比翼の鳥

風慎

第14話 魔法少女と偶像

 ルナとリリーは、緑の女性に向きなおると、それぞれの左手と右手を前に突き出した。

 その手に持たれていた、2人の武器が、光を発し、その形を棒状の何かに変える。
 えーっと……ルナは銀色……リリーは金色のそれは……マイクか?

 まぁ、歌と言えばそうだな。確かにマイクだ。うん。
 けど、異世界にそれはどうなのだろうか……。
 荒涼とした山中にて、魔法少女の姿をした2人がマイクを突出し、真剣な顔で女性と向き合う姿を、黙って見守る俺の心情を誰かに分かって欲しい。マジで。

 そもそも、スピーカーも無いのに何でマイク?

 俺は、予想の斜め上を滑空し続ける彼女らに、心の中で突っ込みしつつ、傍観者として見守ると言う立ち位置をぶれさせないように、精一杯、気を引き締める。
 緑の女性は、武器が変じたそれが、何を用途とする物なのかも、理解できていない様だ。
 未知の武器をしげしげと眺める様子が、こちらから見て取れる。
 まぁ、そうだよな。むしろ、知ってたら驚きだわ。

 そんな緑の女性の様子を気に留めることも無いように、2人は静かに歌い始めた。
 俺の予想に反して、マイクは何故か機能している。原理はわからんが、声が響き渡るのを感じた。
 まぁ、魔法だ、魔法。俺は、半ばやけっぱちに、そう結論付けた。
 スローテンポで始まったその歌は、2人の声が交互に混ざり合い、戯れるように唱和し、響き、空気に新しい力を注ぎ込む。

「その昔 狭い檻に 囚われた 一人の 少女……」

『白い 石の牢獄 それは 冷たく 全てを拒絶する壁……』

「そこから 逃れる 術も無く 少女は ただ 心を閉ざす……」

『無限とも 思える 時の狭間で 流れを無くした 時の中で……』

「聖女と 呼ばれた 少女は 一人 ただ待つ……」

 まるで、それは、何かの物語のような歌詞だった。
 そして、先程の聞いた事の無い言語ではなく、今回はいつも通りの言葉である。
 俺の脳裏に情景がフラッシュバックの様に、断片的に流れ込む。
 白い部屋 何もない部屋 冷たい床 何も動かない 時も凍る部屋。
 何をするでもなく、ただ、座り込み、ぼんやりと部屋の中心に一人鎮座する少女。
 その姿は痛々しく、無機質で、それ故……美しく見えた。

 一旦、2人の歌声が途切れ、脳裏に浮かび上がったその姿が掻き消える。
 そして、2人はぴったりと声を合わせて、紡ぐ。

「『解放の時を……』」

 その声を聞き、俺の肌は泡立つ。
 そして、その瞬間、脳裏に遠く響く声があった。

『フィールド idleアイドル 展開。』

 一瞬、柔らかい何かに優しく包まれた気がした。
 ちょ!? ここでフィールド展開ですか!?
 しかし、その俺の心の叫びをもかき消すかの様に、突然、伴奏が入る。

 バイオリンやチェロと思われる弦楽器をベースとして、フルートやドラムの音まで飛び込んでくる。
 そうして、一転してノリの良い華やかな曲へと転じた。
 今までの悲壮な感じから伴奏が加わった事もあって、一気に、希望を感じさせるような曲へと変わった。
 え!? この伴奏どこから!? と思う間も無く、歌が続く。

「少女は 檻を出た!」

『連れ出したのは 一組の男女。』

「少女は 外を見た!」

『人の住まう地 魔物の跋扈する地 不毛の地』

 俺は、次第にその物語と歌声に引き込まれる。
 次々と、移り変わる景色が見えた。
 人族の町と思われる、中世の時代の様な街並み。
 元の世界には、想像の世界にしかいなかった異形の化け物たち。
 砂漠や凍土、そして、草一つ生えない、荒涼とした大地。

「優しい手に引かれ 少女は 世界を旅する。」

『それは 初めての経験 凍った心を 動かすほどに。』

「『世界は 広く 美しく そして……醜い。』」

 そう2人が唱和した時、場面は転じて、急に不安をかきたてる様な、曲調へと転調した。

 ふと気が付くと、俺は何かに囲まれていた。
 歌が誘う世界に没頭するあまり、周りの様子が見えていなかったのだが……。
 一瞬、身構えるも、その光景と探知の反応を見て納得する。

 精霊だった。

 一面、色とりどりの精霊が顕現していた。
 いつもと違うのは、渦を巻くことも無く、ただただ、静かに行儀よく、歌を聞いているという点だろう。
 そうだった。ルナが歌えば、精霊が集うのは当然だ。
 ましてや今は、比翼で増強されていることに加えて、フィールドまでばっちりと発動している。
 フィールドの効果が何なのかは不明だが、今の所、危機感も覚えない。
 むしろ、楽しい。
 気分が高揚しているのが、自分で分かる。先が気になる。歌声をもっと聞いていたい。

 何より、輝いている2人の姿をもっと見ていたい。

 ふと、緑の女性を見ると、その顔こそ仏頂面ではあるが、伴奏に合わせて肩を揺らし足でリズムを取っていた。
 成程。その姿を見て、俺は何となく、ルナとリリーが何を成そうとしているか分かった。
 これは、良い手だ。俺の中途半端にやる事より、ある意味で、遥かに効率的である。
 俺の視線に、緑の女性は気が付いたようだ。
 一瞬、眉をひそめると、それっきり、リズムを取るのを止めてしまった。
 あらま。もっと素直になれば良いのに。
 まぁ……無駄な抵抗だな。これは。
 俺は、そう一人そう結論付けると、先程まで以上に、心を委ねて、歌に聞き入ったのだった。

「旅の果て 辿りついたのは 深い森。」

『そこには 争いしか 無かった。』

「殺し合う人々……」

『積み重ねられるむくろ……』

「血は 川となり 大地を 汚す。」

『穢れた大地は 全てを 呑みこむ。』

 焼ける森。横たわる人々の躯。
 それは、森を埋め尽くす勢いで、全てを呑みこんで行った。
 どす黒く染められた森。そこから染み出す怨嗟の声。
 美しく綺麗だった森は、人々の血と恨みを吸って、魔の森へと変貌を遂げる。

「人の呪いは 森をも殺す。」

『人の呪いは 全てを変える。』

「『そして現れる。 堕ちた精霊が。 そして始まる……世界の終わりが。』」

 俺は、脳裏に映るその情景を見て、絶望を運ぶその歌声を聞いて、震えが止まらなかった。
 ふと見ると、周りの精霊たちも、まるで凍えた体を温めるように、身を寄せ合っていた。
 そして、何か妙に心地よい弾力を感じると思ったら、そこそこ大きい精霊たちが俺に身を摺り寄せるように、集まっていた。
 あー……精霊って、こんなにも気持ち良い、さわり心地だったのか。
 あまりじっくりと精霊を触る機会が無かったから、今まで気が付かなかった。

 新しい発見に俺は精霊たちを優しく撫でまわしつつ、歌に聞き入る。
 その手触りは、すべすべな上に少し柔らかく、ほんのりと暖かい……正に、極上の物だった。
 ルナとリリーが歌う様子に見入りつつ、調子に乗って次々と撫でまわしていたが……次の精霊に手を置いた時に、違和感を覚えた俺は、視線を向ける。
 そこには、何故か、プルプルと震えながら、俺の腕にしがみ付いている緑の女性の姿があった。

 えーっと……何やってるんですか、あなた……。

 声こそ出さないものの、俺は視線にその言葉を込めて、緑の女性を見る。
 その俺の視線から全てを読み取っているのだろうが、緑の女性は捨てられた子犬の様に震えていた。
 その姿に、先程まで見せていた強気な様子は無く、完全に本心から恐がっているようだった。
 他の精霊たちも同様なようで、大きい精霊ほどその状態は顕著だ。
 右からも先程からポヨンポヨンと圧迫してくるので、余程恐いのだろう。

 確かに恐い内容だが……そこまでか?

 そう思うも、俺はふと気が付く。
 今まで、単なる物語として聞いていたが……もしかして、この内容って……。
 俺は思考の海に飛び込みかけたが、それを歌声が許さなかった。

 曲が激しくなり、一気にクライマックスを感じさせるものへと変わる。
 弦が、管が、打が全ての音が、混ざり合い、場を燃やし、否応なく何かを予感させる。

「優しき 二人は 少女に 言った。」

『旅は ここで 終わりだと。』

「顔に 刻まれた 皺を歪ませ 優しき二人は……」

『少女を 残し 何処へと 去った……。』

 顔に皺を刻み、既に老人となった二人は少女に、悲しそうに、無念そうに呟くのが見える。
 何度も振り返り、その少女の事を案じるように、後ろ髪をひかれながらも去って行く二人。
 それを、黙って見守る少女の姿。

「それから 森に光が 満ちた。」

 黒く淀んだ森の雰囲気が、その暴力的なまでの光によって包まれ、浄化されていく。
 森を突き抜け、はるか上空まで届くほど大きな、禍々しき堕ちた精霊が、崩れるように消えていく。

『しかし 二人は ついに 帰らなかった……』

 感情の無い目で、天を見つめる少女。

「少女は 一人 森で待つ。二人の 言葉を 守りながら。」

 で一人、言われたことをこなし続ける少女。

『そして 堕ちた精霊は 消え去り 森は 静寂に包まれた。』

 堕ちた精霊が消え去った場所に生えた、2つの木。
 それは絡み合う様に天をめざし、大きくなっていく。

「『新しい 種と 新しい 秩序と 忘れ去られた 言葉を 残して。』」

 そこで、2人は言葉を切ると、同時に違う言葉を歌い始めた。

「後に 後世に 語られる 精霊大戦と 呼ばれた……」

『人知れず 元凶と 戦い 森を 世界を 救った……』

 息を吸い、目を閉じ、その後、言葉を紡ぐ。

「『勇者 カーレリオンと 勇者 ルフェルの …… 知られざる……』」

 静けさが周りを包み、伴奏も止む。

「『ものがたり!!』」

 その瞬間、伴奏が一気に膨れ上がり、フィナーレを紡ぐに相応しい旋律を、ただ狂ったように奏で続ける。
 精霊たちはその瞬間、その場を動かないものの、拍手するように、叫ぶように、明滅していた。

 俺は、震えていた。

 心から湧き上がる感動と、興奮と、恐ろしさと……に。
 そうか。これが……君の、過去か。
 爺と婆は、勇者だったか。
 それが、何年……いや、何百年、何千年前だとしても、俺には関係なかった。
 ただ、今、ここにルナがいてくれるこの現実に、俺は改めて感謝する。

 一瞬不安そうに、こちらを見るルナに、俺は心の底から、感謝を述べた。

 俺の傍にいてくれて、本当にありがとう……と。

 それだけで、伝わったのだろう。
 ルナは先程の不安な様子など微塵も感じさせず、更に歌を続けて行く。

 そして、俺は、腕にしがみ付きながら、涙を流している緑の女性に視線を転ずる。
 この人も又、その時代を生きた、正に、生き証人なんだろうな。
 俺は、最初見た時から、この女性の正体は分かっていた。
 探知の反応が特異過ぎる。これは、ディーネちゃんと同じ様な反応なのだ。

 風の精霊。しかも、ディーネちゃんには及ばないものの、大きな反応であることから、大精霊の可能性もある。

 ふと、思考をディーネちゃんの事に切り替える。
 そういう意味では……ディーネちゃんもまた、被害者であり……目撃者なんだろう。
 あの心の光景は忘れられない。
 どれだけの事を経験してきたら、あのような奇跡を生み出せるのだろうか。
 きっと、今の歌にあった精霊大戦の事も、あの中に形作られているに違いない。
 ならば、精霊たちにとっては、余計にリアルに、この歌が心に飛び込んで来るに違いない。

 ふと見ると、ルナもリリーも、歌詞は無いものの、ハミングで歌いながら泣いていた。
 と言うか、リリーは見るからに号泣している。
 それで、声が全くぶれない不思議さに、俺は首を傾げるも、些細な事と割り切る。

 そして、ふとしたはずみに左腕を引っ張られる……。
 緑の女性が、全力でしがみ付いているからこその、その状態なのだが……。
 まだぐずりながらウルウルとした目で、歌に聞き入っている。
 っていうか……何故、離してくれないのだろうか?

 最初は知的なクール女性だったが……一皮むけば、めちゃ泣き上戸だった。
 これが噂の、ギャップ萌えと言う奴だろうか? それはそれで、可愛いと思う俺がいる。

 更に、何故か、右腕も重いと、今更ながらに気が付く。
 そう言えば、変にバランスが取れて普通に立っていられたが……。
 おや? と思い、視線を右に転じると……。

 何故か、グスグスと鼻をすすって泣いているディーネちゃんがいた。

 ほあぁあああ!?
 ちょっとー!? ディーネちゃん!! 何やってるんですか!? てか、いつの間に!?
 そんな俺の視線に気が付いたのか、ディーネちゃんは少し恥ずかしそうにしながら、

「まったく……年を取るとぉ~涙もろくてぇ~駄目ねぇ~。」

 と、涙をぬぐいながら、当たり前の様に話しかけて来た。
 先程から、なんか妙に右腕に弾力を感じると思ったが……あんたか!!
 そんな思考を読んだのだろう。
 ますます、ウリウリと押し付けて来るディーネちゃん。
 だから、挟まないでって!! 動かすな!! 擦るな!! もー!!?
 あー……もう、この精霊様は!!

 相変わらず、不意打ちの登場で、完全に心を乱された俺は、早々に白旗を掲げる。
 その様子に満足したのか、ディーネちゃんはご機嫌な顔のまま、ルナ達に視線を戻す。

 そして、俺達の様子に気付いたのか、緑の女性がディーネちゃんに視線を合わせ……固まった。
 あー、お知り合いですか。お知り合いですね? そりゃそうですよねぇ。

 ルナは前からディーネちゃんに気が付いていたのだろう。驚くことも無く、手を振ってアピールする。
 すると、何故か俺の周りにいる精霊たちが、ざわめき始めた。
 あー……何となく気持ちが伝わってくる。
 皆嬉しがっているが、そのうち、横の精霊たちと言い合いを始める。

 《 俺に手を振ってくれたんだよ!》 《いや、俺だよ!》

 激しく明滅している姿を見て、そんな幻聴が聞こえた。
 そんなこちらの周りで起こっている騒動など分からないのだろう。
 ルナは、ニコリと微笑むと、

『皆!! 今日は、魔法少女ルナ&リリーの歌を聞いてくれて、ありがとう!!』

 そのルナの言葉に、周りの精霊たちが一斉に騒ぎ始める。
 それは、正に雄叫びとしか表現できないものだった。
 精霊が震え、大地が震え、大気が震えた。

 おいおい……ここ地盤大丈夫なんだろうな……。
 一瞬、冷や汗を垂らし、心が冷める俺。

 しかし、俺のそんな心配を余所に、精霊たちはヒートアップしていく。
 何故だろうか。先程から、

 《 LエルOオーVブイEイー ラブリィ! ルナたん!! 》

 《 リリーたん! マジ天使ぃいいいいい!! 》

 と言った幻聴が聞こえるんだ。
 俺はついに、頭がおかしくなってしまったのだろうか?
 それとも、精霊がおかしいだけなのだろうか?

 扱いが、そして、言動が正にアイドルである。
 そうかぁー。異世界もアイドルってあるんだなぁと、軽く現実逃避してしまいたくなる俺。

 そんな事で悩む俺を余所に、更に周りはヒートアップしている。
 何故か、ディーネちゃんはノリノリで、俺の右腕を激しく揺さぶりながらキャーキャーやっている。
 さっきから、バイン・ボヨンとぶつかりまくるのだが……ディーネちゃん、痛くないんですか?

『じゃあ、最後に! この曲を盛り上げてくれた伴奏の皆を紹介するね! リリー! お願い!』

「えええぇえええ!? わ、私ですか!?」

 と、いきなり指名されたリリーは、完全にテンパっていた。
 いや、君たち……打ち合わせ位、しておけよ……。
 それでも、気を取り直したのか、リリーは、何とか紹介を始める。
 きっと、俺達には聞こえないように心の中で、何か会話をしているんだろう。比翼中だし。
 ちなみに、残量はあと80位ある。まぁ、大丈夫だろう。多分。

「えっと、じゃあ、しょ、紹介しますね!」

 心の中で、台詞でも言われているのだろう。
 何故か、初見の台本を読む様な、硬さが見受けられた。

「ドラムス!! ビビさん!! って、えぇえええ!!?」

 リリーの絶叫が響く中、どこからか飛んできたスポットライトに照らされ、その巨体を表すビビ。
 どうやったって、スティックを持つことが出来ない構造なのに、翼の先にくっ付けるように、スティックを固定し、振り回すように叩き始める。
 そして、これまた、人では叩きようが無いと思われる大きなドラムに、ビビは正確にスティックを叩きつける。
 こいつ……出来る!?
 見事なストロークを披露するビビに、精霊たちは歓声を送る。
 いや、声は出ていないが、波みたいなものが伝わっていくのが感じられるんだよ。
 一通り叩き終えたビビは、その後は、8ビートで刻み続ける。
 ぐ……鳥類の癖に(正確には精霊だが)、一瞬、カッコよく見えてしまった。

「ビビさん……凄いですね……。あ、はい。えーっと、次です! バイオリンとチェロ! 此花さん、咲耶さん! って、いつの間に!?」

 リリーの突っ込みに近い絶叫が響いているが、俺もビックリしていた。
 確か、彼女たちはルカール村で、ヒビキと一緒に、新生代の皆を監督していたはずだが……。

 ちなみに、バイオリンを此花が、チェロを咲耶が弾いている。
 2人で息の合った演奏を見せ、観客のボルテージはうなぎ上りだ。
 すげぇなぁ。うちの子、あんな事も出来るのか。

「此花ぁーー! 咲耶ぁーー!! カッコいいわよぉ~~!!」

 親馬鹿丸出しなディーネちゃんが、キャーキャー言いながら、声をかけている。
 俺もやらないと駄目なんだろうか? いや、親として、ここは遠慮しては駄目なのか!
 そう決めると、俺も、一緒になって2人に声をかけた。

「此花! 咲耶! 2人とも凄いぞ!! お父さん、ビックリしたぞぉ!!」

 そんな馬鹿になった俺とディーネちゃんに、本当に嬉しそうに微笑みを返しながら、2人は演奏を続けていた。

「えっと……ツバサさんがなんか、知らない女性と仲良さそうなんですけど……え? あ、はい。次は、えーっと、期待のにゅーふぇーす? キキさんです!!」

 そう紹介があった瞬間、その場にフルートを吹く真っ白なウサギが現れた。
 うん、ウサギだ。普通にウサギだ。骨格も見た目も、誰が何と言おうとウサギだ。
 大きさが人の大人位あるのを除けば……そして、何故か黒いタキシードに黒いシルクハットを被っていなければ……だが。

 キキと呼ばれたそのウサギは、絶対に歯が邪魔で吹けないと思われるフルートを、器用に吹きこなしていた。
 その旋律は、透き通る風の様に、さわやかな音色を生み出し、皆の心を洗っていく。
 うーむ……素晴らしい。この子も……精霊の様だ。
 これは、あれだ。勇者に殺されかけた、あの精霊か。
 良かった。無事に回復したんだなぁ。
 かなり危ない状態だったから、気にしていたがルナが大丈夫って言ったからな。
 そのまま、今に至る訳だが、こうやって表に顕現できるほど回復出来て、本当に良かった。

 俺は、そう安堵すると、最後に、2人が挨拶し始める。

「最後に、私、リリーと。」

『ルナでした!』

「『皆、聞いてくれて、ありがとう!!』」

 そう言って、2人は深々と頭を下げると、精霊たちは、今日一番の歓声を上げ、何だかわからないまま、コンサートっぽい何かが終了したのだった。

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