比翼の鳥
第54話 背信
「つまり、これが原因?」
「そうですね。その叡智の輪冠と呼ばれている物に、一種の精神操作魔法が組み込まれているわけです。」
ライゼさんが、自分の額にしっかりとはまっている輪冠を、煩わしそうに突っつくものの、その輪は肌に吸い付いたように動きすらしない。
「あの……「それで、ツバサ。」。」
「えっと……何でしょうか?」
「……皆の呪縛を解くことは可能?」
俺はその言葉を受け、少し考える。
「うーん。出来なくはないですが……今は遠慮したいですね。仮に、皆の呪縛を解いたとしても、色々と面倒なことになりそうですし。」
「……そう。」
ライゼさんは、一言、残念そうに口を開く。
ライゼさんの提案は、少々、乱暴な手を使って良いのであれば、可能だ。
そもそも、原因は特定できているので、それを破壊してしまえばいい。
すなわち、叡智の輪冠の強制排除である。
だが、それをやるのは、最終手段だ。そんな事をすれば、あっという間に、こんな物騒な物を作り、今なお管理している奴らに、簡単に気付かれてしまう。
更に、呪縛が解けた後の群集心理を考えると、あまり面白くない事になりそうだし。下手すれば、民衆が変な風に先導されて、あっという間にそいつらを含む人族全体と全面戦争であろう。
なんせ、この世界の人々を、奴らの都合の良い形で支配する為に、わざわざこうして、回りくどい形を取っているのだろうし。
もう、既にシステムとして安定的に機能している仕組みを害そうとすれば、そりゃ、あちらさんも過剰に反応して来るだろう。
だから、そうなった場合、その障害になる者である俺達は、真っ先に排除対象となるのは明白である。
「あ、あのですね……「そうそう、ツバサ。」。」
そうして、不自然にまた、ライゼさんは声を上げる。
俺は、延々と繰り返されているこの状況を、楽しんでいたのだが……。
先程から、この状況を何とかしようとしているリリーが、流石に可哀想に思えて来たので、ライゼさんに声をかけることにする。
「あー……ライゼさん。そろそろリリーを離してやってくれません?」
「いや。」
ぷぃっと、拗ねたように俺から視線を外す。即答だった。
そう、俺が呪縛を解いてから、ライゼさんはリリーの事を放そうとしないのだ。
まぁ、時折、獣耳をうっとりと撫でていたりと、いつも俺がやっている事と大して変わらないので、良いかなーとか思っていたのだが、リリーは逆に困っているようで……。
「ツバサ様……何とかしてください……。」
と、しまいには、半分涙目で懇願してくる始末。見ると、耳も尻尾も萎れ気味である。
別に減るもんじゃないし、好きなだけ触らせてあげれば良いんじゃなかろうか? むしろ、同志が増えた方が色々と都合がよいんだが……と思いつつも、リリーがあまり乗り気でないなら、強要するわけにもいかない訳で。
まぁ、恐らく、今までの反動で、ライゼさんは獣人に対して過剰に反応しているんだろうが……ここは一旦、我慢してもらおうかな。
俺は苦笑をすると、拗ねてしまったライゼさんに、たった一言、伝える。
「ライゼさん。そろそろリリーを放してやってください。どうやら、少し疲れてしまったようなので。……それに、このままだと、リリーに嫌われてしまいますよ?」
その瞬間、ライゼさんがまるでこの世の終わりを垣間見たような、絶望的な表情を浮かべる。
そんなに嫌なのか……。
「嘘……そうよね?」
揺れる瞳で、困った表情を浮かべるリリーの横顔を見つめるライゼさん。
一瞬、俺を振り返るリリーだったが、俺が頷くと、覚悟を決めたらしく、ライゼさんに目を向け、
「えっと、このままですと、困りますので……離していただけると嬉しいです。あと、他の方に、むやみに耳を触られるのを、獣人は……快くは思わないんです。ごめんなさい……。」
そう、ハッキリと口にした。
あれ? そうなのか……。出会った当初から、リリーが嫌がっている様子が無かったから、てっきりあまり問題がないと思っていたのだが……おや?
俺がリリーの言葉にそんな疑問を抱いていた一方で、ライゼさんはそれを聞いて、ショックを受けたのだろう。
一瞬、弾かれる様に手を離し……そして、リリーの耳と、彼女の困った表情を交互に何度も見返すと……肩を震わせながら、少しずつ離れていった。
その姿は、もはや、死刑宣告された罪人の様である。
仔牛的な音楽が流れそうな勢いで、時々、リリーを振り返りながら、一歩ずつ、ギルドマスターの方へと歩いていく。
しっかし、ライゼさんの様子を見るに、もうこれは、もはや別人の領域だな。
呪縛を解く前のライゼさんからは、想像もつかないほどの変貌っぷりである。
……変な副作用とか起きてないよな?
その辺り、症例が殆どない……と言うか、被験者一号なので、確信が持てないのだ。
今まで無意識下で抑圧されていた獣人への想いが反動で溢れ出して、極度の興奮状態にあるのかもしれない。
もしくは、単に、実はあれが素のライゼさんと言う可能性も捨てきれない。
うん、まぁ、経過観察という事で。
そんなライゼさんの様子を見て、リリーは、少し罪悪感があるのだろう。複雑な表情を浮かべながらライゼさんを見たが、それでも、次の瞬間には、音もなく俺の傍へと寄り添うと、しっかりと俺を見上げるように見据えて来た。
その目には期待が見え隠れしている。見ると若干、耳と尻尾も揺れているし。
ああ、ご褒美ですか。そうですか。
全く、こういう所はリリーらしいと言いますか。
ま、今回はリリーがいないと、検証できなかったし、ずっとライゼさんの相手をして貰った訳だから、良いかな。
そう考えた俺は、深く考えず、いつものようにリリーの頭を優しくなでる。
表情こそ変えなかったが、俺に撫でられたリリーの尻尾と耳は嬉しそうに右に左に、ゆっくり揺れた。
だが次の瞬間、走る悪寒。
何だと!? 殺気!? どこから!?
焦って振り向いた俺の目に飛び込んできたのは……
俺を呪い殺さんとするように、凶悪な視線をよこすライゼさんの姿だった。
「ずるい、ずるいずるいずるい…………。ツバサだけ……ずるい。」
「いや、一応、ほら、リリーは私の……奴隷……ですから。」
半分、涙目になりながら、ひたすら俺に殺気混じりの視線を送ってくるライゼさんを、俺は苦笑しながら、そう宥める。
だが、そんな俺の言葉に納得が行かないのだろう。しきりに、ずるいと連呼しながら俺の事を、それはもう怨嗟のこもった眼で見つめてくる。しかも、なんか目の端に涙が浮かんでいるような……。
そんな俺たちの様子に、埒が明かないと思ったのだろう。ギルドマスターが、ため息を一つ吐くと、ライゼさんに言葉をかけた。
「こりゃ、ライゼ。それならば、お主も自分の奴隷を見繕ってくればよいじゃろ。」
いや、それはまずいんじゃ……。
俺はそんなギルドマスターの言葉に、異議を唱えようとして……ちらりとよこした視線から、ギルドマスターにも考えがあるとなんとなく理解する。
それは……結構、荒療治なんじゃなかろうか?
そういう思いが顔に出たのか、ギルドマスターは、少し皮肉気に鼻を鳴らすと、
「ほれ、ライゼ。お主の好みの可愛い獣人が街には溢れているかもしれんぞ?」
と、あえてダメ押しの一手を入れる。
そんなギルドマスターの言葉で、ライゼさんは一瞬迷ったようにリリーを見たが……
「じゃあ、私も奴隷を買う! ほら、ボーデ!」
そう言いながら未だに動けないボーデさんの首根っこを押さえると、そのまま、引きずるように連れて行ってしまう。
いや、一瞬チラリとリリーの方を見て……未練を振り切るように、ドアを開けようとして……あ……開けられるわけないじゃん。
ドアノブを回すも動かないドアに一瞬怪訝な顔をするも、ライゼさんはすぐに俺のせいだと気が付いたようで、こちらに視線を寄越す。
ちょ、そんな怖い目向けないでよ!?
つか、本当に良いのか? 行かせてしまっても。だって、外の奴隷たちは……。
俺は、ギルドマスターに視線を寄越すも、返ってきたのは顎でしゃくる動作だけ。
行かせろ……と。
「はぁ……どうなっても知りませんよ?」
俺は、ため息とともに、そう呟くと、障壁を解除する。
その瞬間、勢いよくドアを開け早足で去っていくライゼさん。
そして、何度か鈍い音を響かせながら、引きずられていくボーデさん。彼の目は死んだ魚のようだった。
しっかし、あの巨体を片手で軽々と引きずるってどういう事よ?
俺は一瞬、あっけにとられたが、ボーデさんの更なる苦労を思い、心で合掌する。
ライゼさんの平穏は、ボーデさんに託された。強く生きて欲しい。割と本気で。
そんなライゼさん達を見送った後、俺は再度障壁を貼り直し、ギルドマスターへと向き直った。
「本当に行かせて良かったんですか?」
俺は、再度、確認の意味を込めて、そう問い直す。
いや、だって、呪縛が解けているのは、ライゼさんだけなのだ。
町の人も、ボーデさんもまだ、そのままである。
今迄の状況を考えれば、あの状態のライゼさんが、町で何かやらかすのは明白だ。
何より、それ以上に心配なのは……。
「ライゼが心配かの?」
俺の心を見透かしたように、ギルドマスターが声をかけてくる。
「ええ、そりゃ、勿論ですよ。この現状を見て、彼女がショックを受けるのは確実ですからね。」
そうなのだ。今の獣人の扱いは、最下層の奴隷であり、使い捨ての労働力なのだ。
少なくとも、今迄の人族の常識では……だが。
俺は、この町に入って、多くの獣人を見てきたが、人として扱われている者は、誰一人としていなかった。
そんな事は、人族の中では当たり前の事なのだ。そして、それはライゼさんも同じわけで……。
しかし、ある日突然、彼女は真実の姿を見ることとなった訳だ。
つまり、同じ人が、獣人という人を虐げる現実を、彼女は今頃、目の当たりにしているはずだ。
今迄当たり前のように嫌悪し、虐げて来た存在が、実は自分たちとあまり変わらない……いや、ライゼさんにとっては、実は、更に愛らしい物たちだと知ったら……そのショックは常人の比では無いだろう。
最悪、奴隷達を軒並み解放して戻って来てもおかしくないと思うんだが……。
そんな憂慮すべき事態を心に浮かべつつ、俺は、視線だけ向けて、言葉を待つ。
しかし、ギルドマスターは、鼻を鳴らすと、事もなげに答えた。
「まぁ、ボーデも居るから大丈夫じゃろ。ライゼも馬鹿ではない。ある程度、ボーデに八つ当たりしたら、頭を冷やして戻って来るじゃろうて。」
「あー……確かに。」
まぁ、確かに、ボーデさんは彼女を必死に止めるだろう。
そして……うん、彼がボッコボコにされる未来が見えた。もう、確定だな。
……ボーデさん……生きて戻って来れるのだろうか?
俺が苦笑していると、ギルドマスターは、
「それに……今まで我々のしてきた事を直視するんじゃ。それ位の業は背負うべきじゃろ。」
そう、少し沈んだ声でつぶやく。
その言葉を聞いて、俺は確信を深める。
「やはり……全て、分かっているんですね?」
何の事? とは聞かない。
最初に会った時から、俺はこのギルドマスターの存在が異質に見えた。
それは、他の皆にあるものが……彼だけには無かったわけで……。
「……そうじゃな。ギルドマスターになった者は、全ての情報が開示される。無論、それでも監視は着くがの。」
ギルドマスターは俺の問いに、驚くほど素直に答える。
「やはり、そうですか。」
俺が、ギルドマスターの言葉に頷いていると、更に口を開く。
「……お主の言うとおり……この街……いや、違うな。全世界の人族の殆どは、叡智の輪冠によって、管理されておる。獣人に対する嫌悪感を最大限に引き出しているのも、その内の一つに過ぎん。」
俺はその言葉に、黙って頷く。
そう。あの輪冠は、獣人達への嫌悪を喚起するだけでは無い。それ以上に、色々と仕組まれている。特に酷いのは……更に無意識下に干渉する、ある機能だ。
「そして、わしは、その影響下から外れておる。見て分かる通りじゃな。」
そう言うと、ギルドマスターは、自分の綺麗に絶滅した頭を、ペシッと叩く。
そうなのだ。ギルドマスターの頭に、輪冠は無い。
なんてことはない。見たままである。これが、俺が、一番最初から不自然に感じた事だったのだ。
そんな軽い雰囲気から一転して、ギルドマスターが放つ雰囲気から、緩い感情が消え去る。
「ギルドマスターになった者は、叡智の輪冠を外される。……それが何故か、お主には判るか?」
俺に向けられたその眼光は鋭い。だが、それ以上に、その瞳の奥には何かを期待するかのような色が見える。
「まともに管理してくれないと……その仕掛けを作った人が困るからじゃないですかね? 感情に流されて、『ムカついたので奴隷を全員抹殺しました』……とかでは、それはそれで困るのでは? なんせ、大切な労働力でしょうし?」
俺は、そう嫌味をこめて応えるに止める。
少し考えればわかることだ。
獣人族が奴隷として、今なお、酷い扱いではあるものの、辛うじて人族の中で存在できるのは、それを管理する組織があるからだと俺は思っていた。
叡智の輪冠の仕組みを解析した時、俺は違和感を覚えたのだ。これは、問答無用で、獣人に対して嫌悪感を植え付ける機能を有している。だが、それは、かなり扱いの難しい事ではないかと俺は思っていたのだ。
考えても見て欲しい。先程のライゼさんのような、激烈な嫌悪感を起こすような状態で、はたして奴隷を適切に管理する事など出来るのだろうか?
俺は、無理だと思う。
嫌いな物は嫌いと、先程、ライゼさんとボーデさんは言っていた。
吐き気を催すほど嫌いな物に対して、幾らそれが仕事だとしても、丁寧に扱う事など可能だろうか? あれは、魔法であるが故、慣れと言う物が無い。元々、そういう風に作られているからだ。だから、短期間なら可能なのかもしれないが、やはりどこかで問題が出てくると俺は思う。そして、それはいずれ、獣人の抹殺と言う動きになるのが、至極当然の結果なのではなかろうか?
だが、実際はそうなっていない……。
街で見た獣人達は、皆、酷い様相だった。しかし、幸か不幸か……辛うじて、生かされている。
だとするならば……そう、適切に獣人を管理する組織がある……と言う事になる。それは、獣人を管理し、奴隷を商品として管理・運営する組織だ。
そして、そんな組織を運営できる人が、商品を蔑ろにするようでは、困るはずなのだ。
その人達……もしくは、その組織の長は、まともでなければ、このシステムは、こんなに長くは続かない。
だからこそ、俺は輪冠を持たないギルドマスターを見た時に、半ば確信したわけだ。この人がその組織の関係者であると。
そうして、そんな俺の棘のある言葉に、当のギルドマスターは
「その通りじゃな……。」
と呟くように頷くと、目を閉じ、瞑目した。
そうして、暫くの間、彼は肩を落とすと、少し小さい声ながらも、はっきりと口にした。
「ツバサ殿のように、最初から獣人を人として思える者にとっては、さぞかし酷い仕打ちと思えるじゃろう? わしも、昔こそ叡智の輪冠の影響を受けておったが、今は、恐らくお主と同じ世界を見ておるからこそ、良く判る。」
そうして、一息、言葉を区切ると、ギルドマスターは俺に向かって、真剣な眼差しを送ってきた。
「じゃから軽々しく許してくれ……とはとても言えんよ。もし、わしの知る者達が、同じような目を受けていたとしたら……とても、心穏やかにはおれんしの。」
そう言ったギルドマスターの顔には、疲れたような表情が張り付いていた。
「じゃが、わしとて、ギルドを……ひいてはこの都市の一端を預かる身じゃからな。自分のギルドの者の幸せと、他者の幸せを選べと言われ……近い者の幸せのみを選んでしまったのじゃよ。……こんな事、知る由もないことではあったが……今思うと、軽率じゃったよ。」
そう、自虐の笑みを浮かべる。
「選んだ……のですか?」
思わず出た俺の問いに、ギルドマスターは頷く。
「うむ。選んでしまったのじゃよ。ツバサ殿は知らんとは思うが、つい10年前までは、この都市もここまでの規模ではなかったのじゃ。いや、都市と呼ぶにもおこがましいの。村じゃ、村。そもそも、ここは日々、魔物の襲撃に晒されておってな……。しかも、ランクの高い凶暴な魔物ばかりじゃ。しかも、気候も人が住むには厳しい。じゃから、日々の食うものに困るほどの有様じゃった。」
ん? そこまで酷い環境なら、そんな所に住まなければ良いのでは……?
それとも、何か理由があるのか?
考え込んでしまった俺の表情を見て、ギルドマスターは、俺のその問いに解を示す。
「ふむ、何でこんな所にわざわざ村を? と思っておるかな? それは、ここの魔物から貴重な資材が取れるからなのじゃよ。」
「なるほど。この砂漠の魔物が一つの資源ですか。」
「うむ、ここの魔物の素材は、他の地域に比べ質が高い。特に、サンドワームの鱗や牙は、武器や防具の素材にうってつけなのじゃよ。」
「それならもっと、冒険者が多くいても良いのでは? それだけの素材なら皆、こぞって狩りに来ると……いや、そうか。一般の冒険者には難度が高すぎるんですかね?」
俺は、ふと疑問に思うも、今まで状況を踏まえ、そう結論付ける。
その俺の言葉に、頷くギルドマスター。
「そうじゃ。お主たちのような規格外の力を持ってすれば、どうとでもなるやもしれんが……一般的に、あの砂漠の魔物を相手にできるのは、ベテランクラスのパーティか……勇者位じゃよ。」
そうなのか……。ぶっちゃけ、森の魔物の方が強かった感じすらするのだが。
魔力暴走以来、森の魔物の強さは飛躍的に上がったからな。
まぁ、それ以上に、獣人達の強化が酷かったが。
その中でも、特に、新生代とか、ぶっちぎりですよ?
もし仮に……新生代とまともに戦ったら、リリーだと、結構苦戦する気がする。
……いや、状況によっては、俺でも危険なのでは……。
一瞬、コメ掃射に穴だらけにされる俺の姿が……そして、高速でジェットストーリームっぽい何かを繰り出す巨象の群れが俺の脳裏を過る。
そんな俺の脳内バトルの状況を知る由もなく、ギルドマスターの言葉は続いた。
「それにの……。ここに冒険者ギルドを作ったのにはもう一つ意味があるのじゃよ。ここの砂漠の魔物は、時折、人族の領地に深く進攻してくることがあるのじゃ。原因は不明なのじゃがな。」
「なるほど。その為の……城壁ですか?」
そんな俺の言葉に、ギルドマスターは黙ってうなずく。
しかし、今までの話を考えると、矛盾が生じる。
倒すのも大変な魔物を抑えつつ、ここまで長大な城壁を作るには……多くの労働力が必要だったはずだ。
「……では、この都市の城壁は……?」
俺がその目に若干の怒りを湛えながら、ギルドマスターを睨む。
彼は目を逸らすも、それでも、ポツリ、ポツリと呟くように、口を開いた。
「ああ、そうじゃ。お主の予想通り、獣人達の犠牲の下に成り立っておる。あの規模の城壁を作るには、人族だけでは無理じゃった。じゃが、城壁を築かぬと、いつまで経っても魔物の脅威から逃れる事はできんかった。……あの壁は……古くからこの地に住む者全てが、切望してきた物なのじゃよ。」
俺は、そんなギルドマスターの言葉を聞きながら、感情の部分は身勝手な事だと激怒しつつも、裏の冷静な俺は、ある意味、当然の事だと、今の話を受け止めていた。
今までの話を聞いて、納得できる部分も多い。
いや、だって、もし自分達が切羽詰ってたら、そんなもんでしょ? と言うのが本音ではある。
勿論、感情としては、もう少し何とかならなかったのか? とは思うが。
むしろ、このギルドマスターが、表面上ではあるものの獣人族に対して、ある程度の後ろめたさを持ってくれていた事の方が驚きであり、行幸であった。
もしかしたら、案外、何とかなるかも知れないな。
「そうですか……。皆さんも苦労してきたんですね。」
俺は、同情と共感を表しつつ、言葉にする。そんな俺の言葉に、驚いたようにこちらを見るギルドマスター。
「……ですが、人族の発展の為に、獣人族を犠牲にし続けると言うのは……私は、寂しい事だと思います。」
しかし、その言葉で、再び表情を曇らせてしまった。
さて、ここからが正念場かな。
俺が、どうやって話を持っていこうかと考えていると、意外な事に、ギルドマスターの方から、口を開く。
「わしらも、そうは思っておる。本音を言えば、今の現状を、どうにかしたいと言う気持ちもあるのじゃ。自分勝手な論理で、獣人に苦労を強いている事も、重々承知しておる。じゃが……わしらが生き残るには、これしか道がなかったのじゃよ。」
その言葉は、俺が思った以上に悲痛な響きを伴っていた。
うーん。先ほどから聞いていて思ったのだが、俺が想像していた以上に、獣人の事を気にしているのか?
ここまで都市の発展に貢献してきたのなら、もう少し割り切って、自己弁護してもおかしくないと思うんだが。
少し不思議に思った俺は、再度確認をする。
「ギルドマスターは……獣人の事を、憎んでいないのですね。割り切ってしまえば楽なのでは無いですか?」
「……出来るなら、そうしたかったのじゃがな……。じゃが……わしには無理じゃった。上手くやっておる者も多いが、わしのような者も多い。」
それから、ギルドマスターは、ポツリポツリと、今迄にあった事を語り始めた。
冒険者だった頃。獣人を犠牲にして、逃げた事。
ドラゴン撃退の功績を認められ、教団より、ギルドマスターを任命された事。
その際に、叡智の輪冠を外され、獣人たちの管理を、他のギルドマスターと共同で受け持つことを知った事。
呪縛が解けた事で、獣人に対する全ての価値観が崩壊し、それでもその感情を隠しながら、無心に業務に励んできた事。
労働力調達と称して、隠れ住んでいた獣人の村を壊滅させ、奴隷として連れてきた事。
その村の女性が、子供が、ぼろ屑のように捨てられ、最後は魔物をおびき寄せる餌として、砂漠の真ん中に捨てられると言う、光景を何度も見た事。
徐々に良心の呵責に耐えられなくなり、他の志を同じくするマスター達と、密かに連絡を取り合うようになった事。
せめてもの抵抗にと、戦闘奴隷と言う形で、屈強な獣人達に限り、待遇を改善している事。
しかし、徐々に同志たちも、不可解な死を遂げて、代替わりをしていった事。
そうして、今や、完全に分断・孤立し、日々、無為に時間を過ごしている事。
彼の歴史が、とめどなく、語られていった。
所々、重要な情報も混じり、俺は、頷きながらも、彼の言葉の中から、冷静に情報を分析していく。
そして、情報が整理され行くにつれ、教団に対する嫌悪感が更に深まる事を、頭の隅で自覚していた。
そう思う一方で、どうしても不可解な点がある事も、俺は見過ごせなかった。
何故、こうも雑に、マスターと言う重職を管理しているのか? という事だ。
つまり、教団のあの精神操作を使えば、もっと狡猾に……ぶっちゃけ、相手に自覚すらさせないまま、効率よく獣人の管理が出来ると思うのだ。
教団至上主義とでも言うのだろうか? 絶対的な、教団への忠誠心を植え付ければ、全ての事が済む話だと思うのだが……はて?
だが、実際は、ほぼ野放しに近い。これではまるで、反乱を起こして下さいと言っているようなものである。
……まさか、そこが狙いなのか?
そうして反乱分子を篩にかけているとか……いや、効率悪すぎでしょ。俺なら別の方法をとる。
そう。効率が悪い。人族の為に作られた形にしては、何か歪である。
だから、逆に考えて、これは全てギルドマスターの演技で、俺の様な背信者を見つけ出し、教団に売る布石なのでは? と考えてしまった自分もいた。
だが……これで、演技だったら、潔く負けを認めるしかないのだろう。そう思えるほどに、彼から出た言葉には、悲痛な気持ちが滲み出ていたのだ。
ああでもない、こうでもないと、話を聞きながら悩んだ結果……どちらに転んでも、俺に高度な腹芸は無理だと悟った。
そうして、俺が悩んでいる中、彼は全てを語り終えたのだろう。
しばらくの間、沈黙がその場を満たす。
よし。考えるのは止めた。なるようになるだろう。
それに、もし、彼の気持ちが本物なら……試す価値はあるかもしれない。
俺はそう、思い立ち、口を開く。
「まぁ、今更な感もあるのですが……そこまで話しちゃって良いんですか? 先程も、監視が着いてるって言ってましたけど。」
そう。話を聞いていて、俺が一番疑問に思っている事である。
正直に言えば、幾ら、ある程度、力を見せたからと言っても、ここまで話してくれるとは思わなかったのだ。
特に、自分の感情に関わる部分とか、普通は見せないと思うのだ。だって、弱みを見せたら舐められるのは交渉の基本だし。
「そうじゃの。普段なら口が裂けても言えぬ事を言っておる。恐らく、この瞬間にも、暗殺されてもおかしくない状況じゃな。」
おう、ヘビィすぎる。
ちなみに、今の所、ギルドマスターへの監視は確認できていない。
てっきり、さっきの目がついているのかと思いきや、そんな事もなかった。
肩透かしの気分だが、一応、油断はしない。俺の持てる力を全て使って、観測を続けている。
ちなみに、念のために、先程出て行った二人も監視しているのだが……ライゼさんは、奴隷を売っている所と思われる場所で、ボーデさんに羽交い絞めにされていた。
頑張れボーデさん。この後、大事になるかどうかは、貴方にかかっています。
俺が心の中で、ボーデさんを応援していると、ギルドマスターは俺に視線を向け、口を開いた。
「じゃが……実際は、そうなっておらんしな。つまりは、ツバサ殿の言葉を裏付ける結果にもなっておる。じゃから、こうも饒舌に話しておる訳じゃ。」
成る程。ある意味、俺の言葉が真実かを見極める意味もあったという事か。それにしても、掛け金が自分の命って言うのも大概だと思うが。
「それにな……もう、疲れたのじゃよ。」
「疲れ……ましたか。」
そんな俺の問い返しに、ギルドマスターは、「うむ、疲れたのじゃ……。」と短く答えると、更に口を開く。
「同志である者以外には、誰にも話せず、同志達も皆、不可解な死を遂げ、今や残るは数人。皆、暗殺を恐れ最近は連絡も取れておらぬ。……わしも、一人で全てを成そうと思えるほど強くも無い。このまま、ゆっくりと死を待つのみ……そこに現れたのが……お主じゃよ。」
そんな風に、一気にまくしたてると、疲れた様子はどこへやら? 一変して、悪戯小僧のような笑みを浮かべ、俺を見る。
俺はそれを、苦笑で返すに留めた。
「どうせ、教団に目を付けられておるしの。それならば、お主に全て押し付けてしまうのも、有りじゃと思ったわい。普通ならそんな事、考えもせんが……何せ、あれだけ無茶苦茶な事をしでかしてくれたのじゃ。あれを見せられたら、正直、わしの状況など、馬鹿馬鹿しく思えてすら来たわい。」
「はて、なんのことやら。」
俺は肩をすくめながら、俺はとぼけようとするが、ギルドマスターは何がおかしいのか、笑みを浮かべながら続ける。
「大精霊を伴侶とし、獣人族を従え、そして、独自に世界の秘密に迫り、さらには教団の呪縛を解き、勇者と対峙する力を持つ者……。」
「ははは……。」
客観的に指摘されると、苦笑以外に返す言葉も無かった。
ついでに言うと、龍神様とも懇意にしております、とは言わない。文字通りの藪蛇である。
「かたや、状況に手詰まり、死を待つばかりの老体がここにおる。ここまで洗いざらい話したのじゃ……。皆まで言わぬとも……良いじゃろ?」
そう言うギルドマスターの表情は、先程とはうって変って、生き生きとしていた。
あれ? もしかして……誘い込んだつもりで誘われたのは……俺の方か?
そんな事を俺が考えると、顔に出ていたのか、彼はニヤリと笑うと、
「利害は一致しておるじゃろ? 共犯になってもらうぞ?」
そう言ったギルドマスターの顔には、もはや憂いは無かったのだった。
「そうですね。その叡智の輪冠と呼ばれている物に、一種の精神操作魔法が組み込まれているわけです。」
ライゼさんが、自分の額にしっかりとはまっている輪冠を、煩わしそうに突っつくものの、その輪は肌に吸い付いたように動きすらしない。
「あの……「それで、ツバサ。」。」
「えっと……何でしょうか?」
「……皆の呪縛を解くことは可能?」
俺はその言葉を受け、少し考える。
「うーん。出来なくはないですが……今は遠慮したいですね。仮に、皆の呪縛を解いたとしても、色々と面倒なことになりそうですし。」
「……そう。」
ライゼさんは、一言、残念そうに口を開く。
ライゼさんの提案は、少々、乱暴な手を使って良いのであれば、可能だ。
そもそも、原因は特定できているので、それを破壊してしまえばいい。
すなわち、叡智の輪冠の強制排除である。
だが、それをやるのは、最終手段だ。そんな事をすれば、あっという間に、こんな物騒な物を作り、今なお管理している奴らに、簡単に気付かれてしまう。
更に、呪縛が解けた後の群集心理を考えると、あまり面白くない事になりそうだし。下手すれば、民衆が変な風に先導されて、あっという間にそいつらを含む人族全体と全面戦争であろう。
なんせ、この世界の人々を、奴らの都合の良い形で支配する為に、わざわざこうして、回りくどい形を取っているのだろうし。
もう、既にシステムとして安定的に機能している仕組みを害そうとすれば、そりゃ、あちらさんも過剰に反応して来るだろう。
だから、そうなった場合、その障害になる者である俺達は、真っ先に排除対象となるのは明白である。
「あ、あのですね……「そうそう、ツバサ。」。」
そうして、不自然にまた、ライゼさんは声を上げる。
俺は、延々と繰り返されているこの状況を、楽しんでいたのだが……。
先程から、この状況を何とかしようとしているリリーが、流石に可哀想に思えて来たので、ライゼさんに声をかけることにする。
「あー……ライゼさん。そろそろリリーを離してやってくれません?」
「いや。」
ぷぃっと、拗ねたように俺から視線を外す。即答だった。
そう、俺が呪縛を解いてから、ライゼさんはリリーの事を放そうとしないのだ。
まぁ、時折、獣耳をうっとりと撫でていたりと、いつも俺がやっている事と大して変わらないので、良いかなーとか思っていたのだが、リリーは逆に困っているようで……。
「ツバサ様……何とかしてください……。」
と、しまいには、半分涙目で懇願してくる始末。見ると、耳も尻尾も萎れ気味である。
別に減るもんじゃないし、好きなだけ触らせてあげれば良いんじゃなかろうか? むしろ、同志が増えた方が色々と都合がよいんだが……と思いつつも、リリーがあまり乗り気でないなら、強要するわけにもいかない訳で。
まぁ、恐らく、今までの反動で、ライゼさんは獣人に対して過剰に反応しているんだろうが……ここは一旦、我慢してもらおうかな。
俺は苦笑をすると、拗ねてしまったライゼさんに、たった一言、伝える。
「ライゼさん。そろそろリリーを放してやってください。どうやら、少し疲れてしまったようなので。……それに、このままだと、リリーに嫌われてしまいますよ?」
その瞬間、ライゼさんがまるでこの世の終わりを垣間見たような、絶望的な表情を浮かべる。
そんなに嫌なのか……。
「嘘……そうよね?」
揺れる瞳で、困った表情を浮かべるリリーの横顔を見つめるライゼさん。
一瞬、俺を振り返るリリーだったが、俺が頷くと、覚悟を決めたらしく、ライゼさんに目を向け、
「えっと、このままですと、困りますので……離していただけると嬉しいです。あと、他の方に、むやみに耳を触られるのを、獣人は……快くは思わないんです。ごめんなさい……。」
そう、ハッキリと口にした。
あれ? そうなのか……。出会った当初から、リリーが嫌がっている様子が無かったから、てっきりあまり問題がないと思っていたのだが……おや?
俺がリリーの言葉にそんな疑問を抱いていた一方で、ライゼさんはそれを聞いて、ショックを受けたのだろう。
一瞬、弾かれる様に手を離し……そして、リリーの耳と、彼女の困った表情を交互に何度も見返すと……肩を震わせながら、少しずつ離れていった。
その姿は、もはや、死刑宣告された罪人の様である。
仔牛的な音楽が流れそうな勢いで、時々、リリーを振り返りながら、一歩ずつ、ギルドマスターの方へと歩いていく。
しっかし、ライゼさんの様子を見るに、もうこれは、もはや別人の領域だな。
呪縛を解く前のライゼさんからは、想像もつかないほどの変貌っぷりである。
……変な副作用とか起きてないよな?
その辺り、症例が殆どない……と言うか、被験者一号なので、確信が持てないのだ。
今まで無意識下で抑圧されていた獣人への想いが反動で溢れ出して、極度の興奮状態にあるのかもしれない。
もしくは、単に、実はあれが素のライゼさんと言う可能性も捨てきれない。
うん、まぁ、経過観察という事で。
そんなライゼさんの様子を見て、リリーは、少し罪悪感があるのだろう。複雑な表情を浮かべながらライゼさんを見たが、それでも、次の瞬間には、音もなく俺の傍へと寄り添うと、しっかりと俺を見上げるように見据えて来た。
その目には期待が見え隠れしている。見ると若干、耳と尻尾も揺れているし。
ああ、ご褒美ですか。そうですか。
全く、こういう所はリリーらしいと言いますか。
ま、今回はリリーがいないと、検証できなかったし、ずっとライゼさんの相手をして貰った訳だから、良いかな。
そう考えた俺は、深く考えず、いつものようにリリーの頭を優しくなでる。
表情こそ変えなかったが、俺に撫でられたリリーの尻尾と耳は嬉しそうに右に左に、ゆっくり揺れた。
だが次の瞬間、走る悪寒。
何だと!? 殺気!? どこから!?
焦って振り向いた俺の目に飛び込んできたのは……
俺を呪い殺さんとするように、凶悪な視線をよこすライゼさんの姿だった。
「ずるい、ずるいずるいずるい…………。ツバサだけ……ずるい。」
「いや、一応、ほら、リリーは私の……奴隷……ですから。」
半分、涙目になりながら、ひたすら俺に殺気混じりの視線を送ってくるライゼさんを、俺は苦笑しながら、そう宥める。
だが、そんな俺の言葉に納得が行かないのだろう。しきりに、ずるいと連呼しながら俺の事を、それはもう怨嗟のこもった眼で見つめてくる。しかも、なんか目の端に涙が浮かんでいるような……。
そんな俺たちの様子に、埒が明かないと思ったのだろう。ギルドマスターが、ため息を一つ吐くと、ライゼさんに言葉をかけた。
「こりゃ、ライゼ。それならば、お主も自分の奴隷を見繕ってくればよいじゃろ。」
いや、それはまずいんじゃ……。
俺はそんなギルドマスターの言葉に、異議を唱えようとして……ちらりとよこした視線から、ギルドマスターにも考えがあるとなんとなく理解する。
それは……結構、荒療治なんじゃなかろうか?
そういう思いが顔に出たのか、ギルドマスターは、少し皮肉気に鼻を鳴らすと、
「ほれ、ライゼ。お主の好みの可愛い獣人が街には溢れているかもしれんぞ?」
と、あえてダメ押しの一手を入れる。
そんなギルドマスターの言葉で、ライゼさんは一瞬迷ったようにリリーを見たが……
「じゃあ、私も奴隷を買う! ほら、ボーデ!」
そう言いながら未だに動けないボーデさんの首根っこを押さえると、そのまま、引きずるように連れて行ってしまう。
いや、一瞬チラリとリリーの方を見て……未練を振り切るように、ドアを開けようとして……あ……開けられるわけないじゃん。
ドアノブを回すも動かないドアに一瞬怪訝な顔をするも、ライゼさんはすぐに俺のせいだと気が付いたようで、こちらに視線を寄越す。
ちょ、そんな怖い目向けないでよ!?
つか、本当に良いのか? 行かせてしまっても。だって、外の奴隷たちは……。
俺は、ギルドマスターに視線を寄越すも、返ってきたのは顎でしゃくる動作だけ。
行かせろ……と。
「はぁ……どうなっても知りませんよ?」
俺は、ため息とともに、そう呟くと、障壁を解除する。
その瞬間、勢いよくドアを開け早足で去っていくライゼさん。
そして、何度か鈍い音を響かせながら、引きずられていくボーデさん。彼の目は死んだ魚のようだった。
しっかし、あの巨体を片手で軽々と引きずるってどういう事よ?
俺は一瞬、あっけにとられたが、ボーデさんの更なる苦労を思い、心で合掌する。
ライゼさんの平穏は、ボーデさんに託された。強く生きて欲しい。割と本気で。
そんなライゼさん達を見送った後、俺は再度障壁を貼り直し、ギルドマスターへと向き直った。
「本当に行かせて良かったんですか?」
俺は、再度、確認の意味を込めて、そう問い直す。
いや、だって、呪縛が解けているのは、ライゼさんだけなのだ。
町の人も、ボーデさんもまだ、そのままである。
今迄の状況を考えれば、あの状態のライゼさんが、町で何かやらかすのは明白だ。
何より、それ以上に心配なのは……。
「ライゼが心配かの?」
俺の心を見透かしたように、ギルドマスターが声をかけてくる。
「ええ、そりゃ、勿論ですよ。この現状を見て、彼女がショックを受けるのは確実ですからね。」
そうなのだ。今の獣人の扱いは、最下層の奴隷であり、使い捨ての労働力なのだ。
少なくとも、今迄の人族の常識では……だが。
俺は、この町に入って、多くの獣人を見てきたが、人として扱われている者は、誰一人としていなかった。
そんな事は、人族の中では当たり前の事なのだ。そして、それはライゼさんも同じわけで……。
しかし、ある日突然、彼女は真実の姿を見ることとなった訳だ。
つまり、同じ人が、獣人という人を虐げる現実を、彼女は今頃、目の当たりにしているはずだ。
今迄当たり前のように嫌悪し、虐げて来た存在が、実は自分たちとあまり変わらない……いや、ライゼさんにとっては、実は、更に愛らしい物たちだと知ったら……そのショックは常人の比では無いだろう。
最悪、奴隷達を軒並み解放して戻って来てもおかしくないと思うんだが……。
そんな憂慮すべき事態を心に浮かべつつ、俺は、視線だけ向けて、言葉を待つ。
しかし、ギルドマスターは、鼻を鳴らすと、事もなげに答えた。
「まぁ、ボーデも居るから大丈夫じゃろ。ライゼも馬鹿ではない。ある程度、ボーデに八つ当たりしたら、頭を冷やして戻って来るじゃろうて。」
「あー……確かに。」
まぁ、確かに、ボーデさんは彼女を必死に止めるだろう。
そして……うん、彼がボッコボコにされる未来が見えた。もう、確定だな。
……ボーデさん……生きて戻って来れるのだろうか?
俺が苦笑していると、ギルドマスターは、
「それに……今まで我々のしてきた事を直視するんじゃ。それ位の業は背負うべきじゃろ。」
そう、少し沈んだ声でつぶやく。
その言葉を聞いて、俺は確信を深める。
「やはり……全て、分かっているんですね?」
何の事? とは聞かない。
最初に会った時から、俺はこのギルドマスターの存在が異質に見えた。
それは、他の皆にあるものが……彼だけには無かったわけで……。
「……そうじゃな。ギルドマスターになった者は、全ての情報が開示される。無論、それでも監視は着くがの。」
ギルドマスターは俺の問いに、驚くほど素直に答える。
「やはり、そうですか。」
俺が、ギルドマスターの言葉に頷いていると、更に口を開く。
「……お主の言うとおり……この街……いや、違うな。全世界の人族の殆どは、叡智の輪冠によって、管理されておる。獣人に対する嫌悪感を最大限に引き出しているのも、その内の一つに過ぎん。」
俺はその言葉に、黙って頷く。
そう。あの輪冠は、獣人達への嫌悪を喚起するだけでは無い。それ以上に、色々と仕組まれている。特に酷いのは……更に無意識下に干渉する、ある機能だ。
「そして、わしは、その影響下から外れておる。見て分かる通りじゃな。」
そう言うと、ギルドマスターは、自分の綺麗に絶滅した頭を、ペシッと叩く。
そうなのだ。ギルドマスターの頭に、輪冠は無い。
なんてことはない。見たままである。これが、俺が、一番最初から不自然に感じた事だったのだ。
そんな軽い雰囲気から一転して、ギルドマスターが放つ雰囲気から、緩い感情が消え去る。
「ギルドマスターになった者は、叡智の輪冠を外される。……それが何故か、お主には判るか?」
俺に向けられたその眼光は鋭い。だが、それ以上に、その瞳の奥には何かを期待するかのような色が見える。
「まともに管理してくれないと……その仕掛けを作った人が困るからじゃないですかね? 感情に流されて、『ムカついたので奴隷を全員抹殺しました』……とかでは、それはそれで困るのでは? なんせ、大切な労働力でしょうし?」
俺は、そう嫌味をこめて応えるに止める。
少し考えればわかることだ。
獣人族が奴隷として、今なお、酷い扱いではあるものの、辛うじて人族の中で存在できるのは、それを管理する組織があるからだと俺は思っていた。
叡智の輪冠の仕組みを解析した時、俺は違和感を覚えたのだ。これは、問答無用で、獣人に対して嫌悪感を植え付ける機能を有している。だが、それは、かなり扱いの難しい事ではないかと俺は思っていたのだ。
考えても見て欲しい。先程のライゼさんのような、激烈な嫌悪感を起こすような状態で、はたして奴隷を適切に管理する事など出来るのだろうか?
俺は、無理だと思う。
嫌いな物は嫌いと、先程、ライゼさんとボーデさんは言っていた。
吐き気を催すほど嫌いな物に対して、幾らそれが仕事だとしても、丁寧に扱う事など可能だろうか? あれは、魔法であるが故、慣れと言う物が無い。元々、そういう風に作られているからだ。だから、短期間なら可能なのかもしれないが、やはりどこかで問題が出てくると俺は思う。そして、それはいずれ、獣人の抹殺と言う動きになるのが、至極当然の結果なのではなかろうか?
だが、実際はそうなっていない……。
街で見た獣人達は、皆、酷い様相だった。しかし、幸か不幸か……辛うじて、生かされている。
だとするならば……そう、適切に獣人を管理する組織がある……と言う事になる。それは、獣人を管理し、奴隷を商品として管理・運営する組織だ。
そして、そんな組織を運営できる人が、商品を蔑ろにするようでは、困るはずなのだ。
その人達……もしくは、その組織の長は、まともでなければ、このシステムは、こんなに長くは続かない。
だからこそ、俺は輪冠を持たないギルドマスターを見た時に、半ば確信したわけだ。この人がその組織の関係者であると。
そうして、そんな俺の棘のある言葉に、当のギルドマスターは
「その通りじゃな……。」
と呟くように頷くと、目を閉じ、瞑目した。
そうして、暫くの間、彼は肩を落とすと、少し小さい声ながらも、はっきりと口にした。
「ツバサ殿のように、最初から獣人を人として思える者にとっては、さぞかし酷い仕打ちと思えるじゃろう? わしも、昔こそ叡智の輪冠の影響を受けておったが、今は、恐らくお主と同じ世界を見ておるからこそ、良く判る。」
そうして、一息、言葉を区切ると、ギルドマスターは俺に向かって、真剣な眼差しを送ってきた。
「じゃから軽々しく許してくれ……とはとても言えんよ。もし、わしの知る者達が、同じような目を受けていたとしたら……とても、心穏やかにはおれんしの。」
そう言ったギルドマスターの顔には、疲れたような表情が張り付いていた。
「じゃが、わしとて、ギルドを……ひいてはこの都市の一端を預かる身じゃからな。自分のギルドの者の幸せと、他者の幸せを選べと言われ……近い者の幸せのみを選んでしまったのじゃよ。……こんな事、知る由もないことではあったが……今思うと、軽率じゃったよ。」
そう、自虐の笑みを浮かべる。
「選んだ……のですか?」
思わず出た俺の問いに、ギルドマスターは頷く。
「うむ。選んでしまったのじゃよ。ツバサ殿は知らんとは思うが、つい10年前までは、この都市もここまでの規模ではなかったのじゃ。いや、都市と呼ぶにもおこがましいの。村じゃ、村。そもそも、ここは日々、魔物の襲撃に晒されておってな……。しかも、ランクの高い凶暴な魔物ばかりじゃ。しかも、気候も人が住むには厳しい。じゃから、日々の食うものに困るほどの有様じゃった。」
ん? そこまで酷い環境なら、そんな所に住まなければ良いのでは……?
それとも、何か理由があるのか?
考え込んでしまった俺の表情を見て、ギルドマスターは、俺のその問いに解を示す。
「ふむ、何でこんな所にわざわざ村を? と思っておるかな? それは、ここの魔物から貴重な資材が取れるからなのじゃよ。」
「なるほど。この砂漠の魔物が一つの資源ですか。」
「うむ、ここの魔物の素材は、他の地域に比べ質が高い。特に、サンドワームの鱗や牙は、武器や防具の素材にうってつけなのじゃよ。」
「それならもっと、冒険者が多くいても良いのでは? それだけの素材なら皆、こぞって狩りに来ると……いや、そうか。一般の冒険者には難度が高すぎるんですかね?」
俺は、ふと疑問に思うも、今まで状況を踏まえ、そう結論付ける。
その俺の言葉に、頷くギルドマスター。
「そうじゃ。お主たちのような規格外の力を持ってすれば、どうとでもなるやもしれんが……一般的に、あの砂漠の魔物を相手にできるのは、ベテランクラスのパーティか……勇者位じゃよ。」
そうなのか……。ぶっちゃけ、森の魔物の方が強かった感じすらするのだが。
魔力暴走以来、森の魔物の強さは飛躍的に上がったからな。
まぁ、それ以上に、獣人達の強化が酷かったが。
その中でも、特に、新生代とか、ぶっちぎりですよ?
もし仮に……新生代とまともに戦ったら、リリーだと、結構苦戦する気がする。
……いや、状況によっては、俺でも危険なのでは……。
一瞬、コメ掃射に穴だらけにされる俺の姿が……そして、高速でジェットストーリームっぽい何かを繰り出す巨象の群れが俺の脳裏を過る。
そんな俺の脳内バトルの状況を知る由もなく、ギルドマスターの言葉は続いた。
「それにの……。ここに冒険者ギルドを作ったのにはもう一つ意味があるのじゃよ。ここの砂漠の魔物は、時折、人族の領地に深く進攻してくることがあるのじゃ。原因は不明なのじゃがな。」
「なるほど。その為の……城壁ですか?」
そんな俺の言葉に、ギルドマスターは黙ってうなずく。
しかし、今までの話を考えると、矛盾が生じる。
倒すのも大変な魔物を抑えつつ、ここまで長大な城壁を作るには……多くの労働力が必要だったはずだ。
「……では、この都市の城壁は……?」
俺がその目に若干の怒りを湛えながら、ギルドマスターを睨む。
彼は目を逸らすも、それでも、ポツリ、ポツリと呟くように、口を開いた。
「ああ、そうじゃ。お主の予想通り、獣人達の犠牲の下に成り立っておる。あの規模の城壁を作るには、人族だけでは無理じゃった。じゃが、城壁を築かぬと、いつまで経っても魔物の脅威から逃れる事はできんかった。……あの壁は……古くからこの地に住む者全てが、切望してきた物なのじゃよ。」
俺は、そんなギルドマスターの言葉を聞きながら、感情の部分は身勝手な事だと激怒しつつも、裏の冷静な俺は、ある意味、当然の事だと、今の話を受け止めていた。
今までの話を聞いて、納得できる部分も多い。
いや、だって、もし自分達が切羽詰ってたら、そんなもんでしょ? と言うのが本音ではある。
勿論、感情としては、もう少し何とかならなかったのか? とは思うが。
むしろ、このギルドマスターが、表面上ではあるものの獣人族に対して、ある程度の後ろめたさを持ってくれていた事の方が驚きであり、行幸であった。
もしかしたら、案外、何とかなるかも知れないな。
「そうですか……。皆さんも苦労してきたんですね。」
俺は、同情と共感を表しつつ、言葉にする。そんな俺の言葉に、驚いたようにこちらを見るギルドマスター。
「……ですが、人族の発展の為に、獣人族を犠牲にし続けると言うのは……私は、寂しい事だと思います。」
しかし、その言葉で、再び表情を曇らせてしまった。
さて、ここからが正念場かな。
俺が、どうやって話を持っていこうかと考えていると、意外な事に、ギルドマスターの方から、口を開く。
「わしらも、そうは思っておる。本音を言えば、今の現状を、どうにかしたいと言う気持ちもあるのじゃ。自分勝手な論理で、獣人に苦労を強いている事も、重々承知しておる。じゃが……わしらが生き残るには、これしか道がなかったのじゃよ。」
その言葉は、俺が思った以上に悲痛な響きを伴っていた。
うーん。先ほどから聞いていて思ったのだが、俺が想像していた以上に、獣人の事を気にしているのか?
ここまで都市の発展に貢献してきたのなら、もう少し割り切って、自己弁護してもおかしくないと思うんだが。
少し不思議に思った俺は、再度確認をする。
「ギルドマスターは……獣人の事を、憎んでいないのですね。割り切ってしまえば楽なのでは無いですか?」
「……出来るなら、そうしたかったのじゃがな……。じゃが……わしには無理じゃった。上手くやっておる者も多いが、わしのような者も多い。」
それから、ギルドマスターは、ポツリポツリと、今迄にあった事を語り始めた。
冒険者だった頃。獣人を犠牲にして、逃げた事。
ドラゴン撃退の功績を認められ、教団より、ギルドマスターを任命された事。
その際に、叡智の輪冠を外され、獣人たちの管理を、他のギルドマスターと共同で受け持つことを知った事。
呪縛が解けた事で、獣人に対する全ての価値観が崩壊し、それでもその感情を隠しながら、無心に業務に励んできた事。
労働力調達と称して、隠れ住んでいた獣人の村を壊滅させ、奴隷として連れてきた事。
その村の女性が、子供が、ぼろ屑のように捨てられ、最後は魔物をおびき寄せる餌として、砂漠の真ん中に捨てられると言う、光景を何度も見た事。
徐々に良心の呵責に耐えられなくなり、他の志を同じくするマスター達と、密かに連絡を取り合うようになった事。
せめてもの抵抗にと、戦闘奴隷と言う形で、屈強な獣人達に限り、待遇を改善している事。
しかし、徐々に同志たちも、不可解な死を遂げて、代替わりをしていった事。
そうして、今や、完全に分断・孤立し、日々、無為に時間を過ごしている事。
彼の歴史が、とめどなく、語られていった。
所々、重要な情報も混じり、俺は、頷きながらも、彼の言葉の中から、冷静に情報を分析していく。
そして、情報が整理され行くにつれ、教団に対する嫌悪感が更に深まる事を、頭の隅で自覚していた。
そう思う一方で、どうしても不可解な点がある事も、俺は見過ごせなかった。
何故、こうも雑に、マスターと言う重職を管理しているのか? という事だ。
つまり、教団のあの精神操作を使えば、もっと狡猾に……ぶっちゃけ、相手に自覚すらさせないまま、効率よく獣人の管理が出来ると思うのだ。
教団至上主義とでも言うのだろうか? 絶対的な、教団への忠誠心を植え付ければ、全ての事が済む話だと思うのだが……はて?
だが、実際は、ほぼ野放しに近い。これではまるで、反乱を起こして下さいと言っているようなものである。
……まさか、そこが狙いなのか?
そうして反乱分子を篩にかけているとか……いや、効率悪すぎでしょ。俺なら別の方法をとる。
そう。効率が悪い。人族の為に作られた形にしては、何か歪である。
だから、逆に考えて、これは全てギルドマスターの演技で、俺の様な背信者を見つけ出し、教団に売る布石なのでは? と考えてしまった自分もいた。
だが……これで、演技だったら、潔く負けを認めるしかないのだろう。そう思えるほどに、彼から出た言葉には、悲痛な気持ちが滲み出ていたのだ。
ああでもない、こうでもないと、話を聞きながら悩んだ結果……どちらに転んでも、俺に高度な腹芸は無理だと悟った。
そうして、俺が悩んでいる中、彼は全てを語り終えたのだろう。
しばらくの間、沈黙がその場を満たす。
よし。考えるのは止めた。なるようになるだろう。
それに、もし、彼の気持ちが本物なら……試す価値はあるかもしれない。
俺はそう、思い立ち、口を開く。
「まぁ、今更な感もあるのですが……そこまで話しちゃって良いんですか? 先程も、監視が着いてるって言ってましたけど。」
そう。話を聞いていて、俺が一番疑問に思っている事である。
正直に言えば、幾ら、ある程度、力を見せたからと言っても、ここまで話してくれるとは思わなかったのだ。
特に、自分の感情に関わる部分とか、普通は見せないと思うのだ。だって、弱みを見せたら舐められるのは交渉の基本だし。
「そうじゃの。普段なら口が裂けても言えぬ事を言っておる。恐らく、この瞬間にも、暗殺されてもおかしくない状況じゃな。」
おう、ヘビィすぎる。
ちなみに、今の所、ギルドマスターへの監視は確認できていない。
てっきり、さっきの目がついているのかと思いきや、そんな事もなかった。
肩透かしの気分だが、一応、油断はしない。俺の持てる力を全て使って、観測を続けている。
ちなみに、念のために、先程出て行った二人も監視しているのだが……ライゼさんは、奴隷を売っている所と思われる場所で、ボーデさんに羽交い絞めにされていた。
頑張れボーデさん。この後、大事になるかどうかは、貴方にかかっています。
俺が心の中で、ボーデさんを応援していると、ギルドマスターは俺に視線を向け、口を開いた。
「じゃが……実際は、そうなっておらんしな。つまりは、ツバサ殿の言葉を裏付ける結果にもなっておる。じゃから、こうも饒舌に話しておる訳じゃ。」
成る程。ある意味、俺の言葉が真実かを見極める意味もあったという事か。それにしても、掛け金が自分の命って言うのも大概だと思うが。
「それにな……もう、疲れたのじゃよ。」
「疲れ……ましたか。」
そんな俺の問い返しに、ギルドマスターは、「うむ、疲れたのじゃ……。」と短く答えると、更に口を開く。
「同志である者以外には、誰にも話せず、同志達も皆、不可解な死を遂げ、今や残るは数人。皆、暗殺を恐れ最近は連絡も取れておらぬ。……わしも、一人で全てを成そうと思えるほど強くも無い。このまま、ゆっくりと死を待つのみ……そこに現れたのが……お主じゃよ。」
そんな風に、一気にまくしたてると、疲れた様子はどこへやら? 一変して、悪戯小僧のような笑みを浮かべ、俺を見る。
俺はそれを、苦笑で返すに留めた。
「どうせ、教団に目を付けられておるしの。それならば、お主に全て押し付けてしまうのも、有りじゃと思ったわい。普通ならそんな事、考えもせんが……何せ、あれだけ無茶苦茶な事をしでかしてくれたのじゃ。あれを見せられたら、正直、わしの状況など、馬鹿馬鹿しく思えてすら来たわい。」
「はて、なんのことやら。」
俺は肩をすくめながら、俺はとぼけようとするが、ギルドマスターは何がおかしいのか、笑みを浮かべながら続ける。
「大精霊を伴侶とし、獣人族を従え、そして、独自に世界の秘密に迫り、さらには教団の呪縛を解き、勇者と対峙する力を持つ者……。」
「ははは……。」
客観的に指摘されると、苦笑以外に返す言葉も無かった。
ついでに言うと、龍神様とも懇意にしております、とは言わない。文字通りの藪蛇である。
「かたや、状況に手詰まり、死を待つばかりの老体がここにおる。ここまで洗いざらい話したのじゃ……。皆まで言わぬとも……良いじゃろ?」
そう言うギルドマスターの表情は、先程とはうって変って、生き生きとしていた。
あれ? もしかして……誘い込んだつもりで誘われたのは……俺の方か?
そんな事を俺が考えると、顔に出ていたのか、彼はニヤリと笑うと、
「利害は一致しておるじゃろ? 共犯になってもらうぞ?」
そう言ったギルドマスターの顔には、もはや憂いは無かったのだった。
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