比翼の鳥

風慎

第20話 迫る時

 温泉で色々あってから、更に1ヶ月ほど経った。
 あれから、拠点をまたルカール村に戻しつつ、俺は、日々の雑務に追われていた。
 それまでにも、様々な事があったわけだが……とりあえず、大きなことは2つ。

 1つ目は、しばらくの間、ルナが、俺の目を見て、話せなくなった。
 と言うか、俺の傍に近付いて来ることも、無くなった。
 ただ、何故か就寝中の幸せ固めは相変わらず続いていたし、食事は一緒に取っていたので、その辺りが不思議な所ではあった。
 多分、俺が寝ている時は、大丈夫なのだろう。
 あれ? 俺って結構、獣に見られてる? とか一瞬、落ち込みそうになったが、それなら、寝ている間に、ルナが俺の体に触れて来るのも、おかしい気がするし……。やっぱり、恥ずかしがっているだけか。と、自分を軽く鼓舞する日々が続いた。

 何にせよ、時間が必要だと思った俺は、なるべくいつも通りを心掛けつつ、日々を、仕事で忙殺されていた。
 まぁ、完全に風呂でのご対面が原因なので、俺は、ほとぼりが冷めるのを待ちつつ、ルナが自分で心を整理するのを、日々を過ごしながら待つことにしたのだ。
 その甲斐あってか、徐々に、ルナがいつも通り、俺の傍で過ごす様になってきたのだ。
 そして、その行動が、更に落ち着いたように感じられたのは、俺の気のせいではないだろう。
 まだ、俺と目が合うと、少し、顔を真っ赤にして、目を反らしてしまうのだが、逃げてしまったり、突然、魔法を食らわせられることは無くなった。
 時々、そっぽ向いたまま、着物の裾を握って来ることもあって、なんだか可愛さに磨きがかかっている。
 そうやって、目の前で照れられると、こちらまで引っ張られそうになるで、我慢するのが大変である。

 とっさの魔法は心臓に悪いから、出なくなって良かった……いや、マジで。
 いきなり、目の前に氷の槍が突き付けられ、

 《 ご、ごめんなさい!! 》

 とか、文字を残して去られても、俺は何もできんし。
 追っかけようかとも思ったけど、そういう時って追っかけると、返って、収拾つかなくなる事もあるだろうしな。
 これが、ただの人なら良いんだが、その追っかけっこをする場合、俺とルナだからなぁ。
 どれだけ、甚大な被害が出るか、想像するのも恐ろしい。
 っていうか、刃物を突きつけられる恐怖は、何度経験しても慣れません。
 障壁で止まっているとはいえ、あんなもの目の前にあったら、ドン引きですわ。
 やられた俺も、何だか凄く悪い事をした気分になるし、外でやられた時には、長い間、村の女性から白い目で見られるし。
 幸い、レイリさんとリリーが事情を説明してくれていたので、大事にならず、白い目が生暖かい視線に変化しただけで済んだのは本当に良かった……。

 そんなこんなありつつ、少し長かったが、やっとまともな会話が出来るようになってくれて、本当に良かった……。
 そして、そんな風に、安心できるようになってから、しばらくして……俺とリリーが、ちょっとした用事でルカール村を歩いている時に、こんな言葉をかけられた。

「最近、ルナちゃんが、凄く落ち着いて見えるんですけど……。やっぱり、気のせいじゃないですよね?」

 少し、俺を見上げるように問い掛けて来るリリーにも、何か思う所があるのだろう。

「ああ、何と言うか、慎み? みたいなものが出て来たね。もしかしたら、リリーのお蔭かもしれないな。」

 そんな風に、少し引き合いに出しつつ、リリーを褒める。
 褒められたリリーは、耳と尻尾を起立させると、お約束の如く、手も一緒にワタワタさせて、

「そ、そそそ、そんな事無いですよ! わ、私、全然、慎みとか!? お、お母さんみたいに、色っぽくもないですし。」

「あー……確かに、レイリさんは、一見すると奥ゆかしくて、色っぽいんだけどなぁ。一皮むくと、行動がちょっと……肉食なのが……。」

 そんな俺の言葉を聞いて、リリーはツボに入ったのか、笑いながら、「確かに……肉食ですねー。」と、楽しそうに返す。

「けど、リリーにはリリーの良さがあるんだし、特に、今もルナの事、ちゃんと見てくれていただろう? 俺はそう言う所、凄く好きだなぁ。」

 と、俺の言葉に、すぐに反応して、顔を真っ赤にするリリーがめちゃくちゃ可愛い訳で。

「つ、ツバサさん……。そう言う所、意地悪です……。」

「ははは、ごめんごめん。」

 そうやって、俺はリリーの頭を撫でる。

「うー! やっぱり、意地悪です!」

 そんな風に言いながら、顔はとても嬉しそうで、それがまた、何とも言えず、心を温かくする。
 そして、顔を真っ赤にしながら、スキップでもしてしまいそうな勢いで歩くリリーが、本当に小さく小声で呟いた。

「でも……好きです。」

 小さいながらも心のこもったリリーの言葉に、俺は、頭をポンポンと軽く叩いて返事としたのだった。
 ちなみに、周りから生暖かい視線と、凍りつくような視線が半々くらいで飛んできていることに気が付いていた俺は、ちょっとやり過ぎたかなと、後悔していたのは内緒である。

 ともかく、そんな一挙一動が愛らしいリリーを愛でながら、視線を背中に浴びつつ、家路を目指したのだが……。
 突然、半鐘が村中に鳴り響く。
 俺はリリーと顔を見合わせると、探知をすぐに起動する。

 広域探知! 敵性情報、ピックアップ。

 だが、かなりの広域でも、特にまずそうな物は引っかからなかった。
 とりあえず、この辺りの敵ではない?
 しかし、この鳴らし方は緊急のものだ。これは……もしかして、外で何かあったのか?

 ちなみに、余談ではあるが、探知は、この森の外をとらえる事が出来ない。
 何故なら、森を覆う大結界が、魔法だけでなく、物理的な物を含めて全てを阻んでしまうからだ。
 通るのは光だけ。だから、外の状況を確認するには、今の所、目視以外は無理である。
 その為、ファミリアを常時浮遊させて、索敵を行っているわけで……。
 そちらの情報を確認すると……いつもなら、ただの砂漠が広がっているだけの光景に、異物が紛れ込んでいた。
 なんだか大きな物体と、小さい物が……戦っている?
 最大望遠で見てみるも、どうも人っぽい何かと、でかい何か……管のようなものと、何かしていると判断するのが精一杯だった。

 これ以上の情報は、ちょっと無理かな。
 息を吐き、探知を警戒モードにシフトさせ、ファミリアとの視覚共有を切る。
 ふと、視線を感じそちらを見ると、リリーが心配そうな顔でこちらを見つめていた。

「ああ、ごめん。ちょっと確認していた。どうやら、森の外で何かの動きがあったらしいね。」

 そんな俺の言葉に、リリーは驚くものの、すぐ近くの事では無いので、安心したのだろう。
 ちょっと、ホッとした顔を見せ、

「そうですか。とりあえず、おじいちゃんの所、行きます?」

 と、提案してくれる。
 俺は、それに頷いて答えると、長老たちが集まっているであろう、桜花さんの家へと向かったのだった。

 桜花さんの家には、既に犬狼族の長老たちに加え、宇迦之さんとレイリさん、そして、シャハルさんと、ほぼ全員が集合していた。
 ん? ルナがいない?
 俺は、挨拶しながら、定位置となった上座へと座り、ルナの居場所を探知で探す。
 ルナは……こちらに向かっているようだな。
 その動きをトレースしながら、俺は、話を進める。

「で? どうやら、外で動きがあったようですけど、その話ですか?」

 そんな俺の言葉に、桜花さんは黙って頷くと、

「既に知っておったか。詳しい話はまだ、分からんのじゃが、狸族より緊急通達があったのでな。どうやら、人族が森の近くまで来ている様じゃ。」

「人族なのは、間違いないですか?」

「報告を聞く限りは……の。」

 ふむ、狸族は、身を隠すのが上手く、目も耳も良いため、偵察に長けている種族だ。
 ファミリアからの画像では、俺では判別できなかったが、狸族には判別する手段があるのかもしれない
 とりあえず、最悪の状況を考えて、人族と言う前提で話を進めた方が良いだろうと、俺は瞬時に判断する。

 と、そこで、ルナが部屋へと入って来たので、リリーの隣を指さし、そこに座る様に促した。
 ルナは頷くと、そのまま、リリーの隣へと腰を下ろす。
 よし、これで全員集合だな? 俺はそう思っていると、レイリさんが声を上げる。

「ツバサ様、ここは偵察を行うべきかと。」

 その発言に、場に緊張が走る。
 そして、その提案に異を唱えたのはシャハルさんだった。

「レイリ殿。それは、尚早であろう。まだ、向こうが、こちらに攻めて来たと、決まったわけでは無い。」

 一見すると、シャハルさんの意見は、消極的に見える。
 しかし、実は、獣人族の考え方としては、これが一般的なのだ。

 この十数年の間、外界からの接触を立っていた。
 それをこちらから、偵察とは言え、出て行くと言うのは、今迄の獣人族では、考えられなかった意見だろう。
 ひっそりと、森の中で過ごす。
 これが、今まで獣人族の生活である。

 しかし、そう言った事に一生懸命だった獣人達は、昔の話で、現在は、繁栄の坂を上っている最中である。
 それを、また、人族の横やりで、失う訳にはいかない。
 その様な気持ちが、獣人族の中から出始めているのも、また事実なのだ。
 特に、俺の周りの人々は、その傾向が顕著で、今の暮らしをより良く、発展させるために、その努力を惜しまない。
 それだけ、元の生活が、凄惨だった事の証なのかもしれない。
 だからこそ、俺の周りの人たちは、まず行動を主とする。
 しかし、それは、昔ながらの獣人族の考えからすれば、異質に見えるのだ。

 まぁ、それだけでは無く、やはりその個人の気質という物も、意見には反映される様で……。

「おや? 翼族の族長様は、随分とのんびりとした考えをお持ちで。……そうして、様子を見ている間に手遅れになってしまっては、悔やむに悔めませんわ?」

 それは、暗に翼族を揶揄しているという事が、透けて見える発言だった。
 その言葉にピクリと眉を動かすと、シャハルさんは、自分に言い聞かせるように、言葉を発した。

「私は、決めつけるのは良くないと申しただけだ。人族と思われる輩の動きを見て、その都度対処すれば良いのではないかと提案しているだけだ。もっとも、とりあえず動いていたいと思う気持ちに、私は、理解があるつもりですがな。」

 と、これまた、レイリさんに対して、暗に猪突猛進な奴は仕方ないな、と言うニュアンスを含んだ解答をする。
 そして、2人してお互いを見つめ合いながら、冷笑を浮かべている姿は、見ているこっちがハラハラする。

 これが2つ目の大きな事である。
 全く……なんでか、この2人、妙な対抗意識を持っているようで、こうして、事あるごとに意見を対立させるのだ。
 これがまた、古参の犬狼族の巫女と、新参の翼族の長と言う、微妙なパワーバランスで成り立ってしまっているので、余計に性質が悪い訳で。
 これが、一方の発言権が弱いなら、そちらをフォローして終了なのだが……どちらも、無視できない力を持ってしまっているので、周りの皆も、見守る事しかできないでいる。
 そして、最終的に俺の所にお鉢が回って来るのは、通例なのだが、どちらの言い分も、理にかなっているため、大抵の場合、折衝案となって、明確な決着が着かずに、ズルズルとここまで引っ張っている背景もある。

 ただ、不思議なのはレイリさんがむきになるのは、俺の役に立ちたいと言う気持ちと、婦人であると言う気構えが暴走している結果だとは、何となく分かるのだが……シャハルさんがここまで食らいつくと言うのが、俺からするとちょっと腑に落ちない。
 そこまで、俺に入れ込むと言うと変だが、妙にレイリさんの位置……つまりは、俺の補佐の役割をやっかんでいる節があるのだ。
 これは、後で少し話をしてみた方が良いだろうなぁ……。

 そして、周りの目線は、俺に向いている。
 込められた内容は、押して知るべし。
 俺は、そんな視線に押された形で、ほおを掻くと、冷戦状態の2人に声をかける。

「あー、とりあえず、2人とも落ち着きなさいな。まず、レイリさんの言う、偵察すると言う意見は、俺も賛成だ。」

 その声が聞こえた瞬間、レイリさんは、ほれ見た事か、と得意そうな顔をし、反対にシャハルさんは不機嫌な顔になる。

「ただ、いきなり出て行くのも、シャハルさんの言う通り早計だ。まず、監視を続けつつ、偵察人員を選抜する。」

 そんな言葉を聞いた後は、その立場が逆転し、レイリさんがほぞを噛むほど悔しそうな表情をし、シャハルさんが得意げな顔になる。

「まず、人族の様子によっては、迎撃も視野に入れ偵察の準備を進める。更に、可能であるなら、接触を図りたいと思っている。ただ、これには問題があってね……。」

 その言葉で、何となく俺の言わんとしていることを皆、理解したのだろう。

「人族と接触する場合は、俺かルナが出るしかない。じゃないと、場合によっては、いきなり攻撃を受ける事になるからね。」

 そんな俺の言葉に、先程いがみ合っていた2人が、結託したように、

「「反対です。」」

 と、ぴったりと息を合わせて、俺の意見を否定する。
 そのあまりにも息の合った唱和に、一同、言葉を失う。
 更に、畳み掛けるように、2人して集中砲火を浴びせるように、意見を矢継ぎ早に語る。

「王よ。そもそも、貴方は、このルカール連邦国に無くてはならぬ人です。その様なお方を最前線に向かわせるなど、出来る筈がありません。」

「そうです。ツバサ様はただでさえ、無茶をするお人ですから、きっとまた何かやらかします。」

「そもそも、例の治水の件は、王がいないと進みません。他の事もどうするおつもりですか。」

「他の事業と言えば、狐族の村の件が、丁度、最終段階に入る所では無いですか。それを放って置く事は無理があります。あの愚か者たちには、最後にツバサ様自身の手で、鉄槌を下す必要がございます。」

 その言葉を聞いて、宇迦之さんがビクリと肩を震わせたのを、俺は見過ごさなかった。

「「ですので、どうか、お考え直しを。」」

 そう言って、2人は見つめ合うと、頷き合う。
 皆、2人の息の合った波状攻撃を、開いた口が塞がらないと言った風に、ただ、唖然と見つめていた。
 君たち……本当は、凄く仲がいいのでは? と言いたくなるほど、見事な連携である。

 実際、多分、似たもの同士なのだろう。
 方向性は違うのだろうが根っこに持っている心の在り様は、似ているように思える。
 どちらも、自分の芯を持っており、それに依って生きている部分がある。
 ある意味、強い生き方だが、案外脆い一面がある。
 まぁ、真面目で不器用なんだろう。そう言うのは嫌いじゃない。
 俺は、そんな似たもの2人に苦笑を向けると、ため息を吐きつつ、答えた。

「分かったよ。2人が、どれだけ、俺の事を大事に思ってくれているかは、よく分かった。」

 そんな風に、少しかきまぜてあげると、途端に2人は、

「わ、私は!? お、王がいなくなるなど、許されない……そう、許される事では無いと!」

「ふふふ。分かって下さるなら、夜はいつも以上に、可愛がってくださいますか?」

 と、全く質の違う答えを返して来る。
 シャハルさん、テンパり過ぎ。んで、レイリさん、こんな場所でそんな発言したら……。
 俺の後ろで、無言のまま宝刀をスラリと抜き放つ桜花さんがいる訳で……。
 また……このパターンかよ……。

 暫くの間、桜花さんの呪いの言葉と共に、繰り出される斬撃を跳ね返す硬質な音と、レイリさんの挑発と、シャハルさんの狼狽えた言葉が、響き渡るのだった。

「んで? 結局、どうするんだよ?」

 宝刀の振り過ぎで、完全にバテて転がっている桜花さんを横目に、そう問いかけて来た、カスードさんに、俺は頷くと、

「とりあえず、こちらに近付いてこないなら、そのまま様子見です。と言うか、そうせざるを得ません。」

 そんな俺の言葉に、皆、不思議そうな顔をする。
 ああ、この事は知らないのか。

「実はですね。森を覆っているあの大結界、入って来るだけじゃなくて、出る事も出来ないんですよ。」

 暇な時にチャレンジしてみて分かった事なのだが、あの大結界は本当に何も通さなかった。
 まぁ、あまり派手な事は出来ないので、ちょろっと試しただけだが、とりあえず、普通の手段ではあの結界を抜ける事は難しい。
 そんな俺の説明に、皆、驚いていたようだったが、一応、納得してくれたようだ。

「では、偵察には行けないのではないですか?」

 そう、不思議そうに尋ねて来るレイリさんに、俺は首を振ると、

「手が……無いわけでは無いのです。」

 と、俺は答える。
 皆の表情を窺うと、皆、固唾をのんでその先を待っていた。

「方法は3つ。1つ目は、結界を強引に潜り抜ける方法。」

 皆、その方法を聞いた瞬間、顔が強張る。

「皆の想像している通り、この方法は余り宜しくない。最悪、結界が消えてしまう可能性だってある。だから、これはボツの予定だね。」

 そう言うと、皆安堵する。
 特に、宇迦之さんが、顔色を蒼くしたり、赤くしたり、大変である。

「2つ目の方法。空間歪曲を使って、別の場所に転移する方法。」

 これには、皆、首を傾げる。
 多分、着いてきているのは、一緒に練習していたルナだけだ。

「空間歪曲……これは、凄くおおざっぱに言えば、瞬間的に他の場所に移動する魔法だと思ってください。」

 その言葉に、皆、驚いていた。
 そりゃそうだろう。そんな魔法使えるなら、距離の問題は一気に解決である。
 ただ、この魔法、まだ完成していない為、致命的な欠点がある。

「でも、この魔法、まだ使いこなせてないので、使うと何処行くか分からないんですよね……。」

 ぶっちゃけ、空とかならまだ良いが、深海とか、土の中に転移したら即終了である。
 何度か、色々な物を転移させてみたのだが、狙った場所に転移できた試しはない。
 ただ、何回かに1度は、この森のどこかに転移しているので、数がこなせれば、行ける……かもしれない。

「そ、それは、かなり危険なのではないですか? 王よ。」

 変な汗を垂らしながら、シャハルさんが問う。
 それに、俺は笑いながら、答えた。

「いやー、そうなんですよね。最悪死ぬかもしれませんね。ははは。」

「笑い事ではありません! 却下です! 却下!!」

 そんな感じで、目を吊り上げたシャハルさんに、凄い勢いで駄目だしされた。

「では、最後の3つ目なのですが……。」

 俺が、そう切り出すと、皆が固唾をのんで見守る。

「お願いしようかと思うんですよ。」

 真上へと指を向けて、そんな事を言う俺の言葉を、皆、よく分からないと言う顔で見ていた。
 訂正。一人だけ、俺の目を、真剣な顔で覗き込む人がいた。
 やっぱり、あなたに頼るしかなさそうです。
 その目を受け止めながら、俺は、そう心の中で、呟く。

「この結界の、担い手……ナーガラーシャ様に……ね?」

 そんな俺の言葉が、虚空へと吸い込まれるように、消えて行ったのだった。

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