比翼の鳥

風慎

第88話 イルムガンド防衛戦 (13)

 画面を見ると、なかなか大きめの、黒っぽいきのこ雲が上がっていた。

 数秒遅れて、俺達の部屋に一瞬、衝撃が走る。爆発の衝撃がここまで届いたのだろうな。
 しかし、こうも簡単に罠にかかるとは、流石は爬虫類である。そして、まさかここまで綺麗にハマルとは、俺も思わなかった。
 恐らく、地下に潜ったライトさんもそう思っているだろう。

 そう思い画面に映るライトさんの様子を見れば、息を切らして、狭い通路の中で座り込んでいた。
 かなり急いで地下に用意していた通路に逃げたためだろう。この様子では、暫く動けそうに無いだろう。
 通路の中は薄暗く、かなり遠くの床に明かりが見える。あれは……懐中電灯かな? あんなものも作れるのか。凄いな!
 しかし、こんな通路まで用意していたとはね。中々に用意周到である。
 ちなみに、この通路、そのままイルムガンドのお店に通じているようだ。いつから準備していたのやら。

 あの時、ドーム状に陣地を覆ったライトさんは、すぐさま、直下に穴を掘り、装甲に一回穴をあけた後塞ぎ、陣地を捨てて距離を置くために脱出していた。
 更に、置き土産とばかりに、球状の装甲内側の陣地の地下に、ありったけの爆薬を置いていった。恐らくは、TNT爆薬である。
 あの爆発規模だとかなりの量があったようだ。

 しかも、ご丁寧に砲弾も地面近くに置いておいて、爆発の勢いで直上に砲撃される様にしていたのだ。
 勿論、地面の下は球状に装甲で塞いであるので、それに反射されて、爆風と衝撃波は全て直上に向かう。
 つまり、あの竜は、爆発でウロコを剥がされた所に、砲弾を連発された事になるわけだ。
 そんな攻撃を受けた竜の様子はどうだろうか? そう思い、俺は画面に目を凝らす。
 そうして、黒煙が徐々に収まり、その画像から竜の状態が露わとなる。

 そこには、右足の大部分を失った竜が、地に倒れ伏している姿があった。

 だが、その目には、微塵もあきらめた様子が無い。むしろ、憎しみを更に増し、理性を殆ど手放した手負いの猛獣がいた。

 左手も失い、右足も失ったなら、もういい加減、帰ってくれていいと思うんだけど。だがそう甘くはないようだな。

 残念な事に、どうやら、竜は全く諦めていない様で、狂ったように咆哮を上げ、風弾を周りにまき散らしていた。
 いくつかの弾は、都市まで届いているが、全てルナが弾いているようで、衝撃すら感じられない。
 相変わらず、ルナの障壁は、恐ろしいまでの堅牢さである。

 外にいるボーデさん達が少し心配であったが、どうやら、退避を完了しているようだ。あの後どうなったのか、少し気になるが、今は置いておくことにする。

 さて、どうするかね? これ。

 未だに狂ったように風弾をまき散らす、追い詰められた竜を見て、俺は腕組みをして考える。
 正直に言えば、このまま物理的に帰って頂くこともできる。その程度に、戦力差は歴然だ。
 今なら、誰も見ていないし、まぁ、バレる事も無い。

 だが、安全を確保するなら、その後、あの竜が出てこない様に、封印しなくてはならない。
 暫く、動きを封じる事は出来ても、封じ続ける事は厳しいだろう。
 まぁ、やってできないことはないが、不確定要素が多すぎる。
 本当は、話し合いが通じれば一番良いのだが、状況を見るに、話し合いの出来る状態ではなさそうだ。

 うーん、やはり、殺すか?
 あんまり気は進まないけど、都市の平和や俺達の生活を守るには手っ取り早いしなぁ。

 ふと、誰かの視線を感じて振り返る。
 ルナだった。ルナが驚いた様子で、俺の方を見ていたが、すぐに目をそらしてしまう。

 ん? どうしたのだろう?

 暫く、ルナの様子を見るも、顔を伏せてしまって、表情を見る事は叶わない。
 だが、なんでだろうか? 何故か、悲しんでいるような、そんな気がした。

 俺は、その様子の意味する所が解らないまま、モヤモヤとした気持ちを抱え、画面に目を戻した。
 見るとライトさんが整息を終えたらしく、膝立ちになり、袋から何かの瓶を取り出している。
 ほう? 何だろうか? あれは。

 つい、興味をかられて、俺はその成分を、【アナライズ】する。
 えっと、どれどれ……? 意味不明な物質が多いため、とりあえず良く分からないまま進めるも、一つだけ、俺の知っている物質名が出てきて、俺は驚愕する。

「ライトさん、それ駄目ですよ。飲まない方が良い。」

 俺は、瓶の蓋を開けようとしていた彼を見て、思わず声をかける。
 ライトさんは、驚いた拍子に瓶を取り落とし、周りを見渡す。薄暗い中、床に転がった瓶の音が、空しく響いた。

「同志……ですか?」

 周りの様子を慎重に伺いながら、ライトさんは呟く。
 まぁ、誰もいないはずの所で、いきなり声をかけられれば、そりゃ驚きもするよな。
 俺は、ファミリアの【ステルス】を解除し、その姿をライトさんの前へと晒す。

 突然現れたファミリアに、更に驚いた様で、ライトさんは反射的に、脇にあったと思われるホルスターから、銃を抜き放ち迷う事無く、正確に狙いを定める。
 そんな彼がこちらに向ける眼差しは、いつもの様子からは、とても想像できない程、乾いた物だった。

「驚かせてすいません。無礼だとは思いましたが、いざと言うときの為に、このファミリアをつけておいたんですよ。これで様子をうかがったり、会話ができたりします。」

 俺はついでに、ライトさん側のファミリアに、こちらの様子を映させる。一瞬、食い入るように画面を見つめていた彼だったが、画像も見て、俺の仕業だと確信したのだろう。ライトさんは、表情を緩め、その手にある銃を戻した。

「なるほど。同志も人が悪い。しかし、そうですか。先程、竜からの攻撃を防いでくれたのも、もしかしたら、このファミリアと言う物のお蔭でしょうか。」

「ええ、保険のつもりでつけておきましたが、役に立ったようで良かったです。」

 そんな会話をするライトさんの様子には、不快感は見受けられない。ある意味、想定はしていたのかもしれないな。妙に、適応が早いし。
 なるほど、と頷くライトさんを見て、そんな事を考えていると、彼が口を開いた。

「そうですか。あれは実は危ない所だったので、助かりました。しかし、流石は同志ですね。まさか、こんな隠し玉を持っていたとは。」

「いや、ライトさんのカノン砲も見ごたえがありましたよ。あんな物を再現したり、使いこなすことは私には無理ですからね。」

「ははは、やはり同志には解りましたか。あれが解ると言う事は、同志も?」

「ええ、恐らく、貴方と同じ同郷ですよ。高橋たかはし ひかるさん。いや、コウさん? そんな所ですか?」

 一瞬、息を飲んだライトさんだったが、次の瞬間、我慢できなかったとでもいうように、突然、笑い始めた。
 そんな様子を、今まで後ろで声も無く見ていたクリームさんが発した、「ライト様……。」と言う弱々しい呟きが耳に届く。
 十数秒程、彼は笑い続けたが、漸く波が過ぎ去ったのだろう。苦しそうにしながらも、息を整えると、

「はぁ、はぁぁ、いや、失礼しました。あっさりバレてしまうものですね。やっぱり、ちょっと捻りが足りなかったですかね?」

 そう、俺に問いかけてくる。

「いえ、ライト……だけなら、解らなかったかもしれません。ただ、ハイトブリジは余計でしたね。元の世界にも、同じような発想の企業名がありますからね。」

「ははは、仰る通りですよ、同志。あのタイヤメーカーにあやかりました。」

「石橋さんですね。」

 そんな俺の言葉に、ライトさんは、「そうです、そうです。」と、何故か楽しそうに頷く。
 しかし、その疑問も、ライトさんがポツリと漏らした、次の言葉で、合点がいった。

「ああ、良いですね。こうして元の世界の話が出来るって。」

 そうか。ライトさん、結構辛い思いしてきたんだろうな。そして、俺とは違って、望郷の念を強く抱いているようだ。
 そんな彼に、かける言葉が見つからない俺は、

「そうですね。」

 そう呟くに留まる。

 しかし、これは特に彼へと伝える事も無いが、本音を言えば、俺は前ほど、帰る事を重視していない。
 それは、多分、ルナがいて、皆がいて、こちらにも俺の居場所や仲間が出来たからなんだろうな。
 だが、彼は、孤独だったのかもしれない。幾らクリームさんがいたとしても、だ。
 そう考えると、彼が執拗に、俺に接触してきたのも、頷ける話だ。
 そんな事を俺が推察していると、彼は何かを決心したように、立ち上がり

「よし。早く戻って、同志と、もっと語り合いたくなりました。それには、あの竜を倒さないと。」

 そう言いつつ、床に転がっていた瓶を拾い上げる。

「ああ、だから、その瓶、駄目ですって。」

 彼がやる気満々な様子を見て、俺は再度、忠告をする。

「いや、しかし、同志よ。お恥ずかしい事ですが、そろそろマナが枯渇し始めておりますので。これを飲まないと、戦いが継続できないのですよ。」

 そんな彼の言葉を聞いて、その瓶の中身が、マナポーションのような魔力回復効果のある物なのだと理解した。
 理解したが……だとしても、そんな物を飲ませるわけにはいかない。

「ああ、それってそういう物なんですね。ちなみに、ライトさん、その瓶の中身、飲んだことあります?」

 唐突な俺の問いに、ライトさんは首を傾げるも、

「いえ、かなり高価な物なので、今回が初めてになりますね。」

 と答えてくれた。それを聞いて、俺は心の中で安堵する。
 あぁ、良かった。それならば、なおさら飲ませるわけにはいかないな。

「それなら良かった。もしかしたら、それは本当に魔力回復の効果があるかもしれません。残念ながら、知らない物質が多くて、私にも効用は理解できませんでした。ですが、一つだけ解った事があります。その薬には、3,6-ジアセチルモルヒネが入っています。」

 俺のそんな言葉に、ライトさんは、少し顔をしかめながらも、

「モルヒネ、ですか。しかし、鎮痛剤としてでしたら、入るのも無理はないのでは? 戦闘中に使う事も想定されているでしょうし。」

 そう、言葉を返す。
 いや、違うんだよ。そんな生易しい物じゃないんだよ。
 俺は、その言葉を聞いて、首を振ると、ゆっくりと息を吐いてから、口を開く。

「違いますよ。これは、通称ヘロイン。薬物の王者の異名を持つ、最悪の麻薬です。」

 そんな俺の言葉を聞いて、ライトさんは、息を飲んで言葉を失ったのだった。

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