比翼の鳥

風慎

第90話 イルムガンド防衛戦 (15)

 怒りに任せて、無差別に攻撃を続ける竜を見て、俺はどうするか考えていた。

 先程、当たり前のように沸いた、殺すと言う選択肢は未だ、俺の中で有力な候補ではある。
 だが、何故だろうか? それでは駄目な気がする。そう、何かが違う。
 そんな違和感を覚えつつ、俺は考えを巡らせた結果……もう一度、竜に接触する事にした。

 ファミリアの姿を隠さぬまま、俺は這いずる様に蠢く竜へと、近づかせる。
 今迄、怒り狂っていたせいか、四方八方に攻撃をまき散らしていた竜だったが、憎き対象が目の前に現れたと理解するや否や、即座に、ファミリアへとその攻撃を集中させる。
 それは、障壁に阻まれ、全てが明後日の方向へと吹き飛ばされる物の、そんな事は眼中にないように、攻撃を続ける竜。

 はぁ……。これじゃ、まず、落ち着いて、話も出来ないな。
 聞きたい事もあるから、少し大人しくしてほしいんだが……。
 仕方ない、暫く物理的に大人しくして貰おうか。

 俺は、そう決めると、【グラビティ・プリズン】を極小でファミリアに施行させる。

 重く響いた音と共に、竜の這っている一帯が、大きく陥没し、振動を響かせながら、動きを封じる。
 咆哮を上げようとしたらしいが、口を開ける事すらままならない様で、強制的に砂地に頭を擦りつけさせられながらも、ファミリアに対して、血走った眼を向けてきた。

「どうも、先程ぶりです。もう散々暴れたのですから、良いでしょう? 大人しく帰ってくれませんか?」

 俺が地に縛り付けられた竜へと声をかけた瞬間、竜はその目に浮かぶ憎しみを隠しもせず、思念を飛ばしてきた。

 《 殺す……コロス! コロス! コロスコロスコロスコロス……!! 》

 完全に逝ってしまわれている。どうしよう? これ。
 このままだと、会話が成立しないし、聞きたい事も碌に聞けそうにない。
 だが、あまりこうして話していられる時間も無いし、とりあえずは、更に話しかける事にした。

「はぁ。もう、貴方ではどうにもならないって解ったでしょう? どうして、こう、竜って生き物は短絡的なんですかね? あのほむらとか言う龍達も直情型だったし……。」

 半分愚痴だったのだが、そんな俺の言葉を聞いた瞬間、今迄、物騒な思念を飛ばし続けていた竜の動きが、嘘のようにピタリと止まる。
 あれ? 何かの言葉に反応した? と言うか、この場合、一つしかないよな?
 威嚇のように喉を鳴らしてはいるものの、途端に静かになった竜の様子を観察しながら、俺は竜の動きを待つことにする。

 《 ……貴様、何故、その名を知っている。 》

 暫くして、沈黙を破ったのは、そんな竜の言葉だった。
 あ、やっぱりそこだよね? うーむ、これは、良いとっかかりが出来たのか?
 そう思いつつ、俺は考えを巡らせながら、口を開いた。

「何故……と言われれば、そう聞いたからとしか、言いようがないですね。ああ、ハクさんと言うとても礼儀正しい金色の龍さんとも、お話ししていますよ。」

 口で咥えられて、ぶん回されたとまでは言わないが。

 《 焔……、それに伯……間違いない。貴様……どこだ、どこでその者と会った! 言え!! 》

 そんな恫喝ともとれる聞き方をしてくる。
 それを見て、俺はため息をつくと、そのまま思いを口にした。

「そんな言われ方をして、素直に言う訳無いじゃないですか。」

 《 貴様ぁ!! 言え! 言うんだ!! 母様は、どこだぁああ!! 》

 おう、何と言うか、これは分かり易い。そして、何でこの竜が必死なのか少し分かった。
 どうやら、この竜は宇迦之さんを探しているらしい。まぁ、見つかるわけないよな。別世界に引きこもってるようなもんだし。

 しかし、問題は、母様である宇迦之さんをどういう意味で求めているかによるな。
 仮に、餌として望んでいるのなら、こいつは滅する。今ここで。
 一瞬、イラッとした事で、怒気が伝わったのだろう。傍にいたリリーとルナが、それぞれ心配そうに俺に視線を寄越すのが見て取れた。
 おっと、いかんいかん。冷静に、冷静にな。ここからは、慎重に行かないと、宇迦之さんを悲しませることにも繋がる。

 ふと、気を静める為に見た別画面で、ライトさんの様子が映っていた。どうやら、無事、ライトさんのお店に二人とも運べたようだ。
 ライトさんはベッドに寝かされ、それを心配そうに看病するクリームさんの姿が映っていた。
 クリームさんは心配そうに、ベッドに横たわるライトさんの額を濡れた布地で拭いている。その顔は心配そうにしながらも、どこか幸せそうだ。
 そして、部屋の隅の暗闇に溶け込むように、ヒビキが伏せたまま警護を続けてくれているのを確認して、思わず汗が垂れる。

 うん、ま、まぁ、この様子なら、大丈夫そうだな。ヒビキには悪いが、暫く、警護を続けて貰おう。
 何者かの手が、彼らに伸びるかもしれないしな。念には念を入れて置こう。

「ヒビキ。すまないが、2人の警護、頼むな。」

 俺は、部屋の端で気配を消しているヒビキに、小声で語り掛けた。
 ヒビキは耳を2回程震わせると、頷いて、その後は彫像のように、微動だにしない。
 よし、これで万が一の事があっても、大丈夫だろう。

 そうして、心も落ち着き、放っておいた竜の方へ意識を戻す。

 《 貴様ぁ!! 答えろぉ! 何故、返事をしない! あああ!? 》

 何か、変な興奮の仕方をしているな……。その姿を見て、ふと、昔見た光景と重なる。
 それは、母親に置いて行かれそうになり、泣きながら、その場でジタバタする幼い子の様子だ。

 あれか? 子供の駄々と同じか?

 交渉でもなく、ただ、自分の要望を突き出しているだけだし。しかも、弱点を晒しているようなものなんだが。
 そうか、そうなのか。こいつ……子供なんだ。こんな図体しているけど、精神年齢が低いんだ。
 漸く、何か納得がいった気がする。

 しっかし、本当なら、親や近隣者がしっかりと躾けないといけないが、親であると思われる宇迦之さんは、子供達にディスられて傷心旅行中だしな。そんな子供の方が、何故か親を求めて、喚き散らすと……自分から追い出しておいて良くやる。
 ふむ、そう考えると……流石にちょっと、腹が立ってきたぞ? これは、少しお仕置きして、躾せにゃならんだろ。

 何となく、色々と腑に落ちて、やる事も、方向性も決まった事で、心に余裕が生まれる。
 考えてみれば、元の世界だって、この竜と同じような人はわんさかいた。
 そもそも、心が未成熟のまま、社会に出るほど悲惨な事はない。俺も人の事は言えないが。
 こいつらの場合は、強制的に旅立たされるわけで、しかも、中途半端に強いもんだから、我が儘のし放題だったのだろう。
 なんてはた迷惑な。世界の為にも、少しお灸をすえる必要があるな。

 そして、同時に、このままファミリア越しに話を進めても、駄目なんだろうと思い当たる。
 いや、より正確に言えば、ちゃんと話をするなら、対面して話さないと駄目だと思った。
 人は思いを伝える時に使うのは、視覚や聴覚だけでは無い。その人の熱、存在、匂い、はたまた、それらが混ざり合った場と言う何か。それらも、言葉以上に物を伝える事がある。
 ちゃんと顔を突き合わせて、面と向かって話をしないと、伝わるものも伝わらないからな。
 そうと決まれば、善は急げである。

「ルナ、リリー、ちょっとあの竜と話してきたいんだが、ここを任せても良いかな?」

 俺がそういうと、リリーは首を傾げ、対照的に、ルナは何故か嬉しそうに、その表情を変化させる。

「このままじゃ埒が明かないから、直接話して来る。」

 そんな俺の言葉に、少しの間を置いた後、2人とも頷いたのを確認すると、俺も頷き返した。
 よし、んじゃ、ちょっと駄々っ子にお仕置きして来るか……。全く手のかかる奴だ。そうして、俺は、普段は使わない魔法を起動した。

【テレポート】

 文字通り、空間移動の魔法だ。森ではあまり使う機会が無かった。と言うのも、精度が甘く、場合によっては指定した場所から、1km以上ずれる事もあるからだ。
 まぁ、今回は、屋内から北の空へと出られればそれでいい。出る分には、何も考えなくていいと思ったので、実験がてらこれを使った。
 ……のだが、その結果、跳躍した先で、俺の身体は完全に砂地へとめり込んでしまう。

 うお、やっぱまだ精度が甘い!

 接触型障壁で抑えているから問題ないが、突然身動きが取れない状況になって、俺は驚いた。
 だが、すぐに思考を切り替えると、障壁を広げ、球状の空間を確保した後、そのまま【ステルス】を纏って、砂地から抜け出す。
 ふう、やっぱ、これ危険だなぁ。そう思い、ため息を吐いたが、息を吐く暇も無く、何故か聞こえる悲鳴。
 何事? と思い、ファミリアを通して見ると、俺が先程までいた部屋に砂の山が表れ、音を立てて崩れ去る様子が見てとれた。

「ツバサ様が砂に!?」

 ああ、そうだよな。俺のいた場所に、いきなり砂が表れれば、そう思うよな。

【テレポート】……この魔法は対象空間と、こちらの空間を相転移させる魔法だ。
 だから、転移先に物があった場合、それを削り取って相転移を完了させてしまう。
 今回の場合は砂だったから良かったが、これが人体だったりしたらシャレにならん訳で。
 そう言った理由もあり、森だけでなく今までは、あまり使わなかったのだ。怖くて実験も碌にできやしない。

 そんな事を知らないリリーが「ツバサ様!? ツバサ様!!」と、砂に向かって、半狂乱に叫ぶ声が聞こえてきて、ちょっと居たたまれなくなる。
 特に、耳と尻尾はいつもの1.5倍位に膨れ上がって、毛先も見た事が無い程、毛羽立っていた。
 改めて、俺はリリーに思われていると感じつつ、彼女の誤解を解くために、語り掛ける。

「いや、驚かせてごめん。跳躍先の設定が甘くて、砂に突っ込んだよ。」

「はっ!? ツバサ様! 砂になってないですか!? ご無事ですか!?」

「大丈夫、大丈夫。心配かけてごめんね。」

 そんな俺の言葉に、漸く落ち着きを取り戻したようで、リリーの尻尾と耳は、その大きさを元へと戻すと、へたり込んでしまった。
 うーむ、悪い事をした。と同時に、そこまで取り乱してくれると言う事実が、素直にうれしい。
 まぁ、いらない心配をかけたのは良くないから、ここは反省だな。
 次は、転移設定をもっと上空にしよう。うん。
 毎回、どこかに突っ込んで削り取っていたらシャレにならんしな。
 俺は頬を掻くと、再度、リリーに今度は心配してくれたことに対する礼を言い、そのまま、竜の元へと向かう。

 座標点がかなりずれていたので、今回は5km程、飛ばなければならなかった。
 こんな精度じゃ、使い物にもならない。まだまだ、改良が必要だな。

 そうして、竜の前へと到着し、周囲を【サーチ】で調べる。
 特にめぼしい反応も無い。ああ、勇者が埋まっているが、数km離れているから良いだろう。

 俺は徐に、【ステルス】を解くと、未だに癇癪を起したように、暴れようとする竜に声をかけた。

「全く……それでも竜神の子供なのかな? もう少し落ち着きなさいよ。」

 いつの間にか現れた俺の姿を確認すると、竜は強引に口を向け、徐に風弾を打ってくる。
 それを俺は、【ディメンション・シールド】で吸収すると、即座に打ち返した。
 自分の攻撃が跳ね返ってくるとは予想もしてなかったようで、まともに顔面に食らい仰け反る竜。
 それ以前に動けないから、避けようがないと気付こうよ。

「あのね、攻撃しても通じないから良いんだけど、もし仮に、その攻撃で俺が死んじゃったらどうするの? 欲しい情報は永遠に闇の中だよ? それで良いのかな?」

 俺のそんな言葉を聞き、グッと息を詰まらせるように、動きを止める竜。
 少し考えればわかる事だろうに。まぁ、考えてないからこうなっているんだろうが……。
 とりあえず、納得はしていないだろうが、大人しくはなったのでよしとする。これでやっと、話が始められる。

 《 貴様が……先程から我にたてついている愚か者か。 》

「はいはい、俺から見れば、あんたの方が、十分に愚か者だよ。っと、だから、打っても効かないよ。ああ、ちなみに、あんたは愚かだから、敬語はやめるよ。」

 学習しないのか自分で打った風弾をまたも顔面に食らい、頭を振る竜に、俺はそう言葉を投げつける。

 《 貴様ぁ!! 言え! 母様はどこだ!! どこにいるのだ!! 》

 咆哮と共に、憎しみの乗った思念が飛んでくるが、俺はそれを聞き流す。
 全く、学習しないな。いや、違うか、それしかやり方を知らないのか。
 俺は、溜息を吐くと、また癇癪を起した竜に、問いを投げかける。

「正直に言おうか? 俺は、竜神ナーガラーシャの居場所を知っている。そして、あんたを会わせる事も可能だ。」

 勿論、今すぐは無理だ。多分、今頃、宇迦之さんは、眠りについているだろうし。だが、時が経てば、可能だろう。
 そういう意味では、嘘は言っていない。
 そして、俺のそんな言葉を聞いて、竜は動きを止めると、学習しないのか、またも吼える。

 《 貴様ぁああ!! 会わせろ!! 母様に会わせろぉおおおおお!! 》

 俺はがっくり肩を落とすと、まだ、風弾が飛んでこないだけ、学習したのかな? と前向きに捉えることにする。

「あのね……その言葉を俺が聞いて、じゃあ、会わせますってなると思うの? 吼えてどうにかなるなら、とっくに、あんたの願いは叶っているはずだろ?」

 俺のそんな言葉に、ピタリと吼えるのをやめると、威嚇でもするかのように、喉を鳴らし始める。うん、少し静かになった。
 さて、ここからが本番かなぁ。どうなる事やら。

 俺は、不服そうに唸り声をあげる竜を前に、心でそっと溜息をつくのだった。

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