比翼の鳥

風慎

第3話 集合

 村が突然騒がしくなったと思ったら、外から、ティガ来襲の声を聞いた俺は「来たか……。」と呟いた。

 そんな眉をしかめる俺を見て、ルナは少し困ったような嬉しそうな表情をすると、虚空に向かって指をなぞらせる。
 普通に見れば、奇異とも取れる行動だが、俺はもう慣れたものだった。
 そんなルナの行動は、見た者に、即座に理解をもたらすはずだ。
 何故なら、虚空には指の軌跡をなぞって、光る文字が現れているのだから。

 《みんな待ちきれなかったんだよ。しょうがないと思うな。》

 綺麗な字で、そう書いたルナは、頬を緩まして俺を見る。
 俺はルナとのこの不思議な対話を、密かに気に入っていた。
 依然としてルナが声を取り戻さないのは残念ではあるが、今のところ打つ手が無い以上、嘆くばかりではどうにもならない。
 そして、ルナは、そんな状況をも楽しむかのように、その対話方法を模索していった。

 最初の頃は、俺の体のあちこちに文字を書いて、意思を伝えてきていた。
 そして、この方法をルナは今なお、好んで使っているのだ。
 人目の少ないときは、あえてそうやって、俺に意思を伝えてくる。
 流石に、太ももやらお腹やらに堂々とかじりつく様に、文字を書きまくって来た時は、色々と問題があるのでご遠慮願ったが……。

 そして、今はこっそりと、いたずらするように、俺の手や背中に文字を書いて意思を伝えてくる事が多い。
 そんな時のルナは、ちょっと得意そうで、そして、いたずらが成功した子供のように嬉しそうに、はにかみながら……少しだけ……頬を染めて俺を見ているのだ。
 全く、勘弁して欲しいです。そんな可愛い顔ではにかまれたら、俺は無条件降伏するしかないではないか。
 そして、手に書く時はまだ良いのだが……背中はちょっとビックリする。
 意識をしていないところに、ツーっと指が這う感触。
 何故か凄く悪い事をしている気にすらなる、この良く分からないこの心情を、是非理解して欲しいものだ。

 だが、皆のいる前でそんな……ある意味いちゃついているとも取られかねない行動は、やはり皆の目についたらしい。
 皆の視線が時々生暖かくなる事があり、それに流石のルナも気がついたようだ。
 それから、徐々に、人前ではおおっぴらに、体に文字を書くことはしなくなった。
 ルナはついに羞恥心を得たうえに、空気まで読むようになった……。素晴らしい進歩である。

 そして、何より、この方法では俺にしか意思が伝わらない。
 その為、ルナは、今のように虚空に文字を書くようになったわけだ。
 ゆっくりと虚空を指がなぞり、文字が現れていくこの時間が、俺は好きだった。
 ルナの思いが、世界に少しずつ現れていく……そんな過程が何故か嬉しかった。
 そして、そんなルナが作り出す、ゆったりとした時間を、俺は大切にしたいと……そんな風に改めて感じていたのだ。

 さて、そんなわけで、村人は大騒ぎのようなのだが……実は、俺もルナもティガ……要するにヒビキ達が子族の村に向かっているのは早い段階から気がついていた。
 勿論、既に長老達には、周知してある……。村人達も知っているはずだが、実際、わかってはいても村人から恐怖を取り除くまではいかないのは当たり前だった。
 元の世界的に考えれば……ある日突然、「トラが来ますけど、無害です。安心してください」と、聞かされ……実際に、街中にトラが現れたら、知っていたとしても大パニックだろう。
 そう簡単に、既存の恐怖やイメージを払拭できるはずがない。
 ルカール村では、勿論、皆が皆、ティガであるヒビキを受け入れてくれていた。
 中にはおやつをくれる人もいた程、ヒビキは皆に愛されていた。
 だが、それがむしろ異常であり、子族の村の反応が普通である。
 ……尤も、それも、ティガがいるのが当たり前になれば、皆、慣れていくのだろうが。

 この一ヶ月で、開発した魔法は色々あるのだが、真っ先に改良したのは、探知の魔法だ。
 探知範囲を大幅に引き上げるのは勿論だが、精度を更に上げる事も念頭に、改良を施した。
 今までは魔力探知を中心に、探知をしていたのだが……それを改めた。
 とりあえず、うろ覚えの知識を総動員して、様々な状況に対応できるように、探知方法を増やしたのだ。
 有名な超音波から始まり、磁場を利用した金属探知のようなもの、赤外線を利用した熱探知など……とりあえず盛り込んで見た。
 勿論、俺にそんな専門的な知識は無い。イメージで、こんな感じ……というものを持っていただけなのだが……出来てしまった。
 魔法が便利すぎて困る。イメージさえしっかりと持っていれば、結果を得る事ができるのだから、恐ろしい。
 超音波を発するにはどうしたら良いか? そんな事は知らなくてもとりあえず、それっぽいものを出す事ができる。
 あくまで、それっぽいものである。
 何故なら、それが本当に超音波なのかどうか、俺には確認する術を持たないからだ。
 そして、それを受信するものを想像する。出来てしまう。謎だ。

 自分でやっている癖に、自分でも分かっていない。
 しかし、それは、元の世界でも同じようなものだった。
 電子レンジを自分で一から作る事は出来なくても、論理を知らなくても、電子レンジは操作さえ間違えなければ、思った通りに動くわけだ。
 この世界の魔法もそんな位置づけに近いものがあると、改めて感じた。
 正に、ブラックボックスである。

 そうして、改良した探知を使って、俺は手始めに、この子族の村を中心に探査網を構築していった。
 俺はこの場から動けない。幾ら精度と探知距離を広げたと言っても、一人で処理する情報には限度がある。
 だから、自分で全てやるのは初めから諦めていた。
 というわけで、俺の強力な味方であり、オールマイティなファミリアの出番である。

 探査範囲を絞り、精度をあげた探知用のファミリアを森の上空に滞空させている。
 勿論、【ステルス】で姿だけでなく魔力も含め全てを隠蔽し、【イージス】と言う新魔法で自分を防御させつつ、その役割を果たさせているわけだ。
 最初は子族の村周辺に、テストを兼ねて配置していたが……問題が無い様なので、今は森のほぼ全域をまかなう程の規模で、その探査範囲を広げている。
 1つ1つのファミリアの探査範囲はそれ程大きくない。精々、数十km四方だ。
 その為、結構な数のファミリアを上空へと打ち出し、滞空させている。
 そして、それが、計らずとも更なる利点を生み出した。

 通信網の構築である。
 今や、この森の上空にはファミリアを核とした、ネットワーク網が敷かれている状態なのだ。
 ファミリアはさながら碁盤の星のように、存在しており、そのネットワークは網目状に繋がっていて、互いに互いを補うように連携して存在している
 そして、一つのファミリアから得られたその情報は、ファミリア達を通して、俺に伝えられる。
 逆に、特定の人に対して俺から、声や、文字等を送りつける事も可能なのだ。
 これを応用すれば、電話のようなものが作れる。
 ルナの魔法を応用すれば、文字も届ける事ができる為、情報を残して置けるメールのような使い方ができるはずだ。
 やりようによっては、物理的に、ものを運ぶ事もできるため、物流を一手に担う事も可能だ。

 魔力の枯渇も、理論上無い。
 最も近い数個のファミリアから俺の魔力が吸い上げられ、それが全てのファミリアへと連結して保たれているのだ。
 例え、不測の事態が起こり、俺から魔力供給が途切れたとしても……半年は機能を維持できる計算だ。
 更には、機能を換装すれば、即座に攻撃用のファミリアへと流用も可能。
 前回の襲撃での反省を生かし、超長距離からの狙撃も可能な、正に軍事衛星のようなものに生まれ変わった。

 だが、この通信網は、俺と近しい人達との間のみで使う事に決めていた。
 何故なら、あまりにも便利すぎるからだ。
 今、ようやく各種族の連携が取られ始めたこの時期に、この様なものが出てきたら、皆それに頼りきりになるだろう。
 その結果、折角出来かけている物流業が死んでしまうことを俺は懸念した。
 何より、この通信網は俺一人の力でくみ上げられ、維持されているものだ。
 もし、皆が、この通信網の恩恵によりかかり、その後、俺に何かがあった時に、脆弱な基盤に頼った社会体系は瓦解する恐れがある。
 そんな事は俺も望みはしない。
 折角、皆が一丸となってやろうとしているのだ。
 俺は、手助けしたいとは思っているが、あくまで手助けだ。
 神や魔王と崇められ、獣人族の頂点に君臨するつもりも無ければ、人族を滅ぼして世界を手に入れるつもりも無い。
 俺の豆腐なメンタルに、そんな事を出来る器量も勇気も無いのである。

 話はずれたが……要は、その探知網と通信網により、既にヒビキ達がこちらに向かっているのは、知っていたと言うわけで……って早……もう来た。
 村人が騒ぎ始めて、わずか1分。
 村に入るときには流石に、一旦挨拶をして入ってきたのだろう。
 静々と村へと侵入したヒビキ達は、もう良いだろうとばかりに、そのスピードを上げ、一直線にこちらに向かってくるのが、ファミリアを通して見える。
 そして、素晴らしい速さで集会場へと、正に飛び込むと、轟音とともに、俺のいる部屋へと突入してきた。
 吹き飛んだ戸が、部屋の隅で、悲鳴を上げるかのように音を立てて寂しげに転がる。
 こらーー!? 戸を吹っ飛ばすとか、どんだけ余裕無いんですか!?

 しかし、そんな俺の心情を汲む余裕が無いのか、爛々とした獣の目を向けるヒビキ。
 これは……完全に暴走しておられる……。
 俺は、久々に獣の本能を解き放ったヒビキを見て、思わず生唾を飲み込む。

 そして、ヒビキは俺をしばし見つめると……音も無く飛び掛ってきて……押し倒した。
 そのまま、顔を縦横無尽に且つ、執拗に舐めまくられ、俺の色んな心情を含めて蹂躙される。
 興奮したように、息を弾ませながら体を摺り寄せ、その生暖かい舌で……うひぃ!?

「ちょ、落ち着け! ヒビキ! る、ルナさん! たぁすけぇてー!?」

 そんな悲鳴を上げる俺を微笑みながら見るルナは、虚空に文字を書いているようだが、俺はそれを見る余裕も無く、ヒビキの激しい抱擁を受けまくる。
 つか、なんでこういう時もルナさんはマイペースですかね!?
 そして、その惨状に更に、黒い塊が2つ、参戦してきた。
 クウガとアギトだろうその塊の参戦で、俺は完全に、目を開けることすら不可能な状態に追い込まれる。
 ぎゃー!? 流石に、息が……!? うぷ!? こらー!? こ、殺される!? 舐め殺される!?

「ツバサさんー!? こっちですかー!?」「ふむ。恐らくこちらで良いじゃろ。何やら変な悲鳴も聞こえる事じゃしの。」

 そんな懐かしい2人の声を聞きながら、俺は早く来て助けてくれと、心で悲鳴を上げるのだった。


「もう! ヒビキさん! 幾らなんでもちょっとやりすぎだと思います!」

 俺は、リリーに抱きしめられるように守られ、肩で息をしながら、その言葉を聞いていた。

「まぁ、気持ちはわからんではないがの……。わらわ達を振り落として行くのは……ちと、問題ではないかのぉ?」

 そんな宇迦之さんの言葉を聞いて、流石にヒビキもやりすぎたと自覚はあったのか、申し訳無さそうに、一声鳴いて、謝罪の意を伝える。

 落ち着いた俺は、皆に声をかけ、再会を喜び合った。
 ルナは、リリーに文字で話しかけ、そんな姿を見たリリーは号泣してルナを抱きしめていた。
 そんなリリーを逆にルナは、優しい目をしながら、あやす様に頭を撫でている。
 気がついたら、何だか立場が逆転してますよ? リリーさん……。

 宇迦之さんと俺は、挨拶もそこそこに、現状報告と情報交換を行っていた。
 狐族の村は、確実に新しい物へと依存し始めているらしい。

 特に、食料は巧妙に良いものを織り交ぜ、その存在を村長だけでなく村人達へも、周知させていた。
 例えば燻製やソーセージ。例えば、甘い金平糖。これらは俺の知識を元に、ルカール村で開発した食品の一部である。
 でそれらを食し、その存在を知った村人達は、徐々に現状への不満を募らせているとの事だ。

 子族の行商人達は、どうやら良い仕事をしてくれているようだ。
 さり気なく、他の村では、当たり前に食べているとアピールしておいてもらった。
 そんな事を聞いたら、プライドの高い狐族の人たちは当然、それらを欲するだろうが、それには対価が必要だ。
 ただで渡す事は出来ないので、それに見合う価値の物と交換するのが、今のこの森の行商の基本である。
 他の村にはそれぞれ特産があり、それらと交換することで、物流を回している。
 しかし、狐族の村には特産のようなものは無い。
 それはそうだ。生きるので精一杯なのだから、そんなものにまで資源を回す余裕は無いのだろう。

 だから、どんなに欲しがっても、嗜好品は手に入らない。
 その結果、村人にはますます、不満がたまる。

 何故、他の氏族には受けられる恩恵が、この村には無いのか?
 そこをしっかりと考えてくれるようになれば、まずは第一段階成功である。

 恐らく次は……長老辺りが、俺らの事を槍玉に挙げて、全ての不満をなすりつけようとするだろう。
 大方、「偉大な狐族を、ないがしろにしている」といちゃもんをつけてくるだろうな。
 勿論、そんな誇大妄想に付き合う必要は無い。
 ただし、武力蜂起された時のためにも、こちらの力をしっかりと見せ付けておく必要があるため、次の行商からは、ルカール村の精鋭を着けた方が良いかもしれない。

 そんな事を考えながら、宇迦之さんと意見を交わしていたのだが……。
 宇迦之さんは時々、チラチラとその顔に何かを期待するような……そんな表情を織り交ぜていたのに気がつく。
 今も、真面目に話しているようで、その実、言い出せない何かを秘めているような、そんな切ない表情を一瞬だけ見せるのだ。
 それを見て、俺は、改めて俺の朴念仁っぷりを知る。
 そりゃ久々でいきなり、こんな堅い話……幾らなんでも酷いやね。

 俺はそう、一人納得して、ため息をついた。
 そんな俺を怪訝そうに見た後、「ん? どうしたのじゃ?」と俺の目を覗き込んだ宇迦之さんを、問答無用で抱きしめた俺は、そのまま頭を撫でつつ、「来てくれて……ありがとう。」と、そっと囁いた。
 その後、宇迦之さんは溶けたように、顔を緩ませると、俺の胸にめり込む勢いで抱きついて来たのだった。

 そこからは、それを見たリリーが参戦し、それを見たヒビキ親子が混ざり、ルナも何故か混ざり……いつもの通り収拾がつかなくなったわけで……その騒ぎを聞きつけたレイリさんと、帰ったわが子達も加わって、完全なるカオス状態となったのだった。

 結局、これで家族は全員集合である。
 桜花さん辺りの寂しそうな顔が一瞬浮かぶものの、こればっかりはどうしようも無かったので、涙を呑んでもらうことにしよう。
 ……まさか、押しかけて来ないよな?

 俺は皆にもみくちゃにされながら、そんな事を考えていたのだった。

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