比翼の鳥

風慎

翼の章 第二章 第1話 目が覚めて

 広い空間に漂っていた。

 漆黒に塗りつぶされながらも、所々に光る星のようなものを見る事ができる。
 どこまでも続くその空間は、まるで宇宙のようだ。

 これは……以前、此花と咲耶に出会った空間と良く似ている。
 しかし、ルナが作ったであろう、あの空間のような優しさと包み込むような、絶対的な安心感は無かった。

 その黒いながらも、果てしなく深く広がるそれは、どこまでも落ちていくような恐怖感と、どこまで続くと言う不安を俺に与えていたのだった。
 なんだろうか? これは。

 そんな空間の、果ての果てから……徐々に何かが近づいてくる。
 ……いや、違うな。俺が近づいている。俺が落ちて行くのを感じる。

 徐々に俺の前へと近づくそれは、黒い光と言う表現しか出来ないものだった。
 球状に光るその黒い珠は、我こそがこの世界の主とでも言う様な、絶対的な威圧感を持っていた。

 あー……近づきたくないなぁ。
 そう思いつつも、体は徐々にそちらに引き寄せられるように、落ちていくのを感じる。
 ……前触れもなく、場違いな鈴の音が響いた。

『あら? そんな事言わないで? 折角、やっと会えたのに……寂しいわ。』

 そして、ふと、少女の声が俺の耳を打つ。
 コロコロと転がる鈴のように、可愛らしい声で少女は笑う。
 俺はビックリするも、何ともなしに、その声が、俺をここに呼んだ主だと直感した。

「誰だい? 君は?」

 意識的に声を出し、俺は問う。
 その声に俺は敵意を感じなかったまでも、油断はできないと思った。
 なんせ、いきなりこんな世界に呼び出すような輩だ。
 何をされるのか、全く予想がつかない。

『そんなに警戒しなくても大丈夫よ。……クスクス……けれど、そんな風に怯える貴方も、可愛いから良いわね。』

 少女の声で可愛いとか言われても、困ってしまう。
 怯えているのは……正直否定できない部分があるので、そこも反論できない。
 何せ、例のごとく心を読まれているようなのだ。騒ぐだけ無駄である。
 そんな微妙な気分が俺の心に広がるのを感じたのか、少女の笑い声は楽しげに大きなものへと変化した。
 その声にちょっと憮然とはしたものの、特に嫌悪感は覚えない。
 ふむ……特に俺に対して特段の敵意は無さそうだ。笑ってはいるものの、その声に侮蔑しているような様子は見られない。

『そうよ。私は貴方の味方よ? 折角、巡り合ったパートナーですもの。敵対するわけ無いわ。』

 楽しそうに笑いながら囁くように語りかける少女。
 しかし……いきなり現れて、味方です、パートナーです……と。
 怪しさだけなら最大級なのだが……。

『ふふふ……。私が怪しいのは否定しないわ。けど、こうでもしないと貴方とお話できないんですもの。少しくらい怪しいのは許して欲しいわ。』

「それで……その怪しさを払拭する為にも改めて聞かせて欲しいんだが……。君は……どちら様だい?」

『そうね……今は、揚羽あげはとでも名乗っておくわ。よろしくね? 翼さん。』

「何だか良く分からないが……お手柔らかに頼むよ。」

 俺はため息と共に、そう答えた。
 最近は次から次へと色々な珍客が訪れる。
 全く、今井さんと糞勇者の次は、揚羽さんと言う摩訶不思議なお方だ。
 これ以上、妙な登場人物を増やさないでいただきたい。

『むぅー! ちょっとその表現は酷いと思うわ。折角、こっちは苦労して……って、あら……残念。タイムリミットだわ。もう少し寝てれば良いのに。』

 ん? この良く分からない面会も終了か?
 俺がそんな安堵を胸に秘めつつも、心で確認すると、揚羽は本当に残念そうに言う。

『折角、翼さんに会えたと思ったのに……。けど、これでパスは確立出来たから、今度はもう少し楽にアクセスできそうね。今回は残念だけど……帰るわ。あの子が目を覚ましちゃうから。』

 そんな風に一方的に、揚羽は捲くし立てると、『じゃあ、またね♪』と、現れた時と同様忽然とその存在を消した。

 ……そして……残された俺は、釈然としない物をその心に抱えながら、黒い光の球体の中へと落ちていった。
 視界が黒く塗りつぶされる瞬間、俺は鈴の音を聞いた気がしたのだった。





 目を覚ますと、目の前に広がったのは、毎度おなじみのドアップのルナの顔だった。
 感心すべきは、俺の上に跨ることなく、ジッと俺の顔を心配そうにのぞきこんでいる点だ。
 やっと、マウントポジションに居座るのを止めてくれたか……と言う、妙な感慨とほんの少しの寂しさが俺の胸中を通り過ぎる。

「やあ、おはよう。ルナ。体は大丈夫かい?」

 俺は少し霞のかかった頭の隅で、状況を整理しつつルナに声をかける。
 なんで、そんな言葉をかけたかと言えば、俺の体が大丈夫じゃなさそうだったからだ。
 ハッキリ言って、だるい。と言うより、あまりにも体が重すぎて、満足に体を起こす事も出来そうにない。

 俺の言葉を聞いて、ルナは心配そうな顔を崩し、安心したような笑みを浮かべた。
 その顔を見て、取り敢えずルナに大事は無いと知る。

「父上ぇー……。」「お父様ぁー……。」と言う、何とも力の無い声が横から聞こえ、ついで、視界に此花と咲耶の泣き腫らしたような顔がずいっと映り込む。

「ああ、此花に咲耶。無事で良かった。体は何ともないか? 怪我は? あの糞勇者の隷属の後遺症は無いか?」

 そんな俺の言葉に2人は一瞬にして顔面を崩壊させると、泣き出した。
「父上……本当にすいませぬ……すいませ……。」
「お父様ぁーーー!!」

 俺はそんな風に、泣き崩れる我が子達の頭を撫でようと腕を上げようとして……そのあまりの腕の重さに一瞬挫けそうになる。
 それでも、俺は根性で腕を上げ、ぎこちないながらも2人の頭をそっと撫でた。

「2人は何も悪くない。辛い思いをさせてしまって……ごめんな。もーちょっと、お父さんが強ければ、こうならなかったんだけどなぁ。」

 たかだか、魔力を封じられただけであの体たらく。全くもって情けない。
 個人的に力を求める事には危機感を覚えるし、正直そんなもの無い方が良いのだが……馬鹿勇者の一件で少し見方が変わった。
 一方的に大事な人たちを蹂躙される恐怖は、それは筆舌に尽くしがたい物だった。
 あんな事はもう、二度と御免だ。

 どうやって、あの惨状を回避するのか。
 俺達の力を増す事も一つの手だろうが、やはり根本的な解決にはならない。
 ならばどうするのか? 何通りか、道筋は見えているものの、その道を選ぶための材料が足りない。

 やはり、人族の事をもっと知る必要がある。
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という孫子の教えもある位だ。
 敵の事も、もっと詳しく知らないと、効果的な手が打てないだろう。

 そんな考えに沈んでいた俺を、戸が乱暴に開けはなたれた音が引き戻した。

「ツバサ様がお目覚めになったと!!」

 そう叫んだ声は、レイリさんの物だった。
 音も無くこちらに近寄ると、俺の顔を覗き込む様にって言うか、顔を両手でぐわしと掴むと、目を覗き込んできた。
 そのまま、顔を近づけて……ってぇ!? 何するんですか!?

「ちか!? レイリさん、近いです!」

 俺が悲鳴を上げたと同時に、無言に加えて笑顔なルナがレイリさんの肩を掴み、我が子達がレイリさんの腕をブロックする。

「は、離して下さい! ちょっとお熱を測ろうとしただけです。」

 慌てふためきながら、弁解するレイリさん。
 どうやら本人も、とっさの行動だったらしく、酷く動揺していた。
 熱測るだけなら、手でも十分じゃない? とか思ったが、まぁ、おでこをくっつけると言うやり方もあるわけだから、筋は通っている。
 しかし、全く、この方の行動はいきなりすぎる……。
 そんな事を思いながらも、そんな風にさせてしまったのは、俺が心配をかけたからだと思い直し、レイリさんに声をかける。

「とりあえず、レイリさんも無事なようで良かった。ご心配をおかけしたようで申し訳ない。」

 そんな俺の言葉を受け、レイリさんは震えるように、そして、一瞬何かに怯えた様に顔をしかめると、

「ツバサ様……先の勇者との戦闘の件、申し訳御座いませんでした。このレイリ、如何様な罰も受けますので、お気の済むまで罰をお申し付けください。」

 そう凛とした声で詫びると、そのまま平伏した。
 そんな姿を見て、レイリさんなら、そうなるよなぁ……と思いつつ、声をかける。

「顔を上げて下さい、レイリさん。俺は罰とかそんな事望んでいませんし、ましてや、あの惨状の幾らかは俺の力不足のせいです。こちらこそ、辛い思いをさせてしまって申し訳ありません。」

 俺の言葉をレイリさんは驚いた顔で受け止めるも、「しかし……。」と、すぐにその胸の内を表に出して、項垂れてしまう。
 レイリさんは変なところで生真面目すぎる。
 まぁ、それが彼女の魅力でもあるのだが、この生真面目さをもう少し別の方向に生かしていただきたい。

 そんな俺達の様子を見て、横から声がかかる。

「取り敢えず、こうして皆が無事だったから良かったのにゃ。聞くところによると、おみゃーさん……ツバサだっけ? 勇者を撃退したらしいじゃにゃいか。あの勇者を目の前にして生きて返って来れただけでも凄い事にゃ!」

 重い首を巡らすと、レイリさんの横に、どでーんと構えるようにして、偉そうに立つ猫族の女性が一人。
 ああ、この人は確か、猫族の巫女さんだっけ? 相変わらず「にゃ!」が際立つ、素敵なしゃべり方をしていた。

「えっと……確か、猫族の巫女の……ミールさん……でしたっけ?」

「そうにゃ! おみゃーさん、なかなかやるにゃ!」

 そう言いながら、ピコピコと耳を動かすミールさん。

「あ、それはどうも……。」と、思わず返答してしまうほど、よく分からない勢いのあるお方だった。
 そのお陰か、先程まで張り詰めていた空気が、あっさりと砕け散ったのを俺は感じていた。
 もし、狙ってやっているのなら、凄い才能だが……恐らく素だろう。
 ともあれ、この流れは俺にとってもありがたいので、利用させてもらう事にした。

「レイリさん。ミールさんの言う通りですよ。まずは皆無事であったことが何よりも嬉しい事です。もし、皆の内の誰かがあの戦闘で取り返しのつかない事になっていたら……俺は自分で自分を許せなかったでしょう。」

 レイリさんは、「ツバサ様……。」と呟き、俺を見つめる。
 そんなレイリさんを俺は見つめ、微笑むと、こう提案した。

「もしも、それでも、納得が行かないのでしたら、俺を手伝ってくれませんか? ちょっと……当分の間動けそうもないので、どうしても、舵取りをお任せしてしまう事になりそうなんですよ……。」

 そんな俺の言葉に、我が子達が心配そうに、声をかける。

「父上……お体が……どこか不自由なのですか?」
「お父様も……やはり、そうなのですね。」

「ああ、ちょっと体が重くてね……頑張っちゃったからなぁ。少し無理が祟ったらしい。けど、休めば治ると思うから大丈夫だよ。」

 とは言ったが、正直、治る見込みがあるのかどうかは、俺にも分からなかった。
 ふと、ルナを見ると、思い悩んだように、俺の顔を見つめていた。
 俺は、「大丈夫だよ。」と、もう一度声に出して皆に伝える。
 こりゃ、早い所、動けるようにならないと、ルカール村から皆総出でお見舞いに来かねないな……。

 そこでふと、現状の確認を全くしていなかった事に気が付く。
 うーん……やはり、あの比翼とか言う奴の後遺症か、どうにも頭が回ってないな。

「そう言えば……そもそも、ここはどこですかね? 子族の村だと思うんですけど……。」

「ツバサ様のおっしゃる通り、ここは子族の村に作られた集会場の一室ですわ。」

 レイリさんがはっきりと答えてくれた。
 そうか、やはり子族の村だったか……。

「ちなみに、俺はどの位……意識を失っていましたか?」

 その問いに、一瞬レイリさんは言い淀むが、ハッキリと告げた。

「五日程……でございます。」

 うお!? そんなに!?
 俺はその言葉から受けた衝撃で、頭が真っ白になる。
 どうやら、あの比翼は、俺の思う以上に色々と危ない物らしい。
 まぁ、そりゃそうだよな……あんだけやりたい放題やれば、何が起こってもおかしくは無い。
 寿命の数年くらい、さっくり縮んでいても不思議はない位、無茶苦茶な物だったし。

 そう言えば、ルナは大丈夫なのだろうか?
 心配になって目を向けるが、一応、元気そうにしているし、今も俺を嬉しそうに見つめている。
 そして、改めて皆に視線を戻すと、少し心配そうな顔が見える。
 そうか……五日もぶっ倒れてれば、皆心配するよな。

「そうですか……ご心配をおかけしました。そして……皆、ありがとうな。」

 俺は、そう言って、皆の顔を一人一人見つめて、目で感謝の意を伝える。
 そうして、皆に元気なところを見せようと、起き上がろうとしたが……やはり体が思う様に動かない。
 一応、動きはするのだが力が入らなかったりと、なかなかに厳しかった。
 そんな俺の様子を見て、皆が、

「父上!無理は禁物です!」
「そうですわ、お父様。今はゆっくりとお休みください!」
「ツバサ様、無理はなさらず!」

 と、焦った様に制止してきたので、俺は見栄を張るのを止めて体から力を抜く。
 残念ながら、今はどうしようもないかな? まぁ、ゆっくりと体を休める事にしよう。
 俺はお得意の棚上げをすることに決めると、とりあえずは全力で休む事に決める。

「じゃあ、申し訳ないけど、もう少し休む事にするよ。」

「それが宜しいかと。あ、後でお食事をお持ちいたしますわ。少しでも食べておいた方が体の治りも早いかと。」

 その言葉を聞いて俺は首肯する。確かに、その方が良さそうだ。
 俺は、「では、起きてからお願いしますね。」と、声をかけて、目をつむった。
 そうして、すぐに襲ってきた睡魔に、俺は抗うことなく、身を委ねたのだった。

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