比翼の鳥

風慎

第48話 冒険者登録試験

「ルナ?」

 ルナに後ろから抱きしめられた瞬間……不思議な事に、あれ程、透き通って色を無くしていた世界が、急速に、色に満ち溢れていくのを、俺はただ、呆然としながら見守っていた。
 いや、それは正確な表現では無く……この景色は俺の心象であり、実際は、世界の色など失われていないのは、理性が知っている。
 しかし、俺は、凍えた心に、熱が戻る瞬間を、確かに実感していたのだった。

 同時に、俺がやろうとしていた事を自覚し、一瞬にして、冷水を浴びたように、心が、背筋が、首筋が引きつる。

 おいおい……冗談じゃないぞ……。危うく、やってしまうところだった。
 過去、2度だけ、この状態に陥った事があったが……その時は、どちらも、俺の心に深い傷を残すに至った経緯がある。
 そう。自覚はしているのだ。これが、俺のおかしい部分であると言うのは。
 これは、親友である鈴木君と柴田に、散々指摘されていた部分である。
 俺から言わせれば、奴らも、大概だと思うのだが……どうやら、結局の所、俺達は同じ穴のムジナらしい。
 今まで、上手く制御していた「つもり」だったが……やはり、「つもり」なだけだったのだろう。
 文字通り、取り返しのつかない所に、踏み入れるところだった。

 ふと、背中に自分とは違うリズムを刻む鼓動を感じる。
 そうか。君か。また、君に……俺は助けられたのか。
 俺は、背中に感じる温もりに、またも救われた事を、否応なしに自覚した。

 ありがとう……ルナ。助かった。
 俺は目を閉じ、感謝の気持ちを込めながら、後ろから俺の胸に回された手に、俺の手を上から重ねる。
 それに応えるかのように、俺の着物を握りかえすルナ。

 その瞬間、またも後ろから舌打ちが聞こえ、同時に、周りから黄色い声が上がる。

 不思議に思い、周りを見ると、ひょろ男は、唖然として、震えながら俺を見つめていた。
 周りの雰囲気も、何かこう、熱を持ったような、甘酸っぱい物に変わっている気がした。
 いや、実際、そっと視線を巡らせてみると、受付のお姉さんは、俺達の見える位置にわざわざ移動して、赤い顔をこちらに向けている。
 此花と咲耶は、俺達の横で、笑顔を見せていた。
 それは、まるで、子供に祝福されている、夫婦のようであり……。

 あー……うん。なるほど。
 俺に後ろから抱きつくルナ。その手をそっと握る俺。
 これ、完全に公衆の面前で、堂々とラブシーンやってますね!

 一瞬、恥ずかしさに顔に熱が集まるのを感じるも、状況としては丁度良いと、思いなおす。

 俺は、自覚してしまった。

 さっきの一件で、俺の気持ちが、後戻りできないところまで踏み込んでしまっている事を、だ。
 ならば、もう、遠慮する意味は、あまり無いだろう。

 全く……おっさんらしく、慎ましやかに生きようと思ったんだけどな。
 俺は、溜息を一つ吐く。

 同時に、俺は、ルナの手をそっと胸から外すと、そのまま半回転して、ルナと見つめあう形に……そのまま、右手を腰に、左手を膝裏に挿しいれ、再度、ひょろ男に……いや、周りに見せ付けるように、そのまま抱き上げた。
 所謂いわゆる、お姫様抱っこと言う奴である。

 どよめく観衆。
 しかし、その周りの様子にいちいち反応してやれるほど、俺には余裕が無かった。

 あかん、これ思った以上に恥ずかしい。
 視線を下げると、顔を真っ赤にしたルナの顔が直ぐ傍にある。息使いが顔で感じられるほど近く。そんな距離で、俺達は視線を交わす。それに、ルナも突然の事だったからだろう。その体は、胎児のような形で硬直したまま。これが何とも、見ていてこう、悶えたくなる程、可愛らしいと言いますか……。
 いや、そうじゃなくて……!

 俺は、ともすればルナの顔へと下がり気味になる視線を強引に外し、ひょろ男を、再度見据える。
 そして、恥ずかしさを抑え、一気に言い切った。

「いや、失礼。折角の提案ですが……この通り、私も、彼女も、互いの事を心から、あ……愛し合っていますので、その提案は、受け入れられません。」

 一瞬、ざわつく屋内。そして、次の瞬間、女性……と言うか、受付のお姉さん達から、黄色い声が上がる。
 言った。言ってしまった。あかん……しかも、噛んだ。愛してるとか……そんな言葉、生きてて一度も言った事ないし!
 顔が滅茶苦茶、火照っているのが、自分でも良く判る。何と言う羞恥プレイ。
 見るとルナは俺の言葉を聞いて、呆然と俺の顔を見ていた。
 俺は、そんなルナの耳元に、一瞬、顔を寄せると、

「一応言っておく。俺の気持ちは本当だぞ? さっきの事で覚悟が決まった。」

 そう、早口で、しかし小声で伝える。
 その光景が更に黄色い声を呼び、何故かはやし立てるように、口笛が何処からとも無く響いてきた。

 そんな中、ルナが真っ赤な顔して、涙を流しながら、もどかしそうに、口を動かす。
 しかし、その口から、声は出ない。そう、出ないのだ。その事が今ほど悔しいと思えた事は無いだろう。
 そして、同様に、ルナにとっても悔しいのだろう。声も出ないのに、同じ事を伝える為、必死に、口を動かしていた。
 文字を使う事も、指で手をなぞる事もしないで、ただ、愚直に、言葉で俺に自分の気持ちを、伝えようとしていた。

 確かに、彼女の口から、声が発せられる事は無い。
 しかし、彼女の口の動きで、俺は何を伝えようとしているか、一字一句理解する事ができた。

「ああ、ありがとう。嬉しいよ。」

 俺のそんな言葉に、ルナは涙を流しながら、何度も頷いている。
 そんな彼女が最後に呟いたのは……『ごめんね。』と言う言葉だったのが、俺の心に深く残った。

 いまや周りの雰囲気は、完全に俺達に傾いていた。

「もう良いだろ。野暮な事すんなよ! ガラーニ!」
「そうだそうだ! ちょっと最近羽振りがいいからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 そんな風に所々、ひょろ男や巨漢の男に対して、野次まで飛ぶようになったのだ。
 俺達のやり取りを見て、唖然としていたひょろ男も、流石に観衆が敵になり、自分達の不利を悟ったのか、

「きょ、今日の所は、し、し、仕方無いんだな。お、覚えてろ、なんだな!」

 と言う、何とも型通りの言葉を残し、巨漢の男と共に、足早に去っていった。

 そうして、何故か皆の祝福を受け、俺達は完全に大げさな対応をされ、漸く、受付に辿りついたのだった。



「一見頼りないから、大丈夫かなーと思ったけど……あんた中々やるじゃないか!」

 何故か俺は、巨乳で大柄のお姉さんに、思いっきり肩を叩かれる。
 別に痛くはないのだが、思いの外、良い音が響いた。これ、普通の人なら、かなりやばい力加減なのでは……。

「そうよね! あなた達が見つめ合ってる時とか、胸が高鳴っちゃったもん!」

 目の前の少し化粧っ毛の来いお姉さんが、感動したように虚空を見つめるのを見て、俺は苦笑する事しかできない。

「本当ですよ! やってる事は大したこと無いのに、凄くドキドキしちゃいました! 想いが伝わるって言うか……。」

 やや幼さの残るお姉さんが目をキラキラさせながら、こちらに潤んだ目を向けてくる。
 大した事無くてすいませんね……。あれで精一杯です。
 つか、皆さん、公衆の面前であれ以上の何をするのでしょうか?
 俺は、そんな思いを顔に出さず、完全なる営業スマイル……の崩れた苦笑で、その場を乗り切る。
 いや、もう既に、俺の事など、どうでも良いのだ。完全に、この3人のお姉さん達は、自分の世界で話を進めている。

 そんな、お姉さんズは、「ヤダー!」とか「それあり!」言いながら、黄色い声を上げていた。
 先程から黄色い声が、一定周期で鳴り響き、ここがどこか、すっかり分からなくなりそうだ。

 一応、受付に辿りついた俺達は、あっという間に彼女達の餌……では無く、別室にての対応とされた。
 つまり、ここはギルド内の、とある一室なのである。階段を一回上がったから、ここは二階なのだろう。
 室内は綺麗に整えられており、床には柔らかな絨毯。窓にはきめの細かい装飾の施された純白のカーテン。
 そして、壁には風景画やら、色々なバリエーションの絵画が並び、部屋の隅には、良く分からん形の壺が台座に乗って丁寧に飾られていた。
 勧められた椅子も、背もたれこそ無い物の、様々な装飾の施された木製の物で、恐らく値の張るものだとうかがえる。
 彼女達との間には、意外に無骨なテーブルがあるものの、意外とこの部屋と調和していて、驚いた。
 この部屋は、恐らく、貴賓室や、客間に相当する所なのだろうが……この歓待ぶりは、いささか度を越していると感じるのは、俺だけだろうか?
 そして、何故か、先程、受付にいた女性達が目の前に勢ぞろいしている訳で……。業務は大丈夫なのだろうか? と、俺は一抹の不安を覚える。

 だが、受付嬢と言えば、ギルドの窓口である。
 彼女達を通して、俺達の評判と言うのがギルドに広がっていく可能性は高い。
 ギルドの依頼を受ける時も、報告するときも、お世話になるだろうしな。
 そんな彼女たちの心象をあまり悪くしたくない俺は、この場を辞すタイミングを完全に逃した。
 そういった理由で、矢継ぎ早に、賞賛……と言うか、ネタにされ、俺は苦笑しながら成り行きを見守るしかないわけだ。

 ちなみに、ルナは真っ赤な顔をしながらも、今尚、俺に抱きついて離れない。それが、更に、受付穣たちの話のネタになり、無限ループの様相を呈しているのだ。
 此花と咲耶は、先程まで部屋の中を歩き回って、調度品や珍しい置物を見てはしゃいでいたのだが、気がついたら部屋の隅のソファーで気持ちよさそうに夢の世界へと旅立っていた。
 この高周波の飛び交う中、何故、そんなに気持ちよさそうに寝れるのだろうか……?
 我が子達よ……お父さんはピンチです。助けて頂けないでしょうか? そう、期待を込めて視線を送るものの、愛娘たちは全く気付いてくれず……挙句の果てに、その視線に気付かれた為、寝入る我が子達の姿を見たお姉さん達のテンションが更に増すと言う悪循環が起こる。
 更に、この現状を打開できない物かと、「ルナは口が聞けないので、話を振るのは控えめにお願いします」と話したら、それだけで何故かおしゃべりが倍増した。どうも、ルナは健気で薄幸の美少女と言う物語がこの3人の中で完成したらしい。これ以上変な情報を与えると、手がつけられなくなりそうなので、迂闊な事も言えず、今俺は、愛想笑いを浮かべる彫像と化しているわけで……。
 駄目だ。この手の状況をどうして良いか、全く分からん……。
 内心、頭を抱えたくなる自分を鼓舞しつつ、俺は終わりの見えない話を延々と聞く羽目になった。
 そうして、どれ程立ったのだろうか?  気のせいか、扉の開く音が聞こえた気がする。

「ここに居たのか。んで……何やってんだ……ツバサさ……いや、ツバサ。」

 もう、俺の脳内には、女性特有の黄色い声が反響しており、一瞬、その声が誰の物か分からなかったが、俺は声のした方へ、緩慢に首を巡らす。そして、その人物の顔を見て、自分の目的を思い出した俺は……

「ボーデ先輩……助けて下さい。」

 恥も外聞も捨て、そう言うしかなかったのだった。



「あれだけ強いツバサも、意外な弱点があった。」

 相変わらずの無表情でライゼさんが呟くのを、俺は苦笑しながら受け入れる他無かった。
 全くもってその通り。ああ言うのだけは、どうにも苦手である。

 あの後、直ぐにあの部屋から助け出された俺達は、ライゼさんとも合流し、ギルドの廊下を歩いていた。
 ルナは機嫌が良さそう……と言うより、もはや半分どこかに飛んでいきそうなほどの軽い足取りで、俺の後ろを歩いている。
 そんなルナの手を取り、此花と咲耶がフォローするかのように先導して歩いていた。
 うん、とりあえず、今は我が子達に任せる事にしよう。
 俺が我が子達に視線を送ると、二人とも、任せとけ!と言わんがばかりの笑顔絵で返す。これなら、後ろは大丈夫だろう。
 そうして俺は、ボーデさんとライゼさんに先導されながら、歩を進める形になった。

 時々、人がすれ違うたびに、ライゼさんとボーデさんに笑顔で一礼していく。その度に、ボーデさんのみが、片手を上げたり、笑顔を向けたり、短く応えたりしていた。
 着ている服が皆、同じところを見ると、ギルドの職員なのだろう。
 やっぱり、この二人。冒険者ギルドではかなりの影響力を持っているようである。
 そんな事実を確認した俺は、先程の話を続ける事にした。

「あの手の状況の上手い捌き方が思いつきません……。」

 そのような言葉を溜息と共に、吐き出す。
 そんな俺の疲れた表情を見て、ボーデさんは苦笑しながら、言葉をかけてくる。

「まぁ、なんだ。運が悪かったな。あの3人は、噂話が大好きでな……今日、本当は彼女達の勤務日では無かったんだが……急遽、予定が変わってな。その、まぁ、御愁傷様だ。」

 そのボーデさんのフォローにもならない言葉を受けて、俺はガックリとうな垂れた。
 色ボケ夫婦の冒険者と言うイメージからスタートするのは、もはや決定事項のようである。
 今頃、先程の受付では、俺とひょろ男のやり取りが、まことしやかに……そして大げさに語られていることだろう。
 そして、そんな状況を想像した俺は、ふと、素朴な疑問を持つに至る。

「しかし、何で皆さん、最初から助けてくれなかったんでしょうか? やっぱりこれも、通過儀礼って奴ですか?」

 元の世界の冒険者ギルドのイメージと言えば、実力が物を言う世界だった。
 それなら、力の強い物の言い分には服従……もしくは、関わらないと言う不文律があるのかもしれない。
 だが、その割には、俺が恥ずかしい立ち回りをした後は、あっさりと皆、味方についてくれた。
 単純に力関係云々と言う話だけでは、どうにも説明できないのだ。

 だから、俺が疑っているのは、これはギルドの慣習であると言うことだ。
 新参者が、必ず受ける洗礼とでも言うのだろうか。
 それで、実力を推し量ったり、その人となりを見極めたりする為の……いわばテストのような物ではないのかと、俺は考えた。
 まぁ、その割には、あのひょろ男の態度は迫真に迫っていたというか、ぶっちゃけ、欲望丸出し、本音丸出しだったような気がしないでもないんだが。
 そんな風に俺が首を捻りながら聞くと、ボーデさんは苦笑しながら、

「ああ、そんなもんだ。だが、今日はさらに運が悪かったな。あいつらは、砂漠のさそりって言うギルドの奴らでな。ありゃぁ……どっちかって言うと、新人冒険者達を試すついでに……物取りを行うような、下品な奴らだ。」

 低い声でささやく様に口を開く。そして、顎をさすると、

「いつもは、この時間に現れる事は無いんだがなぁ。」

 そう呟きながら、何でもない事のように要らない情報まで教えてくれた。

「いや、それって、俺達どんだけ運がないんですか……。」

 俺は半分泣きそうになりながら、そう応えるしかなかったのだった。


 そうして長い廊下を暫く歩くと、外に出た。
 いや、天井は無いが、周囲をしっかりとした頑丈な壁に囲まれている。
 どうやら、ここもまだ、ギルドの敷地内のようだ。
 フローリングから石畳を歩き、そのまま運動場のようにだだっ広い空間へとそのまま歩を進める二人。
 この後何があるか何となく判ってしまった俺は、一瞬、遅れてそのまま二人に着いて行く。
 見ると運動場のような空間の真ん中に、一人の老人が佇んでいた。
 見事な白髪ではあるが、その頭頂部分の森は完全に絶滅しており、未だ強い日差しを見事に跳ね返している。
 同じく白い眉は短く切りそろえられ、その下から力のある眼差しが、こちらを値踏みするように真っ直ぐと向けられていた。
 相当な年であるのだろう。皮膚はたるみ、皺を刻み、強い日差しの為か、多くのシミがその顔を斑に染めている。
 だが、背筋は伸び、その体からは、まだ力が溢れているのを感じた。
 そんな雰囲気の御老人が、先程ギルドの入り口であった男と同じような一枚布で作られた服を纏い、身じろぎ一つせず、こちらの到着を待っていたのだった。

「よう、遅くなってすまねぇな。爺。」

 そんなボーデさんの言葉に、眉をピクリと動かすと、思いの外通る声で、

「……本当にその者達か?」

 その老人は短く応えた。
 その声に込められた、大きな疑念と……それ以上の複雑な感情を俺は感じ取る。
 ま、何をどこまで伝えたか分からけど、かな?

 一瞬向けられた俺の視線に気がついたのだろう。
 ライゼさんは無表情に、

「そう。話したとおり……私達を軽く凌駕する力を持つ者達。」

 と、説明気味に答えを返した。
 俺は、その答えを聞いて、胸を撫で下ろす。
 ま、そのぐらいまでならしょうがないか。

「そうか……。」と、老人は呟く。そして、俺に視線を向け、

「お主が、ツバサと言う者か?」

 そう問いを放った。

 その声には力があった。
 胆力の弱い物なら、それだけでも震え上がってしまいそうな程、気の入った声である。
 俺は内心、感心しながら、笑顔を見せると、

「はい、ツバサと申します。」

 そう、言いながら一礼した。
 そんな俺の一挙一動を見逃さんとするかのように、その老人は視線を俺に向け続ける。
 そして、その目に力を込めたまま、老人は口を開いた。

「わしは、この冒険者ギルドの長をしておる……ロートラウト=スミル=アドベンタルスと……。」
「早い話、このギルドのトップ。」
「名前長いから爺でいいぞ。ツバサ。」

 老人……もとい、ロートラウトさんの名乗りに被せるかのように、ライゼさんとボーデさんが口を開いた。

 ほら、ロートラウトさん、ちょっと震えてるから……折角の見せ場を奪うのは辞めましょうよ。
 特にボーデさん……空気読もうよ。
 きっと、ロートラウトさんには、威厳を見せつけ、場を支配しようと言う意図もあったのだろうが……ぶち壊しである。
 心なしか、ロートラウトさんが、ションボリとしぼんでしまった感じがする。
 そんな御老体に、流石に爺は勿論、ロートラウトさんと名前を言うのも何なので、

「それでは、ここの長と言うことで……ギルドマスターと、お呼び致しますね。」

 そう、フォローしておいた。
 そんな俺の言葉が気に入ったのか、ギルドマスターは威厳を取り戻したように胸を張り、「うむ、良いだろう。」と、短く応える。
「ギルドマスター……うむ……。良い響きだ。」と、強化された聴覚が無慈悲にも彼の呟きを拾ってしまったが聞かなかった事にする。

「んで、爺。さっさと用事終わらせようぜ。」

 ボーデさんが急かすようにそう言うのを、ギルドマスターは忌々しそうに睨むと、咳払いを一つして、俺へと声を掛けた。

「ツバサ殿よ。」

「はい。」

「わしは、この二人と長い付き合いがある。……この二人は、礼儀も知らんし、口も悪いが、冒険者としては優秀じゃ。このイルムガンドにおいて……確実に五指に入る。その位、このギルドには貢献しておるし、皆の信頼も厚い。」

 ほう。そうなのか。まぁ、それはギルドの皆の態度からも見て取れた。
 ましてや、ギルドマスターが直接そんな事を言うのだから、その通りなのだろう。
 見るとボーデさんが、ドヤ顔で俺を見ていた。
 まぁ、その位、頑張ってきたのだろう。俺は、ギルドマスターの言葉に頷きながら、素直に心の中で二人を賞賛する。

「ライゼは、これまで模擬戦闘において、他のギルド員に負けたことが無い。そして、ボーデは……まぁ、何回か完膚なきまで負けておるが……。」
「負けてねぇよ。」
「……と言うように、頑として負けを認めんほどの負けず嫌いじゃ。」

 ちょっと拗ねた顔をしているボーデさんに、ライゼさんは「見苦しい。」といいながら、一刺し指を額に叩き込む様子を横目で見つつ、俺は、「な、なるほど。」と、頷いた。

 暫し、後ろでボーデさんが「痛ぇよ!?」と叫び、ライゼさんが「事実は事実。認められない狭量さはかっこ悪い。」と、更に煽る中、ギルドマスターは、溜息をつきながら、言葉を続けた。

「そんな奴らがの……揃って言うのじゃよ。」

 そう言い、俺を一睨み……更に、良い笑顔のまま、多分何も聞いてなかっただろうルナと、それに寄り添う、此花、咲耶を見て、から、こう言った。

「お主らには、絶対に勝てぬとな。」

 そう言ってギルドマスターは、ボーデさんとライゼさんを見るが、何故か二人は、戦闘状態に突入していた。
 何やってるんすか……あんた達……。
 ギルドマスターは後ろで響く金属音と、ボーデさんの怒声を敢えて無視すると、そのまま話を続ける。
 この爺さんも、大概、図太いじゃないの。

「まぁ、詳しい話はどうしても聞けんかったが、それだけは一致しておったよ。……こんな事初めてじゃ。じゃからの、その言葉……真実か確かめさせてもらおうと思っての。」

「なるほど。そう言うことですか。」

 俺の呟きにも似た言葉に、ギルドマスターは頷くと、

「聞けば、お主らは冒険者になりたいらしいの。しかも、力をなるべく隠して生きたいと。その気持ちは分からんでもない。大きすぎる力は、災いを引き寄せるからの。で、あるならば……あの馬鹿者達と戦ってもらおう。本来、冒険者になるには、筆記と実技の両方が必要じゃが……もし、お主等が勝利できれば……わしの権限で合格としよう。どうじゃ?」

 そんな、決まりきった問いを向けてくる。
 二人はちゃんと俺の希望をちゃんとんでくれていた。
 だからこそ、この様な場所で、ギルドマスターのみを招き、極秘裏に試験を行う算段をつけてくれたのだろう。
 サーチにも、隠れている人員は引っかからない。本当に、この運動場には、俺達しかいないのだ。
 ならば、これを断る理由など無い。

「勿論、お受けいたしますよ。」

 そんな問いに俺は、微笑みながら、そう応えたのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品