比翼の鳥

風慎

閑話 クリスマスと呼ばれた祭り

「そう言えば…レイリさん。獣人族の間には、季節の行事とか、お祭りとかないんですか?」

 狐族の村人が離反し始めて、少しした頃。
 俺は、レイリさんを連れて、村の様子を見て回っていた時に、何気なく浮かんだ疑問を口にした。
 そんな俺の問いに、レイリさんは少し考えるように、首を傾げた後、

「季節の行事……という物は聞いた事が御座いませんが……昔は、大量に獲物が取れた時は、皆で火を囲んで大騒ぎをしたと聞いた事が御座いますわ。」

 そう、少し自信なさそうに答えた。

「そうですか。クリスマスも、正月も、七夕も無いんですね……そりゃそうか。」

 俺のそんな独り言にも似た、呟きに、レイリさんは、少し興味深そうに耳を立てながら、

「その、くりすます……と言うのは何でしょうか?」

「ああ、えーっと、俺の世界での風習でして、すごーく昔にいたらしい凄い人の誕生日に、甘いケーキや、チキン……鳥のお肉で、お祝いするんですよ。俺の世界では、この日は恋人たちがいちゃつく日でしてね……ずーっと恋人のいない俺は、家族とささやかな……って、レイリさん、なんか目が恐いんですけど……。」

 そんな俺の、酷く適当な説明の中から、『恋人』の部分に反応したのだろう。
 いつものレイリさんからは想像も出来ない程、興奮しながら目を輝かせて……って、鼻息が荒いじゃないですか。

 そんな、豹変したレイリさんを見て、思わず後ずさろうとした俺だったが、思い切り両肩を掴まれると、

「ツバサ様! クリスマスやりましょう! 作りましょう!」

 そんなドアップで鼻息荒く迫るレイリさんに、俺は、NOとは言えなかったのだった。


「……で……何故、わしが……この様な、けったいな恰好をしなければならんのか……説明して貰えるかの? ツバサ殿よ。」

 仏頂面の桜花さんに、そう問い詰められた俺も、実は、こんな事になるとは……と、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。

 俺の目の前に立つ桜花さんは、いつものピシッとした、着物姿では無く……白の長襦袢ながじゅばんの上に、真っ赤な褞袍どてらを着こんだ格好をしている。
 そして、頭には、白と赤に半分ずつ染まった被衣かづきを被っていた。
 ちなみに、被衣と言うのは、武蔵坊弁慶と戦った、あの牛若丸が、頭から被っていたヒラヒラの薄い布の事だ。

 そんな訳で、パッと見たら、どう見ても変としか言えないような恰好を、桜花さんはしている訳で……。
 思わず、俺を問いただしたくなる気持ちも、分からんでは無い。
 が、俺にもどうする事もできず、苦笑するしかなかった。

 こうなった理由は、もうお分かりかと思うが、俺がしたサンタクロースの説明が原因である。
 クリスマスの事について、根掘り葉掘り聞いたレイリさんは、こうしてはいられない!とばかりに、俺を置いて、何処かへと走り去った。
 残された俺は、とりあえず、質問攻めから解放された安堵感を胸に抱きつつ、村を一通り見て回って、家に戻ったらこのありさまである。
 確かに、白いお髭とか、赤と白の服とか言ったが……まさか実の親にここまでするとは、思わなかったりしたわけで。
 そんな風に、困惑しながら、桜花さんの冷たい視線を躱していると、此花と咲耶がやって来て、開口一番、

「父上! くりすます……とやら、私も手伝いまする!」
「お父様。さんたくろーす……を完璧に仕上げに参りましたわ。」
「何でも、父上の功績をたたえる祭りになるとの事でしたので、この咲耶、全力でお手伝いいたします!」
「聞けば、どうやら、お父様の為の宴……此花も嬉しいですわ!」

 そんな言葉を聞いて、俺は既に退路が無い事を悟った。
 誰もそんな事教えてねぇよ!? 拡大解釈にも程があるぞ! 元の世界のキリスト教徒に、俺を土下座させるつもりですか!? レイリさん!
 俺が天を仰いでいると、我が子達は瞳を輝かせながら、俺にサンタクロースの役割や、行動を聞いて来た。
 既に、逃げ道も訂正も聞かない範囲で、話が大きくなってる事を感じた俺は、諦めて、分かり易く説明する。
 それを聞いた我が子達は、目を輝かせて、桜花さんの方を見ていた。
 そして、そんな説明を聞いて、サンタクロースが子供に夢を与える、素敵な存在であることを知ったのだろう。

「そうか。なるほど……子供の為とあらば、しかたないの。ならば、その役目、わしがしっかりと努めてみせよう。」

 と、我が子達の視線にも後押しされ、重い腰を上げたのだった。
 俺から、サンタクロースの概要だけでなく、トナカイやソリの事まで、根掘り葉掘り聞いた我が子達は、

「これで完璧ですわ! お父様、桜花様……いえ、さんたくろーす様! 後は私達にお任せください!ですわ!」
「ええ、完璧な物をご用意致します。ささ、さんたくろーす殿、ご一緒に行きましょう。」

 そう言って、桜花さんを伴って出て行った。
 入れ替わりに、今度はリリーとルナが笑顔で戻って来る。

「ツバサさん、聞きましたよ! 今度はお祭をするんですよね? 私、お祭って話にしか聞いた事無かったから、楽しみです!」

 《 ルナも、お祭ってした事無いから、凄く楽しみ! ツバサ! ありがとう! 》

 俺は、「ある意味、君らとの生活が既に、お祭り状態なんだが……。」と、一瞬、言い掛けて、それを呑みこむ。
 代わりに、

「あ、ああ。楽しい祭りになると良いな。」

 と、少し苦笑しながら、そう答える事しかできなかったのだ。


 どうやら、祭の設置や運営は、全てレイリさん達が行っているらしく、むしろ俺は、家で待機してほしいと言われたので、お言葉に甘えて、リリーとルナと話しながら、久々にゆっくりとした時を過ごした。

 そして、あっという間に日が沈み、辺りが暗闇に包まれ始めたころ、宇迦之さんがやって、開口一番、俺を驚かす。

「ツバサ殿。用意が整ったぞ! さぁ、来るのじゃ。」

 え? って言うか、今日やるのかよ!? と、驚く俺の手を、リリーとルナがそれぞれ笑顔で握ると、先導し始める。
 俺は、そんなある種、強引な展開に対して、そっと息を吐き出すと、獣人族の行動の速さに驚きつつ、それでも、笑顔で皆と外に出たのだった。

 中央広場に着くと、そこには、多くの人が集まっていた。
 皆、思い思いに、湯気の立つ木の器を持っており、楽しそうに談笑している。
 ふと視線を巡らせると、広場の周辺には、屋台のような即席の露店が立っているのが確認できた。
 そこから、皆、軽い食事なり、飲み物なりを受け取っているようだ。
 どうやら、今日は無礼講の様で、特に対価を要求している様子も無かった。
 なるほど。だからこそ、この賑わいか……と、俺は合点がいく。

 宇迦之さん、リリー、ルナに伴なわれ、俺が広場に入ると、更に、広場が喧騒に包まれるようになった。
 俺を見た皆が、陽気に声をかけてきたり、器を天に捧げて、何やら叫ぶ姿が、あちこちで見られるようになったのだ。
 流石に、一瞬、俺以外の3人も、その様子には驚いていたが、すぐに笑顔を取り戻すと、人々をかき分ける……と言うより、皆が開けてくれた道を進み、広場の中央を目指した。

「よう! 王様! これからも、頼むぞ!」「ツバサ王に、乾杯!」「おう! 王様! 最近習った、二次関数がわかんねぇんだよ! 今度教えてくれ!」

 中央へ向かう道すがら、その様な雑多な声が飛び交い、俺はそれに、手を上げたり、お辞儀をしたりしながら、対応する。
 そんな姿を見て、更に、喧騒が深まり、クリスマスだか祭だか、何だかわからない集まりは、更にその熱を上げて行くのだった。

 人の波を抜けて中央へたどり着いた俺を、木で組まれた、やぐらのような物と、妙に立派な椅子達が迎えた。
 えーっと……これは、もしかして……。
 そんな俺の嫌そうな顔を見て、宇迦之さんは、笑いながら、俺の手を引き、

「そんな嫌そうな顔しても駄目じゃな。今日は主賓じゃ。諦めるが良い。」

 そう、俺を主賓席へと誘った。
 俺は、そんな宇迦之さんや、皆の笑顔に負け、すごすごとその席に腰を下ろす。
 おう……思った以上に、座り心地が良いな……。
 一見すると硬そうだったが、据わった瞬間、腰が沈み込み、丁度良い位置に、体を固定する。
 何の抵抗もなく、楽に座れるし、背筋もしっかりと伸び、それに伴って心も、何か芯が通るような気がする。

「これは……思った以上に、良い座り心地ですね。」

 そんな言葉を聞いたのか、いつの間にか現れたシャハルさんが、笑顔で語りかけてきた。

「王に誉めていただき、我が一族の職人も喜びましょう。」

「なんでも、その椅子の作成方法は、翼族の秘伝だそうですわ。どうしても、ツバサ様に、座っていただきたいと、そこの鳥が。」

 そんなシャハルさんの言葉が、鼻持ちならないように、レイリさんが、毒を混ぜつつ、補足する。

「ふん……。犬には、作れなくて残念でしたね。おっと……それでは可哀相ですから、作り方をお教えしましょうか?」

「く……椅子ぐらい……我が犬狼族の職人にかかれば、すぐにでも!」

「はいはい……今日はめでたい祭りなんでしょ? その辺にしときなよ。んで? この後、俺はどうすればいいのかな?」

 と、いつもの言い争いを始める2人を、俺は諌めると、今後の予定を聞いた。
 それで、2人とも、我に返ったのか、ハキハキと説明し始める。

「これから、王の言葉を、民に賜りたく。」

「ツバサ様のお言葉を皆、心待ちにしておりますわ。」

「その後で、ルナ様にちょっとした余興をお願いしております。」

「それが終われば、私の父……桜花の出立ですわね。」

 一気に、淀みなく……しかも、交互に説明されて軽く混乱するも、とりあえず、俺のやる事は、皆に一言かければ良いだけだと理解した。
 しかし、こんな大勢の前でスピーチだと? やりたくないなぁ……。俺、あがっちゃってやらかしそうなんだが。
 そんな俺の顔を見て、レイリさんは微笑むと、

「いつも通り、普通の言葉で良いのです。皆、偉そうな話など、望んでもおりませんし。」

 そう、教えてくれた。
 それなら、何とかなるかなぁ。
 まぁ、なるようになるか。
 こういった、皆に語りかける機会っていうのも、少ないし。
 これを機会に、みんなに、俺の気持ちを伝えておこう。

「んじゃ、とりあえず、やってみるよ。」

 そう言って、俺は、椅子から立ち上がる。
 その様子を見ていたレイリさんが、皆に向かって声を上げる。

「皆さん。これから、ツバサ様のお言葉があります。しっかりと拝聴するように。」

 しっかりと、通る声は、広場中に伝わったらしい。
 徐々に波を引くように、喧騒が薄くなっていく。
 その過程で、「よ! レイリちゃん! 今日も綺麗だね!」とか、「レイリさん! 食ってるかー!」と言った声がかけられるが、レイリさんは涼しい笑みで、それを受け流す。
 そして、皆の視線がこちらに向いたのを確認すると、レイリさんは、スッと後ろに下がり、

「それでは、ツバサ様。お願いいたします。」

 と、声をかけてきた。
 改めて広場を見回すと、皆、何かを期待するように、こちらに視線を向けている。
 その目には、まるで、俺が何かをやらかすんじゃないかと、期待しているのではないかと疑わせる何かが込められていた。
 うーん……そんな大したこと言えないんだけどなぁ。
 俺は、困ったように頬をかきながら、それでも、伝えたいことをしっかりと、頭の中に描く。

 さて、とは言っても、これだけ広い場所だ。奥の方は、聞こえにくいだろう。
 俺は、拡声の魔法をかけ、更にそれを、ファミリアに伝達するように調整する。
 そして、四方にファミリアを配置して、スピーカーの代わりとした。

「「「「あー……テステス。」」」」

 その瞬間、どよめきが広場を揺らした。
 うん、まぁ、驚いてくれてありがとう。
 この村では、最近、驚かれることも少なくなったから、久々に皆の反応が見れて、俺は少し嬉しくなる。

「さて、これで、聞こえますか? 奥の方、大丈夫ですか?」

 俺の声が聞こえたのだろう。最奥にいると思われる猫族の男性が、手を振っていた。

「大丈夫そうですね。では、改めまして、佐藤 翼です。いつの間にか、王になりました。」

 その瞬間、ドッと笑いが起きた。
 いや、狙ってないんだが……まぁいいや……。

「あー、とりあえず、こうやって、皆さんに語りかける機会も無いんで、この場を借りて、皆さんにお礼をしておきたいなと。」

 俺は、言葉を一旦切ると、ちょっと恥ずかしいなぁと、思いつつ、更に言葉を続ける。

「最初、俺たちが来たときは、皆さん、本当に不安だったと思うんですよ。何せ、見た目は人族ですから。それでも、皆さんは、色々ありながらも、俺らを受け入れてくれました。そして、それからも……皆さんから見れば、非常識の塊のような存在だったと思うのですが、それでも、こうやって今も、皆さんが力を貸してくれています。俺もルナも、獣人族の皆さんには、感謝しています。本当にありがとうございます。」

 俺はしっかりと体を折って、深々とお辞儀をした。

「おう! 最近は慣れたぞぉ! もっと面白いことしろ!」
「そうだ! そうだ! 最近、刺激がすくねぇぞー! もっと色々やってくれ!」

 あちこちから、そんな声が響いてきて、俺は、思わず顔を上げて微笑む。

「けど、可愛い子を片っ端から嫁にするのはやめてくれよ!」

 その声に、主に男性陣から苦笑を伴いながら、広場を揺るがすほどの肯定の唱和が起こる。

「これ以上は無理だから!? っていうか、それじゃ、まるで、俺が節操なしみたいじゃないですか!?」

「「「その通り!!」」」

 と言う、きっちりとした唱和に、俺は膝を付きたくなる衝動を堪え、

「ま、まぁ、大丈夫です。もう、増えません……多分。」

 と言う、情けない言葉を返すのが精一杯だった。
 そんな俺に、

「これからも、頼むぜ!!」
「私は、応援してるわよ!」
「リア充、爆発しろ!!」

 と、さまざまな声がかけられ、改めて、皆に支えられている事を知ったのだった。

 そんな風に、声をかけられながら、俺は椅子に枝垂れかかるように座る。
 つ、疲れた……色々……。
 そんな風に、精も根も尽きた俺の手を、リリーが握り締め、

「私達も、感謝しているんですよ? 本当に、ありがとうございます。」

 と、小声で、囁いてくれた。
 そんなリリーの獣耳を、俺は衝動的に撫でると、その耳元に口をよせ、小さく、「ありがとう。」と、呟いたのだった。

 そして、その姿を広場の皆に見られ、怨嗟と嫉妬の視線と言葉に晒されたのは、言うまでもないことだった。

「えー……次は、ルナ様のお力を見ていただきます。さぁ、ルナ様、どうぞ。」

 そんな声に押されるように、ルナは、落ちついた様子で、前へと出る。
 隣にはリリーが付き添い、彼女の言葉を代弁するようだ。

「どうやら、この、くりすますと言う祭りに、雪を降らせると、とっても良いそうなんです。」

 そんなリリーの言葉に、皆、不思議そうな表情を返す。

「えっと……皆さん、雪って、知っていますか? 私は見たこと無いのですが……。」

 リリーが声を上げると、皆から、一斉に「見たこと無い!」と言う言葉が返ってくる。

「ですよね! なので、今日はルナさんにお願いして、雪を降らせてもらう事になりました!」

 おいおい……そんな事して大丈夫なのか? 特に、野菜とかまずいのでは……。新生代は大丈夫だと思うけど……。
 しかし、俺の杞憂は、次の一言で終わることになった。

「ただ、あまり広い範囲で降らすと、色々大変らしいので、今回は広場限定で降らせるそうです!」

 皆、そんな言葉に、良くわからないと言う表情をしながらも、雪が気になるのか、興味深い視線をルナに注いでいるのが良くわかった。

「では、ルナさん、お願いします!」

 そんな、言葉にルナは頷くと、目を閉じ、手を胸の前に組み、魔力を練る。
 そして、すぐ、目を開くと、両手を天に掲げた。

 その瞬間、満天の星空が、厚い雲に遮られて行き……そして、白い物がチラチラと舞い始めた。
 皆、驚いたように、上を見上げ、そして、雪を手につかみ……驚く。

「消えちまったぞ!」
「うお! 冷たい!」
「綺麗!! 光が反射してる!」

 皆、驚きつつも、すぐにそれは歓声へと変わっていった。
 そんな声に答えるかのように、その量はどんどん増えていった。
 この時点で、止めるべきだったのだ。うん。
 だって、あのルナだもん。最近、成長してきたから大丈夫かと思っていたが、やはり甘かった。

 そして……いつもの通り……暴走したルナの魔法によって、広場は猛吹雪に見舞われたのだった。

 幸い、俺が咄嗟に、広場を囲む物と、皆を守るように結界を張り、更に、そこを断熱して温度低下を防いだので、皆が凍えることは無かった。
 そして、結界で拡散を防いだが、その分、全ての雪が広場に押し込められる事となり、広場は完全に雪……と言うか雪山の中に埋没したのだ。
 このまま結界を解けば、皆、仲良く生き埋めと言う、中々に危険な状態だったが、流石はルカールの民。
 皆、はしゃぎながら、結界越しの雪を楽しんでいた。
 流石は、慣らされた者達だなぁ……全く動じていない。
 そんな皆の笑顔に、ルナも満足したように、後ろへと下がる。

 えー……結界このままで良いのかな?
 そう思っていたが、レイリさんが困った顔をして、俺に声をかける。

「ツバサ様……何とか、この雪という物を一部でも、取り除けないでしょうか? このままでは、さんたくろーすが、出立できません……。」

 なるほど。どこにいるかは分からないが、桜花さん扮する、サンタクロースが出れないのか。
 俺は、頷くと、天井部に積もった雪を、空間魔法で転送し、消し去る。
 いきなり、ドーム上の結界部の、天井に積もっていた雪が消え去り、またもどよめきが広場に響く。
 そして、夜空には、青と緑の月が並び立つように光を放ち、その光が雪に反射して、差し込むように広場へと降り注いだ。
 皆、そんな幻想的な光景に、言葉を忘れ見入る。

 そんな夢のような光景が現れてから暫くして、

「では、最後に……くりすますの立役者である、さんたくろーすに登場してもらいましょう。」

 そんなリリーの言葉に、皆、ハッとこちらを見るも、途端に不思議そうな顔をする。

「では、おじ……じゃなくて、さんたくろーすさん、どうぞ!」

 そうリリーが言葉をかけると、今までどこに隠れていたのか、俺の椅子の横をゆっくりと通り過ぎる生物が1頭。
 その口と鼻には、赤い布で作られた轡がつけられ、頭には、何かの動物の角が2本、並び立つように括り付けられている。
 雄雄しいその体躯に、四肢をゆっくりと動かし、一歩一歩確実に、そして、威厳を持って進む。

 その姿はまさしく……馬だった。

 うん。まぁ、トナカイは無理だよなぁ。
 何とか近づけようとした結果が、あの仮装か……まぁ、特徴は出ているから……良いのか?
 俺が、何となく残念な気持ちに襲われているのに対して、ルカールの皆はノリが良く、皆、楽しそうにその姿を見てはしゃいでいた。
 そして、馬が引くソリに乗る、桜花さんの姿を見て、皆、更に良くわからない興奮の仕方をする。
 そんな周りの様子に目を向けることなく、淡々と手綱を握る桜花さん。

 良くわからない貫禄がある。

 あるが……俺は、その後ろの積荷に目が釘付けだった。
 そして、思わず、レイリさんに声をかける。

「レイリさん……あの積荷……何ですか?」

「ああ、色々協議した結果、お米が良いと言うことになりまして。」

 その言葉を聞いて、やっぱり見間違いじゃないのか……と、俺は肩を落とす。
 サンタのプレゼントが米俵……。
 なんだろうか? この残念で無念な感じは。
 いや、確かに、米なら他の村の皆も、もらった人は喜ぶだろう。
 何せ、未だに、米は高級食材だ。
 一応、皆の主食として、配給しているものの、その量は多くは無い。
 それが、たらふく食べられるとあれば、それは嬉しいだろう。
 嬉しいのだが……子供の夢と関係なくね?

 朝起きたら、枕元に、米俵。

 凄く、残念な光景だと思うのは、俺の価値観が向こうに囚われているからなのだろうか?
 と言う、俺の思いを知る由も無く、サンタクロースもとい、桜花さんの出立準備は粛々と進められていた。

「では、さんたくろーすの出立です。子供たちに夢を!」

 そう言うリリーの言葉に、桜花さんは頷くと、「ハィヤ!」と、手綱を振る。
 それと同時に、トナカイ……に扮した馬と、サンタクロース……に扮した桜花さんは、子供たちのプレゼント……である米俵を満載して、空のかなたに吹っ飛んでいった。
 ……もう何も言うまい。
 俺は、見る見るうちに小さくなっていくサンタクロースっぽい何かを、黙って見守ったのだった。

 次の日、他の氏族の村より、米俵が空から投げ込まれたと言う報告が届きまくることで、また、一騒ぎあったのだが、俺はその件に関わらず、平穏な時を求めて、村を視察する日々に戻ったのだった。

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