比翼の鳥

風慎

第46話 要塞都市 イルムガンド

「これはまた……なかなかに圧巻だな。」

 俺は思わず呟いてしまった。
 そんな俺の呟きに、賛同するように、皆、黙って頷いている。

 今日は、約束の日。
 あれから10日間、リリーの特訓を続けた俺達は、ライゼさんやボーデさんと約束したとおりに、迂回して違う方向より、指定された『要塞都市 イルムガンド』へと向かった。

 少し探索しながらだったので、時間は3時間ほどかかったが、まだ、約束の時間には早いので特に問題はない。
 代わり映えのしない砂漠を2時間も走った頃、その砂漠が終わり、固い土が覗く乾いた大地が現われた。
 そして、更に乾いた大地にちらほらと植物を生やした草原を走る事30分。『要塞』の名を持つ都市が今、遠目にではあるが、はっきりとその姿を晒していた。
 大きな石材と小さな石材を規則正しく組み合わせた壁は、遠く離れたこの位置からでも見ることが出来る程、高く大きい。
 うーん……下手すれば、高層ビル位あるぞ? 目算だが、恐らく高さ70m近く……ビルで言えば20階建て位あるんじゃないだろうか。
 その壁が、途切れることなく地平線の果てまで伸びているのだ。即座に、『万里の長城』が俺の脳裏に浮かぶ。
 正に、その様相は城壁であり、あの壁を越えていくのは、普通の人には不可能だろう。
 そんな壁が果てまで続こうかと言う程、綺麗に伸びて行く中に、一際大きな壁が見える。高さで言えば100mは楽々超えているだろう。恐らくあそこが、『要塞都市 イルムガンド』だな。

『こんな建物作っちゃうなんて、人族も凄いんだね。』

 ルナの文字が、虚空に躍る。

「そうだな。建築技術が進んでいると言うことは、もしかしたら、かなり高度な算術が存在しているのかもしれないな。」

 まぁ、元の世界の人がいるなら、それも不思議ではないか。
 俺は、自分の言葉を心の中で反芻し、補足した。

「父上、何故、算術なのですか? 魔法ではないのですか?」

 俺のそんな独り言にも似た呟きだったが、意外な事に、咲耶が興味を抱いたようで、そんな疑問を口にする。

「ああ、建物と言うのは実は、綿密な計算の上に成り立つ、繊細な組み合わせの結果出来ているんだよ。簡単な物であれば、職人の感覚とか経験でいけると思うんだけど、ここまで大きな建造物になると……前もって設計しておかないと厳しいんじゃないかなぁ。」

 横に広げるのは、何とかなるらしいが、上に伸ばすとなるとかなり難易度は上がるらしい。
 何せ、ただ建てるだけでなく、建物を機能させるため、様々な制約が出てくるからだ。
 建材の強度。その特性。組上げ方。そう言ったものを全て加味して建築を始めるとなると、その計画は綿密で膨大な物となるだろう。まぁ、俺も詳しくは知らないが。

「算術も大事ですわね。ね? 咲耶?」

「む、むぅ。精進いたす……。」

 此花が少し意地悪そうな笑みを浮かべて咲耶に言葉を投げかけ、それを渋面で受け止める咲耶。
 そういえば、咲耶は算数が少し苦手らしい。
 まぁ、とは言っても、中学レベルなら何の問題もなく出来ているから、優秀だと思うんだが……。
 微分積分で遊んでいる此花の方が遥かにおかしいだけだ。うん。
 ふと、言葉の無いリリーを振り返る。
 リリーの視線は、無限に続くと錯覚してしまうほど長大な壁を見つめていた。その目には、言い表せない複雑な思いが見て取れる。

「リリー。何か思う所でもあるのかい?」

 そんな俺の言葉で我に返ったリリーは直ぐに返答してきた。

「はい、ツバサ様。あの壁を見て……改めて、人族の力が侮れない事を、再確認しました。あと……。」

「あと?」

 一瞬、リリーは言い淀んだが、俺の促しを受けて、直ぐに口を開く。

「はい。私は……あの壁を見て、牢獄の様だと感じました。」

「なるほど……。そうだね、そうも見えるね。」

「はい。」

 俺の同意が嬉しかったのか、その声は若干弾んでいた。

 あれから、リリーには主に戦闘訓練を中心に、特訓を続けて行った。
 魔力制御法と、実戦をベースに、ひたすら戦い抜いたのだ。
 特に、対勇者を想定した、3対1の模擬戦は……提案した俺が言うのもなんだが……酷かった。
 俺、ヒビキ、ルナ、此花、咲耶の中で、3人を同時に相手すると言う無茶とも言える戦いだ。
 勿論、最初、リリーは一人も倒せないどころか、攻撃を当てる事さえできず、一方的にやられるだけだった。
 だが、9日目にもなると、俺達の動きを追えるだけの余裕が見え、更に、最終日には、此花に防御障壁を張らせる所まで行った。
 これは、俺からすれば、恐ろしいほどの成長である。
 確かに、無茶だった。だが、リリーの心はその程度では折れないと、初日に分かったからこそ、俺はこうして無理を押し通したのだ。
 それを証明するかのように……最後の仕上げとして、リリーは、襲ってきたサンドワーム25体を誰の力も借りず、一人で倒した。そんな、卒業試験も無事クリアした事で、彼女に自信が宿ったのだろう。目に宿る力が、少し強くなった気がする。

 そんな彼女ではあるが、その立ち姿は酷いものだ。

 金色に輝いていた髪は、日の光や俺達の攻撃を受けて、ボロボロに縮れ、色もくすんだ状態だ。腰まであった長さも、肩口程になっていた。辛うじて、髪の根元を束ねているリボンは綺麗なままである。
 服は裂け、原型もその色も留めていない。何度か傷を負い、血を吸った生地は、もう何色と言って良いか分からない程、斑にくすんでいた。
 流石に、そんな裸同然の恰好では、俺の精神状態が危ないので、肌の色に紛れる様、スポーツブラとスパッツのようなアンダーウェアを急きょ作成し、着て貰った。
 まぁ、それでも一目見ると、やっぱり裸に見えるから、ドキッとするんだが……これは慣れるしかなさそうだ。
 一見すると哀れな恰好のリリーだが、その姿は逆に堂々としている。
 むしろ、誇らしげにすら見えた。
 その理由を聞くと、リリーは嬉しそうに、こう答えたのだった。

「恥ずかしくないですよ? だって、これはツバサ様や皆が、私を鍛えてくれた証ですから。」

 彼女は強くなった。前よりも、少し……だが、確実に。
 俺は、力強くそう言ったリリーの言葉を思い出し、改めて、目の前の彼女をじっと見る。
 俺の方をまだ少し照れた様子で見るリリーの姿は、なるほど……確かに、何か目に見えないながらも、独自の雰囲気を宿し、一種、神々しくも思えた。
 それは、自分の殻を破り、自分を肯定した者だからこそ発する事が出来るのだろう。

 たった10日。されど、10日。この短い間に、この子は、ここまで変わった。
 そんな彼女に、俺は嫉妬にも似た、淡い羨望を感じる。
 俺は、そこまで簡単には決意できなかったし、変われなかった。
 自分の過ちに気付くのに3年。変わる為に行動する勇気を振り絞るまで10年。そんなに時間をかけても、動き出しても全く届かない。
 理想とする自分に……そして、今もなお、全く見る事も叶わない未来の自分に。

 そんな俺に比べて、彼女は本当に凄いと思う。彼女の決意は本当に一瞬だった。俺からすれば理解不能である。だが、結果はそこに紛れも無くあり、それは彼女自身の努力のたまものだ。
 彼女の頑張りに、改めて敬意を感じた俺は、思わずリリーの頭を撫でる。
 一瞬、驚いたように耳を立てるリリーだったが、直ぐに目を伏せると、そんな俺の手の感触を楽しむ様に、耳をふにゃりとへたらせ、尻尾を揺らす。
 まだ、耳と尻尾の制御は甘いか……。まぁ、けど、これくらいなら良いよな?

 そんな俺達に興味も無いように、壁はただ、そこに立ち続けていたのだった。


 歩く事1時間。俺達はついに『要塞都市 イルムガンド』へと到着した。

 流石に、高速で街に近付くと色んな意味で目立つし、消えて近付けば、歩哨のいらぬ誤解を招きそうだったので、街が視界に入る少し前からは堂々と、ゆっくり歩いて近づいた。

 近付いて改めてみると、壁の圧迫感が半端ない。そこにこれまた半楕円型の巨大な門。これだけでも、気の弱い人なら萎縮するレベルだ。
 俺の家族はリリーを除いて、一様に門を見上げていた。
 リリーだけは、少し緊張した様子で、周囲に目を配っている。

 さて、とりあえず、大きな門の前まで来たのだが……はて? この先どうすれば良いのだろうか?
 そう思っていると、突然、上から声がかかった。

「旅人か! 身分確認を行う! 名を申せ!」

 見ると、壁の中腹から何か筒のような物を持った兵隊風の人が、声を張り上げていた。
 皮で出来た鎧っぽい物に身を包み、頭もターバンのような物で覆っている。しかし、
 その声は、まるでマイクで増幅した様に、ハッキリと俺達の耳まで届く。

「はい! 旅人のツバサと申します! 各地を放浪しております!」

 俺は負けじと、声を張り上げてその兵隊さんっぽい人に返答した。
 一瞬、こちらを舐めるように見る兵隊さんっぽい人。

「ふむ。確かに、の男1人。女性1人。少女2人。獣。報告通りだな。」

 いや、独り言なのに、筒持ったままこっちに話しちゃ駄目でしょ。
 まぁ、今の言葉のお蔭で、二人の根回しが済んでいることが改めて確認できたので良いのだが。

 ちなみに、俺の髪は脱色し、髪の色を変えてある。黒髪のまま、流石にうろつく気にはならなかったからだ。
 これは、前もってボーデさんにも指摘され、赤くすると答えてあったので問題無かった。
 ちなみに、髪を染めるのに魔法を使ったが、やった事は、元の世界と同じ様に髪の色素を抜いただけだ。
 髪はメラニン色素で色が決まるのは有名だが、ユーメラニンとフェオメラニンと言う2種でほぼ、色が決定するのはあまり知られていない。今回はユーメラニンの量を少しずつ減らして、髪の色を調整しただけだ。最初は、塩素でも作って、無理矢理、脱色しようと思っていたが、魔法であっさり出来てしまい、拍子抜けである。
 魔法って本当に便利である。細かい知識があれば、ピンポイントに変化を起こせるので、小さな労力で、大きな成果を産むことが可能なのだ。
 まぁ、そんな訳で、魔法で常時色を付けている訳では無い為、魔法の検知にも引っかからない……筈だと思う。多分。

 しかし、4頭……ね。ま、覚悟通りの結果という事だろう。
 見ると、リリーは微塵も気にした様子が無い。むしろ、俺の方が軽くへこんでいるらしい。
 ルナと我が子達は無表情。ヒビキは地味に眉間に皺が……。反応は様々である。

「よし! 今、門を開ける。中で身体検査を行うので、入って待つように!」

 そう言うや否や、門が縦に割れ、真ん中から光が漏れ出してきた。
 ゆっくりと開いて行く門を前に、俺達はただその光景を見つめ、佇む。

 暫くして、門が半分ほど開くと、中より先程の兵隊さんっぽい人と同じ格好をした屈強な男性が5人出て来きた。

「よし、こっちだ。着いて来い。」

 そう言われ、5人に囲まれるように、俺達は門の中へと足を踏み入れたのだった。

 身体検査は、よく分からない魔力の通った筒に体を通すだけのものだった。
 もし、ルナやリリーがセクハラされたらどうしようと、密かに心配していたのだが、完全に杞憂に終わってよかった。
 そして、その後は門の中……つまりあの壁を潜り、壁に併設された兵舎の様な所に俺達は通されたのだ。

 部屋は思いのほか広く、全員がそのまま部屋に入る事が出来た。
 ここまで着いて来た5人の兵隊さん風の人達は、四角い部屋の四隅と入口脇に陣取り、こちらに鋭い視線を投げかけている。

 そんな部屋の真ん中には、大きな机と対面に豪華な椅子。そして、こちら側には、ご丁寧にの木の椅子が用意されていた。
 ……我慢だ。我慢。
 こんなの序の口。序の口……。俺は、予想以上にいらだつ自分の気持ちを抑えつつ、

「それでは、暫く、こちらでお待ちください。」

 との言葉に黙って従い、俺、ルナ、此花、咲耶と順番に各々が椅子に腰を下ろした。
 俺の後ろに、リリーが立ち、ヒビキと子供たちがその横に寝そべった時、扉が開き、一人の男が入って来た。

「いやぁー、遅くなり申し訳ありません。」

 頭をかきながら、せかせかと足を動かす青年は、俺の向かいの席に急ぎ足で向かい、そのまま座る。
 ふむ、この人が監査官のような物かな?
 俺の脳裏によぎる疑問を確認する間も無く、目の前の青年は、息を上がらせたまま、自己紹介を始めた。

「私は、この町の監査官代理を務めております、クリストファーと申します。宜しければ、クリスとお呼びください。」

 そう言って、手を胸に当てる姿は、かなり様になっている。
 金髪碧眼のこの男。柔和な表情もあいまって、一見すると、毒気を抜かれてしまうほどの好青年だ。
 容姿も派手ではないが素朴で、何より、所作の一つ一つがとても洗練されていて目を引く。
 こりゃ、良い所の出だろうな。貴族と言われても驚かないぞ?

 だが、それがかえって、俺の警戒心を引き起こした。
 こういう人物ほど、裏に何か飛んでも無い物を抱え込んでいる物だ。
 そんな思いを表情に出すことなく、俺は笑顔で目の前の青年に返答した。

「ご丁寧にありがとうございます。私は、ツバサと申します。こちらは、連れのルナ。此花、咲耶、そして、奴隷のリリーです。」

 ヒビキ、クウガ、アギトの紹介は敢えて割愛した。
 どう反応するか、見てみたかったのもあるが、どちらかと言うと、獣であるヒビキ達を、名前付きで紹介する事が、一般的なのか分からなかった事が大きい。
 まぁ、この部屋にわざわざ獣であるヒビキ達を通した事から、何かしらの意図があるとは踏んでいるのだが……。

「これはこれは、麗しいお嬢さんに、小さな花のように可愛らしい子達ですね。して、失礼ですが、ツバサ殿との御関係等をお伺いしてもよろしいですか?」

「ルナは私の相方です。此花と咲耶は、私の子ですね。」

「なるほど、なるほど。」

 手元に用意された薄い土の板を見ながら、クリスさんは何度も頷いていたが、少し目を細めると更に質問を続ける。

「ちなみに……そちらの獣達は、ちゃんとあなたの言う事を聞きますかね?」

「勿論ですよ。」

「試してみても?」

「危害を加えないのであれば。」

 一瞬、俺の言葉に冷ややかなものが混ざる。
 クリスさんは、眉を跳ねるも、直ぐに笑顔になり、

「勿論です。ツバサ殿のを損なうような事は、致しません。」

 そう胸に手を当てて、お辞儀をする。それに、俺は笑顔を浮かべ、

「お気遣い感謝いたします。では、どうぞ。」

 と答える。しかし、いちいちかんに障るな。全く……。
 多分、素でやっているだろうから、向こうに悪意はないと思う。そもそも、獣は物扱い。それがここでは普通なのだろう。
 しかし、俺の感覚ではティガ親子も、リリーも立派な人格を持った家族なのだ。それを物扱いされて、気分のいい訳が無い。表面上だけでも、笑っているのは苦痛なのである。
 そんな思いを顔に出さないよう注意しながら、俺は成り行きを見守った。

 俺の声を受けて満足そうに頷くと、クリスさんが右手を上げる。
 すると、今まで部屋の四隅で彫像と化していた、兵隊さんっぽい人たちが、腰に下げていた剣を、おもむろに抜き放った。
 一瞬、部屋に緊張が走る。リリーは耳を立て、ヒビキは目を瞑ったまま、皺を更に深くした。クウガとアギトが、場の雰囲気が変わったのを感じて、しきりに視線を動かしている。
 そんな4人の様子を見て、俺はヒビキとリリーに視線を送ると、手の平を二人に向け、

「皆、反撃しない様に。」

 と、呟いた。
 それを見た途端に、リリーとヒビキは警戒を解き、目を閉じて待機する。それにつられるように、クウガとアギトも落ち着きを取り戻した。
 対して兵隊さん達は、あからさまに殺気振りまきつつ、二人に近付き……剣を直上に掲げ上げた。
 そのまま重力の力を借りれば、あっさりと二人は切られてしまう。そんな状況にも関わらず、ヒビキもリリーも微動だにしなかった。
 その様子を見たクリスさんは、掲げていた手をそのまま降ろす。
 そうすると、剣を振り上げていた兵隊さんっぽい人たちは、そのまま剣を静かに降ろし、俺に一礼すると、元の部屋の四隅に戻って剣を鞘にしまい、物言わぬ彫像と化した。

「いやぁ……お見事です。4頭とも、良く躾けられている。」

 クリスさんは、本当に驚いたとでも言わんがばかりに、椅子に深く腰をかけて、脱力していた。
 こっちもある意味脱力していた。
 あの言葉は、4人と言うより、ルナと、此花、咲耶に向けた意味合いの方が大きいのだ。
 あの程度の剣、本気で振り下ろされても、何の問題も無い。だが、感情的には面白くないだろう。見ている方は……だが。
 外野で沸点が低い3人の内、誰かが暴発したら、色々と洒落にならん事になる訳で……それを戒める為の言葉だった訳だ。
 しかし、俺も沸点が低いらしく、先程の仕打ちには、イラッと来ていた。

「ええ、私の自慢の家族達ですからね。」

 なので、あまり表だって反目したくは無かったが、思わずそんな、いらない言葉が口から出てしまう。
 一瞬、クリスさんは、そんな俺の言葉を聞いて訝しそうにするも、土で出来た板に目を通すと、何故か合点がいったと言う顔をする。
 ……何が書かれているんだ……あの板……。
 書類の代わりのような物だと言うのは想像できるが……。

 土板とでもいうのだろうか? その存在が気になる俺であったが、その後は、とんとん拍子に話が進み、俺達は晴れて、要塞都市へと、足を踏み入れる事を許可されたのだった。

「ようこそ。要塞都市 イルムガンドへ。」

 そんなありきたりの言葉と共に都市内へと招かれた俺達の目に、最初に飛び込んできたのは、石で舗装された広い通りとその脇に並ぶ多くの屋台だった。それが、霞むほど先まで続いている。
 そんな通りの先には、一際大きな建物がそびえ立ち、その後ろには、丘が緩やかに広がっていた。その頂上付近。最も高い場所に、中世の城のような建物が霞んで見える。それは、なんとも幻想的な風景で、改めて、ここは異世界なのだと思い知らされた。
 手前の平地で最も巨大な建物は、元の世界のモスクを想像させる、玉ねぎ型の屋根を持った目立つ建屋だった。
 全体的に白塗りだが、上部は金色に光る部分が多く、その趣味の悪さが良く見て取れる。
 そして、気になって良く見ると、殆どの建物は、土壁であり、石組で建てられているようだ。
 そりゃ、こんな乾燥した大地に木材などあろうはずもない。
 逆に、石と土は取る場所がありそうだと、建屋を見て、見当をつける。

 次に目についたのが、奴隷の数である。
 首に黒い輪をはめ、赤い鈴をつけた獣人達が、そこかしこにいる。
 人族1人に対して、5人以上付き従っている事も珍しくない。
 そして、何より、その殆どが男性の獣人だと言うのも気になる。
 やはり労働力として使役されている……と見るべきか。
 ボーデさんから話を聞いていたので覚悟はしていたが、視界に入る全ての獣人は、粗末な服に身を包み、毛並みもボサボサであった。
 痩せこけ、肉の削げ落ちたような者も少なくない。
 何より気になったのがその目だ。生気を全く感じない、生きる気力を見いだせない、絶望に染まった目。
 その目を見ると、どうしても俺の過去がフラッシュバックしてくる。

 そうだな。俺もああいう目をしていた。

 過去、鏡で見た自分の顔は正にあんな感じでは無かっただろうか?
 俺は、襲ってくる過去の妄執を、頭を振って振り払った。
 他の皆も、思い思いに町の様子に見入っているが、あまり楽しそうな表情は見えない。
 その絶対数故か、どうしても奴隷たちに目が向くのである。

 ふと、リリーの様子が気になり視線を向ける。俺の視線に気づいたリリーは、その目に光を宿しながら、周りから分からない程度に、だが、しっかりと頷いた。
 私なら大丈夫です。
 その瞳は、そう伝えて来たのを感じた俺は、軽く微笑むと、声を上げる。

「さて……兎にも角にも、まずは、冒険者ギルドに行かないとな。」

 皆に確認するように発せられた声で、皆、我に返り、目的を思い出したようだった。

「あの腹の立つ男……いえ、監査官殿が言うには、この通りを真っ直ぐ進んで、あの変な形の建物の周りにある広場を目指すのですな。」
「その広場の縁に、冒険者ギルドがあるとの事ですわね。ちなみに、冒険者ギルドのマークは、剣と盾だそうですわ。あのいけすか……いえ、監査官……殿が、仰ってましたわ。」

 二人の言葉の端々に、何か言いようのない棘を感じるが、俺は苦笑するに留める。
 ちなみに、ルナは念の為、文字を書くのを禁止しているので、先程からニコニコと隣で笑っている。
 ……なんでか、その貼りついた笑みが凄く恐いんですけど。ルナさん、もう少し普通で良いんですよ?
 そうして歩き始めた俺の後を、鈴の音を鳴らしながら、リリーとティガ親子が並んで着いて来る。

 先程説明された内の一つに、この鈴の事があった。

 なんでも、獣人や獣を都市の中に入れるには、この鈴をつける決まりになっているらしい。
 これがあれば、安全性を確認された獣として、例外的に都市での活動を許されるとの事。
 逆に、これが無いと、そもそも、都市に入れないし、もし、都市内で鈴の無い獣や獣人が見つかった場合は、衛兵に殺されても文句は言えないとか。
 まぁ、元の世界的に言えば、ペットの首輪か。んで、首輪の無いペットは、保健所送り……ならぬ殺処分と。
 考え方は分からんでもないし、効率は良いとは思うんだけど。
 やはり、気に食わない。全く……。

 考え事をしながらであるが、俺達は歩を進めていた。
 そんな俺達が、屋台を通るたびに、横合いから威勢の良い掛け声が飛んでくる。

「そこのお嬢ちゃん! どうだい! この指輪! これは由緒正しき、帝国王の……。」
「そこの可愛いお姉さん! お連れの方と、このジャッキニーはいかがかな! 食べれば余りの辛さに……。」
「そこの綺麗なお嬢さん! その変わった服も良いけど、帝都で流行の……。」
「おや、可愛らしいそこの子供達! どうだい! この甘い、甘いー……。」

 先程から、ルナと我が子達にかかる声が半端ない。
 と言うか、俺に一回も声がかからないのが解せぬ……。
 そう思っていると、「そこのお兄さん!」と、声がかかる。
 お、ついに俺にも! と思うが……。

「兄さん、兄さん! 今なら、熟女との熱い一夜がたったの……ヒィ!? あ、す、すいません。可愛い方が既にいましたね! し、しし、失礼しました!」

 キャバクラの客引きかよ!? しかも、ルナが笑顔で追い返した。俺は丁度後ろ姿しか見えない位置だったから、幸運にも見る事が出来なかったが……さぞや素敵な笑顔だったのだろう。うん。

 そうして、先程のモスク風の建物が建つ場所へと近づいてきたが……そこには石畳で綺麗に整備された広場が広がっていたのだった。

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