているんだな。
そんなティガの言葉を聞いて宇迦之さんが、「な、何故じゃ……。」と、打ちひしがれた様に呟く。
「なぜ、同じ条件であったのに、わらわとツバサ殿には子ができず、お主とは子ができたのじゃ!?わらわの思いがお主に負けたのか!!」
そんな風に、激昂する宇迦之さん。
確かに、そう言われてみれば気になる点ではある。
もし、想いの強さで負けたと言うのであれば、宇迦之さんの絶望は計り知れない。
勿論、試しにやったという点を差し引いても、宇迦之さんは一族の為も考え、覚悟を決めて子を望んだはずだ。
「試しにやったら出来ちゃいました♪」とか、言われた日には、文句の一つも言いたくなるだろう。
そんな宇迦之さんの想いに、ティガがひと鳴きして答える。
「『推測ではありますが……存在の高さが違ったためと思います。ただの獣である我らと、狐族である宇迦之様とでは、子をなす際の複雑さが違うのでしょう。現に、ツバサ様の魔力を存分に継承しているにも関わらず、私の子達は獣です。もし、ツバサ様の魔力の影響が強いのであれば、人族であってもおかしくありません。』……と、仰っておりますわ。」
なるほど。それは何となくわかる話だ。
人と獣なら、その在り方として、獣の方により傾きやすいのだろう。
もしかしたら、魂の在り方とか……そういった格付けがあるのかもしれない。
でなければ、竜やら精霊やらドンドン生まれて溢れかえってもおかしくないだろう。
いや、それとも、獣と人では根本的に何かが違うのかもしれない……。
或いは、精霊樹にも、子を生す際に何か制限があるのかもしれないな。
そもそも、俺の想いが乗っていないにも関わらず、子は生まれた。
先程ティガの言っていた、格の違いは関係ありそうだ。
これは一度、調べてみる必要があるかもしれない。
そんなティガの言葉を聞き、宇迦之さんは、落ち着きを取り戻すと、
「ティガ殿、失礼な発言じゃった……。すまぬ。」
と、頭を下げる。
しかし、本当にティガは、獣とは思えないほど賢いなぁ……。中に人でも入っているんじゃないのか?
と、思わず訳のわからない事を考えてしまう俺だった。
そして、突然、魔力の高まりを感じた俺は、視線を向ける。
その先には、地の底から響くように、何かを呟きながら、「フフフ……。」と、全然楽しくなさそうに笑うレイリさんの姿があった。
予想通りの状況とは言え、流石に、逃げ出したくなる位、ホラーな感じなのだが。
金色の魔力は粒子となりレイリさんの周りを渦を巻くように回っている。
「私も……獣になれば……クスクス……。」と、完全に路線がずれて大暴走しているレイリさん。
なんか、リリーと発想が同じってところに安堵を覚えるのはなんでだろうか。
ともあれ、このまま放置すると、大参事は確定なので、俺はレイリさんに歩み寄り、その前に立つ。
俺に撫でられていた子ティガ達は、少し名残惜しそうに、俺を振り返りながら、ティガの元へと歩いて行く。
ティガは、そんな子ティガ達をあやしつつ、俺とレイリさんの様子をジッと見ていた。
ルナはリリーと宇迦之さんの近くに、此花と咲耶は、ティガの傍で待機している。
最悪の事態になっても、皆を守れるようにと、思っての事だろう。
本当に、良く気が付く良い子達である。
「レイリさん? 暴走しちゃダメですよ? まずはちゃんと話を聞いて下さいよ。」
そんな俺の言葉に、レイリさんは反応し、俺の目を見ると、
「もう少し待って下さいね。今、ツバサ様の好みの体になりますので……。」
と、悲しそうな顔で言って来る。
あぁー! もう!! レイリさん、変なところで純粋すぎる!!
流石、親子! ぶっ壊れるベクトルが似すぎです!!
「だーかーらぁー! レイリさん。ストップ! まずは、話を聞いて下さいってば! 」
しかし、そんな俺の言葉が届いてないのか、聞きたくないのか、レイリさんは魔力を高め続ける。
時々、レイリさんって聞き分けないんだよね。
なおもレイリさんに話しかけるが、レイリさんは完全に聞く耳を持たない。
魔力も良い感じに高まって来ていて、危険域に差し掛かろうとしている。
これはもう、あれでしょ? お仕置きしていいよね?
流石にリリーの時は、村人の目があって、ちょっとやり辛かったけど、ここは森の中……。
突然、俺が変な笑みを浮かべ始めた事に、リリーと宇迦之さんが不思議そうに首を傾げる。
「つ、ツバサさん? 突然どうしたんですか?」
「いや……レイリさん話聞いてくれそうもないから、少しお仕置きが必要かなーって。」
「お仕置き……。レイリ殿が何かやらかしそうじゃし、止めるのは分かるのじゃが……何故、お主はそんなに楽しそうな笑みを浮かべておるのじゃ? 」
「いやぁ……それはもう、趣味と実益を兼ねたお仕置きをしようかと。本当に胸が張り裂けそうなほど辛いんだ。けど、仕方ないよね!! 」
満面の笑みでそう言う俺を見て、リリーと宇迦之さんはとても微妙な表情を向けて来る。
俺は、レイリさんの目を覗き込むも、その目は何処を向いているか分からない程、焦点が定まっていない。
一応、最後に俺はレイリさんに問い掛ける。
「最後通牒です。レイリさんー。今すぐ魔力を高めるのはやめて下さい。やめてくれないとお仕置きしちゃいますよー。」
しかし、反応は無い。
完全にトランスしております。これは話しかけるだけ無駄だと結論付ける。
俺は、はやる気持ちを抑えつつ……ではなく、言葉の届かない事に打ちひしがれつつ、レイリさんの背後に回る。
そして、魔力を漲らせ、その金の稲穂のように天に向かってそそり立つ尻尾にしがみ付いた。
「はぅ!?」
何が起こったのか分からないと言う様に、声を上げるレイリさん。
しかし、俺はせっかくこの手に掴んだ尻尾を離すなど、馬鹿げたことをする筈は無い。
尻尾にしがみ付きながら、その柔らかさ、フカフカな感触、その甘い匂い、全てを体全体で堪能する。
魔力が漲っているからだろう。静電気でそれぞれの毛が離れるかのように、1本1本が細かく分岐していた。
俺はそれを、手と体を使って寄せ集め、その手に残る感触を存分に楽しむ。
うーむ、なんという感触。何と言うぷにもふ。やわらけー。あったけー。最高だ!!
「あぅ……。ああぁ……。」
と、なんか凄い艶めかしい声が聞こえて来るが俺は無視。
集中が切れたからだろう。魔力は霧散し、尻尾に漲っていた魔力も消えてなくなる。
そうする事で、尻尾にはしっとりとした感触が戻って来ていた。
「全く……。なんでこんな素敵な尻尾があると言うのに、わざわざ獣化しようとするんですかね。」
俺は執拗とも言えるくらい、丹念に毛やその奥にある、プニプニとしたお肉の感触を堪能する。
「やぁ!? だって……つ、ツバサ様。こ、こども……やん!? 」
うーむ。なんかだんだんいけない事しているような気分に……。
いやいや、これはお仕置きお仕置き……。
俺は手を休めることなく、更に尻尾を堪能しつつ、レイリさんに声をかける。
レイリさんは、立っていられなくなったのだろう。
ペタンと前のめりにお尻を俺に突き出す様に、膝を付いてしまう。
まぁ、俺が尻尾を握ってるから、座れないよね……。
「レイリさんが俺との子供を望んでくれるのは気持ちとしては嬉しいですよ?けど、まだ時期尚早なんですよ。俺も、いずれは皆さんとの家庭を持って、子供も欲しいと願っていますが、今はまだ駄目です。俺の気持ちの問題もありますが、それ以上に情勢が悪いんですよ。俺は、子供に笑っていてほしいです。そういう環境を作れるように頑張っているつもりです。それがまだできていないんですよ。」
「じゃ、じゃぁ……ん!?……いつか……ちゃんと、こ、こども……!? つ、つくって……。」
「はい。それは、お約束しますよ。俺は子供を、ちゃんと育てたいですし、そういう環境を作れたら、しっかりと……って、あら……? 」
レイリさんは俺の言葉を聞くことなく、完全に地面に横になって、痙攣していた。
その顔はとても幸せそうなので、特に心配はいらないだろう。うん。
俺は名残惜しく、最後の一撫でをして、尻尾を離しレイリさんを楽な姿勢にしてあげると、視線を上げる。
そこには、顔を真っ赤にした、リリーと宇迦之さんが、何かを期待するように尻尾を揺らして立っていたのだった。
「お母さん……良いなぁ……。」
「まさか……これほどまでとは……。」
2人とも、揃って獣の目で俺を見ている。
いやいや、お仕置きですから。お仕置き。
それでも、全く収まりそうもない2人に、ここで倒れられても困ると、もっともらしく言う。
更に、ちゃんと良い子にしてたら、夜にでも触って上げるからと、言ったら、2人して喜んでいた。
発言だけ聞けば、完璧にアウトである。
なんか、だんだん駄目な方向に行っている気がする。
ふと、ティガを見ると、ティガまで熱い視線を投げかけてきやがった。
いや、まぁ、ティガはティガで良い毛並みだから良いんだけどさ!!
そんな皆の様子を見ていたルナは、物欲しそうに、
「ルナも尻尾と耳欲しいなぁ……。」
と、呟く。そして、それを聞いた、リリー、宇迦之さん、何故かティガまで、全員で
「「「絶対ダメ!」」」
と、反対されていた。
ティガにいたっては、言葉が聞こえた気になる位、強い念だった。
まぁ、ルナのあの破壊力は反則だからなぁ。
気持は分からんでもない。
とりあえず、皆に反対され残念がるルナを宥めつつ、俺はレイリさんを背負う。
皆の意見を聞き、一旦、ティガ達を引き連れて、家へと戻る事に決めた。
子ティガ達も村へと入れる事になるが、まぁ、大丈夫だろう。
そうして、家へと帰ると、桜花さんとカスードさんが、居間で当たり前のように寛いでいた。
理由を聞くと、俺が鐘楼を鳴らしたので、その原因を聞きに来たとの事だった。
ああ、すっかり忘れてたよ……。
なんか色々あったから、頭からぶっ飛んでました。はい。
俺の失礼な感想など知らない2人は、背中に背負われたレイリさんを見て、慌てたように事情を聞いてきた。
俺は、そんな焦る2人を宥めつつ、先ずはレイリさんを寝室で寝かせ、桜花さんとカスードさんに、ティガが俺の子を生していたことを説明した。
「お、おめぇ……ついに獣人だけでなく、獣にも手を出したのかよ……。」
「貴様!? うちのリリーとレイリを娶っておいてその所業!? 今日こそ許さんわ!! 叩き切ってくれるわぃ!! 」
と、珍しく言葉も無く驚くカスードさんと、懐に忍ばせてあった短刀を徐に抜き放つ桜花さん。
そこに、リリーが参戦し、
「おじいちゃん!? ツバサさんに、酷い事したら、もう口きいてあげないから!! 」
と、一発で桜花さんを沈める始末。
涙を浮かべながら俺を睨む桜花さん。気持ちは分かるけど俺にはどうにも出来ん……。
なんか色々と理不尽だ……と、俺は他人事のように思っていたが、口には出さない。
結局、思ったよりあっさりと、子ティガの村での滞在許可がおりた。
もっとも、ティガと同じ様に、弱体化が必須となり、更に1週間の様子見の期間は設けられたが。
俺は、ティガの時に信じてくれたことに対して改めてお礼を述べ、子ティガに関しては、弾力性のある防護膜で覆う措置を講じる事を説明した。
これは、勿論、村人に危害を与えないようにする事も狙っているが、同様に、子ティガに危害が及ばないようにする意味も込められていた。
この防護膜を張っている間は、ティガに直接触れる事は出来ない。
弾力性のある薄い膜に覆われているので、子ティガがぶつかっても、痛くもなんともないだろう。
凄いスピードで動ける、子ティガへの対策であった。
そうして、また2頭、村の住人が増えたのだった。
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