悪意のTA
少女との出会いと別れ 前編
その少女と麻生恵一が出会ったのは、平成二年の七月のことだった。大学生活最初の夏、彼は暑苦しいテントの中で、焼きそばを炒めていた。麻生が通う高校では、なぜか真夏に学園祭が開催される。
熱気が漂う鉄板の上で焼きそばを炒める行為は、地獄ではないかと麻生恵一は思った。
「いらっしゃい」
汗だくになり適当に挨拶する彼の瞳に、その少女の姿が飛び込んでくる。二重瞼が特徴的な黒髪のショートカットの少女。その可愛らしい少女は、水色のワンピースという私服を着ている。
初対面の少女は笑顔を見せ、人差し指を立てた。
「焼きそば一つね」
「はい」
麻生恵一は大きな声で返事をして、パックに焼きそばを盛り付けた。そうして三百円と交換に焼きそばを彼女に手渡した。
少女に一目惚れした麻生は、調理そっちのけで、少女の行方を追っていた。そして彼女は見覚えのある男の前で立ち止まる。
その男は、麻生の高校時代の後輩、高崎一だった。
「アイツの妹か? それとも彼女……」
麻生恵一はブツブツと呟きながら、焼きそばを炒めていた。
そうして一時間後、麻生恵一に休憩の時間が回ってくる。その時に恵一は大学内を走り回り、一目惚れの少女を連れている高校の後輩を探した。
息を切らして三十分間走り回ると、彼の前を高崎と先程焼きそばを購入した少女が通り過ぎた。チャンスだと思い、麻生は高崎に声を掛ける。
「高崎君」
自分の名前を呼ばれ、高崎は思わず立ち止まった。そうして先輩と顔を合わせた彼は、頭を下げる。
「麻生先輩。大学の学園祭。楽しんでいますよ」
「ところで、隣の女は誰だ? 妹か?」
麻生からの問いかけに対し、高崎は首を横に振った。
「違いますよ。ただの幼馴染です」
「付き合っているのか?」
「それも違います。大学の学園祭に行きたいって彼女が言ったから、連れて来ただけで」
高崎が両手をバタつかせ、隣にいる二重瞼の少女は、にこやかに微笑む。
「桜井真です。中々面白いですね。麻生さん」
その笑顔を見た瞬間、麻生恵一の顔は真っ赤に染まった。
「こちらこそ、こんなかわいい後輩に出会えて嬉しいよ」
笑顔で言葉を返し、桜井真は笑みを浮かべた。それが麻生恵一と桜井真が出会う瞬間だった。
それから麻生恵一は、桜井真と連絡先を交換した。そして出会いから一週間後、麻生恵一は桜井真と東都映画館へデートに出かけた。
それは楽しい一時だった。二人きりで隣の席に座り、同じ映画を見た。
映画がクライマックスを迎えると、桜井真は、興奮のあまり、隣に座る恵一の左手を握る。その瞬間、麻生恵一は別の意味で興奮した。
その日の夜、麻生恵一は独りで暮らすマンションの一室で、父親から思わぬ事実を聞かされた。その事実を把握すると、麻生の胸を罪悪感が支配した。
出会いから二か月後、決心が固まった恵一は、夕暮れ時の東都公園に呼び出す。なぜ呼び出されたのかと、疑問に思った桜井真は、ベンチに座り、表面に立つ麻生恵一と向き合い首を傾げる。
すると麻生恵一は、重たい口を開く。
「ごめんなさい。実は結婚することに……」
「酷い。私を捨てるの?」
桜井真はベンチから立ち上がり、彼の話を遮る。
「聞いてください。急に婚約者が帰国することになったんです。彼女が帰国したら、結婚するという約束でした。婚約者が帰国するより前に、あなたに婚約指輪を渡せれば良かったんだけど……」
「分かりました」
ありのままの話を聞かされた桜井真は暗い表情となり、彼の元から去ろうとした。
「刑事になったら、この前言っていた悪い奴らから桜井の幼馴染を救うから、それで勘弁してくれ」
彼の口から発せられる大きな叫び声を聞いた少女の顔に、少しだけ笑顔が戻り、彼女は彼に近づく。それから彼女は、お腹を摩りながら涙を流し、耳元で囁く。
「馬鹿」
そうして二人は最初の別れを経験した。
熱気が漂う鉄板の上で焼きそばを炒める行為は、地獄ではないかと麻生恵一は思った。
「いらっしゃい」
汗だくになり適当に挨拶する彼の瞳に、その少女の姿が飛び込んでくる。二重瞼が特徴的な黒髪のショートカットの少女。その可愛らしい少女は、水色のワンピースという私服を着ている。
初対面の少女は笑顔を見せ、人差し指を立てた。
「焼きそば一つね」
「はい」
麻生恵一は大きな声で返事をして、パックに焼きそばを盛り付けた。そうして三百円と交換に焼きそばを彼女に手渡した。
少女に一目惚れした麻生は、調理そっちのけで、少女の行方を追っていた。そして彼女は見覚えのある男の前で立ち止まる。
その男は、麻生の高校時代の後輩、高崎一だった。
「アイツの妹か? それとも彼女……」
麻生恵一はブツブツと呟きながら、焼きそばを炒めていた。
そうして一時間後、麻生恵一に休憩の時間が回ってくる。その時に恵一は大学内を走り回り、一目惚れの少女を連れている高校の後輩を探した。
息を切らして三十分間走り回ると、彼の前を高崎と先程焼きそばを購入した少女が通り過ぎた。チャンスだと思い、麻生は高崎に声を掛ける。
「高崎君」
自分の名前を呼ばれ、高崎は思わず立ち止まった。そうして先輩と顔を合わせた彼は、頭を下げる。
「麻生先輩。大学の学園祭。楽しんでいますよ」
「ところで、隣の女は誰だ? 妹か?」
麻生からの問いかけに対し、高崎は首を横に振った。
「違いますよ。ただの幼馴染です」
「付き合っているのか?」
「それも違います。大学の学園祭に行きたいって彼女が言ったから、連れて来ただけで」
高崎が両手をバタつかせ、隣にいる二重瞼の少女は、にこやかに微笑む。
「桜井真です。中々面白いですね。麻生さん」
その笑顔を見た瞬間、麻生恵一の顔は真っ赤に染まった。
「こちらこそ、こんなかわいい後輩に出会えて嬉しいよ」
笑顔で言葉を返し、桜井真は笑みを浮かべた。それが麻生恵一と桜井真が出会う瞬間だった。
それから麻生恵一は、桜井真と連絡先を交換した。そして出会いから一週間後、麻生恵一は桜井真と東都映画館へデートに出かけた。
それは楽しい一時だった。二人きりで隣の席に座り、同じ映画を見た。
映画がクライマックスを迎えると、桜井真は、興奮のあまり、隣に座る恵一の左手を握る。その瞬間、麻生恵一は別の意味で興奮した。
その日の夜、麻生恵一は独りで暮らすマンションの一室で、父親から思わぬ事実を聞かされた。その事実を把握すると、麻生の胸を罪悪感が支配した。
出会いから二か月後、決心が固まった恵一は、夕暮れ時の東都公園に呼び出す。なぜ呼び出されたのかと、疑問に思った桜井真は、ベンチに座り、表面に立つ麻生恵一と向き合い首を傾げる。
すると麻生恵一は、重たい口を開く。
「ごめんなさい。実は結婚することに……」
「酷い。私を捨てるの?」
桜井真はベンチから立ち上がり、彼の話を遮る。
「聞いてください。急に婚約者が帰国することになったんです。彼女が帰国したら、結婚するという約束でした。婚約者が帰国するより前に、あなたに婚約指輪を渡せれば良かったんだけど……」
「分かりました」
ありのままの話を聞かされた桜井真は暗い表情となり、彼の元から去ろうとした。
「刑事になったら、この前言っていた悪い奴らから桜井の幼馴染を救うから、それで勘弁してくれ」
彼の口から発せられる大きな叫び声を聞いた少女の顔に、少しだけ笑顔が戻り、彼女は彼に近づく。それから彼女は、お腹を摩りながら涙を流し、耳元で囁く。
「馬鹿」
そうして二人は最初の別れを経験した。
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