比翼の鳥
第17話 翼族の村
取り敢えず、俺達はビビの背に乗り、翼族の村へと向かう事にした。
ちなみに、ビビは安定の走行である。だから飛べよ……。
リリーに、此花と咲耶の事や、ディーネちゃんとの関係を聞かれたので、改めて説明した。
大方、ルナに説明して貰っていたらしく、その辺りは、少し頬を膨らましながらも、理解を示してくれた。
「けど、ツバサさん、酷いですよ。大精霊様とお子を生していると知っていたなら、お母さんも私もあんなに積極的には……その……婚約とか……うぅ。」
と、とたんに尻すぼみになるリリー。
全く、そんな事が恥かしいのに魔法少女がなんで大丈夫なのだか……。
俺は、笑いながらも、リリーに答える。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、別に意図的に騙すつもりは無かったんだよね。ただ、俺の中では、ディーネちゃんが大精霊っていうのは、あまり重要な事じゃなかったんだよ。それに……。」
俺は、そう言いながら、ルナとリリーの頭を優しく、叩くように撫でる。
「もし、そんな事が原因で、リリーやレイリさん達と距離を置かれていたら、今の俺達の関係は無かったと思うんだよね。結果論ではあるけど……だから、これで良いんだよ。」
俺に撫でられているリリーは、ふにゃっとした顔をしながらも、
「そう言うの……ずるいです……。そんな事言われたら、何も言えませんよ。」
と、少し悔しそうに、けれど、嬉しそうに言うのだった。
その後は、ルナとリリーから翼族の事について話を聞く。
どうやら、翼族の村長さんは、最近没したらしく、今は、まだ代替わりしたばかりの青年だそうだ。
ちなみに、巫女様はもっと若いと言っていた。
うーむ、まだ若い世代がいてくれるだけ救いがあるのだろうか。
後、どうやら、話を聞いていると、その新しい長老さんは、かなり寡黙な方らしい。
あまり、多くを語らない人だそうだ。
その為、話が進まず、交渉に時間がかかっているらしい。
また、どうにも人族が嫌いなようで、ルナは意識的に避けられているようだ。
ただ、それに関しては、そもそも文字が通じないと言う事もあるだろうから、単にそれで戸惑っているだけでは?と、指摘してみたが、そういう雰囲気でも無いらしい。
しかし、ルナ曰く、あちらさんは、ルナに対して、苦手意識はあるようだが、明確に嫌われているわけでは無いように感じるとの事。
それはまた、難儀しそうだなぁ。俺が行っても大丈夫なのだろうか?
《 宇迦之さんも辛抱強く話してくれているけど、ツバサが来てくれた方が、早いと思うな。 》
「私もルナちゃんに、賛成です。私と宇迦之さんだけですと、女性という事もあって、やりにくいのかも……それで身構えている部分もあると思います。」
まぁ、会ってみないと何とも言えないかな。
宇迦之さんが頑張ってくれているなら、それを無駄にしたくない思いもあるのだが……。
何にせよ、まずは宇迦之さんと相談してからかな?
そう決めた時、ビビの速度が落ち始め、村落が近い事に気が付く。
「とりあえず、まずは、宇迦之さんに挨拶してからだね。」
そう言って、俺は翼族の村落へと足を踏み入れたのだった。
「ツバサ殿! ルナ殿! リリー殿! 皆、無事じゃったか! 良かった……。」
俺達の姿を見て、宇迦之さんはホッとした様子だった。
しかし、すぐにキッと眉を吊り上げると、
「ルナ殿……リリー殿。こっちに来るのじゃ。ツバサ殿、少しだけそこで待っておれ。2人とも……ちょぃと時間を貰うぞ。」
と、その小さい体のどこにそんな力があるのか、2人の手を、むんずと掴むと、2人共々、吸い込まれるように、岩穴の奥へと消えて行った。
俺は、宇迦之さんの気持ちを考え、そりゃ仕方ないよなぁと一人納得すると、改めて村落の様子を、ゆっくりと見る。
一言で言えば……何もない。
そう、何もないのだ。
山脈の切り立った崖。その前には、ちょっとした広場程の空間はあるが、それ以外に人工物と呼べそうな物は何もない。
探知を使わなければ、まず、ここに何かが住んでいるとは思えない程の生活感の無さだ。
ビビはその、殺風景な広場へと降り立ったので、俺はその広場でポツーンと一人、この荒涼とした村落とも呼べない、岩壁を見つめている状態だ。
家はどうやら岩壁を掘って、ちょっと入口を布か、木材で塞いだような感じだ。
尤も、ルナの家も、外からは想像もつかない程、快適だったので、中に入ってみないと分からないが……。
そして、俺達が来たと言うのに、村人は誰一人姿を見せない。
もしかしたら、こちらから見えないだけで、のぞき穴みたいなところで、こちらの様子を窺っているのかと思いきや、探知で引っかかった反応はどれも、住居の奥に引っ込んでいるようで、こちらの様子など頓着していないように思える。
先程からリリーの哀愁漂う声が、岩穴の奥から聞こえるような気がするが……気のせいだろう。
そうして、5分ほどした頃だろうか? しょぼんとしたルナとリリーを引き連れて、宇迦之さんが歩いて来た。
何を言われたかは、大体予想がつくから、俺はその件に関しては突っ込まない事にする。
「ツバサ殿、お待たせした。わらわがついていながら、申し訳ないのじゃ。」
そう言って頭を下げる宇迦之さんに続いて、2人ともそれぞれ、謝って来た。
「いや、今回は結果的には、良かったんじゃないかな? けど……2人とも、次はちゃんと、宇迦之さんの承諾を受けてからにしてね。……そして、宇迦之さん。ありがとうね。」
そんな俺の言葉に、2人とも申し訳なさそうに首肯する姿を見て、俺は、まぁ、大丈夫だろうと判断する。宇迦之さんは逆に、びっくりした様に俺を見つめていた。そんな、宇迦之さんに声をかける。
「ちなみに、宇迦之さん。今回の件、翼族の長老様は何て?」
狼狽えていた宇迦之さんは、俺の言葉に、少し困った様に眉を下げると、ため息とともに、言葉を吐き出す。
「どうもこうも……。かなりご立腹じゃ。まぁ、勝手に一族の面子を潰された形じゃからな。そりゃ、怒るじゃろ。」
ああ、やっぱりなぁ。と、俺は顔には出さないものの、心でため息をつく。
そして、その言葉を聞いたルナとリリーがますます、肩身が狭そうにしながら、小さくなっていく。
俺としては、2人のやった事、それ自体は間違っていないと思っている。だから、止めなかった。
結果的に、尻拭いをするのが俺になるだけだし。
フォローできると考えていたからこそ、俺は2人のやりたいようにやらせたのだ。
実際、あそこでフィーさんを止められなかったのなら、近い将来、もっとひどい事になっていただろうし。
要するに、順番が少々まずかっただけなのだ。
まずは、翼族との話を詰めたうえで、行動するのが理想の形だった。
ただ、俺は、この形もありかなと思っていたので、特に気にしていない。
まぁ、ルナにしては我慢した方なのかもしれないな。
かなりの時間がかかっていたし、実際、話し合いでは埒のあかない状況だったのだろう。
宇迦之さんだって、その位の事分かっている筈だ。
だが、ちゃんと叱って置かないと、同じことをまたしでかす。
宇迦之さんは敢えて、嫌な役を俺から掻っ攫って、自分で引き受けてくれたのだ。
何より、今回の事は、俺にとっては、あまり問題では無い。
どういう形であれ、翼族は既に詰んでいる。
言い方は凄く悪いが、選択肢など殆ど無いのが、翼族の現状なのだ。
後は、どれだけ、相手の尊厳を守りつつ、こちらの集落と良い関係を結べるかと言う所だけなのである。
まぁ、なんとかしてみますかね。
「宇迦之さん。出来れば、族長と話し合う機会を持ちたいのだけど……何とかならないかな?」
そんな俺の言葉に、宇迦之さんは頷くと、
「むしろ、向こうから、責任者を出せと喚いている状態じゃの。ある意味では、これ以上のタイミングもないじゃろ。」
と、苦笑いしながら俺に返答する。
ちなみに、ルナとリリーの2人とも泣きそうである。
まぁ、苦い経験を次に生かして貰いましょう。
俺は、心の中でそう呟きつつ、2人の頭をポンポンと優しく叩くと、宇迦之さんに案内をお願いしたのだった。
洞窟の中は、本当にただ、掘られただけで、壁も床も天井もごつごつとしていた。
その床に、申し訳程度の謎な青色をした植物の枯草を敷き詰め、絨毯っぽくしてある所に、俺と宇迦之さんは座る。
ちなみに、ルナとリリーは他の村人のお世話に回って貰っている。
やる事は山ほどあるので、肉体労働をしてもらう事にしたのだ。
そして、俺達の目の前には、胡坐をかき、腕組みをして瞑目する美丈夫が一人。
若干、薄めの蒼色の髪を無造作に根元で縛り、それを腰まで流している。
目は、切れ目、そして、すっきりとした顔立ち。
薄く開かれた瞼から覗くその目には、冷たさしかない。
眉は細く、その意思を感じさせるように、今は鋭角を保っている。
全体的に引き締まり、うっすらとではあるが、肉の乗った体。
恐らく、満足に食事が出来ていないからだろう。
儚げに見えるその姿が、なお一層、魅力を引き立てているようにも見える。
そして、何より、その背中から見える大きな翼。
それがある為、まるで天使のような、より幻想的な雰囲気を醸し出していた。
その翼は、ふわふわの青い毛に覆われていて、触ったら気持ちよさそうだ。
やべぇよ。超イケメンだよ。しかもクール系。
爆発して欲しいと思うのも馬鹿らしいほど、その青年は美しかった。
男の俺から見てもそうなんだ。女性だったら、皆、尻尾を振って着いて行くのではないだろうか。
……前言撤回……やはり燃えてしまえ。
そんな俺の呪いを感じたのか、その美丈夫……もとい、族長は目を開け、こちらに冷たい眼差しを向ける。
「あなたが……彼女達の長ですか。」
声にも冷たい物が、これでもかと言うほど、込められていた。
しかも、それがまた……絵になるから性質が悪い。
イケメンは何をやっても許される、典型的な例だな。これは。
そんな事を頭の片隅で考えながら、宇迦之さんが声を出すのを黙って見守る。
「そうじゃ。翼族の族長殿。こちらが、我らが『ルカール連邦国』の代表である、魔導王 ツバサ様じゃ。」
……はぃ?
その言葉を聞いて、俺は目が点になる。
誰が魔導王? どこがルカール連邦国? あれ? 俺、いつの間にそんな肩書きを持ったの?
心の中で疑問が暴風並に吹き荒れている状態だったが、いきなり話の腰を折る訳にもいかない。
俺は、心の中を表情に出さずに、淡々と言葉を発する。
「お初にお目にかかります。佐藤 翼と申します。この度は、私の嫁達がご迷惑をお掛けしたようで……まずはお詫びいたします。」
そう言い、俺は頭を下げる。
そんな俺の様子を冷たい目で見つめると、族長は詰まらない冗談でも聞いたかのように、苦笑しながら、言い放つ。
「あなたが……この森を統べる国の代表ですか? 人族の分際で戯言を。狐族の巫女よ。気でも狂いましたか?」
「……いや、族長殿。前にも説明したが、ツバサ様は人族では無く、異邦人じゃ。人族に勇者として崇められる道もあったはずじゃが、それでも、わらわ達、獣人族に力をお貸し下さっておるのじゃ。」
うーむ……。そんな風に褒めちぎられると、背中がむず痒くなる。
そんな普段は聞かない宇迦之さんの言葉を聞いて、俺が悶えていると、
「そんな事は関係ないですね。見た目が人族である以上、話になりません。」
族長はそんな事は関係ないと言わんばかりに、バッサリと切り捨てた。
これには、宇迦之さんも、一瞬、言葉を無くしたようだ。
俺は逆に、このやり取りを見て、おや? と思う。
「つまり……人族でなければ、問題ないのですか?」
俺は、ちょっと突っつくつもりで、言葉を発する。
「……そうですね。人族でないのなら、問題無いでしょう。まぁ、そこの御仁はどこからどう見ても人族ですが。」
その言葉で、俺はますます疑念を深める。
この人、もしかして……?
うーん……じゃあ、ちょっと揺さぶってみるかな。
俺は、瞬時に判断すると、言葉を返す。
「そうですか。では、私は王を辞めましょう。そのうち、獣人族の中から選抜された新しい王が来ますので、その方に要望をお伝え下さい。これで解決ですね。良かった、良かった。」
俺は嬉しそうに……実際、話としてはどっちに転んでも痛くないので、本気で嬉しいのだが……そう大げさに言って見せる。
「「な……!?」」
と、宇迦之さんと族長さまは、2人して驚愕している。
いや、宇迦之さん……元々、俺は王じゃないんだから、貴女まで驚かんでも……。
そう思うが、声には出さず、ニコニコと2人の様子を見守る。
ちなみに、族長様は余程驚いたのか、背中の翼がブワッと広がって、体積が1.5倍位まで膨張していた。
うわー。触りたいなぁ。
俺が物欲しそうに、その翼に視線を注いでいると、我に返ったのか、族長様が声を上げる。
「あ、あなたは!? 馬鹿なのですか!? いや、馬鹿です! 何故そうも軽々と、王を辞めるなどと言えるのですか! あなたには、誇りが無いのですか! 王としての責任はどうするのです!?」
酷い言われようだ……。
そして……誇りねぇ……。
他人に見せびらかすだけの物は、とうの昔に、何かに食わせてしまったが……一応、しっかりと付き合ってやろう。
「誇り……ですか? そうですねぇ。そんなもの……私が知っていればそれで良い話なので。王とかそんな肩書きにくっ付いている誇りと呼ばれる虚栄心など、何の役にも立ちませんからね。」
更に絶句する族長様。そして、宇迦之さんも、何故か絶句する。
あれ? おかしいな……至極、普通の事を言ったつもりだが……。
「あなたは……人族の身でありながら……我らが誇りを……長としての誇りを……愚弄するのですか!?」
やっとの事で、そう吐き出した族長の額には、うっすらと汗が噴き出している。
それは怒りからと言うよりも、理解できない何かを見たときのような、恐れすら見え隠れするような表情だ。
そんな族長様に、俺はため息を吐きつつ、答える。
「愚弄? いえいえ、貶めてなどいませんよ。私が言ったのは、私が何かを成すのに、肩書などどうでも良いという事です。別に、王と言う身分でなくても……例えば、平民の身分でも、今やりたい事は出来ますし。ですから、私が、王である必要性を感じません。勿論、私を王に望んでくれる人がいると言う事は、嬉しい事ですが。」
実は、この話には、前提が必要だ。
それは、己が望む事に、必ずしも肩書きに付随した権力が必要ではない場合である。
元の世界のように、何につけても、人の権威が必要となる世の中であるなら、それは必ずしも正しくないと俺は知っている。
例えば、とある大企業の部長の肩書きを持った、おじさんがいたとする。
その人が権力を最大限に発揮できるのは、その『大企業の影響範囲』で、且つ、『部長』と言う肩書きを持つ間だけである。
いささか乱暴な例ではあるが、その肩書きが通用しないところに行けば、或いは、部長で無くなれば、その人はただの、おじさんでしかないのだ。
しかし、今の俺のあり方は、人を動かす力が、『王』という身分ではなく、『俺』と言う個人を中心に集まっている。
だから、俺は王と言う身分は、必要ないと返した。
俺は俺だ。王であろうが、何であろうが、俺の言う事に耳を傾けてくれるなら、そのような肩書きはどうでも良いのである。
だが、そこまでの詳細な説明は、意図的に省く。
勿論、それが、更に俺への畏怖を呼び起こすと言う事を計算した上でだ。
「あ、ちなみに、人族だからと言われても、私は私以外の何物にもなれません。なので、私を受け入れられないのであれば、族長様と話すのは、ちゃんと他の人に変わります。だから、他の方を通してやるべき事を、しっかりと行ってくださいと、申しているだけです。……ね? 簡単でしょ?」
俺は肩を竦めてそう言うが、族長様は、何か異次元の生物を見るかのように、俺を凝視している。
さて、果たして、この族長様は、今の言葉を、どう理解してくれるだろうか?
俺がにこやかに族長様を見つめていると、少し慌てたように、視線を逸らし、ついで、息を吹き返したように、言い放つ。
「あ、あなたは……望まれて王となったのでしょう!? それなのに、こんな簡単に、責任の全てを、放り出すのですか? 王とは……民の幸福の為に存在するのではないのでしょうか? そして、何より、王は……その民族の象徴足るべきだ! しかし、あなたは、それを、いとも簡単に捨てるとおっしゃる。それを薄情といわずして、なんと言えば良いのでしょう! それではあまりにも……民が不幸だ!」
言葉を紡ぐたびに、自信と思いが溢れてきたのか、徐々に激しく、饒舌になっていくのを、俺はにこやかに見つめ、族長の言い分を静かに聞いていた。
その非難には、信じられないと言う気持ちと、理解できないと言う混乱が、混ぜこぜになって存在していた。
そして、その根底にあるのは、王はかくあるべしと言う気持ちが存分に含まれているのを、俺は感じる。
だが、それ以上に……俺はこのやり取りに不自然さを感じ、それをどうしても拭う事ができなかった。
何故、こうまで俺に突っかかるのだ? 今の話で、「では、そういうことで」と終わってもおかしくないはずなのに。
……まるで何かを待って、引き出そうとしているみたいだ。
ならば、もう少し……乗ってみるか。
俺は、そう決めると、更に族長様の言葉を考える。
確かに、族長様の言いたい事は、理解できる。心情も汲み取れる。
これが数百年前の元の世界であるならば、正に理想的な演説であろう。
実際、この森では、そのような考え方であるのも、この言葉から、窺い知る事ができる。
だが、それは……現代人である、俺の考えとしては……到底、納得できるものではなかった。
だから、俺はハッキリと言う。その勘違いを正すために。
「まず……一つ、はっきりとさせておきたい事があります。そんな下らない事は、私には……一切、関係ありません。」
正に一刀両断。
そして、一瞬、族長様は、何を言われたのか、理解できなかったようだ。
暫くして、俺の言葉の意味が理解できたのか、顔が一気に真っ青になっていく。
おー。凄いな。相当ショックを受けたらしい。
「あ、ああ、あなたは……王と言う立場を……我が族長としての誇りを……汚すのですか!」
効果音でも鳴りそうな勢いで、俺を指差す族長様。
うーん、そんな姿も、いちいち絵になるから厄介だ。
俺はやれやれと、ため息にも似た何かを混ぜつつ、言葉を返す。
「先程から……立場や誇りとおっしゃりますが……それは誰の為の物なのですか?」
そんな俺の言葉に、族長様は一瞬、言葉を詰まらせるも、直ぐに答える。
「それは、勿論……民の為に……。」
しかし、その言葉に、力がない。
迷っている? やはりそういうことなのか。
俺は更に、強めに言葉をぶつける。
「全てを背負って? 王一人がですか? それに何の意味があるのです?」
「あ、あなたは! 翼族の誇りを……。」
「……その誇りとやらは、誰の為にあるんですかね?」
俺は、みなまで言わせず、俺はゆっくりと言い聞かせるように、言葉を紡いだ。
その言葉に、族長だけでなく、宇迦之さんまでビクリと身を竦ませる。
しかし……全く……馬鹿じゃなかろうか。
誇りとは何だ? その者が自慢できる事、誇れる事……つまり良いことなのだろう?
今の翼族の現状を見て、何を誇るのだ? 
全てが逆なのだ。誇りを守る為に、民を犠牲にしている。
翼族の誇りとは、大精霊を要した事か? 結果的に、それで翼族は魔力を吸われて、滅亡寸前ではないか。
民を、氏族を滅ぼすような、そんな誇りとやらに、何の意味があるのか?
いや、そんな事、わかっているはずなのだ。だからこそ、先程勢いを失った……。
ならば? これならば?
俺は、そのままの勢いで、更に事実を突きつける。
「翼族の誇り……でしたか。どのような誇りかは知りませんが、そのせいで、貴方たちは、滅びの淵にいます。」
その言葉に、族長様はスッと目を細める。
そんな族長様の様子を見て、俺は確信した。
やはり……そうか。この族長、全て分かっている。
分かった上で、俺を試している?
ならば、もう少し押してみよう。
俺はそう決めると、更に、厳しい言葉を投げかける。
「村人の数は、既に一桁。風の大精霊様の恩恵も見込めず、この場所で生きていく術も無い。」
その言葉を聞いて、族長様は、憎々しげに俺を見ながら吠える。
「それは、あなた達が大精霊様の契約を、無理矢理反故にしたからでしょう!!」
その言葉に、俺は目を細めて、笑いながら返す。
「ええ、そうです。そんな事は無くても、近い将来、大精霊様は堕ちた精霊になっていましたけどね。それで? どうします? このまま誇りとやらを胸に抱いて、一族で滅びますか?」
族長様は俺のその言葉に、愕然としている。
……様に見えるが、口元に浮かんだ笑みを俺は見過ごさなかった。
どうやら、着地点に誘導できたかな?
族長は疲れた顔をこちらに向けると、それまでの感情的な様子が嘘のように、その問いに、ハッキリと言った。
「完敗です。我々は……生き永らえなくてはなりません。例え、誇りを捨てたとしても……です。」
「良い判断だと思います。」
俺はその言葉に、にこやかにそう答えた。
そんな俺に、族長様は、渋い顔をすると、更に問い掛けて来る。
「ちなみに……聞かせて欲しいのですが。あなたは、最初から……気付いていたのですか?」
そんな言葉に俺は考え込むも、笑顔で答える。
「ええ、ちょっと不自然だったもので。」
それを聞いて、族長様は参ったと言うように、顔を一旦伏せると、頬を緩めた。
そもそも、この一族には、選択肢が無いのだ。
そんな事は、少し考えれば誰にでも分かる。
なのに、最初から高圧的な態度に加えて慇懃無礼な言葉の数々である。
これを間違えれば、後が無いと言うのに……だ。
まるで、この話し合いの失敗を望むかのような振る舞いですらあったが……何と言うことは無い。俺は試されていただけだった。
「ちなみに、私からも質問ですが……翼族の誇りとは、大精霊様の事ですか?」
俺がそう問うと、族長様は、苦笑しながら答える。
「ええ、その通りです。全く……そんな物のために、私たち一族はここまで数を減らしました。あなたの仰るとおり、これでは何の為の誇りなのか、私も分かりません。」
族長がそんな事言って良いのかよ……と思うも、口には出さず、俺は言葉を返す。
「まぁ……誇りなんて……他人から与えられる物じゃ無いと思いますよ? 自分で選び取れば良いんじゃないですかね? 借り物の誇りには、もう懲りたんじゃないですか?」
そんな言葉に、族長様は目を丸くして、そして、頭を振り、自嘲気味にこう答えた。
「ええ、そうかもしれませんね……我々は……変わらねばならないのでしょう。」
その笑顔は苦々しいものを含んではいたものの、どこかさっぱりとして、落ち着いたものだった。
ああ、こっちが素顔か。やっぱり、演技してたな? この人。
先程までの険悪な空気が嘘のように、和気藹々と話す俺達の様子を、宇迦之さんが驚いたように、マジマジと見ていた。
俺は急にすっきりした顔になった族長を横目で見つつ、ため息交じりに声をかける。
「とりあえず、最初から素で接してくれると、色々やり易かったのですが……。試すとかやめて下さいよ。」
そんな俺の呆れた声に、
「ははは……相手は人族ですからね。人族の言うことなど、そう簡単に信じられる訳がありません。」
そう笑いながら返す族長様。それに……と、続けて、口を開く。
「こういう交渉事は、いかに多くの妥協を相手から引き出すかが肝心だと教わっていたもので。ですから、少し高圧的に出てみたのですが……そこの狐族の巫女様には良い感じだったのですけどね……あなたには完全に逆効果でした。失敗ですね。」
そう、悪びれず微笑む族長様。それを聞いて宇迦之さんは、何とも言えない微妙な顔をしていた。
「全く……それに宇迦之さんをあまりいじめないで下さいよ。彼女、滅茶苦茶頑張ってくれているですから。」
「ええ、狐族とは思えないほど、肝の据わった女性ですね。正直、見直しました。」
「その調子で、人族も少しは見直してくださいよ。」
俺がおどけて言うと、何故か族長様は、いきなり笑い出すと、
「とりあえず、あなたの事は認めます。人族の方は、今後の頑張り次第ですかね。」
そう楽しそうに言った後、思いついたように、言葉を投げつけて来たのだった。
「そう言えば……自己紹介がまだでしたね。翼族族長 シャハルと申します。宜しく頼みますよ。魔導王 ツバサ様。」
魔導王は、マジでやめてくれ……。
俺はそう思いながら、苦笑いしたのだった。
ちなみに、ビビは安定の走行である。だから飛べよ……。
リリーに、此花と咲耶の事や、ディーネちゃんとの関係を聞かれたので、改めて説明した。
大方、ルナに説明して貰っていたらしく、その辺りは、少し頬を膨らましながらも、理解を示してくれた。
「けど、ツバサさん、酷いですよ。大精霊様とお子を生していると知っていたなら、お母さんも私もあんなに積極的には……その……婚約とか……うぅ。」
と、とたんに尻すぼみになるリリー。
全く、そんな事が恥かしいのに魔法少女がなんで大丈夫なのだか……。
俺は、笑いながらも、リリーに答える。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、別に意図的に騙すつもりは無かったんだよね。ただ、俺の中では、ディーネちゃんが大精霊っていうのは、あまり重要な事じゃなかったんだよ。それに……。」
俺は、そう言いながら、ルナとリリーの頭を優しく、叩くように撫でる。
「もし、そんな事が原因で、リリーやレイリさん達と距離を置かれていたら、今の俺達の関係は無かったと思うんだよね。結果論ではあるけど……だから、これで良いんだよ。」
俺に撫でられているリリーは、ふにゃっとした顔をしながらも、
「そう言うの……ずるいです……。そんな事言われたら、何も言えませんよ。」
と、少し悔しそうに、けれど、嬉しそうに言うのだった。
その後は、ルナとリリーから翼族の事について話を聞く。
どうやら、翼族の村長さんは、最近没したらしく、今は、まだ代替わりしたばかりの青年だそうだ。
ちなみに、巫女様はもっと若いと言っていた。
うーむ、まだ若い世代がいてくれるだけ救いがあるのだろうか。
後、どうやら、話を聞いていると、その新しい長老さんは、かなり寡黙な方らしい。
あまり、多くを語らない人だそうだ。
その為、話が進まず、交渉に時間がかかっているらしい。
また、どうにも人族が嫌いなようで、ルナは意識的に避けられているようだ。
ただ、それに関しては、そもそも文字が通じないと言う事もあるだろうから、単にそれで戸惑っているだけでは?と、指摘してみたが、そういう雰囲気でも無いらしい。
しかし、ルナ曰く、あちらさんは、ルナに対して、苦手意識はあるようだが、明確に嫌われているわけでは無いように感じるとの事。
それはまた、難儀しそうだなぁ。俺が行っても大丈夫なのだろうか?
《 宇迦之さんも辛抱強く話してくれているけど、ツバサが来てくれた方が、早いと思うな。 》
「私もルナちゃんに、賛成です。私と宇迦之さんだけですと、女性という事もあって、やりにくいのかも……それで身構えている部分もあると思います。」
まぁ、会ってみないと何とも言えないかな。
宇迦之さんが頑張ってくれているなら、それを無駄にしたくない思いもあるのだが……。
何にせよ、まずは宇迦之さんと相談してからかな?
そう決めた時、ビビの速度が落ち始め、村落が近い事に気が付く。
「とりあえず、まずは、宇迦之さんに挨拶してからだね。」
そう言って、俺は翼族の村落へと足を踏み入れたのだった。
「ツバサ殿! ルナ殿! リリー殿! 皆、無事じゃったか! 良かった……。」
俺達の姿を見て、宇迦之さんはホッとした様子だった。
しかし、すぐにキッと眉を吊り上げると、
「ルナ殿……リリー殿。こっちに来るのじゃ。ツバサ殿、少しだけそこで待っておれ。2人とも……ちょぃと時間を貰うぞ。」
と、その小さい体のどこにそんな力があるのか、2人の手を、むんずと掴むと、2人共々、吸い込まれるように、岩穴の奥へと消えて行った。
俺は、宇迦之さんの気持ちを考え、そりゃ仕方ないよなぁと一人納得すると、改めて村落の様子を、ゆっくりと見る。
一言で言えば……何もない。
そう、何もないのだ。
山脈の切り立った崖。その前には、ちょっとした広場程の空間はあるが、それ以外に人工物と呼べそうな物は何もない。
探知を使わなければ、まず、ここに何かが住んでいるとは思えない程の生活感の無さだ。
ビビはその、殺風景な広場へと降り立ったので、俺はその広場でポツーンと一人、この荒涼とした村落とも呼べない、岩壁を見つめている状態だ。
家はどうやら岩壁を掘って、ちょっと入口を布か、木材で塞いだような感じだ。
尤も、ルナの家も、外からは想像もつかない程、快適だったので、中に入ってみないと分からないが……。
そして、俺達が来たと言うのに、村人は誰一人姿を見せない。
もしかしたら、こちらから見えないだけで、のぞき穴みたいなところで、こちらの様子を窺っているのかと思いきや、探知で引っかかった反応はどれも、住居の奥に引っ込んでいるようで、こちらの様子など頓着していないように思える。
先程からリリーの哀愁漂う声が、岩穴の奥から聞こえるような気がするが……気のせいだろう。
そうして、5分ほどした頃だろうか? しょぼんとしたルナとリリーを引き連れて、宇迦之さんが歩いて来た。
何を言われたかは、大体予想がつくから、俺はその件に関しては突っ込まない事にする。
「ツバサ殿、お待たせした。わらわがついていながら、申し訳ないのじゃ。」
そう言って頭を下げる宇迦之さんに続いて、2人ともそれぞれ、謝って来た。
「いや、今回は結果的には、良かったんじゃないかな? けど……2人とも、次はちゃんと、宇迦之さんの承諾を受けてからにしてね。……そして、宇迦之さん。ありがとうね。」
そんな俺の言葉に、2人とも申し訳なさそうに首肯する姿を見て、俺は、まぁ、大丈夫だろうと判断する。宇迦之さんは逆に、びっくりした様に俺を見つめていた。そんな、宇迦之さんに声をかける。
「ちなみに、宇迦之さん。今回の件、翼族の長老様は何て?」
狼狽えていた宇迦之さんは、俺の言葉に、少し困った様に眉を下げると、ため息とともに、言葉を吐き出す。
「どうもこうも……。かなりご立腹じゃ。まぁ、勝手に一族の面子を潰された形じゃからな。そりゃ、怒るじゃろ。」
ああ、やっぱりなぁ。と、俺は顔には出さないものの、心でため息をつく。
そして、その言葉を聞いたルナとリリーがますます、肩身が狭そうにしながら、小さくなっていく。
俺としては、2人のやった事、それ自体は間違っていないと思っている。だから、止めなかった。
結果的に、尻拭いをするのが俺になるだけだし。
フォローできると考えていたからこそ、俺は2人のやりたいようにやらせたのだ。
実際、あそこでフィーさんを止められなかったのなら、近い将来、もっとひどい事になっていただろうし。
要するに、順番が少々まずかっただけなのだ。
まずは、翼族との話を詰めたうえで、行動するのが理想の形だった。
ただ、俺は、この形もありかなと思っていたので、特に気にしていない。
まぁ、ルナにしては我慢した方なのかもしれないな。
かなりの時間がかかっていたし、実際、話し合いでは埒のあかない状況だったのだろう。
宇迦之さんだって、その位の事分かっている筈だ。
だが、ちゃんと叱って置かないと、同じことをまたしでかす。
宇迦之さんは敢えて、嫌な役を俺から掻っ攫って、自分で引き受けてくれたのだ。
何より、今回の事は、俺にとっては、あまり問題では無い。
どういう形であれ、翼族は既に詰んでいる。
言い方は凄く悪いが、選択肢など殆ど無いのが、翼族の現状なのだ。
後は、どれだけ、相手の尊厳を守りつつ、こちらの集落と良い関係を結べるかと言う所だけなのである。
まぁ、なんとかしてみますかね。
「宇迦之さん。出来れば、族長と話し合う機会を持ちたいのだけど……何とかならないかな?」
そんな俺の言葉に、宇迦之さんは頷くと、
「むしろ、向こうから、責任者を出せと喚いている状態じゃの。ある意味では、これ以上のタイミングもないじゃろ。」
と、苦笑いしながら俺に返答する。
ちなみに、ルナとリリーの2人とも泣きそうである。
まぁ、苦い経験を次に生かして貰いましょう。
俺は、心の中でそう呟きつつ、2人の頭をポンポンと優しく叩くと、宇迦之さんに案内をお願いしたのだった。
洞窟の中は、本当にただ、掘られただけで、壁も床も天井もごつごつとしていた。
その床に、申し訳程度の謎な青色をした植物の枯草を敷き詰め、絨毯っぽくしてある所に、俺と宇迦之さんは座る。
ちなみに、ルナとリリーは他の村人のお世話に回って貰っている。
やる事は山ほどあるので、肉体労働をしてもらう事にしたのだ。
そして、俺達の目の前には、胡坐をかき、腕組みをして瞑目する美丈夫が一人。
若干、薄めの蒼色の髪を無造作に根元で縛り、それを腰まで流している。
目は、切れ目、そして、すっきりとした顔立ち。
薄く開かれた瞼から覗くその目には、冷たさしかない。
眉は細く、その意思を感じさせるように、今は鋭角を保っている。
全体的に引き締まり、うっすらとではあるが、肉の乗った体。
恐らく、満足に食事が出来ていないからだろう。
儚げに見えるその姿が、なお一層、魅力を引き立てているようにも見える。
そして、何より、その背中から見える大きな翼。
それがある為、まるで天使のような、より幻想的な雰囲気を醸し出していた。
その翼は、ふわふわの青い毛に覆われていて、触ったら気持ちよさそうだ。
やべぇよ。超イケメンだよ。しかもクール系。
爆発して欲しいと思うのも馬鹿らしいほど、その青年は美しかった。
男の俺から見てもそうなんだ。女性だったら、皆、尻尾を振って着いて行くのではないだろうか。
……前言撤回……やはり燃えてしまえ。
そんな俺の呪いを感じたのか、その美丈夫……もとい、族長は目を開け、こちらに冷たい眼差しを向ける。
「あなたが……彼女達の長ですか。」
声にも冷たい物が、これでもかと言うほど、込められていた。
しかも、それがまた……絵になるから性質が悪い。
イケメンは何をやっても許される、典型的な例だな。これは。
そんな事を頭の片隅で考えながら、宇迦之さんが声を出すのを黙って見守る。
「そうじゃ。翼族の族長殿。こちらが、我らが『ルカール連邦国』の代表である、魔導王 ツバサ様じゃ。」
……はぃ?
その言葉を聞いて、俺は目が点になる。
誰が魔導王? どこがルカール連邦国? あれ? 俺、いつの間にそんな肩書きを持ったの?
心の中で疑問が暴風並に吹き荒れている状態だったが、いきなり話の腰を折る訳にもいかない。
俺は、心の中を表情に出さずに、淡々と言葉を発する。
「お初にお目にかかります。佐藤 翼と申します。この度は、私の嫁達がご迷惑をお掛けしたようで……まずはお詫びいたします。」
そう言い、俺は頭を下げる。
そんな俺の様子を冷たい目で見つめると、族長は詰まらない冗談でも聞いたかのように、苦笑しながら、言い放つ。
「あなたが……この森を統べる国の代表ですか? 人族の分際で戯言を。狐族の巫女よ。気でも狂いましたか?」
「……いや、族長殿。前にも説明したが、ツバサ様は人族では無く、異邦人じゃ。人族に勇者として崇められる道もあったはずじゃが、それでも、わらわ達、獣人族に力をお貸し下さっておるのじゃ。」
うーむ……。そんな風に褒めちぎられると、背中がむず痒くなる。
そんな普段は聞かない宇迦之さんの言葉を聞いて、俺が悶えていると、
「そんな事は関係ないですね。見た目が人族である以上、話になりません。」
族長はそんな事は関係ないと言わんばかりに、バッサリと切り捨てた。
これには、宇迦之さんも、一瞬、言葉を無くしたようだ。
俺は逆に、このやり取りを見て、おや? と思う。
「つまり……人族でなければ、問題ないのですか?」
俺は、ちょっと突っつくつもりで、言葉を発する。
「……そうですね。人族でないのなら、問題無いでしょう。まぁ、そこの御仁はどこからどう見ても人族ですが。」
その言葉で、俺はますます疑念を深める。
この人、もしかして……?
うーん……じゃあ、ちょっと揺さぶってみるかな。
俺は、瞬時に判断すると、言葉を返す。
「そうですか。では、私は王を辞めましょう。そのうち、獣人族の中から選抜された新しい王が来ますので、その方に要望をお伝え下さい。これで解決ですね。良かった、良かった。」
俺は嬉しそうに……実際、話としてはどっちに転んでも痛くないので、本気で嬉しいのだが……そう大げさに言って見せる。
「「な……!?」」
と、宇迦之さんと族長さまは、2人して驚愕している。
いや、宇迦之さん……元々、俺は王じゃないんだから、貴女まで驚かんでも……。
そう思うが、声には出さず、ニコニコと2人の様子を見守る。
ちなみに、族長様は余程驚いたのか、背中の翼がブワッと広がって、体積が1.5倍位まで膨張していた。
うわー。触りたいなぁ。
俺が物欲しそうに、その翼に視線を注いでいると、我に返ったのか、族長様が声を上げる。
「あ、あなたは!? 馬鹿なのですか!? いや、馬鹿です! 何故そうも軽々と、王を辞めるなどと言えるのですか! あなたには、誇りが無いのですか! 王としての責任はどうするのです!?」
酷い言われようだ……。
そして……誇りねぇ……。
他人に見せびらかすだけの物は、とうの昔に、何かに食わせてしまったが……一応、しっかりと付き合ってやろう。
「誇り……ですか? そうですねぇ。そんなもの……私が知っていればそれで良い話なので。王とかそんな肩書きにくっ付いている誇りと呼ばれる虚栄心など、何の役にも立ちませんからね。」
更に絶句する族長様。そして、宇迦之さんも、何故か絶句する。
あれ? おかしいな……至極、普通の事を言ったつもりだが……。
「あなたは……人族の身でありながら……我らが誇りを……長としての誇りを……愚弄するのですか!?」
やっとの事で、そう吐き出した族長の額には、うっすらと汗が噴き出している。
それは怒りからと言うよりも、理解できない何かを見たときのような、恐れすら見え隠れするような表情だ。
そんな族長様に、俺はため息を吐きつつ、答える。
「愚弄? いえいえ、貶めてなどいませんよ。私が言ったのは、私が何かを成すのに、肩書などどうでも良いという事です。別に、王と言う身分でなくても……例えば、平民の身分でも、今やりたい事は出来ますし。ですから、私が、王である必要性を感じません。勿論、私を王に望んでくれる人がいると言う事は、嬉しい事ですが。」
実は、この話には、前提が必要だ。
それは、己が望む事に、必ずしも肩書きに付随した権力が必要ではない場合である。
元の世界のように、何につけても、人の権威が必要となる世の中であるなら、それは必ずしも正しくないと俺は知っている。
例えば、とある大企業の部長の肩書きを持った、おじさんがいたとする。
その人が権力を最大限に発揮できるのは、その『大企業の影響範囲』で、且つ、『部長』と言う肩書きを持つ間だけである。
いささか乱暴な例ではあるが、その肩書きが通用しないところに行けば、或いは、部長で無くなれば、その人はただの、おじさんでしかないのだ。
しかし、今の俺のあり方は、人を動かす力が、『王』という身分ではなく、『俺』と言う個人を中心に集まっている。
だから、俺は王と言う身分は、必要ないと返した。
俺は俺だ。王であろうが、何であろうが、俺の言う事に耳を傾けてくれるなら、そのような肩書きはどうでも良いのである。
だが、そこまでの詳細な説明は、意図的に省く。
勿論、それが、更に俺への畏怖を呼び起こすと言う事を計算した上でだ。
「あ、ちなみに、人族だからと言われても、私は私以外の何物にもなれません。なので、私を受け入れられないのであれば、族長様と話すのは、ちゃんと他の人に変わります。だから、他の方を通してやるべき事を、しっかりと行ってくださいと、申しているだけです。……ね? 簡単でしょ?」
俺は肩を竦めてそう言うが、族長様は、何か異次元の生物を見るかのように、俺を凝視している。
さて、果たして、この族長様は、今の言葉を、どう理解してくれるだろうか?
俺がにこやかに族長様を見つめていると、少し慌てたように、視線を逸らし、ついで、息を吹き返したように、言い放つ。
「あ、あなたは……望まれて王となったのでしょう!? それなのに、こんな簡単に、責任の全てを、放り出すのですか? 王とは……民の幸福の為に存在するのではないのでしょうか? そして、何より、王は……その民族の象徴足るべきだ! しかし、あなたは、それを、いとも簡単に捨てるとおっしゃる。それを薄情といわずして、なんと言えば良いのでしょう! それではあまりにも……民が不幸だ!」
言葉を紡ぐたびに、自信と思いが溢れてきたのか、徐々に激しく、饒舌になっていくのを、俺はにこやかに見つめ、族長の言い分を静かに聞いていた。
その非難には、信じられないと言う気持ちと、理解できないと言う混乱が、混ぜこぜになって存在していた。
そして、その根底にあるのは、王はかくあるべしと言う気持ちが存分に含まれているのを、俺は感じる。
だが、それ以上に……俺はこのやり取りに不自然さを感じ、それをどうしても拭う事ができなかった。
何故、こうまで俺に突っかかるのだ? 今の話で、「では、そういうことで」と終わってもおかしくないはずなのに。
……まるで何かを待って、引き出そうとしているみたいだ。
ならば、もう少し……乗ってみるか。
俺は、そう決めると、更に族長様の言葉を考える。
確かに、族長様の言いたい事は、理解できる。心情も汲み取れる。
これが数百年前の元の世界であるならば、正に理想的な演説であろう。
実際、この森では、そのような考え方であるのも、この言葉から、窺い知る事ができる。
だが、それは……現代人である、俺の考えとしては……到底、納得できるものではなかった。
だから、俺はハッキリと言う。その勘違いを正すために。
「まず……一つ、はっきりとさせておきたい事があります。そんな下らない事は、私には……一切、関係ありません。」
正に一刀両断。
そして、一瞬、族長様は、何を言われたのか、理解できなかったようだ。
暫くして、俺の言葉の意味が理解できたのか、顔が一気に真っ青になっていく。
おー。凄いな。相当ショックを受けたらしい。
「あ、ああ、あなたは……王と言う立場を……我が族長としての誇りを……汚すのですか!」
効果音でも鳴りそうな勢いで、俺を指差す族長様。
うーん、そんな姿も、いちいち絵になるから厄介だ。
俺はやれやれと、ため息にも似た何かを混ぜつつ、言葉を返す。
「先程から……立場や誇りとおっしゃりますが……それは誰の為の物なのですか?」
そんな俺の言葉に、族長様は一瞬、言葉を詰まらせるも、直ぐに答える。
「それは、勿論……民の為に……。」
しかし、その言葉に、力がない。
迷っている? やはりそういうことなのか。
俺は更に、強めに言葉をぶつける。
「全てを背負って? 王一人がですか? それに何の意味があるのです?」
「あ、あなたは! 翼族の誇りを……。」
「……その誇りとやらは、誰の為にあるんですかね?」
俺は、みなまで言わせず、俺はゆっくりと言い聞かせるように、言葉を紡いだ。
その言葉に、族長だけでなく、宇迦之さんまでビクリと身を竦ませる。
しかし……全く……馬鹿じゃなかろうか。
誇りとは何だ? その者が自慢できる事、誇れる事……つまり良いことなのだろう?
今の翼族の現状を見て、何を誇るのだ? 
全てが逆なのだ。誇りを守る為に、民を犠牲にしている。
翼族の誇りとは、大精霊を要した事か? 結果的に、それで翼族は魔力を吸われて、滅亡寸前ではないか。
民を、氏族を滅ぼすような、そんな誇りとやらに、何の意味があるのか?
いや、そんな事、わかっているはずなのだ。だからこそ、先程勢いを失った……。
ならば? これならば?
俺は、そのままの勢いで、更に事実を突きつける。
「翼族の誇り……でしたか。どのような誇りかは知りませんが、そのせいで、貴方たちは、滅びの淵にいます。」
その言葉に、族長様はスッと目を細める。
そんな族長様の様子を見て、俺は確信した。
やはり……そうか。この族長、全て分かっている。
分かった上で、俺を試している?
ならば、もう少し押してみよう。
俺はそう決めると、更に、厳しい言葉を投げかける。
「村人の数は、既に一桁。風の大精霊様の恩恵も見込めず、この場所で生きていく術も無い。」
その言葉を聞いて、族長様は、憎々しげに俺を見ながら吠える。
「それは、あなた達が大精霊様の契約を、無理矢理反故にしたからでしょう!!」
その言葉に、俺は目を細めて、笑いながら返す。
「ええ、そうです。そんな事は無くても、近い将来、大精霊様は堕ちた精霊になっていましたけどね。それで? どうします? このまま誇りとやらを胸に抱いて、一族で滅びますか?」
族長様は俺のその言葉に、愕然としている。
……様に見えるが、口元に浮かんだ笑みを俺は見過ごさなかった。
どうやら、着地点に誘導できたかな?
族長は疲れた顔をこちらに向けると、それまでの感情的な様子が嘘のように、その問いに、ハッキリと言った。
「完敗です。我々は……生き永らえなくてはなりません。例え、誇りを捨てたとしても……です。」
「良い判断だと思います。」
俺はその言葉に、にこやかにそう答えた。
そんな俺に、族長様は、渋い顔をすると、更に問い掛けて来る。
「ちなみに……聞かせて欲しいのですが。あなたは、最初から……気付いていたのですか?」
そんな言葉に俺は考え込むも、笑顔で答える。
「ええ、ちょっと不自然だったもので。」
それを聞いて、族長様は参ったと言うように、顔を一旦伏せると、頬を緩めた。
そもそも、この一族には、選択肢が無いのだ。
そんな事は、少し考えれば誰にでも分かる。
なのに、最初から高圧的な態度に加えて慇懃無礼な言葉の数々である。
これを間違えれば、後が無いと言うのに……だ。
まるで、この話し合いの失敗を望むかのような振る舞いですらあったが……何と言うことは無い。俺は試されていただけだった。
「ちなみに、私からも質問ですが……翼族の誇りとは、大精霊様の事ですか?」
俺がそう問うと、族長様は、苦笑しながら答える。
「ええ、その通りです。全く……そんな物のために、私たち一族はここまで数を減らしました。あなたの仰るとおり、これでは何の為の誇りなのか、私も分かりません。」
族長がそんな事言って良いのかよ……と思うも、口には出さず、俺は言葉を返す。
「まぁ……誇りなんて……他人から与えられる物じゃ無いと思いますよ? 自分で選び取れば良いんじゃないですかね? 借り物の誇りには、もう懲りたんじゃないですか?」
そんな言葉に、族長様は目を丸くして、そして、頭を振り、自嘲気味にこう答えた。
「ええ、そうかもしれませんね……我々は……変わらねばならないのでしょう。」
その笑顔は苦々しいものを含んではいたものの、どこかさっぱりとして、落ち着いたものだった。
ああ、こっちが素顔か。やっぱり、演技してたな? この人。
先程までの険悪な空気が嘘のように、和気藹々と話す俺達の様子を、宇迦之さんが驚いたように、マジマジと見ていた。
俺は急にすっきりした顔になった族長を横目で見つつ、ため息交じりに声をかける。
「とりあえず、最初から素で接してくれると、色々やり易かったのですが……。試すとかやめて下さいよ。」
そんな俺の呆れた声に、
「ははは……相手は人族ですからね。人族の言うことなど、そう簡単に信じられる訳がありません。」
そう笑いながら返す族長様。それに……と、続けて、口を開く。
「こういう交渉事は、いかに多くの妥協を相手から引き出すかが肝心だと教わっていたもので。ですから、少し高圧的に出てみたのですが……そこの狐族の巫女様には良い感じだったのですけどね……あなたには完全に逆効果でした。失敗ですね。」
そう、悪びれず微笑む族長様。それを聞いて宇迦之さんは、何とも言えない微妙な顔をしていた。
「全く……それに宇迦之さんをあまりいじめないで下さいよ。彼女、滅茶苦茶頑張ってくれているですから。」
「ええ、狐族とは思えないほど、肝の据わった女性ですね。正直、見直しました。」
「その調子で、人族も少しは見直してくださいよ。」
俺がおどけて言うと、何故か族長様は、いきなり笑い出すと、
「とりあえず、あなたの事は認めます。人族の方は、今後の頑張り次第ですかね。」
そう楽しそうに言った後、思いついたように、言葉を投げつけて来たのだった。
「そう言えば……自己紹介がまだでしたね。翼族族長 シャハルと申します。宜しく頼みますよ。魔導王 ツバサ様。」
魔導王は、マジでやめてくれ……。
俺はそう思いながら、苦笑いしたのだった。
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