運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

上杉謙信さんの死因は高血圧性脳内出血だそうです。

 翌日から采明あやめはちょこまかと、神五郎しんごろうの屋敷の中を動き回る。

「ちょっと待ってください!!茂平もへいさん、悠真ゆうしんさん!!」

 声が聞こえるのは、庭らしい。
 静かに身支度を整えていた神五郎は、障子をそっと開けて様子を見る。

「こちらの野菜くずはどうされるのですか?」
「そこらに捨てますよ」
「ちょっと待ってください。これをいただきますね!!こちらは悠真さん、この食べ残しはあそこにあけた穴に埋めてください。お願いします」

 ペコンと頭を下げると、大きなかごをうんしょっと抱えて、てけてけと走り去る。

「奥様!?奥さま!!そちらは下女が……」
「大丈夫です!!行ってきます」

 走り去る采明を見送り、下男たちに近づく。

「采明どのは、何を言っていたんだ?」
「あぁ、殿。おはようございます。実は、調理場で出た野菜くずをくれと、それに、掃除で出た木葉や、食べ残し等は、そこに穴を掘ってそこに埋めるようにと」

 示された穴は隅にそっと掘られている。

「掘ってどうするのだ?」
「肥料を作るとか。それに、食事の余り物を安易に捨てるのは、野生の生き物が山から降りてくる。野菜の切れ端や他は、別のものにして、余り物を出さないようにするとか」
「旦那さまのお迎えされた奥方さまは、変わった方ですなぁ……わしらに命令するのではなく、丁寧な物腰で優しいお方です。旦那さまはよい方をお迎えになられましたな」

 悠真からの聞き捨てならない一言に、口を挟もうとすると、茂平は、

「本当に。その上に幼い……いやいやお年の方は構いませんが、賢い方です。嬉しいですな。このお屋敷も明るくなりましょう」
「そうですな」
「あのな?悪いが、奥方と言うのは……誰から聞いた?采明……どのからか?」

神五郎の問いかけに、二人は、

「いえ、橘樹たちばなさまが」
「あーねーうーえー!!」

つかつかと見当を付けて歩き出すと、床を這いつくばっている……。

「采明どの!!何をされている!?」
「あ、すみません……あの、廊下の拭き掃除していますので、どいてください」
「は?廊下を走る……」
「埃が舞うんですよ!!汚れをもう一度つけたらダメなんです!!」

 雑巾を握り締め、訴える。

「良いですか?掃除には順序があるんです!!そして、バタバタしないんです!!パタパタと上から埃を落としていくことなんですよ!!」
「そ、そうなのか……それはそれはありがとう……ではなく!!なぜ貴方がそんな下女のような格好で屋敷中を走り回っているのだ?」
「趣味です!!」

 趣味!?

 神五郎は硬直する。
 趣味とはどう言うことだ?

「綺麗なお屋敷と言うのは、お屋敷の主の才覚を周囲に知らせるんですよ。汚れた衣も品位を下げます。その染みのついた格好で、出仕はなさらないでくださいね!!良いですか?」
「は、はぁ……ではなく!!采明どの!!貴方が屋敷中を走り回ってどうするんだ!!貴方は私の学問の師匠として!!」
「神五郎さまが出仕している間は何をしても良いと、橘樹お姉さまに言っていただきましたよ。好きにして良いと。と言うわけで、じゃあ着替えをして出仕なさってくださいね!!昨晩、お姉さまに聞いて仕立てておきましたから」

 熱心に廊下の拭き掃除を再開した少女の、姉さんかぶりの手拭いを見下ろし、

「わ、解った。では、戻ってきたら頼む……」
「はい。では、ご準備なさってくださいね。時間がありませんよ?」
「解った。では、采明どのも余り必死にならず気軽にされよ。私には解らぬが、昔、聞いたことがある。この国の奥に、別の場所に連れていかれる場所があるのだと。もしかしたら、采明どのもそのように来たのかもしれない。身分は隠せるだけ隠さねば……何が起こるか解らぬゆえ……」
「下女でいいですよ?ここはとても私にあった所です。神五郎さまも、橘樹お姉さまも、茂平さんたちもとてもいい方々ですし」

にっこりと笑う少女に、

「下女と言うのは駄目だ!!数日中にあなたのことをどうにかしよう。それまでは、私の母方の遠縁としておこう」
「そうなんですか。はい。わかりました」
「では、何かあったら姉上や、家の者に。気を付けられよ」

神五郎が部屋に戻っていく背中に、采明は、

「神五郎さま!!ちゃんと着替えをしてくださいね!!それと、出仕したら静かに冷静に!!」

数えで13才の子供に言われたくない……と思いつつ、

「解った。では、采明どのも何かあったら姉上に」
「はい。わかりました!!いってらっしゃいませ!!」
「……行ってくる」

なぜかむず痒くなりそうな、照れ臭さと恥ずかしさで顔を隠す。

 なぜ、こんなに嬉しいのだろう……。

 考えたところで出てくる答えなどなく、神五郎は出仕の支度に向かうのだった。

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