比翼の鳥

風慎

第10話 望まれた者

 ルカール村と連絡を取った後、俺は、宇迦之さんやルナ達の様子が気になり、ファミリアを通して会話をした。

 どうやら、無事翼族の村には到着したようなのだが、村人が思いのほか疲弊していて、満足に話し合いすら出来ていない様だ。
 取り敢えず、当面は、村に滞在して、翼族のサポートを行うと言っていた。
 とにかく、やる事が多いため、6人では忙しいらしく、必要であれば、人員を送る事も検討する方向で、話をまとめる。

「宇迦之さん。大丈夫だとは思いますが、何かあったら……宜しくお願いしますね。」

 そんな俺の言葉を受け、宇迦之さんは少し難しい顔をするが、

『何かあったら、わらわでは、どうにもならない気がするが……任されたぞ。』

 そんな風に、了承してくれた。

「大丈夫ですよ。いざとなれば、俺も含めすぐに皆が駆けつけます。」

 そうやって笑顔で俺は、頷くと先程からちょっと気になっていたことに口を出す。

「ちなみに、宇迦之さん……気のせいかもしれませんが……少し日焼けしました?」

『にゃ!? そ、そうなのかの!? じ、自分では気づかぬものじゃが!?』

 と、顔をぺたぺたしながら、オロオロする宇迦之さん。
 そんな可愛い姿を堪能した俺は、笑いながら、

「健康的で良いですよ。では、また。」

 と、通話を締めた。

 通話の余韻を楽しむ様に、俺は一人思案にふける。

 ……なるほど。
 やっぱり、宇迦之さんは気付いていなかったか。
 俺は、慌てふためく宇迦之さんを思い出し、ほんわかすると、相変わらず幸せそうに寝ているレイリさんを新しく敷いた布団に寝かせ、俺も自分の布団で横になる。
 食事まで少し、休もう……。

 気怠さに身を任せた瞬間、俺の意識は闇へと落ちて行ったのだった。

 気が付くと、何故かレイリさんに抱き締められ、此花と咲耶に足をロックされ、ヒビキが腹の上に載っていた。
 何故、この巨体が腹の上に載っているのに、苦しくないのだろうか……?
 これもティガの、地味に凄い技術のお蔭か?

 軽く現実逃避をしたくなるが、現実は容赦がない。
 部屋の中には、燦々と降り注ぐ陽光。紛れもなく朝だった……。

 何か妙に枕が温かく、柔らかいと思ったら、アギトとクウガである。
 俺の枕は、何処へ行った……。

 おかしいな……そんなに熟睡するつもりは無かったのだが、自分の思う以上に疲れていたようだ。

 ゆっくりと身を起こすと、レイリさんが目を覚ます。
 眠そうな目をこすりながら、ゆっくりと身を起こすレイリさんの姿は、寝間着代わりの白い襦袢である。
 そんな姿に加えて、動作の一つ一つが恐ろしくつややかで、なまめかしい。
 しかし、そんな姿見ても、表面上は動じない俺が此処にいる。
 人間やればできる物である。俺は確実に、成長している……多分。
 そんなよく分からない事を考えつつ、寝ぼけているレイリさんに声をかける。

「おはようございます。レイリさん。」

「ツバサ様、おはようございます。」

 レイリさんは、微笑みながらそう返してくれた。
 今日も、そうして一日が始まったのだった。


 皆が起床したのを見届けると、俺は外に出て、顔を洗っていた。

 今迄は、水をくむには、川まで出ていたらしいが、さくっと井戸を掘る事で、その問題を解決している。
 ルカール村の様に、堀を作ろうかとも考えたが、子族の長がそれに懸念を示したので、見送ったのだ。
 ちなみに、子族の村の建物は、卯族と同じ様に、地下を中心に作る。
 尤も、卯族の家と違うのは、地上部分もある程度家としての体裁を整えて作っている所だろうか。
 卯族の村は、地面に家の入口しかないからな……。

 そんな風に、ボーっとしながら、子族の村を眺めていると、遠くより何か言い争う声が聞こえる。
 どうやら、猫族の巫女であるミールさんと、小柄な子族の少女……あれは……子族の巫女のイルイさんだったかな?
 ここに来てかなり経つけど、イルイさん見たのは、初めてだ。
 きっと、俺に近付かないように、周りから言い含められているだろう。
 まぁ、レイリさん辺りと会ったら、またいざこざが起こりそうだし、実際俺の目の届かないところで何かあったのかもしれない。
 申しわけないが、ここは、もう少しの間、距離を置いて頂く事にしよう。

 そんな事を考えている間にも、2人の言い合いはエスカレートの一途を辿っている。
 しかし、何と言うか……2人が言い争う姿は、至極、当然の様に見える。
 なんせ、猫と鼠だし。

 そんな言い合いを遠巻きに見つめながら、頬を両手で張り、気を引き締める。

 よし、ここからの行動は大事だな。
 まずは、まだ見つかっていない新種を探さないと。
 それに、あの2人に見つかると、何か変な事に巻き込まれそうで怖いので、さっさと行動開始と行こう。

 俺は、まだ少し気怠さの残る体を軽く動かし、集会場にあてがわれた自分の部屋へと戻った。
 そして、食事の後、先日と同じ様に、ティガと此花、咲耶に付き添いをお願いする。

 今日の目的は、まだ、見つかっていないであろう新種の探索である。
 今まで見つかった、新生代は、いずれも俺が望んでいた能力を持つ種族だった。
 例えば、乳牛と鶏。
 勿論、牛乳と卵を欲したからこそである。
 この2つが揃えば、食事のバリエーションが一気に広がる。
 似た様な食材はあるだろうから、探していたが、同じ物が手に入るなら、そちらの方が良い。
 そうして、俺の想いが形となっているのならば、が無いはずがないのだ。

 是非、手に入れたい。
 あるならば……いや、違うな。あるはずだ。
 俺の中で、それに対する優先順位は、他の新生代より、遥かに上なのだから。

 そんな期待を胸に抱きつつ、俺は、今日もヒビキの上に跨り森を駆け回る事になったのだった。

 7本目の精霊樹で、その新種は見つかった。
 面白い事に、それまで、どの精霊樹も、ドーム型の木々に守られるようにして存在していた。
 広い空間の中に1本、ぽつんと、精霊樹が鎮座しているのだ。

 しかし、この精霊樹は、違った。
 ドームの中にあるのは変わらないし、1本だけなのも変わらない。
 しかし、その精霊樹の周りには、おびただしい数の黒い植物が、ひしめき合う様に生えているのだ。
 色こそ黒いが間違いない……。

 俺は、はやる気持ちを抑えて、ヒビキから降り、そっと近づいて行く。
 その植物は、風も無いのに皆、一様に、ユラユラと揺れている。
 先端にたわわに実ったその穂を垂らし、黒い絨毯を敷き詰めた様に、その一角を占有していた。

 そう、俺が欲しかったのは、米である。
 どうしても食べたかったのだ。
 それは、根っから俺が、日本人だからなのだろう。
 米を食べないと、食事をした気になれないのだ。

 俺は昔、アメリカへと1ヶ月、ホームスティに行ったことがある。
 その当時は、まだ、日本食も海外には浸透しておらず、勿論、向こうの一般家庭では見る事は無かった。
 と言うか、家には当たり前だが、箸すら無かった。
 持参していなかったら、インスタントラーメンをフォークで食わねばならない訳だ。
 そんな状況下に置かれて、1週間。俺は、禁断症状を発症した。
 米と味噌。そして、梅干しを体が欲したのだ。

 日本のそれとは違う固いパン。
 大味の肉。
 水が普通に貴重で、薄いミルクを飲んでいた。
 とにかく、全ての食べ物が、物足りなかった。

 俺はその状態を、なんとかではあるが、梅干しを舐めつつ、乗り切った。

 そして、1ヶ月して、俺は日本に戻り、真っ先に、白い米でおにぎりを握った。
 炊飯機で炊いたばかりのツヤツヤで真っ白なお米に、ただ塩をまぶし、パリパリのノリで巻いただけのシンプルなおにぎりだ。
 俺はそれをほお張り、一口食べ……涙した。
 こんなにも美味かったのか……。このお米と言うものは。
 それを心から実感した瞬間だった。
 その後も、米を貪るように食った。
 だから、今の俺にとって米は特別な物なのだ。

 なので、この異世界に来た時から、今までずっと、人知れず、米を探し求めていた。
 幸いにして、空腹感は皆無であるから、昔ほど禁断症状も顕著ではないし、どうにか我慢できていた。
 しかし、それでも食べたかった。それが今、目の前にあるのだ。

 俺は、感動に打ち震えながら、その黒い稲穂に近付いて行く。
 そして、稲穂をその手に取ろうとしたその瞬間。

 稲が一斉に敬礼した。

 いや、自分でも何を言っているのか分からないのだが、ともかくそうなのだ。
 穂が頭、横から延びる葉が、両手と言う所なのだろう。
 効果音がしそうなほど、穂が直立し、葉っぱが「く」の字に曲がっている。
 見事な敬礼だった。

 唖然としたのは俺だけでは無いようで、此花も咲耶も……ティガ親子でさえ、その奇妙な光景を口を開けて見つめていた。
 俺は、我に返ると、未だに敬礼を続ける稲たちに、恐る恐る、話しかけた。

「も、もしかして……歓迎して……くれているのかい?」

 その言葉に頷くように、稲穂を上下に揺らす稲たち。
 ……頭痛くなってきた……。
 どうやら、この新種の稲たちも……知性を持っているようだ。
 しかも、どうやって思考してるのだ? どこで声を聞いているのやら……。
 もう、異世界は何でもありだ。うん。深く考えたら負けなんだ。
 俺は自分に、そう言い聞かせると、努めて冷静に話し始める。

「歓迎してくれて、ありがとう。俺も、会えて嬉しいよ。ちなみに、君たちも……俺の子なのかな?」

 そんな俺の言葉に、稲は首肯するように揺れ動く。
 ついに、俺の子供は、脊椎動物をも乗り越えて、植物の領域へと至ったのか……。
 ある意味感慨深いが、あまりにも荒唐無稽な事過ぎて、実感が皆無である。
 俺は乾いた笑みを張りつかせると、そのまま、更に声をかける。

「君らにお願いがあるんだ……。俺は、凄くお米が食べたいんだ……。良かったら、分けて欲しい。何なら、住みやすい場所を作るから、そこに来て、定期的にお米を提供してくると、俺は嬉しいし、凄く助かるんだ。」

 そんな俺の言葉に、稲たちはいっせいに頷く。
 その様子から、どうやら良いらしい事を察する。
 俺は、それを見て頷くと、声をかける。

「じゃあ、村の近くに、君らが住める場所を作る事にするよ。来てくれるかな?」

 そんな言葉を聞いた瞬間、稲たちに変化が現れた。
 皆、一斉に震え出したのだ。

 ん? 俺、何か変なこと言ったかな? と心配になった次の瞬間。
 まるで、ワインのコルクを抜いた時のような、小気味よい音がそこらかしこから響き……。

 稲たちが一斉に、立ち上がった。

 どうしよう? 突っ込んだ方が、良いんだろうか?
 そもそも、なんで音がするのか全く理解不能だ。
 土でしょ? 今土から、出て来たんだよね?
 後、何で、そのひょろっとした根で、直立歩行ができるんだよ?
 そんな俺達の戸惑いを後目に、稲たちは整列し、

「しょうたーい! 止まれ! 1・2!!」

 みたいな、綺麗な行進まで見せてくれちゃったりした。

 俺は、こめかみに指を当てつつ、必死に今の光景を受け入れようと努力した。
 その努力の甲斐あって、どうでも良くなった俺は、やけくそ気味に、稲の小隊を、子族の村へと誘導したのだった。


 それから3日後。

 ルカールの村に、新生代達の先発隊がやってきた。
 既に村の皆には十分に説明してあったし、俺が変な事をやるのは慣れている為、混乱こそ無かったものの、その姿に一同言葉を失っている。
 まぁ、そりゃそうだろうなぁ。
 象やキリンは特に、初めて見る時は衝撃が大きいだろう。

 口をあんぐりと開けて固まっている村人を横目に、俺は動物達に指示を与えていく。
 そんな俺の後ろから、カスードさんが声をかけてきた。

「おう、久しぶりだな。しっかし……帰って早々、とんでもないな、こりゃ。」

 カスードさんは呆れ半分、苦笑い半分と言った具合に、新生代の動物達を見つめている。
 特に、カスードさん的には、カンガルーが気になるようだ。
 象やキリンに隠れるように、ゾロゾロと移動する様を真剣に見ていた。

 そこに、桜花さんをはじめ、他の長老達がやってきた。

「お義父さん、おひさしぶ……『死ぬか? 今、死にたいのか?』 ……いえ、桜花さん。お久しぶりです。」

 全く。少しくらい茶目っ気出しても良いじゃないか。
 そう思いつつ、俺はあまり怒らせるとまた、色々面倒な事になるが分かっていたので、そのまま、真面目に挨拶する。
 そんな様子を、呆れたように見ながら、

「ツバサ殿、お久しぶりです。お体に大事は無いですか?」
「お、おおおお、お久しぶりですぅー!! えっと、えっと!! ……お久しぶりです!」

 ヨーゼフさんとマールさんが声をかけてきた。
 相変わらずマールさんはテンパってるな……。大事な事だから2回言ったのだろうか?
 そんなどうでも良い事を考えつつ、俺は笑顔で返答する。

 そんな風に、久々に顔を突き合わせて話している間に、新生代の面々は、ヒビキ達に先導されて、各々、住むことになる厩舎へと案内されていく。
 まぁ、厩舎と言っても、その大きさはかなりのものだ。
 村はずれに作ったのだが、とりあえず、ちょっとした動物園クラスの何かになった。

 ちなみに、動物の統括はヒビキと、此花、咲耶に任せることにした。
 何かあった際は、彼女らを通して、俺に伝わる形にしている。
 まぁ、人間と動物の間に立って会話できるのは、彼女たちだけだし、頭も良い。
 問題が起きたとき、直ぐにコンタクトが取れるし、問題ないと判断したのだ。

 そして、最後に行進してきた生物を見て、みな完全に硬直した。

 雄雄しく、整然と整列し、一糸乱れず行軍するその、稲の雄姿は、ルカール村の新たな伝説となったのだった。

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