比翼の鳥
第78話 イルムガンド防衛戦 (3)
俺は、映し出されている光景を見て、素直に感心していた。
皆、救いをもたらしてくれた教団に対し、感謝の言葉を口にしている。
うん、実に上手いと思う。
元々、なんでこの都市が狙われているかとか、大事な部分には、これっぽちも触れやしない。
ただひたすらに危機感を煽って、その対抗策を出す事により、心の動きを演出する。
皆に不安な気持ちが湧き上がった所に、安心感を与える材料を目の前にぶら下げれば、飛びつくのは当たり前だろう。
まぁ、仮に根本的な原因に触れたとしても、神が試練を与えたとか、皆の日頃の行いにしてごまかすんだろうなぁ。
こうやって一歩引いた場所で見ると、この手の手法は実に理に適っていると分かる。
形としてはこうだ。
理不尽に襲って来る強大な敵を作り、そこに抗う自分達と言う構図。そういう一方向の視点を与え、民衆を好きな方向へと導く訳だな。
しかも、敵が強大であり、こちらが一方的な被害者と言う形であれば、この演出は絶大な効果を発揮するし。
ここまで綺麗にお膳立てされれば、元々、勇者が元凶であるなど、この状況では夢にも思わないだろう。
そんな民衆の様子を見る為、ファミリアを操り映像を動かしていった。
そして、演説を終え、手を振る大司教から視線を外し、民衆達に目を向ける。
皆、興奮し、天に届けとばかりに、邪竜打つべしと叫んでいた。
そんな中、ふと視線の端に広場の前の方で、涼しげに佇んでいるギルドマスターと冒険者達の集団が見え、そちらに注意を向ける。
きっと今頃、ギルドマスターの心の中は暴風雨状態だろうなぁ。
そう思ってよく見たら、ギルドマスターの体が小刻みに震えているのが見て取れた。
横で寄り添うように立ち竦んでいるボーデさん達も、口こそ開かない物の、どこか呆れた様子だ。
ギルドマスター、あんまり怒ると血管切れますよ?
ふと、家族達が静かなので、様子が気になって振り返ると、皆、画面を見て言葉を失っていた。
ま、そりゃそうだろう。
俺達は、なんでこの都市が狙われているか知っている。
勇者様が、ドラゴンにちょっかいを出してボロ負けした事も知っている。
今の演説を聞いて、安心できる要素など皆無なのだ。
そういう状況を知っているからこその反応である。
ただ、クリームさんはこの場の雰囲気と画面の先との温度差に、若干、戸惑っているような感じだった。
まぁ、彼女はどちらかと言えば、感覚的に民衆よりであるだろうし、俺達の持っている情報を知らないから、当然の反応だろう。それに、彼女の一番の心配事は、ライトさんの事だろうし、勇者様がいれば、ライトさんが出る必要も無いかも知れないって安堵している部分があるのかもしれないしな。変に不安にさせるのも可哀想だし、そのままでいいと思う。
ふと、ルナと目が合う。
何か困ったような、呆れたような曖昧な笑みが口元に張り付いていた。
俺はそんな彼女に肩をすくませて意を伝えると、歓声が頂点に達したことを感じ、画面に向き直る。
目を向ければ、丁度、バルコニーに勇者と思しき人物が出て来た所だった。
俺はその人物を見て、思わず固まる。
いや、正確に言えば、人物が出て来た状況を見て、一瞬思考が停止したのだ。
整った顔立ちだが、目つきが鋭い。年の頃は多く見積もっても高校生位だろう。少し幼さが残るものの、その自信ありげな表情と、どこか得意気な雰囲気を纏っているのが印象に残る。
あれだ、中学や高校のクラスに一人はこんな奴いるよな。少し斜に構えたような雰囲気を醸し出す奴。
風になびくしなやかな髪は、黄金色に輝いており、額に光る銀の輪が、対になったようにアクセントを与えている。
背は俺と同じ位か? 170cmに届くかどうかと言う感じではあるが、細身のせいか少し頼りなさが出てしまっていた。
そんな細い体ではあるが、それを補うかのように防具が必要以上に存在感を出していた。
動きを阻害しない程度に、肩、胸、腰、肘や膝を守る様にして金色の鎧を身に纏っている。
左腰には長めの剣をぶら下げており、それも複雑で美麗な彫刻に彩られた鞘に収まっていた。
目を引くのはそれだけではない。なんと獅子を模ったであろう金の刺繍が目立つマントをはためかせていた。風が強いのだろうか? マントは下から上へと少し大きめに揺れ、赤と金のコントラストに思わず目を奪われる。
そんな目立つ物体から目を逸らせば、異様な左手に目が止まる。肘から先。そこだけ金の鎧に覆われており、今迄のイメージと相まって、バランスが悪く、無骨な印象を与えていた。
まぁ、容姿だけ見ると、少しやんちゃな子供と言う印象を拭えない。それがこれでもかと、華美な装飾で飾り付けられていた。
しかし、俺が驚いたのは今言った部分では無い。
何故か、彼の周りにはキラキラと光が瞬いていたのだ。
思わず、俺はおかしくなったのかと思い目をこする。
しかし、やはり状況は変わらない。勇者の周りには光が瞬いていた。
淡い光を纏った勇者は、民衆に向かって、笑顔を振りまき、手を振ってこたえている。
そんな様子の勇者を見ながら、俺は思わず、皆に呟くように問いかけた。
「あー……何故か、俺の目には勇者が光って見えるんだが……皆、どうかな?」
そんな俺のやや困ったような問いに、
「わたくしも見えますわ。」
「某にも、みえますな。」
「わ、私にも光ってみます。」
「不思議ですねぇ。私にも見えます。流石は勇者様ですね。」
我が子達、リリー、そして、クリームさんが声を返してくれる。その後に、ヒビキが少し呆れたような声で一鳴き。
その声の調子を聴くに、どうやらヒビキにも見えてはいるらしい事はわかった。
「そうだよなぁ。光ってるよなぁ。」
俺はそう呟くと、改めて画面に視線を戻す。
勇者を祝福するかのように、周りに瞬いている光。なんだこれ?
そして、俺達と同じように、観衆にもその光は見えているのだろう。
一瞬、静かになったものの、「光ってる……。」「なんて綺麗……。」と言う呟きが聞こえ始め、
すぐに大地を揺るがさんばかりの歓声が……いや、もう嬌声と言って良いだろうか? それが音の波となって、伝わっていった。
そんな熱狂的な民衆の状況を見て、俺はふと思い当る事があり、まさかと思いつつファミリアの視点を少し引いた上で、少し上方から勇者を見下ろす形に映像を変える。
「「「「あ」」」」
その瞬間、皆の綺麗にハモった声を耳に残しながら、俺も声こそ出さない物の、それを見つけてため息をつく。
勇者の後方。床に這いつくばる様にして、何か玉の様な物を勇者に向かって投げている人がいるのだ。
この位置ならばバルコニーを見上げる形の民衆からは、絶対に見つかる事はない。
そんな這いつくばった人達が、小さな玉を途切れぬように交互に投げ入れている。そんな玉が、勇者の近くに投げ入れられると、破裂し弱い光をキラキラと発しながら消えていく一連の様子が確認できた。
その意味を一瞬で理解し、俺はあまりの下らなさに、一瞬、理不尽な怒りすら覚え、それを瞬時に抑え込む。
《 そっか。あの玉が光ってたんだね。けど、なんであんな事してるんだろう? 》
謎が解けてスッキリしたのだろうが、新たな疑問が浮かびあがり、首を捻りながらもルナが虚空に字を躍らせる。
「なんとまぁ……。」
俺は、そんな言葉をつぶやきながら、疲れがドッと出るのを感じつつ、静かにソファーに体を沈めた。
そりゃ、ルナや皆には、良く分からんだろうな。
これは、単なる演出だ。
単純に、民衆に勇者と言う存在を印象付けるための、言わばデモンストレーションである。
その為に、わざわざ民衆を集め、派手に着飾らせ、神聖なイメージを演出しているのだろう。
まぁ、民衆の心を掴む方法としては理に適っており、その演出も過剰ではあるものの、方向性は悪くはないと思う。
だが、今は都市の存亡をかけた状況であるという事を忘れて貰っては困る。
ちなみに、余談ではあるが、竜の軍団の先発隊は、もう視認出来る段階まで来ている。
この場所から外を見れば、禍々しさすら感じられる黒い雲の様な大軍団を見る事が出来るはずだ。
アホな事に力入れている暇あったら、さっさと戦いに行けと、声を大にして言いたい気持ちグッと抑え、俺は大きく息を吐いた。
いかんいかん、こんな事、想定内だろう?
俺は自分を落ち着かせるために、【ストレージ】より、お茶を取り出し、ゆっくりと飲み干す。
はぁ、落ち着く……。やはり緑茶は、日本人の心の支えだよな。
そうして、俺は落ち着きを取り戻し画面に視線を戻すと、そこには、自信に満ちた表情を浮かべる勇者の姿があった。
「みんな! 歓迎してくれてありがとう! 俺は勇者ゼクス。極光のゼクスとは俺の事だ!」
大声でそう叫ぶ勇者の名前を聞き、俺は思わず咽る。
後ろから、俺を心配するルナが背中をさすってくれたが、俺は礼を言うと、画面の中で観衆の声に満足そうに答える勇者の顔を再度見つめた。
いや、どこをどう考えても日本人の顔つきだよな。
それが、金髪に染めて、ゼクスって名乗るって……どうなのよ? もの凄く違和感しか無いんだが。
しかも、通り名を付けた上に、わざわざ自分から堂々と名乗るって事は……こいつは、まさか……?
嫌な予感がむくむくと顔をもたげて来るのを俺は、否定したかったが、次に続く勇者様の言葉がそれを現実のものとする。
「卑怯にも邪竜が軍勢を引き連れて、この街を襲おうとしているらしい。だけど、安心して欲しい! この街は、この俺、極光のゼクスが、守って見せる! そう、この聖剣エクスカリバーで!!」
そういうや否や、腰に差した剣を抜き放ち、皆にも見せつけるかのように天へと掲げる。
両刃の刀身が、日の光を反射し金色の光を放つと、次の瞬間、網膜を焼くかと思える程の強烈な光を放った。
ちなみにファミリアはその光を検知し、画面をすぐに遮光モードへと切り替えたので、画面を通して見ている俺らには、特に問題は無い。
しかし、それを直に見ていた観衆の方は、皆、眩い光から目を背ける姿が確認できた。
そして、強い光が収まって来ると、恐る恐る民衆達が勇者様へと視線を戻す。
そこには、光る剣を掲げたまま、悦に入ったようににやける勇者様の姿があった。
民衆からすれば、そんな姿は頼もしく映るだろう。光を背負い、堂々たるその姿を見れば、勘違いしてもおかしくはない。
この勇者は凄い。なんだかわからないけど、凄い。そう思わせられれば良いのだ。
それが例え、ハッタリだとしても、だ。
そんな演出は、間違いなく功を奏したようだ。三度、爆発したかのような歓声が沸き起こり、ゼクスコールが鳴り響く。
そんな観衆の声を耳に通しながら、俺はため息をついた。
はぁ。これは、参ったね。
俺が予想していた以上に、この勇者は不安要素しかなかった。
まず、この勇者、極度の目立ちたがり屋だ。
教団がそこまで手引きしたなら、それはそれで問題もあるが、それ以上にその状況を受け入れてしまえる下地が、この勇者にはあるという事になる。
つまり、チヤホヤされる事が、この勇者にとっては、一種、当たり前である事が、一連の状況から見て取れた。
それは、まぁ、良い。
問題は、そのチヤホヤされている勇者が、予想以上に弱そうだという事だ。
今、俺はファミリアを通して、勇者の魔力量を読み取っているのだが……ハッキリ言おう。少ない。少なすぎる。ぶっちゃけリリーより少ないってどういう事?
この世界ではどうやら、魔力量が絶対的な強さの指標となるらしい事は、今迄の経験から分っている。
砂漠の生物たちの序列は、そのまま魔力量に比例して上がっていったしな。手練れと言われる冒険者達もまた然り。
まぁ、勇者は強いと言う定説もあるので、もしかしたら、勇者は例外的に何かある可能性もあるのだが。森に来襲した勇者カオルだって、魔力量は、この勇者よりは遥かに多かったと思う。まぁ、あの時は、まだ俺も魔力を上手く制御できなかったし、経験則での話になるけどな。
しかし、疲弊している分を加味しても、恐らくヒビキ一人……いや、一頭? ともかく、彼女だけでタイマン張れるレベルなんじゃなかろうか。やり方によっては、リリーでもいい勝負できそうだし。
我が子達をぶつけようものなら、明らかにオーバーキルである。
それが、あの莫大な魔力を放つ災害級の竜と戦うと言っているのだ。
うん、無謀を通り越して滑稽ですらある。
これ、俺達の支援無しでは、確実にこの都市終わっちゃうぞ?
俺は、一瞬、勇者が颯爽と竜に切りかかろうとして、そのまま都市ごと消される姿を幻視してしまい、思わずため息をつきながら眉間を揉む。
これは、俺達が予想以上に頑張らんと駄目かもしれん。
そう決意を新たにしながら、民衆に向けて手を振る勇者の姿を、残念な気持ちで見つめるのだった。
皆、救いをもたらしてくれた教団に対し、感謝の言葉を口にしている。
うん、実に上手いと思う。
元々、なんでこの都市が狙われているかとか、大事な部分には、これっぽちも触れやしない。
ただひたすらに危機感を煽って、その対抗策を出す事により、心の動きを演出する。
皆に不安な気持ちが湧き上がった所に、安心感を与える材料を目の前にぶら下げれば、飛びつくのは当たり前だろう。
まぁ、仮に根本的な原因に触れたとしても、神が試練を与えたとか、皆の日頃の行いにしてごまかすんだろうなぁ。
こうやって一歩引いた場所で見ると、この手の手法は実に理に適っていると分かる。
形としてはこうだ。
理不尽に襲って来る強大な敵を作り、そこに抗う自分達と言う構図。そういう一方向の視点を与え、民衆を好きな方向へと導く訳だな。
しかも、敵が強大であり、こちらが一方的な被害者と言う形であれば、この演出は絶大な効果を発揮するし。
ここまで綺麗にお膳立てされれば、元々、勇者が元凶であるなど、この状況では夢にも思わないだろう。
そんな民衆の様子を見る為、ファミリアを操り映像を動かしていった。
そして、演説を終え、手を振る大司教から視線を外し、民衆達に目を向ける。
皆、興奮し、天に届けとばかりに、邪竜打つべしと叫んでいた。
そんな中、ふと視線の端に広場の前の方で、涼しげに佇んでいるギルドマスターと冒険者達の集団が見え、そちらに注意を向ける。
きっと今頃、ギルドマスターの心の中は暴風雨状態だろうなぁ。
そう思ってよく見たら、ギルドマスターの体が小刻みに震えているのが見て取れた。
横で寄り添うように立ち竦んでいるボーデさん達も、口こそ開かない物の、どこか呆れた様子だ。
ギルドマスター、あんまり怒ると血管切れますよ?
ふと、家族達が静かなので、様子が気になって振り返ると、皆、画面を見て言葉を失っていた。
ま、そりゃそうだろう。
俺達は、なんでこの都市が狙われているか知っている。
勇者様が、ドラゴンにちょっかいを出してボロ負けした事も知っている。
今の演説を聞いて、安心できる要素など皆無なのだ。
そういう状況を知っているからこその反応である。
ただ、クリームさんはこの場の雰囲気と画面の先との温度差に、若干、戸惑っているような感じだった。
まぁ、彼女はどちらかと言えば、感覚的に民衆よりであるだろうし、俺達の持っている情報を知らないから、当然の反応だろう。それに、彼女の一番の心配事は、ライトさんの事だろうし、勇者様がいれば、ライトさんが出る必要も無いかも知れないって安堵している部分があるのかもしれないしな。変に不安にさせるのも可哀想だし、そのままでいいと思う。
ふと、ルナと目が合う。
何か困ったような、呆れたような曖昧な笑みが口元に張り付いていた。
俺はそんな彼女に肩をすくませて意を伝えると、歓声が頂点に達したことを感じ、画面に向き直る。
目を向ければ、丁度、バルコニーに勇者と思しき人物が出て来た所だった。
俺はその人物を見て、思わず固まる。
いや、正確に言えば、人物が出て来た状況を見て、一瞬思考が停止したのだ。
整った顔立ちだが、目つきが鋭い。年の頃は多く見積もっても高校生位だろう。少し幼さが残るものの、その自信ありげな表情と、どこか得意気な雰囲気を纏っているのが印象に残る。
あれだ、中学や高校のクラスに一人はこんな奴いるよな。少し斜に構えたような雰囲気を醸し出す奴。
風になびくしなやかな髪は、黄金色に輝いており、額に光る銀の輪が、対になったようにアクセントを与えている。
背は俺と同じ位か? 170cmに届くかどうかと言う感じではあるが、細身のせいか少し頼りなさが出てしまっていた。
そんな細い体ではあるが、それを補うかのように防具が必要以上に存在感を出していた。
動きを阻害しない程度に、肩、胸、腰、肘や膝を守る様にして金色の鎧を身に纏っている。
左腰には長めの剣をぶら下げており、それも複雑で美麗な彫刻に彩られた鞘に収まっていた。
目を引くのはそれだけではない。なんと獅子を模ったであろう金の刺繍が目立つマントをはためかせていた。風が強いのだろうか? マントは下から上へと少し大きめに揺れ、赤と金のコントラストに思わず目を奪われる。
そんな目立つ物体から目を逸らせば、異様な左手に目が止まる。肘から先。そこだけ金の鎧に覆われており、今迄のイメージと相まって、バランスが悪く、無骨な印象を与えていた。
まぁ、容姿だけ見ると、少しやんちゃな子供と言う印象を拭えない。それがこれでもかと、華美な装飾で飾り付けられていた。
しかし、俺が驚いたのは今言った部分では無い。
何故か、彼の周りにはキラキラと光が瞬いていたのだ。
思わず、俺はおかしくなったのかと思い目をこする。
しかし、やはり状況は変わらない。勇者の周りには光が瞬いていた。
淡い光を纏った勇者は、民衆に向かって、笑顔を振りまき、手を振ってこたえている。
そんな様子の勇者を見ながら、俺は思わず、皆に呟くように問いかけた。
「あー……何故か、俺の目には勇者が光って見えるんだが……皆、どうかな?」
そんな俺のやや困ったような問いに、
「わたくしも見えますわ。」
「某にも、みえますな。」
「わ、私にも光ってみます。」
「不思議ですねぇ。私にも見えます。流石は勇者様ですね。」
我が子達、リリー、そして、クリームさんが声を返してくれる。その後に、ヒビキが少し呆れたような声で一鳴き。
その声の調子を聴くに、どうやらヒビキにも見えてはいるらしい事はわかった。
「そうだよなぁ。光ってるよなぁ。」
俺はそう呟くと、改めて画面に視線を戻す。
勇者を祝福するかのように、周りに瞬いている光。なんだこれ?
そして、俺達と同じように、観衆にもその光は見えているのだろう。
一瞬、静かになったものの、「光ってる……。」「なんて綺麗……。」と言う呟きが聞こえ始め、
すぐに大地を揺るがさんばかりの歓声が……いや、もう嬌声と言って良いだろうか? それが音の波となって、伝わっていった。
そんな熱狂的な民衆の状況を見て、俺はふと思い当る事があり、まさかと思いつつファミリアの視点を少し引いた上で、少し上方から勇者を見下ろす形に映像を変える。
「「「「あ」」」」
その瞬間、皆の綺麗にハモった声を耳に残しながら、俺も声こそ出さない物の、それを見つけてため息をつく。
勇者の後方。床に這いつくばる様にして、何か玉の様な物を勇者に向かって投げている人がいるのだ。
この位置ならばバルコニーを見上げる形の民衆からは、絶対に見つかる事はない。
そんな這いつくばった人達が、小さな玉を途切れぬように交互に投げ入れている。そんな玉が、勇者の近くに投げ入れられると、破裂し弱い光をキラキラと発しながら消えていく一連の様子が確認できた。
その意味を一瞬で理解し、俺はあまりの下らなさに、一瞬、理不尽な怒りすら覚え、それを瞬時に抑え込む。
《 そっか。あの玉が光ってたんだね。けど、なんであんな事してるんだろう? 》
謎が解けてスッキリしたのだろうが、新たな疑問が浮かびあがり、首を捻りながらもルナが虚空に字を躍らせる。
「なんとまぁ……。」
俺は、そんな言葉をつぶやきながら、疲れがドッと出るのを感じつつ、静かにソファーに体を沈めた。
そりゃ、ルナや皆には、良く分からんだろうな。
これは、単なる演出だ。
単純に、民衆に勇者と言う存在を印象付けるための、言わばデモンストレーションである。
その為に、わざわざ民衆を集め、派手に着飾らせ、神聖なイメージを演出しているのだろう。
まぁ、民衆の心を掴む方法としては理に適っており、その演出も過剰ではあるものの、方向性は悪くはないと思う。
だが、今は都市の存亡をかけた状況であるという事を忘れて貰っては困る。
ちなみに、余談ではあるが、竜の軍団の先発隊は、もう視認出来る段階まで来ている。
この場所から外を見れば、禍々しさすら感じられる黒い雲の様な大軍団を見る事が出来るはずだ。
アホな事に力入れている暇あったら、さっさと戦いに行けと、声を大にして言いたい気持ちグッと抑え、俺は大きく息を吐いた。
いかんいかん、こんな事、想定内だろう?
俺は自分を落ち着かせるために、【ストレージ】より、お茶を取り出し、ゆっくりと飲み干す。
はぁ、落ち着く……。やはり緑茶は、日本人の心の支えだよな。
そうして、俺は落ち着きを取り戻し画面に視線を戻すと、そこには、自信に満ちた表情を浮かべる勇者の姿があった。
「みんな! 歓迎してくれてありがとう! 俺は勇者ゼクス。極光のゼクスとは俺の事だ!」
大声でそう叫ぶ勇者の名前を聞き、俺は思わず咽る。
後ろから、俺を心配するルナが背中をさすってくれたが、俺は礼を言うと、画面の中で観衆の声に満足そうに答える勇者の顔を再度見つめた。
いや、どこをどう考えても日本人の顔つきだよな。
それが、金髪に染めて、ゼクスって名乗るって……どうなのよ? もの凄く違和感しか無いんだが。
しかも、通り名を付けた上に、わざわざ自分から堂々と名乗るって事は……こいつは、まさか……?
嫌な予感がむくむくと顔をもたげて来るのを俺は、否定したかったが、次に続く勇者様の言葉がそれを現実のものとする。
「卑怯にも邪竜が軍勢を引き連れて、この街を襲おうとしているらしい。だけど、安心して欲しい! この街は、この俺、極光のゼクスが、守って見せる! そう、この聖剣エクスカリバーで!!」
そういうや否や、腰に差した剣を抜き放ち、皆にも見せつけるかのように天へと掲げる。
両刃の刀身が、日の光を反射し金色の光を放つと、次の瞬間、網膜を焼くかと思える程の強烈な光を放った。
ちなみにファミリアはその光を検知し、画面をすぐに遮光モードへと切り替えたので、画面を通して見ている俺らには、特に問題は無い。
しかし、それを直に見ていた観衆の方は、皆、眩い光から目を背ける姿が確認できた。
そして、強い光が収まって来ると、恐る恐る民衆達が勇者様へと視線を戻す。
そこには、光る剣を掲げたまま、悦に入ったようににやける勇者様の姿があった。
民衆からすれば、そんな姿は頼もしく映るだろう。光を背負い、堂々たるその姿を見れば、勘違いしてもおかしくはない。
この勇者は凄い。なんだかわからないけど、凄い。そう思わせられれば良いのだ。
それが例え、ハッタリだとしても、だ。
そんな演出は、間違いなく功を奏したようだ。三度、爆発したかのような歓声が沸き起こり、ゼクスコールが鳴り響く。
そんな観衆の声を耳に通しながら、俺はため息をついた。
はぁ。これは、参ったね。
俺が予想していた以上に、この勇者は不安要素しかなかった。
まず、この勇者、極度の目立ちたがり屋だ。
教団がそこまで手引きしたなら、それはそれで問題もあるが、それ以上にその状況を受け入れてしまえる下地が、この勇者にはあるという事になる。
つまり、チヤホヤされる事が、この勇者にとっては、一種、当たり前である事が、一連の状況から見て取れた。
それは、まぁ、良い。
問題は、そのチヤホヤされている勇者が、予想以上に弱そうだという事だ。
今、俺はファミリアを通して、勇者の魔力量を読み取っているのだが……ハッキリ言おう。少ない。少なすぎる。ぶっちゃけリリーより少ないってどういう事?
この世界ではどうやら、魔力量が絶対的な強さの指標となるらしい事は、今迄の経験から分っている。
砂漠の生物たちの序列は、そのまま魔力量に比例して上がっていったしな。手練れと言われる冒険者達もまた然り。
まぁ、勇者は強いと言う定説もあるので、もしかしたら、勇者は例外的に何かある可能性もあるのだが。森に来襲した勇者カオルだって、魔力量は、この勇者よりは遥かに多かったと思う。まぁ、あの時は、まだ俺も魔力を上手く制御できなかったし、経験則での話になるけどな。
しかし、疲弊している分を加味しても、恐らくヒビキ一人……いや、一頭? ともかく、彼女だけでタイマン張れるレベルなんじゃなかろうか。やり方によっては、リリーでもいい勝負できそうだし。
我が子達をぶつけようものなら、明らかにオーバーキルである。
それが、あの莫大な魔力を放つ災害級の竜と戦うと言っているのだ。
うん、無謀を通り越して滑稽ですらある。
これ、俺達の支援無しでは、確実にこの都市終わっちゃうぞ?
俺は、一瞬、勇者が颯爽と竜に切りかかろうとして、そのまま都市ごと消される姿を幻視してしまい、思わずため息をつきながら眉間を揉む。
これは、俺達が予想以上に頑張らんと駄目かもしれん。
そう決意を新たにしながら、民衆に向けて手を振る勇者の姿を、残念な気持ちで見つめるのだった。
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