比翼の鳥

風慎

第69話:勇者来襲

「そ、そんなまさか……ナーガラージャ様の結界は、健在なはずです……。」

 そんな驚きを隠せない声で、レイリさんが嘆くように声を発する。

「うっせーよ……そこの人外! モンスターの癖に人間様の言葉話すんじゃねぇよ。」

「っ!?」と、レイリさんは怒りをあらわにするも、言葉を飲み込んだ。
 レイリさんの懸命な判断に俺は感謝した。
 状況を理解してくれて助かる。今はまだ、情報が必要だ。

「つぅかさ……オッサン。なんでそんなモンスター連れてんの? あんたも日本から来たんだろ? しかも、俺らの計画邪魔するってどういうことよ。」

「確かに、私は日本から来ました。そして、右も左も分からない私を救ってくださったのが、ここの方々なのですよ。恩人に礼を尽くすのは大切な事かと。それに、案外話してみると良い方々ばかりですよ?」

「馬鹿じゃないの? オッサン。そんなモンスターに肩入れしちゃってさ。モンスターってのはさ……。」

 そう言って、自称勇者カオルは腰に下げた両刃の剣を抜き放つ。
 俺は全力で防護結界を構築、特にレイリさんを中心に厚く展開する。
 更に、勇者と、各人員直上にファミリアを展開する。万が一の備えだ。

「俺達の経験値と金の元でしかねぇだろ!!」

 そう言い放ち、手にした剣を振り払う。
 俺は、レイリさんを庇う位置に立ち、更に幾重にも防護結界を張る。
 何枚かは硬質な音を立てて砕け散るも、勇者の攻撃を防ぎきった。
 あ、危なかった。本気で振りぬいてきやがった。
「何の真似ですかね?」と、俺は努めて冷静に問いかける。

「へぇ? 俺にたてついちゃうの? つか、そんな化け物を庇って何になるんだよ? こんな辛気臭い森とかやめてさー、人族の都市に来れば良い思い沢山出来るんだけど良いの? 俺、結構女性にもててっから一人くらいくれてやっても良いよ?」

 そう、ニヤニヤしながら俺を懐柔しようとしてくる。
 吐き気がする。正直、その締まりの無い顔に一発お見舞いしてやりたい気分だ。

「いえ、ここも結構良い所ですので遠慮しておきますよ。住めば都って言う言葉もあるでしょう? それに、私には既にお嫁さんが4人もいますので、もうこれ以上はいりませんよ。獣耳のパラダイスですし、尻尾もフサフサで気持ち良いですし、美人さんも多いですからね。」

 俺はレイリさんを抱きしめながら、勇者に向かって声をかける。
 レイリさんは恥ずかしげに身をよじらすも、満更でもない様子だ。

 そんな俺の言葉を聞いて、信じられないものでも見るかのような侮蔑を込めた視線を俺に向ける勇者。

「うっわ……気持ちわりぃ。オッサン……狂ってるなぁ。そんな毛深い奴らのどこが良いんだか。」

 そうして、顔をしかめた後、打って変わってニヤリと軽薄な笑みを浮かべる。

「まぁ、良いや。どうやらオッサンはこっちについてくれそうも無いし。交渉決裂って事で良いだろ?」

「初めから交渉する気も無かったのでは?こちらとしては、話し合いで済むのでしたら、穏便に済ませたいところなんですが。」

 俺は頬を掻きながら、困ったように呟く。
 そんな俺の言葉を一笑すると、勇者は剣をこちらに向ける。
「レイリさん……村人の保護をお願いします。」俺は小声で、そう伝える。
 ビビに目をやると、こちらを見つめ頷いた。器用で賢い文鳥だ。
 そんなやり取りをしていると、横合いからルナが突然勇者に声をかける。

「なんで……精霊さんを傷つけたの?」

 その目には大粒の涙が浮かんでいる。それでも真っ直ぐに勇者を見つめ、真剣に問いを投げかける姿があった。
 その腕には、小さくなって今にも消えてしまいそうな精霊がいた。
 まだ、辛うじてもっている。早く治療してやらないと!?
 俺はそんな焦りを覚えるも、話は続く。

「お? なんだ、こんなところに可愛い子いるじゃん。ちょっと胸が足りないけど悪くないな。」

「……何で? こんな酷い事するの?」

 そんなルナの様子に、勇者はうんざりとした様子で答える。

「うっとおしいなぁ。顔可愛いんだから、黙れよ。精霊なんて人間様の道具だろ? こっちがどうしようが勝手でしょ? それよりさ、俺と良い事しようぜ。大丈夫、俺結構……。」

 そんな言葉を遮る様に、俺は声を発する。

「黙れよ、くず……。」

 俺は考えも無くただ感情で、その言葉を吐いていた。
 心の底から沸きあがってくる嫌悪感。決して相容れないであろうその考え方。
 ああ、自分で話し合いで解決しましょうとか言いながら、これか。
 ハハハ……我ながらやっていることが陳腐ちんぷすぎて、泣く気も起きない。

 自分とままならない現実に絶望しながら、それでも、俺は怒りを隠しもせず表に出す。
 こいつは……自称勇者とかほざいているこいつは……俺の大事な人たちをことごとく言葉で、思いで、踏みにじって汚した。

「んだよ……オッサンは黙ってろって。今、良い所なんだからさ……。それに、雑魚の癖に粋がんなって。もう年なんだから指加えて見てろよ。」

 そんな言葉を更に遮るように、ルナから言葉が発せられる。

「……あなた……汚いね……。酷く醜い。そんな人が私達の好きな人を馬鹿にしないで!! あなたなんかにツバサの事を悪く言われたくない!」

 俺も皆もそのルナの姿に驚いていた。
 初めてじゃないだろうか……ここまでルナが明確な敵意と嫌悪感を人に向けたのは。

 勇者はその言葉を聞き、「怒った顔も良いじゃん。」とか、ほざいている。
 駄目だ……こいつ、今のルナの言葉が心にまったく届いていない。
 見た感じ、高校生から大学生の間くらいだろうが、こいつがまともに社会で生きていく姿を思い描けない。

 気になったのはローブ姿の奴だ。一瞬、ルナの言葉に反応するように俯かせていた顔を上げる。
 しかし、目深にかぶったローブに阻まれその表情を読み取る事はできなかった。
 なんだ?何に反応したんだ?

 そんな俺の戸惑いを置いて、2人は衝突を強めていく。

「あなたの顔は見たくない。もう帰って! この森から出て行ってよ!!」

「じゃあ、君も一緒に行こうぜ。こんな辛気臭い森とか、さっさと焼き払ってさ。」

「絶対に嫌!! 大嫌い!!」

 そう叫ぶルナの後ろに無数の氷の槍アイススピアが浮かぶ。
 そんな様子を見て、勇者は顔をしかめると、「面倒くせぇなぁ……。」と、呟き、その後、雰囲気が変わる。

『俺の言う事を黙って聞け!』

 何とも言えない気持ち悪さが、勇者の声に乗せて周辺に伝わる。
 なんだ? 今の感じは? 凄く嫌な予感がする。
 ルナも訝しがっているが、特に問題は無さそうだ。
 そんな様子に気がつきもしない勇者は、懲りずにルナに声をかける。

「ほら、そんな物騒なものしまって、俺と行こうぜ。」

 しかし、ルナは更に氷のアイススピアを増やし、威嚇する。

 そんなルナの様子を見て、「チッ!? レジストしやがった!」と、悔しそうに顔を歪ませる。
 俺は、その言葉で何となく、勇者が何をしたか分かってしまい、回りに目を向ける。

 レイリさんと此花、咲耶、それにビビまで、辛そうに顔を歪めていた。

「ルナ! ビビを送還してくれ! 早く!!」

 俺のそんな焦ったような言葉に、ルナは一瞬怪訝な顔をする。
 その隙を逃す勇者ではなかったようだ。
 俺の方を見て、ニヤリといやらしい笑みを浮かべると、こう言い放った。

『お前ら、そこのオッサンを殺せ!』

 その言葉と同時に、「あああ……。」と、苦悶の表情を浮かべながら爪を伸ばすレイリさん。
 同じく、苦悶の表情を浮かべながら「父上!」「お逃げ……。」と、呟きつつ霊装をこちらに向ける此花と咲耶。
 何とか、咆哮しないように体を縮こまらせようと、抵抗をするビビ。

 そんな皆が苦しむ様子を勇者は楽しそうに見ながら、さも偉そうに説明してくる。

「どうだ? 俺の魅了は? 俺のカリスマと魅力で、言いなりだろ? ほら、しっかりと働けよ? モンスターども。」

 何が魅了だ!! 隷属の間違いだろう!?
 そして、そんな様子を見て「みんな!?」と、驚きを隠せないルナ。
「ルナ!!早く!!!」と、言う声と共に、ビビから咆哮による衝撃波が、レイリさんから魔力のこもった爪の斬撃が、此花から魔力弾が、咲耶からは目に見えない一閃が同時に襲い掛かった。

 俺は、避けるわけにはいかなかった。
 位置的に、俺が避ければビビの衝撃波が3人に襲い掛かる位置なのだ。
 俺は、ビビの衝撃波を待機させていたファミリアで対消滅させ、残りの3人の1撃を、それぞれファミリアを使った防壁で防御する。
 と、同時に勇者直上に待機させていたファミリアに、勇者を全力攻撃させた。
 俺を防御したファミリア達は、レイリさんの1撃を防いだ1体を除いて、全て防壁ごと吹き飛ばされ切り刻まれ、消失する。
 全力攻撃したファミリアはそのすべてのエネルギーを、1条の高出力レーザーへと変換し、勇者直上より打ち下ろす。
 数瞬後、勇者のいた場所が大音響とともに爆発する。
 地面に到達した熱量が、そのまま爆発と、水蒸気を生み、一帯を一時的に白い膜の向こうへと追いやる。

 その間に俺はルナの元へと跳躍し、その胸元に抱かれた精霊に魔力と精霊力を同時に注入する。
 とりあえず、生命の窮地を脱したであろう、精霊はそのまま、音も無く消え去る。
「ツバサ……ありがとう!」と、涙を浮かべたままこちらに礼を言うルナに、「ビビは返したな?」と、問う。
 それにルナは頷いたのを感じて、とりあえず俺は安堵する。
 あんな高威力の衝撃波を、バカスカ打たれたらあっという間に壊滅だ。

 息を突く間もなく、目に涙を浮かべ、苦悶の表情をした咲耶が切りかかって来た。
 俺は、今迄に見せたことも無いその悲しそうな表情を見て、勇者に対して明確な殺意が湧く。

「お父様!避けて!!」と言う絶望を滲ませた声が聞こえ、俺はルナと共にその場から跳躍する。
 一瞬後に、咲耶を巻き添えにするタイミングで巨大な水球が唸りを上げて飛んできた。
 俺は咄嗟に、咲耶を庇う軌道に入り、全力で障壁を展開した。
 魔力障壁が音を立てて軋むのが分かる。しかし、ここで退いたら咲耶が只ではすまない!

 俺はファミリアを呼び出すも、顕現するのに時間がかかり、用をなさない。
 それでも、俺は全力で顕現途中のファミリアから魔力を繋ぎ、障壁の維持に当てる。
 力の余波が壁を越え伝わり、壁を維持し支えていた右手の爪が何枚かはじけ飛んだ。
 俺は激痛に、顔をしかめながらも、そのまま継続して障壁を維持する。
 その甲斐あってか、固い音を響かせ、巨大な水球は何とか軌道を変え、直撃を免れた。

「父上ぇ、逃げて下され!!」と、後方より咲耶、「ツバサ様!私めを殺してください!」と、右方向よりレイリさんがそのまま俺を切り刻まんと突っ込んで来る。
 その顔はどちらも涙でぐしゃぐしゃで、その悲しみを見た俺の心は、息が出来なくなるほど締め付けられる。

 これは……なんだ!? 何故、皆が泣かねばならない!!
 俺は怒りと憤りが混ざり合った黒々とした感情を胸に落としつつ、2人の攻撃を捌く。
 そして、隙を見て、レイリさんの後方から【アストラルサンダー】を打ち込み、レイリさんの意識を奪った。
「ごめん……レイリさん!」と、俺は叫びつつ、残った咲耶と対峙する。
 此花はルナと対峙していた。これで、一応、拮抗した状態だが、勇者は!?

 そう思い、俺は勇者に目を向けるが、やはりと言うか、その場には傷一つない勇者と、ローブの奴が立っていた。

「フン。隙をついたつもりだろうけど、きかねぇよ! こいつはな! どんな攻撃も防ぐ力を持った奴だからさ!」

 そう言いながら、ローブ姿の奴の頭をウリウリと揺らす。
 ローブ姿の奴が、勇者に触られた時、一瞬怯えるように肩をすくめたのを俺は見逃さなかった。

「けど、流石にビビったぜ。あんな派手な攻撃するとか、オッサンやるじゃん。きかねーけど。」

 そうか……もしかしたら、結界を抜けて来たのも、あのローブ姿の奴の能力か。
 魔力が感知できないのも完全に外界と遮断しているからかもしれないな。
 しかし、厄介だ……あの威力で駄目なら、更に高威力の魔法を使わなければならないが……この一帯が吹き飛びかねない。
 おいそれと使えない上に、倒れている村人達も無事にすまない可能性が出て来る。

 俺が対策を検討していると、勇者は俺達と対峙している此花と咲耶を見て、

「しっかし、面白いもん飼ってるな。それ精霊か? なかなか強いし、俺が貰ってやるよ。」

 と、軽い調子で宣言した。
 飼ってる? 貰う? 何をふざけたことを言ってやがる……。
 俺は腸が煮えくり返る思いで、言葉を吐く。

「人の子供を捕まえて、何が飼ってるだ……貰ってやるだと? 冗談にしては面白くも何ともないな。」

 ドンッと言う、地響きとともに、俺の足元が割れる。
 いかん、ちょっと感情が制御できない。
 魔力が放出され、その余波で、「「きゃぁ!?」」と言う2人の声を残し、咲耶と此花が吹っ飛んだ。
 ルナは俺の心の動きが分かっていたのか、咄嗟に障壁を張ってやり過ごした。
 幸いにして、此花と咲耶を無力化できたのは良しとしよう。あの程度ならケガをすることも無いだろうし。

「うわぁ……オッサン。まさか精霊が自分の子供とか言ってるのか? NPC相手に痛すぎるわー。あ、けどモンスターと仲良くできるからその程度余裕か! ハハハハ!!」

 そう言って、またもや大笑いし始める勇者。
 こいつの言動が、いちいち気に入らない。
 NPC? ゲームのつもりか? こいつ。
 モンスター? お前の方がよっぽど化け物だよ。

「ああ、ゲーム気分で勇者ごっこしているお前ほどじゃないよ。流石に、俺もその姿には引くわ。何その鎧? マントとか馬鹿じゃないの? おまけにへっぴり腰の剣とかさ、お前致命的に向いてないからやめておけよ。」

 俺はそう、ニヤリとしながら勇者様に返してやる。
 そんな俺の言葉を聞いた勇者様は、一瞬ポカンとするも、徐々に怒りを顔ににじませると、

「んだとぉ!?」

 と、剣を振り下ろす。剣の軌跡が見え見えなんだよ。
 ゴウラさんの拳や、卯族の長老の蹴りの方が1万倍速い。
 俺は、半身でその衝撃波を躱す。
 そして、その間に、ファミリアをどんどん顕現させる。
 こうなったら、総力戦だ。防御を抜くのが先か、こちらの魔力が尽きるのが先か、勝負してやる。

「いけ! ファミリア!!」

 俺の声に応え、ファミリア達は次々と攻撃を開始する。
 空を埋め尽くすほどのファミリアが、一斉に魔法を掃射する。
 それは、魔法の滝だった。
 上空より、地上より、機銃掃射のような魔力の弾や槍やレーザーが、一帯を埋め尽くさんばかりの勢いで、次々と打ち出されていった。
 一瞬にして辺りは轟音と光に包まれる。
 勇者のいる辺りでは、爆発と閃光がひっきりなしに起こり、既に勇者たちの姿は光の向こうに隠れて見えない。
 そして、俺は、そんな勇者たちに向かって心で語りかける。
 幾ら攻撃を遮断しているとはいえ、空気まではどうかな?
 俺は、あえて火魔法のみで攻撃を行っていた。それにより、周りの酸素を完全に燃やし尽くすつもりだ。
 既に結界で奴らを囲み、密閉空間としていた。その為、外からの空気の流入はない。
 ルナも俺のやりたい事を読み取って、サポートしてくれている。

 5分ほどしただろうか、いまだ続く攻撃の中、突然、勇者のいた場所を中心に、光が広がっていく。
 その光に触れた魔法だけでなく、ファミリアや結界が次々と消失していく。
 結界消失と同時に、空気が消費しつくされた空間へと、新しい空気が流れ込む。
 なんだ!? この攻撃は!?

 その光が俺とルナを包み込んだとき、一気に力を奪われ、強烈な倦怠感が俺を襲う。
 思わず膝を付く俺。ルナも同様に、辛そうに手を地面について、倒れ込むのを耐えていた。
 この感覚は……まさか……魔力不足?
 俺は【アナライズ】を発動しようとするも使えず、ファミリアを顕現しようにも、顕現した端から消滅してしまう。
 さっきの光が原因か!?
 しかも、まだこの一帯をあの光は覆っているらしく、俺の魔力が回復する気配が無い。
 魔力によって強化されていた俺の身体能力は、がた落ちな上に、魔力不足からくる倦怠感で、かなり厳しい状態だった。

 勇者のいた場所に目を向けると、やはりと言うか、残念ながらと言うか、その姿は健在ではあったが、俺達と同じ様に苦しそうに膝を付いて、荒く息をしていた。
 どうやら、読み通り酸素不足に陥ったようだった。
 ローブ姿の奴も一緒に膝を付いて、肩で息をしていた。

「オッサン……てめぇ……。」

 と、こちらに憎しみを込めた目を向けて来る。
 ざまぁみやがれ……。余裕かましているから、そんな事になるんだよ。
 しかし、そう強がって見せても状況は変わらない。
 現状はこちら側が圧倒的に不利だった。
 魔法が封じられたままでは、俺は本当にただのしがないおっさんで、ルナも可愛い少女に過ぎない。
 一旦離脱しようにも、レイリさんや此花、咲耶、村の人たちを放って置く訳にもいかず、詰みに近い状態だ。
 なんとかして、あの光を止めないと……。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、勇者は息を整えると、俺達が弱体化しているのを見て、薄ら笑いを浮かべる。

「ったく、こんな事でやられたら、勇者として恥ずかしすぎるぜ。アンチマジックフィールドまで使わせやがってよ!これ疲れるから使いたくねぇのに……。けど、これで、もう動けねぇだろ? 魔法使い様は、魔力が無けりゃ何も出来ねェもんな!ハハハハ!!」

 くっ……むかつくが、言い返せない程の正論だ。
 魔力が無い俺達は、普通の戦士より劣る状態だ。
 そんな風に、内心歯ぎしりをしていると、勇者は突然笑うのを止め、ローブ姿の奴に向き直り、

「そもそも、おい! てめぇがもっと完璧な防御ができねぇからこんなことになるんだよ!」

 と、何故か四つん這いになって荒く呼吸しているローブ姿の奴に向かって、思い切り蹴りを加える。
「あぅ!?」と、叫び声を上げて、もんどりうつように倒れるローブ姿の奴。

「勇者……貴様……仲間にすらその様か……。」

 そんな俺の声に、何故か勇者は楽しそうに、大笑いすると

「ハハハハ!! こいつが仲間? んなわけねぇだろ? 奴隷だよ! ど・れ・い! こんな防御にしか使えない上に、不細工で面白味も無い奴、俺様と対等なわけないだろう! この森に入る為に必要だっただけでこんな奴、それ以外に価値なんてねぇよ! おら、早く起きろよ!」

 そう捲くし立てながら、更に倒れているローブ姿に蹴りを入れる勇者。
 こ、こいつ……最低だ……。
 俺はローブ姿の奴に、初めて同情する。

 ローブ姿の奴は、ゆっくりと辛そうに起き上がる。
 それでもまだ息を乱していて、顔も俯いたままだ。
 そんなローブ姿の奴のローブに、勇者は無造作に手を掛けると、そのローブを破くように剥ぎ取った。

 「おら、こんな不細工で色気も無い奴、使い道ねぇだろ!」

 そんな風に馬鹿にしながらその少女を顎で示す。
 その中に納まっていたのは、小柄な少女だった。
 黒い髪はボサボサで、手入れもされていないのだろう。色褪せて艶は無い。

 肌もカサカサで、体中傷だらけだった。
 拷問でも受けたのだろうか? 火傷やけどの後やミミズ腫れが、全身にくまなくあり、見ている者にその境遇の辛さを思い起こさせずにはいられなかった。
 何より服らしい服は無く、殆ど水着や下着に近い恰好だった。
 無いよりはマシという程度に短めのパンツとスポーツブラのような物を付けている以外、肌は露出したままだ。

 そして、顔を見て俺は思わず息を呑む。
 何度もぶたれたのだろう。腫れたままの頬。口から流れ、垂落ちた血の跡。
 何より、目の部分が酷く、何かで切られたような傷が、横一直線に走り、その目が開く事は無さそうだった。

 しかし、そうでは無いのだ。そんな痛ましい姿もそうだがそれ以上に……。
 その俯いた顔。その頬に残ったそばかす……。

 まさか……そんな……ま、まさか!?

「今井……ほのか……さん?」

 そんな俺の絶望が詰まった声に、その顔を上げ閉じられた目を、俺の方に向ける。

「……佐藤…………先生?」

 俺達の声が交錯したのだった。

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