比翼の鳥
第18話 王と長
シャハルさんとの協議を終えた俺たちは、宇迦之さんを交えて、今後のことについて、もう少し話し合っていた。
結局、この場所での治療や、生活支援は現実的ではなく、それはシャハルさんもわかっていたようで、ルカール村へ一時的に、移住する事で合意した。
ちなみに、対価は翼族の労働力である。
動けるようになったものから順に、森での仕事に従事してもらうことなるのだが……まぁ、かなり先の話になりそうだ。
その辺りは、おいおいで良いと俺は思っているので、問題ない。
火急の件であった、巫女の保護はできるので、問題は無いのだ。
あ、そう言えば、巫女様は大丈夫なのだろうか?
ふと、疑問に思った俺は、シャハルさんに聞いてみる。
「シャハルさん。話は変わりますが、巫女様はお元気ですか? どうもお若いと言う話は聞いているのですが。」
そんな俺の言葉に、何かを考える様子を見せるシャハルさん。
そして、何故か含みのある笑みをこちらに向けると、
「そうですね。皆様が来てくださって下さってからは、お元気ですよ。」
と、なんとも裏のありそうな言葉を返す。
何故だろうか? この人が、笑うとろくなことにならない気がする。
俺は、なんとなく、嫌なものを感じながらも、「そうですか。」と、言葉を濁す事しかできなかった。
そんな俺を見ながら、クツクツと笑うシャハルさん。
ええい、怪しすぎるわ! このイケメンが!
ちなみに、当の本人は、俺が渋面な顔をしながら、呪いを飛ばす様子が、楽しくてしょうがないらしい。
そして、ある程度楽しんだのだろう。
突然、口を開く。
「しかし、王よ。さすがに、表情が分かりやす過ぎるのでは無いですかな?」
「確かに、ツバサ殿は、少し素直すぎる所があるのぉ。まぁ、先程、シャハル殿とやりあった時位の覇気があれば、良いのじゃがな。」
えぇー?
まさか、宇迦之さんにまで言われるとは……。
「俺、そんなに分かりやすいですかね?」
そう呟く、俺の顔を見て、2人とも、更に、にこやかに笑いながら頷いていた。
「まぁ、いざという時に頼りになるから良いのではないかの?」
宇迦之さんが笑顔で、そうフォローしてくれたので、俺は、一応、納得しておく。
「して、王よ。移動は、明日で宜しいですかな?」
王と呼びながら、あまり敬っている様子の見えないシャハルさんが、そのように確認してきた。
「ええ、それでお願いします。ルカール村には、連絡しておきますから。」
そう、答えたあと、俺は、先程から気になっていたことを、シャハルさんに指摘する。
「ちなみに、その王って呼び名……やめません? なんかむず痒くって。」
そんな俺の言葉が、心底楽しいと言わんばかりに、シャハルさんは、満面の笑みで言う。
「何をおっしゃられますか。王である以上、良いではないですか。権威を示す意味でも、悪くないでしょう?」
「その権威がいらないというのですよ。そんなもの、求めてませんし。」
なんか偉そうにふんぞり返る自分とか、想像できない。
というより、そんな自分になりたいと、これっぽっちも思わない。
そして、そんなことを言う俺に、宇迦之さんは、少し諦めたように、
「ツバサ殿は、そういう所に、執着しないからのぉ。」
と、溜め息とともに呟く。
「そうですよ。いらないですよ。そんなもん。そもそも王になった覚えもないですし。」
俺がそう言うと、宇迦之さんも、シャハルさんも驚いたように俺を見る。
恐らく、先程の王の話や、ルカール連邦国の話は、宇迦之さんのブラフだったのだろうが、そんなもの無くても、俺は俺である。
王とか言う、重っ苦しい肩書きは、いらないのだ。
だから、勘違いを早期に正しておく意味も込めて、敢えて、俺はそう口にした。
そして、驚いた2人は、同時に呟く。
「あの老人達、まだ伝えておらなんだか……。」
「宇迦之殿、どう言うことかな?」
ん? なんか、宇迦之さんの言葉が想定と違う。
てっきり、「なんで、ばらすのじゃ!?」とか、言うのかと思ってたのだが……あれ?
俺がいぶかしがっていると、宇迦之さんは、真面目な顔で俺に、向き合い、
「ツバサ殿。ルカール村の長老達から、何か聞いておらんのかの?」
と、問いかけてきた。
面食らったのは俺の方である。
ここに来る前、一緒に温泉を堪能していたが、そんな重要と思える話などしていない。
俺の様子を見て、何かを確信したのだろう。
宇迦之さんは、溜め息を吐きつつ、「全く……平和ボケしすぎじゃ……。」と、憎々しく呟いた。
そして、俺の方を再度見ると、口を開く。
「どうやら、その様子では伝わって無いようじゃな。通りで、あんなに強気になれる訳じゃ。いいか? ツバサ殿。ルカール連邦国の設立も、初代王がツバサ殿という話も、全て決定事項じゃ。」
へ?
俺は、思わず、その言葉に、思考がフリーズしかける。
「いやいやいや……。ちょっと待ってくださいよ。俺、そんな大層な話、聞いてないですよ。」
そうなのだ。そんな話を聞いた覚えは無い。
幾ら、うっかりが多い俺でも、そこまで大きな話を忘れるとか無いから!?
そんな俺に、宇迦之さんは、困った顔をしながら、こういった。
「うむ。恐らく、ツバサ殿の言うことが正しいのじゃろう。」
うん! そうだよね!? 俺、正しいよね!!
……あれ? ということは?
俺の顔を見て、宇迦之さんは、やれやれと言う顔をすると、
「ルカール村の村長どもが、揃いも揃って、皆、ツバサ殿に、その事を伝え忘れていたんじゃろ。」
ちょ……マジで?
そんな俺の「まさかぁ。」と言う、顔を見透かして、止めを指す。
「ちなみに、お主以外の全ての者は、その事を知っておるぞ。まぁ、誰も特に何も言わなかったようじゃが。」
その言葉に驚いた俺は、すぐさま、ルナとリリーに確認しにいった。
その結果、2人とも、あっさりと、「あれ? 知らなかったの?」と言う反応を返してきたのを見て、俺は膝から崩れ落ちたのだった。
話を詳しく聞いたところ、俺が臥せってた伏せっていた1ヶ月の間に、あれよあれよと言う間に決まったらしい。
どうやら、そもそもの発端は、勇者を撃退した俺に対して、どこからともなく、魔導王という呼び名が定着し始めたのが最初らしい。
じゃあ、せっかくだから、本当の王にしちゃえば良いんじゃね? という、ノリが先行した形で、話が進み、気がつくと、狐族を除く、全ての氏族がさっくりと同盟に参加することになったようだ。
それならば、いっそのこと国にしちゃおうと言う、無謀な話が進み、首都をルカール村に据える、ルカール連邦国を立ち上げることになったのだった。
そして、その初代王に、俺が勝手に、本人の預かり知らぬ場所で選ばれ、全種族長の任命を受け、魔導王ツバサが、誕生したとのこと。
ちなみに、本人には、ルカール村の長老達から、伝えるとその場で決まったらしい。
後で、あいつら、シバク。
俺は、遠い目をしながら、宇迦之さんの話を、聞いていた。
つか、自由すぎるよ、獣人族……。
俺は、やりどころの無い思いを、もてあましつつ、心の中で溜め息をつくのだった。
「なんか、色々すいません。」
俺は、横で話を聞いて爆笑するシャハルさんに情けない気持ちのまま、そう謝罪した。
「いやいや、改めて、王の凄さを知りましたよ。貴方に着いていけば、楽しめると確信いたしました。」
肩で息をしながら、ようやく復活したシャハルさんは、そう返す。
そこは普通、伝達のまずさやらに不信を抱きそうなものだが?
俺なら、そんな話聞いたら、心配になるぞ?
流石に、その言葉をそのまま、額面通りに受けとる気持ちになれなかった俺は、シャハルさんに、再度、お詫びをする。
「いや、しかし、王になったらしい本人だけ知らないとか、伝達手段も、扱いも明らかにおかしいでしょう? 俺の知らない間に、人族との戦争が始まってしまいました……とか言われたら、俺だって困りますし。」
そんな萎びた俺を、心行くまで楽しんだのだろう。
目の端に、涙を張り付けたまま、シャハルさんは口を開いた。
「思わぬ形となりましたが、王が先程おっしゃった言葉が体現したではないですか。」
その言葉で、俺はなんとも言えない表情になる。
それはそうかもしれないが……もう少し格好の良い形で、出てきて欲しかったなぁ。
「やはり、貴方は王なのです。今回の事で、逆にそう実感しましたよ。これだけ、民や長の信頼を得ている。そう、普通なら王が責務を負い、民を導く所ですが……民が王を選び、王がそれに知らずに応えている。王の支配ではなく民との共存。相反する二つの統治……実に興味深いですね。」
シャハルさんは、からかいながらも、そう笑顔で答えてきた。
それは、そうなのだろう。
今回の事は、それだけ、民の皆に、そして、長の皆に、信頼されているからこその失態なのだ。
別に、俺が王だと知らなくても、皆が知っているならば問題はない。
そのように、勝手に皆で扱うのだから、
まぁ、取りようによっては、舐められていると言われても仕方ないのだろうが。
だが、恐らくではあるが、今回の話は、皆にとっては、あまり重要な話では無かったのだ。
俺は、俺だから。王とか関係無いし、今までと距離感も変わらない。
桜花さんも、カスードさんも、相変わらずの自由っぷりだし、俺もだからこそ、全く気がつかなかった。
案外、本気で忘れているのかもしれない。
うん、あの人たちなら、ありえるな。
民にしても、王と言う肩書きやら、どうでも良く、皆で話しかけてきてくれたし。
そういう意味では、肩書きなど必要ないように思えるのだが……。
そう思い、宇迦之さんに聞いたところ、
「もし人族と接触することになった時に、こちらもまとまって行動したくての。」
と、以外にもまともな返事が帰ってきた。
一応、そういった時の事も考えてなのか。
こうしてみると、俺に言わなかったのも、案外、考えた結果なのかもしれない。
俺が、王を断る事を嫌って、周知の事実にしてから、断れない状況をつくってしまうと言う作戦なのかもしれないな……。
まぁ、なんにせよ、ルカール村の長老達には罰を与えよう。うん、決定。
結局、色々、問題もあったが、話し合いも何とかまとまった。
そして、俺は、改めて巫女様にご挨拶にいったのだが……。
ああ、うん、若いね。確かに若い。
それはもう、言葉も出なくなるくらい若かった。
相手が夜泣きするくらいに。
まさか、赤ん坊だったとは……。
今は、ルナとリリーが、面倒を見ているらしい。
それまでは、比較的余裕のあったシャハルさんが、面倒を見ていたようだ。
うーむ……子育てをするシャハルさんが想像できん……。
そして、子育てなど初めてのことで、ルナは戸惑っている。
逆に、リリーは村で、世話をした経験があるらしく、慣れたものだった。
赤ん坊の世話をする2人……こういう姿を見ると、皆との子供も良いかも……と思ってしまう。
言わないけどね!?
言ったら大変なことになるのは、火を見るより明らかだからね!!
次の日、ビビに乗せられた翼族の民8人と、すっかりやつれたラッテさん。
そして、先程からぴくりとも動かない、猫族と狸族の若者達と俺達を乗せて、ビビは軽快に走り出した。
……もう良い。何も言わない。俺は。
俺は、久々に対面したラッテさんに声をかけようとしたのだが、疲労困憊の彼に、かける言葉が見つからなかった。
ちなみに、彼は、大の字になって空を見上げるようにぶっ倒れている。
そこまで過酷な状態だったのか? 一体、何が彼達をそこまで追い詰めていたのだろうか……。
俺は、首をひねるも、それに応えてくれるものはいなかったのだった。
「というわけで、桜花さん、カスードさん、ヨーゼフさん、マールさん。何故こうなっているのか、お分かりですよね?」
ルカール村に着いた俺は、笑顔で桜花さんの家へと乗り込み、丁度集まっていた長老達を、問答無用で魔法で拘束した。
影を特殊な魔力で射抜く事により、対象を動けなくするものである。動けなくなるだけで、口は動くので、尋問に非常に有効なのだ。
ちなみに、その魔法は空間魔法の応用で、シャドウ・バインドと名付けた。まぁ、和名で言えば、『影縫い』だから、イメージはしやすいと思う。
「いきなり来て、なんじゃ……一体……。」
「そうだぞ……ツバサよ。おめぇ、いきなり何しやがる……。」
そんな桜花さんとカスードさんの言葉を聞いて、俺は微笑むと、呟いた。
「魔導王 ツバサ……ルカール連邦国。」
その言葉を聞いて、皆、一様に「あ!? バレタ!?」と言う顔をする。
これは……確信犯かな? 頼むよ……。
「いやぁ、お陰で、翼族の族長様であるシャハルさんには、爆笑されますし、良い迷惑ですよ。まぁ……過ぎた事は仕方ありません。」
俺は、やれやれと、首を振ると、長老達を一人ずつ、見つめていく。
翼族の長老に爆笑されたと言う事を聞いて、皆、一様に顔を青くしていた。
「あ、あれだよ! ほら。なんつーか、その、ちょーっと忘れてたと言うかさ。まぁ……悪かったよ。」
そんな中、カスードさんが何とか弁解しようと、口を開くが、俺はそれを笑い飛ばす。
「ほぅ? 忘れてた……。まぁ、俺はその程度の扱い……と言う事ですかね。」
少し意地悪に笑いながら、そんな言葉を発した俺に、桜花さんは焦った様に、
「それは違うぞ! お主のためを思ってじゃな! あえて言わないようにしたのじゃ!」
そう叫ぶ。
その顔には必死な表情が張り付いていた。
ちょっとやりすぎたかなぁ? と思うも、少しは反省してもらわないといけないので、もう少し問い詰めておく。
「それは、どういうことでしょうか?」
俺は、努めて冷静に問いかけるも、桜花さんの口は重く、中々開こうとしない。
ん? そんなに言い難い事なのか? そう訝しがる俺に、違う方から声がかかる。
「実はですね……この話、かなり大きなことになっているのですよ……。」
そう、苦々しく呟いたのはヨーゼフさんだった。
「大きな事……ですか?」
俺は思わず、そう声を上げていた。
「もう知っておられると思うのですが……この話は、1ヶ月ほど前に持ち上がって以来、さしたる問題も無く承認されました。今思えば、それがそもそもおかしい話だったわけですが。」
ふむ。まぁ、確かに、面識があるとは言え、懇意にしているのは、犬狼族だけだ。
一応、他の氏族とも交流はあるものの、長老と俺との関係としては、ここには敵わないだろう。
そして、その他の氏族が、犬狼族の一人勝ち状態を、指をくわえたまま許しておくのはおかしい。
それは、俺も考えていた。
だからこそ、他の氏族にも役割を与え、それに応じて、交流の幅を広げて行く算段を、俺はとっていたのだが……。
「それは、前から話しているように、徐々に、交流が進んだ為に、他の氏族の態度が軟化しているから……と言う訳では?」
俺がそう答えると、ヨーゼフさんは顔で肯定を示しつつ、捕捉する。
「確かに、最近の交流によって、氏族同士の壁が取り払われようとしているのは確かです。しかし、長とは、その氏族の発展を望む者たちです。我々も含め、やはり、自分の氏族が発展して欲しいという思いは、当然ながら強いのです。」
「そこから先は、俺が説明してやらぁ。回りくどい事は嫌いだからよ。ハッキリ言うと、他の氏族も、おめぇに何とか媚を売ろうと必死なのさ。」
カスードさんが、ヨーゼフさんの言葉を引きついで、さらに説明を進める。
「俺達は、おめぇにそんな事をしても、無駄だと知っているし、実際に、他の族長達にも再三、伝えてはいるんだがなぁ。」
そう、言うと、困ったように顔をしかめると、カスードさんは続ける。
「今回、おめぇを王にする際に、一つ条件を後付でつけてきたのさ。それがな……巫女の嫁入りだ。」
その言葉を聞いて、俺は目が点になる。
「表向きは、氏族の総意と恭順の証として、氏族の一番の宝である巫女をツバサ殿に差し出す……と言う建前なのじゃが……な。」
桜花さんが引き継いで、ポツポツと説明するのを聞いて、俺も先が分かってきた。
「ああ、つまり、犬狼族と狐族ばかりずるいから、他の氏族の巫女も嫁に行かせて、平等にしろと言う事ですか。」
思わず俺の声が固くなるも、それを気にした様子も無く、桜花さんは更に続ける。
「じゃが、お主はそんな事、望まんじゃろう? じゃから、何とか撤回できないか、協議を続けておった。お主が王になる事を承諾しなければ、この条約は無効のままじゃ。じゃから、なるべく時間を稼ぐ為にも、お主には知らせておらんかった。」
俺はその言葉を聞いて、魔法を解除する。
突然、体が自由になった長老達は、皆、姿勢を崩していたが、俺はそれどころでは無かった。
つまり、俺のために、皆、隠していてくれたのか……。
まぁ、やり方が良いかは別としても、俺の為に考えてくれたその心は、確かに伝わった。
ふぅ……何だかな。俺も全然まだまだ、駄目だなぁ。
結局、俺は、この人達の好意を、仇で返す所だったのか。
俺はかぶりを振ると、長老達に頭を下げて、感謝の言葉をかける。
「そんな事になっていたとは……知らないと言え、俺の為に動いてくれて、ありがとうございます。」
そんな俺の様子に、ホッと息をつく長老達。
「でも……黙っていて良いわけないですよね? だって、それ程の大事なら、いずれは、ばれるんですし。で? とりあえず、ばれるまで、黙っておこうって言った、馬鹿な人はどの方ですかね?」
俺がにこやかにそう問いただすと、皆の視線が一人に集中する。
「いや! ちょっと待て。俺ぁ、おめぇの事を思ってだな!」
「ああ、その思いは感謝いたしますが……やり方が、少々悪いですよねぇ。お仕置き……必要ですよね? あ、この前は、下だったので、今日は上にしましょうか。」
爽やかな笑みを浮かべ、俺はカスードさんの肩を掴む。
そんな俺を、死神でも見るかのように、汗を流し、首を振りながら、逃げようとするカスードさん。
この日、カスードさんの絶叫が、村中に響き渡った。
その声は、村の上空から聞こえてきたとか、声が遠ざかったり近くなったりを繰り返していたとの証言がある。
そして、これ以降、町の皆に目撃されたカスードさんは、『星になった獣人』と崇められるようになったのだった。
結局、この場所での治療や、生活支援は現実的ではなく、それはシャハルさんもわかっていたようで、ルカール村へ一時的に、移住する事で合意した。
ちなみに、対価は翼族の労働力である。
動けるようになったものから順に、森での仕事に従事してもらうことなるのだが……まぁ、かなり先の話になりそうだ。
その辺りは、おいおいで良いと俺は思っているので、問題ない。
火急の件であった、巫女の保護はできるので、問題は無いのだ。
あ、そう言えば、巫女様は大丈夫なのだろうか?
ふと、疑問に思った俺は、シャハルさんに聞いてみる。
「シャハルさん。話は変わりますが、巫女様はお元気ですか? どうもお若いと言う話は聞いているのですが。」
そんな俺の言葉に、何かを考える様子を見せるシャハルさん。
そして、何故か含みのある笑みをこちらに向けると、
「そうですね。皆様が来てくださって下さってからは、お元気ですよ。」
と、なんとも裏のありそうな言葉を返す。
何故だろうか? この人が、笑うとろくなことにならない気がする。
俺は、なんとなく、嫌なものを感じながらも、「そうですか。」と、言葉を濁す事しかできなかった。
そんな俺を見ながら、クツクツと笑うシャハルさん。
ええい、怪しすぎるわ! このイケメンが!
ちなみに、当の本人は、俺が渋面な顔をしながら、呪いを飛ばす様子が、楽しくてしょうがないらしい。
そして、ある程度楽しんだのだろう。
突然、口を開く。
「しかし、王よ。さすがに、表情が分かりやす過ぎるのでは無いですかな?」
「確かに、ツバサ殿は、少し素直すぎる所があるのぉ。まぁ、先程、シャハル殿とやりあった時位の覇気があれば、良いのじゃがな。」
えぇー?
まさか、宇迦之さんにまで言われるとは……。
「俺、そんなに分かりやすいですかね?」
そう呟く、俺の顔を見て、2人とも、更に、にこやかに笑いながら頷いていた。
「まぁ、いざという時に頼りになるから良いのではないかの?」
宇迦之さんが笑顔で、そうフォローしてくれたので、俺は、一応、納得しておく。
「して、王よ。移動は、明日で宜しいですかな?」
王と呼びながら、あまり敬っている様子の見えないシャハルさんが、そのように確認してきた。
「ええ、それでお願いします。ルカール村には、連絡しておきますから。」
そう、答えたあと、俺は、先程から気になっていたことを、シャハルさんに指摘する。
「ちなみに、その王って呼び名……やめません? なんかむず痒くって。」
そんな俺の言葉が、心底楽しいと言わんばかりに、シャハルさんは、満面の笑みで言う。
「何をおっしゃられますか。王である以上、良いではないですか。権威を示す意味でも、悪くないでしょう?」
「その権威がいらないというのですよ。そんなもの、求めてませんし。」
なんか偉そうにふんぞり返る自分とか、想像できない。
というより、そんな自分になりたいと、これっぽっちも思わない。
そして、そんなことを言う俺に、宇迦之さんは、少し諦めたように、
「ツバサ殿は、そういう所に、執着しないからのぉ。」
と、溜め息とともに呟く。
「そうですよ。いらないですよ。そんなもん。そもそも王になった覚えもないですし。」
俺がそう言うと、宇迦之さんも、シャハルさんも驚いたように俺を見る。
恐らく、先程の王の話や、ルカール連邦国の話は、宇迦之さんのブラフだったのだろうが、そんなもの無くても、俺は俺である。
王とか言う、重っ苦しい肩書きは、いらないのだ。
だから、勘違いを早期に正しておく意味も込めて、敢えて、俺はそう口にした。
そして、驚いた2人は、同時に呟く。
「あの老人達、まだ伝えておらなんだか……。」
「宇迦之殿、どう言うことかな?」
ん? なんか、宇迦之さんの言葉が想定と違う。
てっきり、「なんで、ばらすのじゃ!?」とか、言うのかと思ってたのだが……あれ?
俺がいぶかしがっていると、宇迦之さんは、真面目な顔で俺に、向き合い、
「ツバサ殿。ルカール村の長老達から、何か聞いておらんのかの?」
と、問いかけてきた。
面食らったのは俺の方である。
ここに来る前、一緒に温泉を堪能していたが、そんな重要と思える話などしていない。
俺の様子を見て、何かを確信したのだろう。
宇迦之さんは、溜め息を吐きつつ、「全く……平和ボケしすぎじゃ……。」と、憎々しく呟いた。
そして、俺の方を再度見ると、口を開く。
「どうやら、その様子では伝わって無いようじゃな。通りで、あんなに強気になれる訳じゃ。いいか? ツバサ殿。ルカール連邦国の設立も、初代王がツバサ殿という話も、全て決定事項じゃ。」
へ?
俺は、思わず、その言葉に、思考がフリーズしかける。
「いやいやいや……。ちょっと待ってくださいよ。俺、そんな大層な話、聞いてないですよ。」
そうなのだ。そんな話を聞いた覚えは無い。
幾ら、うっかりが多い俺でも、そこまで大きな話を忘れるとか無いから!?
そんな俺に、宇迦之さんは、困った顔をしながら、こういった。
「うむ。恐らく、ツバサ殿の言うことが正しいのじゃろう。」
うん! そうだよね!? 俺、正しいよね!!
……あれ? ということは?
俺の顔を見て、宇迦之さんは、やれやれと言う顔をすると、
「ルカール村の村長どもが、揃いも揃って、皆、ツバサ殿に、その事を伝え忘れていたんじゃろ。」
ちょ……マジで?
そんな俺の「まさかぁ。」と言う、顔を見透かして、止めを指す。
「ちなみに、お主以外の全ての者は、その事を知っておるぞ。まぁ、誰も特に何も言わなかったようじゃが。」
その言葉に驚いた俺は、すぐさま、ルナとリリーに確認しにいった。
その結果、2人とも、あっさりと、「あれ? 知らなかったの?」と言う反応を返してきたのを見て、俺は膝から崩れ落ちたのだった。
話を詳しく聞いたところ、俺が臥せってた伏せっていた1ヶ月の間に、あれよあれよと言う間に決まったらしい。
どうやら、そもそもの発端は、勇者を撃退した俺に対して、どこからともなく、魔導王という呼び名が定着し始めたのが最初らしい。
じゃあ、せっかくだから、本当の王にしちゃえば良いんじゃね? という、ノリが先行した形で、話が進み、気がつくと、狐族を除く、全ての氏族がさっくりと同盟に参加することになったようだ。
それならば、いっそのこと国にしちゃおうと言う、無謀な話が進み、首都をルカール村に据える、ルカール連邦国を立ち上げることになったのだった。
そして、その初代王に、俺が勝手に、本人の預かり知らぬ場所で選ばれ、全種族長の任命を受け、魔導王ツバサが、誕生したとのこと。
ちなみに、本人には、ルカール村の長老達から、伝えるとその場で決まったらしい。
後で、あいつら、シバク。
俺は、遠い目をしながら、宇迦之さんの話を、聞いていた。
つか、自由すぎるよ、獣人族……。
俺は、やりどころの無い思いを、もてあましつつ、心の中で溜め息をつくのだった。
「なんか、色々すいません。」
俺は、横で話を聞いて爆笑するシャハルさんに情けない気持ちのまま、そう謝罪した。
「いやいや、改めて、王の凄さを知りましたよ。貴方に着いていけば、楽しめると確信いたしました。」
肩で息をしながら、ようやく復活したシャハルさんは、そう返す。
そこは普通、伝達のまずさやらに不信を抱きそうなものだが?
俺なら、そんな話聞いたら、心配になるぞ?
流石に、その言葉をそのまま、額面通りに受けとる気持ちになれなかった俺は、シャハルさんに、再度、お詫びをする。
「いや、しかし、王になったらしい本人だけ知らないとか、伝達手段も、扱いも明らかにおかしいでしょう? 俺の知らない間に、人族との戦争が始まってしまいました……とか言われたら、俺だって困りますし。」
そんな萎びた俺を、心行くまで楽しんだのだろう。
目の端に、涙を張り付けたまま、シャハルさんは口を開いた。
「思わぬ形となりましたが、王が先程おっしゃった言葉が体現したではないですか。」
その言葉で、俺はなんとも言えない表情になる。
それはそうかもしれないが……もう少し格好の良い形で、出てきて欲しかったなぁ。
「やはり、貴方は王なのです。今回の事で、逆にそう実感しましたよ。これだけ、民や長の信頼を得ている。そう、普通なら王が責務を負い、民を導く所ですが……民が王を選び、王がそれに知らずに応えている。王の支配ではなく民との共存。相反する二つの統治……実に興味深いですね。」
シャハルさんは、からかいながらも、そう笑顔で答えてきた。
それは、そうなのだろう。
今回の事は、それだけ、民の皆に、そして、長の皆に、信頼されているからこその失態なのだ。
別に、俺が王だと知らなくても、皆が知っているならば問題はない。
そのように、勝手に皆で扱うのだから、
まぁ、取りようによっては、舐められていると言われても仕方ないのだろうが。
だが、恐らくではあるが、今回の話は、皆にとっては、あまり重要な話では無かったのだ。
俺は、俺だから。王とか関係無いし、今までと距離感も変わらない。
桜花さんも、カスードさんも、相変わらずの自由っぷりだし、俺もだからこそ、全く気がつかなかった。
案外、本気で忘れているのかもしれない。
うん、あの人たちなら、ありえるな。
民にしても、王と言う肩書きやら、どうでも良く、皆で話しかけてきてくれたし。
そういう意味では、肩書きなど必要ないように思えるのだが……。
そう思い、宇迦之さんに聞いたところ、
「もし人族と接触することになった時に、こちらもまとまって行動したくての。」
と、以外にもまともな返事が帰ってきた。
一応、そういった時の事も考えてなのか。
こうしてみると、俺に言わなかったのも、案外、考えた結果なのかもしれない。
俺が、王を断る事を嫌って、周知の事実にしてから、断れない状況をつくってしまうと言う作戦なのかもしれないな……。
まぁ、なんにせよ、ルカール村の長老達には罰を与えよう。うん、決定。
結局、色々、問題もあったが、話し合いも何とかまとまった。
そして、俺は、改めて巫女様にご挨拶にいったのだが……。
ああ、うん、若いね。確かに若い。
それはもう、言葉も出なくなるくらい若かった。
相手が夜泣きするくらいに。
まさか、赤ん坊だったとは……。
今は、ルナとリリーが、面倒を見ているらしい。
それまでは、比較的余裕のあったシャハルさんが、面倒を見ていたようだ。
うーむ……子育てをするシャハルさんが想像できん……。
そして、子育てなど初めてのことで、ルナは戸惑っている。
逆に、リリーは村で、世話をした経験があるらしく、慣れたものだった。
赤ん坊の世話をする2人……こういう姿を見ると、皆との子供も良いかも……と思ってしまう。
言わないけどね!?
言ったら大変なことになるのは、火を見るより明らかだからね!!
次の日、ビビに乗せられた翼族の民8人と、すっかりやつれたラッテさん。
そして、先程からぴくりとも動かない、猫族と狸族の若者達と俺達を乗せて、ビビは軽快に走り出した。
……もう良い。何も言わない。俺は。
俺は、久々に対面したラッテさんに声をかけようとしたのだが、疲労困憊の彼に、かける言葉が見つからなかった。
ちなみに、彼は、大の字になって空を見上げるようにぶっ倒れている。
そこまで過酷な状態だったのか? 一体、何が彼達をそこまで追い詰めていたのだろうか……。
俺は、首をひねるも、それに応えてくれるものはいなかったのだった。
「というわけで、桜花さん、カスードさん、ヨーゼフさん、マールさん。何故こうなっているのか、お分かりですよね?」
ルカール村に着いた俺は、笑顔で桜花さんの家へと乗り込み、丁度集まっていた長老達を、問答無用で魔法で拘束した。
影を特殊な魔力で射抜く事により、対象を動けなくするものである。動けなくなるだけで、口は動くので、尋問に非常に有効なのだ。
ちなみに、その魔法は空間魔法の応用で、シャドウ・バインドと名付けた。まぁ、和名で言えば、『影縫い』だから、イメージはしやすいと思う。
「いきなり来て、なんじゃ……一体……。」
「そうだぞ……ツバサよ。おめぇ、いきなり何しやがる……。」
そんな桜花さんとカスードさんの言葉を聞いて、俺は微笑むと、呟いた。
「魔導王 ツバサ……ルカール連邦国。」
その言葉を聞いて、皆、一様に「あ!? バレタ!?」と言う顔をする。
これは……確信犯かな? 頼むよ……。
「いやぁ、お陰で、翼族の族長様であるシャハルさんには、爆笑されますし、良い迷惑ですよ。まぁ……過ぎた事は仕方ありません。」
俺は、やれやれと、首を振ると、長老達を一人ずつ、見つめていく。
翼族の長老に爆笑されたと言う事を聞いて、皆、一様に顔を青くしていた。
「あ、あれだよ! ほら。なんつーか、その、ちょーっと忘れてたと言うかさ。まぁ……悪かったよ。」
そんな中、カスードさんが何とか弁解しようと、口を開くが、俺はそれを笑い飛ばす。
「ほぅ? 忘れてた……。まぁ、俺はその程度の扱い……と言う事ですかね。」
少し意地悪に笑いながら、そんな言葉を発した俺に、桜花さんは焦った様に、
「それは違うぞ! お主のためを思ってじゃな! あえて言わないようにしたのじゃ!」
そう叫ぶ。
その顔には必死な表情が張り付いていた。
ちょっとやりすぎたかなぁ? と思うも、少しは反省してもらわないといけないので、もう少し問い詰めておく。
「それは、どういうことでしょうか?」
俺は、努めて冷静に問いかけるも、桜花さんの口は重く、中々開こうとしない。
ん? そんなに言い難い事なのか? そう訝しがる俺に、違う方から声がかかる。
「実はですね……この話、かなり大きなことになっているのですよ……。」
そう、苦々しく呟いたのはヨーゼフさんだった。
「大きな事……ですか?」
俺は思わず、そう声を上げていた。
「もう知っておられると思うのですが……この話は、1ヶ月ほど前に持ち上がって以来、さしたる問題も無く承認されました。今思えば、それがそもそもおかしい話だったわけですが。」
ふむ。まぁ、確かに、面識があるとは言え、懇意にしているのは、犬狼族だけだ。
一応、他の氏族とも交流はあるものの、長老と俺との関係としては、ここには敵わないだろう。
そして、その他の氏族が、犬狼族の一人勝ち状態を、指をくわえたまま許しておくのはおかしい。
それは、俺も考えていた。
だからこそ、他の氏族にも役割を与え、それに応じて、交流の幅を広げて行く算段を、俺はとっていたのだが……。
「それは、前から話しているように、徐々に、交流が進んだ為に、他の氏族の態度が軟化しているから……と言う訳では?」
俺がそう答えると、ヨーゼフさんは顔で肯定を示しつつ、捕捉する。
「確かに、最近の交流によって、氏族同士の壁が取り払われようとしているのは確かです。しかし、長とは、その氏族の発展を望む者たちです。我々も含め、やはり、自分の氏族が発展して欲しいという思いは、当然ながら強いのです。」
「そこから先は、俺が説明してやらぁ。回りくどい事は嫌いだからよ。ハッキリ言うと、他の氏族も、おめぇに何とか媚を売ろうと必死なのさ。」
カスードさんが、ヨーゼフさんの言葉を引きついで、さらに説明を進める。
「俺達は、おめぇにそんな事をしても、無駄だと知っているし、実際に、他の族長達にも再三、伝えてはいるんだがなぁ。」
そう、言うと、困ったように顔をしかめると、カスードさんは続ける。
「今回、おめぇを王にする際に、一つ条件を後付でつけてきたのさ。それがな……巫女の嫁入りだ。」
その言葉を聞いて、俺は目が点になる。
「表向きは、氏族の総意と恭順の証として、氏族の一番の宝である巫女をツバサ殿に差し出す……と言う建前なのじゃが……な。」
桜花さんが引き継いで、ポツポツと説明するのを聞いて、俺も先が分かってきた。
「ああ、つまり、犬狼族と狐族ばかりずるいから、他の氏族の巫女も嫁に行かせて、平等にしろと言う事ですか。」
思わず俺の声が固くなるも、それを気にした様子も無く、桜花さんは更に続ける。
「じゃが、お主はそんな事、望まんじゃろう? じゃから、何とか撤回できないか、協議を続けておった。お主が王になる事を承諾しなければ、この条約は無効のままじゃ。じゃから、なるべく時間を稼ぐ為にも、お主には知らせておらんかった。」
俺はその言葉を聞いて、魔法を解除する。
突然、体が自由になった長老達は、皆、姿勢を崩していたが、俺はそれどころでは無かった。
つまり、俺のために、皆、隠していてくれたのか……。
まぁ、やり方が良いかは別としても、俺の為に考えてくれたその心は、確かに伝わった。
ふぅ……何だかな。俺も全然まだまだ、駄目だなぁ。
結局、俺は、この人達の好意を、仇で返す所だったのか。
俺はかぶりを振ると、長老達に頭を下げて、感謝の言葉をかける。
「そんな事になっていたとは……知らないと言え、俺の為に動いてくれて、ありがとうございます。」
そんな俺の様子に、ホッと息をつく長老達。
「でも……黙っていて良いわけないですよね? だって、それ程の大事なら、いずれは、ばれるんですし。で? とりあえず、ばれるまで、黙っておこうって言った、馬鹿な人はどの方ですかね?」
俺がにこやかにそう問いただすと、皆の視線が一人に集中する。
「いや! ちょっと待て。俺ぁ、おめぇの事を思ってだな!」
「ああ、その思いは感謝いたしますが……やり方が、少々悪いですよねぇ。お仕置き……必要ですよね? あ、この前は、下だったので、今日は上にしましょうか。」
爽やかな笑みを浮かべ、俺はカスードさんの肩を掴む。
そんな俺を、死神でも見るかのように、汗を流し、首を振りながら、逃げようとするカスードさん。
この日、カスードさんの絶叫が、村中に響き渡った。
その声は、村の上空から聞こえてきたとか、声が遠ざかったり近くなったりを繰り返していたとの証言がある。
そして、これ以降、町の皆に目撃されたカスードさんは、『星になった獣人』と崇められるようになったのだった。
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