比翼の鳥

風慎

第13話 少女が願った翼

 光に包まれ、姿を光の幕の向こうへと隠した2人だったが、その先からリリーの声が聞こえてきた。

アミ私はイサタゥ……願うイアゲン……この背にオノク エス……空をアロス 掴むウマク……。」

 それは、擦れて良く聞き取れなかったが、俺の聴いたことの無い言葉だ。
 だが、おかしい。意味がわかる。
 その言語は全く聞いたことが無いのに、意味が頭の中にスッと入ってくるのだ。

 そして、良く聞けば、その言葉には音階があり、何となく歌に聞こえなくもないが、恥ずかしさが邪魔をしているのだろうか……か細い声しか出ていなかった。
 しかし、そこに込められているだろう思いを、俺は感じ取る事が出来た。
 拙いながらも、その声には確かに、言葉を超えた力を感じたのだ。
 そして、一度、息を吸い、歌を止めたリリーは、次のフレーズを、呟くように歌い上げる。

「……ツバサがツバサ 欲しいイーソ……。」

 リリーが吐き出す様に歌ったそのフレーズを聞いた瞬間、俺は自分の胸がドキリと脈打つのを感じる。
 なんだ? 一瞬、俺はその声に惹かれた。
 勘違いだろうか? 翼では無く、俺の名前の様に感じられたのだ。
 一瞬、そんな思い上がりとも言える俺の感情を、一笑に付したくなる気持ちが湧き上がるが、心の奥からそれを否定する声が響いた気がした。
 そんな戸惑った俺を嘲笑うかのように、虚空より声が降ってくる。

『ならば……そのツバサ……貴女にも授けましょう。』

 俺は、その聞き覚えがありまくる声が突然降って来て……思考が停止する。
 何故このタイミングで? と疑問が沸きあがる。
 そして、2人が光の中で手を繋ぎ……リリーが言葉の無いフレーズをハミングしつつける光景を見て、理解する。

 そうか、そういう事か。

 次の瞬間、俺の心に湧き上がったのは、2人への心配であった。
 大丈夫なのだろうか? 俺とルナの時は、かなりのダメージを受けたのだ。
 またそうならない保証は無いのだ。

 ねぇ? コティさん?

 俺は、心の中でそう呟くも、そこに返事は無い。

 コティさんの言葉が聞こえているのか、どうなのか?
 リリーはなおも、歌詞のない歌を続ける。
 俺は後ろから、2人の姿を見ているので良くは分からないが、リリーの右手は自分の胸の前に副えられているように見える。

 魔力が周囲から集まってくるのを感じる。
 これは……歌のせいか?
 こんな事、リリーは、いつの間に出来るようになったのだろうか?
 何より、この魔力、かなりの純度に圧縮されている。
 これだけの力を、発動に使うのか?
 良く見ると、魔力に引き寄せられるように、微精霊が顕現し始める。
 それは、リリーとルナに向かって吸い寄せられるように、渦を巻く。

 そして、いつからだろうか? リリーの歌声に重なるように、新たな声が聞こえてきた。
 幻聴? しかし、リリーの歌声を支えるように、そっと手を副えるような、柔らかで儚い歌声が、俺には聞こえる気がした。
 それが、幻聴ではなく、はっきりとした、歌声であると認識された時……突如として、無機質なアナウンスが響く。

『比翼システム、スタンバイ。』

 その瞬間、何故か俺も巻き込まれて、その影響下に置かれる。
 先日も味わった、ある種懐かしいこの感覚。
 勿論、体を動かす事は出来ない。
 全てが凍りつき、自分の思考だけが引き伸ばされ存在する、独特の感覚の中に俺はいた。

 あの時と同じだ。勇者をフルボッコした時の、あの時と……。

 これは、やはりルナとリリーのせいなんだろう……。
 だとすると、俺が一緒に巻き込まれているのが理解できない。
 あの時はルナと俺がつながったから……と言うのは何となく理解できるのだが。
 今回は、ルナとリリーがやらかしているっぽい感じだ。
 何故俺まで、比翼発動に巻き込まれているんだろうか?

『……解答いたします。翼様は、ルナ様のバディとなった事で、システムの一部として組み込まれております。その為、システム発動の際、その影響下に置かれることになります。』

 うお!? びっくりした!?
 また、突然復活しましたね!? コティさん!!
 ともかく、お元気……そうで何よりですね!?

『……ご心配いただき、ありがとうございます。現在、私は独立して存在しているため、比翼システム起動時のみ、スリープから解放され、この様に翼様とコンタクトを取る事が可能な状態です。』

 独立して存在? 何か気になる発言だが……今は良い。
 早急に確認しておきたいのは一点だけだ。

 ルナとリリーは、この比翼システムを起動しても大丈夫なのかな?
 俺とルナの時のような後遺症は? 影響はどの程度に及ぶ? 教えてくれ。

『……解答いたします。現在の比翼システムは、リミットモードで発動しております。ルナ様とツバサ様の時のような、完全開放状態ではない為、能力の増加やフィールド形成に大きな制限を受けます。その代り、発動時間が長く、身体に及ぼす影響が少ないと言うメリットが存在いたします。』

 そうか。では、その場合、俺達の時のような影響は無いんだね?

『……解答いたします。臨界点を超えて使用しなければ、その心配は御座いません。』

 それだけ聞いて、俺は安堵する。
 これでまた、ルナが何かを背負う事になるならば、俺はどんな手を使ってでも、この比翼を止めなければならないところだった。
 彼女は真っ直ぐすぎる。
 自分の不利益を考えず、俺や皆の為に突っ走ってしまう、悪い癖のような物がある。
 それは勿論、俺のせいでもあり、それを諌めるのも、俺の役目だと思っている。
 思い上がりかもしれないが、そう思わなければ、俺が精神的にきつい。
 そんな事を思っていると、再度コティさんの声が響く。

『比翼システム……稼動完了――――臨界点へのカウントダウンを開始します。』

 その声と共に、体の感覚が急激に戻って来る。
 同時に、俺の視界の端に懐かしい、円形のタイマーが浮かぶ。
 数値は269。俺とルナの時と比べて、かなり少ない。
 タイマーに気を取られていた俺は、視線を2人に戻す。

 2人を後ろから見つめる俺には、彼女たちの背中に生える、光の翼がしっかりと見て取れた。
 ルナは前と変わらず、白い粒子を肩甲骨あたりから噴出させている。
 いや、良く見ると違う。
 気のせいだろうか? 前の時よりも、何か灰色がかっているような気が……。

 それに対して、リリーからは黄金色に近い粒子が噴出していた。
 こちらも、若干くすんだような色の様な気がするのはなぜだろうか?

 そして、何より、大きさが小さい。
 俺とルナの時は、1m以上噴出していたが、彼女らは30cmも無い。
 ちょこんと生えたその羽は、綺麗でもあるが、どちらかと言うと可愛らしい感じを受ける。

『……解答いたします。サポートの為、翼様より粒子を供給しております。その為、粒子競合が起こり、色が変化しています。但し、この粒子供給により心身への負荷は、80%程軽減されております。』

 成程。単に突っ立っているだけじゃなくて、強制的に2人をサポートさせられているのか俺は。
 まぁ、それで2人が楽になるなら、喜んでサポートでも何でもしようじゃないか。

 そう思った時、2人から歌声が聞こえてきた。
 その歌は、俺も知らない曲だ。
 歌詞は無く、ただ、音をハミングの様に、2人で響き合わせるだけの曲。
 しかし、その曲は、聞く人に哀愁を感じさせるも、脳裏に浮かぶ情景を、より鮮やかに、思い描かせる。

 聞き手を巻き込んで、その場を作る。そして、更に心を掴み、昇華させる。
 その歌声は、正に魔法だった。

 ……って、歌声?
 俺は重大な事に気が付き、ルナを注視し耳を澄ます。

 ルナは、

 声が出ている。ルナが……楽しそうに歌っている。

 その事実を確認した俺の胸に、只々、良かったと言う喜びが去来した。
 どうして? と言う気持ちは浮かばなかった。
 声が出るのは、きっと比翼の効果だろう。
 そうでないとしても……この奇跡の時間だけでも、彼女の好きなように、取り戻した声を使ってほしい。
 俺の心に浮かんだのは、そんな事だけだった。

 しっかりと手を繋ぎながらも、肩を揺らし、足でリズムを取り歌う2人の後姿を、俺は眩しいものを見るように、黙って見守っていた。

 ふと、緑の女性の様子を窺うと、俺と同じ様に、黙って2人の様子を窺っている。
 その目は、この状況を何処か、楽しんでいるように、細められていた。

 その様子を見て、改めて、俺は疑問に思う。
 そもそも、この勝負? とやらは、何を判定して行うものだろうか?
 殴り合いや魔法を使った戦いでも始まるのかと思っていたのだが、そうでもない様だ。

 そんな俺の疑問を尻目に、2人のハミングは、テンポの早い物へと変化していった。
 そして、2人は突然口を開き、歌い始める。

アロス 惑うウォダン 私のイサタゥ オロック。」 『手のエト 中にアカン あるイァズノ アラキトゥ。』

私はイサタゥ どこへオコドゥ 飛べばウボトゥ 良いイオイ?」 『その力をアラキト ただヌヤット 求めウモト 振るうウールー。』

 俺の知らない……けど、意味は何故か理解できる言葉で、交互に語りかけられるように交わされる歌声。
 それは、交じり合い、問いかけと答えのように、螺旋を描き、空へと溶ける。
 民族舞踊を髣髴させるようなノリの良いその歌は、2人の声を互いに補完し、競い合うように、言葉を紡いで行く。

その時イコット 私はイサタゥ 光をイラキー 見たウリム。 その光イラキー この手にオノク エト 掴むためウマク。」

その時イコット 私はイサタゥ 光をイラキー 得たウレ。 その光イラキー その手にオノス エト 委ねようウレンディ。』

 その歌は、まるで世界に対して聞かせるように、虚空へと溶けていく。
 2人で綺麗に声を揃え、調和する姿は、美しかった。
 光の中で、翼を纏い、歌いながら手を空へと伸ばす。
 幻想的で、言葉さえ掛けられないほど、その姿は神々しかった。
 そして、2人は何かを掴むように、同時に手を握り締め、歌い上げる。

「『力よアラキト 今こそアミ この手にオノク エト! 舞い降りよウリロ 原初の力エミジャ アラキトゥ!』」

 その瞬間、2条の光が空から舞い降り2人を包んだ。
 そして、俺は見た。

 2人が、その瞬間、何故か光りながら、姿で宙に浮くのを。

 ……はい?

 俺は、その余りにも衝撃的な光景から目を外すのも忘れて、見入る。
 頭の隅では、「駄目だ! 目をそらせ!」と言う声が聞こえるが、気持ちの大部分は、このような素敵な光景を見ないなど、選択肢としてある訳がないと、豪語していた。
 良く見ればって言うか、そもそもしっかりと隅々まで観察してしまったわけだが……辛うじて大事な部分は光の粒子に遮られて見えない。
 それ以上に、ただ、その2人の姿は綺麗で、不届きな感情など欠片も浮かんでこなかったと言う事もある。
 俺が茫然自失と、その美しい光景に見とれていると、更に信じられない変化が起こる。

 何か甘ったるい音が響きながら、ルナと、リリーの髪に結わえられていたリボンが解け宙に舞う。
 微妙に大事な部分を隠しながら、そのリボンは2人の周りを踊るように舞う。
 リボン!! 貴様!? 邪魔だ!! と思わず本能が叫ぶも、冷静に考えると見えそうで見えない感じもそれはそれで、ドキドキする。

 俺の脳が完全に煩悩に支配された時、リボンが突然2人の手に巻きつく。
 そして、甘く弾ける音と共に、小さな星が舞った。
 そうすると、そこには、白く眺めの手袋が装着されていた。

 ……えっと? 

 リボンに包まれ、甘く弾ける音が響いたと思った瞬間、2人の足に綺麗な靴が現れる。

 この……見覚えがありまくる、光景は……あれか? あれなのか? 

 俺の戸惑いを余所に、周りの観客……と言うか、俺にサービスしているとしか思えないように、クルクルと見せ付けるように2人の体が、宙で回り、リボンはあちらこちらを上手く隠しながらも、次々と衣装を装着していく。
 それと同時に、ポンとか、パンとか、キャルーンとしか、脳内で文字にするのも恥ずかしい、形容の仕様のない甘い可愛い音が弾ける様に響きわたっていた。
 そして、その度に、星が舞い、花びらが舞い、空間がピンク色の何かに支配されていく。

 あかん……頭痛くなってきた。

 そもそも、なんで、ルナがこんな事を知っているんだ?
 この過程は、俺の知っているあれに、酷く忠実だ。
 ある年代の女の子達だけでなく、一部の大きなお友達の間でも流行ってしまう、あれだ。

 造りが全く同じ、どう考えても丈の短いフリフリのスカートが2人を包み、髪に新たなピンクの可愛らしいリボンが巻き付き、その髪型をポニーテールへと変える。
 最後に、2人の体を蹂躙しまくったリボンは、首に巻きつき、チョーカーとネックレスを合わせたような装飾品へと姿を変えた。

 ちなみに、2人はこの間、目を閉じ、リボンにされるがままでいた。
 ここでもし、目線が交わったら、俺は恥ずかしくて、目線を外す事が出来たかもしれないが、そういう事は無かったのだ。
 結局最後まで堪能してしまった……ラッキーである。

 光が集まり、ルナの手にはこれでもかと言うほど、星と羽に装飾されたピンク色の杖が現れる。
 対照的にリリーの手には、何も握られていない。
 いや、良く見ると、手の甲が、翼と星の形であしらわれた、ゴテゴテした物に覆われている。
 ナックル? 殴るのか。そういや、最近はそれもトレンドの様だし、ありと言えばありなのだろうか?

 時間にしたら僅か10秒にも満たないだろうが、このときの光景を、俺は脳内から絶対に消せないだろうなと、理性の一部がため息をつくのを感じつつ、その変身シーンとしか形容のしようがない時間が終了する。

 2人はゆっくりと地面へと降り立ち、緑の女性に向き合うと、2人揃って、声を上げた。

「『魔法少女・ルナ』&リリーです!」

 キラキラと光りながら微精霊達が飛び回り、まるで彼女達を祝福するように瞬く。
 その姿は、いつもの2人とは違った魅力を存分に振りまいており、思わず見とれてしまった。

 しかし、それと同時に、無性に叫びたくなる気持ちを抑えるのに必死だったのも事実だった。

 一言で言えば、「何でやねん!」である。

 そもそも、今までおかしいと思っていたんだよ。
 俺の教えていない知識も含めて、ルナは知り過ぎている。

 ビビが文鳥の姿で現れた時に、気付くべきだった。
 そう、俺は、姿・形こそ教えたことはあるが、ルナは文鳥を見たことが無いはずなのだ。
 なのに、あれは紛れも無く、俺の好きな文鳥だった。
 色々狂っている所はあるが、その姿だけなら俺の知っている物と、変わらない。

 ならば、俺の世界の記憶か、知識か、それに類する物が、何らかの形でルナに伝わっている事を疑うべきだったのだ。
 まぁ、疑ったところでどうする事も出来ない訳だが……。
 とすると、これも、俺の世界から再現されたと言う事で、間違い無いんだろうな……。
 ましてや、俺の記憶から再現されたのなら、気まずさ全開である。
 いや、それはどうでも良いんだ……。この世界にそんな特殊な趣味を咎める文化は無い。
 ここは異世界だ。元の世界で植えつけられた、出所の分からない羞恥心は捨てよう。

 そう思ったら、色々吹っ切れた。
 そうだ。なんだかんだ言っても、2人とも、信じられないほど可愛いじゃないか。
 現実ではお目にかかれない、魔法少女の貴重な変身シーンである。
 それも、可愛い2人の物ならば、精神的に疲れこそすれ、異論はない。

 何故かポーズまで決め、ノリノリの彼女らに、半ば無理やりしがらみを吹っ切り、やけっぱちな俺は、色々な思いを込めて拍手をする。
 突っ込み所は、もう数えるのも馬鹿らしいほど多いが、とりあえず何となく得した気分の俺は、そんな野暮な事はしないと心に決めた。
 うーん、何だかんだで、良いもの見せて貰った。ファミリアでコソッと映像化してあるから、家宝にしよう。

 俺が、開き直って悦に入っていると、リリーがクルッと振り向き、太ももの下まであらわになっているフリフリのスカートの裾を押さえながら、

「……見ました?」

 と、上目遣いで、プルプルと震えながら、顔を真っ赤にしながら問いかけてきた。
 もう、この子マジで、このままお持ち帰りして、飾っておきたくなる位、可愛いんだけど。
 そんなリリーを愛でていたかったのだが、流石にそのままでは可哀相である。
 俺は口を開く。しかし、ここで正直に答えるほど、俺は若くない。

「ん? 何の事だい? 何だか光がまぶしくて、目を逸らしていたからよく分からなかったんだよ。」

 と、俺は、完全にしらばっくれた。
 そんな俺の言葉に、ホッとした様子のリリー。
 ここで、もうひと押し。

「……それよりも、その衣装、信じられない位に可愛いな。良く似合っているぞ。」

 俺は手放しで、リリーの姿を褒める。
 その途端、リリーは更に頬を染め、モジモジすると、下を向きながら、それでも結構はっきりした声で答える。

「そ、そうですか? 私には、ちょっと派手すぎるかなって……。」

「そんなことないぞ? リリーは可愛いからな。その可愛さを存分に引き出していると思うぞ。」

 俺は、心から絶賛する。
 これは本心だ。打算も混じった本心ではあるが。
 そして、俺の言葉で、リリーは先程の事など忘れた様に、モジモジしながらも嬉しそうにしていた。
 許せ、リリー。大人は汚いのだ。
 そんな事を思いながら、とりあえず話は逸らせたと、心の中でホッと一息つく。

 モジモジするリリーと、何故かそれを嬉しそうに見守るルナを、俺は改めて良く見る。

 衣装はどうやら、形は全く同じもので、色が異なるようだ。
 ルナは銀を基調とした色で統一されていて、リリーは金で統一されていた。
 どちらも、彼女達のイメージにぴったりな配色で、その服の作りの素晴らしさも相まって、思わずため息が出る程の可愛さである。
 2人とも、頭には可愛い帽子。そして、獣耳を鎮座させている。
 更に、その腰に開いた穴から金と銀の尻尾をユラユラと揺らしている。

 あれ? なんか変だな?

 俺は何かが引っ掛かり、ルナへと視線を戻す。
 そして、ルナの眩しい笑顔へと向き直り、改めてルナを観察し……思わず声を上げた。

「ルナさん? なんで……耳と尻尾が生えてるんですかね?」

 そんな俺の言葉に、ルナは、顎に人差し指を当て、少しだけ悩むと、

『んー? 可愛いから?』

 と、よく分からない答えを返した。
 久々に聞いたルナの声は、相変わらず澄んで綺麗だったが、それ以上に、言葉に何かの力が宿っている感じを受ける。
 よく分からない力が、発動しているのだろうか。

 いや、そんな事よりもルナの獣耳と尻尾だ。
 リリーが金のそれに対し、ルナは銀色で、艶やかである。
 触ったら絶対に気持ちいいに決まっている。触らなくても分かる。
 あれは、良いものだ。

 思わず吸い込まれるように、フラフラとその獣耳と尻尾に手を伸ばしたくなり……全精神力を総動員してこらえる。
 いや、空気を読め。今は、よく分からないが、大変な時なのだろう。
 ほら、後220秒を切っているじゃないか……。俺が邪魔して良い訳が無い。

 俺は、血の涙を流す勢いで、視線をルナから外すと、ルナに背を向けながら

「ルナ……用事がすんで、時間が余ってたら……その獣耳触らせてくれ……。」

 と、血反吐を吐く勢いで、何とか言葉にする。
 そんな俺の様子を、心配そうに窺うルナの気配を感じるが、俺は振り向かずに、そのまま下がる。

『うん! じゃあ、早く終わらせて来るね! 後で沢山触ってね!』

 と、取りようによっては、それだけで色々と満足できそうな言葉を、俺に掛け、ルナは、そのまま、緑の女性と向き合った。

『じゃあ、私達の正義! ちゃんと分かって貰うんだからね!』

「そうです! ツバサさんの言葉。ちゃんと体現して見せます!」

 荒ぶる少女たちには、本当に申し訳ないが、冒頭から訳が分からない。
 何故、そこで俺が出て来る。

 俺は、相変わらずの謎な行動を起こし続ける2人を、ため息を隠し、じっと見守るのだった。

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