運命(さだめ)の迷宮

ノベルバユーザー173744

采明がいると屋敷も元気になるようです。

小さい体で、『松葉杖まつばづえ』と言うものを動かして移動する姿に見ていられない橘樹たちばなは、采明あやめを負って歩く、背かごをけやきたちに背負わせていた。

本人は普通のおんぶで良いと言ったのだが、橘樹や欅が口添えしても、

「男が采明よめに触るの禁止!!」

と言う、はた迷惑な弟であり当主の命令に呆れ果てていた。

「御姉様、この人何とかして下さい!!」

必死で訴える采明に、橘樹はため息をつき、

「御免なさいね?采明。私にも良く解らないけれど、はた迷惑な独占欲持ちみたいなのよ。諦めてちょうだい」
「そんなぁ……」

采明としては、タイムトリップしたと言うのは、滅多にないラッキーな話である。
このままいることはないと思うし、もとの世界に戻されても、せっかくこの世界に来て得た情報や日々の暮らしの記憶が薄れるのは困る。
本当は、タブレットや、携帯の写真機能を使いたいのだが、そうすると、電池が切れるのも早いし、こちらには電気を作ることはまだ出来ない。
自分で、タブレットで調べて作ろうかとも思ったのだが、そんなことをしたら将来、エレキテルを作った平賀源内ひらがげんないがどうなるか……将来を壊すことがどうなるか……怖かったのだ。
だから、時間があると動き回って、色々知りたいし、残したいと言うのに……。

「だから、向こうに行ってて下さい!!作業は繊細なんです!!」
「怪我人が、地べたに這いつくばってどうするんだ!!」

とひょいっと抱き上げ、

「治るまでやめろ」
「発掘!!地図!!方位磁針ほういじしん!!ぎゃぁぁぁ!!あれが、あれがないと困るのに!!」
「は?『方位磁針』?」

神五郎しんごろうが、屈むと采明は必死にかき集める。
最後に拾ったものに、興味がわく。

「何だ?これは」
「……方位磁針です」
「方位磁針?これがか?私が聞いたのは……」

采明は何度も躊躇ためらい、答える。

「屋敷に戻ってから、お話いたします。だから、これらはこのバッグに入れてください!!」
「ばっぐ?」
「えーと、袋です。丈夫な皮の布で作られていて、背中に負って移動すると、両手が空いて、楽なんです」

神五郎は、袋にいれつつ、

「これは?筆ではないのか?」
「シャープペンシル……尖った、細い鉛筆です」
「鉛筆……?」

はっ!

采明は口を押さえる。
シャープペンシルも鉛筆ももっと時代は後である。
それなのに……。
バッグに全て入れたことを確認した神五郎は、

「人は、隠したいことが一つでもある。お前が言うまでは聞かん。それで良いだろう?」
「あれ?神五郎様にもあったんですか?隠したいこと?」
「あるわ!!」
「隠せてるんですか?えぇ?その顔に、その性格に、その口で」

采明が、話をそらそうとしているのがありありの口調に、乗って怒ったふりをして、

「うるさいぞ。背負ってやってるんだ。なにかを言おうとするなら夜に……」
「ぎゃぁぁぁ!!お願いします~!!私、私、夜は、ぐっすり派です。夜遅くまで起きてられません~!!お休みしたいです!!」
「ふーん。残念だな。勉強をしたいだけなんだがな?」
「無理です~!!夜は早く寝るんです。お子さまです!!」

二人は言い合いながら、屋敷に戻る。
手足を洗い、采明の顔や、汚れている髪を洗い、清める。
湯を沸かし、采明の髪を丁寧に洗い、乾かし梳かすのはいつのまにか神五郎の役目になっていた。
柔らかい、茶色の髪……『三つ編み』と言う結い方をほどき、後ろに軽く結うようにしたのだが、フワフワと跳ねるので、色々と姉たちの仕方を覚え、そして自分なりに可愛らしく装わせている。

「今日は、何をしてるんだ?考え事か?」
「……方位磁針……簡単なものを作り方を、教えます。そうすれば、方角、行き先を正しく伝えられます」
「さっきのものはダメだぞ?どう見ても俺どころか解らん」

神五郎の言葉に采明は、

「それは、これは英語ですから」
「エイゴ?」
「……神五郎様にはお伝えします」

バッグを引き寄せ、袋の中から地図と言っていた絵画のような美しいものに、方位磁針を取り出して置く。

「神五郎様は、今のこの地がどこにあるかご存じですか?」
「う~ん……ここか?」

示したのは一番大きい大陸であるユーラシア大陸を示す。
采明は首を振り、ユーラシア大陸の東の、島国を示す。

「ここが日本……大和の国です」
「はぁ!?どう言うことだ!!どうしてこんな!?」

ページを変え、大きくなったものを見せて、指で示す。

「ここが越後えちご、そして、南西部のうみを越えたところの、この2重丸の場所が京の都です」
「そ、そんな馬鹿な!?こんな狭い地を取り合い、戦をして奪い合うのか!?」
「それが現実です。京の都に一番最初に上洛じょうらくし、幕府の戦乱で荒れ果てた都の人々の平穏と、荒れ果てた地を憂える帝にご安心していただくこと、そして、『獅子身中しししんちゅうの虫、獅子を食らう』とならぬように、都の貴族とのやり取りもありますね」
「『獅子身中の虫』……お前はどこまで考えているんだ?」

自分の妻のすさまじいまでの知識量の多さに舌を巻く。

「それと、このようなことを申し上げてはなんですが、晴景はるかげ様はお優しい方ですが、御体が弱く、この長尾家を纏めるだけの力が足りません。先日離縁なされた奥方との間や、側室、おめかけとの間にお子様がお生まれであれば、もっと違うのですが……」
「私に、晴景様を裏切れと言うのか!?」
「違いますよ。逆ですよ。逆。晴景様を支えるんです。そうして、晴景様の信頼を得て、周囲の関係も良くして、結束を固めましょう。そして、まずは晴景様の先妻様の家から何か言いがかりをつけられないように、晴景様には、力のある家臣のお嬢様をお迎えになられるといいでしょう。そして、甲斐の武田信虎たけだのぶとら……その息子の武田晴信たけだはるのぶは危険です。そちらにも注意をせねばなりません」

余りにも突飛な話に唖然とする。

「お、お前は、武田信虎にその息子を知っているのか!?」
「……それは……」

躊躇う。

「それよりも、方角を知る方法は……一番は、木を切ることです」
「は?」
「木は、日が当たる部分は年輪の幅が広いんです。それが狭い方向は、日が当たらない、北の方角です」

采明は説明をする。

「……でも、そのような事のために、木を切るのはもったいないですので、簡単に、二つの方法をお教えしますね」

スッと引き寄せたのは、采明愛用の裁縫道具。
針を取り、袖に擦り付ける。
しばらくそう続けた後、糸を縛り、針を垂らすと、クルクルと回り始め、しばらくして両側で二点の方向を示した。

「これです。こちらが北の、こちら側が南を示します。簡単な磁気に反応します」
「磁気?」
「私は、学校……学問で、この世界……国には、磁石があって、それの引き合いで国ができていると聞きました。あ、そうです」

采明が庭に出て、一枚の落ち葉を拾い、もう一度袖に擦った針を擦り、落ち葉の上に針を乗せ池に浮かべるとクルクル回る。

「な、なんなんだ!?これは」
「方角を示すんです。そして、磁石と言うのは……」

針を取り、地面に近づけると、

「な、何だ!?針が、引っ張ってる?」
「鉄の砂です。針が、引き寄せたんですよ。鉄の固まりを掘るよりも、あっさりと取れます。まぁ、少ししか取れませんが」
「はぁ……これは凄いな。おい、采明。『エイゴ』とやらを教えろ。それに、こういうことを」

神五郎の言葉に、僅かに青ざめたかおで、

「それは……そう言うことを教えたら……」
「『エイゴ』と言うのは、言葉だろう?俺は、色々知りたいんだ。教えてくれ。一応、梵字ぼんじは読めるぞ。それに、孫子の全体の書簡もある!!」

采明を抱き上げ、部屋に戻った神五郎は座り、その膝に腰を下ろさせる。

「それですか?見ましたけど、部分で、しかも欠損が多いです。私が持っているのは曹孟徳そうもうとくどのの注釈書です。曹孟徳どのは、知略ある君主であり、政治家であり、戦略家です。明の国の昔の軍略家ですよ」
「曹孟徳……」
「えぇ、今から1450年くらい昔の人ですね。父が、明に行っているのは、その曹孟徳どのの研究です」

考え込んだ神五郎に、

「ご存じですか?日本書紀にはありませんが、昔の明の魏志倭人伝ぎしわじんでんの魏志に『魏の武帝』とあります。その方です」
「はぁぁ!?お前はそこまで勉強していたのか!?」
「これが、明の時代小説を訳した本です」

差し出した数冊の本に、受け取った神五郎は、
「『三国演義』作、羅貫中らかんちゅう?」
「そうです。正式な歴史ではなく歴史の本を読みつつ、作者の羅貫中が書き上げたものです。小説としては面白いですよ」
「他に……」

と言いつつ、視線が中をたどり、意識がはいっている。

「面白いですか?」
「そ、そうだな」
「じゃぁ、お貸ししますよ~!!と言うことで、松葉杖で……」

探しに行こう~!!

と言わんばかりの采明に、腰を捕らえて、

「漢字が違う。教えろ」
「えぇぇ~!!逃げようと思ったのに~!!」
「逃がすか!!お前にエイゴを教わるぞ!!それに、明にも詳しいと見た!!向こうの言語を教えろ!!」



ドタバタと騒ぐ夫婦が静かになった様子を、橘樹と欅がそっと覗くと、部屋中荒れ果てた中で、神五郎が采明を抱き締め、采明はしがみつき、寝息をたてていた。

「……あらあら、毎日元気で良いことね」

橘樹は嬉しそうにコロコロ笑う。
欅は、

「前は、とのは、とても険しいかおで書簡を読んだり、考え事をされていたことが多かったのですが、采明様が来られてから、とても表情が明るくなりました。采明様だけでなく、私たちにも気軽に笑ったり、声をかけてくれるように……昔のように肩の力が抜けている感じです。でも、当主としての何かをないがしろにするわけではなく、今まで以上に私たちや領地の者等を大事に考えてくださっています。采明様がとのを変えてくれたのだと思います」
「そうね」

橘樹は微笑む。
元々生真面目で、融通の利かない弟の不器用さと、それを悩むのに相談できない弟を、本当に心配していたのだ。
弟には言っていなかったが、嫁ぎ先の義父や夫が、自分を利用して、神五郎や、実家を陥れようとしていた。
正妻として嫁いだのだが、側室や妾を幾人も囲い、しいたげられたこともあり、可愛い弟を守りたいと言うこともあって密告し、ついでに上杉家や、長尾のとのにも情報を送ったのだ。

「それに、采明様のお陰で、お嬢様が本当にお元気になられて私たちも嬉しいです」
「あら、そう?そうだったかしら?そんなに落ち込んでいた?」

橘樹は、欅を見上げる。

「采明様の前では本当に、実の姉妹のように笑いあっていらっしゃいますよ?采明様は賢い方ですが、とてもお嬢様の前では心を許されて、本当に嬉しそうに『御姉様!!』といわれていて、良く手を繋いで歩いているのを、皆は喜ばしく思っていますよ」
「采明が、可愛いからよ」
「采明様がお可愛らしいのは解りますが、『直江の花』のお嬢様と采明様が顔を見合わせて微笑むと、皆が『直江の花』が二輪となったと喜んでいますよ。今日も耳にしました。美しい花の姉妹を見たと……とのが怒っていましたが、私も少々」

橘樹は、普段無表情の幼馴染みを見上げて、クスクス笑う。

「あら、神五郎から采明を取り上げちゃダメよ?」
「見とれる輩に、殴りたかったと言うと驚かれますか?」

欅の言葉に目を丸くする。

「欅が?神五郎と殴り合い……?采明は愛されているわねぇ」
「采明様よりも、橘樹様にです!!」
「はぁ?私?殴りあったら、吹っ飛んじゃうわ。昔は良く3人で喧嘩してたけど」

どうしましょう?
本気で悩む橘樹に、欅は、

「橘樹様に、鼻の下を伸ばしている行商人の男がいましたので、同じく、采明様をそういう目で見ていた者を、とのと二人で殴りました」
「はぁ!?神五郎は昔からあんな子だったけど、止めるべきあなたが何しているの!!」
「私ととのの大事な女性を、そんな顔で、目で見られるのは許しがたいです」
「はぁ!?」

呆れ返る。

「はぁ?じゃないでしょう!!お嬢様は本当に鈍感なんですからね!!良いですか?もっと危機感を持ってください!!良いですね!?」
「自分でできるわよ」
「ダメですよ!!良いですか?お嬢様は、自分のことをわかっていらっしゃらないんです!!」

欅の声に耳を押さえながら、采明も自分も厄介な相手に捕まったのだと思ったのだった。

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