悪意のTA
トリックの痕跡
容疑者達が集まった食堂に戻った合田は、唐突に彼らへ呼びかける。
「さて、皆さん。これからこの旅館で起きた殺人事件の真相を話す」
突然警視庁の刑事が謎解きを始めたことに対し、北村が啖呵を切る。
「俺は忙しい。誰が死んだか知らないが、俺には関係ない」
それを合田は宥めた。
「北村さん。いい現実逃避になるだろう」
「どうでもいいが、早く終わらせろよ」
不満な表情を見せる北村を他所に、合田は真相を語り始める。
「まずは、この旅館で起きた事件をおさらいしようか。事件が起きたのは午前十時二十分から三十分の間。遺体は八号室の中で発見され、現場には拳銃等の遺留品が発見された。その遺留品を調べたら、すぐに誰が犯人なのかは分かるが、その前に罪を認めてほしい。国枝博」
合田が呼ぶ犯人の名前を聞き、容疑者達は一斉に国枝に注目する。一方の国枝は、合田の推理に納得できないのか、首を傾げる。
「意味が分かりませんね。何で僕が犯人なんですか?」
「逆に聞くが、なぜ小澤の部屋を訪れた?」
「三沢マコ談義がやりたくなったからと説明しましたよね?」
「それは建前で、本当はアリバイの確保が目的だったとしたらどうだ。おそらく犯人は、被害者の部屋を訪れ、殺害。だが、このままでは誰かに現場から立ち去る所を目撃されてしまう可能性がある。運よく誰にも見つからずに現場の部屋から脱出できたあなただったが、そのまま自分の部屋に誰とも会わずに戻れるとも限らない。なぜなら、この旅館は回廊のようになっていて、現場の部屋のある反対側の通路からでも、誰が動いたのかが監視できる。そこであなたは、大胆不敵に現場の隣の部屋に逃げ込むことで、アリバイを確保しつつ、現場から立ち去るリスクを軽減したんだ」
合田の推理を聞き、国枝は失笑する。
「何ですか? その迷推理」
「そうかもしれないな。だったら教えてほしい。なぜ北村が宿泊する部屋ではなく、小澤が宿泊する部屋を訪れたのか? あなたは牧田編集部の編集者だったよな。普通は隣の北村の部屋を訪れて、原稿の進捗状況をチェックする。だが、あなたはそれをやらず、三沢マコのオフ会で知り合った小澤実の元に向かった。その理由を説明しろ!」
強い口調で合田は国枝に詰め寄る。一方で国枝は頭を掻く。
「参りましたよ。そんな憶測みたいな推理で殺人犯呼ばわりなんて。でも、証拠はないんでしょう? 拳銃使って殺したのなら、硝煙反応が出るはず。調べてくださいよ」
「硝煙反応か。それにしても良く分かったな。被害者を殺した凶器が拳銃だって」
「現場から拳銃等の遺留品が見つかったんでしょう?」
「確かに被被害者は射殺されていたよ。だから犯人の衣服から硝煙反応が検出されるはず。だが、現場の遺留品にトリックの痕跡が隠されていたとしたらどうだ?」
「トリックの痕跡?」
黙って合田と国枝の対立を見ていた高崎が二人の話に割って入り、首を傾げる。
「現場に残された遺留品は、硝煙反応が検出された穴の開いたビニール袋と輪ゴム。拳銃と使い捨てのゴム手袋。おそらく犯人は、ビニール袋で覆われた拳銃の引き金に、使い捨てのゴム手袋を填めた自分の指を掛けた。そして硝煙が漏れないように輪ゴムでビニール袋を固定して、被害者を撃った。これで拳銃を撃った時に生じる硝煙は、ビニール袋の中に閉じ込められ、犯人の衣服からは検出されない。後はトリックに使ったビニール袋と輪ゴムを被害者の部屋のゴミ箱に捨て、残った拳銃を現場の床に置く。そして現場に一枚の紙を置いてから、ゴミ箱に使い捨ての手袋を捨ててから、犯人は逃走。これが犯人の犯行手口だ」
国枝は合田の推理を聞き、自信満々に鼻で笑った。
「大体その推理には、二つの大きな穴がありますよね? 一つは、そのトリックだったら僕じゃなくても殺せるってこと。もう一つは容疑者が全員嘘を吐いていないということを前提にした、お粗末な推理だってこと。それに、八号室に宿泊されていた斎藤一成さんとは初対面ですよ? どうして僕が彼を殺さないといけないんですか?」
「国枝博。妙だな。俺は八号室の宿泊客が殺害されたとしか言っていない。この場に斎藤の姿がないことで、彼と面識のある高崎と小澤は八号室に宿泊しているのが斎藤だってことは分かる。だが、自己紹介すらしていない男をフルネームで呼ぶのはおかしいよな?」
国枝は分が悪いと悟ったのか、肩を落とし意外な言葉を口にする。
「参りました。四人目でやっと逮捕されるなんて」
「さて、皆さん。これからこの旅館で起きた殺人事件の真相を話す」
突然警視庁の刑事が謎解きを始めたことに対し、北村が啖呵を切る。
「俺は忙しい。誰が死んだか知らないが、俺には関係ない」
それを合田は宥めた。
「北村さん。いい現実逃避になるだろう」
「どうでもいいが、早く終わらせろよ」
不満な表情を見せる北村を他所に、合田は真相を語り始める。
「まずは、この旅館で起きた事件をおさらいしようか。事件が起きたのは午前十時二十分から三十分の間。遺体は八号室の中で発見され、現場には拳銃等の遺留品が発見された。その遺留品を調べたら、すぐに誰が犯人なのかは分かるが、その前に罪を認めてほしい。国枝博」
合田が呼ぶ犯人の名前を聞き、容疑者達は一斉に国枝に注目する。一方の国枝は、合田の推理に納得できないのか、首を傾げる。
「意味が分かりませんね。何で僕が犯人なんですか?」
「逆に聞くが、なぜ小澤の部屋を訪れた?」
「三沢マコ談義がやりたくなったからと説明しましたよね?」
「それは建前で、本当はアリバイの確保が目的だったとしたらどうだ。おそらく犯人は、被害者の部屋を訪れ、殺害。だが、このままでは誰かに現場から立ち去る所を目撃されてしまう可能性がある。運よく誰にも見つからずに現場の部屋から脱出できたあなただったが、そのまま自分の部屋に誰とも会わずに戻れるとも限らない。なぜなら、この旅館は回廊のようになっていて、現場の部屋のある反対側の通路からでも、誰が動いたのかが監視できる。そこであなたは、大胆不敵に現場の隣の部屋に逃げ込むことで、アリバイを確保しつつ、現場から立ち去るリスクを軽減したんだ」
合田の推理を聞き、国枝は失笑する。
「何ですか? その迷推理」
「そうかもしれないな。だったら教えてほしい。なぜ北村が宿泊する部屋ではなく、小澤が宿泊する部屋を訪れたのか? あなたは牧田編集部の編集者だったよな。普通は隣の北村の部屋を訪れて、原稿の進捗状況をチェックする。だが、あなたはそれをやらず、三沢マコのオフ会で知り合った小澤実の元に向かった。その理由を説明しろ!」
強い口調で合田は国枝に詰め寄る。一方で国枝は頭を掻く。
「参りましたよ。そんな憶測みたいな推理で殺人犯呼ばわりなんて。でも、証拠はないんでしょう? 拳銃使って殺したのなら、硝煙反応が出るはず。調べてくださいよ」
「硝煙反応か。それにしても良く分かったな。被害者を殺した凶器が拳銃だって」
「現場から拳銃等の遺留品が見つかったんでしょう?」
「確かに被被害者は射殺されていたよ。だから犯人の衣服から硝煙反応が検出されるはず。だが、現場の遺留品にトリックの痕跡が隠されていたとしたらどうだ?」
「トリックの痕跡?」
黙って合田と国枝の対立を見ていた高崎が二人の話に割って入り、首を傾げる。
「現場に残された遺留品は、硝煙反応が検出された穴の開いたビニール袋と輪ゴム。拳銃と使い捨てのゴム手袋。おそらく犯人は、ビニール袋で覆われた拳銃の引き金に、使い捨てのゴム手袋を填めた自分の指を掛けた。そして硝煙が漏れないように輪ゴムでビニール袋を固定して、被害者を撃った。これで拳銃を撃った時に生じる硝煙は、ビニール袋の中に閉じ込められ、犯人の衣服からは検出されない。後はトリックに使ったビニール袋と輪ゴムを被害者の部屋のゴミ箱に捨て、残った拳銃を現場の床に置く。そして現場に一枚の紙を置いてから、ゴミ箱に使い捨ての手袋を捨ててから、犯人は逃走。これが犯人の犯行手口だ」
国枝は合田の推理を聞き、自信満々に鼻で笑った。
「大体その推理には、二つの大きな穴がありますよね? 一つは、そのトリックだったら僕じゃなくても殺せるってこと。もう一つは容疑者が全員嘘を吐いていないということを前提にした、お粗末な推理だってこと。それに、八号室に宿泊されていた斎藤一成さんとは初対面ですよ? どうして僕が彼を殺さないといけないんですか?」
「国枝博。妙だな。俺は八号室の宿泊客が殺害されたとしか言っていない。この場に斎藤の姿がないことで、彼と面識のある高崎と小澤は八号室に宿泊しているのが斎藤だってことは分かる。だが、自己紹介すらしていない男をフルネームで呼ぶのはおかしいよな?」
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