比翼の鳥

風慎

第47話 冒険者ギルド

 あまりにも広すぎる広場を前に、俺達は言葉を失った。

 円形だと思われる広場は、広さにして、直径数kmはあるのではないだろうか? なんせ端が見えない。その広場をまるで取り囲むように存在する他の建物が、一種、壁のように視界の彼方に霞んで存在している。
 と言うか、ここまでアホみたいに広くする必要性があるか不明である。そもそも、土地が勿体無い気がするのだが……?
 そして、その広場のど真ん中に居を構える、モスク風の建造物。堂々と広場の真ん中に鎮座する姿を見て、何かを思い出しかける。なんだろうか? 何かよく似た構造物を見た事あるような……? ああ、そうだ。国会議事堂だ。あれのど真ん中がモスクっぽくなったイメージだ。なるほど、こんな所で、国会議事堂に出会うとは……と、一人納得する。

 そして、そんな広大な広場にも関わらず、先程まで視界を埋め尽くしていた屋台は、この広場には出店していない。
 人がいないわけではないが、その広さと相まって、閑散とした印象を受ける。
 だが、先程の商店通りと比べれば、間違いなく人は少ない。何か特別な理由でもあるのだろう。何となく想像付くけどね……。
 もし、想像通りなら……この建物にはあまり近付きたくないので、俺は足早に広場の外周へと向かい、冒険者ギルドを探す事にした。
 外周を皆で見物しながら、ゆっくりと歩く事20分。漸く、お目当てのマークを掲げる建物に到着した。
 2本の剣をバツ印に交差させ、その後ろに大きな丸い盾のマーク。
 これが冒険者ギルドのマークだと、聞いてもいないのに、クリスさんは言っていた。

 大きな石を巧みに組み上げたその建物は、大きくはあるものの、どこか無骨さが残る。
 五階建てのビル位の大きさだが、ここまでしっかりした高層建築物は、広場のど真ん中以外に周りに無いので、遠くから見て目立つ建物だった。

 建屋は俺の背丈の二倍ほどの高い壁に覆われており、内側の様子を見る事は出来ない。そして、その壁にうがたれた大きな門があるが、先には幅の広い石組みのスロープが続いていた。緩やかに伸びているが、その距離はかなり長い。何と言うか、日本で育った俺としては、その豪快な土地の使い方に、勿体無いと言う気持ちしか起こらない。

 その門の前で立ち止まり中を覗きこんでみたが、人は見当たらなかった。
 少し内部の様子を窺ってみたが、建屋と壁の間にちょっとしたスペースが設けられており、檻が並んでいる場所もある。どうやら、ここは獣を一時的に預ける場所らしい。良く見れば、白い熊やら、大きな狼が静かに寝そべっている姿が確認できた。その様子は大人しく、黙って目を瞑り、主人を待っているように見受けられる。更に、そんな獣が寝そべっているのと同じ場所に、頑丈な檻が併設されている。まぁ、獣の待機場所のようなものだから、猛獣が入る事もあるのだろう。
 俺は興味本位にその檻の中の様子をさり気なく観察し……力なく座り込む獣人の姿を確認して、自分の軽々しい行動を後悔した。陰になっており、痩せこけている事から性別までは判らなかったが、耳の長さと形から、恐らく卯族と推察できた。
 そんな獣人の姿を見て、胸に苦い気持ちが湧き上がるが、今はその気持ちに蓋をして、視線を強引に引き剥がす。

「行こうか。」

 俺はそれだけ、静かに呟くと、門をくぐった。
 しかし、数歩進んだところで、ふとあることに気が付き、俺は歩を止める。
 そんな俺の行動を、訝しがっている皆の様子が背中越しに感じられたが、俺は少し思考を纏める事にした。

 恐らく、ここではひと悶着あるだろう。

 なんせ、冒険者ギルドといえば、言い方は悪いが……ならず者の集まりだ。
 そこに、女子供を引き連れた俺達が入って行って、何も起こらない方がどうかしている。
 正直、絡まれる事は問題ない。最悪、少し痛い目にあうのも、馬鹿にされるのも問題ない。
 俺は問題ないが……他の皆がどうなるかが心配だ。うん、凄く心配だ。

 暫し、俺は手を顎に当て固まっていたが、決断を下す。

 はぁ……どの道どうやっても目立つ。そして、同じ目立つなら、こっちの方が良いだろう。

「此花、咲耶、おいで。」

 俺が手招きすると、二人は首を傾げながらも、トコトコと俺の前に素直に歩いてくる。
 俺は屈み込み、二人に視線を合わせると、念を押すように俺の考えを伝えた。

「いいかい? 此花、咲耶。これから、冒険者ギルドの中に入るけど……きっとお父さんたちは、馬鹿にされる。」

 そんな俺の言葉を不思議そうな顔をしながらも受け止め、黙って頷く二人。
 その様子を確認し、俺は頷くと、更に言葉を続けた。

「多分、お父さんや皆に嫌な事を言う人もいると思う。そして、恐らく……お父さんのカッコ悪い姿も、一杯見せちゃうと思うんだ。だけど、全部お父さんに任せて欲しい。そして……これが一番大事なことだけど、決して、相手に突っかかって行かない事。いいかい?」

 俺の真剣さが伝わったのだろう。此花も咲耶も、一瞬、目を見合わせると、俺の目を再度見て、しぶしぶではあるが、黙って頷いた。

「よし、良い子だ。皆も、頼むよ?」

 俺は二人の頭を優しく撫でる。くすぐったそうに身悶えする我が子達から視線を外し、他の皆にも声をかける。

「よし。ヒビキ、クウガ、アギト。君達は念のために、このスペースで待機してくれ。そして、リリー。君もここでヒビキ達と待つように。」

 一瞬、ヒビキとリリーは嫌そうにお互いの顔を見合うも、黙って頷いていた。
 まぁ、とりあえずこれで、何とかなるだろう。

「ごめんな。ヒビキ、リリー。直ぐ戻るから。さぁ、此花、咲耶……ほら、行こう。」

 俺は二人に手を伸ばす。そんな俺の手を二人は嬉しそうに取り、笑顔を浮かべる。

 そうして、少し緩んだ表情になった二人の手を繋ぎ、俺はそのまま歩き始めた。
 そんな俺を後ろから見ていたルナが微笑むのを感じたまま、俺はゆっくりと、しかし確実に、歩を進めるのであった。




 スロープを進むと、程なく、建て屋に到着した。そして目の前には、巨人でも迎え入れるのかと思うほど、大きな扉が鎮座している。
 そんな木で作られたと思われる扉も、今は開け放たれていた。
 それは、歓迎の証と無理やり思いこんだ俺は、無言で、そのまま中へと足を踏み入れる。

 強烈な日差しの中から一転して、薄暗い屋内へと風景が変わった。
 今はなるべく魔法を使わない様にしているが、身体能力が格段に強化された状態の俺は、直ぐに室内の暗さに対応する。
 そうして目に飛び込んできた屋内を見て、俺は密かに感動した。

 外から見たら石造りの建屋ではあったが、床は木材で作られたであろうフローリングの床となっており、その表面は鈍い光沢を放っている。
 向かって左手には奥に続く部屋があり、チラリと見える風景の中に、丸いテーブルと椅子が何脚もあるようだった。その中に何人かの気配を感じる。
 向かって右手は広めの空間になっており、簡素な掲示板のような物に、羊皮紙だろうか? 何かの皮を伸ばして紙状にしたものが、所狭しと張られていた。
 そして、真正面には、大きなカウンターテーブルがあり、数人の女性が並んでいた。
 何人かはこちらを見ているが、その表情は一様に笑顔である。

 そう。まさしく、これは、俺が思い描いていたギルドの姿そのままなのだった。
 うーむ、異世界テンプレ恐るべし。ここまで忠実だと、逆に恐くなる。
 ほんの数秒であるが、茫然としていた俺は、横合いからかけられた、無遠慮な言葉に我を取り戻した。

「おいおい……ここはいつから孤児院になったんだ? お子様が来るところじゃないぜ。」

 声のした方を見ると、壁に寄りかかり、こちらを横目で見つめる男が一人。
 年のころ20過ぎであろうか? 厚手の布で作られたと思われる深い青一色の服を、細身の体にぴったりとフィットするように所々で縛って着ている。
 あれだ。砂漠の部族が来ているような、ワンピース状態の服だ。やつだ。あれは、砂が服の継ぎ目から入らないようにする為、あんなふうに繋がって作られていると聞いたことがあったのを思い出す。
 そして、頭には白いターバンを巻いていた。
 皮膚は浅黒く焼け、体は引き締まっており、しなやかさを感じさせる。
 整った細い顔立ちに張り付いた、俺らに向けられる切れ目が、まるで白い穴に浮かんだ夜空のように俺には見えた。
 その深さを感じさせる目に宿るのは……不愉快さだろうか?

 ふむ。まぁ、そりゃ、こんななりの奴らが来れば、そう言いたくもなるな。
 俺は心中で納得しつつ、そのままにするわけには行かないので、口を開いた。

「何か不快にさせてしまったようでしたらお詫び致します。して、不愉快ついでに伺えたら嬉しいのですが……ここは冒険者ギルドでは無かったのでしょうか?」

 俺の少し困った顔を見ながら壁に寄りかかった若い男は溜息をつく。

「……そんな冒険者ギルドは、お前達のような小奇麗な親子が来るところじゃねぇよ。帰りな。」

 何か最近、溜息を吐かれることが多い気がするな……と、頭の片隅で思いながら、この人結構いい人だなと、俺は彼の評価を修正する。
 理由は不明だが、赤の他人がそのような事を、わざわざ忠告する義理は微塵も無いはずだ。
 これでそのまま金品をせびって来るとかなら、分からなくも無いのだが、本当に忠告をしてくれているようだし。恐らく、この男が言うように、あまり……よろしい事ではないのだろう。
 ちなみに、わが子達は、この男の物言いに機嫌が悪く、早くも魔力が駄々漏れなので、外に漏れないようにブロックしておいた。ほら、やっぱり……こうなるんだよね。手を握っておいて良かった……。俺は、冷や汗を垂らしながら、制御をミスらないように注意を向ける。
 対して、親子と言われて、ルナが嬉しそうにしていたので、とりあえず俺の背に隠して男には見えないようにしておいた。まぁ、怒ってないなら良いとしよう。うん。

 そうして、俺は少し困ったように苦笑すると、男に返答する。

「お気遣いありがとうございます。ただ、こちらも冒険者ギルドに用がございまして。」

 全然帰る気配どころか、怯える素振りも見せない俺に、業を煮やしたのか、舌打ちをすると、一瞬、俺をまるで親の敵でも見るかのように睨み……そして、視線を外すと、目を瞑り、そのまま口を塞いでしまった。

 あらま、なんか悪い事したかな。
 けど、俺もこのまま、はいそうですか……と、帰るわけにも行かないしな。
 少し、罪悪感を覚えつつも、俺は壁の主と化した男に一礼すると、受付と思しき、女性の並ぶ場所へと歩を進める。

 しかし、その道を塞ぐように、突然、巨漢の男が割り込んできた。
 あら、やっぱり、そうすんなりとは……行かないのか。

「おや? 申し訳ありませんが、道を空けては……いただけませんかね?」

 俺は困ったように頬をかくと、目の前に立ちふさがる巨躯を見上げる。
 それは、正に筋肉で出来た壁であり、力と言うものを具現化したようであった。
 しかし……暑苦しいし、見苦しい……。
 そう。確かに、男としては、その筋肉の見事さには思う所が無いわけではない……が、皮膚がテカテカと光った裸同然の上半身であれば、話は別である。
 そんなもの……筋肉を愛する方には申し訳ないのだが……少なくとも俺は、間近で鑑賞したいとは思わない。

 更にはその暑苦しさに輪をかけるかのように、腰布一枚で膝までを隠すのみの、誰得なその格好。
 スキンヘッドに、何故か良く判らんタトゥと思わしき模様を書き込んだ、知性のない顔。
 そして、その顔にはいやらしい笑みを浮かべ、こちらを見下ろしていた巨漢の男は、その口を開く。

「駄目……だ。この先、通行料……いる。」

 片言だが、その言葉に有無を言わせないものを感じた俺は、

「おや、そうなのですか。しかし……困りました。今は持ち合わせがありません。」

 と、困った顔をしつつ、頬をかいてみる。
 そして、内心では溜息をついていた。
 やっぱり出た……この手の輩。暇ならもっと生産的な事をして欲しい。本当に。
 げんなりとした俺の後ろ、先程の壁の男の方から、面白く無さそうな舌打ちが聞こえてきたのを、俺はぼんやりと聞いていた。

 そんな巨漢の男の影から、もう一人姿を現す。

「そ、それじゃ、こ、ここは、通せないんですねぇ。ひひ、ひひひ。」

 一瞬、俺は眉を引きつらせ……気力で笑顔を浮かべつつ、

「そ、そうなのですか。困りました。まだ、この町に着いたばかりなので、本当に持ち合わせが無いのですよ。何とかなりませんかね?」

 と、言うにとどめる。

 また変なのが出た。
 内心、勘弁してくれ……と思いつつ、生理的に気持ちの悪い、その男の様子を観察する。
 吃音なのは、まだ良い。それは、しょうがない部分もあるのだから、特に気にならないのだが……その言葉の端に悪意が透けて見えるのが嫌なのだ。
 そして、今度は先程と対照的に、病的なまでに青白く、細い……と言うか、ひょろい男だ。
 体の大部分は、薄手のマントに覆われており、直に見る事は出来ない。
 目は落ち窪んでおり、深い隈の中に、妙に浮き上がった白目が、更にその不気味さを際立たせている。
 少し赤みがかった髪は豊かに頭皮を覆いつくしているが、色が所々白く抜けており、不健康さを更にアピールしているようだ。
 しかし、その外見とは裏腹に、放出される魔力量から見るに、こいつは若干魔法が使えるらしい。
 だがしかし、その量は初めて会ったときのヒビキに劣る。まぁ、正直、何をされても、俺達の簡易障壁が破られる事はないだろう。

 正直、この程度の相手、誰の目にもとまらせず、一瞬にして駆逐できる。
 俺が、魔法を使う。もしくは、控えているルナと我が子達にGOサインを出せば、その一瞬の間に終了だろう。
 こいつらは、仲良く意識を刈り取られ、この場に突っ伏すこととなる。

 だが、それでは、後々に禍根が残る。それに、あまり力だけに頼った切り抜け方はしたくないという我侭な思いも有る。
 そして何より、まだ、俺達の力を回りに見せたくないのだ。
 教団の状況も、この町の情勢もわからない状態では、派手に動くわけには行かないという意識もある。

 弱々しい駆け出し冒険者と言うイメージを、何とか作り上げておきたいのだ。

 そんな風に俺が思案していると、ひょろ男が、気持ち悪い口調で提案をしてきた。

「ひひ、ひひひ。そ、そそ、そこまで、言うなら、かか、考えな、ななななくなくも、ないない、んだな。ひ、ひへ。」

 どっちだよ! と、脳内で突っ込みつつ、俺は

「そうですか! 是非、通して頂けませんか?」

 と、こめかみをピクピクさせながら答える。
 頑張れ、ここが正念場だぞ。俺!

「じゃ、じゃあ、そ、そこの白い女を、一晩、か、か、借りるんだな。うへ。」

「はい?」

 一瞬、何を言われたか判らなかった俺は、思わず、素で返す。
 俺のその返答にムッと顔を歪ませると、ひょろ男は少し強い口調で、再度、その汚い言葉を吐き出した。

「そ、そこの、白い髪の女を、ひ、一晩、貸せと、い、言ったんだな! へ、減る物じゃないし、い、良い話なんだな。」

 ひょろ男の視線の先を追うと、そこにはルナがいた。
 つまり、なに? あれか? ルナを一晩……慰み者にしろと、そう言ってるのか? こいつは。

 その瞬間、俺の頭の芯が急速に熱を失い、透明になっていくのを感じる。
 そして、一瞬にして湧き上がった熱が、反転するかのように、全てを凍てつかせる何かへと変貌を遂げた。
 その力は、俺の頭へとゆっくり広がり、周りの景色をその色へと……無色・透明な単一の物へと塗り替える。
 同時に、全ての感覚が透き通り、目の前にいる男達……いや、既にただの物体への関心を急速に凍てつかせ、失わせていった。

 ああ、これは、まずい。この感覚……俺、久々に、本気で怒ってる?

 そう自覚するも、この激しくも純粋な感情は、もはや俺自身の理性ではどうにもならない。
 真なる怒りとでも言おうか。それ程までに純粋な感情。今まで生きてきて、この感覚を呼び起こした事があるのは、2回だけだ。
 最初は高校生のとき。次は、社会人になって。いずれも、碌な事にならなかった。
 それが、このタイミングで起きるとは……。
 既に思考の大半を、凍えた何かに塗りつぶされながら、俺は酷く達観したように、自分自身が変貌していく様を、客観的に見つめていた。

 しかし、あの糞勇者の時でも、ここまで激しい怒りは湧き上がらなかった。
 だが、今、この瞬間、俺は怒りと言う感情に塗りつぶされている。
 それが何故なのか。……今、わかってしまった。

 つまり、だ。

 なるほど。そうか。俺も大概、狂ってると、親友達に言われたが、ああ、確かにその通りだな。
 こうなる事を恐れつつ……ある程度距離を取っていたつもりだったが……やはり駄目だな。
 ルナを俺の心の内に入れすぎない。その事は、気を付けていたつもりだった。
 だが、どうやら失敗していたようだ。

 俺の心のは、既に取り払われていたらしい。

 そうして、俺は、、こんなに簡単に……怒りと言う単一の感情に飲まれる。

 最後に本気で怒りをぶつけたのは……いつだったかな。
 ああ、確か、あの糞会社を……辞めて、それで……。

 思考が散り散りになりながら、それでも今も尚、良く判らない事を喚くひょろ男を、俺は完全に理性を失った目で一瞥する。
 一瞬、俺のその目を見て、ひょろ男は怯んだようだったが、直ぐにその青い顔を更に青くすると、

「な、なな、なんなんだな、そ、そそそそ、その目は。そ、そんな、こ、小娘で、我慢して、してやる、やるやる、だけ、ありがたいん、いんだな。」

 そう捲くし立てる。
 ほう? 小娘? それは、ルナのことか? そんなルナを、お前はどうしようと言うのだ?
 その欲望にまみれた目で、手で、口で……何をするんだ?

 俺は、その自分の思考を受け、笑いがこみ上げて来るのを止められなかった。
 可笑しい。いや、可笑しくて仕方ない。ああ、そうとも。笑えて仕方ないさ。

「は、ははは……。ははは! あはははははははは!!」

 俺の様子がおかしい事に気がついたのだろう。
 此花と咲耶が心配そうに、俺の手を引き、見上げてくるのを感じるが、俺はそれを無視して笑い続ける。
 我が子達の心配そうな目? それどころでは無い。何もかも、滑稽に思えて仕方無いのだ。ここで笑わずして、いつ笑うのだ。

 いきなり俺が笑い始めた事で、その場の雰囲気も一瞬、凍りついたように静かな物へと変わった。
 皆の視線が、注目が、俺達に集中している。
 こうなりたくなかったからこその、低頭な姿勢だったのに。全く……これで今までの苦労も水の泡だ。
 本当に、笑える。笑えるじゃないか。

 それから、俺は暫く、笑い続けたが、徐々にその可笑しさも、波が引くように収まっていく。
 対して、沸騰していた思考から……それ以上に全ての思考から、急速に熱が奪われていった。
 はぁ……。笑った笑った。さて、では、終わりとしようか。

 俺は、ひょろ男に視線を向ける。
 ひょろ男は、そんな俺の視線を受け、気圧されたように、後ずさった。

 では、とりあえず……消えてもらおうかな。

 俺が、何の罪悪感もなく、魔法を放とうとした瞬間……俺を後ろから優しく抱きしめたのは……ルナだったのだ。

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