比翼の鳥

風慎

第41話 冒険者との出会い

 砂漠を猛スピードで、3対の影が駆ける。

 俺は、皆と音声をリンクすると、疾走するヒビキの上から、指示を出した。

「アギト、リリー、咲耶。君達は回避するだけで良い。敵の注意を引き付けてくれ。此花、咲耶、霊装の使用は禁止だから、気をつけて。どうしても危なかったら、それ無しでの迎撃に止めてくれ。」

「承知。」「了解ですわ。」「わ、判りました。」

「クウガ、ルナ、此花は、迎撃をお願いする。ルナは途中で、俺と一緒に、あの二人を守ろう。使用するのは打撃だけね。後、念のため、文字も使わないようにしてくれ。此花とクウガは、ルナと離脱後、遊撃。あまりでかい魔法は使わないように。」

 俺の言葉に、頷くルナと此花。

「ヒビキ。君はあのサンドワームを頼む。倒さなくても良いから。」

 明らかに気合の入った咆哮で、俺の指示に答えるヒビキ。
 ちなみに、俺とルナは、ちょっと強い人族のフリをする予定なので、今回は魔法を使わないように振舞う事にした。
 とりあえず、肉弾戦でも、十分に通用するだろう。伊達に、ゴウラさんに鍛えられてはいない。

「まぁ、の連中なら、問題ないだろう。皆、くれぐれも、やり過ぎないように。」

 俺の指示に、皆が頷くのを感じ取った俺は、そのまま進行方向を見据えた。
 遠くに砂埃が見える。既に、二人の戦っている場所が見える位置まで来ているのだ。
 まだ、あの二人は頑張っているようだが……男性の……確か、ボーデさんと言ったか? その人の持っていた武器が半ばからぽっきりと折れていた。
 こりゃ、急がないと危ないかな。

「戦闘用意。……各員、散開!」

 そう言うが早いか、皆がそれぞれの方向に散る。
 そして、俺の一声で、ヒビキはそのスピードを一気に上げた。
 正に風となり、空気を引き裂いて走る。一瞬ごとに、グングンと近づく、戦場。
 そして、ヒビキが地を蹴り、跳躍し、奮戦している二人の頭上を跳び越した。
 眼下には、砂上より中空へと舞い出たサンドワーム。そいつは、ヒビキと空中で競うように、その巨体を宙へと躍らせていた。そいつの目指す所には……折れた金属塊を構える男と、背中合わせに、その男を守る女の姿がある。
 悪いが……やらせない……。
 俺はヒビキの背から、宙へ舞い出した。
 そして、身軽になったヒビキはそのままの軌道で、地面へと離脱した。
 俺は、そのまま風の足場を作り、宙を蹴る。その先には、今にも二人へ襲い掛からんとするサンドワームの姿がある。俺は、瞬間的に身体強化した拳で、思いっきり横っ面をぶん殴った。
 いきなり現われた俺を察知する事もできなかったサンドワームは、その軌道を僅かに逸らされ、獲物にしていた男女からは外れた位置へと、そのまま砂上に叩きつけられた。

 大きな砂塵の舞う中、そのまま、空中で姿勢を整え、身構えて硬直していた二人の隣へと降り立つ。
 突然空から降ってきた俺を見て、二人とも、唖然とした様子で俺を見つめていた。
 一瞬のことだったので、何が起こったのか、理解できないようだった。
 そりゃそうだよな。自分達に襲い掛かって来たサンドワームが、いきなり横に吹っ飛んでいけば、そうなるだろう。
 まぁ、いきなり切りかかられたらどうしようかと思ったが、とりあえず、武器を向けられなくて良かった……。

「助太刀致します。」

 俺が短く、そう、言い放った事で、二人は硬直から回復した。

「お、おう……助かる。つか、あんた……今、どこから……。」

 そう狐につままれたような顔をして、俺を見つめる男。
 対して、女は、俺を値踏みするように無遠慮な視線をぶつけて来たが、轟音が起きた事で、そちらに視線を向けた。
 俺も、腕を組みながら、悠々とその先を見つめる。

 ヒビキがサンドワームを、体当たりで吹っ飛ばしていた。

 うん、意味わからん。
 いや、俺もぶん殴って吹っ飛ばしたけど……ね?
 だが、猫が巨象を吹っ飛ばすような物だ。俺も傍から見ると、あんな感じだったのか……。
 ヒビキは、吹っ飛んだサンドワームが起き上がる間を与えず、猫……いや、虎パンチで右に左にサンドワームを揺らす。
 その都度、重い音が回りに響き、その非現実的な光景に、良く判らない彩を添えていた。
 なるほど。客観的な視点って大事だな。
 遅きに失した感が、大いにあるが……俺は改めて、少しは自重しようと思ったのだった。

 別のところでは、クウガに乗った此花が、水弾をばら撒き、サンドワームの1匹を蜂の巣にしていた。
 あの硬そうな表皮を、いとも容易く貫通され、体液を散らしながら、哀れな固体は沈む。
 そして、此花は俺の視線に気がついたのか、大きく手を振ってきたので、俺もそれに答えた。

 ちなみに、ルナはクウガの後ろには乗っていなかった。
 見ると、砂漠をステップするように、右に左に飛びながら、徐々にこちらに向かってくる。
 ああ、あのトカゲもどきを倒してるのね。
 ルナは、器用に、トカゲもどきを踏み台にするように、足蹴にしながらこちらに、飛び跳ねてくる。
 連続で踏みつければ、1UPでもするんだろうか?

 そして、残りのサンドワームはと言うと……完全にアギトを……いや、より正確に言うならば、アギトの上に乗ったリリーを追いかけていた。今、彼らの後ろには、ど派手な砂塵が幾重にも巻き上がり、轟音と共に、砂柱が何本も天を突く状況だ。かなり物騒な鬼ごっこを展開しているのが、遠目に見ることが出来た。

 うーむ……正に、サンドワームホイホイだな。

 まぁ、こうなる事を見越して、リリーを機動力の高いアギト乗せておいたが、正解だったようだ。
 良く見ると、アギトの上に、必死に跨っているリリーは、半泣きである。落ちたら間違いなく、またあの粘液地獄だろうしなぁ。うん……強く、逞しく、生きて欲しい。

 そんな微笑ましい追いかけっこも、ヒビキと、此花の手が空き、徐々に1匹ずつ駆逐されていく中で、治まっていく。
 見ると、アギトの上の咲耶も、時折振り返ると、指弾のようなものを弾き、1匹ずつ着実にほふっていた。

 ふと探知に、先程、俺がぶっ飛ばしたサンドワームが、砂に潜っていくのが引っかかる。
 そして、俺のいる場所の真下で、旋回を始めた。そのまま逃げてくれれば良いものを……どうやら、まだヤル気のようだ。
 どうやら、俺を敵と認識したらしく、砂中から襲い掛かる機会を窺っているようだった。

 このままだと巻き込んでしまうかな?

 俺は、二人から少し距離を取ると、自分を餌として、獲物が食いつくのを待つとする。
 すると、砂中のサンドワームの反応も、俺を追従してくる。
 その反応が、まるで助走でもするように、一旦、更に深くへと沈んだ。
 お、来るかな? では、お出迎え致しましょう。
 俺は、集中して、身体と知覚を少し強めに強化した。

「あ、おい……あんた……そこは危な……。」

 俺の身を案じてくれたのだろう。だが、男がその言葉を言い終わる前に、サンドワームが直下より俺に食いついて来た。
 知覚を強化し、間延びした時間の中にいる俺は、それを、数歩移動してかわすと、横合いに現われたその巨木のような体に、右手で掌底を入れる。同時に、注ぎ込んだ微量の魔力を共振させ、内部で崩壊させる。
 そうして、天へと突き出すように勢い良く出てきたサンドワームは、内部を破壊され、そのまま砂に戻ることなく、その巨体を砂上に横たえた。

 卯流武神拳 裂破衝

 ゴウラさんは、そんな風に名付けていた。
 彼に教わった技の中でも、使い勝手の良い技なので、初期の段階で覚えられた技だ。
 まぁ、見かけが地味なので、こういう時には、結構重宝する。どうやら、外部も固いようだし、相性は悪くない。
 ちなみに、ルナが先程から、トカゲを踏み潰しているが、あれもこの技を足先でやっているだけだ。

 他のサンドワームがどうなっているか見ると、最後の1頭が倒れるところだった。
 ふむ。こんな物か……。思ったより、大した事なかったな。まぁ、魔法も使ってないし……これなら、、問題ないだろう。
 そう思い、二人の様子を見ると……彼らは完全に顎を落とし、硬直していた。
 あ、やっぱり駄目ですか。そうですか。

 そうして、戦いとも呼べない一方的な殺戮は、正味2分もかからず終わったのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「あー……何だか色々起こりすぎて良くわからねぇが……助けてもらったことは事実だ。礼を言う。俺の名前は、ボーデアルト=ガトランドだ。ボーデと呼んでくれ。んで、こっちの愛想の欠片もないのが……。」

「ライゼ。」

 表情筋が死滅しているとしか思えないほど、全く動きの無い表情で、そう答えたのは、あの弓使いの女性だった。
 そんな相方の対応に、ボーデと名乗った男は、ため息をつく。
 ある意味、とても良いコンビだと思う。
 俺は、そんな二人の様子を見て苦笑すると、

「こちらこそ、いきなり参戦してしまって申し訳ない。私は、と申します。何やら危なそうだったので、無粋とは思ったのですが、参戦致しました。あと、実は、お恥ずかしい話なのですが、少々、道に迷っていましたので……これ幸いと、接触させて頂きました。」

 そう言いながら頭を下げた。
 そして、いきなり、頭を下げられて、困惑したのだろう、ボーデさんは慌てたように、手を振りながら言う。

「いや、止してくれ。あんたらが来てくれなかったら、今頃、俺達は仲良く、奴らの腹の中だ。感謝するのはこっちの方さ。」

 うん、この人達、かなり良い人だな。しかも、かなり出来る。
 口では礼を言いながらも、ちゃんと警戒はしているようなのだ。しかし、それが相手を刺激することは無い。自然体で構えていると言うべきか……何かあれば、直ぐに対応できる……そんな風に見えるのだ。
 彼の魔力の循環は、未だに戦闘時の時と変わらないしな。気は抜いていないように見える。

 対して、ライゼさんは、何故か先程から、俺の隣に寝そべるヒビキに熱い視線を注いでいた。
 その目の奥には、何か、肉食獣のような獰猛さが隠れているように感じられる。
 うーん、派手に暴れていたからなぁ……ヒビキ。目をつけられても仕方ないかな?
 当のヒビキと言えば、そんな熱視線を受けて、時折うっとおしそうに睨み返すも、それ以外は、意に介せず、そのまま俺の横で欠伸をして、横たわっていた。
 なかなかに食えない奴である。

 ちなみに、今は、ボーデさんの用意してくれた、即席のキャンプで落ち着いている。
 これがまた凄いのだ。
 元は懐に入るような、小さな球だったのに、それを置いて、魔力を通した途端、かなり大き目のテントがその場に建てられたのである。
 更に、どうやらこの周りには、野生生物等の外敵を寄せ付けない特殊な結界のような物が張られるらしく、気付かれてさえいなければ、先程のサンドワームに襲われる事も無いらしい。
 まぁ、とは言っても、完璧ではないらしく、知性を持った生物や、目視で獲物を狩りに来る高度な生き物には、効果が無いようだとの事。しかし、落ち着いて話せる場所を得られたのは大きい。
 何せ、俺の障壁を使う訳にもいかず、事後の事は、全く考えていなかったからだ。
 そんな見たことも無い技術を目の当たりにして、密かに興奮を抑えられない俺がいるのは内緒である。
 ちなみに、俺の後ろで正座している此花と咲耶は、先程から興味深そうに、このテントもどきの内部を見ている。

「しかし、あれだな。こんな事、命の恩人達に聞くのは、心苦しいんだがよ……。ツバサさん、だったか?」

 そう言いながら、ボーデさんは、頬をかく。
 ああ、うん。来たかな。俺はそう理解すると、先にこちらから機先を制する。

「私達が、何者か……ですか?」

 そんな俺の言葉に、少し驚いたように、眼を見張る。
 しかし、それも一瞬で、ボーデさんはその雰囲気を重くすると。「ああ、そうだ。」と、呟く。

「ここら辺に、あの、サンドワームを、簡単に倒しちまうような冒険者がいるとは聞いた事がねぇ。しかも、あんたら……どっから来たんだ? ここは、世界の最果てと言われるような、未開の砂漠だ。それを女子供の集団が渡って来たと言うのか? 流石に冗談にしても笑えねぇよ。」

 その声には、不信と、今尚、自分達が先程見たものが信じられないという、一種の逃避に似た思いが感じられた。
 うん、そりゃそうだろうな。俺だって、元の世界で、猫が電車をぶっ飛ばしたら、信じられんわ。
 それをどう説明しようかと、言葉を選んでいると、何故か変な方向から、助け舟が出た。

「ボーデは馬鹿。」

 一瞬にして、場が静まり返り、視線がライゼさんへと集まる。
 その言葉を突きつけられたボーデさんは、いきなりの馬鹿認定に言葉を失っていた。
 皆のそんな呆気に取られた視線をものともしない彼女は、

「馬鹿は、現実を正しく認められない。馬鹿でごめんなさい。」

 そう言って、頭を下げる。
 ほう? この人……かなり頭が切れる。そして、冷静だ。
 ボーデさんと違って、全く混乱していない。そして、現状を認識しているようだ。

「ちょ!? ライゼ! お、お前なぁ!? いきなり何だよ!? だって、お前も見ただろう! あんなの、おかしいだろ!」

 そんな風に慌てて言うボーデさんに、ライゼさんは、正に冷ややかとしか言い様の無い目を向けると、ため息をつき、

「馬鹿でごめんなさい。けど、良い所もある。………………ある? ……多分?」

 そう改めて、俺に頭を下げるも、直ぐに首を傾げながら、ボーデさんに視線を向ける。

「お、お前ぇなぁ……これはあれか? 喧嘩を売られてるのか?」

「そんな事はない。ボーデは可哀想。だからしょうがない。いいこいいこ。」

 そう言って、無表情でボーデさんの頭を撫で始めた。
 完全に彼女に弄ばれているボーデさんは、一瞬何かを言おうと口を開きかけたが……恐らく何を言ってもしょうがないと、経験則で学んでいるのだろう。そのまま肩を落とし、苦虫を噛んだ様な表情のまま、うな垂れる。

 大柄な筋骨隆々の男が、無表情の美人に、頭を撫でられ続ける図を見て、俺は声を掛けざるを得なかった。
 流石に……このままでは哀れすぎる……。

「あー、ライゼさん。私達は気にしていませんのでその辺りで……。むしろ、ボーデさんの方が対応としては、正しいと思います。傍から見て、文句のつけようも無いほど、得体の知れない団体であるというのは、十分に自覚しておりますので。」

「そう?」

 俺の言葉を聞いたライゼさんは、あっさりとその羞恥プレイを止め、視線をヒビキへと戻す。
 うん、かなり不思議なお方だが……まぁ、悪い方ではない。多分。
 ちなみに、ボーデさんは、何か色々とこそげ落ちた表情で俺を見てきたが、俺と視線が合うと、目で感謝を伝えてきた。
 俺はそれを伏せ目で頷き返し、気にするなと言う意図を伝える。

 訳も判らないまま、相方に馬鹿と蔑まれ、代わりに頭を下げられ、言い様の無い羞恥心と、理解できない屈辱に、その心が晒されているのだろうな。
 なかなかに惨い扱いだが、そこで黙ってしまう辺り、ボーデさんのヘタレ……いや、人の良さがにじみ出ている気がして、俺は、何とも無しに、親近感を覚えた。
 そして、同時に、ライゼさんが、かなりのやり手であると言う事を、心に刻んだのであった。

 ライゼさんの言いたい事はこうだ。
 俺達は、ライゼさんとボーデさんを敵に回しても、歯牙にもかけない程の実力がある。
 それは、サンドワームを壊滅させ、窮地に陥っていた二人を救い出した事からもわかるだろう?と。
 同時に、こうも言っている。
 そんな人達の機嫌を損ねるな。そして、余計な事を聞くな。この馬鹿……と。

 だが、これは俺からすれば、チャンスである。
 普通ならば、こんな怪しくて危険そうな集団は、関わり合いになりたく無いと思われても仕方がない位だ。
 そう。いくら命を救われたとは言え、礼を言って、すぐに立ち去るという選択肢もあったはずなのだから。
 まぁ、そうなったら、強引にでも着いて行くつもりだったけど。

 しかし、この二人は、俺達の存在に興味を持ってくれているようだ。
 それが、どういった意図による物か、不明ではあるが……これならば思ったより、スムーズに話が進むかもしれない。
 俺は、ライゼさんの作ってくれた状況を、ありがたく使わせてもらう事にする。

「まぁ、このまま説明無しに、私達の事を信じて頂けるとも思えませんし……ボーデさんの言うことも尤もです。なので、まずは、自己紹介と、簡単な説明をさせて下さい。」

 そう言って、俺は、自分の方から、長い長い物語を、二人に対して話し始めたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「なるほど……獣人の隠れ里か……。しかも、あんたは……ツバサと言ったか。んで、異邦人と。確かに……あまり見ない黒髪だな……。」

 とりあえず、先程のライゼさんの酷い扱いが効いたのか、俺の話をとりあえず聞いてくれたボーデさんは、頷きながら、思案顔である。

「ええ、なので、正直、この世界の事は右も左も判りません。」

 そんな俺の言葉に、深いため息と共に、「そうか。」と、返すボーデさん。
 対照的に、何の感情も表に出さないライゼさんは、俺の膝の上に乗る此花と咲耶に視線を向けていた。良く見ると……目に魔力が集まっている。その視線から察するに、何かを確かめているようにも見えるが……。
 そんな視線に晒されている我が子達は、素性を説明する際に、抱きかかえたまま、今に至る。
 二人の雰囲気にも慣れたのか、ちょっと甘えモードに入っているようで、先程から俺にしがみ付いて離れない。

「確かに、精霊。しかも、水の子。」

 どうやって確認したのかは不明だが、ライゼさんはため息をつくと、そう口にする。
 そんな言葉に、此花も咲耶も頷きながら、笑顔を返した。

「此花ですわ。よろしくお願いしますの。」
「咲耶と申します。お見知りおきを。」

 一瞬、それを見たライゼさんが、ふらりと後ろに倒れそうになり……そのまま、何事も無かったように、復帰する。
 その表情は全く変化がない。しかし、若干……頬が上気しているような? それ以外に目立った変化は無いのだが……もしかして、ライゼさんって……。
 俺がそう思うも、ボーデさんの一言で、意識をそちらに戻す。

「なるほどな。そちらは間違いなし……と。んで、記憶喪失のお嬢ちゃんに……世話になった獣人族……か。」

「リリーと申します。ルナちゃんは、言葉がしゃべれないのです。」

 リリーの言葉に、ルナが申し訳無さそうに頷き、静かに礼をした。
 ちなみに、ルナには設定上、記憶喪失で通して貰う事にしたのだ。
 もとより、文字を書くのも控えているので、ボロは出にくいと思うが、念の為のである。実際、この世界に対しての知識は、俺と対して変わらないからな。
 ボーデさんは、リリーの言葉に一瞬、眉をしかめるも、「そうか。」と、頷くに留まる。

「そして、ヒビキとその子供たち、クウガ、アギトと言います。ほら、皆、ご挨拶。」

 俺の声に答えるように、ヒビキ、クウガ、アギトが、順番に鳴き声を上げる。
 その姿を、ライゼさんは熱っぽく見つめていた。

 ああ、やっぱ、この人……そう言うことだよな。

 そんなライゼさんの様子を見て、ボーデさんは、またか……とでも言うように、諦めの混じった、ため息をついていた。
 俺は、この瞬間、この先の展望が、思いの他、明るい事を確信する。
 そして、ボーデさんは、そんなティガ親子に視線を送りつつ、聞いてきた。

「しかし……ここらでは、見た事の無い獣だな。こいつらは、何と言う生き物なんだ?」

「この子達。」

 すかさず、ライゼさんが訂正する。

「いや、だってなぁ。」

 思わず異議を唱えるボーデさん。

「この子。」

「いや……。」

「こぉーのぉーこぉーたぁーちぃー。」

「……この…子達は、何と言う生き物……なんだろうか?」

 何も言うまい……。
 俺は、今のやり取りを見なかったことにして、そのまま説明を続ける。

「獣人族の人達は、ティガと呼んでいましたね。」

 俺がそう言った瞬間、ボーデさんとライゼさんが、硬直した。
 そして、マジマジとティガ親子に視線を向ける。

「……お前ぇ……それは……SSダブルエスランクの……準災害指定獣じゃねぇか……。」

 ボーデさんが、うわ言の様にそう言うも、

「はぁ……。」

 俺は、そんな気の抜けた返事しか、返せなかった。
 準災害指定獣? なんか、物騒な肩書きがいきなり出てきた。
 俺は改めてマジマジとヒビキを見るも、ヒビキは俺に対して、「知らんよ、そんなもん。」と言う、至極当たり前の視線を向けるだけだった。
 そりゃそうだよな。まぁ、本人達にしたら、他で何て言われてるかなんて、関係のない上に知りえない事だし。
 ま、そもそも、俺から言わせれば、ヒビキがそこまで滅茶苦茶に凄い存在とは思えない。何とかなるだろうさ。
 そんな俺とヒビキのやり取りの後、暫く、思案していたボーデさんが口を開く。

「そして、サンドワームを軽く殲滅せんめつする戦闘力……こりゃぁ……。」

 そう、言いかけて、ライゼさんの蔑んだ視線に晒される。
 それを見たボーデさんは、頬に一筋の汗を流し、咳払いを一つすると、

「……いや、まぁ、そうだな。あんた達の事は理解した。話してくれて感謝する。」

 額から汗を一筋垂らしながら、そう言った。
 まぁ、腑に落ちない事は、多々あることだろう。だが、多少強引ではあるが、理解は得られたと言うことで、俺としては願ったり叶ったりである。

「判って頂けて、こちらも嬉しいです。」

 そう言う俺に、ボーデさんは何とも言えない複雑な表情を返すのであった。


「んで、結局、あんたらは、これからどうするつもりだ?」

 その後もひとしきり、状況を説明した後、ボーデさんから、そう問いかけられた。
 さて、ここらが正念場かな。
 俺は、気合を入れなおし、その問いに答えを返す。

「それなのですが……もし、ご迷惑でなければ、暫くの間、私達にこの世界で生きる術を、指南して頂きたいのです。……勿論、私達が出来る範囲で、お手伝いもしますし、稼げるようになれば、お礼もお支払い致します。私達の強さは、先程見て頂いた通りです。あの程度の脅威であれば、問題ありませんので。」

「あの程度って……あんたなぁ……。いや、何でもない。」

 俺の言葉に、ボーデさんは一瞬呆れるも、腕を組んで考え込む。何となくだが、背中に哀愁を感じた。
 あー、うん。何か申し訳ないけど、事実だし。
 そして、これが恐らく、一番楽にこの世界に溶け込む方法だろうと俺は思っていた。
 本当であれば、俺達だけの場合、町に入るところからやらなければならないのだが、この二人と一緒であれば、それを圧倒的に簡略化できる可能性が高い。実績のある人の口添えは、大きいのだ。
 更に、幸いにして、助けた人は冒険者と言う職業であった。
 色々な事を知っているはずだ。そして、その道のプロがここにいる。その幸運を利用しない手は無い。
 暫く腕を組んで考え込んでいたボーデさんだったが、

「まぁ、つまり、あんた達が冒険者として、食ってけるように手伝えば良いのか?」

 そう、何かを吹っ切るように口を開いた。

「そうですね……まぁ、冒険者にはこだわりませんが。」

「ほう?」

 俺の言葉が意外だったのだろう。ボーデさんは眉を寄せる。

「冒険者と言う職業が、私達にとって、尤も良いやり方だと思えたなら、それで良いと思うのですが……今の私は、その判断基準すら持ちませんから。」

 俺は肩をすくめると、少し困ったように続けた。

「先程も言った通り、私は、この世界の事を何も知りません。常識がない状態では、何が正しいか間違っているかも判らないのですよ。もしかしたら、冒険者になるより、もっと安全で稼ぐ手段があるかもしれません。それならば、そちらを目指します。」

 そう。俺は別に冒険者としてのし上がりたいわけでも、名をはせたい訳でもないのだ。
 皆と生きていくだけの収入を得られれば、それで良い。

「……なるほどな。それなんだがな……もし、異邦人なら、何か特殊な技能や知識を持っているはずだ。それを教団に売り込めば、少なくとも、ツバサの身は保障される。」

 ほう? なるほどね。けど、その言い方だと……。

「つまり……。」
「却下。」

 俺が口を開きかけたのと同時に、ライゼさんが一方的に、駄目出しする。

「いや、だからお前ぇは……。」

「この子達が可哀想。だから駄目。」

 ライゼさんは、俺にしっかりと抱きついて離れない此花と咲耶に視線を移し、きっぱりとそう言った。

「いや、だから、俺は、可能性の話をしているのであって……。」

「それだと、ツバサしか保護されない。他の子達は、最悪殺される。」

 ああ、やっぱり? っていうか、思ってた以上に物騒な組織だな。その教団とか言うの。
 それだけ、この世界では命が軽いと言うことかもしれない。

「いや、それは、一緒に着いて行った場合だろ? ツバサ一人だけで、教団に行けば良いじゃないか。」

「それだと、この子達が路頭に迷う。」

 ライゼさんは、此花と咲耶……それに、ティガ親子を見て、そう言った。

「いや、そこは……なぁ? あんだけ強ければ……。」

「嘘。ボーデは……面倒だから、この子達を教団に押し付けようと思った。後、異邦人を連れて行けば、褒章が出る。それだけ渡して、後腐れなく終わらすつもり。それが一番早い。」

「……あー……。」

 またもライゼさんに完封されるボーデさん。
 そういや、異邦人を保護した人には報奨が出るとか、そんな事を聞いたな。服装でばれるとかね。懐かしい。
 そして……まぁ、うん。ライゼさんは、敵に回しちゃいけない人です。

 一見すると、ボーデさんの思惑は薄情に思えるかもしれない。
 だが、俺としては、それ位で普通だと思う。
 何せ、結構、殺伐とした世界のようだし?
 何より、ボーデさんは多分、俺達の事を、厄介事として認識しているだろうし。
 恐らく、彼の心の中にあるのは……。
 俺は、ライゼさんを見る。
 表情こそ変わらない物の、放つ空気が若干鋭くなっている。
 どうやら、結構本気で怒っているようだ。

 先程から、どうもライゼさんに助けられているが、今回もこの流れに乗らせてもらおう。
 俺は、ボーデさんに視線を向けると、口を開いた。

「そうですね……。一つお聞きしたいのですが、その教団とは、勇者を擁立ようりつしている所ですか? 大司教がいるとか……?」

 そんな突然の俺の問いに、ボーデさんは面食らいながらも、

「あ? ああ、そうだな。異邦人の中から優秀な奴を引き立てて、勇者として各国に売り込んでいるらしいぞ。大司教ってのは、教団の上位の役職だな。ちなみに、俺も勇者を遠目に見たことあるが……確かに、あれは化け物だ。」

 多分、続きに、お前達のようにな……と、続くのだろうが、そこは口に出さず、そう答えてくれる。
 そうか。やっぱりそうなんだな。だとすれば……。

「やはりそうですか……。ならば、私は……教団のお世話には、なりたくありません。」

 もしかしたら、勇者や教団の事を悪く言うのは、あまり得策では無いのかもしれない。
 だが、この人達ならば大丈夫ではないか? と言う、確信めいた物が、俺の心にはあった。

 そんな俺のきっぱりとした拒絶の言葉を受け、ボーデさんは訝しげに俺を見る。
 そんなボーデさんに、俺は、はっきりと、こう告げた。

「勇者は、好きになれないので。」

 そんな俺の躊躇の無い言葉に、仲間の皆が一斉に頷くのを、俺は感じたのだった。

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