比翼の鳥

風慎

第31話 竜神ナーガラーシャ

『それで、宇迦之さん。犯されたってどういう事ですか?』

 そうルナが文字で語りかけた瞬間、ルナの周りに、きらめく粒子が現われ、地面は霜に覆われる。

 こら、ルナさんや。もう少し制御しなさいよ。
 ほら、隣のリリーが寒そうじゃないですか。耳とか思いっきりへなってるし。
 だが、それでも、ルナの傍を離れないリリーに、俺は、ありがとうと言いたくなる。
 その行動に、彼女の優しさと人柄が表れているのを、俺は何となく、嬉しく思っていた。

 同時に、今まで裸で取っ組み合いをしていたであろうレイリさんと、着物をはだけまくっているであろう宇迦之さんは、その動きを止る。そして、二人仲良く襲ってきた冷気から逃げるように、ルナから距離を取っていくのが気配で感じられた。
 その後、魔力の高まりを感じ、レイリさんが意図的に狼の姿に戻った事を感じた俺は、安心して振り向き……着物のはだけた宇迦之さんを見て、回れ右をする。
 相変わらず恐ろしい物をお持ちで……。全く……。

 そんな俺のおかしな動きを見ながら、宇迦之さんは、ルナを意に介した様子も無く、

「ああ、なんじゃ、そんなことか。それでお主怒っておるのか。中々に純情だのぉ。それだけ、ツバサ殿の思いが大事か。」

 と、少し呆れながら、むしろからかう余裕を見せた。
 流石、神……。いつもその余裕で行動して欲しい物だ。
 そして、対照的に、宇迦之さんのその言葉に、ルナは一瞬、うろたえる様子を見せる。
 アタフタとしながら『そ……んな事……あるけど。』と、蛇行した文字が、力の抜けた様子で虚空に現われる。おう、盛大に動揺している。珍しい。
 だが、ある種、威厳のある言葉を発した宇迦之さんの着物は、盛大に乱れたままなのだろう。なんともしまりの無い状況である。
 そして、そんな状況を見かねたのだろうか。リリーは宇迦之さんの着物を着付けなおしているようだ。俺の視界の外から、2人の会話が聞こえてくる。

「もう、宇迦之さん! お着物……しっかり直して下さいね! ほら、む、胸とか出しっぱなしですし。………………大きい……。」

「む、すまんの。ん? お主もコレが気になるのかの?」

「はっ!? 何でもありません! ……もう! 宇迦之さんもいい加減、一人で着られるようになって下さいね?」

「う、うむ。頑張るのじゃ……。」

 リリーが宇迦之さんの胸と自分の物を比べているのが、ありありと分かってしまう。
 大丈夫だぞ、リリー。俺は、大きいのも小さいのも大好きだ。
 そんなどちらが上だか下だか分からない会話をしつつ、着付けが終わったであろう宇迦之さんに俺は改めて向き直った。そんな俺の様子を見て、何故か満足そうに頷くと、宇迦之さんは、先程の問いに答えを返す。

「いや、先程の話なら、言葉通りの意味じゃよ。ツバサ殿の魔力が、わらわをしつくしただけの事じゃ。今のわらわは森と一体じゃからの。」

 確かに、魔力不足の所に俺の魔力が大量に入れば、殆ど俺の魔力に置き換わるのは感覚的に理解できる。
 それを、宇迦之さんは、犯されたと表現したわけだ。
 俺の魔力が宇迦之さんに影響を与えていた事自体は、俺も元より予測していた。
 それが、宇迦之さんと、竜神ナーガラーシャの関係を疑った要因でもあるしな。

『じゃあ、宇迦之さんは、ツバサの虜?』

 そんな文字が浮かんだ瞬間、俺は思わず、変な咳をする。飲み物を飲んでいたら確実に噴いていた。
 いや、ルナさんや……それは論理が飛躍しすぎだろう。
 そんな俺の心情も知らず、お狐様……いや、竜神様は、笑顔になると、はっきりとこう言った。

「うむ。もはや、わらわはツバサ殿無しでは成り立たぬ存在じゃ。そういう意味では、虜どころか、全てを奉げても良い関係じゃの。」

 全て……を奉げ……。一瞬、脳裏に浮かんだ邪な思いを、俺は生存本能で打ち消す。
 いや、ルナさん。こちらも見ずに、氷の槍を向けるのは止めて頂きたい。結構怖いんです、それ。
 そして、宇迦之さんはとても涼しげな表情でルナと対峙している。

 ……あれ? 待てよ? それって結構大変な事なのでは?
 俺は、さらりと流されそうになったその事実に、驚愕する。
 つまりは、俺の魔力で宇迦之さんは生きながらえている? 宇迦之さんの構成している魔力がほぼ、俺の魔力に置き換わった? 魔力が浸透すると何が起こるんだ?

 俺は、何か大事な事を、また、見逃しているのではないか?

 胸の奥に湧き上がった漠然とした不安を感じつつも、二人の会話は更に続いた。

『じゃあ、宇迦之さんは……ツバサの言うことなら何でも聞いちゃう?』

 そんなルナの言葉……と言うより文字だが……俺の心に小波を立てる。
 ルナの発する問いが、何となく危ういところをさらっている気がするのだ。
 しかし、俺のそんな心配をよそに、宇迦之さんはあっけらかんとした様子で、その問いに答える。

「無論じゃ。……といいたい所じゃが、流石にわらわから見て、おかしいと思う事なら進言もするがの。今の所、そのような事も殆ど無いわい。して、そう思うからこそ、こうして全てを話しておる。話していてそれは更に確信に変わったわい。ツバサ殿ならわらわを預けるに相応しい。」

 全く淀みの無いその言い様に、少しだけ不安を覚えながらも、同時にそれは、少しの気恥ずかしさに上書きされる。
 しかし、宇迦之さんは、そんな飄々とした態度を、一気に意地悪なそれに変えると、少し苦笑しつつ更に続ける。

「しかし……お主こそ……わかっておるのじゃろ? 少し心配しすぎじゃ。お主が心配するような事は、何も無いぞ。」

『けど、不安なんだもん。』

 そんなストレートな言葉をぶつけられて、宇迦之さんは、一瞬目を見開くと、次の瞬間、大笑いする。
 俺はと言えば、そこまで不安にさせてしまったのか……と言う反省の気持ちと、打ち込まれた真っ直ぐな気持ちのダブルパンチで心が悶えていた。
 そうか……胸の件はそこまで、ルナの心をえぐっていたのか……。
 だが、分かって頂きたい。男が女性の胸に拘るのは、ある種、本能なのだ。いやマジで。
 猫のねこじゃらしに通じる物がある。意識してしまったら最後なのだよ。

 そんな、渋面な俺の顔を見て、宇迦之さんは更に爆笑する。
 ルナも俺と同じように、非常に微妙な表情で、爆笑し転げまわる宇迦之さんを見ていた。
 レイリさんとリリーは、口を挟めず、とりあえず成り行きを見守っている。
 しかし、口元に隠しきれない笑みの残滓が見られるところが、彼女ららしい。
 そんな風に、ひとしきり笑うと、宇迦之さんは息も絶え絶えに、言葉を吐く。

「いやいや……全く……。わかったわかった。お主がツバサ殿一筋なのは、よぉくわかった。わらわも少しは自重しようぞ。」

『それはそれでなんか納得いかないの……。けど、ルナの事も考えてくれているのはわかったよ。ありがとうね。』

 そんなやり取りを見て、俺は心の底に灯った、なんとも言いようの無い感情を自覚する。
 このままで良いのか? と言う漠然とした不安。そして、皆を幸せにしたいという、欲望にも似た思い。

 ルナへの、自分の半身とも言える、空気のような愛しさ。
 リリーへの家族にも似た、暖かい好ましさ。
 レイリさんへの子が母親に向けるような欲求にも似た好ましさ。
 宇迦之さんへの友へと抱く、信頼のような好ましさ。

 全てがそれぞれ違う形で、しかし、全てが愛おしく好ましい。そんな感情。
 それを全て手に入れたい。自分の物にしたい。そう思う俺は、欲張りなのだろうか?
 そして、手に入れていいのだろうか? 手を伸ばせば、そこにある。それを俺は躊躇している。
 改めて思う。俺は、どうしたいのか? 

 しかし、そんな俺の思考をさえぎるように、宇迦之さんは、ルナに声をかける。

「うむ。じゃが、一つだけ許して欲しい事があるのじゃ。」

『何?』

「ツバサ殿と、契約したいのじゃ。」

 その言葉で俺は、完全に意識を宇迦之さんへと向ける。
 しかし、宇迦之さんはルナと真剣な表情で見詰め合っていた。
 あれ? 本人の意思はどうなるんでしょうか?
 そう思うも、ルナは特に気にする様子も無く、

『ツバサが良いのなら、良いんじゃ……ないかな?』

 と、首を傾げて文字を躍らせる。あ、若干の動揺が文字に見える。
 そんなルナの言葉に満足したように頷くと、宇迦之さんは、

「そうか。では、ツバサ殿。早速、着物を脱い……。」

『やっぱりダメ!』

 即効で却下された。
 俺は即座に、ルナに抱きしめられる形で、宇迦之さんから視界を強制的に外される。
 えーっと、ですから、本人の…………もういいや。
 この暴走モードに入ったルナは、どうやっても止められない事を、俺は嫌と言うほど知っている。
 だから、ルナの柔らかさに包まれながら、俺は成り行きに任せる事にした。

「冗談じゃよ。首筋にちょっとだけ触らせてもらえれば大丈夫じゃ。」

 宇迦之さんが笑いながら言うのに対し、ルナは何かを虚空に書く。
 しかし、ルナに視界を遮られている俺には、その文字は見えない。
 そこで、俺はこっそりとファミリアと視点を繋ぎ、やり取りを別視点で見守る事にした。

『……変な事しない?』

 飛び込んできた文字を見るに、ルナは警戒気味であった。
 なるほど。ルナさんの思う変な事と、俺の思う変な事が、一致しているかは、疑問であるが……。
 そう考える俺の心境は投げやりである。もう、どうにでもしてくれ。

「せんよ。わらわが、ツバサ殿を害するはずがなかろう?」

 そんな宇迦之さんの言葉を、その本心を探るように、暫くの間ルナは無言であったが、

『わかった。変な事したら、駄目だからね?』

 と、念押しするように文字を浮かばせる。心持ち、棘のあるような気がする字体だ。
 そうして、俺を解放すると、ルナは音もなく一歩引いて、真横に並ぶように座った。
 俺は視点を戻し、軽く頭を振ると、宇迦之さんに向き合う。
 さて、大事なところを聞いておかないとな。

「で、契約とは、どのような意味を持つ物か、聞いてもいいですか?」

 少しおどけながら、俺はそう声をかける。
 そんな俺の問いに、宇迦之さんは一瞬考え込むと、直ぐに顔を上げ、答えた。

「ツバサ殿が不利益になる事は、特にはないと思うのじゃ。精々、魔力を定期的に貰うくらいじゃしの。それによって、逆に、お主にとって大きな利点が生まれるのじゃ。 」

「ふむ。巫女制度の廃止ですか?」

「そうじゃな。魔力は必要なくなるからの。後は、わらわとどんなに離れていても会話できるようになる……かもしれぬ。」

「おや。確定では無いのですか?」

「ツバサ殿とわらわの心のつながり……まぁ、言ってみれば信頼次第じゃの。わらわは、ある程度心を開いておるつもりじゃが……こればっかりは、契約してみんとわからんの。」

 その辺りは、まぁ、実際に試してみればわかる事だろう。
 しかし、肝心の話がまだ聞けてない。もしかしたら、隠しているのか?
 そう思った俺は、一歩踏み込んで問う。

「わかりました。ちなみに、私の方の影響はわかりましたが……宇迦之さんにはどんな影響が現われますか?」

 その問いを受けたとたん、宇迦之さんは困惑した表情を浮かべると、弱々しく一言答える。

「わからぬ。」

「わからない……のですか。」

「ツバサ殿の魔力が、ここまで浸透している状態じゃ。何が起こるか想像もできん。」

「では、やめて……。」

 と、言いかけたが、それを宇迦之さんは遮るように、言葉を重ねる。

「いや、それでも、お願いしたいのじゃ。でないと、ツバサ殿の願いが叶わぬ。」

「それは……。また別の手を考えますよ。」

「いや、無理なのじゃ。ここは、この森は、わらわの世界。わらわの中に等しいのじゃよ。契約無しでは、お主は絶対に外に出れぬ。」

 唐突に、何か、とても大事な情報がもたらされた。
 宇迦之さん……いや、ナーガラーシャの中? 彼女の世界?

「つまり……宇迦之さんが許可すれば……良いのでは?」

「そんな事、できるならとっくにやっておるわい。」

「自分の意思なのに……ですか?」

「自分の意思……より、感情が優先される……からじゃよ。ええい、皆まで言わせるでない!」

 そう投げやりに言葉を放り投げる宇迦之さんの顔は真っ赤である。
 その様子と、今のやりとりで、ようやく理解した。
 ああ、なるほど……そう言うこと……そうなのか。

 俺が今まで空間魔法での転移に失敗していた理由がわかってしまい、何となく気恥ずかしさを覚える。
 そんな気持ちを持て余し、もはや半分八つ当たり的に、俺は頬を吊り上げると、一言。

「なるほど。よーく……わかりました。」

 その言葉に、宇迦之さんは目をそらし、耳と尻尾を音が鳴りそうな勢いで動かし始める。正に、右往左往。
 そんな様子の宇迦之さんを見て、一瞬だけ浮かんだ憤りも、あっという間に霧散した。

 何と言うことはない、ここはある意味、宇迦之さんの世界。
 と言うことは……宇迦之さんの意思が、あるいは感情が反映されるのだろう。
 つまり、宇迦之さんは、色々な意味で俺と離れたくないので、許可できないと言っているわけだ。
 恐らく理性では、俺の望むようにしてあげたいと思っているのだろう。
 だが、感情はそれを否定する。
 だからこそ、契約する事で、俺の意思を強制的に反映させる必要があると……そう言っているのだろう。
 その程度には、彼女は俺に執着してくれている……と言うことか。
 多分、それが正解だ。俺は、何とも無しに、そう思う。
 意思ではなく、感情で縛っているからこそ、そこまでしないと無理なのだろう。

 だが、契約で縛って、それで出て行くというのは、俺としては何かスッキリしない。
 言うことを無理やりに聞かせると言う事じゃないか。
 一瞬、そんな迷いが浮かび上がる。
 そんな俺の迷いが、顔に出たのだろう。
 先程まであたふたしていた宇迦之さんは、一転して真面目な表情になると、

「ツバサ殿が危惧することはわかるのじゃ。大方、力で無理やり言うことを聞かせるのが嫌じゃとか思っておるのじゃろう?」

 おう……図星です。
 そんな俺の顔を見て、宇迦之さんは微笑むと、はっきりとこう言う。

「そんな事は恐らく無いのじゃ。ツバサ殿が、わらわ達の心を踏みにじるような輩なら、わらわもこんな提案はせんよ。」

「え? 私の願いは、わかってますよね? それが嫌だから……なのでは?」

「そ、それは、そういう一面もあるのじゃが、それ以上に、お主には世話になっておる。恩を返したいのも、力になりたいと思うのも、また本心なのじゃよ。」

 ふむ、だからこその、この提案と言うわけか。
 まぁ、それだけでは無さそうだが。

「あと、私が心変わりするとか……最悪、誰かに操られると言うことがあると色々困るのでは?」

 更にもう一つ、俺が懸念している事を、思い切ってぶつけてみた。
 しかし、それに対しては、明確な答えが返ってくる。

「その時は、わらわの方から契約を破棄すれば良いだけじゃ。双方の意思の元に成り立つのが契約じゃからの。わらわが愛想を尽かせば、それで破棄する事も可能じゃよ。」

 ああ、成程。
 何故か、俺は、契約とは一報的な支配権を付与させる物のように思っていたが……考えてみれば、宇迦之さんの言う通りだ。
 一方的に権利を有し、支配する関係など、危険以外の何者でもない。
 なんで俺は、そんな勘違いを……と、疑問に思うも、答えは出ない。
 そんな俺の思考を遮るように、ルナが虚空に文字を躍らせる。

『ツバサ。多分、大丈夫だよ。宇迦之さんは、結構しぶといと思うの。』

 何だろうか……若干毒の入っているこの進言は。
 先程の件を、まだ引きずっているのか?
 一方の宇迦之さんは、そんな文字を見て、ニヤニヤと意地悪な笑みをルナに向けている。
 そんな笑みを向けられたルナは、膨れっ面である。
 二人して、何やってんのよ……。
 そう呆れていた俺の横から、今度はレイリさんの声がかかる。

「ツバサ様、私も契約には賛成です。むしろ、この害獣には首輪が必要ですわ。」

 更に違った角度で、毒が飛んできた。
 流石に、これには宇迦之さんもカチンと来たようで、

「にゃ、にゃにぉ~!! お主の方がよっぽど迷惑じゃろ!」

 と、いきり立ちながら、尻尾をブンブンと振り回す。
 しかし、何故かレイリさんは、更に痛烈に、言い返した。

「私は、常に、貞淑にツバサ様の影となり、お助けしておりますわ。ダダをこねるだけの駄狐とは違います。」

 ある種、力の篭った言葉を聞いて、宇迦之さんは完全に言葉を失って、口を鯉のように開け閉めしている。
 しかし、そんな様子も、レイリさんの次の一言で、驚愕に代わった。

「それに、同じ女性だからわかりますが、この寂しがり屋の狐は繋がりが欲しいのです。どうか、契約を結んでやって下さい。」

 そう言って、レイリさんは狼姿のまま、伏せるように頭を垂れる。

「お主……。」

 と言う、宇迦之さんの呟きが漏れ、風に乗ってか細く消えていく。

 レイリさんの言うことは、実は俺も考えていた。
 ディーネちゃんで既に契約は経験しているのでわかるのだが……契約と言う物は、繋がりを得るという意味で、とても重要であると俺は感じていた。
 元の世界と違い、血や縁と言った、目に見えず曖昧な物より、明確に知覚できる契約は、かなり強固な繋がりと化すのだ。
 何といえばいいのか……元の世界で言えば、隠す事のできない携帯電話のような物だろうか……。
 完全にでは無いが、意識さえすれば、相手の感情が何ともなしに伝わってくるのだ。

 特に、宇迦之さんのような、人との繋がりを欲している場合、強固な縁を結ぶ事ができる。
 契約者同士には、漠然とした繋がりが生まれる物らしい。
 ディーネちゃんはその特異性のせいか、余りはっきりと感じることはできないのだが……ルナの場合は、思いであったり、そういう物は、ふとした瞬間に伝わってくる事がある。
 特に、比翼システムが起動した際の一体感は、言葉に尽くせない物があるわけだ。
 相手が俺を本当に思ってくれているのが感じられるからこそ、俺も安心して心をさらけ出せる。そういう一面があるのは事実だ。
 俺がルナに絶対的な信頼を寄せているのも、そういった経験に基づいた物であるとも言える。

 勿論、逆もまた然り……なのだが……。

 何はともあれ、ここまで言われて、「やっぱダメです。」とは、俺には言えない。
 リリーが少し思案顔で、意見を述べないのは気になるが、取りあえず、俺は、ため息を吐きながらも、

「わかりました。けど、宇迦之さんに悪影響が出たら、直ぐに止めますよ?」

 と、念押しして、契約を受ける事にしたのだった。






「で? 私はどうすれば?」

 そんな問いに、宇迦之さんは、少しはしゃぎながら、

「お主はそのまま座っておいてくれれば良いのじゃ。後はこちらでやるでの。」

 と、早口で答えてきた。

 良かった……。心から、本当に心の底から、俺はそう思う。

 召喚とか、契約の王道は力試しとかだから、最悪、宇迦之さんと戦う事も覚悟していたのだが……。
 そうならなくて、本当に良かった。

 後にして思えば、この時の俺は、完全に油断していた。
 本当に素でそのまま、考え無しに口を動かしてしまったのだ。

「ああ、それなら良かった。契約するのに、力試しとか、試練を受けろって言われるのかと、ヒヤヒヤしていましたよ。」

「なんじゃそれは……。そんな事、する必要な……ど……。なんじゃ、お前達……今、大事な……。………………。」

 ん? 宇迦之さんの様子が……。そう思った瞬間、突然、地面が揺れ始める。

「地震……ですか?」

「この辺りで地震など……滅多に無いのですが……。」

『凄い! 本当に地面が揺れてる! ツバサ! コレが地震なの!?』

 皆が、それぞれ戸惑った……いや、若干一命、興味深そうにはしゃいでいるが……声を上げ、周りの様子を伺っている。
 そんな中で、宇迦之さんが何か、焦ったように必死に叫ぶ。

「こら! おぬし達! やめい! そんな必要は無いのじゃ!!」

 その姿を見て、俺は自分が、特大級の余計な一言を放った事を自覚した。

 ああ、これは……やってしまった。

 天を仰ぐと同時に、山脈から轟音と共に、土煙があがる。
 そして、その煙を引き裂くように、天へと伸びる八つの柱。

 それは、丁度、俺が仰いでいた天を覆い隠すように、一箇所へと収束していく。
 まるで、全てを切り裂くように。
 そして、包み込むように。
 そう、俺達のいる場所の真上へと……その先端を振り下ろしてくる。

 図らずとも、八柱、十六の瞳と見詰め合う事となった俺。

 その姿は正に、竜であり、龍であった。
 色や質感こそ、それぞれが違う物の、その原型は、まさしく龍。
 その姿は、見るものを釘付けにする魅力と、目をそらさせない威厳に満ちている。
 そんな存在が、一瞬の間に現われ、今、俺達を頭上から見下ろしているのだった。

 そんな状況なので、皆は突然の事で、一言も発せないまま、固まっていた。
 いや、宇迦之さんは、違った意味で俺と同じように、天を仰いで呟いていた。

「あーぁ、知らんぞ……馬鹿共めが……。」

 あれ? 俺を心配してくれてるんじゃないの? と心の中で突っ込むも、そんな暇も無く蓋をされた天上より、静かに声が振ってくる。
 それは、神の名を冠するだけあり、威厳に満ち、そして、それ以上の威圧を伴っていた。

「我ら」
「竜神の遣いなり」

「小さき人よ」
「我が主の意を欲するならば」

「我々と勝負し」
「これを討ち果たしてみよ」

「さぁ」
「返答は如何に!」

 一柱一柱が、それぞれ区切って、声を俺にぶつけてくる。
 それは、もう、答えが決まっている問いではないですか……。
 しかも、妙にやる気に満ち溢れているし……。

 俺は、そんな一方的で無茶苦茶な要求を聞きながら、静かにルカールのファミリアを操作し、半鐘を1回打ち鳴らす。
 空しく響く鐘の音を遠くに聞きながら、俺は、ため息と共に答えるしか、道は残されていなかったのだった。

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