比翼の鳥

風慎

第22話 隠された心

 狐族の現状を回想する俺の思惑を知ってか知らずか、会議は粛々と続けられた。
 そして、大筋で、偵察を行う人員を、翼族を除く各氏族から、1名以上出す事に決まる。
 そんな風に、あっさりと会議が終わった後、俺は、少し話をするために、シャハルさんを呼びとめた。

「シャハルさん、少し話しておきたい事があるんですが、時間取れます?」

 そんな俺の不意打ちのようなお願いに、一瞬、躊躇するも、

「王のお望みとあらば……。」

 と、膝をつき、畏まって承諾する。
 うーむ、相変わらずいちいち大げさだ……もう少しカスードさんの傍若無人ぶりや、桜花さんのアグレッシブさを見習って頂きたい。
 俺はそんな事を思いつつも、シャハルさんを伴って、外へと出る。

 外に出て村の様子を見た俺は、改めてその発展を実感する。
 ルカール村は、既に村と呼ぶには大きくなりすぎているのだ。
 市壁を構えるその姿からも、立派に舗装された道路からも……何より、すれ違う村人達の笑顔からも、それを実感できるのだ。
 家の裏には、水路が行き渡っている。

 更に、見えない所では、大通りの地下に下水道が既に構築されている。
 最初こそ、俺が作ったが、村の職人達は直ぐにその有用性と仕組みを理解した。
 そう言うと、凄い教養があるように聞こえるかも知れないが、ルカール村の村人達の中には、文字や計算は依然として、苦手にしている人も多い。
 だが、根っからの職人なのだろうか? こういった生活に即した知恵や理論は、一度説明してあげれば直ぐに自分のものにしようとする好奇心と柔軟性を持っている。
 そして、その適応能力は目を見張るものがあるわけだ。
 そんなわけで、インフラはかなりの水準で行き届いていた。

 今でこそ済ました顔で、俺の後ろからついてくるシャハルさんではあるが、この村に来てしばらくは、本当にいろいろな事が気になったようだ。
 過酷な状況から開放され、次いで、ルカール村に慣れて、その細かい所に目が行くようになると、凄い勢いで質問をぶつけてきていたものだ。
 どこに行くにも、何を見るにも、驚いたように目を開き、つぶさに、その利用法と仕組みを聞いてきたシャハルさんは、まるで少年のようだったのが意外ではあった。

 そんなシャハルさんを引き連れたまま、市壁を抜け、第2区画へといたる。
 ここは、畑も多いが、それと並んで、店が多く並ぶようになった。
 元々は、第1区画……つまり、先程いた町の中心にあった商店だったが、区画の整理と、物流の関係で外区へと移動していく傾向があった。
 今はまだ第2区画に、商店も多いが、既に第3区画に移動している店もあるらしい。
 その現象の原因は、人口密度によるところが大きかった。

 今までルカール村に住んでいた人たちは第1区画に住んでいるのだが、人が増えるにつれ、流入者は外区に居を構えるようになった。
 元々そのように、ある程度住み分けを行うように、誘導した部分もあるのだが……新しく入ってきた人達が、外区に住むことを望んだと言うのも大きい。

 遠慮したという部分も多少はあるのかもしれないが、どちらかと言うと、仕事の面で便利だからと言うのが本音だろう。
 今の仕事の殆どは、外や畑にある。
 第1区画の整備は、既にほぼ終わっている為、仕事は必然的に外側へと広がっていったのだ。
 そうして、今、ルカールは、建設ラッシュに沸いているわけで……。

 そんな事を思いつつ、俺は第3区画も通り過ぎ、いずれ第4区画に飲み込まれるであろう、温泉へと到着したのだった。


 木で作られた桶が、音を鳴らす。
 それが広い浴場に響きわたり、吸い込まれるように消えていった。

「して……ツバサ様。私にどのような用件でしょうか?」

 湯船に浸かり、弛緩した俺に、シャハルさんは、そんな風に声をかけてくる。
 ああ、うん、温泉の魅力にどっぷり浸かって、危うく、本来の目的を忘れるところだった……。


「ああ、そうだね。うん。勿体ぶるつもりはなかったんだ。」

 単純に素で忘れていただけとは、おくびにも出さず、俺はそう答えると、言葉を続ける。

「単純に、腹を割って話しておきたかっただけなんだ。なんだかんだで、色々忙しくて、シャハルさんと余り話す機会もなかったし。」

 もちろん、話す内容はある程度決まっているわけだが、そこは、それ。
 話し合っているうちに、そこに行き着くと、確信めいたものが俺にはあった。
 俺がゆるく、そんな事を言いながらシャハルさんを見つめると、彼は、すました顔で、こう述べた。

「お気遣い、ありがとうございます。しかし、心配はご無用です。私は、王の見る世界に惹かれただけでございます。どうか、私の事は、便利な駒として、お使いください。」

 うーん……シャハルさんなら、本気でそう思っている節も否定できないが……それでは困るのだ。
 俺は、人を顎で使えるほど立派な人間では無いし、そんな度胸はない。
 その様なことできる奴は、自分に絶対の自信と覚悟を持った人か、その逆で、その責任と意味を理解していない大馬鹿者のどちらかだろう。

 俺はどちらにもなれない、極めて普通の小市民である。
 なので、駒のようにお使いくださいとか言われて、「はい、そうですか。」と割りきれる程、強い心臓は持っていないのだ。

 そして、もうひとつ。
 絶対服従の関係など、それこそ俺にとっては意味がないのだ。
 何せ、俺自身がこの地を統治しようとは思っていないからだ。
 ここは、獣人族の国である。
 ならば、獣人族に統治して欲しいと言うのが本音だ。
 俺がやりたいことは、お手伝いであって、支配ではないのだ。

 俺は、頬を掻くと、諭すように声をかけた。

「シャハルさん。貴方のその思いは凄く嬉しいんです。でも、俺は、そのような関係は望んでいないのですよ。」

 そこまで、声をかけると、シャハルさんの眉が下がり、悲しそうに歪む。
 ああ、もう、この人もどっかの狼さんと同じように、素直すぎる!

「いや、早とちりしてほしくないのですが、それは、シャハルさんと距離を起きたいと言うことではなく、むしろ逆です。もう少し仲良くやりたいのですよ。」

 慌てて言葉を補ったお陰か、シャハルさんの顔が瞬時に、冷静な顔に戻る。
 そして、背中の翼が歓喜にうち震えるように、震えていた。

 獣人族……素直すぎる。
 俺は、その波打つ翼に、狼さんの耳と尻尾を幻視したが、気を取り直すと、更に言葉を続ける。

「そういう訳で、もう少し本音というか、シャハルさんの言葉が聞きたいんです。何か不都合な点や、要望とか、ありませんか?」

 そんな俺の言葉を受けて、シャハルさんは数秒考えたあと、

「いえ、ルカール村の皆様にも良くしてもらっております。特に、問題も要望もございません。」

 と、いつもの冷静な顔で答えた。

 その予想通りの答えを、俺はやっぱりそうだよねぇ……と、半分自嘲気味に受け止める。

「いや、けど、シャハルさん、色々と思うところもあるんじゃないですかね? 特にレイリさんにとか。」

 そんな俺の一歩踏み込んだ言葉に、シャハルさんは一瞬、眉を動かす。
 それ以上に、プルプルと揺れる翼が、雄弁に動揺を物語っていたが、シャハルさんは口を開かない。

「いや、責めるとか、そう言うつもりではないのです。むしろ、シャハルさんが何か我慢をしているなら、それを聞いた上で、何とかしたいと思うんです。」

 そんな俺の言葉を聞いた瞬間、シャハルさんは、急に頭を垂れると、

「そこまで私の事を気にかけて下さっているとは……。お礼の言葉もございません。」

 と、口にした後、しっかりと俺の目を見据え、

「しかし、大丈夫です。王の手を煩わせるような事は、決して致しません。」

 と言う言葉を聞いて、そうじゃないんだよなぁ……と少し残念な気分になる。
 そして、そんな言葉を聞いた俺は、何となく、元の世界で、昔勤めていた会社の面談を思い出していた。

 俺が放り込まれたプロジェクトで、最初の2週間だけ面倒を見てくれたリーダーと行った面談だ。

 ちなみに、何故2週間だったかと言うと、答えは単純で、そのリーダーが入院して、現場を退場したからである。
 上と下からの不平不満を全て何とかしようと奔走した結果、過労と精神疾患を併発し、壮絶にぶっ倒れたらしい。

 名誉のために言っておくが、IT系でなければ、きっと部下思いの、素晴らしい上司となったに違いない。
 しかし、真正面から受け止めれば、自分も一緒に吹き飛ばされるのが、社会の荒波である。
 上手く、かわし、受け流す技術が欠けていたのは事実だろう。
 俺も、同じ種類の人間で、結局、上司の後を追うように変わらぬ道を歩むに至ったが、仕事の真理を知ることができたと思えば、悪い経験ではなかった。
 失うものは大きかったが……。

 まぁ、話はそれたが、今の状況はその懐かしい上司との面談を思い起こさせるものだった。

 その時の俺は、余裕など無く、端から見ても、不平不満を持っていることは明らかだったと思う。
 実際、いつ帰れるかも判らない状況に加え、指示は二転三転し、仕事って、砂上の楼郭を自分でつくって、自分でぶち壊すことなんだなと、思っていたくらいだ。
 実際、今思い返しても、常軌を逸している状態だったが、それが日常ならば、「そんなものか。」で、すませてしまえるのも、人間の順応力のなせる技である。
 そんな折の、上司の面談である。
 聞かれたことは、「仕事に不満はないか?」という事だった。
 その時、俺は、大丈夫だと答えた。

 そう答えた理由は何個かあるが、ひとつに、不満の原因は、全部俺の至らなさにあると思っていたことだ。
 つまり、仕事が上手くいかないのも、帰れないのも、俺の仕事のやりかたが悪かったり、能力が足りていないからと思っていたからである。

 まぁ、今思えば、この時すでに、俺はおかしかったのだろう。
 本当なら、それならそれで、どうすれば上手くいくかを相談するべきだったのだ。
 そこから話が、多少なりとも膨らんだはずだ。
 しかし、俺はそのチャンスを自分からはねつけた。

 そして、もうひとつの理由なのだが、なんだかんだで、その上司に心配をかけたくなかったのだ。
 なんせ、怒号と侮蔑と無気力が混濁した職場のなかで、唯一、人間らしい会話のできる人だったのだ。
 だから、俺は、そんな上司の負担になりたくなかったという気持ちもあったのだ。
 しかし、これも、今にして思えば、失敗だったと思っている。
 もっと、素直に話すべきだったと、今なら理解できる。

 そもそも、面談を受ける時点で、端から見て、何か気になる点が見えているということなのだ。
 その時の俺は、まだまだ、大丈夫と思っていたが、端から見れば、異常はあったのだろう。
 言ってしまえば、俺は、自分が気遣いをしているという事を隠れ蓑にして、上司の救いの手を、無意識にはねのけてしまったわけだ。
 全く、嫌になるくらいガキである。

 そして、今、立場が逆転した形で、俺はシャハルさんと向き合っている。
 だが、昔にやらかしてしまったからこそ、俺は、シャハルさんの心情が何となく理解できるわけだ。
 俺は、そんな苦い思い出を思い浮かべつつ、その時の上司にそっと心の中で礼を述べると、シャハルさんの心を開く、最終兵器を投入することに決めた。

 俺は、異空間より木を薄く削りだして、曲げて作ったお盆を取り出し、湯船へと浮かべる。
 それを興味深く、見つめるシャハルさん。
 そして、更に木で削りだした小さめの器を2つ、そのお盆に置く。
 更に、同じく今度は少し大きめで蓋のついた器を出して、同じようにお盆の上に並べた。

「王よ……これはなんですか?」

 思わずと言う感じで、聞いてくるシャハルさんに、俺はにこやかに答える。

「これは、お酒と言うものですね。」

「お酒……。」

 不思議そうに呟くシャハルさんに、俺は、一言そう答えた。
 そうなのだ。米が手に入った事もあって、調子に乗って試しにちょっと作ってみたのがこれだ。
 だが、最初のうちは、失敗の連続だった。
 発酵させると言うことは知っていても、詳しい事など、何も知らない、ただの素人なのだからしょうがない。

 しかし、醸造を魔法に頼って促進させた結果……一応、それっぽいものが出来たのだ。
 まぁ、半分以上魔法の力を使ったし、細かい醸造方法等知らない俺が作った物だから、実質は、酒のような何かなのだが……それっぽいものが出来たのだから、俺的には問題ない。

 これで、シャハルさんの心の楔を解き放とうと言うのが、俺の考えだ。
 酒の力を借りるとは情けないという人もいるかもしれないが、世の中、どうしても不満を吐き出すのがヘタな人はいるのだ。
 そういったときに、きっかけとして、お酒の力を借りるのはありだと、俺は思っている。
 まぁ、酒は飲んでも呑まれるなという格言がある位なので、あまり度が過ぎると、色々と失うが……。
 うん、本当に色々と失う。気をつけよう。

 そんな頼もしくも、危ないお酒と言うものであるが、勿論、まだこれは、獣人族の皆には製法どころか、その存在も知らせていない。
 新たな楽しみになるのは間違いないだろうが、酒に飲まれる人が続出されると困るからだ。
 なので、様子を見ながら俺が管理しつつ、大丈夫そうな人に徐々に、小出しにしていく予定だ。
 と言う訳で、実は、獣人族では、シャハルさんが、初めて酒精を体に入れることになる。
 一瞬、大丈夫かな? と不安になるも、いざとなれば、俺が魔法でアルコールを分解してやれば良いので、大丈夫だと言う事にした。

「ええ、これは、温泉に浸かりながらノンビリと飲むのが、俺の世界の楽しみ方ですね。ちなみに、これはまだ、獣人族の中には広めていないので、シャハルさんが始めてお酒を飲む獣人族ですよ。あ、まだ、このお酒のことは、皆さんには、内緒にして置いてくださいね?」

 そう、含みを持たせつつ、シャハルさんに説明する。
 そんな俺の言葉に、シャハルさんは本当に驚いたようで、恐縮し、しきりに頭を下げていた。

「まぁまぁ、まずは一杯。……この器を持ってくださいね。そうそう……とっとっと……。」

 シャハルさんが俺に促されるまま、器を持ち、それに俺がお酒を注いだ。
 次いで、手酌とはなったが、自分の器に、お酒を注ぐ。
 どうしたら良いのか分からないと言う様に、器をささげ持ったままのシャハルさんに、俺も器を向け、捧げもつと、

「そうしたら、このまま、ゆっくりと、少しずつ飲めば良いんですよ。少し鼻に抜けるので、気をつけてくださいね。」

 俺はそう言いながら、器から一口、自家製の酒を飲み下す。
 ふぃー! ちょっとまだ、香りも強いし、味も雑身が多いけど、ある程度アルコールも出ているし、丁度飲みやすい感じに仕上がっている。
 改良は必要だが、一応、酒としては役割を果たしているので、今はこれで良しとしよう。

 俺が飲むのを見て、シャハルさんも覚悟を決めたのだろう。
 一気にグイっと飲み干し……アルコールの抜ける感覚に驚いたのだろう……盛大にむせた。

「だから、ゆっくりと、少しずつ、と言ったじゃないですか……。大丈夫ですか?」

 そう言いながら、俺は、慌てず、背中をさする。
 そうして、暫くむせていたが、落ち着いたシャハルさんが、

「ゴホ……王よ、す、すいませんでした……。もう大丈夫です。」

 と、手を上げて俺の手を制してきたので、俺は離れる。
 そうして、改めて、俺はシャハルさんの器に、酒を注ぎこむ。
 この位でリタイアなど許さない。シャハルさんには、是非、酔って頂き、色々と吐き出してもらわねば。
 まぁ、飲みすぎには気をつけないといけないので、様子を見つつではあるが。

 今度は慎重に、一舐めだけ、口をつけるシャハルさん。
 そして、驚いたように、言葉を漏らす。

「しかし、不思議な飲み物ですな……。このようなものを飲んだのは初めてです。甘いのに苦く、しかもとろける様に、香りと不思議な感覚が喉を登ってくる……。これは、王が秘密にしておられるのも納得がいきます。」

「元の世界では、これのせいで争いが起こるくらいですからね……。ちなみに、不快な点とか、ありませんか? まだ改良途中なので、色々と手を加えないといけないんですけどね。良かったらもう少し飲んで、意見を頂けると嬉しいです。」

 そんな俺の言葉に、シャハルさんは逡巡した後、覚悟を決めたようだ。

「では、失礼して……。」

 そう言うと、今度は少しずつ、慎重に器に満たされた酒を飲み干していった。
 ほぅ……と息を吐く姿が、男性ながらに絵になる。
 全く、イケメンは何をしても、場を作り上げてしまうな。

 そんな事を考えつつ、シャハルさんの顔を良く見ると、ほんのりと赤く染まっていた。
 どうやら、酒が体に回り始めたらしい。
 そして、シャハルさん自身も、自分の身に起こっている異変に気がついたのだろう。
 少し、不安そうに、俺の顔を見ると、

「王よ……何だか、少し体の感覚がおかしいのですが……まるで空を飛んでいるような……そんな浮遊感が、時折、襲ってくるのです。」

 そう戸惑いながら、進言してきた。
 俺はそんな彼に、笑顔を向けると、

「それが、お酒の本当の効能ですね。複雑な味も、楽しみの一つですが、そのフワフワした浮遊感に包まれる状態が、お酒を飲む楽しみ方ですよ。ちなみに、その状態を『酔い』と言います。シャハルさんは酔っているんです。」

 そんな俺の言葉を、数秒かけて頭に入れたシャハルさんは、器をマジマジと見つめ、

「これが……お酒の楽しみ方……この感覚が……酔い……。」

 と、呟いていた。
 そんな器に、俺は更に酒を注ぐと、

「ささ、好きなだけどうぞ。たまには、こういうのも良いでしょ?」

 と、笑顔で酒を勧める。
 そんな俺の顔を、少し呆けたように見ると、シャハルさんは力の抜けた笑顔を返し、酒を飲み干したのだった。

 しばらく、そうやって、たわいも無い話をしながら、飲ませていたのだが……。
 俺は、加減をどうやら間違えたらしい。

「ですから……良いですか? 王よ。あなたは甘すぎる! 甘すぎるのです! それでは、他の者に付け入る隙を与えてしまいます。……しかし、その点も、私がしっかりと、支えますので、ご安心ください。」

 思った以上に、盛大に……シャハルさんは酔っていた。
 あれから、酔いの感覚が楽しかったのか、それとも新鮮だったのか……シャハルさんは、順調に酒を飲み干し続けた。
 それでも、受け答えもしっかりしていたし、顔もちょっと赤みがさした位だったので、壮絶に酔っているとは思えなかったのだ。
 時間と共に、その真面目な顔を崩さないまま、徐々に饒舌になってきたので、シメシメと思っていたのだが……。

「聞いておりますか! そもそも、王は優しすぎるのです。民だけでなく、周りの婚約者達や族長達にも、気を許しすぎる! 特に、あのカスード殿は、王にあのような無礼の数々を行い……王よ、聞いておりますか!」

 と、普通にいつもの顔で……いや、いつも以上に冷え切り、固まった美貌でこちらをジッと睨みつつ、説教を続けているのだ。
 良く見れば、目が若干据わっているから、やはり酔っているのだろうが……何と分かりにくい……。

「ええ、大丈夫です。ちゃんと聞いていますよ。」

 そんな風に、俺は済ました顔で、そう答える。
 と言う会話を既に、数十回はしている。

 その答えに満足したのだろう。
 シャハルさんは鷹揚に頷くと、

「それなら良いのです。これは、王のために言っているのですよ? 大体、王は……。」

 と、また、同じ話へと戻る。
 酔っ払いには良くある状態である。
 延々と、同じところをグルグルと回るのである。
 これくらいなら、あまり害は無い。
 暴れられたり、キス魔になったりする人もいるのだから、それに比べれば遥かに平和である。

 まぁ、正直やりすぎた感はあるが……とりあえず、それでも良いのだ。
 そうして、酔った勢いで、色々吐き出してもらえればそれだけでも、意味はある。
 とは言うものの、出来れば、今後のために、本音は引き出しておきたいという思いもある。
 そこで、俺は、会話の切れ目に、少し突っついて見る事にした。

「ところで、シャハルさん。レイリさんを少し意識しているようですが……それは何故ですか?」

 そんな俺の質問に、シャハルさんはその能面のような表情を崩し、少し憮然とした顔で、

「……彼女は、ずるい……。」

 そういいながら、器に注がれた酒を飲み干す。
 そして、器を俺に突き出す。
 うん、良い感じに、横柄になってきた。流石は酔っ払い。
 俺は、器に酒を注ぎ足すと、

「ずるい……ですか?」

 と、先を促す為に、わからないと言ったように、不思議そうな顔をしながら声を出す。
 そんな俺の様子を見ているのかどうなのか……少しうつろな目をしながらも、ハッキリと自分の心の奥底に沈んでいる気持ちを話し始めた。

「……ええ、ずるいです。私が……望んでいるものを……当たり前のように手に入れて……。しかも、付け入る隙が無い。既に、勝負すら出来ない状態を、目の前で見せ付けられるのは……辛いです。」

 そう、吐き出すように心情を吐露するシャハルさんの表情にはいつもは見せない、苦悩があった。

 やっぱり、シャハルさんは、レイリさんに何か特別な感情を抱いている事はわかった。
 それが、どうやら負の感情である事も、今の会話から読み取る事ができる。
 しかし、一体、何に拘っているのだろうか? 俺の参謀としての地位だろうか?

「勝負……ですか? 俺から見れば、シャハルさんは、本当に良くやってくれています。特に、あのレイリさんと舌戦が出来るほど、頭の回転が良く、度胸のある方は、シャハルさんを置いていないと思いますが……。俺は、レイリさんと同じように、シャハルさんの力を借りたいと思っています。俺の右腕として、その力を貸して頂きたいと考えている位には、信用しているのですよ?」

 俺は、シャハルさんの悩みの本質がまだ見えないながらも、気持ちはしっかりと伝えた。
 そんな俺の言葉に、シャハルさんは驚いた後、頭を垂れて、

「勿体無いお言葉です。その言葉だけで、私は救われます。」

 と、何となくフラフラしながら、口にする。
 うーん、そろそろ限界だろうか? どうにも、シャハルさんは、酔いが顔に出ないから、加減が難しい。
 そんな風に、俺が思っていると、シャハルさんは、呟くように、口にする。

「しかし、それでは足りないのです。……それでは……できない……。」

 そう言いながら、徐々に姿勢を崩し、湯船に沈んでいく。

「って!? ちょ!? シャハルさん! 大丈夫ですか!?」

 俺は、酔い潰れ、湯船に沈みかけたシャハルさんを抱きかかえ、更衣室で介抱した。
 一応、濡れた体も、綺麗に拭き、服を着せて、魔法でそよ風を当てつつ、汗を拭く。

 うーん、飲ませすぎた。

 後、湯船での酒精だから、余計に酔いが回るのが早かったのだろう。
 良い子の皆は、真似しちゃ駄目だぞ!

 申し訳ない事をしたが、シャハルさんの本音に、少しではあるが、触れる事ができたのは収穫だろう。
 ただ、結局のところ、本質の部分は良くわからなかったが、これで少しはガス抜きになってくれれば良いな……と、俺は思いつつ、何となく満足そうな顔で酔い潰れる、シャハルさんを介抱するのだった。

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