比翼の鳥

風慎

第61話:卯族の巫女

 快調に疾走するビビの上で、俺は何とか異世界の現実を受け入れるように努力した。

 これは、異世界……文鳥ではなくビビ……そう、違うんだ……別物別物……。
 俺がそんな事をブツブツと唱えるように呟いているのを見て、宇迦之さんが、

「なんじゃ、お主も受け入れられないものがあるんじゃのぉ。フフフ……。」

 と、堪えられないように、笑い声を吐き出した。

「ええ……この鳥には思い入れがあったもので……ちょっと流石に、くるものがありますね。」

 俺にとって文鳥は、元の世界での癒しそのものだった。
 子供の頃から、何回も生き死にを見てきたかけがえの無い存在だったと言っても良い。
 それが、なんと言うか……こう、残念な……いや、訳の分からない状態でいきなり出てきたので、受け入れられなかったのだった。
 もっとも、気にしてもしょうがない事は棚上げが、俺の処世術である。
 俺も、この現実を徐々に受け入れられるようになってきたのだった。

「村の皆が、そんな風にいつも驚かされていたからのぉ。たまには村人や、わらわ達の気持ちを味わうのも良いであろう?」

 と、少し意地悪そうな顔で、そう笑いかけてきた。

 言われてみれば納得である。
 獣人族にしてみれば、俺が非常識の塊みたいなものだ。
 皆、こんな風に、混乱と戸惑いを日ごろ感じていたのだろう。
 そんな村人の気持ちに触れ、ちょっと反省する。

 そんな俺の気持ちを置き去りに、ビビは尚も疾走して行った。
 途中、峡谷のように地面が断絶した部分を、一息で跳び越し、森をひた走る。

 走り始めて3時間ほど経っただろうか?探知で捕らえていた集落とおぼしき場所に、残り20km位の所まで接近した。
 ちなみに、ルカール村と今向かっている集落まで、直線距離で600km前後。
 大体、東京から青森くらいまでの間を、ビビは時速200kmで走ってきた計算になる。
 と言う事は、ビビは飛べばもっと早いと言うわけで……精霊侮れないな……と俺は改めて思う。
 俺がビビにそんな感想を抱いていると、ルナが声を上げた。

「そろそろ、村に着くって! 少し離れたところに停まるね?」

「何!? もう着いたじゃと……? さすが精霊様じゃのぉ。」

「行くのには1ヶ月近くかかったのに……。こ、こんなにあっさり……。」

 宇迦之さんとラッテさんが、その言葉を聞いて複雑な顔をしながら驚く。
 そりゃ、来る時はさぞかし苦労しただろうしなぁ……。驚くのも無理は無い。
 道の無い森の中を歩くのだ。きっと、1日に20~30kmも歩ければ御の字だろう。
 途中谷もあったしな……どうやって超えたのだろうか……。
 一瞬、ゴウラさんが皆を放り投げて向こう岸に渡す姿を想像してゾッとする。
 そして、そんな微妙な表情の2人を余所に、ビビは徐々に速度を落とすと、少し開けた場所にその身をとどめ、ゆっくりと屈んだ。

「じゃあ、レイリさん、宇迦之さん、ラッテさん。よろしくお願いします。」

 俺は、3人に声をかけて、【ステルス】を自分にかける。
 レイリさんと宇迦之さんは自分で降りたが、ラッテさんは俺が抱えて下ろす。
 先ほどは魔法で持ち上げたので気がつかなかったが、ラッテさんは俺が思う以上に軽かった。
「お、お手数おかけして……すいません……。」と、恐縮した様子のラッテさんに、「いえいえ。お安い御用ですよ。また、色々分かったら教えてくださいね。」と、笑いかける。
 そんな俺の言葉に、ラッテさんは、「ええ!」と、微笑みながらハッキリと答えてくれた。

 これから向かうのは、卯族の村らしい。
 ルカール村に来訪した3人とも、まずこの村で落ち合って、ルカール村を目指したと、宇迦之さんが言っていた。
 ゴウラさんは、ルカール村に居ついてしまっているため、変わりにレイリさんを含めた3人で報告に向かうのだ。
 俺は、何かあったときの保険で、皆の後ろに姿を隠して着いていく事になっていた。

 本当は卯族の村に滞在し、色々と交流したい所であったが、今は報告のみを行い通り過ぎることになる。
 俺の生バニー様が……無念である。
 ちなみに、次は、子族の村へと向かい、最期に狐族の村で暫く逗留する手はずとなっていた。
 これからの工程を思い描いていると、レイリさんがリリーに声をかけた。

「では行ってきます。リリー、皆を頼みますね?」

「うん! 気をつけてね!お母さん! ツバサさんも無茶しないで下さいね?」

 何故か俺はリリーに釘を刺されたが、元より暴れるつもりなど無い。

「ああ、おとなしく村の様子でも観察しているよ。ルナ、皆、少し留守にするが、待っててくれ。もし、あまりにも遅くなるようだったら事前に決めた通り、後はルナに任せてそのままルカール村へ戻ってくれ。」

 と、笑顔で返す。
 念のために、そういう取り決めはしておいたが、そうなる事は無いだろう。
 ルナが出てくるときは卯族の村が消し飛ぶときだ……その位の覚悟はしてきている。
 そうならないように、俺が上手く立ち振る舞う必要があった。

「うん。任せて!ツバサ。けど、早く帰ってきてね?」

 俺は、そんな可愛いことを言うルナに、笑顔を返すと、3人と共に歩き出す。

 卯族の村は、初期のルカール村程ではなく、村の周りにしっかりとした木の柵が設けてあった。
 門こそないものの、これならば村に獣が入ってくる事は無いだろう。

 そして、入り口には、木の槍とおぼしき物をたずさえた門番がいた。
 ゴウラさんを見てしまうと見劣りこそするものの、屈強な男性が2人、その入り口を守っている。
 そうだよなぁ。普通はこうだよな?門番がいないとか、ルカール村がおかしいんだよな?と、俺はそんな感想を抱く。
 そして、頭には燦然さんぜんと輝く、うさ耳……。いい加減慣れてきたが、未だにそれを見るたびに胸に何か込みあがるものがある。

「止まれ! 何奴だ!!」
「まて! 貴女様は……宇迦之様! ラッテ様も!! ご無事でしたか!!」

 門番1さんが静止するも、門番2さんがすぐに2人に気がつき、礼を取る。

「うむ、ご苦労様なのじゃ。わらわも、ラッテ殿もこの通り無事じゃ。ゴウラ殿なのだが、本人の希望もあって、今もルカール村に滞在しておるのじゃ。色々と報告したいこともあるのじゃが……長老様はおいでかの?」

 その言葉に、勢い良く答えると、門番1さんはすぐさま走っていった。
 門番2さんは、俺達を先導して歩き始める。
 流石は、ちっちゃくても巫女である宇迦之さんだ。
 その言葉に、威厳と裏打ちされた力を感じる。

 俺は、先導される3人について行きながら、卯族の村の様子を観察する。
 どこもかしこも、うさ耳一色。男性にも子供にも女性にも、皆、頭にうさ耳である。
 女性のうさ耳はやはり、グッと来る何かがあった。素晴らしい!!

 しかし、気になったのはその服装である。
 皆、薄汚れた麻袋のような、ごわごわとした服を着ているのである。
 着難そうだし、見た目も何もあったものではない。
 言い方は悪いが、囚人が集まったかのような雰囲気すらあり、それがかなり残念である。
 ゴウラさんはそんな事も無かったが、上半身は殆ど裸だったし、ズボンもぼろぼろだったな。
 本人のイメージに合いすぎていて気にも留めなかったが、恐らくあれが最上級の礼装なのだろう。
 リリーやルナの着ている、エプロンドレスとか着れば、かなり雰囲気も変わるだろうに……。
 ここは改革の必要ありと、そっと心に留め置く。

 あと、びっくりしたのは家だ。
 どうやら、地下に穴を掘って住んでいるらしい。入り口は少し高めに作って水の浸入を防いでいるのだろう。
 所々に台座のように、入り口と思われるものが乱立しており、見通しが良過ぎて落ち着かない。
 火も使わないのか、煙が上がっているようなこともなく、生活観が感じられないのも寂しく見える要因のひとつなのかもしれない。

 そんな事を考えていると、どうやら長老の家に着いたらしい。
 門番1さんが地面に埋まった扉を開け、横で佇んでいた。

「どうぞ、こちらへ。長老と巫女様がお待ちでございます。」

 そう言い、宇迦之さんたちを促す。
 一瞬、門番1さんが、後ろに続いているレイリさんをチラッと見たことに、俺は気がついていたが、俺は何も言わず、隠れたまま、皆に続き中へと入っていく。

 中は思いのほか明るく、冷え冷えとした明かりが灯っていた。
 魔法の明かりにしては、あまり魔力を感じないと思いよく見ると、蛍のような虫が、透明の器に収まっていた。
 蛍と違うのは明滅せず、光りっぱなしと言う事だ。
 餌とかどうなっているか気になる所だが、これはこれで便利だなぁと、俺は一人感心する。

 奥の部屋へと通された3人は、土の上にござを引いたような場所に座るよう促され、そこに座っていた。
 部屋は思いのほか広く、50平米はあるだろうと思われた。
 俺は部屋の隅へと移動し、部屋全体を見渡しつつ、皆の様子を観察する。

 3人とも落ち着いているようだが、一言も発することは無かった。
 門番1さんが、威圧的に部屋の中の様子に睨みを利かせているのも、その要因かもしれない。

 そして、俺達が入ってきた入り口と正反対の入り口より、卯族の男性と女性が入ってきた。
 卯族の男性は、女性の手を取り、ゆっくりと案内するように、部屋の一角へと女性を座らせる。
 女性のその目は閉じられており、それで目が見えないのだろうと言うことを俺は察した。

 女性は、今まで見てきた村人とは一線を画すほど、きらびやかな衣装を、その身に纏っていた。
 一言で言えば、十二単じゅうにひとえ
 ただし、元の世界の十二単と違い、裾は短く、地面を引きずる長さではなかった。
 また、重ねも4枚ほどだろうか?簡易化されている印象を受ける。

 しかし、村の現状を見れば、その差は歴然だった。
 絹に似た光沢のある糸で丁寧に織られ、刺繍も凝ったものが表面を彩っている。

 そして、それを着こなすその卯族の女性もまた、美しい娘だった。
 年はまだ若く、見た目では16~18前後であるように見える。
 白く透き通るような肌に、ほっそりとした手足。頭には綺麗な白いうさ耳。
 髪はつややかな白髪だった。ルナは少し銀色がかっているが、こちらは真っ白である。
 顔は、東洋人よりの容姿ではあるものの、桃色の唇に、伏せられたその目が更にその娘を、より幻想的に見せていた。
 ちなみに、胸は衣服に阻まれて良く見えなかったが、あまり起伏を感じることは出来なかったと付け加えておく。

 対して長老は、大柄の男で髪はやはり白。ゴウラさん張りの筋骨隆々のお方だ。
 目には力があり、子供なら確実に泣くであろう、その堀の深い顔。
 どうみてもゴウラさんの血族だと、容易に想像のつく容姿である。

 そんな長老は、音を立て座り込むと、3人を見据え口を開く。

「良く無事で戻ってくれた……。早速で悪いのだが、詳細を頼む……。」

 低く、良く響く声でそう問いかける。その言葉に宇迦之さんが口を開き説明を始める。

 改めて、ゴウラさんは、現在、ルカール村の新しい戦闘技術にほれ込み、修行がてら逗留中であること。
 ルカール村の技術水準が、飛躍的に向上し、生活が潤っていること。
 意識改革が起こり、村の雰囲気はとても良い状態であること。
 そして、先日の魔力放出の件も含め、一連の騒ぎは、異邦人の存在によるものである事を丁寧に語っていった。

 俺は、その報告を改めて聞くに至って、今更ながらやりすぎたかなぁと、ちょっと心配になっていた。
 客観的に聞いてみると、中々に派手にやらかしているのが良くわかる。
 俺は背中に汗をかきつつ、淡々と進む報告を見守っていた。

「なるほど……。宇迦之殿よ……。その異邦人……、それ程までか? 害は無いのか?」

 そんな長老の言葉に、宇迦之さんはニヤリと楽しそうな笑みを浮かべる。
 あ、なんか嫌な予感しかしないです。その笑み。

「そうよのぉ……。まぁ、無茶苦茶ではあるのぉ。とりあえず、ご子息でもあるゴウラ殿と、笑いながら戦える位の腕ではあるの。しかも、最終的にはゴウラ殿の技を盗んで自分のものにしてしまいおったわぃ。たかだか1ヶ月そこらでじゃ。更にその異邦人……ツバサ殿というのじゃが、自分の技術を惜しげもなく伝授しておったのぉ。ゴウラ殿が戻ったら分かるとは思うのじゃが……相当化けて帰ってくるじゃろうな。」

 そんな言葉に、長老はピクリと眉を動かしその顔をしかめる。

「あとなぁ。その知識量と判断力、統率力等、恐ろしいものがあるの。あの偏屈物の集まりであったルカール村を完全に一つに纏め上げておる。正直、この森にいる獣人族の誰にもあんなこと出来ないじゃろうな。見てみんと分からぬと思うが、あれは奇跡じゃな。」

 そんな宇迦之さんの手放しの賛辞に、俺は背中が痒くなる思いで、悶えながら聞いていた。
 絶対わざとだ! 確実に俺が聞いている事を意識して話している! 先ほどからニヤニヤしながら話しているのがそれを如実に物語っている。

「そこまでの者か……。」

 と、長老様は信じられないように、言葉を吐き出す。

「後は、そうさのぉ……。ああ、そうじゃった。関係ない話ではあるが、わらわもツバサ殿に嫁ぐことになったの。」

「な!? 宇迦之殿が!? それは……。」

「嘘は言うておらぬよ? のぅ? レイリ殿。」

「はい。確かなことですわ。 宇迦之様、これからも同じ婚約者同士、よろしくお願いいたしますね。」

 そんな宇迦之さんとレイリさんのやり取りを見て、長老は顔を真っ青にしていた。
 そして、そんな状況を引き起こしている2人の口元は、お互いに釣りあがって黒い笑みを浮かべている。
 何この2人。タッグを組んだら無敵なんじゃないの?

 そんな状況の中、機を逃してはいけないと、焦ったようにラッテさんが声を出す。

「じ、実は……これは、まだツバサ様にも話していないことなのですが……子族でも巫女を嫁がせるよう、私が進言する予定です。」

 と、爆弾発言をかます。
 これには、俺だけでなく、この場の全ての人が驚いた。
「聞いておらんぞ?」「ラッテ様?」と、婚約済みの巫女2人が詰め寄り、ラッテさんは涙目になって、オロオロしていた。
 哀れラッテさん……と思うも、俺も寝耳に水なので正直同情はできない。

「ラッテ殿……それ程までか?」

 と、長老が焦ったように、ラッテさんを問い詰める。
 その体からは制御できない気持ちと共に魔力が漏れ出て、部屋を細かく振動させている。

「は、はははああ、はいぃいー。つ、ツバサ様は、いずれこの森を治めうる力を持った方だとお、思いますです!子族も、それに乗り遅れるわけに、い、いかないのであり、あります!」

 と、3人に詰め寄られ完全に錯乱した様子で、ラッテさんが答える。
 何だか俺の知らないところで、変な評価をされているようだ。
 その言葉を聞き、宇迦之さんとレイリさんは何ともいえない表情をする。
 言っていることは良くわかるが、許容は出来ないと言ったところだろうか。
 長老様は暫く、腕を組んで考え込んでいたが、目を開くと、おもむろに口を開く。

「分かった……。皐月さつき、良いか?」

 そう言われて、それまで一言も発していなかった、卯族の巫女さんが口を開く。

「はい……。お父様……。皐月は……その方に興味があります……。」

 恥ずかしそうに頬を染めながら、か細い声で、そう答えた皐月さん。
 そして、俺がいる方を、モジモジしながらもジッと見て、こう言った。

「そこで……見守っていらっしゃる……お優しそうなお方ですよね……? 皐月と……お話して頂けますか……?」

 その一言で、部屋に動揺が走ったのだった。

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