比翼の鳥

風慎

第25話 宝具

 俺は宇迦之さんの口から飛び出した、聞きなれない名前に気をとられた。

 籐香扇とうかせん? それは、なんだろうか?
 画面上の狐族の族長を、射抜くように見つめる宇迦之さんを見つめながら、俺はそんなことを思っていた。
 そして、放出されている魔力は、あの孤族の族長が出しているとは思えないほど、膨大な量だ。
 とは言っても……それは、一般人からしたらと言う程度で、放出量では、リリーやレイリさんには遠く及ばない。
 精々、周りの空間に風が立つ程度。
 リリーのように周囲の風景を歪ませるほどの、静かで濃密な魔力放出や、レイリさんの竜巻のような魔力放出に比べたら、子供の遊び程度である。
 だが、探知で探った時の、族長が持つ魔力の量と、今、放出されている量はどう考えても釣り合いが取れないのだ。
 まるで……虚空から魔力が湧き出ているような……もしくは、別の場所から引っ張っているような?

 そうして、俺がいぶかしがっていると、横合いから、シャハルさんが、声をかけてくる。

「王よ……あれば、元々、我が一族に伝わる……宝具です。」

 宝具? また、突然、聞きなれない言葉が現れたな……。
 そんな、俺の表情を見て、シャハルさんは、一瞬、顔を緩ませると、続きを語り始める。

「あれは、我が翼族に古くより伝わっていた、宝具と呼ばれる、力を秘めた武具なのです。」

「ん? 翼族? 狐族では無くてですか?」

「それは……。」

 俺の口から思わず出た疑問に、シャハルさんは一瞬言い淀み、宇迦之さんをチラリと見る。
 その目には、明らかな困惑と、少しながらの猜疑さいぎの情が見てとれた。

 その様子を受けて、宇迦之さんは、溜め息と共に言葉を吐き出す。

「そう。あれは確かに、翼族の物じゃ。そして……先の大侵攻で、失われたはずの品じゃ。」

 そう言って、宇迦之さんは首を振ると、シャハルさんに向き直り、頭を垂れながら、謝罪の言葉を口にする。

「シャハル殿や。何故、あの者の手に、お主らの宝具があるのかは、わしにも解らぬ。じゃが、狐族の長たるものが、勝手にお主達の宝具を、秘得し、無断で用いておるのは、紛れもなく……そなた達、翼族に対する冒涜じゃ。謝って済むとは思えんのじゃが、それでも、頭を下げたい気持ちで一杯なのじゃ。すまぬ……。」

 宇迦之さんが、その頭を下げ続けるのを見て、シャハルさんは、深く考え込んだ後、大きく息を吐き出し、言葉を紡ぐ。

「いえ……。これは、どうやら、宇迦之様自身も知らなかったことでしょう? ましてや、貴女様は、今やあの……。」

 そう言って、不適に微笑みながら、リリー達と対峙する狐族の族長を睨み付け、

「自称・狐族の族長様と、縁が切れている状態です。ならば、私からは、貴女様には何も申せません。」

 と、やや苦笑しつつも、苦々しい思いを吐き出した。

 どうやら、あの籐香扇と呼ばれる、宝具とやらは……元々は、翼族の物だったらしい。
 しかし、何故か、今、画面上で嗜虐的な笑みを浮かべる、狐族の族長の手の中にあるわけだ。

 ならば、普通であれば、同じ狐族の巫女である宇迦之さんに、問い詰めたくなるのは、当然の事だろう。
 だが、シャハルさんは、それをせず、ただ、仕方ないと、理解を示してくれた。
 そうは言っても、シャハルさんだって、きっと胸中に様々な思いが吹き荒れているはずだ。
 それは、涼しい彼の表情や言葉とは対照的に、先ほどから世話しなく小刻みに動く、彼の翼が雄弁に物語っていた。
 それはそうだろう。あの宝具とやらが、どう言った意味を持っているのかは定かでないが、名前から察するに、どうやら結構、大事なものらしい。
 そんな大切そうな物が、あのチンピラモドキである、孤族の族長様の手の中にあるのだ。
 シャハルさんの胸中を推し量るのは、難しくはないだろう。
 だが、彼は、それを糾弾せず、俺に対して、取り返してくれとも、何も言わなかった
 おそらくではあるが……俺や宇迦之さんの顔を、立ててくれた面が大きいのだろう。
 それとも……あの宝具というものが、俺の思っているほど、重要なものではないのか?
 悩んでいた俺の顔を見て、何かを感じたのか、シャハルさんが、口を開いた。

「ちなみにですが……宝具と言う物は、この森に代々伝わる、神秘の力を秘めた道具のことです。」

「神秘の……力……ですか?」

 また、話だけ聞くと何とも胡散臭い物だ……。
 そんな俺の様子を見て、シャハルさんは少し口角を引き上げると、

「それだけ聞くと、確かに……少し大げさに聞こえるかもしれませんが、確かに、力を持った道具です。例えば……犬狼族に伝わる宝具は、一刀でどんな防具も、木々でさえも切り裂くと、言われております。」

 少し笑いながら言った、そんなシャハルさんの言葉を、桜花さんが引き取る。

「そうじゃ。この宝具こそ、犬狼族の誉れじゃ!」

 そう言いながら、いつも俺に向けてくるあの刀を、スラリと抜き放ち、天へと掲げる。
 屋内でありながら、その刀身から発せられる光は、ある種の神々しさを感じさせた。
 だが、その言葉を聞いて俺は思わず、顔をしかめつつ、叫んでしまう。

「いや、それ、いつも俺を切りつけてくる刀ですよね? っていうか、誉れなら、そんな物、俺に当たり前のように向けないで下さいよ!? それに、本当の宝具なら、俺の結界を切り裂くかもしれないじゃないですか!?」

 確かに、あんだけ、俺の防護壁に切りつけてくる割に、刃こぼれしない丈夫な刀だとは思っていたが……。
 その正体が、宝具と呼ばれる、凄そうな刀だったとは……。

「まぁ……なんじゃ。いつか、この桜花の本当の力、見せてくれるわ!」

 そう桜花さんは、負け惜しみにしか聞こえない台詞を放ちつつ、宝具である刀をこちらに向け、そして、そのまま、刀を鞘に戻した。
 そんな桜花さんの一方的な宣言を眺めつつ、俺は考え込む。
 しかし、そうだとすると……あの刀、丈夫なだけで大したことは無いのか?
 それとも……単純に桜花さんが力を引き出せていないのか……もしくは、手加減しているだけなのか……。
 いや、切りかかってくる時のあの様子を見るに、常に全力としか思えないのだが……。
 唸る俺を見て、宇迦之さんが、ポツリと呟くように、俺に声をかける。

「ツバサ殿。宝具は、確かに、物凄い力を秘めておるのじゃ。……それは、わらわが、保障するぞ?」

 そんな思わせぶりな言葉に、俺は思わず、

「そう……なんですか?」

 と、少し間の抜けた声で返してしまう。
 いや、だって……ねぇ? 桜花さんの刀はあれだし、孤族の族長が画面越しに、魔力を放出しながら高笑いしているけど、正直、大したことないし。
 俺の様子を見て、改めて宇迦之さんは少し言葉を強めると、

「うむ。お主の懸念も分からんでは無いが……宝具の力は確かに、あるのじゃ。ちなみに、宝具は全部で、3つじゃ。孤族の村にも……伝わっておるぞ。」

 そう、少し胸を張り、誇らしげに、少し気になる発言をする。

「ん? てっきり全ての氏族にあるのかと思っていたのですが……3つだけなんですか?」

「ああ、そうじゃな。だからこそ、孤族も、翼族も傲慢になったと言う経緯もあるのじゃよ。……まぁ、金狼族はちょっと特殊じゃからの。」

 ふむ……なるほど。
 だから、孤族も翼族も選ばれた民って言う意識があったのか。
 そして、その拠り所は、宝具だったわけだ。
 わかってしまえば、至極、単純な話だな。

 だが、そうであるなら新たな疑問も多く出てくる。
 そのうちの一つが、シャハルさんの態度だ。
 シャハルさんは翼こそピクピクと忙しなく震えているものの、表面上は、落ち着いてはいる。
 だが、一族にとって大事なものなら、是が非でも取り戻したくは無いのだろうか?
 それとも、今は、もう、それに固執する必要も無いという事か?

 そう考えて、俺は頭を振る。
 いや、これは、今、考えても答えは出ないな。
 なんなら、後で直接、本人に聞いてみたほうが早いだろう。

 俺は、そんな事を思いつつ、シャハルさんを見ていたが、俺の視線に気がついたのか、シャハルさんが振り返った。
 そんなシャハルさんに、俺は、感謝の念を込めて、本当にさりげなく礼をする。
 シャハルさんが少しだけ微笑んだ後、頷いたのを見たとき、今まで高笑いを続けていた族長に変化が現れたのだった。

 孤族の族長は、ただ、高笑いをしつつ扇を胸の前にかざしていただけだったが、突然、口をつぐむと、リリーを負の感情の混ざった目で睨み付け、

「用意は整った。下賤の者。今ならば、その汚い体を差し出せば、許してやらんことも無い。さぁ、脱げ。」

 と、いきなりのたまった。
 そして、その品のかけらも無い言葉に、様子を見ていた一同は、言葉を無くす。
 俺も、そして、桜花さんやレイリさんでさえ、怒りを通り越して、嫌悪感だけが沸きあがったような、苦い顔を浮かべることしかできなかった。

「この人……最低です。」

 と言う、思わず漏れ出たリリーの言葉を聞いて、俺も心の中で頷く。
 ルナも、その横で、冷たい目を、族長に向けていた。
 けなしながら、体を求めるとは一体、どういう了見なのか。
 しかも、仮にも長たる者が、何をしているのか……。
 俺は、呆れすぎると本当に、言葉が無くなると言う事を実感しつつ、魔力を練りながら、その時に備える。

 そんなリリーやルナの侮蔑の篭った視線にイラついたのか、孤族の族長は、少し声に冷たいものを感じさせながら、声を上げる。

「やはり、所詮、下等種は下等種か……。もう良い。私の力の前に絶望し、ひれ伏すがいいわ!!」

 全く持って、三流以下の台詞を吐き出すと、孤族の族長は、突然、呪文のように何か呟き始める。

「始原の御霊に宿りし力 我に答えその力を示さん。わが声に乗り 踊る蝶 舞う一片 始めようぞ 投扇興。」

 その言葉がつむがれた瞬間、回りに渦巻いていた魔力が、籐香扇と呼ばれた宝具に、集約していく。
 何だ? この不自然な魔力の集まり方は……?
 魔力を増幅し……それをいったん放出した後、集めている?

 俺が今までに見たことの無い現象に驚いている横で、シャハルさんが、

「馬鹿な……何故……その呪文を知っている……。」

 と、顔を真っ青にしながら、その光景に魅入られていた。
 呪文? なるほど。あれは、宝具発動のキーか?
 そして、シャハルさんの様子を見るに、それは、普通は知らない筈なのか。
 そうすると……なんで、あの三流役者が、それを知っていたかと言う事が気になるわけだが……。

 俺が思考を進めていても、状況は動く。

「さぁ。覚悟は良いか? そこの犬。」

 そう言って、籐香扇をリリーに向けた。
 リリーは、その視線を真っ向から受け止めながら、つぶらな瞳を細め、金色に光らせる。
 その顔には、気のせいか、笑みすら浮かんでいるように俺には見えた。
 全く動じないリリーの態度に、またもイラついたのか、眉を上げた孤族の族長は、

「もう良い……死ね。……花散里はなちるさと。」

 そう呟き、扇を無造作に下から上に鋭く振りぬく。

 その瞬間、砂塵を巻き上げながら、視覚できるほどの大きな衝撃波がリリー目掛け突き進む。
 速度こそ俺が拡張した知覚で追える程度なので、速くないものの、威力は不明だ。
 篭められた魔力はそれ程多く無いので、今の障壁でも問題ないとは思うが……。

 しかし、その俺の心配は、完全に杞憂だった。
 なぜなら、どこからとも無く現れた人影が2つが、リリーをかばう様に、その前に立ちはだかったからだ。
 リリーも、突然現れた2人を見て、目を丸くし、

「ゴウラさん! ベイルさん!」

 と、叫ぶも、その声は、すぐに衝撃波を受け止めた際の轟音にかき消された。

 周囲に轟音が響き、リリーをはじめ、衝撃波を受け止めた2人の姿が、土煙に隠れる。
 そして、その奥より、孤族の族長の笑い声が、響き渡った。

「ハッハッハ!! 貴様達、犬どもが力ある私に逆らうから、こういう事になるのだ! 全く、これで少しは分かっただろう? 貴様らなど、高貴な一族である孤族に使われるだけの存在であると!」

 そんな嘲笑が響く中、砂塵が去った時、その声は徐々に小さくなっていった。
 そして、同じ口から、「ば、馬鹿な……。」と一言、漏れ出るのを皆聞くことになる。

「この程度で……何をそんなに得意げになっているんだかなぁ。」

「これが攻撃だと? 笑止……。」

 そこには、腕を組み、完全に獣人化した、狼男としか形容の仕様が無いベイルさんと、兎人と言うしかないゴウラさんの姿があった。
 勿論その体には、傷ひとつ無く、ただ、静かにその場に立つ2人からは、圧倒的な存在感が放たれていた。
 そして、そんな姿を見た孤族の族長は、一瞬、後ずさるも、すぐに余裕を取り戻し、

「ふん……少しはやるようだな……? ならば、これはどうだ? ……末摘花すえつむはな

 そう言って、扇を横へと振り払う。
 同時に、赤い光弾が5つ現れ、尾を引きながら2人へと迫った。
 しかし、その光弾を見ても、2人は全く動こうとしない。

 そして、光弾が着弾したと思われた時……それは、

「活!!」 「甘い!」

 と言う2人の裂帛の声で、あっさりと掻き消えた。

 おう……どこぞの格闘漫画のような光景だ。
 気合だけで、光弾消すって……何だよそれ……。
 俺の周りでも、その光景を見た孤族の民衆が、思わず声を上げ、どよめきが起こっていた。
 いつの間にか、画面越しにも野次馬が集まっており、結界越しに、この派手な戦闘を鑑賞していた人々から悲鳴や喝采が飛ぶ。

 そして、驚きは、俺たちだけでなく、光弾を放った張本人も同様のようで、

「な、なんだと……。こ、この、下賤の者がぁぁああ!! 末摘花すえつむはな!! 末摘花すえつむはな!! 末摘花すえつむはなぁぁあああ!!」

 と、叫びつつ、光弾を連打する。
 しかし、それも、

「ハァ!!」 「ぬぅうん!!」

 と言う、2人の気合で掻き消える。
 もう、無茶苦茶だな……。手を出すどころか、動くまでも無いという事か。
 そして、その光景を信じられないと言う顔で、見つめる族長様。
 更に、「末摘花すえつむはなぁあ!! 花散里はなちるさとぉぉおお!」と、絶叫しながら延々と攻撃を続けていたが、それは、砂塵を巻き上げるだけで、全く2人に届くことは無かった。

 肩で息をし、その結果を確認したその顔には、先ほどまであった自信は無く、ただ、呆然とその光景を眺めることしかできないようだ。

「ば、ばかな……私は、族長だぞ……この力で……最も偉い……。」

 今見た光景を完全に否定し、自分に何かを言い聞かせるように、呟く姿は、先程まで根拠の無い自信に溢れていた姿を想像できない程、哀れで小さい物だった。

 そりゃそうだよな。
 そんな宝具とか訳のわからん物に、自分の存在をかけてるんだからこういう事になるんだ……。
 俺は、いきなり拠って立つ物を失い、哀れな姿を晒している族長を見て、心の中でそう呟く。
 その力が通用しないなら、それは、自分の存在を否定されるに等しい。
 そして、それは、他の物に依存するのが最も簡単な方法で、そして、一番、もろく、危ういのだ。

 人は模倣する生き物で、誰かの言葉、誰かの行動に影響を受けるのは当然だし、それが無いと、社会を生きる上で大切な何かを失うことになると俺は考えている。
 人の言葉を真似するのは良い。大事な思いを、物に託すのも良いだろう。
 それは、時と共に、自分の経験を伴って、自分のものとして、確固たる自身の核として根付いていくはずだ。
 だが、自分自身の全てを、他の物や、他人に預けるのは、生き方としては歪んでいると、俺は感じていた。
 それは、依存であって、自分を育て、生きることでは無いのだ。

 ……それでも、人は弱いから、そういう状態になる事もある。
 自分の一部を預けて、自分を守るという術でもあるのだ。
 だが、それでは、強くなれない。
 強くなれなければ……社会から、より強いものから駆逐されるだけだ。

 そう、画面越しに、今も弱々しく虚勢を張り続ける、哀れな孤族の族長のように。

「そ、そうだ。これは、何かの間違いだ。お前らも皆、間違っているのだ……ははは……そうに決まっている! 私は、私は、高潔なる、孤族の族長ぞ!! 貴様らのような、犬畜生共に、負けるわけが、無いのだああぁぁあ!!」

 吼えるように放った言葉は、受け止める者は存在せず、空しく虚空へと霧散する。
 その血走った目をベイルさんとゴウラさんに向けるも、2人は、面倒くさそうに、見下ろすのみ。

 そんな光景を見て、ルナがそっと、リリーに文字で語りかけていた。
 その言葉を読んで、リリーがうろたえた様に、ルナと孤族の族長様を交互に見る。

 《 あの人、もう壊れているよ? 相手をしても駄目だと思う。 》

 そんな言葉をファミリア越しに俺も、盗み見た……が、ルナがそのファミリアに向かって微笑みかける。
 うお……何故ばれたし。
 つか、もしかして、見てるのバレバレですか。
 改めてルナの凄さを実感し、軽く戦慄する俺の心情を知らず、ルナは更に、虚空に指を躍らせ、

 《 もう良いでしょ? ツバサ。あの気持ち悪い人に、もう私達の言葉は届かないよ? 》

 と、全く温情も感じられない程、見事にばっさりと切って捨てる言葉を紡ぎだす。
 それも素敵な笑顔で。

 あれ? ルナさん、最近ちょっと過激すぎませんかね?
 俺は背中に、汗を張り付かせながら、ルナのその言葉を受け止める。
 いえ、言っていること自体は、俺も全く持って同感ではあるんですけどね?
 ただ、こう、人として、何か躊躇するといいますか。一応、人の目もある事ですし。
 しどろもどろになりながら、俺は何故か、心の中でルナに対して言い訳をする。

 ちなみに、ルナの言葉は、俺以外の人も見ているわけで……。
 集会場の中では、桜花さんやカスードさんをはじめとする長老たちが、ルナの言葉に頷き、賛同を示す。
 対して、孤族の民たちは、あまりにもハッキリとした物言いに、言葉を失っていた。
 ちなみに、宇迦之さんは、少し唸りながらも、「仕方ないかのぉ……。」と、残念そうに呟き、シャハルさんは、何も言わず、そのまま画面を見つめていた。

 確かに、相手が手を出してきた以上、話し合いと言う線はとっくに潰れている。
 一応、ほんの少しの希望ではあったが……俺は話し合い、表面上でも理解を取り付けたかったのが、本音ではある。
 その方が、双方にとって、痛みの少ないやり方だと、俺は信じていたからだ。
 最悪、決裂しても、俺が完膚なきまでに力の差を見せ付けて、屈服させる
 そうする事で、俺の心情は晴れないまでも、一応、俺が決着をつけたという事実を残す事で、森に禍根を残す事をある程度避けられると考えていたのはある。
 例え、孤族の族長が、力によって屈服し、恨みを持つとしても、対象が俺であるのなら、対応の幅が広がると思ったのだ。

 しかし、実際はそれ以前に、族長暴走から勝手に屈服させられそうになっているという、なんともお粗末な結論に到達しつつある。
 正直、あまり上手くは無いかなと、思うも、仕方ないかなと思う俺もいる。
 俺の思う以上に、孤族の族長がヘッポコ過ぎた……。
 仮にも、族長なのだから……今まで、民を従えて来た以上、その力量は大きいと勝手に過大評価していたのだ。
 だが、実際は、あの糞勇者と比べるべくもない、無能ぶりである。
 一応、力があった分、まだ、あの糞勇者の方が、芯が通ってるとさえ錯覚してしまうくらいの道化っぷりだ。

 そして、俺がそんな風に、心情を揺らしながら対応に苦慮しているうちに、更に事態が動いた。

「そ、そうだ。こんな奴等の相手をする必要など……無いのだぁ!!」

 そう、叫ぶと、孤族の族長は、その狂気に染まった目を、結界越しに観戦していた野次馬たちに据える。
 流石に、一瞬にして、様子がおかしいと気がついた野次馬たちから声が途切れ……次の瞬間、

花散里はなちるさと! 花散里はなちるさと!! 花散里はなちるさと!! 死ねぇえええ!」

 と言う声と、野次馬たちから上がった悲鳴が重なる。
 そして、衝撃波が野次馬達に到達する前に、それは、一瞬にして消えるように移動したゴウラさんの手に阻まれた。
 爆音と砂塵を巻き上げながら、その砂煙の中から、怒りを篭めた視線を向けるゴウラさん。
 そして、それを向けられた孤族の族長は、「ひぃ!?」と、引きつった声をあげ、後ずさる。

「貴様……無辜の民に……手を出すとは……。」

 静かに怒りに燃えた、真っ赤な目を族長に向け、そう一言漏れでたその声は、心臓を鷲づかみにするかのような、気迫に満ちたものだった。

「くそ! き、貴様などに! 私は! 族長なのだ!!」

 尚もそう虚勢を張る声に、もう力は無かった。
 野次馬からも、その場にいる全ての者から、怒りを向けられた孤族の族長は、逃げ場も無く、周りを焦った様に見渡すことしかできない。
 そして、ゴウラさんが、ベイルさんが、その拳を握り締めた。
 その光景を見て、俺はやっと遅すぎる覚悟を決めた。

 ああ、これはもう止められない。

 まぁ、しょうがないかな。
 こうなってしまっては、俺も擁護する気は出てこない。
 それに、こうなる事を望んでいる自分を否定することができないのも、また事実なのだ。
 散々、宇迦之さんや大切な人達を貶めて、更に民にまで手を出すとか、弁護する言葉も浮かばない。
 せめて、死ぬ前に、止めてやるくらいが関の山か。

「ひぃ!? 嫌だ……こんなの、間違っているのだ! 私は、族長だぞ……。」

 そう言いながら、ゴウラさんから距離を取るように後ずさる、孤族の族長。
 そして……ゴウラさんが、ベイルさんが、その身に踊りかかろうとした、まさにその瞬間。

 聞き覚えのある鋭い鳴き声が、響いた。

 その鳴き声に、ある姿が脳裏を過ぎった次の瞬間……孤族の族長は、錐揉みしながら吹っ飛び、そのまま声も無く地面に激突し、派手な砂埃を上げ轟沈する。

 な!? 何が!? つか、知覚強化して全く反応できないって……。
 見ると、ゴウラさんもベイルさんも、リリーもルナまでも、その一瞬の光景を理解できず、そのままポカーンとしたままで固まっていた。
 ゴウラさんやベイルさんとか、腰だめで走り出すまさにその瞬間の形で、硬直しているのが、よく分からない哀愁を誘った。
 そして、孤族の族長が先程までいたと思われるその場所には……雄雄しく、片足で立つ、1羽の……鶏?

 あれ? けど、何かおかしい。
 新生代の鶏は……皆、白や茶色の雌鳥だったはずだが、あれは……黒い? 
 しかも、鶏冠もあり、目の周りに、広範囲に亘って赤く硬い皮膚が露出している……と言うことは雄鶏か? 

 俺が困惑していると、

「ちょっと失礼しますわねー。」「まかり通る。失礼。」

 と、此花と咲耶が当たり前のように、結界をすり抜けて鶏と思われる生物の元に駆け寄る。
 いや、待て……結界!? あれ? 壊れてないな。
 探知で改めて確認するも、今まで此花、咲耶、そして、鶏(?)の反応は結界内には先程までは無かったはずだった。
 と言うことは……結界を壊さず、すり抜けた? いや、俺、身内だけすり抜けられるとか、そんな高等な仕掛けは施してないんだが……。
 俺は、さくっと結界を無効化して、すり抜けてきた3人……いや、2人と1羽に戦慄する。

 そんな俺の気持ちを知らない2人が鶏に近寄ると、また鳴き声が響いた。
 そして、その声を受けたのか、咲耶が、

「えっと、父上、いらっしゃいますか? 軍曹殿……いえ、この鶏殿のことなのですが、ご説明したいと申しております。」

 そう、宙に向かって声を上げる。
 俺は、突然のご指名に一瞬戸惑うも、集会場の中から一斉に集まった視線に答える形で、咳払いをすると、

「ああ、大丈夫だよ。お願いして良いかな?」

 と、勤めて冷静に、声を返す。
 その声を聞いて、此花も咲耶も笑顔を浮かべ、声が振って来たと思われる場所を見上げてきた。
 ちなみに、野次馬たちは、突然俺の声が聞こえてびっくりしたのだろう。
 辺り一帯、騒然としてしまい、しまったと思うも、後の祭りである。

 しかし……このままだと、しゃべるのが大変かな?
 どうせ、皆にも既にばれてしまっているのだから、隠す必要も無いかな?
 前の祭りで、声を伝える技術はお披露目していることだし……。

 俺はそう判断すると、ファミリアの1体の隠蔽を解除し、此花と咲耶の前に移動させた。
 皆の目には、ファミリアが虚空から現われ、此花と咲耶の前に下りてきたように見えているだろう。

 ついでに、その表面にこちらの様子も映し出しておく。
 これで、向こうには、俺の顔がファミリアに映し出されているはずだ。

 どうやら、こちらの表情もちゃんと見えているようで、此花と咲耶はファミリアを覗き込むように、並び立っていた。
 その後ろで、雄雄しく立つ1羽の鶏。
 うーん。やはり見覚えが無い。
 そして、その逞しい姿と特徴を見て、俺は軍鶏と言う鶏の一種がいたのを思い出した。

 俺の視線が、鶏に移ったのが見えたのだろう。

「では、お父様。軍曹殿のお話を聞いてくださいな。」

「ええ、私たちが訳します故、ご安心くだされ。」

 そう言って、此花と咲耶は、一歩引き、代わりに、ファミリアの前に、軍曹と呼ばれた鶏が進み出た。
 そして、一声、甲高く鳴くと、右羽を音が鳴りそうなほど広げ、鶏冠へと鋭く添える。
 まごう事なき、立派な敬礼である。
 まさか、鶏に敬礼される日が来ることになるとは……。

 更に、その声が響いた瞬間、一本杭を打たれたような、緊張感が場に広がった。
 それは、姿勢を正さなくてはならないと思わせられるほど、威厳と力に満ちていたのだった。
 実際、集会場の皆は、例外なく、突然、正座し、背をピンと伸ばした後……ふと、我に返り、首を傾げていた。
 しかし、そこに、此花の声が響き、皆の視線は画面へと釘付けとなる。

「『敬愛なる将軍閣下。このような形で、ご拝謁賜りますこと、お許しください。私は、軍曹と呼ばれております。元々は、一羽の雌鳥でありましたが……与えられたお役目を果したいと言う一心が、この身に新たな姿と力を呼び込みました。これも、全て、将軍閣下のお陰でございます。本当にありがとうございます。』……だそうですわ。」

「ちなみに、軍曹殿は、元々、懲罰部隊の一員として、罪人共の更生任務を任されていたお方です。それが、最近、このようなお姿へと変化いたしました。」

 此花が訳してくれた言葉と、咲耶の狙いすましたような補足説明を聞いて、俺は合点がいく。
 ああ、なるほど……あの馬鹿息子……えーっと……ガレフ……だっけ? あれの監視役だった鶏さん達か……。
 それが、役目をこなし、適応した結果、その姿に変じた……つまり進化したのか?
 ……いや、早すぎるだろう!? ダーウィンさんも真っ青だよ!?

 俺が驚いていると、更に、一声、甲高く鳴く軍曹さん。
 皆が、一斉に背筋を伸ばし、その音が唱和する中、咲耶の声が響く。

「『この多恩に報いる為にも、更に身を粉にし、役目を全うする所存でございます。つきましては……この、馬鹿者の更生を、私にお任せ頂きたく、出すぎた真似とは存じますが、こうしてお目通りを願った次第です。』……との事です。」

「で、出来るのかい? そんな事……。」

 思わず俺は、そう問いかけてしまった。
 だって……ねぇ? あの馬鹿息子以上に、救いようの無い奴だよ?
 俺ですら、どうして良いか、正直思いつかないもん。
 そして、その俺の声に、軍曹さんは、その意思の溢れる瞳を光らせると、またも敬礼しながら、鋭く、短く、一声鳴く。

「『必ずや、更生させましょう!』……だそうですわ。お父様、おそらく、軍曹様にかかれば雑作も無い事ですわ。」

「ええ、父上。軍曹殿は、素晴らしいお力をお持ちです。現に、あのガレフ殿も、最近は真面目に訓練に参加しております。」

「ほ、本当に!?」 

 と言う俺の言葉を追うように、「なんじゃと!?」「マジか!?」「あ、ありえません……。」と言う、長老ズの声が重なる。
 いや、だって……あの馬鹿息子だよ? 正直、人格ぶっ壊さない限りは……。
 そこまで考えて、俺は軍曹がどうやって、更生をしているのか、何となく察してしまった。

 な、成る程……だから軍曹か。
 ああ、出来る。確かに出来るだろう。
 俺の瞳に、理解の光が宿ったのが分かったのだろうか? 軍曹の目が一瞬細められたような気がした。
 なるほど……また、何とも凄い力を持った新生代が現われたようだ……。
 しかし、俺には、決して出来ないことだ。
 そんな度胸もなければ、覚悟も無い。そこまでの事は、俺には無理だろう。
 それを、軍曹たちがやってくれるのか……。

 俺は目を閉じ、しばらく考えにふけると、覚悟を決めた。

「分かった。孤族の族長の処遇、そして、罪人に関する事は、軍曹殿に一任する。」

 その言葉を聞いて、集会場だけでなく、話を聞いていた全ての人から、思わずといった感じで声が漏れ、唱和し、巨大などよめきと化す。
 対して軍曹は、長く、甲高く鳴き声を上げ、敬礼を再度行った。
 それに半ば無意識に、皆が背筋を伸ばし、敬礼を返す。

 俺はそんな光景を間近で見て、背筋を冷たくしつつ、この力を使わずにすむように、全力を尽くすと改めて決めた。
 俺自身には、全く必要の無い力だ……。
 しかし、残念ながらそれを、この地が求めているのを感じた。
 だからこそ、俺は認めたのだった。

 軍曹殿が、空に向けて甲高く鳴くと、衝撃波を伴いながら空から2羽の軍鶏が突っ込んできた。
 地上につく瞬間、拡散する衝撃波を魔力の干渉膜で包んで相殺するのを、俺は探知で確認する。
 もう、無茶苦茶だ……。音速で飛ぶ鶏とか、わけが分からない。

 軍曹殿と違い、まだ、羽毛に白いものが多く混じり、鶏冠も小ぶりではあるが、確かにその2羽も軍鶏である。
 そして、その2羽は、地面に半分埋まるようにして倒れていた孤族の族長を、両脇から嘴でくわえると、またも、目にも留まらぬ速さで飛び去った。

 一同、唖然とし、誰も言葉を発することの出来ない中、軍曹は最後に俺に再度綺麗に、足を鳴らして敬礼すると、一声鳴いて、同じように飛び去った。

「では、お父様、また後で、ですわ。」
「父上、また後ほど。」

 そう言って、来た時と同じように、此花と咲耶も、悠々と歩いて結界を抜け、その場を去った。
 全てが、あっという間に終わってしまった後……。

「んで? これで終了……で、いいんだよな?」

 そんな、カスードさんの言葉に、俺は乾いた笑いを返すことしか出来なかったのだった。

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